転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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31/ワルプルギスの夜

 

 

 

 31/ワルプルギスの夜

 

 

「――ミッションを説明しましょう。依頼主はオーメ」

「アクアビットっ! またはトーラス! そちらにとっても悪い話じゃないと思いますがっ!」

「喧しい、変態企業信奉者は引っ込んでろ。あと人の台詞を取るな……!」

 

 ……また『ACFA(アーマードコア・フォーアンサー)』調にミッションを説明しようとした『魔術師』だったが、ミッドチルダの転生者に邪魔されてのっけから躓く。

 フロム関連のゲーム、結構好きだったのか? この二人。

 実に緊張感の無いが、集まった面子が超弩級の緊張感に溢れた事前会議が始まったのだった。

 

「……ごほん、目標は舞台装置の魔女『ワルプルギスの夜』の撃破だ」

 

 改めて咳払いしながら言い直し、『魔術師』は参陣した面子を見回すような素振りをする。……本当に演技らしい素振りである。目瞑っているし。

 

 『魔術師』神咲悠陽、『使い魔』エルヴィン・シュレディンガー、『ランサー』クーフーリン、高町なのは、オレこと秋瀬直也、他に同じ組のスタンド使いが五名。以上が魔術師陣営である。

 『十三課(イスカリオテ)』の『神父』、『必要悪の教会(ネセサリウス)』の『禁書目録』、ライダーのマスターのクロウ・タイタス、『ライダー』アル・アジフ、十三課出身と思われる武装神父が二十名相当、『竜の騎士』のブラッド・レイ、『全魔法使い(ソーサラー)』のシャルロット、以上が教会陣営である。

 ミッドチルダ出身の転生者のティセ・シュトロハイム一等空佐、クロノ・ハラオウン、フェイト・テスタロッサ、武装局員が二十名ばかり、以上がミッドチルダ陣営である。

 そして最後に――銀星号の仕手である『武帝』に、剣冑を纏う武者が十名。武帝陣営であり、この陣営に関しては怖くて近寄れない。

 

 ――総勢七十名余り、まさに『海鳴市』に現存する殆どの戦力が此処に集まっている事となる。

 一つだけ、とある魔術の禁書目録の超能力者の勢力とは折り合いが付かず、民間人の避難などの後方支援に徹するというらしいが……。

 

「――フェイズ0。『ワルプルギスの夜』が『海鳴市』の街中にいきなり顕現した場合だが、その場合は私が『ワルプルギスの夜』を『A地点の海域』に強制的に空間転移させる。――この場合は街の結界も出現と同時に破壊されるので、第一次飽和攻撃に私が参加出来ない事を明記しておく」

 

 各々の前に管理局の次元航行艦『アースラ』にいる人達に用意された作戦区域及び作戦経過が盛り込まれた地図が表示される。

 出現場所が統計で解るほど繰り返した『暁美ほむら』と違って、此方は初見で相手しないといけない為、出現場所が断定出来ない。

 其処で、何処に現れても大丈夫なように『魔術師』が戦場を『A地点の海域』に設定するという訳か。

 

「――フェイズ1。A地点の海域に浮かぶ『ワルプルギスの夜』への第一次飽和攻撃を仕掛ける。先陣は私、それとランサーだ。尚、フェイズ0が実施された場合はシャルロット、前倒しして君に担当して貰う」

「……解った」

 

 ――奇しくも、その『A地点の海域』は正史において高町なのはとフェイト・テスタロッサが最後の全力勝負を行った場所である。

 うちらの辿る物語では発生しなかったが、何かと因縁の場所である。

 

「――フェイズ2。高町なのは及び管理局員による第二次飽和攻撃、魔力を撃ち尽くす覚悟で攻撃してくれ。些細な攻撃でも構わん。魔力の残留粒子をバラ撒く事が後に繋がる」

 

 ミッドチルダ式の魔法で飽和攻撃か。効果がありそうなのは高町なのは、フェイト・テスタロッサ、クロノ・ハラオウン、ティセ・シュトロハイムぐらいだろうが――武装局員なんて居る意味あるのだろうか?

 アイツらなんて、言っちゃ悪いが『ワルプルギスの夜』の『使い魔』さえ対処出来ないのでは?

