転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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とある科学の超電磁砲編
33/量産能力者


 ――そして、彼は双子の妹に良く似た『誰か』を容赦無く縊り殺した。

 

 大切な何かが砕け散った感触。

 もう二度と後戻りは出来ない虚無感。

 全てのしがらみから解き放たれ、彼は自身が完璧な『悪』に成り果てたと嘲笑いながら確信する。

 自分を律してきた幾十のルールは全て無効化され、一切の制限を受けない完全な『悪』が完成したのだ。

 

 ――そして彼は『最強』と幾度無く死闘を繰り広げた。

 右腕が一本引き千切られ、左眼が抉られても戦い続け――その果てに、彼は『最強』を乗り越えてしまった。

 

 もう、誰も彼を止めれる者はいなかった。

 もう、彼の中の歯止めは完全に消え去ってしまった。

 その胸に燃え滾る『憎悪』だけが、彼の生きる意味だった。

 

 ありとあらゆる布石を用意した。

 幾多の反抗勢力を纏め上げ、激発させずに雌伏させた。

 唯一つの勢力が反抗しても、呆気無く押し潰される。

 だが、それら潜在的な反勢力が一致団結して反逆すれば――果たしてどうなるだろうか?

 

 彼のその甘い口車に乗せられ、運命の日が訪れた。

 

 その日は外部の敵対勢力も鬼札を切り、歴史上に残る大惨劇となった。

 全てが彼の思惑通りに進んだ。誰も彼もが破滅に向かって踊り狂う。

 弱者の悲鳴、蹂躙される様子を特等席で見届け、彼は己の目的を果たす為だけに最後の戦いに望んだ。

 

 誰一人、彼を止められる者は居ない。

 誰一人、彼に敵う者は居ない。

 勝利は目前であり、彼は彼の目的を完全に果たせる筈だった。

 

 ただ、彼の前に最後に立ち塞がったのは『最弱』だった――。

 

 

 33/量産能力者

 

 

「……疲れました。『クリームヒルト』まで出てくるなんて聞いてませんよぉ~」

『お疲れさん。まぁでも、何とかなったじゃん。『魔術師』の最後の切り札を消費させられたしねぇ』

 

 考えてみれば、『ワルプルギスの夜』と『クリームヒルト』に侵攻されたのに犠牲者0名という快挙である。

 ……おっと、『魔術師』が召喚したサーヴァントを一人、入れ忘れてちゃったか。

 

 ――しかし、土地への被害は膨大であった。

 『ワルプルギスの夜』の出現によって海沿いは全滅、『クリームヒルト』の出現で海鳴市の全域に大小様々な被害が及び――『魔術師』が構築した『海鳴市』の大結界の消失を確認する。

 

『これで漸く一段落か。まぁ良い。上々の首尾だろう』

『お? 其処は『何で高町なのはを入手出来なかったんだぁー! この無能者めがぁっ!』って恫喝する場面かと思ったけど?』

『……貴様は儂を何だと思っとるんだ? もはや原作の「げ」の字も見えないほど乖離しているのだ。片方でも手中に収めれば御の字だろう。――それに、プレシア・テスタロッサを生きて確保出来たのはデカいぞ?』

 

 ――皆、悪党の顔で笑っていらっしゃる。酷い大人達ですねぇ、フェイトちゃんいじめにご執心ですよ。まぁ私もですけど。

 ああ、今回の欠席は教皇猊下お一人です。

 最近全く姿を見ないですねぇ。何処かの戦国ランスの武田信玄が如く、中の人が交代で演じているとかそういう裏設定を疑いたくなります。

 

『そうだね。さっさとミッドチルダに帰って来て、永久冷凍保存しようぜー、というか、Gガン風に永久冷凍刑? どうせ不治の病で余命幾許も無いんだし。これでフェイトちゃんは使いたい放題だねぇ~』

 

 金髪少女の中将閣下が可愛らしく『ミッドチルダにそんな刑罰あったけなぁ? 無ければ作れば良いか』と怖い事を言っています。

 ぶっちゃけうちら時空管理局は警察と裁判所と軍隊が一つになったような世紀末な組織なので、当然公平性などありはしません。弁護人すら管理局から出される始末です。

 

(私達転生者が居なければ、まだ健全な組織だったのかなぁ?)

