転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

25 / 168
25/交渉

 

 

『――主人公の条件ですか? 面白い事を私に聞きますねぇ』

 

 久方振りに電話を寄越した共犯者はあっけらかんと流行りの話題に食い付いた。

 

『物語によって千差万別ですからねぇ。即興で良いなら三つほど思い浮かびましたよ?』

「流石は頭脳専門ねぇ。期待するわ」

 

 こうして近しい年代の者と対等に話せる機会は少ないだけに、豊海柚葉は彼女の答えを楽しみに待つ。

 

『一つは物語を全て台無しにしてしまえる大根役者。かの主人公の前ではどんな悲劇も惨劇もご都合主義の大団円に変わってしまう』

「――『大十字九郎』ね。君の眼から見て、彼――クロウ・タイタスは『大十字九郎』に成り得るかしら?」

『実物を見てませんので何とも言えませんが、可能性は感じますね。あ、でも、彼には致命的なまでに才能が欠けているのが気掛かりですねぇ。私は届かないと思いますよ』

 

 彼が自らのサーヴァントを取り戻し、剰え不可能と思われた『デモンベイン』を招喚して大導師の『リベル・レギス』を討ち取ってみせた。

 あの奇跡の大逆転劇はさしもの豊海柚葉にも想像出来なかった異常事態であり、血湧き肉踊る感触を久方振りに味わった。

 

 ――しかし、それで『大導師を討ち取る為の物語』として彼の物語は完結してしまった恐れがある。

 

 目的を果たすまでは異常なまでに世界からの修正が働くが、終われば修正力――『主人公補正』なる理不尽なものが綺麗サッパリ無くなる。

 今後の彼は何処に転がるのか、ますます目が離せないだろう。簡単には潰れてくれるなよ、と豊海柚葉はほくそ笑む。

 

『もう一つは何が何でも生き残ってしまう異能者。どんな事態に遭遇しても、何をされても死なない生命体。かの主人公の前では銃を撃っても致命傷にならず、核爆弾を撃ち込んでも世界法則すら塗り替えて必ず生存してしまう』

「――『キリコ・キュービィー』ねぇ。不死身の吸血鬼よりも不死を体現する『異能生存体』かぁ。転生者には絶対居ない類の人間だね」

『そうですねぇ。皆、何かと一回二回死んでますから』

 

 死のない転生者など一人も居ない。

 あの『シュレディンガー准尉』を取り込んだ『アーカード』と同様の状態の『使い魔』エルヴィさえも『魔術師』が死ねば消え果てる夢幻に過ぎない。

 その『魔術師』だって、心臓を穿ち貫けば簡単に死ぬような人間でしかない。

 

 

『最後は『倒されなかったラスボス』ですよ。本来死すべき運命、打ち倒されるべき因果を全部覆して君臨する悪の皇帝――これはもうどうしようもないので、悪役から主人公に格上げですよ』

 

 

 未だ嘗てそんな馬鹿げた存在など、一度足りても存在しないだろう。

 滅びなかった『悪』は存在しない。『正義』だって必ずいつかは滅びるのだ。その必定の理を覆す事は何物にも叶わない。

 

『あたしゃ、この物語の主人公は貴女様だと思うんですよ。何て言ったって、転生者の中で唯一『二回目』の死神を撃退して今の今まで契約不履行にしている――基本原則無視の例外的な存在ですからね』

 

 

 25/交渉

 

 

「第九十七管理外世界、現地惑星通称『地球』に魔法技術は無いと聞き及んでおりますが?」

「ええ、資料通り無いですよ。彼等の質量兵器全盛期の科学文明に『魔法』なんて旧時代の絵空事ですね」

 

 覚悟を決めて問い詰めるリンディ・ハラオウンに対し、本局から差し込まれた特別観察員であるティセ・シュトロハイムは爽やかな笑顔で答える。

 艦内には緊迫した空気が漂うが、当の本人は暖簾に腕押しであり、致命的なまでに空気が喰い違っていた。

 

「ですが、現にあの『神咲悠陽』と名乗る人物はミッドチルダの魔法技術以外の方式で熱量操作なる現象を発動させているみたいです。解析結果は不能だらけですけど」

 

 現状での解析結果を空間に浮かぶウィンドウに表示しながら、執務官補佐のエイミィ・リミエッタは追撃の手を緩めずに艦長のリンディを補佐する。

 