 

「――フェイズ3。シャルロット及びクロウ・タイタス、『禁書目録』による第三次飽和攻撃。フェイズ0が行われた場合はシャルロットの代わりに私とランサーが加わる事になる。だが、その場合は土地からの魔力配給が断たれているから、余り期待しないでくれ」

 

 教会陣営の実力はオレの知る処じゃないが、そのシャルロットという魔導師風のローブを纏った水色の髪の少女が『魔術師』とランサーの代役を熟せるほどの大規模攻撃を持っているのか?

 まぁその心配はオレがするだけ無駄か……。

 

「――フェイズ4。全員による第四次飽和攻撃。此処で撃滅出来れば幸いだが、『ワルプルギスの夜』の耐久性は現時点では未知数だ。もしかしたら仕留め切れないかもしれない」

 

 此処までやれば、あの『ワルプルギスの夜』と言えども撃破出来ると思いたいが――。

 

「――フェイズ5。最終防衛戦。高町なのはによる『スターライトブレイカー』をこの時点で発動させる。途方も無い魔力量を扱う事になる為、私が全力で補佐に回り、残りの者は『ワルプルギスの夜』の足止めとなる。尚、これで仕留め切れなかった場合、または事前に高町なのはが『スターライトブレイカー』を撃てる状況では無くなった場合、フェイズ6を発動させる事になる」

 

 フェイズ2の管理局の武装局員にも攻撃を命じているのは、この布石か。

 高町なのは、フェイト・テスタロッサ、クロノ・ハラオウン、ティセ・シュトロハイム、そして武装局員全ての使い切れなかった魔力を全て掻き集め、史上最大規模の『スターライトブレイカー』を放つか。

 まさしく『元気玉』だ。これで仕留められなかったら――。

 

「――フェイズ6。海鳴市からの即時撤退。凡そ考えられる最悪の事態だ。その場合は管理局、貴方達に撤退支援を要請する。この時点で作戦放棄、各自、各々の生命を最優先する事となる」

「了解しました。我々管理局は友軍を決して見捨てはしませんよ」

 

 ティセ一等空佐の笑顔が何とも白々しくて疑わしい。だが、こんな事態に至ったら、もう諦めるしかないのは当然だろう。

 未曾有の天災として、過ぎ去るのを、消え去るのを待つばかりか。そうならない事を祈るばかりである。

 

「尚、スタンド使い、武者、教会の各員は『ワルプルギスの夜』の『使い魔』の駆除、飛来するビル群の排除及び対軍級以上の攻撃の保持者の防衛を宜しく頼む。一人削られるだけで此方の火力が減って大打撃だ」

 

 適材適所に戦力を配置してくれて嬉しいが、オレが高町なのはの護衛とは、少し過大評価しすぎじゃないだろうか?

 この作戦において、彼女の重要性は誰よりも高い。彼女の最後の一撃はまさしく最後の望みであるし――オレの命に代えても、死守すべき対象である。

 

「そして最後に一つ、奴の人形部分が正位置に達した時、これはもうどうにもならない。素直に諦めてくれ。文明一つを一瞬にして転覆させる天変地異の暴風などに対処方法など無い。奴が本気になる前に撃滅しろ、という事だ」

 

 ……うわぁ、凄い丸投げである。

 原作における『ワルプルギスの夜』は、本気の片鱗も見せず、ただ遊んでいただけだと言わしめた公式情報である。

 

「それでは各員の健闘を祈る。――原作の『暁美ほむら』単騎とは違って此方は総力を結集させての袋叩きだ。貴様等なら『ワルプルギスの夜』の一つや二つ、簡単に超えられると信じている」

 

 

 

 

 管理局がリアル中継する『海鳴市』のマップ情報に目を通しながら、オレは溜息を吐く。

 雲行きは妖しく、雷鳴が幾度無く鳴り響いている。刻一刻と天候は悪化し、既に『海鳴市』に住む一般住民は避難警報発令で何処かに避難している筈である。

 

「あーあ、後一日意識を失っていて、後日談として聞きたかったぜ」

「……にゃはは。でも、起きたら海鳴市がそっくりそのまま無くなっているかもしれないよ? やらなくて後悔するよりも、やって後悔する方が良いかも」

 

 高町なのはは強く微笑む。

 フェイト・テスタロッサとの戦いがどうなったのか、聞いてないが――ある意味吹っ切れていて、されども、彼女とは一度も目を遭わせようとしていない。

 此処で聞くべき事ではないか、と判断する。

 

