転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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03/暗躍の昼下がり

 

 

 

 

 ――損な生き方なのは先刻承知、でも自分は我慢出来ない類の人間だった。

 

 一つの不条理があった。一つの理不尽があった。

 見過ごせば今まで通りの日常を過ごせた。平穏な毎日を享受出来た。人並みの幸せを胸に抱いて、人並みに生きる事が出来ただろう。

 

 ――それでも、我慢出来なかったのだ。

 

 手を伸ばせばすぐ届く場所に救いを求める手がある。

 ならば、引っ張り上げてあげるのが人の情、そのままにしておくのは気が済まなかったのだ。

 例えそれで自分が代わりに地獄の底に落ちて、最悪の貧乏籤を引く事になったとしても構わない。

 何もしなくて後悔するより、やって後悔した方が良い。それが正しき道であり、正しき選択である事を信じている。

 

 ――そして運命の選択の時が来た。

 同じように負債を重ねて同じように辿り着いた、二度目の総決算だった。

 

 その男は吐き気を催すような邪悪の化身だった。

 空気を吸うように他人を犠牲にし、自らの幸福を謳歌する、まさに歩く災厄だった。

 手を差し伸べ続け、いつしか宿敵となったのがこの男だった。

 沢山の仲間が出来た。戦い続け、数多の犠牲が出た。その果てにこの男を追い詰めた。そして同時に追い詰められた。

 与えられた選択肢は二つ、この男と共に絶対の窮地を乗り切るか、この男と共に運命を共にするかである。

 

 ――男は堂々と命乞いをする。もうお前達に手を出さないと約束する。降伏するから一緒にこの窮地を乗り切ろう。

 この絶対の窮地を乗り越えるには互いの力を合わせる必要がある。此処で互いが死ぬのは不本意だろう?

 

 その手を振り払えば、自分もこの男も呆気無く死ぬ。

 けれども、この男を生かしておけば、この男一人の幸福の為に犠牲者が増え続けるだろう。

 理不尽と不条理によって踏み躙られる者が後を絶たないだろう。

 

 ――その手を振り払う。こんな男と一緒に心中するなんて最悪だが、その手は絶対に握れない。

 

 他者の幸福を犠牲にする事で存在する『悪』など許せない。自分は最期まで我慢出来ない人間だったのだ。 

 男は怒り狂い、自らの死を決定付ける一撃を振るい――自分は笑いながら逝った。

 悔いは無い。自分が正しいと思う道を貫徹したのだ。その『誇り』を打ち砕く事は誰にも出来ないのだから――。

 

 

 03/暗躍の昼下がり

 

 

 ――『教会』とは、化物のような転生者三人が結託して出来た奇跡の組織であり、信徒という名の狂信者を量産する海鳴市有数の魔の巣窟である。

 昼前から此処に訪れた理由は幾つかあるが、真夜中は絶対に訪れたくない場所だ。

 何があっても許される治外法権的な場所に人々が寝静まる時に足を踏み入れるのは、自殺と同意語である。

 

「おろろ? クロウちゃんお久しぶり~。何々、やっとその最低最悪の人生を悔い改めて、神の忠実なる下僕になりに来たのかな? 幾ら我等の神が涙が溢れるぐらい慈悲深くても、正直もう手遅れだと思うけど?」

 

 ――『教会』の礼拝堂に足を踏み入れた一言目に、白い修道服を来た十三・四程度の金髪碧眼の少女は天使のような笑顔を浮かべて息を吐くように毒、いや、致死の猛毒を吐いた。

 見た目は聖女級の美少女なのに、性格は非常に破綻して残念なのは最近の流行りだろうか?