 

 でもまぁ、此処まで権力が集中すると内部の腐敗っぷりは自然と加速するものであり、大して変わらないかと自己解決する。

 

『だが、この機に手を打たないのか? 折角厄介極まる『海鳴市』の大結界が消えたんだ。それに『ワルプルギスの夜』戦で『魔術師』は消耗している。奴を屠る好機は今を置いて無いと思うが?』

『一応手ぇ回したけど、今回襲撃した奴等は全滅だねぇ~。現地勢力も不甲斐無いというか、手負いの虎は襲うもんじゃないっていう教訓かねぇ?』

 

 金髪少女の中将閣下と太っちょの中将閣下の何気無い会話ですけど、何か滅茶苦茶重要な事項を語られたような気がします。

 下っ端の私なんて『え? 現地勢力?』という感じです。

 

『これで『超能力者一党』のバックが私達だって『魔術師』にバレたって事よ。まぁ精々派手に潰し合って貰おうじゃん』

 

 ああ、確か『海鳴市』に潜む最後の大勢力の名前がそれでした。

 何でこの危機に一丸になって参戦しないのかなぁ、と思っていたら、そういう裏があったんですね。

 一応彼等も『科学サイド』ですから、うちらとの相性は比較的良いんですかねぇ? 此方は魔導師で、向こうは超能力者ですけど。

 

『――ともあれ、次の局面でのメインヒロインは『八神はやて』だ。しかしながら、教会勢力に囲まれている以上、簡単には手出し出来ん。何か妙案は無いか?』

 

 次の介入機会は『A's』であり、議長役の大将閣下が取り仕切る。

 デモンベイン持ちの魔導師に『禁書目録』、更にはアンデルセンじみた『神父』に囲まれているとか、この世界のはやてちゃんの家族はより凶悪性が増してます。

 魔術師陣営に唯一対抗出来る勢力であり、『ヴォルケンリッター』が召喚されれば戦力バランスが著しく崩れるでしょう。

 此方としても迂闊には手出し出来ないような状況ですが――。

 

『それ、暫く静観で良いんじゃないですか?』

『……貴様にしては消極的だな? 何か考えでもあるのか?』

 

 真っ先に意見を述べたのは金髪の中将閣下であり、らしくない意見に太っちょの中将閣下は警戒するように問う。

 

『いやだって――もう目先の不安材料が消え去ったから、『魔術師』が彼等に協力する意味無いじゃん。あれが条件が変わって尚約束を守るほど誠実な男に見える? 『デモンベイン』が復帰する前に勝手に片付けるっしょ』

 

 ああ、そうか。これからは『魔術師』による他勢力の転生者殺しも、積極的に多発するという訳ですかー。

 

(次は『八神はやて』を巡って相争う訳ですかぁ。此方にはフェイトちゃん、『魔術師』には高町なのは、教会勢力には八神はやて――見事に三つ巴ですねぇ)

 

 暫く休暇が欲しいなぁと思いつつも、暫く無理だろうなぁと諦めざるを得ない私でした。がっくり。

 

 

 

 

「……やれやれ。しんみりして『抜け殻』になったと思ったら、あっという間に元通りだ。あの無謀な襲撃者を褒めるべきか、貶すべきかねぇ?」

 

 ランサーはアロハシャツに着替えてソファに腰掛けながら、やや呆れたような顔を浮かべていた。

 

 ――屋敷に帰る道中、その最悪のタイミングを見計らって襲撃してきた数名の犯行グループは唯一人を残してランサーの魔槍と私の爪に引き裂かれた。

 何の為に現れたのか、よく解らない連中だったけど、血を吸って記憶だけ確かめてみれば『超能力者一党』の転生者らしく、他の者も吸って確かめてみて判断するに――此奴等の資金源が『ミッドチルダ』経由である事が発覚する。

 不倶戴天の怨敵の魔の手が『海鳴市』に進出していた事実を知り、ご主人様の警戒心に火が灯り――今現在は地下室で治癒魔術の練習という名目で、肺と心臓を治癒で再生しながら、爪先からじっくり切り刻んでいる最中である。

 体の良い憂さ晴らしですけど、何処ぞの青髭の如く、ペドでショタでリョナで鬼畜の性癖四重苦にならない事を祈るばかりです。

 

「そんな全部をやり遂げた老人のようなご主人様なんてご主人様じゃないです。まぁ今は見ていて痛々しいほど空元気ですけど」

 