「何とも前向きな意見だなぁ。オレも死なない程度に頑張るか。この街に対しての愛着感は欠片も無いが、家族には死んで貰いたくない」

 

 前回は全く親孝行出来なかった事を思い出し、これが終わったら――少しは、何かしてみるかと心に刻む。

 

 

 

 

「あれが『代行者』を倒した『スタンド使い』なのか。……まじで九歳児だよ。余程ヤバいスタンド能力なのか……!?」

「話には『ステルス』能力を持ったスタンド使いという話だけどね。でもアイツは自らの銃弾に射抜かれていた」

「ミスタの『セックス・ピストルズ』みたいに銃弾を操る能力もあるって事か? それとも銃弾とかも操れる『ステルス』付きのスタンド使い? 何か、ラスボスの片鱗みたいなのが見え隠れしているような……!?」

 

 遠目から、この物語の主人公らしい『高町なのは』と話す同年代の少年を見ながら、オレとシスターは小声で話し合う。

 何でも四月の転校生での唯一の生き残りという話だし、見た目以上にヤバいんだろうなぁ。

 

 かちゃり、と近くから重い音が鳴り響く。振り向けば、其処には『武帝』の武者達が持ち場に配置するべく移動を開始していた。

 

「――『武帝』」

「今回は味方だ。油断はしない方が良いがな」

 

 シャルロットがブラッドの背中に隠れて眉を顰め、そういうブラッドも注意するように彼等の動向を見守っていた。

 背筋が凍る思いである。あれの転生者憎しは計算では計り切れないだけに、後ろから斬られる恐怖が拭えない。

 

「ともあれ、私達は私達で集中しよう。他人を気遣う余裕も無い訳だし」

 

 

 

 

『――貴様達には不本意極まりないだろうが、未曾有の有事だ。海鳴市に住む無辜の民を、我等が見捨てる訳にはいかない。死守せよ』

 

 銀色の武者が静かに宣言し、武者達は『諒解!』と意気往々と配置に付いて行く。

 

 ――その様子を、彼等管理局員の人間達は恐れるように見ていた。

 

 時代錯誤の全身鎧を纏い、合当理に火を入れて飛翔する様など悪夢に等しい。こんなものが管理外世界に存在しているなど、見ている傍から信じられなかっただろう。

 

「……一体、この第九十七管理外世界は、地球は、海鳴市は、何処まで異常なんだ……?」

「これで未参加の勢力が一つある時点で世紀末ですよねー」

 

 クロノは独り言のように呟き、ティセは説明する気がまるで無い言葉で返す。

 

「これだけ揃っても、今回の『敵』は打倒出来るかどうか不明ですから、撤退準備を怠らないようにして下さいね~」

 

 ティセは笑顔でそんな事を言い、クロノを含む武装局員達の心胆を寒からしめた。

 そして念話で、顔色一つ変えずに一つ付け加えた。

 

『場合によっては、見捨てて構いません。其処までする義理は此方にはありませんから』

 

 

 

 

 そして『魔術師』は海上に向かって立っており、まるで此処から出現すると確信しているかのような佇まいだった。

 

 ――右手を彼方に伸ばす。其処には未使用の令呪が三画、第二次聖杯戦争で遺した二画が赤々と輝いていた。

 

「結局、最後まで出し惜しみか? 切り札を温存しているとは聞こえが良いがよぉ」

 

 『魔術師』の背後に実体化したランサーはご自慢の魔槍を肩に背負いながらちょっかいを出す。

 普通のマスターが二体のサーヴァントを使役した場合、魔力供給が間に合わずにむしろ弱体化する。魔力枯渇で動けなくなったフェイト・テスタロッサが良い例である。

 だが、その心配は『魔術師』に限って言えば皆無と言えよう。霊地を掌握している限り、凡そ魔力枯渇から無縁であり――ランサーに配給されている潤滑で豊満な魔力量から見ても証明されている。

 

「ランサー、私が彼女を召喚するような事態になったら――私は彼女と共に死ぬつもりだ」

 

 振り返らず、『魔術師』はそんな事を口にして毒気が一気に抜かれた。

 やはりそのサーヴァントだけが『特別』なのだと、後ろに待機するエルヴィは泣きそうな顔になった。

 

「すまないが、その場合は新たなマスターを探してくれ。それとエルヴィ、悪いが最期まで付き合ってくれ」

「当然ですよ、ご主人様。貴方が死ぬその瞬間まで、私は貴方の傍に居ます。何処までも――」

 