 

「ねーよ! つーか、人の人生を勝手に最低最悪とか言うな! これでも凡人は凡人なりに一生懸命、精一杯生きているんだぞぉ!」

 

 探偵業という非生産的な営業で路銀を稼いでいる身としては非常に痛い言葉だが、それでもミジンコはミジンコなりに生きていると熱弁してみる。

 この毒舌シスターに口で勝てた事は無いが、まぁいつものコミュニケーションという奴である。

 

「……へぇ、最近の精一杯というのは『足の不自由な幼女の家に居候して穀潰しになる事』を指すんだぁ? 初めて知ったなぁ、勉強になるよ」

「な!? なな、何故それをお前が……!?」

「神様はね、いつもお天道から我等の事を見守っておられるんだよ? 少しは懺悔したらどうかな、ロリコン貧乏探偵二号さん」

 

 えっへんと無い胸を張って小さなシスターは得意気に笑う。

 此方としては最近の動向を見抜かれ、冷や汗が流れるばかりだ。食い倒れて一歩も動けなかった処を九歳の足の不自由な幼女に拾われてた挙句、御馳走になった上で家に住ませて貰っているなんて、今考えたら「大人として失格、最低最悪の紐じゃね?」と自分自身が情けなくなる。

 それでもその『ロリコン貧乏探偵二号』に対しては反論させて貰う。あれと一緒にされては困る。

 

「『大十字九郎』と一緒にするな! オレはロリコンじゃないわい!」

「えぇ~、信じられないなぁ。クロウちゃん、時々私を見る眼、怪しかったよ? それも通報物だったよ?」

「テメェみたいなちんちくりんなシスターに欲情するほど飢えてないわい!」

 

 確かにこのロリシスターは性格が残念な事を除けば完璧な美少女だが、性格の残念さが全てを台無しにしている。

 もう四年ぐらい立てば出るところが出て傾国の美女ぐらいになれるかもしれないが、今の残念な成長具合から見る限り無理そうである。

 失礼な感想だが、永遠にロリボディじゃないだろうか、このちんちくりんな生き物は。

 

「そんな! 既に同居人に手を出していたなんて!?」

「出してねぇよ! なんでそんな卑猥な話にしか誘導しないんだテメェは……!?」

 

 「えぇー」と完全に疑った眼で此方を見てきやがる。

 完全に性犯罪者を見るような視線に我慢出来ず、とっとと本題を果たす事にする。コイツと喋っていると此方の社会的な地位が殺されかねない……!

 

「それに今日の要件はこれだ!」

「おー、クロウちゃん頑張ったんだね。偉い偉い、我等の神も褒めておられるよ、多分」

「神職の癖に随分と適当だなぁ、おい!」

 

 厳重に封印処置を施した『魔女の卵(グリーフシード)』を二つ手渡し、シスターはほくほく顔で修道服の中に仕舞い込む。

 そして袖から封筒を自信満々に取り出すのだった。前から思っていたが、コイツの修道服には四次元ポケットの機能も付属されているんだろうか? いや、幾ら『歩く教会』でもそれは在り得ないか……。

 

「はい、報奨金です。この調子で悪魔の手先をどんどん殲滅して下さいね」

「いや、異教徒とか専門外だから」

 

 封筒を受け取り、徐ろに封を切って中身を確かめる。

 中にあったのは日本国の万札、それも十枚である。これで暫く食い扶持を繋げそうだ。

 

「クロウちゃんは変な事を言うね? 化物だけじゃなく、異教徒にも暴力を振るっていいんだよ?」

「いやいや、駄目だろおい。いい加減、博愛精神持とうぜシスター。汝、隣人を愛せよ、だろ? 人類皆兄弟ですよ」

「私達の隣人の定義は我等の神を信仰する者のみですよ? 他は異教徒と化物で悪魔の使いです」

 

 真顔で不思議そうに返された。え? オレがおかしい事言っているの!?

