転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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20/落葉

 ――燃える炎の海、彼女は人生の恩師と目標を失った。

 

 いつか必ず守りたいと願った人達は炎の海に消え果て、彼女一人だけ生き残った。

 

 ――憧れていた。彼のように強くなりたいと。

 ――助けられた。命の恩人に、恩を返したいと、ひたすら。

 ――守りたかった。今度は、私自身の力で、彼を助けたかった。

 

 彼女は涙する。一人だけ置いてかれたと、迷子の童女のように泣き叫ぶ。

 そしてこれが悪夢の始まりである事を、彼女は未だに知らなかった。

 

 ――彼女が管理局に保護される頃には、海鳴市は地図から消えていた。

 

 友達を失った。家族を失った。凡そ全てを失ってから、彼女は保護された。余りにも杜撰で遅すぎる対応だった。

 管理局の局員は恩着せがましく「助かったのは君一人だけだ」と自慢げに笑った。

 その醜悪な笑顔を、彼女は死んだような眼で眺めていた。

 

 ――それからの彼女は英雄的な活躍は華々しく、同時に痛々しかった。

 

 如何なる戦場でも奇跡的な戦果を齎す無敵のエース・オブ・エース。

 意図的に作られた『英雄』は管理局の広告塔として華々しく語り継がれ、反面、当人の心は置き去りで、摩耗する一方だった。

 

 ――それでも彼女は諦めず、運命の突破口を見出す。

 

 それは金髪のツインテールの少女だった。

 最初の事件で双方の『ジュエルシード』を奪い合った同格の魔導師、一足先に管理局に保護されていたが故に、生き延びた親友――。

 

 ――彼女が最初から持っていた三つの『ジュエルシード』と『交換したリボン』、此処に触媒は揃い、因果は繋がった。

 

 後は、師の言う英霊の域まで自分を高めるのみ。

 一心不乱に自らを切磋琢磨し、その鬼気迫る様子は親友である金髪の少女を度々心配させた。

 

 ――そして一つ、問題が浮上する。

 

 彼女は管理局によって作られた『英雄』であり、それ以上でも無く、それ以下でも無かった。

 これでかつて海鳴市で行われた『聖杯戦争』に存在した英雄達と肩を並べられるか、と問われれば否と答えるしかない。

 作為的な善行では届かないのでは、と彼女は心底危惧した。

 一生を賭けて死する事で挑戦する蜘蛛の糸を掴むかの如く試みなのに、それでは不十分過ぎた。

 

 ――彼女は師の言葉を一字一句余さず覚えていた。

 類稀な善行でも『英霊』として祀り上げられるが、度し難い悪行でも同様の結果を得られると。

 善行と悪行、何方が積みやすいかなど、言われるまでもなく後者だった。

 

 ――赤い炎の海が広がる。此度の戦禍は彼女の手のものだった。

 

 幾度無く迷いもした。躊躇もした。本当にそれで良いのかと何度も問い掛けた。

 大勢の人々を巻き込む。平和を享受していた人を、此方の一存で踏み潰す事にある。

 それでも、結論は一つだった。

 全てを犠牲にしてでも貴方を救いたい。

 ――人は、愛の為に何処までも堕ちる事が出来る。

 

 ――彼女の齎した大乱は反管理局戦線と形を変え、彼女は敵味方構わず『魔王』として畏怖された。

 

 彼女は殺した。微塵の躊躇無く鏖殺した。

 無抵抗な捕虜すら手に掛けて、その非道さと悪名は内外に轟いた。

 全ては彼女の想定通り、彼女は無慈悲な『魔王』を演じる。いつしか本当の自分さえ見失って、被った仮面を剥ぎ取れずに――。

 

 

 20/落葉

 

 

 ――そして、本来一番乗りとして『地下神殿』に乗り込む筈だった『魔術師』の陣営は、アーチャーと対峙していた。

 街の郊外に位置する最南端、多少暴れ回っても街に被害が及ばない空白地帯は決戦の場としては優秀だった。

 

「やはり邪魔立てするか」

「ええ。この『海鳴市』が――いえ、この『地球』がどうなろうと私にはどうでも良い。貴方の身が最優先ですから」

 

 『魔術師』は忌々しげに呟き、アーチャーは咲き誇るように笑う。

 ランサーが『魔術師』の前に現れ、『使い魔』のエルヴィもまた彼の隣に並ぶ。そして『魔術師』はアーチャーの隠し持つ札の開帳を今か今かと待ち侘びる。

 

 

「何処か安全な場所に移り住みましょう。今度は私が貴方を絶対守りますから――」

 

 