 続く言葉にエルヴィは破顔し、涙を零しながら笑う。

 この主従関係の絶対さには度々驚くばかりだが、勝手に仲間外れにされるのは心外だとランサーは笑う。

 

「――ったく、勝手に人を尻軽扱いすんな。もう一人ぐらい供回りが居ても構わんだろう?」

「……そうか、なら死の都まで付き合って貰うぞ」

「おうよ、冥界の案内なら任せておけ」

 

 

 

 

『――レーダーに反応、来ますっっ! 出現場所は――A地点の海域です!』

 

 

 

 

 まるでパレードのように、カラフルな象の『使い魔』達は垂れ幕を引き連れて――超弩級の魔女『ワルプルギスの夜』は顕現した。

 ただそれだけで、其処に存在するだけで、海辺の周辺の建物が崩壊し、空中に浮かび上がった。

 七色に輝く輪後光を纏った大きな歯車、逆さの人型の人形は蒼いドレスを纏い、重力を無視してひらひらと靡かせていた。

 

 ――ぱちりと目を見開いて、その天変地異と同等の魔女を見届け、神咲悠陽は宣戦布告を下す。

 

「――神咲家八代目当主、神咲悠陽の一世一代の大魔術。時代遅れの探究の最奥たる火輪の光、篤と見るが良い……!」

 

 ――その瞬間、海鳴市が赤く強く輝いた。

 その全容を見届けたのは、アースラに居た管理局局員だけだろう。

 

『んなっ、街全体が巨大な魔法陣に……!?』

 

 赤い光は海鳴市全土に駆け巡り、生きているように脈動し、複雑怪奇な魔法陣となり、超大な魔力を迸らせる。

 

 暴虐無慈悲な竜巻じみた荒れ狂う魔力の奔流が神咲悠陽の体内を蹂躙して決壊させた傍から、彼の両腕に刻まれた『魔術刻印』は後継者を生かすべく再生機能をフルに稼働させて瞬時に蘇生させる。

 これほどまでの大規模な大儀式を執り行うのは『魔術師』とて初めての経験であり、激痛という激痛に蹂躙され、生と死の境界を踊りながら、頬を釣り上げて笑った。

 

 ――元来、魔術師というものは根源の渦を目指す者の総称である。

 神咲家は『原初の炎』に至る事で根源への道を切り開こうとした一族である。

 天地開闢以前、星の最古の姿はあらゆる生命の存在を許さない地獄の業火に包まれていたという。

 ならば其処から生まれる概念は、世界を焼き尽くして尚余る、何物の存在を許さない究極の一である筈である――。

 

 その語り継がれない原初の記憶を刻み込んだ『真実を識るもの』とされる、英雄王の『乖離剣』の存在を知っている神咲悠陽には笑止千万な話であったが、彼等の七代に渡る妄執は一つの成果として結実していたのである。

 

 ――海鳴市の大魔術陣で生成されたたった一粒の太陽の如き輝く炎は、同時進行で詠唱されていた『魔術師』の空間転移によって『ワルプルギスの夜』の間近に放り込まれ、一瞬にして世界を白熱させる。

 『ワルプルギスの夜』を覆い包むように幾千幾万幾億の魔術文字が書き連なった魔術結界に隔離封鎖され、世界原初の地獄がほんの一瞬だけ再現される。

 

 周囲への被害を最小限にし、対象を容赦無く焼滅させる魔術結界を壊さないように『魔術師』は魔眼を閉じる。

 程無くして封鎖結界は罅割れて崩壊し、破壊の余波を海上に撒き散らした。

 十数秒間、見守る全ての者から視界を奪い、されども、視覚に頼らない『魔術師』は『ワルプルギスの夜』が未だに健在である事を逸早く確認する。

 

「ランサー!」

 

 既に投擲準備をしていたランサーは自慢の魔槍に際限無く魔力を注ぎ込み、全身全霊で咆える。

 

「――『突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルグ)』ッッ!」

 

 魔槍の呪いを最大限に発揮させた上で、渾身の力で投擲した魔槍はマッハ2で飛翔し――未だに炎に包まれた『ワルプルギスの夜』に着弾し、炸裂する。

 その間に『魔術師』は幾十に及ぶ魔術陣を眼下に展開し続け、ランクA相当に匹敵する炎の魔弾を砲撃し続けた。

 