 相変わらず、コイツとは意思疎通が半分ぐらい出来ない。信仰と精神汚染は似たようなものであり、同ランクじゃないと意思疎通に不具合が出るのは本当らしい。

 

「それはそうと、この報奨金、もうちっと何とかならないの? 『魔術師』の処は一個二百万って噂じゃん? せめて半分程度にはならんかい? オレも生活が苦しくてさぁ」

「『魔術師』に『魔女の卵』を渡して悪用される事を覚悟するのと、『教会』に異端者認定されたいなら別に構わないけど? 短い付き合いだったね、クロウちゃん」

「いえいえ、オレは神様の忠実なる下僕です、どんどん扱き使ってくだせぇ、はいっ!」

 

 笑顔で『異端審問』しようとしたシスターにオレは全力をもって首を横に振ってご機嫌取りをした。

 何というか、眼がマジだった。今のは「君は良い友人だったけど、悪魔に魂を売ってしまうなら仕方ないね」という即断即決の死刑判定だった。やっぱり『教会』には狂人しかいねぇ。

 

(コイツはシスターの癖に異端審問官の真似事を平然とするからなぁ)

 

 報奨金の値上げ交渉も呆気無く一蹴されたし、お土産でも買って帰るかと踵を返す。

 その時だった。終始笑顔で明るかったシスターの口調が暗く沈んだのは――。

 

 

「――クロウちゃん、『八神はやて』からは早く縁を切った方が良いよ? 彼女はクロウちゃんにとって『死神』だよ」

 

 

 ……今現在の家主の名前を呼ばれ、立ち止まる。咄嗟に振り向いた先に居たのは一切の感情が消え、神託を告げるだけの人形のように佇むシスターだった。

 

「……それは原作知識から、って奴か?」

「うん。そう思って構わないよ。むしろ原作通りなら少ししか問題無いんだけど、今の海鳴市の取り巻く状況から考えると、余り良い結末にならないからね」

 

 こういう、シスターのふざけてない時の言葉はまず間違い無く、耳を傾けるべき忠告である。

 自分は『この世界』の物語を知らない。あの足の不自由な彼女『八神はやて』が物語の主要人物だと知ったのも今だし、当然の事ながら彼女の行く末など知る由も無い。

 

「私達『教会』も最悪の事態になる前に絶対対処するし、何より間違い無く『魔術師』は先手を打つと思う。これは『教会』を取り仕切る『必要悪の教会(ネセサリウス)』の『最大主教(アークビショップ)』としての警告ではなく、一人の友人としての忠告だよ」

 

 彼女達『教会』が、そして『魔術師』が動くような事態の中心に『八神はやて』はいる。

 海鳴市の二大組織の重鎮が揃いも揃って危険視しているとなれば、その危険度は自分の許容度を遥かに超越していると容易に推測出来る。

 

「……心配してくれるのはすげぇ嬉しい。でもまぁ、とっくに決めちまったんだ」

 

 それでも、あの少女を見捨てる事は出来そうにない。

 あの少女はずっと一人だった。両親は既に亡く、親戚も亡く、正体不明の人物によって生活保護費だけ支給され、一人で孤独に暮らしてきた。

 

 ――恐らく、彼女は長くない。正体不明の病に蝕まれ、そう遠くない未来に死んでしまうだろう。

 

 彼女は救われず、報われずに孤独に死ぬだろう。悔しいが、自分では何も出来ない。少女の理不尽な死の運命を覆す事など不可能だ。

 ……それでも、孤独を紛らせる事ぐらいは出来る。傍らに居て、その笑顔を守る事ぐらいは自分にも出来る筈だ。

 それしか出来ないのが情けなくて悔しいけど、自分には出来る事しか出来ない。その為に、出来る事を精一杯頑張ると自分自身に誓った。

 誰の為でもない。彼女の為なんて傲慢な事を言うつもりは無い。ただ自分自身の自己満足の為に行う自慰行為である。

 