 万感の想いを籠めて、アーチャーは告白する。

 その反面、『魔術師』は白けたような顔を浮かべた。最初から論ずるに値しない。

 

「断る。逃げるのはもう飽きている。それに魔術的な地質学上、この土地より優れた霊地は他にあるまい」

「そうですか。それじゃまずは――貴方の頼りにしているサーヴァントと『使い魔』を剥ぎ取るとしますか」

 

 そしてアーチャーは自信満々に隠し持つ『切り札』を明かす。

 

 ――六騎目のサーヴァントは暗い闇を纏って現れた。

 

 それは金髪の少女だった。人間のものとは思えないほど生気の無い白い肌、光無き黄金の瞳、黒く刺々しい鎧を纏い、漆黒の闇より深い黒の剣を持った、堕落した騎士だった。

 

「――紹介しますね、これが私が本来呼び出す筈だったサーヴァント『セイバー』です」

 

 ランサーは期待していなかった強敵の出現に全身全霊で歓喜し、『魔術師』と『使い魔』は疲労感を漂わせて溜息を吐いた。

 その反応の温度差に、アーチャーは困惑する。何故、彼等は驚かないのかと。

 

 ――フェイト・テスタロッサに召喚された際、彼女が生前最期まで持ち歩いていた『ジュエルシード』が自身の右手の甲に『令呪』として刻まれた。

 

 その『ジュエルシード』は最後まで渡さなかった、自身の封印した三個であり、運命の皮肉さに彼女は笑った。

 そしてアーチャーは迷わず呼び寄せた。『魔術師』から気まぐれに教わった、正規の召喚儀式を経て、最強のクラスであるセイバーを引き当てた。

 そのせいで魔力が不足し、フェイトが倒れる事になったのは誤算だったが、アーチャーは二騎のサーヴァントの戦力を保有した事で『魔術師』に匹敵する陣営となった。

 

「……うわぁ、よりによって騎士王『アルトリア・ペンドラゴン』ですか。しかも反転までしてますよあれ」

「え? な、何故セイバーの真名を……!?」

 

 戦うまでもなく自身のサーヴァントの正体を暴かれ、アーチャーは動揺する。

 ランサーはかの名高き騎士王がこの少女である事に驚きつつ、自分も似たような感じで真名がバレバレだったなぁと少し同情する。

 

「かの名高き騎士王は我々にとって一番有名なサーヴァントだからな。手の内も知れている」

 

 くく、と『魔術師』は嫌らしく笑う。

 そして彼は敵戦力に修正を加える。あれは此方の手札を全知している訳ではないと嘲笑う。

 

「ランサー、セイバーの相手をしてやれ。あれの対城宝具『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』は絶対に撃たせるなよ。まぁ自滅覚悟で、尚且つ令呪の補助がなければ撃てないと思うがね」

「あいよ。――で、そう楽観視出来る根拠は何だ?」

 

 宝具の詳細まで発覚しているのかよ、という無粋なツッコミをせず、ランサーは要点だけ聞く。

 

「あれはアーチャーが召喚した反則だが、アーチャーには現界に必要な依代も魔力も用意出来ない。大方、アーチャー自身のマスターであるフェイト・テスタロッサに負担させているのだろう。二体のサーヴァントを一人のマスターが維持するなど元々無理がある。更に二体とも高燃費となれば魔力不足に陥るのは必至だろう」

「フェイトちゃんが参戦出来ない理由は単純に魔力が枯渇しているからですねぇ」

 

 呆気無く、しかも戦闘前にアーチャー陣営の最大の弱点が発覚し、彼女の顔色が曇る。

 四日間、戦闘行為をせずに時間を経て、ある程度の魔力は蓄えたが、全力で戦闘するとなればすぐさま尽きてしまうだろう。

 初見における情報量の差で圧倒していると思いきや、彼女の召喚したサーヴァントが既知であり、その手札を全て曝け出しているなど誰が予想出来ようか。

 

「――駒が足りないな。ちゃんと勝機を用意して挑め、と私なら口を酸っぱくして教える筈だが?」

「あら、此方を過小評価してますね。貴方と『使い魔』如き、私一人で十分ですよ――!」

 

 自身の右手を掲げ、アーチャーは高らかに宣言する。同時に『魔術師』も左手を上げて気怠げに呟く。二人の手の甲にある令呪が赤く輝いた。

 

「令呪を以って命ずる。セイバー、ランサーを殺せ――!」

「第二の令呪を以って命ずる。ランサーよ、必ず生き残れ」

 

 ことサーヴァントに関する命令ならば、魔法級の奇跡も可能とする絶対命令権が発動する。

 此処に聖杯戦争の覇者を決める決戦は幕開いた。二騎のサーヴァントと一騎一人一匹の死闘が――。

 

 

 

 

 ――朱の魔槍と黒の魔剣が正面から大激突する。

 

 互いに繰り出された破壊的な力の奔流によって空間は爆ぜて、一方的に押し負けたのはランサーの魔槍だった。

 

(令呪による強化があるとは言え、このオレが一方的に押し負けるとはなぁ……! なるほど、あのマスターが令呪で『生き残れ』と命じる訳だッ!)