 ――自動的に戻ってくる『ゲイ・ボルグ』がランサーの手に納まる度に真名を開放し、『魔術師』もまた絶えず飽和攻撃を繰り返す。

 

「高町なのは! ティセ・シュトロハイム!」

「はいっ!」

「ほいさー! それじゃ武装局員の皆さん、撃って撃って撃ちまくってー!」

 

 ランサーが五回『突き穿つ死翔の槍』を食らわせた処で、『魔術師』は一度下がって次にバトンタッチしてフェイズ1を終わらせる。

 

 ――フェイズ2、ミッドチルダ式の魔導師のターンである。

 

 殺傷設定に切り替え、一切の手加減を排除した魔導師達の猛攻が始まる。先陣を切ったのは高町なのはだった。

 

「ディバイン――バスターっっ!」

 

 全力全開、手加減抜きの『ディバインバスター』が一直線に駆け抜け、『ワルプルギスの夜』に直撃する。

 

「プラズマランサー……!」

 

 続いてフェイト・テスタロッサも続き、名も無き武装局員達も続いて一斉斉射し、クロノ・ハラオウンとティセ・シュトロハイムも続く。

 幾多の魔力光が『ワルプルギスの夜』に殺到する中、緑色の巨大な光は時折爆発し、『ワルプルギスの夜』を覆い尽くした。

 

 ――ただ、今のフェイト・テスタロッサには目の前の敵は映っておらず、母親を盾に協力を強制された風景が脳裏に過る。

 協力しなければ、母親の命は無い。ティセ・シュトロハイムは笑いながら脅迫した。

 

 

『キャハハハハハハハハ、ハハハハハハハハハハハ――!』

 

 

 不吉な笑い声が鳴り響く。あの超弩級の魔女、『ワルプルギスの夜』からだった。

 そしてフェイトは気づいてしまった。あれだけの猛攻を浴びて、服すら破けておらず、サーカスを鑑賞しているような心地でこの魔女は嘲笑っているのだと――。

 

 ――そして、黒い影のような何かが飛来してくる。速い……!?

 

 反射的に防御魔法で受け止めようとしたその時、横から割って入った誰かが黒い影のような『使い魔』を殴り飛ばし――追随するもう二体を引き裂いて消し飛ばす。

 それは、未来の彼女の記憶で見た、とある人物、自分と同年代の秋瀬直也だった

 

「惚けるな! 構わず撃ち続けろ! 『使い魔』はオレ達が何とかする!」

 

 彼は縦横無尽に駆けながら殺到する『使い魔』を排除し、彼女等は魔力が尽きるまで砲撃魔法を撃ち続ける。

 

「――クク、カカ、カカカ!」

 

 更に殺到する『使い魔』を、一人の『神父』が戦斧で鏖殺し、量産型のような武装神父が二刀拳銃をもって射殺していく。

 本当にあの『神父』は人間なのか、目の前に居る超弩級の魔女よりも、彼の方に恐怖を抱いた者は少なくない。

 

「――っ、フェイズ3お願いします! 此方は一旦下がります!」

 

 ティセの号令で第二陣は下がり、第三陣である教会勢力が間を置かずに仕掛ける。

 既に、水色の髪の彼女の長大な詠唱は終わっていた。

 

「絶対なる原理を知らしめたまえ、偉大なる戒律の王『ゾディアーク』!」

 

 三つの緑の玉が彼女の周囲で回転し、異世界から異形の大蛇の王を召喚する。

 遥か天空に舞う戒律王から窮極的な破壊力を秘めた蒼い光が迸り、『ワルプルギスの夜』に降り注いで世界を蒼光で染め上げる。

 

「クトゥグア! イタクァ! ――神獣形態ッ!」

 

 続けて、クロウ・タイタスの対物ライフル型の『第七聖典』によって、焔に包まれた獣と氷に包まれた獣が解き放たれ、旧支配者の神性をもって『ワルプルギスの夜』を無慈悲に蹂躙する。

 

「これでオレは魔力がすっからかんだぁ! シスター、後は――ぐげぇっ、ビル投げてきたー!?」

「避けろクロウ――!?」

 

 マギウス・ウィングを展開して逃げようとした時、遙か上空から突如現れた『銀星号』がビルを蹴り上げ――馬鹿げた勢いで飛翔したビルは彼方に居る『ワルプルギスの夜』に直撃して粉砕する。 

