転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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29/歪な決着

 ――世界は自分の為に回っている。

 

 他は自分を持て囃す為の案山子に過ぎず、単なる引き立て役に過ぎない。

 一番優秀なのは自分であり、一番頭が良いのは自分であり、それ故に自分の判断は何物にも勝るものであり、その自分が間違う筈が無い。

 

 ――そう、自分は一番上手く殺せた。

 

 異端者を、吸血鬼を、化物と恐れられる数多の怪物達を――自分が特別な人間である事を疑いもせずに確信していた。

 優越感は甘美な美酒に似ており、酔い痴れる感触は何物にも代え難い。

 それを覆したのが、あの忌まわしき吸血鬼の娘であり、今世においては盲目の転生者だった。

 

 ――許されざる事だ。この自分が殺せない存在など、存在して良い筈が無い。

 

 自分より優れた人間など認めない。一番でないと意味が無い。一番は自分なのだ。決して奴の事ではない。

 偶々不死の吸血鬼を『使い魔』に出来て、偶々敗れただけなのだ。

 その幾ら殺しても死なない吸血鬼さえいなければ、自分が彼より優れていると証明出来た筈だった。

 断じて、あの男に情けを掛けられるという在り得ない事態が起こる筈が無かったのだ。

 

『――お前を殺さない理由が解るか? お前は生きているだけで周囲の人間の足を引っ張る。生きているだけで敵である私の役に立つからだ。――『傍迷惑』が起源って本当にあったんだ』

 

 断じて、断じて、そのような事は在り得ない。

 周囲の無能な人間が私の足を引っ張る事があっても、その逆は在り得ない。

 

 ――私は証明しなければならない。私が最も優秀な人間であると。

 

 

 29/歪な決着

 

 

(あの銃剣代わりの一角獣の角に刺されたら問答無用に殺害されると仮定して、銃弾には掠っただけで即死効果とか、幾ら何でもそういう追加効果は無い筈。祝福儀礼だとか洗礼だとか吸血鬼用の機能はありそうだけど――問題なのは掠っただけで死ぬかもしれない対物ライフルの威力。そう、単純にして明快な物理的な問題だ。これは前世でもお目に掛かった事が無い……!)

 

 たかが銃弾程度ならば問題無い。拳銃程度の7.62mm弾はスタンドだけでも弾ける。だが、12.7mm弾、場合によっては2km先からも胴体が分断されたとか、そんな巫山戯た威力を秘めた軍用兵器である。

 間違っても、九歳の小僧なんぞに向けるものでは無いが、このイカれた男は平然と向けてきやがる――!

 

 ――瞬時に『ステルス』を展開し、首と心臓を腕を回して防御し、逃走の一手を取るが少し遅く――奴は容赦無く引き金を引いた。

 

「ガッ――!?」

 

 左腕に着弾した銃弾は何とか弾けたものの、高密度の風の膜である『ステルス』を全部剥いだ処か、左腕の骨をボロクソに砕き――小学生に過ぎない小さな身体を馬鹿みたいに吹き飛ばした。

 

(……ッッッ?! ――くっそ、『ステルス』の上から左腕を持っていかれた……!? オマケに全部剥がされたから『風』の能力は暫く使えない……!)

 

 もげていないだけマシなんだろうが、今の状態で追撃の銃弾を浴びれば即死間違い無しである。

 吹き飛ばされながら『スタンド』で地を殴って軌道修正し、茂みの中に飛び込み――奴は奇声を上げながら茂みの中を当てずっぽうで乱射する……!?

 

(バカスカ撃ちやがってマジやべぇ……!? これはまずい、死んだかも――)

 

 近場の樹木が一発撃ち抜かれただけで倒壊し、偶然の死に震える。

 いや、そんな思考停止をする暇も無い。このままだと流れ弾で死ぬ。何としても生き残る術を考えるんだ……!

 

(何としても時間を稼ぐんだ……! 時間さえ稼げれば――!)

 

 少しでも時間を稼げば『ステルス』を展開出来ないにしても、他の能力行使が可能となる。

 その十数秒という時間が今一瞬で消し去られようとしている。

 

(――無理だ、詰んでいる。どうすれば良い……!?)

 

 匍匐前進しながら、倒壊した木の影に隠れようとするが、あの銃弾を防ぐ盾にもならない。

 射線上にオレの身体があっただけで、もう一瞬後にはくたばってしまうのだ。

 

 ――『矢』の存在が脳裏に過る。自滅覚悟で使うしかないのか……?