 ――明らかに、特別に派遣された彼女と、アースラの船員達との情報量に差がある。

 本局の上層部の徹底した秘密主義は今に始まった事では無いが、これを是正しなければ今後の活動に著しく支障が出るだろう。

 

「個人の特異な資質による隠秘学的な技術系統なんてお門違いですよ。私達の魔法技術は歴然たる科学の結晶であり、あれは正真正銘のオカルトですから」

「――何を、隠しているのですか?」

 

 やはり、彼女はあの『神咲悠陽』という人物についての一定の情報を保有している。

 そしてあの『地球』――否、『海鳴市』に関する情報もまた、随分詳しいとリンディは察知する。

 

「隠しているつもりはありませんよ。言う必要性が感じられないだけで。まぁ正確には『――Need not to know(知る必要が無い)』ですけど」

 

 歯痒い思いをしながら、リンディ・ハラオウンは沈黙せざるを得なかった。

 自身は時空管理局・巡航L級8番艦の提督であり、この場における階級は彼女より上だが、彼女のバックに居る人間はリンディの首など簡単に切り飛ばせる最上位の将官達だ。

 その彼等の意向を彼女が忠実に実行する限りにおいて――階級の差は簡単に覆っているのだ。

 

 終始、笑顔を浮かべ、アースラの面々が沈痛な顔で諦めた時、民間協力者であるユーノはありったけの勇気を振り絞って、先程から気になっていた重要事項を口にした。

 

「あ、あのっ! ……ジュエルシードを直接『地球』に密輸したとは、どういう事ですか……?」

 

 艦内全員の視線がティセ・シュトロハイムに集中する中――彼女はその問いに何か意味があるのか、心底不思議に思って首を軽く傾げた。

 

「はて、一体何の事でしょうか? 報告書では輸送船が事故で撃沈し、ジュエルシードは偶然『地球』にバラ撒かれたと聞いてますが? 事実無根ですので、彼の戯言に耳を傾ける必要は無いですよ」

 

 

 

 

 心の中で「はぁ~」と溜息を吐く。

 やっぱり彼等アースラの局員との激突は必至だったと彼女は疲労感を漂わせる。

 本音は小心者なだけに、肩が凝るばかりである。

 

(海鳴市の裏事情なんて一般人に説明しても理解出来ないのは明白ですし、明らかに貧乏籤ですよコレ。権限ゴリ押しで突っ走る事しか出来ません)

 

 内部に疑心暗鬼の味方を抱えた状態で、あの『魔術師』との交渉に臨むという自殺行為をしなきゃいけない自分に涙が出る。

 あの『魔術師』の事だ。確実に疑心暗鬼の種をもっと植えつけて、開花させるような工作に出るだろう。

 

(……しくじったなぁ、私の補佐官も同船させておけば良かったなぁ。道連れが一人増えるし。下手な老婆心を働かせなければ良かったぁ)

 

 それに誤算なのは『魔術師』が積極的に交渉に乗り出そうとしている姿勢であり、想像以上に高町なのはに肩入れしている事だ。

 本来の道筋通りならば、あの『魔術師』は高町なのはに関与しなかった筈だが、何処でどう間違えたのか、縁らしい縁が既に出来上がってしまっている。

 

(……彼女をどうやって此方側に引き込むか、ですか。そんなミラクル、金髪の中将閣下殿しか出来ないって)

 

 あれこれ考えるが、考えが纏まらない。それに彼が選択した会合場所も彼女達にとっては最悪と言って良いほど立地条件の悪い敵地だ。

 

(まぁこうなったら最低限でも『彼女』だけは確保しないといけないですねぇ)

 

 後の面倒事は上の人達に押し付けて、とりあえずは最低限『魔術師』との全面抗争を当分避ける為に頑張ろうと気合を入れる。

 流石に交渉失敗してアースラの面々を『魔術師』に葬られるのは目覚めが悪い。

 彼等には原作方面で色々仕事をして貰わないと自分が困るのだ。

 

(……はあぁ、次は絶対『魔術師』と関わりのない仕事をするんだっ)

 

 

 

 

 青筋を立てる者が約二名、事の成り行きの不明瞭さに不安を隠せない者が三名――自分はと言うと、この場に置ける自分の存在意義を必死に考えている処である。

 

(何か、最近場違い感が凄いんだよなぁ。明らかに適材適所じゃねぇし。……もしかして、冬川が復帰するまでオレ放置されたままなのか?)

