転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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30/前夜

 

 

 ――私が彼女を、フェイト・テスタロッサという一人の少女を壊した。

 

 見た事の無い光景が脳裏に過ぎる。

 彼女との全力勝負、真実を知って崩れる彼女、それでも立ち上がって母に想いを伝える彼女、友達となって名前を呼び合い、再開を約束してリボンを交換する自分――。

 

 ――憎悪を滾らせて、呪言を撒き散らす彼女。

 こんな筈じゃなかった、という怨嗟の声に耳を塞ぐ。

 

 私が彼女の物語を壊してしまった。

 友達になれるかも知れなかった少女は、もう何処にも居ない。

 これが、私の罪なのでしょうか? こんな筈じゃなかった未来を変えようとした、私の――。

 

 

 30/前夜

 

 

「はぁーい、アッツアツの甘々のココアですよー。火傷しないようにゆっくり飲んで下さいねぇ~」

 

 エルヴィの運んだカップを、高町なのはは震える手先で持ち、ゆっくりと啜る。

 甘く、そして暖かい。ほんの少しだけ、今の高町なのはに安心感を齎す。

 神咲悠陽もまたエルヴィの持ってきたココアを啜り、アロハシャツを着ているランサーも寛ぎながら飲んでいた。

 

「……あの、フェイト、ちゃんは――?」

「連日の無理が祟ったのだろう。暫くは目を覚まさないな。今は安らかに眠っている」

 

 幸い、非殺傷設定だった為、幾ら撃ち込んでも生命に支障は無い。

 むしろ、アーチャーを召喚して魔力枯渇に陥り、意識が覚醒してからまともに休息を取っていない事の方が問題であり、今はフェイト・テスタロッサは死んだように眠り続けていた。

 

 ――本来なら、髪の毛だけ切り取って死亡したと偽装し、フェイト・テスタロッサを抱え込む用意が『魔術師』にはあった。

 だが、期待していた高町なのはとの関係が完全に歪んで途切れてしまった今、彼女を抱え込む理由は見いだせない。

 彼にとって、フェイト・テスタロッサは一つの些細な交渉事にしか使えない、不必要な駒でしかなかった。 

 

「私の、私のせいで彼女を壊した……私が召喚されたばかりに、私まで、殺させて――」

 

 また、脳裏に覚えのない記憶が思い浮かぶ。

 それは成長した自身が、成長したフェイト・テスタロッサに看取られている、終末の光景――。

 

「……記憶が混濁している? まさか、経験の継承だけでなく、記憶の継承まで行われていたのか? 在り得るのか、君はアーチャーと二度しか対面していない筈なのに」

 

 驚きを隠せずに、神咲悠陽は訝しむ。

 起源覚醒の応用による前世の経験を継承する試みは前の世界に確かに存在していたが、今の高町なのはの例は余りにも当人に影響が出過ぎていた。

 

「深層心理に埋もれた記憶の数々が、後天的にフラッシュバックしたというのか? 同一個体との遭遇はイレギュラーだらけだな」

 

 直接的な関わりが無いのに関わらず、衛宮士郎と第五次アーチャーと同じような事が生じていると見て間違い無いだろう。

 それならばこそ、この今の彼女の不安定さも納得出来るという訳である。問題は彼が考えていた以上に深刻だったという訳だ。

 

「……神咲さんは、全部、知っていたんですよね? 私の事も、フェイトちゃんの事も、自分の事も――」

「未来の君が齎した情報は、確かに私の中に根付いている」

 

 未来の『高町なのは』に関する情報は一つの戦略方針として、重大な転機として刻まれている。

 

 ――その未来の知識によって、フェイト・テスタロッサは彼処までボロボロに壊れた。自分もまた、何もかも解らなくなってしまった。

 だから、不思議だった。その禁断の知識を知ってしまって、何故、神咲悠陽はいつもと何も変わらないのかと――。

 

「……どうして、平然としていられるのですか? 自分の死が、間近に迫っているのに――」

「未来という禁断の知識を、私は単なる判断材料の一つ程度にしか捉えてないからだ。君達は、それが全てであると勘違いしているだけだ」

 

 未来の知識など絶対ではない。というよりも、最初から当てにならない事を神咲悠陽は思い知っている。

 彼女達が本来歩むべき物語は、こんな形での決裂では無かったように――。

 

「――私の歪める未来に、英雄『高町なのは』は存在しない。未来の君がサーヴァントとして召喚された事で、この回は未来の君が体験した『前回』とは全く別の道のりを歩んでいる」

