転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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32/紅蓮の聖女

『――僕と契約して、魔法少女になってよ!』

 

 百数十年前でも、この白いナマモノの謳い文句は変わらないんだなぁと、私はある意味感心させられたのだった。

 時は幕末、明日の命さえ危ぶまれる動乱の時代。

 今日、この瞬間をもって此処が『魔法少女まどか☆マギカ』の過去である事を私は初めて知るのでした。

 

「――魔女化しても人間としての理性を保てるようにして欲しい。それが私の願い……」

 

 ……私は彼女達の物語の結末が悲しすぎて、心に残ってました。

 暁美ほむらは結局、鹿目まどかを救う事が出来ず、彼女に救われる――あれ以上の終わりは無かったのかもしれません。

 けれども、私は見たかったのです。鹿目まどかが救われる未来を、この手で掴み取りたかったのです。

 

 ――名無しの魔女。その性質は例外。

 魔女の中で唯一、人間としての理性を持つ。

 

 すぐに魔女化してしまったけど、私はどうにか生きて彼女達に出会えました。

 しかし、惜しむべきは『暁美ほむら』が一周目であり、魔法少女にすらなっていなかったのです。

 

「――初めまして、暁美ほむら。私は名も無き魔女。今の貴女は何周目かな?」

 

 そして私には時間の巻き戻しを観測出来る能力はありませんので――私のループは、主観である彼女に依存するしか無かったのです。

 

 

 ――幾度無く繰り返された運命の『一ヶ月』の果てに、暁美ほむらのソウルジェムが砕かれた。

 

 

 訳が、解らなかった。どうしてループの起点である彼女が死んでいるのか、誰かに納得出来る理由があるなら聞かせて欲しかった。

 私は今まで勘違いしていた。最低でも、原作の結末は約束されていると勘違いしていた。

 私という未知数の要素が加わった事で、とうの昔に分岐していた事に、今までの私は何故気づけなかったのだろう?

 

 ――物語は壊れた。暁美ほむらは死に、地球はいずれ魔女化した鹿目まどかによって滅びる事になるだろう。

 

 今まで一度足りても絶望しなかった魔女の自分が絶望する。

 未だに鹿目まどかは魔法少女として契約させていないけれども、もう『ワルプルギスの夜』を超える事は不可能だった。

 『ワルプルギスの夜』を超えるには鹿目まどかが魔法少女として戦う必要があり、その結果、『ワルプルギスの夜』を超える魔女が生まれてしまう。

 この本末転倒な連鎖を断ち切る手段など、もう何処にもあるまい――。

 

 その時、偶然他の魔女と遭遇し――気づけば一人ぼっちになっていた。

 自分以外の記憶の残り香が脳裏に無数に過ぎり、吐き気がするほど悍ましい気分になり――とある法則に気づいた。

 

 ――『ワルプルギスの夜』は魔女の集合体。

 魔女は吸収合併みたいなものが可能であり、魔女でありながら唯一理性を保てる自分が『ワルプルギスの夜』に吸収されれば――?

 

 此処に希望は生まれる。まるで『アーカード』に対する『シュレディンガーの猫』だと私は華やかに笑った。

 私が『ワルプルギスの夜』の中核になれば、暁美ほむらでも出来なかった、鹿目まどかを救う事が出来る。

 

 ――それが私にとっての破滅である事は、誰よりも私自身が理解していた。

 

 一体、一体、他の魔女を吸収する毎に私の理性が消えていく。

 負の想念に蝕まれ、徐々に削られていく。巷に転がっている雑魚の魔女を数体取り込んだだけでこの始末だ。負の極限である『ワルプルギスの夜』に吸収されたら、私は間違い無く壊れる――。

 

 ――ほんの少しだけで良い。

 『ワルプルギスの夜』が見滝原から居なくなれば、鹿目まどかは魔法少女にならなくて済む。

 それが彼女を守ろうとした暁美ほむらへの贖罪であり、私の百数十年前からのわがままである。

 

 ――結果として、私は失敗し、『私(ワルプルギスの夜)』を倒した鹿目まどかは即座に魔女化してしまう。

 残り香の私は『クリームヒルト・グレートヒェン』に吸収されて、彼女が天国の結界を創生する様を最期まで見届け――絶望に涙して消え果てたのだった。

 

 

 32/紅蓮の聖女

 

 