「まだ時間は残っているから、考え直して欲しいなぁ。私の立場上、原作知識を与えて他に協力するのはNGだし」

「別にいらねぇよ。そんな未来知識なんて変える為にあるようなもんだし、そればかり気を取られて今現在の足を掬われたら救いようがないだろ?」

 

 今度こそ、振り返らずに『教会』を立ち去る。

 一秒足りても時間を無駄に出来ないし、残り二人の転生者には絶対に出会いたくない。

 彼女とは比較的まともに会話出来るが、もう一人の神父は吸血鬼絶滅主義者の狂信者、最後の一人は性悪男で転生者絶滅主義者の殺人狂だ。会話も意思疎通も不可能だし、思い出したくもない。

 此方の去り際、シスターは寂しげに呟いた。

 

 

「――貴方は『大十字九郎』には絶対なれない。その事を努々忘れないようにね」

 

 

 思わず立ち止まり、振り返らずに大きな溜息を吐いた。

 

「……そんなの、身を持って知っているよ」

 

 オレの名前は『クロウ・タイタス』、『大十字九郎』の元となった人の名前であり――何も成せなかった自分には余りにも重すぎる名前だった。

 

 

 

 

 ――『大十字九郎』になれなかった青年の後ろ姿を最後まで見送る。

 

 別段、彼の外見に『大十字九郎』と似通った処は無い。

 唯一の共通点である東洋人独特の黒髪だって短髪でボサボサ、着ている服はいつも黒尽くめ、けれども――その精神は余りにも似通っていた。

 

 見ていて危ういとはまさにこれだ。

 『彼』と同じ世界に生まれ、『彼』と同じ不屈の精神を持ちながら――致命的なまでに魔術の才覚が欠落していた。

 

 どうせなら欠片も芽が無い方が救いだったかもしれない。

 中途半端に魔導を齧れたから、彼はその背に不相応の試練を架され、その重荷に耐え切れずに押し潰され、絶望の果てに事切れたのだろう。

 

(――この『魔女の卵』も、彼にとっては命懸けで漸く入手出来た二つでしょうね……)

 

 今の彼に最強の『魔導書』は無い。穴だらけの新約英語版の写本一つで身を削りながら戦っている。

 其処までしても彼の戦闘力は転生者の中では底辺級、本来なら『魔女』に挑むのも自殺行為に等しいだろう。

 

(時が来たのならば、無理矢理でも拉致した方が良いですね。このままでは『八神はやて』と心中するようなものです)

 

 其処まで考えて、どうして此処まで彼に肩入れしたくなるのか、今一度自分自身に問いを投げかける。

 内に沈殿する疑問を紐解こうとした時、ノイズが生じた。それも物理的な意味で。

 

「おやおや、人形の分際で説法の真似事ですか? 珍しい事をするんですねぇ――『禁書目録(インデックス)』」

「――私をその名で呼ぶな、『前任者』」

 

 振り向いた先にいたのはカソックを来た二十代の男性であり、一秒足りても同席したくない同格の同僚が嫌らしく笑っていた。

 金髪に蒼眼、日本人離れした長身と整然とした美形な面構えは、醜悪なまでに頬を歪められた嘲笑で全て台無しだった。

 

「おっと、失礼でしたね。自分から『首輪』を食い千切って飼い主を噛み殺した『魔神』殿めに言う言葉ではありませんでしたね。ともあれ『前任者』ですか、それは貴方も同じでしょう?」

 

 ――我慢出来ずに殺意を零す。

 

 恐らく、今の私の両瞳には血のように真っ赤な魔法陣が光り輝いているだろう。

 この脳裏に刻まれた十万三千冊の魔道書から対『代行者』用の特定魔術(ローカルウェポン)を組み上げている真っ最中である。

 

「おお、怖い怖い。まるで『神』をも射殺すような眼ですねぇ」

「何の用ですか? 貴方との不必要な会話はしたくありませんが」

「そうですか? 私は貴方との会話はとても愉しいですよ。人形が人間の真似を必死にしていて滑稽ですからねぇ……とと、それじゃ本題に入りますか」

 