 

 今後の事について冬川雪緒と話し合う必要性が生まれたが、いい加減現実逃避を止めよう。

 『魔術師』が管理局の面々と会合場所に選んだ場所、それは――。

 

「シュークリーム五つ」

「おっ、オレの分まで頼むか。良いねぇ、解ってるじゃねぇか」

 

 あろう事か、高町家が経営するかの有名な『翠屋』である――えーと、早くも家族会議ですか。

 もっとマシな場所なんて沢山あっただろうに。ちなみに今現在『翠屋』は貸切状態である。

 

「わわっ、本物のランサーだっ! イケメンの方じゃなくて男前の方じゃないですか!」

 

 緑髪の女性、ミッドチルダの転生者であるティセ・シュトロハイムは興奮したように騒ぐ。

 その反面、ハラオウン親子は冷めたような眼でそれを眺めており、何だか知らないが、彼等の関係には既に亀裂が入っている模様である。

 

「ジュエルシードが『不幸な事故』で『海鳴市』に落下し、現地の皆様には多大なご迷惑を掛けたと思います。これより我々管理局が責任を持って回収の任務に当たりますので、既に回収した分をお渡し頂ければ幸いです」

 

 あ、初めから『不幸な事故』扱いで片付けやがった。しかも超強調している。

 常に笑顔の昼行灯かと思いきや、中身はかなりの曲者みたいだ。

 さて、これに対して『魔術師』の反応は――。

 

「高町なのは、渡してやれ」

「え……は、はいっ」

 

 これまた予想外な事に意外と素直、まぁ使用済みの『ジュエルシード』に対しては価値は無いか。

 高町なのはは待機状態のレイジングハートに触れ、三つの『ジュエルシード』を空中に展開させ、彼女達の方に飛ばす。

 

「……三個、ですか? 少なくとも貴方はあと十二個所持していると思いましたが?」

 

 ――やはり食わせ者だ。ちゃんと数を把握した上で要求していたのか。

 現地工作員も忍ばせて情報収集していたって事か。ますます原作とかけ離れた管理局の体制の一端を垣間見て、オレは眉を顰める。

 

「ああ、残りは砕いておいたぞ」

「――え?」

 

 さしものこれは彼女とて予想外だったらしく――また、ハラオウン親子の顔も一瞬にして凍り付いた。ついでにユーノも驚愕する。

 

「三個はこの通り使用中だが、摘出された分は全部砕いたと言っている。――ふむ、信じられないようなら此処で残り三個も砕いてご覧に入れるが?」

「あ、信じますので止めて下さい。回収分が無くなってしまいます」

 

 『魔術師』が本気で言っている事を察知した彼女は真っ先に『ジュエルシード』を自身のデバイスに回収させて仕舞う。

 ちょっとだけ、高町なのはが未練がましく見ていたのが若干気になるが。

 

「その使用中の三個も封印処置を施して摘出して下さると嬉しいのですが?」

「ははは、面白い冗談だ。使用用途をサーヴァントの命令権限定にしている御蔭で暴走の心配は皆無だが――令呪を渡せという意味、解ってないとは言わせんぞ?」

 

 『魔術師』は笑いながら獰猛な殺意を撒き散らす。

 彼にとってはこれは絶対に譲れぬ一線であり、彼女にしても余り大切な事でも無いので、次の話題に進む。仕掛けたのは『魔術師』だった。

 

「貴様等管理局が『海鳴市』に土足で侵入し、独自の活動を執る事を私は良しとしない。回収した『ジュエルシード』は私が責任を持ってお返ししよう。管理外世界である此方に介入するな」

「いえいえ、そういう訳にもいきません。その『ジュエルシード』は近隣の次元世界にも影響を及ぼすほどの危険なロストロギアです。我々としても見過ごす訳にはいきませんし、またうっかり『ジュエルシード』を砕かれては堪りません」

 

 互いの意見が衝突し、彼等の間には熾烈な火花を散らす。

 土足で踏み込まれたくない『魔術師』と、土足で踏み込みたい『管理局』、意見が平行線になるのは至極当然か。

 議論が進まないと見るや、ティセ・シュトロハイムは次のカードを切った。

 

「それと高町なのはさんの件ですが」

「え?」

 

 高町なのはは自分の事を指差し、ティセはほんわかな笑顔で頷いた。

 高町家の男性陣の表情が硬くなる。『魔術師』もまた心無しに殺気立っていた。

 

「管理外世界の住民が我々ミッドチルダ式の魔法技術を好き勝手に扱うのは少々以上の問題があります。何なら民間協力者という形で内々に処理しますが」

「論外だ。外堀を埋めてから管理局に抱え込むつもりか? それに彼女に魔法技術を渡したのは其方だろう? そうだろう、ユーノ・スクライア」

 

 議題の矛先がユーノに向けられ、彼は涙目で後退る。

 ……というか、情緒不安定ってレベルじゃないぐらい挙動不審になってないか? このユーノは。SAN値判定に失敗しているのか?