 あの魔女が出現しただけで地脈に致命的な亀裂が入り、街全体を覆う防御障壁も保って五分足らずという有り様であった。

 その残りの全力で立ち上げている防御障壁が無くなれば、一瞬にして『救済の魔女』に飲み込まれ、海鳴市は全滅するだろう。

 

(――海鳴市の大結界、完全に壊されたな。もう霊地からの魔力配給のラインが途絶えている)

 

 明らかに四週目以降の『クリームヒルト・グレートヒェン』――地球を滅ぼすのに十日足らずで十分な規模の、『ワルプルギスの夜』を超える史上最悪の魔女だった。

 霊地の魔力を使った大儀式はもう行わえず、奥の手を出し切った転生者一同に最早成す術など無かった。

 

「――全員、即時撤退せよ」

「逃げる、って何処に……!?」

 

 こうなった以上、あれを倒さない限り自分達の未来は無いと、秋瀬直也は苦々しく語るが――。

 だが、『魔術師』は敢えて無視して破却する。撤退命令は既に下した。もう、他の誰かに構っていられる余力など、何処にも無かったからだ。

 

「ランサー、エルヴィ、少しで良い。時間を稼いでくれ」

 

 『魔術師』の足元の地面に赤い光が生じて、魔法陣の紋様が炎で刻まれる。

 消去の中に退去、退去の陣を四つ刻んで召喚の陣で囲む。海鳴市の聖杯戦争で初めてとなる、サーヴァントの正規の召喚方法だった。

 

「――素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 海岸に佇んでいる『救済の魔女』はひたすら魂を掻き集め、自らが築き上げる天国の結界に導かんとしており――攻撃らしい攻撃をして来ない。

 そもそも、攻撃手段なんてあの『救済の魔女』にはありもしなければ、最初から必要も無い。

 あくまでも、あれは全てを救う為に行なっている結界作りであり、その過程で人類が滅びるだけである。

 海鳴市を覆っている防御障壁が消えれば、無条件で飲み込まれるだろうし――最前線に立っている彼等『魔術師』にはその影響が強く掛かる。

 ランサーは幾多のルーンを刻んで防御術式とし、一歩も引かない決死の構えを取り、エルヴィは万が一、直接攻撃をしてきた場合を想定して静かに牙と爪を研ぎ澄ませる。

 

「閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 

 防御障壁が消滅するまで四分弱、聴覚嗅覚による周囲の環境把握を一切取りやめ、『魔術師』は己が裡に集中する。

 外の事はランサーとエルヴィに任せれば、大丈夫だろうし、自分は自分にしか出来ない事をやり遂げるのみである。

 身体に満ちた魔力は十分とは言えないし、世界を支配しつつある『救済の魔女』がいる今、大気に満ちた大源(オド)の支配率を奪い取って取り込む事は出来ないだろう。

 自らの血肉を削る勢いで『魔術師』は自身の魔力回路をフル回転させる。

 魔術師である限り、魔術回路を起動させて異物である魔力が体内の神経に駆け巡る際の悪寒と苦痛は逃れられないが、今はその痛みすら心地良かった。

 

「――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 ――懐かしい記憶が鮮明に蘇る。

 彼が何も触媒を使わない限り、召喚されるサーヴァントは神咲悠陽にとって最高の相性を持つ英霊となる。

 前世から召喚するサーヴァントは定まっており、幸いな事に、そのサーヴァントにはクラスという縛りなど無いも同然だ。

 

 ――思えば、封印処置のされていない『ジュエルシード』二十一個に触れて、七人に三画ずつ配布されて聖杯戦争が勃発したのは必然だったのでは無いだろうか?

 

 神咲悠陽は心の底の何処かで願っていた。

 再び聖杯戦争が起こり、彼女を召喚せざるを得ない窮地に陥る事を――。

 それが一体何を齎すのか、その最期の結末がどうなるのか、全知した上でも、神咲悠陽は心の底から望んでしまったのでは無いだろうか――?

 それを『ジュエルシード』は叶えてしまった。一切の歪み無く、よりによって忠実に。

 神咲悠陽の『三回目』の人生に意味があるとするならば、今この瞬間をおいて他にあるまい――!