 流石は、仕手が尋常な者では無いならば、島一つを動かせられるほどの威力の蹴りを叩き出す最高最強の真打剣冑である。

 

「っ、すまねぇ、さんきゅー!」

 

 化物振りを魅せつけられ、動揺するも、クロウ・タイタスは礼の言葉を述べ、聞いてか聞いてないのか、『銀星号』は彼方に飛翔していく。

 他の救援に向かったのかと分析した最中、今まで海上に浮かんでいた『ワルプルギスの夜』に動きが生じた。 

 

「っ!? こっちに来やがる……!?」

 

 相変わらず『キャハハハハハハ!』と気持ち悪く笑いながら、浮いているだけだった『ワルプルギスの夜』は初めて移動し――その矛先は、海鳴市に向いていた。

 

「街になんか絶対行かせるものかっ! 『愚者の魂を我が亡き記憶に捧げる(dedicatus666)』――『聖ジョージの聖域』を発動!」

 

 シスターの瞳に血濡れた魔術陣が浮かび――直径一メートルほどの純白の光が一直線に駆け抜けて『ワルプルギスの夜』を彼方に吹き飛ばし――否、徐々に拮抗し、逆に押しつつあった。

 

「嘘ぉ……!?」

 

 冗談抜きで人工衛星さえ撃ち落とせる一撃を浴びて、じりじりと進撃し続ける『ワルプルギスの夜』に、シスターは恐怖する。

 たかが大きいだけの木偶の坊、だが、丈夫さが人智を超えれば此処まで恐ろしくなるのかと、一種の錯乱状態に陥る。

 

 ――このままでは『ワルプルギスの夜』の上陸を許してしまう。

 最悪の想定をした刹那、シャルロットは既に次の魔法の詠唱を完成させていた。

 

「――時は来た。許されざる者達の頭上に、星砕け降り注げ! メテオ!」

 

 赤く白熱した超巨大な隕石が『ワルプルギスの夜』の頭上に降り注ぎ、これには堪らず『ワルプルギスの夜』が海上に落下する。

 ――その千載一遇の好機を待っていた一人の騎士がいた。

 

「ギガデイン!」

 

 天空を操り、最上位電撃呪文である猛々しい迅雷を己が剣に落として至高の魔法剣と成し、『竜の騎士』は『トベルーラ』をもって獰猛に飛翔する。

 必殺の魔剣を上段に構え、落ちても尚回り続ける巨大な歯車に容赦無く斬り掛かる。

 

「――ギガブレイク!」

 

 幾多の強敵を屠ってきた最強の魔法剣が炸裂し、至高の一閃は堅牢な歯車部分を真っ二つに斬り裂き――即座に元通りとなり、『ワルプルギスの夜』は何事も無かったかのように再び飛翔する。

 

「……!?」

 

 この場に居た誰もが息を呑む。

 確かに致命打を与えた。効いている実感はある。ダメージは確かに蓄積されているだろう。――だが、余りにも、絶望的なまでに底が見えなかった。

 

「――おいおい、嘘だろ。これだけやって健在なのかよ……!」

 

 秋瀬直也は歯を食い縛りながらも、そう言わざるを得なかった。

 『魔術師』もまた、眉を顰めて『ワルプルギスの夜』の耐久力を分析する。

 

 ――『ワルプルギスの夜』、舞台装置の魔女、その性質は無力。この世の全てを『戯曲』に変えるまで世界を回り続けているという。

 

 最強の魔女であり、幾多の魔女の集合体。この世の負の想念が全て結集したかの如く最大最悪の敵である事を位置付けられた存在――。

 原作における『ワルプルギスの夜』の倒し方は『鹿目まどか』の人柱以外在り得ず、その要の人物は、この『魔法少女リリカルなのは』の世界には存在しない。

 

(……暁美ほむらが幾ら繰り返しても詰む訳だ。とりあえず、今の状況で判明した事は――今の全ての攻撃では奴を屠るには足りないという事のみだ)

 

 まだ、他の者に余力がある内に、最大最強の一撃を以って決着を着けるべきだと『魔術師』は即断する。

 

「フェイス4を省略し、フェイズ5に移行する。各員、全力で高町なのはを援護しろ!」

 

 ほぼ全員による致死の弾幕が構築され、『ワルプルギスの夜』との一進一退の攻防が繰り広げられる中、『魔術師』は高町なのはと合流する。

 