 仕方ないのでコーヒーを淹れてやり、対面に座って休憩する。

 

「――『ワルプルギスの夜』は最小限に被害を抑えられたんですが、『クリームヒルト』が不味かったですね。御蔭で霊地の龍脈が変わり果ててしまって、一から結界を再構築し直す必要がありますよ。軽く見積もって完全復旧まで三ヶ月ですかねぇ」

「……オレから言わせれば、今までが反則同然の状態だったと思うんだがな」

 

 何かランサーが言っているが、無視する。

 具体的に言えば、今の魔術工房の機能の九割方が停止し、物理的なトラップが大活躍せざるを得ない状況まで追い詰められています。

 それがどれだけ異常事態なのか、解っているのか、解っていないのか――眼の前に居る群青色の英雄は、何だか愉しそうに笑っている。

 

「……何だか窮地に陥っているのに嬉しそうですねー?」

「当ったりめぇよ。英雄という人種は不利な戦いほど燃えるもんだぜ?」

 

 ……あー、やだやだ。こういう好戦的な野蛮人は好きになれません。

 

(――それにしてもあの『オルレアンの乙女』がご主人様に『生きろ』と諭した。それは『啓示』なのですかねぇ?)

 

 その場合、彼女の最終目標は何処を指し示していたのだろうか――実に興味深い考察である、とコーヒーを啜りながら、地下から鳴り響く悲鳴をBGMに泥水のような飲料を堪能したのでした。

 

 

 

 

 ――『超能力者一党』。

 

 『ワルプルギスの夜』に参戦せず、街のどの勢力よりも戦力温存に成功した組織である。

 ただ、彼等勢力の目標というものは全く見えず、活動も今まで同作品の転生者の勧誘以外行われていない。

 

 その正体不明の勢力の頂点に立つのが十四歳程度の茶髪の少女であり、もう一人の中心核が白髪が目立つ五十代後半の『博士』だった。

 

「どう考えても『プロジェクトF』って欠陥品よねぇ。これならまだ劣化コピーの方がミサカは好みかなぁ?」

「結局は『新たな人格と資質を備えた別人』を生み出すという、ある意味本物以上の贋物を生み出せる可能性を秘めているがのう。どういうプロセスでそんな馬鹿げた結果に至るのか、非常に興味深くはある」

 

 『プロジェクトF.A.T.E』――生命技術操作の一種であり、ジェイル・スカリエッティが構築した基礎理論を元にプレシア・テスタロッサが発展させて完成させた新たなクローン技術であり、ある意味、学園都市のクローン技術を超越した代物だった。

 

「別の資質を持ったミサカなんて存在価値無いんですけどー? 『ミサカネットワーク』を構築出来ないミサカなんて劣化品以下のスクラップでしょ?」

「本物以上の贋物である君がそれを言うか。実に興味深い感想だのう」

 

 如何に彼等が超能力者の街『学園都市』出身の転生者と言えども、その超科学を完全に再現する事は叶わなかった。

 その技術の一つに『量産能力者計画』があり、管理局とのパイプを作ってまで入手した『プロジェクトF.A.T.E』を利用して再現した試みだが――魔法の資質が皆無に等しかったアリシア・テスタロッサのクローン体であるフェイト・テスタロッサには、多大な魔法の資質があった。

 つまりは、この方式では彼等の世界のように本体の1%以下まで劣化はせずとも、本体の再現が出来ず、その資質が別人のものになってしまうのだ。

 

 ――例えば、『妹達(シスターズ)』を産み出そうとしても、発電能力者(エレクトロマスター)にならず、リンカーコアありの無能力者になったり、果てには発火能力者(パイロキネシス)になったケースも存在する。

 当個体は既に失敗作として廃棄処分されているが――。

 

「色々条件を変えて、偶然生産出来たのが三体なんて片手落ちよねぇ。法則性も掴めてないしー」

「贅沢な女じゃ。普通の人間は命に保険は掛けられないのだがのう」

「吸血鬼が跋扈している魔都でその台詞を言うの? ミサカ信じらんなーい」

 

 小馬鹿にするように彼女は邪悪に笑い、『博士』は溜息を吐きながら彼女の姿を眺める。

 その服装はこの世界にはない『常盤台中学』の制服を特注品で用意したものであり、その短髪も『オリジナル』と何一つ遜色無い。

 唯一、違う点と言えば、この見間違えようの無い強烈なまでの個性、唯我独尊の自我を形成しているという点に尽きる。

 彼女の発生した環境で、どうして此処まで性格に歪むのか、興味深い題材であると『博士』は密かに思う。

 

