――この『矢』のルーツは明らかになっていない。
製作者不明、鏃は五万年ほど前に飛来した隕石を加工したものであり、地球上には存在しない未知の細菌が含まれているとかそういう詳しい事情は知らないが――その矢に射抜かれた者に素養があれば『スタンド使い』になれる。
素養が無ければ射抜かれた者は死ぬだけだが――。
(……何て『モノ』を。よりによって今――!?)
この『矢』が欲しがる者を射抜けば、その者は確実に『スタンド使い』として生き残り、更には味方になってくれる。
第三部における『DIO』の大部分の部下達・第四部における吉良吉影の追跡を意図・無意図に関わらず阻害した街の『スタンド使い』達はこの『矢』によって生み出された。
(この『矢』は『魔術師』の『聖杯』同様、魔都同然の『海鳴市』の勢力図を根底から崩しかねないほどのバランスブレイカーだ……!)
『ジョジョの奇妙な冒険』でも六本しか存在しない奇妙奇天烈な『矢』――五本は所在が明らかになっていたが、最後の所在不明の一本、これにはオレと深い関わりがあった。
この『矢』の為に幾人もの仲間の血が流れ――最終決戦において『奴』を絶対の処刑場に誘き寄せる為に最期まで持ち歩いた代物が『コレ』である。
(この『矢』にはもう一つ、重要な秘密がある。『矢』があれば『スタンド使い』を量産して一大勢力を築く事も可能だが、『スタンド使い』にとってもう一つ、重要な意味がある)
――『矢』は才能ある者からスタンド能力を引き出す。
そして、更に『矢』で『スタンド』を貫けば、その者は全ての生き物の精神を支配する力を持つ事になる。
ジャン=ピエール・ポルナレフの『シルバーチャリオッツ』の場合は、『矢』を奪われる事を防ぐ為に止むを得ずスタンドを貫いて進化したが、強大なパワーを制御出来ずに暴走し、誰にも『矢』を渡さないという意志を受け継いだ――全世界に影響するほどの能力となった。
そして『矢』に選ばれた汐華初流乃ことジョルノ・ジョバァーナの『ゴールド・エクスペリエンス』は攻撃する者の動作や意志の力を全て『ゼロ』に戻すという、時間操作系統の能力を超越するスタンド能力となった。
――スタンドを次の領域にシフトさせるキーアイテム、それがこの『矢』なのである。
「直也、朝だよーって、珍しいわね。起こす前に起きているなんて」
「っっ!? あ、あぁ、おはよう、母さん……!」
即座にスタンドの中に矢を収納して隠し、オレは動揺しながら母に朝の挨拶を交わす。
『矢』を見られていないか、心臓がばくばくと煩く鼓動する。
「どうしたの? 顔色悪いけど?」
「いや、何でもない。夢見が悪かっただけで、大丈夫だから」
まるで自分に言い聞かせるような言葉だと、後悔する。
母は少し不審がっていたが、すぐに出ていき――オレは深々と溜息を吐いたのだった。
幸運な事に、『矢』は見られてないようだ。此処で問い詰められていたのならば、オレは言い訳すら出来ずにどもるのみだっただろう。
(どう考えても、これは厄災の種だ。オレにとっては『ジュエルシード』なんて眼じゃないぐらいの。どうする? 木っ端微塵に砕くか?)
万が一、この『矢』を持っている事が他の者に発覚すれば、果たしてどうなるだろうか?
全員が全員、興味が無いという有り難い事態になる訳が無い。
この『矢』を巡る壮絶な争奪戦に発展し、その不毛な戦乱の中で邪悪なる者に渡れば――嘗てないほどの惨劇と悲劇を齎すだろう。
百害あって一利無し――だが、我が『スタンド』は夢の中で何と言っただろうか?
(――使え、だって? 資格の無い者が『矢』の力を使えば暴走確実で自滅するというのに。試すにしても危険過ぎるし、切り札にするのもまた無謀過ぎる)
頭が回らない。とりあえず、朝飯を食べてから考える事にする。
つくづくこの『矢』は自分にとって死神のように付き纏う。徐ろに眉を顰めながら、朝食が用意されている一階の食卓に向かった――。
27/試練
冷静に考えてみれば、スタンドの中に隠している限り『矢』の存在は誰にも発覚しない。
問題があるとすれば、今現在の自分の心理状況である。客観的に見なくても激しくテンパっていた。
「……ねぇ、直也。本当に大丈夫? 具合が悪いなら一日ぐらい欠席しても良いのよ?」
「あ、いや、大丈夫だから……!」
――そんな心配を母親にされるほど、今のオレには余裕というものが全部剥奪されている。
傍から見て、どう見ても自分の表情が大丈夫じゃないという事だ。
顔に「何か致命的な大事が発生した」と完全に出てしまっていて――間違い無く、あの『豊海柚葉』に一発で見抜かれる。
一番見抜かれてはいけない人物に重要事を察知される。これは非常にまずい。
その正体を会話で掴めないとなれば、あれこれ手を打って確かめようとするだろう。
(かと言って、今日一日休んだ処で解決する問題だろうか……?)