 

 あんな訳の解らない野郎に殺されるぐらいなら――いや、待てよ。まだ手段がある……?

 

 

「――待てッ、降参だ! 頼むから命だけは助けてくれ!」

 

 

 ありったけの声を振り絞って、自ら居場所を知らせるような愚行を犯す。最早賭けに近いが、やり通すしかない――!

 程無くして銃声が止まり、一瞬の静けさが場を支配する。

 第一段階は突破したようだ。次は――。

 

「――表に出なさい、ゆっくりと。怪しい挙動を取れば撃ち抜きますよ?」

「う、撃たないでくれよ……!」

 

 良し、と絶対顔に出ないように引き摺った表情を作りながら、無事な右手だけを上げて、茂みから抜け出して奴の前に出ていく。

 奴は嫌らしい笑みを浮かべ、歪な対物狙撃銃を構えながら自身の唇を舌で舐め回していた。

 

「降参だ。この通り、もう此方は戦えない。さっきので精神力が尽きて『ステルス』も張れねぇ。頼む、見逃してくれ」

「くく、そうですねぇ。どうしましょうかねぇ……!」

 

 亀裂の入ったような笑顔とは、まさにあんな悪魔らしい笑みの事を差すのだろう。

 強者の余裕を取り戻した奴の表情は悪魔的なまでに歪んでいた。

 

「お、同じ転生者だろ? その誼で助けてくれると嬉しいなぁって……」

「同じ? 同じですか? 貴方のような雑魚と同じ扱いとは、また侮辱しているのですか?」

「いや、すまない。先程の事を気にしているなら謝ろう、土下座だってする……!」

 

 第二段階はクリアした。後は、奴の腐れに腐り切った性根を信じるまでである。

 奴は高らかに哄笑し、腹が痛いとばかりにくの字に曲げて笑い続け――やがて飽きたのか、あの対物狙撃銃を再び此方に向けた。その銃口の先は――。

 

 

「――そうですねぇ。まずはその右手からです」

 

 

 容赦無く引き金を引き――にやり、と勝ち誇るように笑った。

 

(……信じていた。絶対やると思っていた。貴様なら、いつでも料理出来る獲物に対して初撃でトドメを刺さずに――ゆっくり甚振ると、無事な右手にまず撃ち込んでくると、信じていたッッ!)

 

 右手の中心を撃ち抜いた銃弾の制御は我が『スタンド』に掌握されており、風流を弄って操作し、魔弾と化した銃弾を無防備なる射者に返礼する。

 たかが激痛程度で、この程度の負傷で、操作を誤ると思うなよ……!

 

「――!?」

 

 縦横無尽に駆ける魔弾は奴の心臓を無慈悲に撃ち抜き、返す軌道で頭部を撃ち抜く。それで風流操作に限界が訪れ、魔弾は何処かに消え果てた――。

 金髪の男は血塗れになりながら此方を不思議そうな眼で見下ろし、何も言えずに倒れた。脳漿さえ散ってるんだ、人間というカテゴリー内の存在なら間違い無く死んだのだろう。

 

「……右手以外だったら、まずかったな……」

 

 危うい一点読みだった、と、大穴が開いて血塗れの右手を眺めつつ、地面に尻餅突く。

 スタンドによる防御が無ければ跡形無く吹っ飛んでいる処だが、着弾部分の周辺の複雑骨折程度で済んでいる。

 右足か左足なら千切れても奴を仕留められたが、致命傷狙いならアウトだった。近寄って第七聖典の角で仕留めようとしていたのならば完全に詰んでいた処である。

 

(他のスタンド使いの例に及ばず、手の接触からの能力発動が一番やり易い。――ったく、殺されるだけの獲物だと思ったのか、畜生め……あ。れ?)

 

 あ、ヤバい。眼が霞んできた。

 まだそんなに血を流していない筈だが――この身が九歳児である事を、オレは完全に忘れていたようだ。驚く程に体力が無い。

 

「……?」

 

 あれ、いつの間にか地面に倒れている?

 本格的にヤバい。誰か呼ばないと――でも、奴は人払いの結界を張っていたから、運良く誰かが訪れる可能性に期待出来ない。

 

(……やべぇ、このまま意識を失ったら死ぬ――そうだ、携帯で……あ)

 

 そして困った事に、このボロボロに砕けた両手では携帯を操作する事も出来ない。

 まずったなぁと人事のように思う。これじゃ今からスタンドを『矢』で射抜いても、手遅れじゃないか……?