「――他人への強化魔術か。この私にキャスターの真似事が何処まで出来るか未知数だが、やらないよりマシか」

 

 『魔術師』は高町なのはを、そしてレイジングハートに強化魔術を施す。

 基本にして極める事は至難の業である強化魔術が、どの程度作用するのかなど、未知数としか言えない。気休め程度であると『魔術師』は認識する。

 

「どうだ?」

「はい! 何だか力が漲ってくる気がします! 行けるね、レイジングハート!」

『――Yes.my Master』

 

 高町なのはは地上に降り立ち、巨大な魔法陣を広げる。

 そしてレイジングハートの砲身を『ワルプルギスの夜』に定め、周囲に散らばった魔力の残り香を全て掻き集める。

 

 

『――Starlight Breaker』

 

 

「最初から無理難題を言うが、極限まで魔力を掻き集め、限界まで圧縮するんだ。此処には君の人生で最大の魔力が拡散している。全てを掻き集めなければ、恐らく『ワルプルギスの夜』まで届かない。出来るか――?」

「出来ます。今の私には、未来の『私』の経験もありますから――!」

 

 数々の、無数の記憶が高町なのはの自信となって鼓動する。

 生涯で初めて使う集束魔法、個人の限界を度外視した魔力運用でなければ、あの超弩級の魔女には届かない。

 

 ――集める。ひたすら魔力を掻き集める。既にそれは未来の自分すら扱った事の無い途方も無い魔力量となり、尚も増え続けている。

 

 一つでも制御を間違えれば、呆気無く自滅するだろう。レイジングハートは砕け散り、自身は粉微塵になる。本能がこれ以上は不可能だとがんがん警鐘を鳴らしている。

 それでも高町なのははレイジングハートと未来の自分と、背後で見守ってくれている神咲悠陽を絶対的に信じ――この宙域の全ての魔力は、此処に集結した。

 

 

「――スターライトブレイカー!」

 

 

 ――此処に、史上最大規模の集束魔法は解き放たれた。

 桃色の光は『ワルプルギスの夜』を鎧袖一触に飲み込み――その寸前、かくんと、逆位置に居た人形が正位置に戻った。

 

 

「引っ繰り返っただと……!?」

 

 

 ――あろう事か、最大規模の『スターライトブレイカー』と『ワルプルギスの夜』から生じた見えない力が拮抗していた。

 

 

『普段逆さ位置にある人形が上部に来た時、暴風の如き速度で飛行し、瞬く間に地表の文明を引っ繰り返してしまう』

 

 

 ――誰もが最悪の事態に絶望した。

 今この瞬間は拮抗しているが、高町なのはの砲撃が終わった瞬間、この見えない力場は全てを蹂躙し、この場に居る全員は愚か、海鳴市は崩壊するだろう。

 

「ぐ、ああああああああああぁ――!」

 

 もはや、撃ち手、高町なのはの気合や精神論でどうにかなる程度の話ではない。

 

 ――だが、一人だけ、この絶望の中で希望を見出した人間が居た。

 それは他ならぬ、高町なのはの背後に居た『魔術師』であった。

 

(あの『ワルプルギスの夜』が初めて自衛行動を取った。つまり、この一撃が通れば奴を滅ぼせるのだ――!)

 

 だが、どうやって『正位置』にある『ワルプルギスの夜』に対抗する?

 何か、何か方法は無いか、恐らくは今まで繰り広げたあらゆる攻撃を繰り出しても、今の『ワルプルギスの夜』には届かない。届く前に不可視の力場に撃ち落される。

 

(どうすれば『ワルプルギスの夜』に『スターライトブレイカー』が通る? どうやって『ワルプルギスの夜』を逆位置に、戻す――?)

 

 『魔術師』は自身の喉を強化し、ありったけの声で叫んだ。残された最後の可能性に賭けて――。

 

「――『湊斗忠道』! 『ワルプルギスの夜』を全力で蹴って『正位置』から『逆位置』に反転させろおおおおおおおおおぉ――!」

 

 その名前は『銀星号』の仕手の本名であり――最後の望みを託した言葉は確かに届いた。

 

『彼奴のネーミングセンスに倣うのは些か癪なのだがな――』

《暢気なものだな、御堂。あれに突っ込めば、十中八九死ぬぞ?》

『――その不可能を別法則で覆すのが奴の仕事だ。それが出来なければ、奴は『魔術師』などと名乗るまい』

 