 

 嘗てないほどの勢いで魔術回路を駆動させる。限界を超えて魔力を走らせ、焼き切れた傍から『魔術刻印』の自己治癒が働いて修復し、正常に全身に激痛を駆け巡らせる。

 その先へ、激痛の彼方にある忘却の境地へ、ひたすら手を伸ばし伸ばし伸ばして至る。今の神咲悠陽は霊地からの魔力供給ラインが断たれ、魔力貯蔵量の半分も満たない身でありながらも、最高潮のコンディションに達していた。

 

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――!」

 

 その切なる祈りは天上に届き、最後の希望が地上に降り立つ。 

 

 ――神咲悠陽はいつの間にか目を見開き、知らずに涙を流す。

 全てが、全てが色鮮やかな記憶のままだった。その一つに三つ編んだ金髪のおさげも、凛々しい紺青色の瞳も――穢れ無き紅蓮の聖女は、今此処に降り立った。

 

「サーヴァント『ルーラー』、召喚に従い参上しました。――久しぶりですね、悠陽」

「――そうだな、『セイバー』」

 

 嗚呼、やはり彼女だと悠陽は破顔し、第二次聖杯戦争での呼称で敢えて呼ぶ。

 ――彼女こそが神咲悠陽のサーヴァント、イレギュラークラス『ルーラー』と『セイバー』の適正を持つ、英仏百年戦争におけるフランスの英雄――。

 

「……恨み言なら、聞くが?」

「まさか。此処で私を呼ばなかったら、私は貴方を許さなかった」

「――そうか」

 

 以心伝心し、二人は同時に『救済の魔女』を見る。

 この世界をも滅ぼして尚足りる天変地異の脅威、だが――彼女が隣に居るなら、恐るるに足らなかった。

 右腕を誇らしげに掲げ、神咲悠陽は令呪に魔力を注ぎ込む。前世から二つ遺した奇跡を、今、此処で清算するように――。

 

「第二の令呪を以って第二次聖杯戦争の覇者が命ずる。――宝具を開帳し、私と共に奴を焼き払えっ!」

 

 ――そして、世界に炎が走り、彼女と神咲悠陽と『救済の魔女』は、この世から姿を消した――。

 

 

 

 

「この魔女を倒したくば世界中の不幸を取り除く以外に方法は無い。もし世界中から悲しみが無くなれば、魔女は此処が天国と錯覚する、か」

 

 ――燃える。世界が燃える。『救済の魔女』が燃える。彼女の世界が燃え落ちる。

 

 彼女の炎を発現させた聖剣は、彼女の結末を攻撃的に解釈した概念結晶。固有結界の亜種であり、彼女の心象風景を剣として結晶化されたもの。

 謂わば炎の聖剣は彼女そのものであり――彼女の結末を再現する一度きりの特攻宝具である。

 

「――此処は固有結界、この世界に居るのは私と君の二人だけ。これ以上の幸福が何処にある?」

 

 神咲悠陽は背後から彼女を抱き寄せ、彼女もまた愛しげに受け入れる。

 

 ――此処はとある聖女が辿った末路、言うなれば天国への階段だ。あの『救済の魔女』が抗える道理は何処にも無い。

 

 随分と色気無い灼熱地獄の処刑空間だったが、またこうして触れ合えた奇跡を神咲悠陽は感謝する。

 彼女を呼び出せば、また一度彼女を殺す事になる。それを理解していた悠陽は彼女を召喚する事を最期まで躊躇していた。

 

 ――だから、彼女を召喚するような事態になったのならば、今度は最期まで彼女を一人にさせず、一緒に死んでやると心からそう決めていた。

 

「世界を二人でさくっと救ってハッピーエンドか。……うむ、悪くない。悪くない結末だ。何一つ変わってないのにこんなにも心が穏やかだ」

 

 また焼死という結末は覆せなかったが、こんな幸せな死に方は他にあるまい。

 愛する者と最期まで語りながら死に果てる。嬉しすぎて涙が流れ落ちる。地に落ちた傍らから蒸発するという風情の欠ける空間であるが――。

 

 

「――いいえ。貴方は此処で死すべきではない」

 

 

 手を握り、驚いて見開かれた赤味が強い虹色の瞳を、彼女は優しく覗き込んだ。

 神咲悠陽の誰にも見届ける事の出来ない宝石級の魔眼に浮かぶ感情の色は、困惑、驚愕、そして底無しの絶望だった――。

 

「……また、また私を置いて逝くのか?」

「貴方を必要とする者達が、彼処に居ます」

「そんなのは関係無いっ! 私にはセイバー、君しか居ないんだ! 私がこの魔眼で見られるのは、この世界でも唯一人――ジャンヌ・ダルク、君だけしか居ないんだ……!」

 