あの女は妙に鋭い。恐らく一日費やして偽装しようとしても、今日一日の欠席で何かを察してしまい、それだけで今回の事件の本質を見抜かれる可能性がある。
あの女に出遭わないように行動を――最近はいつも教室の廊下前に待ち伏せているから、間違い無く遭遇する事となる。
(……『魔術師』に頼るか? ――うん、論外だな。在り得ない)
あれも『豊海柚葉』と同類であり、どんな要求をされるか解ったものじゃない。というよりも『矢』の存在を知られたら――砕かない限り、間違い無く『敵』になる。
なら、冬川雪緒はどうだろうか? 『矢』の脅威について一番実感しているであろう人物になら相談出来るのでは無いだろうか?
(駄目だ。冬川雪緒は信頼出来ても、その仲間――出遭った事の無い他の『スタンド使い』は信用出来ない。同じ『スタンド使い』にはこの『矢』の存在を絶対に知られる訳にはいかない)
やはり一人で解決しなければならない問題であり、砕くのが最善の選択に思えるが――思考がぐるぐる同じ処を回っている。一時保留しよう。
(まずは目先の問題、豊海柚葉からだ。奴に此方の異常が看過されるのは一目瞭然、故に別の事を話して誤魔化すしかねぇ……無理矢理、話題を提供するか)
「――自殺では発動しないけど『死んだ瞬間に十秒前に巻き戻る』というスタンド使いに勝つ方法ねぇ? 幾つか思い浮かぶけど、それはどうやって見抜いたの?」
という訳で、先手打って『奴』の能力を暴露してみる。
いや、こっちに『奴』が居ないから全く関係無いけど。前世からの恨みと思って諦めて貰いたい。
「初めはディアボロの『キング・クリムゾン』のエピタフみたいな予知能力の類だと思われていた。何をやっても此方のスタンド能力、手口が事前に発覚していて、動きも簡単に読まれるからな」
それはそれで脅威であり、確実に殺せる状況に至っても、必ず切り抜かれ、幾人もの仲間が犠牲になり――『奴』の本当の異常性が発覚したのはその後だ。
「此方にも時間干渉系のスタンド能力者が居て、漸く発覚したとだけ言っておこう。自殺で発動しないと判明したのは、奴の唯一信頼出来る共犯者が奴自身を殺して『十秒間』巻き戻す荒業を一度実行したからだ。自分で殺す方が遥かに楽なのに、その手間を取る事は――『自殺』は出来ないという結論に至った」
「へぇ、其処までに至るまでにどれほどの血が流れたか、想像すら出来ないわねぇ」
けたけたと面白そうに豊海柚葉は笑う。
此方としては前世の思い出したくない部類の話だけに苦い顔である。本音からの表情だけに、この女狐を誤魔化す材料に成り得れば良いのだが。
「それで、その条件のスタンド使いを倒す方法は?」
「君の元居た世界に二つあるじゃない。一つは『ゴールド・エクスペリエンス・レクイエム』、一つは『タスクACT4』よ。まぁそれが用意出来れば苦労はしないよね」
全てがゼロに戻る、無限に殺せる能力者がいれば最初から苦労しない。
あれの初見殺しは異常だ。殺そうと思う限り絶対に勝てないなんて、最悪過ぎる落とし穴だ。
今考えると、歴代の『ジョジョの奇妙な冒険』のラスボス達に匹敵する悪辣なスタンド能力である。
「徹底的に監禁拘束した上でコンクリート詰め。四肢を切り落として飼い殺し。宇宙空間に打ち上げて永久放逐する。その共犯者を排除すれば、自殺に追い込む手段ぐらい幾らでも思いつくわ。ようは逃れない状況を作って無限回殺せばいつか自殺するでしょ? だから、その能力の全容が発覚するまでが勝負よねぇ。凄まじい初見殺しだし」
……やっぱりこの女は怖い。平然とその結論に至るとは。
話せば話すほど底が見えなくなるタイプで嫌になる。『奴』とは違った意味で完成した『邪悪』である。
「それにしても学習したじゃない。――それに関する事だけど、微妙に外しているね」
そしてやはり、此方の意図を完全に見抜くか。
小手先の小細工は通じないか。末恐ろしいまでの観測眼だ。此方の表情が明らかに硬くなっているだろう。
「お前の能力は完全な『悟り』ではなく、未来予知級の直感、経験則による恐ろしく正確な読心だと当たりを付けていたが?」
「さて、どうかしらねぇ? もしかしたらその彼よりも上位版、自殺でも十秒前に巻き戻れる能力者かもしれないわよ?」
探りを入れてみたが、さらりと躱される。食えない女だ。
だが、彼女のその仮定は笑える。そんなの『矢』でも使わない限り不可能だ。
その先の領域を目指したからこそ、『奴』は『矢』を求めた。それ故にこのオレに敗北したのは皮肉以外何物でもない。
「あんな理不尽な能力の上位版がそうコロコロ居てたまるか」