 

 極めて重要な差異だった。アーチャーが辿った『前回』の聖杯戦争は七人四騎に過ぎなかったが、今回はもう七人六騎になっている。

 明らか過ぎるほどの差異であり、確実に未来はアーチャーの辿った『前回』と全く別物に成り変わっている事を確信している。

 

 ――場合によっては、その『前回』よりも、前に死ぬ可能性さえあるが。

 

「私の起源は『焼却』と『歪曲』、焼いて歪めるに尽きる。破壊による改竄。それが私の存在の因となる混沌衝動、魂の原点である」

「つまり、そんな最悪の未来なんてさっさと焼き払って、別のより良い形に改竄するのがご主人様の生き方って事ですねー」

 

 エルヴィは横から笑顔で注釈する。

 そんなのが魂の原点である以上、定められた結果を焼いて白紙にして歪めるのは得意中の得意分野なのである。

 

「そうそう、未来なんて自分の腕っ節一つで何とかなるものさ。そう思い詰める必要も無いさ、嬢ちゃん」

「英霊の貴方が言っても欠片も説得力無いんですけど? つーか、アンタのそのラックで言うんですかい」

「幸運Eとか言うな! 好きでなってるんじゃねぇ!」

 

 赤紫色の猫と青色の狗が可笑しく言い争い、

 少しだけ心が軽くなる。くすりと、高町なのはは貰い笑いし、ココアに口を付けたのだった――。

 

 

 

 

「――という訳で、これにて無印終了です。プレシア・テスタロッサの身柄は此方で確保し、フェイト・テスタロッサの身柄は『魔術師』に確保されています。引渡し勧告をしましたが、その条件に四日後の『ワルプルギスの夜』に参戦しろ、との事です。私としては条件付きで受けるべきだと思います」

 

 ミッドチルダへの通信専用の部屋に籠もりながら、私は重役達に報告します。

 今回の欠席は教皇猊下――何だか暫く遭って無いですね。元々顔見せてませんけど。

 

『フェイト・テスタロッサの身柄だけ受け取り、何かと理由を付けて『ワルプルギスの夜』を傍観するのはどうかね? それで現地民が死に絶えても良し、勝っても損害は免れないだろう?』

『駄目駄目だね。今回に限っては、それは下の下策だよ。頭が愉快になってんねぇ、その寂れた頭髪同様に』

『なんだと!?』

 

 また金髪少女の中将閣下と太っちょの中将閣下が仲良く言い争います。

 今回も、金髪少女の中将閣下が解っている模様です。

 

「――はい。その通りです。『ワルプルギスの夜』を打倒した場合、その『魔女の卵』を『魔術師』に渡す訳にはいきません」

 

 もしも、ノータッチで『ワルプルギスの夜』を討滅されたら、その超弩級の魔女の『グリーフシード』が『魔術師』の手に収まり、微塵の容赦無く『ミッドチルダ』に送り込まれるでしょう。

 そんな事をされたら首都圏で『アルカンシェル』を放つような歴史的に見ても愚かな暴挙に出らざるを得なくなるでしょう。

 

『そういう事。共同参戦にして『ワルプルギスの夜』の『魔女の卵』は二者合意で破壊する事を条件に盛り込めば『魔術師』も同意するっしょ。むしろそれを含まなければ『魔術師』は交渉を蹴るよ』

 

 ……本当に、あの『魔術師』との交渉は精神的に疲れます。

 何処に落とし穴を用意しているか、解ったものじゃないです。というか、私の口先じゃ太刀打ち出来ませんから金髪少女の中将閣下の手助けが切実に欲しいです。はい。

 

『しかしだ。現戦力で『ワルプルギスの夜』を打倒出来るのかね?』

『それは『ワルプルギスの夜』次第じゃね? アイツの耐久力がパネェ事ぐらいしか知らないしね、私達』

 

 ワンマンアーミーの『暁美ほむら』がありったけの質量兵器を撃ち尽くして尚、あの『ワルプルギスの夜』は健在でしたからねぇ。

 私の砲撃魔法でもダメージを与えられるかどうか、未知数過ぎて怖いです。

 

『ライダー、アル・アジフが召喚する『デモンベイン』は今回は使えないのだろう? 流石の『魔術師』も今回で年貢の納め時だと思うが』

『本気になったら普段逆さまの人型部分がひっくり返って、暴風のようなスピードで飛び回って地表の文明をひっくり返すみたいだし、流石の現地の転生者達も分が悪いかねぇー? ミッドチルダに生まれて心底良かったと思うよ』