 

「才能溢れる者にデバイスを渡し、魔法技術の一端に触れさせてから其方の法を押し付けて人材回収する腹積もりか? 近年稀に見る酷い自作自演(マッチポンプ)だな」

「ち、ちがっ、ぼ、僕は……!」

 

 反論しようとして、ランサーが徐ろにシュークリームを食べながら睨みつけると、ユーノは蛇に睨まれた蛙の如く震えて黙ってしまう。

 ……何故かは知らないが、原作でも比較的優秀であり、一人で『ジュエルシード』を回収しに来るほど勇敢だった彼の面影は一切無い。

 高町なのはの下に居ないといい、一体何がどうしたんだ……?

 

「此処はミッドチルダではなく『地球』だ。貴様等の法など此処では通用しない。彼女の事は私が責任を持って監督しよう。彼女自身が道を誤るのならば、私自ら誅を下そう」

「うわぁ、家族の前でそんな事を言っちゃいますか」

「家族の前で堂々と誘拐しようとした貴様等の外道さには劣るよ」

 

 互いに高町家の皆様から非難轟々という眼で睨まれているが、二人共平然としている。

 これぐらい神経が図太くないと、交渉事は出来ないらしい。感心するが参考にしたくない。

 

「ま、待って下さい。我々時空管理局は――」

「――二年前の吸血鬼事件、忘れたとは言わせんぞ?」

 

 リンディ・ハラオウンが何か言おうとしたが、『魔術師』は無視して遮る。

 可哀想だが、この場において『魔術師』は転生者の存在によって変質した『管理局』を誰よりも知る存在だ。

 お題目上の時空管理局の綺麗事を説明されても時間の無駄にしかならない。

 ……一般的な管理局員は、その理念も意思も変わりないが、目の前の『歪み』は明らかに異質だ。

 

「――ええ、我々にとっても忘れられない記憶ですよ。貴方の御蔭で何万人死んだと思っているんですか?」

 

 二人から笑顔が消える。白々しい作り笑いさえ消えるほど、その事件に対する遺恨は今でも彼等の中に芽吹いているようだ。

 

「はて、一体何の事やら。私はこの海鳴市で起こった貴様等主催の連続殺人事件を言っているのだが」

「私はミッドチルダで起きた貴方が主催の未曽有の生物災害の事を言っています」

 

 重い沈黙が場を支配する。

 ハラオウン親子はその事件について聞きたそうにしているが、発言を許される空気では無かった。

 埒が明かないと見るや、『魔術師』はシュークリームを齧り、ティセ・シュトロハイムもまた齧り付く。

 幸せそうに甘味を堪能しながら、『魔術師』は最初から用意していた妥協点を上げる事にした。

 

「フェイト・テスタロッサがどうなろうが私の知った事ではない。好きにしろ。だが、高町なのはは渡さない」

「其処が落とし所ですか。ええ、良いでしょう。彼女は管理世界の人間ですし、此方の独自の裁量で片付けられます。今はそれで甘んじるとしましょう」

 

 とどのつまり『ジュエルシード』など彼等からすれば些細な舞台道具に過ぎず、『魔術師』と『管理局』が相争ったのは『高町なのは』と『フェイト・テスタロッサ』だったという訳か。

 高町なのはは何か言いたそうに口を開こうとするが、『魔術師』は視線を送って首を振る。それを見て、高町なのはは不承不承という具合で押し黙った。

 

「ちょっと待って下さいッ! そのフェイト・テスタロッサなる人物は一体……!?」

「輸送船を次元魔法で撃墜した容疑者の娘さんですよー。この『地球』に『ジュエルシード』を落とした張本人、それが『プレシア・テスタロッサ』です」

 

 此処に至って沈黙を続けていたクロノ・ハラオウンが噛み付き、彼女は笑顔で平然と舞台裏の事情を暴露しやがった。

 おいおい、其処を端折って良いのかよ?