「そうね。本当の強者というものはそんな次元とは関係無い処に立っているものだし」
少し気になったが、今日は早めに話を切り上げる。
これ以上話していて、痛い腹を探られるのも勘弁願いたい。
教室に入ると、アリサ・バニングスと喋っていた高町なのはが此方に来た。月村すずかは未だに欠席である。
「おはよう、高町。……どうした?」
「おはよう、秋瀬君。えーと、いつも豊海柚葉さんと話し合っているけど、仲良いの?」
「いや、何方かというと不倶戴天の敵だな。――あれには注意しろ」
何か解らない顔をしていたが、オレの方でやっぱり注意するしか無いか。
――恐らく、豊海柚葉は近い内に、確実に何か手を打ってくる筈だ。
此方の手札を知る為に、自身の手札の一つを切ってくるだろう。
(逆に考えれば、奴の手の内を探るチャンスという訳か)
この『矢』なんて自滅覚悟でなければ使えない。
精神を研ぎ澄ませ、意識を切り替える。いつ仕掛けられても大丈夫であるように、戦闘への心構えを構築し、集中しよう――。
「要の『サーヴァント』を失って、のこのこと私の前に帰ってきたの――フェイト、私は言ったよね? あの『魔術師』から『聖杯』を奪って来いって」
「……は、はい」
時の庭園に戻ったフェイト・テスタロッサは震えながら報告する。
プレシア・テスタロッサはそのおどおどとした様子を苛立ちを隠せずに睨んでいた。
「次善策である『ジュエルシード』も三つだけ――何処まで貴女は私を失望させるの?」
――使えない人形。失敗作。贋物。
フェイトの心が折れそうになる。
事前に未来を知っていたとしても、自身が母親の最愛の娘のクローンで、贋物の自身は愛されず、嫌悪されているという事実が、フェイトから気力を根刮ぎ奪う。
それでも、報告しなければならない。あの最悪の未来を知らせて――何かが変わる事を期待して祈って。
「……『アーチャー』は未来の英霊で、私達の事に関わり合いのある人物でした」
「へぇ。その未来では私はどうなっているのかしら?」
さも小馬鹿にした表情でプレシアは問う。
単なる苦し紛れの言い訳の一つ程度にしか捉えてなかった。
やはり、彼女は失敗作だ。彼女の愛娘はこんな醜い言い訳をする子では無かった――。
「虚数空間に、消え去りました。『アリシア』と、一緒に……」
「……詳しく聞かせて頂戴」
――プレシアの表情が歪み、真剣に問う。
様々な思惑が乱れる中、フェイトは最後の勇気と気力を振り絞って、泣き崩れそうな自分を抑制しながらアーチャーから手に入れた未来の情報を口にしたのだった。
『――『ヴォルケンリッター』には予定通り蒐集して貰う。ただし、効率良く蒐集する為に、対象を殺害する前提でリンカーコアを蒐集して貰おうか。高町なのは及びフェイト・テスタロッサ、転生者からの蒐集は基本的に禁止だ。ああ、管理局の連中からは好きなだけ蒐集してくれ。奴等が万人死のうが兆人死のうが構わん』
翌日の交渉、開幕一言目に『魔術師』は到底実現不可能な前提を押し付けてきた。
はやての顔が硬く、他の面々も眉間を顰ませている。途中で遮りたい気持ちを抑えながら、まずは『魔術師』の言い分を全部聞く事にした。
『その過程で双子の猫ども二匹には退場して貰い――『デモンベイン』の修復が完了次第、闇の書を完成させ、防衛システムを『レムリア・インパクト』で昇華、全ての責任を『闇の書』及びグレアムに押し付けて終了だ。何か質問は?』
「……突っ込み処しかねぇな。わざとか?」
『概ねわざとだ。私とてたまに巫山戯たくなる』
やる気無く語る『魔術師』に殺意を抱いて睨みつけたが、目を瞑っている『魔術師』には効果は無いようだ。
家族が増えると喜んでいたはやてがドン引きして涙目になっているじゃねぇか。ますます怒りが湧いてくる。
『此方の絶対条件は『転生者から蒐集しない』、『ギル・グレアムを破滅させる』、『管理局の干渉を排除する』の三点だ。クロウ・タイタス、お前とて八神はやてを贖罪という名目で管理局に渡したくは無いだろう?』
……そりゃまぁ、意図的に見逃して『闇の書』を押し付けられているのに関わらず、あちらは何の処罰も下されず、保護観察の上に贖罪で管理局入りなんて図々しい道を、はやてに歩んで欲しいなんて誰が思おうか。
『だが、現実問題として人間以外をちんたら蒐集していては『八神はやて』が『闇の書』に吸い殺される方が先だ。人間相手に蒐集すれば後々に管理局からペナルティを食らって雁字搦めになる。だからこそ『夜天の書』と『ヴォルケンリッター』を手放す事が最上だと愚考するが?』
……『魔術師』は巫山戯ていると言ったが、案外本気じゃないだろうか?