 

 その一撃の剣戟で、ランサーは目の前の敵騎士との技量・戦力比を正確に把握して読み取る。

 女だてらと思いきや、膨大な魔力放出による一閃は桁外れの破壊力を生み出す。槍を握る両の手が痺れる感触をランサーは久方振りに味わった。

 

 ――繰り出される剣戟は流麗、槍の英霊の眼を以ってしても目視し難い不可避の剣速を叩き出す。

 流石は最良の英霊、剣の英霊に相応しき致死の絶技――生半可な英霊では一の太刀で己が武器を払われ、二の太刀で無防備な素っ首を両断される事だろう。

 

 されども、セイバーの目の前に居るのは最速の英霊、青い槍兵は己が卓越した俊敏さを存分に生かし、目まぐるしく地を疾駆して致死の斬撃を回避する。

 

 『力』では劣っているが、『速さ』ではランサーに分がある。自身の持ち味を最大限に生かす。

 そしてこのランサーは生き残る事に関して随一のサーヴァント、それは彼が保有するスキル『戦闘続行』が後押しし、生来の生き汚さと令呪による絶対命令権が保証する。

 黒い剣と朱い槍の舞は回り踊るように、一打ごとに死と生の境界を不確かにする。

 

 一手間違えれば即座に決着が着く絶死の剣の舞に、青い槍兵は狂気喝采して挑んでいく。

 

 留意すべき事はセイバーの宝具、あの黒い剣がマスターの言う通り『対城宝具』であるならば、宝具の打ち合いに持ち込む事はランサーにとって敗北に等しい事態である。

 付かず離れずに打ち合い、単純な剣戟の打ち合いによって雌雄を決する。

 宝具の発動に必要な一瞬の溜めを与えない死闘ゆえに、彼にとって文字通り必殺の宝具もまた半ば封じられたも同然である。

 

(それ以外の要素で勝敗が決するとすれば――)

 

 それはマスター側が決着する事か、彼等に残された令呪の発動に他ならない。

 暴虐な剣閃を縦横無尽の槍捌きがいなしていく。剛の剣と柔の槍で咬み合わない中、二人の英霊はただひたすら時の果てに訪れた夢の死闘に興じた――。

 

 

 

 

 ――総勢五十発の桃色の魔力光が自在に舞う。

 

 メイド服が舞う。猫耳の吸血鬼は自身の間合いに入った桃色の魔力の弾を一網打尽に引き裂き、時折彼女のご主人に翔んでいく流れ弾を瞬間移動の如く空間跳躍で追尾し、蹴り落として行く。

 一見して拮抗している状況に見えるが、そうではない。隙を生じさせる毎に確実に一発一発、エルヴィの身体に撃ち込まれ、その遠大な生命を削っていく。

 

「――知っているわ。貴女がバーサーカーと、あの恐るべき吸血鬼と同類なのだと――!」

「へぇ、そうなんですかー。まぁ未来のなのはちゃんですから知っていて当然かなー?」

 

 殺傷設定での魔弾に撃ち抜かれた箇所は吸血鬼特有の復元能力によって瞬時に再生するが、身体能力の低下を狙った波状攻撃を前に、負傷の治癒速度が徐々に追いつかなくなっていく。

 

「あいたた、女の命である顔に当てるなんて最低ー! あうっち、うぅ、これじゃご主人様に愛して貰えないわぁ……!?」

 

 『魔術師』から幾度無く発火魔術が仕掛けられるが、それらはアーチャーの堅牢な防御魔法を突破するには余りにも威力不足であった。

 脅威とならない『魔術師』を後回しにし、アーチャーは空中で足元に魔法陣を展開して立ち止まった後、アクセルシューターを起動させながら、自由自在に跳ね回る『使い魔』のエルヴィを滅殺する機会を虎視眈々と待ち望む。

 

「余裕なのね、エルヴィさん。貴女の生命のストックが幾つかまでは知らないけど、今の私ならば確実に殺し切れるよ――!」

「もうその時点で的外れなんですけどねぇー」

 