 

 アル・アジフの『デモンベイン』が健在なら、『レムリア・インパクト』で一発で葬れたかもしれないだけに、非常に残念です。

 セイバーやアーチャーが健在なら、対城宝具をぶちかます事が出来たんですが、無い物強請りしても仕方ないですね。

 

『まぁ駄目だった場合は『高町なのは』だけ回収でOKっしょ。ティセも死なない程度に頑張ってねぇ~』

 

 それが一番困難な事だと思いますが、まぁ危うくなったら退却しても良い私達は気楽に挑むとしましょう。

 この『ワルプルギスの夜』の後が、私達にとって真の戦いですし――。

 

 

 

 

「全く、アイツはっ、本当にろくな事をしないんだからっ!」

「い、いやぁ、流石に死者に鞭打つのはちょっと……」

 

 シスターは荒れに荒れていた。

 そりゃまぁ、こんな大切な時期にあの『代行者』がやらかした事を思えば――当然で仕方ないなぁと思うぐらいの事態である。

 

「こんな時期に『魔術師』陣営の『スタンド使い』にちょっかい出して、一般人四名死傷重傷者十六名出しておっ死ぬとか、救いようの無い馬鹿でしょ!」

 

 更には明らかに先に仕掛けて、という言い訳出来ない要素が重なり、あの『魔術師』に対する重大な借りを背負う事になった。

 九歳の子供一人を仕留める為に街中で対物ライフルをぶっぱなして、実際に犠牲者を作るとか、最低最悪の所業である。

 

(アイツ、プライドだけは高かったからなぁ。まだ『魔術師』に情けを掛けられた事を根に持っていたのか? つーか、幾ら『スタンド使い』でもアイツを返り討ちに出来るとか、すげぇな)

 

 自信過剰で嫌味っぽく、人として好かれる面が欠片も無い人物だったが、死ねば等しく仏である。祈るぐらいの事はしよう。

 同僚のシスターはこの上無く嫌っており、その二人のやり取りはいつ見てもハラハラするものだったと思い起こす。

 

 ――最低最悪の人格者だったとは言え、『教会』を取り仕切る三人の転生者の内の一人が死んだのはかなりデカい事件である。

 

(三人の内、一人が居なくなったから、戦力的には三分の一削られたって事だよなぁ。あんな奴でも結構な戦力だったし)

 

 人望が最低値だった御蔭で、組織内に仇討ちという意見が皆無なのが唯一の救いか。

 むしろ、こんなに民間人に被害を及ぼしたので、組織内から粛清されかねない汚点ですらある。

 

「それはそうと物騒な遺品だのう。だが、まぁ使えなくもないか」

「は? あのぉ、アル・アジフさん。どういう事ですかい?」

 

 そんな奴の対物ライフルにしか見えない『第七聖典』を眺めながら、アル・アジフはしきりに何かを確かめるように観察している。

 銃器に興味を持つなんて珍しい。一体何が彼女の琴線に触れたのだろうか?

 

「余計なものが付いているが、魔銃として申し分無いと言っているのだ。これぐらい丈夫ならイタクァ、クトゥグアを使っても壊れずに済むだろう」

 

 大十字九郎にあってオレに無いものの一つに、旧支配者のイタクァ、クトゥグアを制御する『魔銃』の存在がある。

 このオレにはそんな大層なものは手に入らず、制御が困難な二柱は一度も使った事が無かったなぁ。

 

「……『マスターオブネクロノミコン』が『第七聖典』を使うんですか? 『第七聖典』は一角獣の角を媒介に作られた概念武装。本来は女性が契約すべき代物ですよ? アイツは無理矢理契約していたようですけど」

 

 ジト目でシスターが説明しているが、アル・アジフは構うものかと対物ライフルを持ち、オレの前に差し出す。

 そして無言で血による契約を要求してきやがる。ああ、もうどうにでもなれ、と親指を少し噛み切って血を垂らす。

 

 ――あ、何か繋がった感触を得る。契約成功だが、『獣の咆哮』と『第七聖典』の二重契約は魔導書として構わないのだろうか?