八神はやてを管理局入りさせない、という大前提で事を終わらせるならば、その道筋ぐらいしか在り得ないだろう。
――聞いた限りでは『ヴォルケンリッター』も『夜天の書』も、個人の手に委ねられるには危険過ぎる代物だ。
その管理局に突かれる材料を自ら捨てなければ、八神はやてには管理局入りの道しか無い、という訳か。
そして、このどさくさに紛れて『魔術師』は管理局に対して何をするつもりなのやら――。
「前々から思っていたが、お前の管理局嫌いは相変わらず酷いな?」
『嫌いになるさ。あれさえ居なければ私は舞台に上がる必要が無かったからな』
「……? それってどういう――」
画面側の『魔術師』の屋敷が揺れる。
此方は揺れていないので地震では無いが、『魔術師』は椅子に腰掛けながらにやりと頬を歪ませていた。
兼ねてより仕組んでいた悪巧みが成功したかのような、そんな会心の邪悪な笑みであった。
『――来客のようだ。また連絡する。それまでに其方の案を纏めておくんだな』
「随分と早かったじゃないか、プレシア・テスタロッサ」
『魔術師』はくつくつと笑い、『屋敷』の仕掛けを起動する。
次元跳躍魔法に対する対策は既に構築されている。針の穴を通すような精密さで放たれる芸術的な魔法は、空間を少し歪ませるだけで跡形も無く散りばめられてしまう。
――続く襲撃者の来訪を快く迎えながら『魔術師』は自身の携帯に手を伸ばした。
「次元跳躍魔法……!? 対象地点は――あの丘の屋敷です!」
次元航行艦『アースラ』にて、エイミィは目にも止まらぬほど迅速な速度でタイピングし、必要な情報を次々と提示していく。
画面に映ったのは管理外世界『地球』、『ジュエルシード』がバラ撒かれた『海鳴市』に存在する――ミッドチルダ式の魔法技術とは別系統の魔法技術を継承する通称『魔術師』の『幽霊屋敷』であり、空は歪んで紫色の雷が天を轟かせていた。
各局員が食い入るように見守る中、ティセ・シュトロハイムは「え?」と大きく口を開けて見ていた。
「次元跳躍魔法、来ます……! って、えぇ!?」
魔法ランクにして推定S+、大魔導師の名に相応しい天の雷は、されども屋敷に被弾する事無く彼方に四散して霧散する。
――直撃する寸前に、空間が歪み狂ったかのような錯覚が走る。
下の『幽霊屋敷』からは鮮血のように赤々しい光が放たれており、展開された魔法陣はミッドチルダ式とは程遠い別系統の異法だった。
「魔力反応有り――黒い少女? 屋敷に突っ込んで行きます!」
「って、ええええぇ!?」
割り込んで叫んだのはティセ一等空佐であり――画面に映った黒い魔法少女は彼女の目当てであるフェイト・テスタロッサに他ならなかった。
――何故、彼女がよりによって『魔術師』の『魔術工房』に逝く?