 

(……おいおい、このまま失血死だとか、しょぼい死に方になるのかよ。前世とは違う死に方とは言え、勘弁して欲しいなぁ――)

 

 まるでヤン・ウェンリーみたいな呆気無い死に様だと思いながら、重い目蓋を閉ざしてしまったのだった――。

 

 

 

 

 程無くして『時の庭園』が発見され、まるでラスボスの居城みたいだと他人事のように思いました。

 それは仕方無い話なのです。メインキャスト二人が不在の中、ラスボス攻略戦に挑む私の気持ちを誰が解りますか?

 虚しいったらありゃしないです。ずっと二人の魔法少女の活躍を間近で見れるなぁとわくわくしながら思っていたのにご覧の有様ですよ!

 

「あの、シュトロハイム一等空佐。突入の準備が出来ました。ですから――」

「私の号令があるまで待機しておいて下さい。すぐ終わりますから」

 

 艦橋に居座っている私に「?」とリンディ艦長は疑問符を抱き、現場に居て突撃準備を待っているクロノ執務官は謎の待機命令に大層苛立っているご様子である。

 つーか、もう原作と違う展開になっているので、武装局員を突入させて追い詰める訳にもいかないのです。

 プレシア・テスタロッサを自殺される訳にはいかないですし、百人突入させても返り討ちに遭うような不甲斐無い部隊の役目なんて一つぐらいです。

 

『――WAS success.』

「み~つけた」

 

 次元を超えたエリアサーチ完了。座標特定、距離算出完了。杖だけを展開して、素敵な緑色の光の粒子が溢れる魔法陣を展開する。

 

「まさか、次元跳躍魔法……!?」

 

 はい、私の得意分野です。リンディさん。

 一歩も動かずに別次元から敵を殲滅出来るとか、素敵じゃないですか?

 

「何もこれは大魔導師殿だけの専売特許じゃないですよー?」

 

 折角ですから、空間にリアル画面を幾つも表示して臨場感を楽しんで貰いましょう。

 奮発してカードリッジを二発、景気付けに籠めて――『時の庭園』は緑色の光に包まれました。核の炎っぽいですね、ニュアンス的に。

 まぁ私の魔力光なんですけど。コジマ粒子っぽくて素敵ですよね。

 

『――Kill them all. Mission complete.』

「いや、非殺傷設定ですから、死にはしませんって。相変わらず大袈裟ですねぇ、『ムーンライト』は」

 

 よしよし、とデバイスを待機状態に戻し、緑色に染まる画面を注視する。

 十秒ぐらいして漸く光は収まり、倒れ伏すプレシア・テスタロッサの姿を見届ける。

 

「プレシア・テスタロッサの身柄を確保して下さい。丁重にお願いしますね」

 

 何だが化物を見るような眼で見られてヘコタレますけど、お仕事終了です。

 これから頑張って交渉してフェイトちゃんを確保しないとなぁ、と大きい溜息が出るばかりです。

 それはそうと、地上の『魔術師』の『魔術工房』の方はどうなっているでしょうか? プレシア・テスタロッサの次元跳躍魔法の照準を狂わせていた事から、それ系統の攻撃対策は万全でしょうなぁ……。

 

(まぁ、職務は全うしましたし、後の厄介事はお偉い方に相談しますかぁ)

 

 

 

 

「はっ、はぁっ、はっ……!」

 

 酷い有様だった。何もかもが壊れ果て、黒い魔法少女は地に伏せ、白い魔法少女はデバイスを杖代わりに立つのが精一杯だった。

 されども、勝者の顔は一種の錯乱状態に陥っており、片膝を突きながら、倒れているフェイト・テスタロッサに震えながら杖を向け、更なる追い打ちを掛けようとしていた。

 

 ――恐慌状態で、ただひたすらに砲撃魔法を打ち込んだ。

 

 既に限界状態だったフェイト・テスタロッサは成す術も無く飲み込まれ、抵抗すら出来ずに倒れ伏すも、それでも高町なのはは撃ち続けた。

 

 ――怖かった。自身に向けられた純粋な憎悪が例えようの無いぐらい恐ろしかった。

 彼女の語る言葉の全てが恐ろしくて堪らなかった。だから、黙らせるにはこの方法しか思い浮かばず、ひたすら魔法を撃ち込むしか無かった。

 

 涙を流したまま、ディバインバスターの引き金を引こうとし――一瞬にして桃色の魔力光が霧散する。

 ぽん、と右肩に手が乗る。この館の主、神咲悠陽が其処に立っていた。

 