 相変わらず癇に障る喋り方であり、苛立つ話題を意図的に選択する。

 この男に意思疎通によるコミュニケーションを計る気概は欠片も無く、ただ一方的に事実を突きつけて苦しみ悶える他者の姿を堪能するのみである。

 つまりは不毛極まる。無視して立ち去るのが精神的な衛生を保つ意味で最善だろう。

 

「随分と甘い認識ですねぇ。あの『魔術師』が居る限り、八神はやての『死』は確定事項なのに」

 

 ぴたり、と足を止めてしまう。

 不可解な言葉である。幾ら『魔術師』と言えども、物語通りに事が進めば手出しはしない筈である。

 八神はやての『死』に関わる確率は極めて高いが、確定させる要素では無い筈だ。あの『魔術師』は原作にまるで興味が無い。

 

「誰もが勘違いしているみたいですねぇ。一年前、アリサ・バニングスが転生者と無関係な勢力に誘拐された際、あの『魔術師』は一切動かなかった。この事から大多数の者は『魔術師』は『原作に興味無い』と誤解した」

「……勿体振らずに、貴方の見解を述べたらどうです?」

「あの『魔術師』は自分に危害の及ばぬ事に欠片の興味も示さないだけですよ。それ故に――正確には『原作など自分に害が無ければどうでも良い』と考えている人間です」

 

 この『興味無い』と『自身に害が及ばなければどうでも良い』という事には天と地ほどの違いがある。

 可能性が僅かでもある限り、あの『魔術師』は零にしようとするだろう。打つべき瞬間に最善手を打って、確実に芽を潰すだろう。

 

「――『ジュエルシード』は扱いを一つ間違えれば地球など簡単に消し飛んでしまう危険物です。当然、座して事態が解決するまで黙認するなどしないでしょう。時間を置けば置くほど管理局の介入も許してしまいますしね」

 

 あの『魔術師』が管理局の介入を嫌うのは『第二次吸血鬼事件』からも良く窺える。

 内の敵を放置してまで外の敵の排除を徹底したのだ。何が何でもこの海鳴市に根付かせる気は欠片も無いだろう。

 

「では、それより更に危険度の高い『闇の書』では? これは我々転生者が一人でも蒐集された時点で防衛システムが極めて悪辣に変異するでしょう。それに『魔術師』が忌み嫌う管理局側の人間が関わっている案件です。間違い無く事前に『闇の書』を排除した上で破滅させるでしょうね、彼ならば」

 

 ……なるほど、あの『魔術師』ならばやりかねない。

 海鳴市を崩壊させる最大の危険要素『八神はやて』を早期退場させた上で『ギル・グレアム』を破滅に導く事など容易い事だろう。

 だが、今までの口上は全て仮説に過ぎない。その事を含めて分析した上で無視する事にする。

 

「あの『魔術師』が物語にどの程度干渉するかは今に解る事です」

「そんな不確かな事をしないで、直接排除した方が早いのでは? ああいう手合いは君の領分だろう? 魔術師狩りの達人殿」

 

 此処に至って、目の前の彼が私に何をさせたいのか明白になり、身振り手振り全てが演技臭くて可愛らしいものだと会心の笑みで嘲る。

 

「――なるほど、未だに恐れているのですか。貴方は」

 

 その瞬間、この男の嫌らしい嘲笑いが憤怒の形相に変わる。

 そういえば、この『代行者』は一度『魔術師』に挑んで完膚無きまでに敗北しているのだった。

 相手の意図を見透かせば、無様なものである。勝機が無い事を自らが認め、劣ると認めた上で私を焚き付けたのだ。

 この腐れに腐って腐臭を撒き散らす自尊心の塊が――笑わずにはいられない。

 