それも、露払いにプレシア・テスタロッサの一撃を加えてまで――いや、逆説的に考えるならば『魔術師』が何か仕掛け、特攻せざるを得ない状況を組み立てた? それを自分達に気づかせずに――。
「――あああああ、やられたっ! 『ジュエルシード』を砕いていたのはその為ですかぁ!? 後の無くなったプレシア・テスタロッサを暴発させて其方に誘導する為ですかぁッ!」
目先の事に囚われ、本質を理解しなかったのが彼女の敗因である。
あの『魔術師』が『ジュエルシード』を砕いていたのはパフォーマンスの一種でもなければ、管理局に渡したくないからという単純な理由ではなく――プレシア・テスタロッサを追い込んで暴発させる為に仕向けたのだ。
『ジュエルシード』によるアルハザード行きが不可能になれば、彼女は『聖杯』に縋るしか無く、自身の最大の駒であるフェイト・テスタロッサを仕向けるのは当然の理だった。
「フェイト・テスタロッサは好きにしろとか言っておきながら、手に入れる気満々じゃないですか!? やだコレもう――!」
ティセは頭を掻き毟りながら絶叫し、脇目を振らずに悔しがる。
完全に出遅れた今、フェイト・テスタロッサを此方で確保する方法は皆無になった。こんな湾曲な手、自分程度の人間が読めるかと泣きたくなる。
(こんなの事前に見抜けるのは金髪少女の中将閣下のみだって何度言えば――!)
泣き言を心中で何度も呟きながら思考停止している中、その様子に業を煮やしたクロノは指示を各員に出す。
「武装局員達を配備、すぐに出撃準備を――」
「駄目です。『魔術師』の屋敷への出撃は許可出来ません! 彼処に突入したら誰も彼も皆殺しにされます。エイミィさん、次元跳躍魔法が何処から撃たれたのか、解析宜しくお願いします」
クロノの出動命令を遮り、ティセは次善手を打たざるを得なくなる。
武装局員を『魔術工房』に派遣しても一人残らず行方不明になるだけであり、死体すら残らないから『魔術師』に「侵入など無かった」と惚けられて終わりである。
そんな処に無駄な戦力を投入するぐらいなら、と苛立ちを籠めて『魔術工房』の画面を睨む。
「……こうなったらプレシア・テスタロッサを生きて確保しないと、フェイトちゃんも取られちゃいますねぇ」
それさえ生きて確保したのならば、フェイト・テスタロッサは自分から此方に投降するだろう。
精々それまで生き長らえていればそれでいい。自らも出動準備をしながら、ティセは大きく溜息を吐くのだった。
高町なのはと一緒に帰宅する最中、自身の携帯が煩く鳴り響く。
(フェイト・テスタロッサの捜索を一緒にする手前、放課後の行動を共にする事になったと誰かしらに弁明しておく)
何となく嫌な予感がしたが、電話の主は『魔術師』であり、予感が即座に確信に変わる。
『フェイト・テスタロッサが我が屋敷に来訪した。今は屋敷の仕掛けで歓迎しているが、決着を着けたいのならば、すぐに来いと高町なのはに伝えてくれ』
――と、ごく短い通話で終了する。
これはまさか予測外の出来事じゃなく、既定事項――?
あの『魔術師』、また何かしやがったのか?
最近、何か変な事が起こったら『魔術師』か『豊海柚葉』のせいと考えれば良いと、思考停止の果てに気が楽になってきた。
「高町、フェイト・テスタロッサは今、『魔術師』の屋敷に居るらしい」
「っ、レイジングハート!」
高町なのはは即座に反応し、バリアジャケットに着替え、一気に飛び上がって飛翔する。
それを見届けてから『魔術師』の屋敷に走って向かう振りをし、唐突に後ろに飛ぶ。
――音を立てて、地面に三本の剣が突き刺さった。
先程からオレ達を追跡していた何者かが、釣られて出てきたようだ。
……二人で歩いている時も度々殺気を飛ばしていたからハラハラしていたが、一人になれば当然仕掛けてくるよなぁ、と気怠げに分析しながら気構える。
その三本の投擲剣は特徴的であり――聖堂教会の連中が扱う概念武装『黒鍵』の類だと思われる。
「おやおや、気づいていたのに知らぬ振りをするとは、中々演技派ですねぇ」
現れたのは金髪蒼眼のカソックを着た男であり、端正な顔立ちが嫌らしく歪んでいる。
明らかに教会関係者の人間であり――豊海柚葉との関連性をまず第一に疑う。
(近い内に仕掛けてくると思ったら、もうかよ。早すぎねぇか?)
なんて悪態を突きたい気分に駆られるが、我慢する。
久方振りに訪れた死の気配に、身が引き締まる。既にこの男によって人払いは済まされたのか、周囲に一般人の気配が消え去っている。
「まぁこれも何かの縁です。死んで貰えないでしょうか?」