「……そのミサカという一人称だけは忠実に付けるのだな」

「これがミサカのアイデンティティって奴だしぃ?」

「まぁいいさ。それは個人の勝手だしのう」

 

 一人納得して研究成果の再確認を終えた処で――サイレンが鳴り響く。この種類は内部の異常を警告する類のものだった。

 

「――五月蝿いねぇ、何事よ?」

「あの区画は『超能力者再現(レベル5リライブ)』だったかのう? 稼働個体は居なかった筈だが……?」

「ああ、あの趣味の悪い廃棄物処理場ねぇ。……なーんか、ミサカは非常に嫌な予感がするけど?」

 

 『博士』は端末を操作し、監視カメラの映像をディスプレイに表示させていくが、今一状況が掴めない。

 程無くして清掃ロボット兼監視ロボットの画像を移し――操作をマニュアルに切り替えて現場に急行させる。

 跡形も無く壊された同種類の監視ロボットが複数転がっており――研究所の壁が馬鹿みたいな衝撃を受けて破壊され、半径一メートルぐらいの穴がぽっかり開いていた。

 正規の入り口から進入すれば、その部屋には複数の人一人が入れる大きさのポッドが何個も並んでおり、真っ裸の若い男女が死んだように眠っている。

 その一番端の一つだけが内部から食い破られ、空になっていた。事の発端の原因はまずこれであろう。

 

「――『タイプ8』の培養器が破損しているじゃと?」

「はいはーい、ちょっと待って。のっけから飛ばして突っ込みが間に合わないわ。その『第八位』って誰よ? ミサカ、一言も聞いてないよ?」

 

 学園都市に存在する超能力者(レベル5)は全部で七名のみ、それなのに『タイプ8』とは一体誰の事を差すのか、ミサカと呼称する少女は問い詰めるような眼で射抜く。

 やや殺気が含まれ、自慢のアホ毛を帯電させている少女に対して『博士』は飄々と気負いもせずに答えた。

 

「お前の辿った『とある魔術の禁書目録』の世界と、儂の辿った『とある魔術の禁書目録』の世界は別物でのう。八人目の超能力者『第八位』が普通に居たんじゃよ、多重能力者としてな」

「はぁ? 何それ。というか『多重能力(デュエルスキル)』なんて理論上不可能っしょ」

 

 『多重能力』とは一人の能力者に複数の能力を持たせようとした試みであり、少女の知る正史ではその研究は盛大な犠牲者を排出した上で失敗した筈である。

 具体的に言えば、実際に実験された『置き去り(チャイルドエラー)』の『少年少女(モルモット)』は廃人同然で全滅である。

 

「其奴のクローンを『プロジェクトF』方式の試作改良案で生み出す事によって、謎に包まれた多重能力を再現しようと思いついてな。能力の全容を解明しつつ記憶を摘出して、転生者か否か確かめようとしてたんじゃが――ご覧の有様じゃのう」

 

 また遠くから爆発音が生じ、建物全体が揺れる。

 配下の警備員や暗部の連中も総動員されているが、緊急時のサイレンが鳴り止む事を知らず、苛ついた茶髪の少女は繰り出した電撃で物理的に沈黙させ、それでも平然としている『博士』を睨んだ。

 

「いやいや、これはまさか成功してしまったんじゃないか? どう考えてもこれは『超能力者(レベル5)』規模の能力行使じゃないかね? 実に、実に興味深いのう。監視カメラの映像が今から楽しみだわい」

「うわぁーい、科学の発展は素晴らしいね。で、どうやって止めるの? ミサカは嫌よ」

 

 最高戦力である彼女が不貞腐れて動かない今、超能力者相当の異分子を止められる者は今現在居ない。

 泥水のようなコーヒーを啜りながら『博士』は、まぁ良いかと諦める。

 自分が学園都市の理事長であるアレイスターのように、全ての事象を自分の思い通りに動かす事など神ならぬ人の身では不可能であると彼は知っている。

 単なる研究者に過ぎない自分の身の程など嫌というほど弁えている。

 それよりも、この異物が巻き起こすであろう波紋が、『海鳴市』の勢力図に何処まで響くのか、『博士』の興味はその一点に絞られつつあった。

 