 地に着地したと同時にアクセルシューターの弾がエルヴィの右足を吹き飛ばし、転んで地面に激突する彼女に桃色の魔力の鎖によって幾十幾百に拘束される。

 芋虫のように転がる彼女は精一杯背伸びして天を見上げ――アーチャーは明らかに過剰殺傷確実の砲撃魔法を展開していた。

 

「ところでなのはちゃん、私の真名はご存知ですかにゃー?」

「ええ、知っているわ。貴女から直接聞いたもの」

 

 この絶体絶命の状況下においても、その余裕を終始崩さないエルヴィに疑念を抱くものの、レイジングハートを彼女に向ける。

 レイジングハートに環状の魔法陣が四つ展開させ、杖の矛先に膨大無比な魔力が収束されていく。カートリッジが超高速で全弾装填された。

 

「――『エルヴィン・シュレディンガー』だと――!」

『Divine Buster.』

 

 破滅の光は一直線に降り注ぎ、身動き一つ取れないエルヴィを容赦無く焼き払った。

 直線上に奔った桃色の光線は彼女の小さな体の十倍以上の規模であり、破壊の余波はこの土地を木っ端微塵に破砕して何もかも薙ぎ飛ばす。

 幾ら彼女が無数の生命を持っていようとも、確実に過剰殺傷して殲滅出来る威力を秘めていた。視界の隅で破壊に巻き込まれぬよう、飛び退く『魔術師』の姿があった。

 これで邪魔者は消えた。もう『魔術師』を守護する者は何処にも居ない。後は魔力ダメージでノックダウンさせれば、アーチャーの本願は叶う――。

 

 

 

 

 ――此処で唐突だが、とある吸血鬼の話をしよう。

 

 出鱈目で不死身で無敵で不敗で最強で何とも馬鹿馬鹿しい、吸血鬼『アーカード』の話をしよう。

 

 彼は吸血する事で生命の全存在を自らのものとする、吸血鬼という存在を窮極なまで煮詰めた『脈動する領土』であり、その生命の総量は総勢三百万に及んだ。

 吸血鬼『アーカード』を討ち滅ぼすには、単純に三百万回殺すか、『拘束制御術式0号』を解放させて――『死の河』として全ての命を解放して出撃させている最中の、唯一人の吸血鬼になった瞬間を狙って殺すか――『シュレディンガー准尉』の生命の性質と同化させなければならない。

 

 ――僕は何処にでも居て、何処にも居ない。

 

 彼は意志を持って自己観察する『シュレディンガーの猫』であり、存在自体があやふやな存在だった。

 彼は自分を認識する限り何処にも居て、何処にも居ない。幾度殺されようが彼が自分自身を認識する限りは絶対に亡くならない真の意味での不死の存在である。

 ただ、その彼が数百万の生命が蠢く吸血鬼『アーカード』の中に溶けてしまえば、どうなるか?

 もはや彼は自分で自分を認識出来なくなり、何処にも居なくなる。

 

 ――そして、最強の吸血鬼『アーカード』は自身を観測出来なくなり、虚数の塊として消え果てた。

 

 けれども、かの吸血鬼には愛すべき主人からの命令があった。

 ――帰還せよ、と。故に彼は三十年の歳月を掛けて、自身の三百万もの生命を尽く鏖殺して唯一人の吸血鬼として帰還を果たした。

 

 ――その殺害された生命の一つに『彼女』は居た。

 

 本来ならそれで消え果てる末路しか無かったのだが、幸運か不幸な事に『三回目』の人生が始まってしまった。

 当然の如く、彼女は自分自身を観測出来ないが故に生命が宿った瞬間に消え果て、彼女の母は自分が妊婦になった事に気づかずに堕胎したのだった。

 

 ――本来ならば此処で終わる退屈な話であったが、実は続きがあったのだ――。

 

 

 

 

 絶対的な勝利を確信し、されどもアーチャーは即座に回避行動をした。

 彼女の心臓を目掛けて放たれた刺突は彼女の左腕を掠めて深く切り裂く。

 飛翔しながら背後に振り向く。驚いた眼でアーチャーは今さっき葬った筈のエルヴィを目の当たりにした。

 

「――然り。故に私は『何処』にでも居て、『何処』にも居ない」

 

 驚く事に無傷、驚く事に服すら復元されている。

 何の不思議もあるまい。彼女は吸血鬼『アーカード』の残骸などではなく――。

 

「――我が主! 神咲悠陽が観測するからこそ、私は『此処』に居られる――!」

 

 『シュレティンガー准尉』の生命の性質を持ち合わせた『アーカード』と同等の域に達した吸血鬼として此処に存在している。

 

 ――つまり、これは何もかもがペテンなのだ。

 