「もう、フェイト・テスタロッサは気絶している。これ以上の追い打ちは必要無い。――良くやった」

 

 その一言を聞き届け、高町なのはは泣き崩れてしまった。

 どうして良いか、何もかも解らず、感情のやり処を失ってただ泣き喚く。今回の一件は、九歳の少女が背負うには、余りにも重すぎた。

 

「……これは私の誤算だ。未来の英霊の知識が、此処まで彼女に影響を及ぼすとはな――」

 

 表面上はさして変わらなかったが故に原作通りに高町なのはをぶつけたが、此処で思いの丈を爆裂させて原作との錯誤が顕になるとは『魔術師』にしても読めなかった展開である。

 

 ――心の何処かで、原作通りになると過信していた。

 

 だが、此処に至ってフェイト・テスタロッサの高町なのはへの確執は修復不能と見て間違い無く、彼女が親友として共に歩む道は完全に潰えていた。

 これが後々にどのような影響を齎すかは、『魔術師』とて想像出来ない『歪み』であるのは確かである。

 

「わた、私、は。私のせいで……!」

「君のせいじゃない。責任があるとすれば、私だろう」

 

 あの未来の高町なのはを生んだのは他ならぬ『魔術師』の死であり――彼女、フェイト・テスタロッサを破滅に導いたのは間違い無く自分であると認める。

 

 ――高町なのはは泣き叫び、神咲悠陽はあやす。

 その泣き声は、自身を殺す筈だった我が娘を思い起こさせた――。

 

 

 

 

 ――第二次聖杯戦争を勝ち抜いて『聖杯』を持ち帰った彼は、されども根源に挑まなかった。

 

 彼女の魂を分解して、無色の魔力の塊に戻す事など彼には出来ない。

 死蔵した旨を『親』に説明出来ず、根源に挑む事を諦めた堕落した後継者を『親』は全身全霊で呪った。

 その衝突は必然だった。次の段階に踏み込めるのに踏み込もうとしない堕落者を彼等魔術師は絶対に許さない。

 停滞は罪であり、更なる躍進こそ魔術師の性である。例えその先が破滅でも、生粋の魔術師ならば嬉々狂々と踏み込むだろう。

 

 ――そしてその結末もまた必然だった。

 

 彼は最初から殺害を大前提に魔術を刻んだ。研究職に過ぎない『親』が彼に敵う道理は無かった。

 実の『親』を焼き払った彼の前には復讐に燃える『妹』が立ち塞がる。

 九代目の胎盤に過ぎない『妹』には魔術の伝承は行われておらず、同じく焼き払われたのは当然の帰結だった。

 自身を殺せるならば『聖杯』を譲り渡して良かったが、彼の魔眼は余りにも強大過ぎた。彼の家族さえ見るに値しなかった。

 

 ――そして家族を焼き尽くした彼には、自身の『娘』しか残されていなかった。

 

 神咲家九代目の伝承者、神咲の魔術刻印を譲り渡すべき対象、自身の遺産を引き継ぐべき者。

 そして『祖父』と『母親』の仇を取る義務を持つ少女――。

 

 未だに物心付かぬ少女を復讐者として育て上げ、自身を上回るのならば、神咲の『魔術刻印』を、『聖杯』を引き継がせて良いと彼は考えた。

 既に元の世界への帰還の道は断たれ、自分には『聖杯』の中で眠り続ける彼女しかいない。

 残りの人生を、我が娘の為に費やす事に決める。

 

 ――彼女は期待通り、自分以上の素質を秘めていた。

 身体機能に先天的な異常があるのか、十二歳程度で成長が止まってしまったが、魔術師としての素養は破格であり、天井知らずの伸びだった。

 

 幾多の魔術師・代行者が昼夜を問わずに襲い掛かる三十数年に及ぶ逃走生活、寿命が近い事を自覚した彼は我が娘に最後の課題を与えた。

 

 ――自身を殺して復讐を遂げて、神咲家の遺産を継承せよ。

 

 出来る筈だった。自身がこの娘の祖父と母親を殺した仇敵である事を、既に教えていた。

 可能だった。彼女なら自分を殺すぐらい、実力的に容易い筈だった。

 魔眼を使わなければ、我が娘は容易くこの心臓に刃を刺せる筈だった。

 

 ――けれども、あの娘は初めて彼の出した課題を放棄した。

 殺せないと、泣きながら首を横に振った。

 