 通常の剣冑では到達不可能の超高空から重力制御を使い、目視不可能な程の速度を以って急降下して踵落としを叩き込む。

 ただこれだけの動作を『魔剣』足らしめた湊斗光には及ばないが、足りない分は『魔術師』が補うだろうと、不倶戴天の敵としての彼の力量を全幅に信頼する――。

 

『吉野御流合戦礼法、月片が崩し』

《――辰気収斂》

 

 ――銀色の彗星が駆け、正位置の『ワルプルギスの夜』を蹴り砕かんと飛翔する。

 

 だが、重力障壁を最大出力で稼働させても、今の『ワルプルギスの夜』に届く僅か前に、不可視の力場によって銀星号は木っ端微塵に破壊され、消え堕ちるが定め――その必定の滅亡を不条理で覆してこそ『魔術師』……!

 

「翔べええええええええええええぇ――!」

 

 銀星号の征く前に魔術陣が展開され、奇跡の空間跳躍が成る。

 これは『魔術師』にしても、正気の沙汰じゃない魔術構築だった。『一工程(シングルアクション)』で魔法級の大魔術を成すなど、何らかの代償無しでは道理が通らない。

 それを膨大無比な且つ瞬間的な魔力源で無理矢理通した。未召喚分のジュエルシード三画を以って、不可能の奇跡を強制的に成立させる――!

 

『天座失墜・小彗星(フォーリンダウン・レイディバグ)――!』

 

 その僅かでも距離を短縮させれば、魔剣は『ワルプルギスの夜』に届く――! 

 

 ――白銀の彗星は『舞台装置の魔女』に衝突し、人形部分は強制的に『逆位置』に戻り――同時に不可視の力場は消え果て、破滅の光が全てを飲み込んだ。

 

『……キャハハハ、ハハハハ、ハハハハハハ、ハハハハハハ――!』

 

 ――その全てを嘲笑う魔女の笑い声は、苦しみ悶えて嗚咽する泣き声と何処か良く似ていた。

 

 舞台装置の魔女から人形部分が吹き飛び、巨大な歯車だけとなって――やがて全て消え果てた。

 スターライトブレイカーの桃色の光は地平線の彼方まで消え去り、曇っていた空すら吹き飛ばして一気に晴れた。

 

「はぁ、はぁっ、はぁっ、や、やったの……?」

 

 撃ち切った高町なのはは力尽きて倒れそうになり、後ろから『魔術師』が支える。

 

「……勝った、のか?」

 

 続いて、『魔術師』も半信半疑と言った表情で『ワルプルギスの夜』の存在を探り――完全に消え果てた事を確認した。

 

『やりました。完全に倒しました。私達の完全勝利です……!』

 

 エイミィの報告と同時に全員が歓喜喝采する。

 

「全く、良くやってくれた。……あのまま死んでくれたら、無茶しやがって、と救国の英霊に向かって敬礼する処だったのにな」

『最高の褒め言葉として受け取っておこうか。『魔術師』神咲悠陽』

《御堂、どう考えても褒めてないぞ?》

 

 勝利の立役者である銀星号の仕手も、その白銀の装甲に罅割れが多数生じているが、蹴ったと同時に一撃離脱して生を拾っていた。

 誰一人犠牲が出る事無く、海鳴市の大結界に致命的な損傷を出さずに、彼等は『ワルプルギスの夜』を乗り越えたのだった。

 

 

 ――そう、『ワルプルギスの夜』は。

 

 

 激震が走る。その黒い影は天に両手を仰ぐように現れ、下半身が夥しいほど分岐した無数の枝や根として広がる。

 あの『ワルプルギスの夜』を超える規模の魔女は、この星の全ての生命を強制的に吸い上げて、彼女の作った新しい結界へと導いていく。

 

「――そんな。馬鹿なッッ!? こんな事があってたまるかッッ! お前は、貴様は、どんな道筋を歩んで、鹿目まどかを『クリームヒルト・グレートヒェン』にして此方に産まれた……!」

 

 あの『魔術師』さえも取り乱し、魔女全てを此方に持ち込んだ転生者を無限に憎悪して呪う。

 

 ――救済の魔女。その性質は慈悲。

 

 史上最強の魔法少女が、史上最悪の魔女へと成り果てた姿。

 斯くして最後にして最悪の魔女は『海鳴市』に顕現したのだった――。

 

 

 

 


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