「そうですね、私はあらゆる転生者を殺し切る自信がありますが、あの『使い魔』だけは別です」

「……? 『魔術師』ではなく『使い魔』ですか?」

 

 随分情けない負け惜しみかと思いきや、本気で言っているようであり、逆に此方が困惑する。

 駄猫の『使い魔』など言うまでもなく、あの『魔術師』自身が最大の脅威そのものだ。最初から比較対象にすらならない。

 それを見越してか、この男は嫌味な笑顔の仮面を捨て去って、苦汁を舐めた表情で首を横に振る。

 それこそ、最大の勘違いであると言うかのように――。

 

「私の『聖典』はご存知でしょう? あれを心の臓に叩き込んで尚生きていたんですよ、あの『使い魔』は――」

 

 

 

 

「ご主人様、お茶のお代わりは如何ですか? 茶請けも付けますか? それとも、わ・た・し?」

「茶」

「あーん、ご主人様のいけずぅ」

 

 

 

 

 此処はミッドチルダの某所の会議室、今の管理局を動かす重鎮達が集まった――秘密結社とか御用達の、ぶっちゃけ『黒幕会議』である。

 

「……えぇ~、此方が新設した対魔女部隊の被害状況です」

 

 額に汗を零しながら、徹夜して作った資料を各々に配る。

 特設部隊の稼働率、被害状況、殉職者及び遺族年金など細かい資料が纏められており、新参者の此方が萎縮するほどどんよりとした空気が漂っていた。

 

「成果が上がらないだけでなく、部隊の増員要請とな? 卿等の中には熟練の魔導師が勝手に湧き出る壺を持っている御仁でもおるのか?」

 

 真っ先に皮肉気な発言をしたのは老練の英国人(ジョンブル)みたいな出で立ちの銀髪美髭の大将閣下であり、この中では最年長で議長役を務める中心格であられる。

 厳格な御方で、貴族然とした振る舞いは優雅の一言。本来ならば、私如き新参者が顔を会わせられる相手ではありません。

 

「ソ連みたく畑から兵士が栽培出来る環境とかマジパネェっす。うちも独裁政権だけど流石にあそこまではなぁ~」

 

 続けて発言したのはこの中では最年少の金髪翠眼の美少女であり、もう資料を全て見終わったのか、紙飛行機に折り畳んで何処ぞに飛ばしている程である。

 私より十歳は年下で、管理局の制服に着せられている感じが強いが、これでも中将閣下である。

 十四歳という年で中将という地位、管理局の昇進の最年少記録を次々と塗り替えている恐るべき御仁である。もしかしたらこの中で一番油断ならぬ人物ではないだろうか? 

 

「だから少数精鋭にするべきだと進言しただろう。Bランク以下の魔導師で『魔女』をどうにか出来る筈が無かろう!」

 

 次に、いっつも憤怒の表情を浮かべている小者っぽい太っちょの中年男性――これでも中将閣下です。前の少女と比べて完全に見劣りしますが。

 

「あるぇ? 貴重な戦力を『魔女』如きに使い潰すなど言語道断と言ったのは何処の誰だったかねぇ?」

「なっ! あの時は全員賛成で可決したろうが!」

「アタシはちゃんと反対したけどぉ? もう記憶力に衰えが出ているのかい? 年を取るって悲しいねぇ」

 

 当然の事ながら、金髪少女の中将閣下とは犬猿の仲であり、事ある毎に口喧嘩しています。太っちょの中将閣下が一方的に嫉妬及び敵対視しているとも言えますが。

 喧嘩をするほど仲が良いとは言いますが、この二人の場合は互いが互いに見下している感じが強いでしょう。何方が格上かと問われれば、一人以外が一致して金髪少女の方と答えるのは秘密です。

 

(そして最後の一人、この黒幕会議の主犯格は未だに到着していないようです)

 

 この円卓の中央の席にはテレビのような映像機が設置され、まだ通信状態ではありません。

 一番のお偉い方が到着するまでの間、各々が雑談しているのが今の現状です。

 