 ――あの時も、彼女は一人で逝ってしまった。

 

 叶える望みを持たず、呼び寄せたマスターに聖杯を勝ち取らせる為に彼女は戦い――最期には、自らの身も捧げた。

 あの時、彼女の自決を止められなかった事を、神咲悠陽は誰よりも悔やんだ。永遠に後悔し、声にならぬ慟哭を撒き散らし、涙が枯れ果てるまで絶叫した。

 

「私は、君を一人で死なせる訳には――」

 

 不意に、言葉が遮られる。その二人の口付けは永遠のような一瞬だった。

 

「――私は、貴方に生きて欲しい」

 

 これ以上無い微笑みで、彼女はそう断言した。

 それだけで、どんな言葉を尽くしても彼女を説得する事は出来ないと、悠陽は確信してしまった。

 

 ……嫌だった。それだけは認められなかった。自らの矮小な脳味噌を全力で回転させ、一人で逝く彼女を止める方法を検索する。

 この一瞬はまさに彼の全知全能を賭けた戦いであり――たった一つだけあった。彼女の意志に関係無く、唯一つの命令を実行させる強制権が……!

 

 神咲悠陽は右腕に残った最後の一画を迷わず使用する。第三の令呪を以って命ずる――。

 

「貴方にしては珍しい手落ちですね、悠陽。私の対魔力のランクをお忘れですか?」

「……ランク『EX』、評価規格外――令呪さえも、君の意志一つでレジスト出来るのか……!?」

 

 震えながら、意味無く消え果てた最後の令呪を、悠陽は唖然と見届けた。

 土壇場で犯してしまった些細なミスを、聖女は屈折無く笑った。それだけで、彼の想いは伝わった。その想いを受け止めた。そして最期に返歌する――。

 

「――さようなら。貴方を愛しています」

 

 今までも、これからも、何処までも――。

 神咲悠陽は彼女の固有結界から拒絶され、炎の海は彼女の世界全てを覆い尽くした。

 

 

『――主よ、この身を委ねます(ラ・ピュセル)』

 

 

 

 

 神咲悠陽はボロボロの着物姿で大の字に倒れながら空を眺める。

 久方振りにこの魔眼で見る昼の空は、憎たらしいぐらいに蒼かった。

 エルヴィは少し離れた後方で待機して見守っており、ランサーはすぐ近くに槍を突き刺し、胡座をかいて同じく雲一つ無い蒼空を眺めていた。

 

「……よぉ、生きてるか? マスター」

「……フラれたよ。長年恋煩いしていた彼女を口説き損ねてね、最期まで添い遂げる事が出来なんだ――」

 

 ランサーは「そうか、お前も女運無さそうだしな」と素っ気無く返し、『魔術師』は力無く「今まで気づかなかったけど、そうかもしれんな」と笑いながら答えた。

 

「――嗚呼、何とも忌々しい太陽だ」

 

 まるで彼女のようだと『魔術師』は毒吐く。焼き尽くす事が出来ない癖に、この網膜に焼き付いて離れず、この手に収まらない――。

 

 

 ――此処に『魔女』との決戦は終わりを告げた。

 しかしながら、これは魔法少女の物語ではない。

 血で血を拭う『転生者』達の物語である――。

 

 

 

 

 

 




 クラス ルーラー(セイバー)
 マスター 神咲悠陽
 真名 ジャンヌ・ダルク
 性別 女性
 属性 秩序・善
 筋力■■■■□ B 魔力■■■■■ A
 敏捷■■■■■ A 幸運■■■□□ C
 耐久■■■■□ B 宝具■■■■■ A++

 クラス別能力 対魔力:EX セイバーとしての対魔力の他、揺るぎない信仰心によって高い抗魔
         力を発揮する。
 啓示:A 直感と同等のスキル。直感は戦闘における第六感だが、啓示は目標達成に至るまでの
     全て。根拠が無い為、他者に説明出来ない。
 カリスマ:B 軍団を指揮する天性の才能。団体戦闘において、自軍の能力を向上させる。彼女
       のカリスマの御蔭で根拠の無い『啓示』の内容を他者に信じさせる事が出来た。
 聖人:A 聖人として認定された者である事を示す。
     秘蹟の効果上昇、HP自動回復、カリスマ一段階アップ、聖骸布の作成から一つ選ばれ
     る。

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