 彼に誤算があるとすれば、彼の娘は彼の事を何よりも愛していたという一点に尽きる。

 彼の愛が誰に注がれているか、知る由も無く――永遠に報われない愛だった。

 

 ――自分を殺せない彼女に、神咲の『魔術刻印』も『聖杯』も、継承させる訳にはいかなかった。

 

 この娘には『聖杯』を外敵から守れない。神咲の『魔術刻印』を背負えない。

 何方も彼自身の業であり、自分の手で天に持ち帰る事を決断する。

 

 ――その死が焼身自殺であるのは皮肉以外の何物でもない。

 彼のサーヴァントと違って、神に全てを委ねる気は更々無かったが、これで我が娘は魔術師以外の生き方を選べると、業火に包まれながら眼を閉じた。

 

 

 

 

 さて、彼、スタンド使いである秋瀬直也の結末は――『偶然』此処に居合わせた豊海柚葉によって何とか繋ぎ止められていた。

 

「『ワルプルギスの夜』まで先送りにするかと思ったら、全行程を早めて『無印』の物語を終わらせちゃうとはねぇ。見事なお手並みだわ」

『――秋瀬直也はどうした?』

「左腕複雑骨折、右手も撃ち抜かれて携帯にも出れない状態だから私が代行している訳。初めましてかな、神咲悠陽。豊海柚葉よ」

 

 秋瀬直也の電話帳から『魔術師』の番号を堂々と通話し、豊海柚葉と彼は初めて接触したのだった。

 

「早めに救助した方が良いわよ? 出血多量で死なれては退屈だし。手札を温存した状態で退場するなんて勿体無いじゃない」

 

 ――それが『矢』なのか、或いはあの御方の『遺体』なのか、恐らくは前者であろうと二人は目星を付ける。

 

 彼の奏でるレクイエムがどんな形になったのか、正直見たい気持ちが豊海柚葉にはあった。

 死の運命を回避する為に発現したスタンド能力だ。それが『矢』の力で究極化すれば――自分以外の全ての人間を消してしまうような『大惨事(レクイエム)』に成り得たのかもしれない。

 

『……それで、慈善活動をする為に私に電話を寄越したのか?』

「刺激的な会話というのはそれだけで愉しいものよ? 私と同じ立ち位置にいる『指し手(プレイヤー)』相手なら特にね」

 

 即座に駆けつけた『使い魔』は、意識の無い秋瀬直也を背負って此処から消える。

 その時に「ばいばい」と手を振るも、あの『使い魔』は冷たく見下ろすだけであり、躾がなってないなぁと内心愚痴る。

 

「貴方の『他人を破滅させる才覚』は見ていて快感だわ。その謀略家としての才覚は今世で発覚したものでしょ?」

『些細な切っ掛けさえ無ければ一生発覚しなかっただろうな。些細な切っ掛けさえ無ければ――』

 

 ミッドチルダからの転生者が差し向けた吸血鬼による事件が無ければ、自分にとって都合の悪い邪魔な転生者達を間接的に始末する算段を練る必要が無ければ――『魔術師』は開花してなかった素質に気づかずに終わっただろう。

 

『――お前とは行く処まで逝くしかないようだな』

「当然ね。この盤上の勝利条件は互いの排除、貴方に私を破滅させる事が出来るかしら?」

『……『悪』を倒すのは『正義の味方』と相場が決まっているが、共食いとなればより格上の『悪』が生き残るだけだ』

 

 くっと、豊海柚葉は笑いが抑え切れなくなる。

 よりによってこの自分と『悪』の格を競うと言っているのだろうか?

 堪らず、可笑しくて笑う。何処の世界を渡り歩こうが、自分以上の『悪』は存在しないと断言するかのように。

 

「ふふ、この私に『悪』の資質を問うの?」

『問うまでも無い。私は私の『邪悪』を信じるだけだ』

 

 ぷつんと通話が切れ、今回の会話は終了となる。

 物寂しげに豊海柚葉は携帯を閉じて、ポケットに仕舞う。

 ……重ね重ね言うが、この携帯は秋瀬直也の物であり――次に出遭った時に返せば良いか、と彼女は一人納得する。

 

「貴方の『死』は私の掌にある。前世の『死』を前に貴方はどれほど足掻けるか――私の期待を裏切らない事を祈るわぁ」

 

 だが、その前に、最低限『ワルプルギスの夜』は乗り越えて欲しいものだと、彼女は綺麗にほくそ笑んだのだった。

 

 

 

 

 


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