「――静粛に。あれから状況はまるで一変している。既存の魔女の増殖速度が此方の殲滅速度を圧倒的に上回り、新種の到来に全くもって対処出来ておらぬ」

「地球での被害は最小限に抑えられているようだけどねぇ。――そして『魔術師』の手に『魔女の卵(グリーフシード)』が渡った分、此方にばら撒かれるという寸法だね。うちは廃棄場所じゃねぇっつーの」

 

 口喧嘩をお髭が素敵な大将閣下が一喝して止め、現状の見解を述べる。

 それに追随して金髪少女の中傷閣下がまるで小馬鹿にするように笑う。まるで他人事です。

 恐らく、この事に一番頭を悩ませているのは太っちょの中将閣下でしょう。ああ、今にも剥げてしまいそうな頭髪が誠に哀れです。

 

「クソォッ、呪われろ『魔術師』! 忌まわしき悪魔めぇ!」

「おうおう、呪詛は我々の専門外だけど頑張って習得したんかい? あの『魔術師』が惨たらしい死に方をするよう祈るばかりだね」

 

 ――この度々出てくる『魔術師』とは、我等『ミッドチルダ』の転生者における最大の、不倶戴天の怨敵である。

 

 そもそもこの黒幕会議に私如きが出席出来るのも『魔術師』のせいだ。

 地球という遠く離れた管理外世界に居座っておきながら、此方の転生者を次々と転落させ、管理局の末端で働いていた私まで御箱が回った次第である。

 こんな重役を私の意思に関わらずに担わされた恨みは忘れたくても忘れられません。人害では到底死にそうにないので、天罰にでも当たって死んで欲しいです。

 

「それと『ジュエルシード』の輸送計画なんですが――」

「まともに輸送したら間違い無く撃ち落されて虚数空間の塵屑になるよ? 子供だって解るさ、『ジュエルシード』と『魔女』を組み合わせたら想像を超える大惨事になる事ぐらいはね」

 

 小さく可愛らしい欠伸をしながら金髪の中将閣下は語り聞かせる。

 バン、とテーブルを大きく叩く音がなり、予想通り激高した太っちょの中将閣下からでした。

 

「何としても『ジュエルシード』を海鳴市に落とさねばならん! 何か妙案は無いかね!?」

「……あのぉ、別ルートを経由して安全に『ミッドチルダ』に輸送するという案は無しですか?」

 

 

「は?」

 

 

 恐る恐る意見を言ってみたが「何考えているの?」という白けた視線が私に集中してしまった。

 言い出した言葉は元には戻せない。頑張って、続きを述べる事にした。

 

「幾ら何でも今『ジュエルシード』を地球に落としたら未曽有の大災害で日本が消滅しかねないですよ? 原作が始まらないという最悪の事態になりますけど――『ジュエルシード』は我々の下に確保出来ます」

 

 もしかしたら日本どころか地球が無くなりかねない。

 流石に魂の故郷が木っ端微塵になるのはいたたまれないだろうと思うが――。

 

「ダメダメだね、その答案じゃ零点だよ。欲しいのは『ジュエルシード』じゃないんだ。それに付随する全てなんだよ。私達は何が何でも原作通りに進行させないと駄目なんだ。そのカバーストーリーは『魔術師』と現地民に頑張って貰うさ」

「その通りだ。海鳴市の安否など問題外だ。我々が今考えなければならない事は如何に『魔術師』の妨害を躱し、原作通りに海鳴市に『ジュエルシード』をばら撒くか、その一点に尽きる!」

 

 こんな時だけ仲の悪い二人が同意見という始末。即座に引っ込みざるを得なかった。地球の皆、ごめんね。一応応援だけは心の中でしているよ。

 