 

「そんなの聞いてません!」

「言ってないですもの」

 

 ……彼等のやり取りを見ながら、ミッドチルダにいる転生者もろくな奴が居ない事を再認識する。

 いや、もしかすると此方より数段性質の悪いかもしれない。まるで遊び感覚で、盤上に転がる駒の運命を弄びやがる――。

 

「偽装船艦を態々撃墜させておいて言う事か」

「はて、何の事だかさっぱり解らないです」

 

 知らぬ存ぜぬの腹芸で通し、図々しくもティセ・シュトロハイムはシュークリームを五個と二十個別口に頼んで会合を終了とする。

 

「使い終わったジュエルシードは是非とも我々の手に委ねて下さいな」

「ああ、善処しよう」

 

 砕く気満々だなぁと苦笑しながら、彼女達は立ち去った。

 現状では直接的な敵対はしないようだが、彼等が敵なのはほぼ間違い無いだろう。

 

 ――元は同郷の人間なのに、立場と生まれた世界が違えば此処まで価値観が違うものになるものか、頭を抱えたくなる一幕だった。

 

 

 

 

 ――戦う意味も解せず、ただ感情の赴くままにぶつかりあった。

 

 フェイト・テスタロッサ。未来の『高町なのは』のマスターだった人物。 

 未来の彼女の事を一番良く知る人物であり、未来の彼女の動機を解く唯一の鍵。

 

 ――戦い始めて、高町なのはは自身の異常さに勘付く。

 戦闘に対する行動が最適化され、明らかに格上と思われる魔導師と互角以上に、流れるように戦えている。

 

「アクセルシューター!」

『――Shoot.』

 

 昨日の未来の彼女の戦闘光景が脳裏に過る。

 あれが齎した情報は今現在の彼女に劇的な刺激を与え、本来辿るべき過程を一歩も二歩も抜き飛ばして高みに誘う。

 未来の完成形を模倣する事で、拙い動作に切れが生まれ、砂が水を吸うように我が物としていく。

 

『――Photon Lancer.』

「撃ち落として……!」

 

 だが、超高速で飛翔しながら致命打を避け続け、撃ち落とす黒い魔法少女に、自身の手の内を明らかに読まれており、どれも決定打にならない。

 当然だ。彼女は自分の未来を、完成形である『高町なのは』のマスター、手の内が全て把握されていると考えても支障無いだろう。

 

(だから、だからこそ……!)

 

 彼女ならば――未来の『高町なのは』が至った物語を、誰よりも克明に知っている……!

 知らねばならない。聞かねばならない。どうしてあんな結末に至ったのか、その過程を解き明かさなければならない――!

 

 

 

 

 ――戦う理由を求めて、ただ感情の赴くままにぶつかりあった。

 

 高町なのは、一時的だったが、彼女の『サーヴァント』の過去の姿。

 未来において自分に最も深く密接に関わり合う人物であり、彼女自身の今後の人生を決める最大の鍵。

 

 ――戦い始めて、フェイト・テスタロッサは目の前の人物の異常に勘付く。

 この時期の彼女は素人同然だった筈なのに、処々に未来の片鱗が現れている。未来を知って、変化したのは自分だけでないとフェイトは判断する。

 

「アクセルシューター!」

『――Shoot.』

 

 幼少期において最大でも十二発だった追尾弾は二十発を超え、フェイトを撃ち落さんと獰猛に疾駆する。

 一発一発が不調の自身を撃ち落とすに足る威力である事を察知し、超高速飛翔をもって躱し、避け切れないものはシールドで反らし、防ぎ切れないものはフォトンランサーをもって撃ち落とす。

 

『――Photon Lancer.』

「撃ち落として……!」

 

 唯一つ、有利な点はフェイトが彼女の成長過程から完成形に至るまで全知しており、戦術を完全に把握している事にある。

 だから、不用意に受け切ろうとして防ぎ切れず、バリア越しから撃ち落される失態は犯しようが無い。

 何よりも、勝利が約束されていた初戦で敗北する訳にはいかなかった。

 

(未来の貴女にとって、私は大切な親友。じゃあ、私にとって貴女は何だったの――?)

 

 解らない。泣き崩れながら討ち果たした彼女の事を未来の自分はどう思っていたのか――。

 知らねばならない。聞かねばならない。自分にとって彼女は何なのか、全身全霊をもって問わねばならない――。

 

 

 

 

 初戦は邪魔が入り、彼女達の触れ合いは未完成に終わる。

 されども、彼女達は運命に導かれるままに衝突し合うだろう。如何な状況になろうが、それは不変の理として二人の間に刻まれる。

 

 如何に舞台が狂おうとも、結末が歪もうとも、二人の魔法少女の逢瀬は約束されていた――。

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。