 

「ふむ、コイツも歓迎しているようだ」

「うわぁ、無理矢理そういう方向性に持って行きやがったよ。この古本娘」

 

 まぁオレ如きの魔力で『第七聖典』の精霊が実体化する事は永遠に無いので、この古本娘は自分勝手も良い解釈を下しやがる。

 

「まぁ問題はクロウ、汝自身だがな……」

「一番の難問を後からさらりと言いやがったよコイツ!?」

 

 あの『ワルプルギスの夜』が来るまで残り四日間、せめて神獣形態でブチかませるようにしておきたい処だ――。

 何はともあれ、イブン・ガズイの粉薬の調合から始めなければならない。

 

 

 

 

(……ああ、もう、一体どうしてこうなった……!?)

 

 さて、此処で特に大局に左右しない、比較的どうでも良い話をするが――彼女達、猫の使い魔であるリーゼ姉妹は第九十七管理外世界の海鳴市でとある少女を監視していた。

 

 ――今代の闇の書の主『八神はやて』。

 この少女を最後の闇の書の主にするべく、彼女達は闇の書の永久封印を十一年前から目論んでいた。

 

 勿論、それは彼女達の主の意向である。

 何の罪も無い八神はやてに対する罪悪感を抱く彼女達の主とは違って、彼女達二人には八神はやてを犠牲にする事に何の躊躇いも無い。

 闇の書が覚醒して『ヴォルケンリッター』が召喚されるまで、彼女達は今の闇の書を飼い殺しにするべく、監視を代わる代わる続けていた。

 

 その事に関しては戸惑いは欠片も無いのだが――彼女達は今、八神はやてを取り巻く環境に酷く困惑していた。

 

(そう、事の始まりは喰い倒れて居候したあの情けない男。最初は単なる一般人だと思っていたのに……)

 

 今現在の八神はやては街の外れのとある『教会』に移り住んでおり、少し前に喰い倒れて一緒になったクロウ・タイタスが主に面倒を見ているようだ。

 そのクロウ・タイタスがミッドチルダの魔法技術以外の魔法に携わっている事は初期の時点で明らかになっていたが、彼自身の才能不足か、またはその魔法系統がミッドチルダ式に明らかに稚拙で劣るのか、脅威には成り得ないとその時点では判断していた。

 

(よりによって、この海鳴市に『ジュエルシード』が落ちた辺りから状況が一変したのです……)

 

 ――だが、明らかに人間離れした馬鹿高い魔力の持ち主である紫髪の少女『アル・アジフ』が出現してから、彼の脅威度は遥かに跳ね上がった。

 

(変な仮面被った集団がいきなり旧時代の質量兵器を乱射した事態には驚いたけど、その後が、ねぇ……)

 

 彼の稚拙な魔法技術が明らかに形を得て脅威に成り変わる。

 ユニゾンしてバリアジャケットのような出で立ちに変わるわ、銃弾など掠り傷も負わない強度になるわ、妙に切れ味の良い異型の剣を鍛造するわ、Eランク級の魔導師がSランクぐらいまで跳ね上がったぐらいの滅茶苦茶っぷりである。

 

(そして、あんな隠し玉を持っていたなんて……この管理外世界は一体どうなっているの? 本当に此処はお父様の故郷なの? 魔法技術無いって言ってなかった?)

 

 特にあの正体不明の五十メートルはある、異系統の魔法技術の結晶たる質量兵器が最たるものだ。

 あんな馬鹿げた存在など、次元世界を揺るがすようなロストロギアでも見た事が無い。それがもう一機あって死闘を繰り広げる様を見て、彼女達は現実逃避して卒倒したものだ。

 この二機の衝突で、本気で、この次元世界が滅びるのではないだろうか、危惧したものである。

 彼女達の危惧はある意味的中していた。これが神の模造品であり、術者が神の摂理に足を踏み入れていたのならば、幾千の世界を滅ぼしながら死闘を繰り広げただろう。

 

(その異常が喰い倒れのロリコン男だけだったなら、まだ良かったのに……)

 

 更には、此処に住む教会の人々も尽く異常だった。

 まずは一人目に、白いシスター服の少女だ。年頃は十三歳から十四歳であり、比較的仲の良いクロウ・タイタスを見て、「あ、やっぱりコイツはロリコンなんだ」と納得したのは別の話である。

 あの男と一緒にいる時は終始柔らかな笑顔を浮かべ、非常に愉しそうなのだが――その彼が居なくなると、途端に無表情になる。その場に八神はやてがいようが、同じ事である。

 まるで無機質な機械のようだと遠目から恐れたものだ。

 