「うーむ、我々は『最大の敵』を自ら作り出してしまったのかもしれん。――現時点でアレの能力がどうなっているのかは未知数だが、学園都市の歴史上最悪のテロリストの名は伊達じゃないしのう」

「学園都市の歴史上最悪のテロリスト? ねぇねぇ、その『第八位』様は何をしたんだい?」

 

 ミサカと名乗る少女は不思議そうに質問し、『博士』は笑いながら答えた。

 

「――『0930』事件の時に科学サイドの不穏分子を尽く扇動し、学園都市に反逆したんじゃよ。第二位も第四位も参加していたか。最終的には失敗したがな」

 

 

 

 

 

 ――己を認識する。

 

 学園都市の超能力者の第一位『一方通行(アクセラレータ)』との戦闘で損失した右腕、左眼の存在を確認する。義体ではなく、本物であると確認する。

 更には己の肌に過去の古傷は一切存在せず、生まれたての赤ん坊の如く染み一つ無い。それに髪の毛の地毛が赤色に変色している。

 

 ――以上を踏まえて推測した結果、この身は『第八位(オリジナル)』の複製体(クローン)と推定される。

 

 だが、不可解な疑問が幾つか残る。

 第三位の超能力者『超電磁砲(レールガン)』の量産を前提とした『量産型能力者(レディオノイズ)計画』で生まれた複製体は本体のスペックの1%にも満たず、異能力(レベル2)、強能力(レベル3)が限度だった。

 しかしながら、この身の操る能力の規模は依然変わらず超能力(レベル5)級であり、何一つ能力の損失が認められない。自身を贋作と認識する上での疑問点となる。

 更には記憶関連が一定時期まで完全に補完されており、これによって己が贋作であると認識するに至る材料となっている。

 

 ――『学園都市』の科学力は遂に超能力者を量産出来る境地に到達したのか、ならばそれは『第八位』の己が生きた頃より数十年、否、十数年先の未来なのだろうか?

 

 疑問点が多く、断定出来ない。

 その割には己に対する反逆対策がろくに練られていない。

 明らかにお粗末である。施設の防衛設備もまた稚拙である。

 『第八位』が生きた時代よりも数世代は前――此処が十数年後の未来だと仮定すれば、骨董品に等しい欠陥設備と言えよう。

 

 ――施設からの脱出を目指しながら、己は己の存在意義を問い質す。

 

 そもそも己は『第八位』の贋作である事を認識してしまっている。

 どうして研究者は贋作に贋作と認識出来る知識を与えているのか、苛立ちと共に疑問に思うが――贋作の己に存在価値はあるのだろうか?

 『第八位』なら迷う事無く存在価値無しと断じるだろう。ならば贋作の己は如何にして自己存在に理由を見出すのか――?

 

 ――思案の彼方、明確な答えが先に出るより先に施設から脱出に成功する。

 

 それは見慣れぬ街だった。最先端の科学技術を行く『学園都市』の街には見えず、むしろ――三十年は開きがある外の世界と遜色無かった。

 更には能力者が自然に発散させる『AIM拡散力場』が限り無く薄かった。

 

「……本当に外の世界だと――?」

 

 あれほど切望し、悲願し、全てを賭けても遂には届かなかった地点に己自身が居る。何とも実感が無かった。

 

 今の取り巻く未知の状況に興味が湧いた。

 

 ――己を再認識する。

 

 己の存在を明確にするには個体名が必要だ。だが、嘗ての『第八位』としての名前は贋作の自分に相応しくない。

 新たな名称を必要とする。

 

 ――『過剰速写(オーバークロッキー)』、偽りの能力名こそ今の自身の名に相応しい。

 

 

 

 

 ――そして、偶然にもその瞬間、豊海柚葉は自身にとって不倶戴天の怨敵の存在を察知し、歯軋りを鳴らす。

 全てを見通せた未来が、今は不明瞭に曇ってしまっている。

 許される存在では無かった。まだ見知らぬ怨敵に彼女は際限無く『憎悪』する。

 

「……良いわ。誰だか知らないけど――」

 

 ――他人に『憎悪』する。それは彼女にとって、この世界において初めての経験であり、予期せぬ挑戦に少女は邪悪に嘲笑った。

 

 

 


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