「無数のダミー輸送船を用意して、本命は自沈させて『ジュエルシード』をばら撒く」

「ノー、上手く事を運べたとしても航海記録を後々確かめられては苦しい。あくまでも人為的な事故でなければ体裁が取れないし、その方法では海鳴市に落ちない可能性すらある」

 

 金髪少女の中将閣下が意見を言い、即座に大将閣下が首を横に振る。

 何かこんなやりとり、どっかで見た気がするが、残念な事に思い出せない。

 

「輸送船はダミーで『ジュエルシード』は現地で直接ばら撒く」

「ノー、危険過ぎる。現地配達人が殺害されて『魔術師』に全部奪われる可能性が高いよ。無差別にばら撒くより下策だね」

 

 大将閣下が意見を言い、今度は金髪少女の中将閣下が否定する。

 太っちょの中将閣下が「次は儂だな」と息巻いていたその瞬間、沈黙を保っていた映像機に光が入り、皆の視線が一斉に集中した。

 

『――いいや、それで良い』

 

 何処から聞いていたのか、この黒幕会議の主はこの案を肯定する。

 その映像の主は黒衣に身を包んだ年齢不明の――老人かもしれないし、案外予想以上に若いかもしれない。声は滅茶苦茶に変換されているので其処から判別する事は出来ない。

 男性のように見えるけど、もしかしたら女性かもしれない。つまりは何もかも正体不明の『真の黒幕』である。

 

「これは『教皇猊下』、拝謁頂き誠に恐悦至極で御座います。ですが、それでは――」

『構わぬ、と言っている。あの『魔術師』の手に『ジュエルシード』を委ねてもな』

 

 大将閣下が臣下の礼を取って進言するも、『教皇猊下』は愉しげに自身の意見を貫く。

 此処では『教皇猊下』が『白』と言えば黒のカラスも『白』になる。彼(もしくは彼女)の意見が全てに優先されるのである。

 これが『ミッドチルダ』――管理局の頂点のお家事情である。

 

「ほほぅ、何か企んでおいでで?」

「……確かに、確実に『海鳴市』に『ジュエルシード』を輸送するにはそれしか方法がありませんが――」

 

 金髪少女の中将閣下は愉しげに、太っちょの中将閣下は額に流れる汗をハンカチで拭い取りながら困り顔を浮かべる。

 確かに、下っ端の私は意見など出来ないが、大問題だと思う。あの『魔術師』に『ジュエルシード』を渡した日にはどんな事に悪用されるか解ったものじゃない。

 超危険人物に核兵器を渡すようなものだ。下手すれば第一管理世界のミッドチルダが消滅しかねない事態になるだろう。

 

『卿等は頭が硬いのう。勿論、一時的に『ジュエルシード』を『魔術師』に委ねるが、死蔵はさせん』

 

 私のような凡人には『教皇猊下』の崇高なお考えはやっぱり理解出来ないみたい。

 各々が難しい顔を浮かべて悩む中、金髪少女の中将閣下だけは的を得たりと言った表情を浮かべて年相応に微笑んだ。

 

「あ、何となく解りましたよ。大胆ですねぇ、下手すれば次元世界が一つ吹っ飛びますよ?」

「む? どういう事だ?」

「年は取りたくないねぇ、若者特有の柔軟な発想が出来なくなるようだし」

「なんだとぉ!? 言うに事欠いてッ、この礼儀知らずの小娘がァッ!」

「年寄りの僻みって醜いと思わない?」

「静まれお前等、『猊下』の御前だぞ」

 

 その大将閣下の一声で静まり、我々は『教皇猊下』のお言葉を待つ。

 『教皇猊下』のお顔は見えないが、酷く愉しげだった。それはまるで悪巧みを共犯者に告げるかのような口調だった――。

 

『――『ジュエルシード』は『魔術師』の手に渡らせる。それならば、二十一個の『ジュエルシード』に封印処置は必要あるまい』

 

 

 

 

 


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