(そしてあの少女は、明らかに私達に気づいている節があるんだよなぁ……)

 

 偶に発見されて見られた時のあの凍えるような眼差し、思い出したくもない。

 そして性質の悪い事に彼女は、あのクロウ・タイタスとは別系統の魔法技術の使い手であり、デバイスに代わるものを所持していないのに彼以上に大規模な魔法を行使する、恐るべき使い手である。

 また銃弾を浴びても平然としていたので、あの法衣そのものにバリアジャケットと同格か、それ以上の防御効果があると見て間違い無いだろう。

 ランクにして凡そS+相当の脅威度であり、手の内がまだまだ明らかになっていない事を吟味すれば、後にどのような影響を齎すか、解ったものではない。

 

(だから、何で未開の管理外世界にそんな特異な魔法技術の系統が沢山存在しているのよ……!?)

 

 そして最後に『神父』――あれは思い出しただけで背筋が凍り付く。

 笑顔が素敵な老年期の神父であり、此処の孤児院を経営する人格者であると思っていたが、ある夜に巨大な戦斧を片手に背負って、凶悪な笑みを浮かべながら屋根を飛び移って迅速に疾駆する様は今でもトラウマ物である。

 

(この『教会』だけが異常だったのなら、まだ救いがあったのに――この『海鳴市』は一体何がどうなってんのよ……!?)

 

 彼女達の苦難の日々は、残念な事ながら、まだまだ始まったばかりである――。

 

 

 

 

「……此処は?」

 

 見慣れない天井はやたら豪華であり、格調高い洋風だった。

 ベッドを見ても庶民の自分から見れば一生手が出せないような高級品であり、何処かで見た事のある代物だった。

 

 ――馬鹿みたいな対物ライフルを撃たれ、左腕は複雑骨折し、右手は穿たれた上に周辺の骨が粉微塵になった筈。

 

 思い出してきた。あの狂った『代行者』にしこたまやられて、死ぬ寸前だったが、どうやら誰かに助けられたようだ。

 試しに腕を見てみると、包帯だけ撒かれて――少し痛みがあるが、動かせる。骨折は治っているようだった。

 

「動かせる程度には治っている……? という事は、此処は『魔術師』の屋敷か?」

 

 また借りを作ってしまったか、と溜息を吐く。

 だが、まぁ命の恩人なので素直に感謝する事にしよう。あのまま死んでいたら、死んでも死に切れない状況である。

 自身の無事を確認して安堵したら、腹の音が豪快に鳴り――こんこん、とノックしてからエルヴィが入室してきた。タイミング良い奴だ。

 

「あ、おはようございます。よりによって今日目覚めるなんて運命的ですね。気分はどうですか?」

「……腹、減った」

「はいはーい、こんな事があろうかと、こんな事があろうかとっ! 自家製のお粥を持参して参りました! ふふふ、この台詞を言う時が来ようとは感動物です!」

 

 おお、と用意の良い猫耳メイドに感動する。

 普通の白粥ではなく、味噌味やらジャガイモ、細かく刻んだ人参を加えたアレンジ風の粥であり、レンゲをもって掻き込むように食する。

 途中、空っぽの胃にいきなり物が入ったんで戻しそうになったが、気合で飲み込んで完食する。美味かった。

 

「ご馳走様でした。で、オレは一体何日ぐらい寝ていたんだ?」

「五日です」

「げっ、そんなに意識を失っていたのか。……え? 何日、だって?」

 

 五日……? え? 聞き間違いか、或いはオレの数え間違いか? あれ? 『ワルプルギスの夜』が訪れるまで、あと何日だったけ?

 

「本当に幸運ですねぇ。ささっ、さっさと支度して下さいな。――『ワルプルギスの夜』は今日ですよー」

 

 窓の外を眺めてみると、非常に天気が悪く、曇っている上に荒れ模様で風まで強く吹いている始末。

 明らかにスーパーセルが来ている前兆で、今頃ニュースで避難勧告が発令されている事だろう。

 

「え? オレも逝くの? つーか、オレ、空飛んでいる『ワルプルギスの夜』に対して何も出来んぞ?」

「高町なのはの周辺に来た『魔女』の『使い魔』を返り討ちにするぐらい、今の貴方でも可能ですよ! 丁度良いリハビリじゃないですか?」

 

 ……出来れば、もう一日だけ意識を失っていたかったです、とオレは泣きそうになったのだった。


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