 彼女を観測して確立させる『魔術師』を仕留めない限り、この吸血鬼は真の意味で不死身で無敵で不敗で何とも馬鹿馬鹿しい存在なのだ――。

 

 ――戦略を致命的なまでに誤った。

 アーチャーは『使い魔』を早期退場させて『魔術師』を確保する為に、何度殺しても意味が無い『使い魔』を必死に仕留めに掛かって、貴重な魔力を大量に浪費した。

 それに対して『魔術師』は此処『海鳴市』で戦う限り、霊地からの魔力供給を得られる。長期戦になればなるほど有利は傾いていく。

 これを覆すのであれば、早期決戦で相手を脱落させ、数の優位を取るしかない。

 

「令呪を以って命ずるッ! セイバーよ、宝具をもってランサーを――」

 

 ――然るに、手詰まりになったアーチャーが頼る者は己のサーヴァントのみであり、それは致命的なまでに『魔術師』に読まれていた。

 

「仕留めろッッ!」

 

 セイバーは令呪のバックアップを得て、自らの宝具を開帳する。

 黒の極光が剣に収束する。あらゆる存在を切り裂く神霊級の奇跡が今、解き放たれようとしている――!

 対するランサーはセイバーから距離を大きく取り、自らの魔槍に魔力を存分に注ぎ込む。致死の魔槍がその真価を発揮しようとしていた。

 

「第三の令呪を以って命ずる。ランサーよ――」

 

 ――だが、如何にランサーの魔槍が最大限の威力を発揮しても、それは対軍級に過ぎず、対城級の攻撃には抗いようがない。

 一筋の流星が極星に挑むようなものだ。一瞬の拮抗すら無く、掻き消される事は必須だ。

 

(――ケッ。全く、此処に来てマスター頼みとはなぁ……!)

 

 なればこそ、ランサーは己のマスターを信ずる。

 今、この時、彼が何をしようとし、何を求めたのか、あの性悪の『魔術師』なら確実に見抜き、唯一の勝機であるこの大博打に乗ってくるだろう。

 槍の穂先は下側を向いており――それは明らかに投擲の姿勢では無かった。

 

「『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』――!」

「セイバーの背後に翔べッッ!」

 

 ――そして一つの奇跡は成立した。

 

 薙ぎ払うように最強の斬撃が放たれる。

 令呪による膨大な魔力の渦とサーヴァントの意志が合致し、ランサーは空間を超越してセイバーの背後に跳躍して着地した。

 背後に現れた在り得ざる死神の姿を、彼女の直感は確かに捉えた。

 だが、『約束された勝利の剣』の反動を全力で抑えている最中、彼女に出来る事は首を全開まで逸らして、その魔槍の矛先を眺める事ぐらいだった――。

 

「『刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルグ)』――ッ!」

 

 幾重にも直角に捻り曲がり、在り得ざる軌道から朱の魔槍の矛先は彼女の心臓を今度こそ貫いた。

 因果逆転の呪い、真名を解放する事で『心臓に槍が突き刺さった』という結果を作ってから槍が放たれる文字通り必殺必中の宝具。

 嘗てのセイバーは未来予知の領域に達した直感と運命すら覆す類稀な幸運で致命傷を避けた。

 だが、黒化の凶暴化で直感が鈍った事と、幸運の値が下がっていた事が彼女の敗因となった。

 

 

 ――魔槍が心臓を穿ち貫くと同時に幾千の棘が炸裂し、セイバーの内部器官を徹底的に破壊し尽くす。

 

 

「――よもや、こんな形で決着が着くとはな。ランサー」

「へっ、こっちは初見だがな。中々良かったぜ、アンタ」

 

 黒の極光と化していた剣から光が消え失せた。

 今まで一言も語らなかったセイバーは、懐かしむように感慨深く言い残し、ランサーは最高の賛辞を送った。

 

「アイルランドの光の御子に褒められるとは光栄の極みだ――」

 

 セイバーは静かに目を瞑り、光の粒子となって消え果てた。

 これで『魔術師』陣営はランサーも含めて三人でアーチャーに対抗する事が可能となり、勝負は決したと思われた。

 

 ――桃色の破滅の光が夜天を照らすまでは。

 

 使い切れずに空気中にバラ撒いた魔力を再び掻き集め、今、彼女の代名詞と呼べる最大級の魔法が放たれようとしていた。

 

「おいおいおい!? アーチャーも『対城級』の攻撃を持っているのかよッ!?」

「あわわわわ、ま、まずいですよご主人様。ご主人様も巻き込みますから非殺傷設定だと思いますけど、魔力ダメージだけで全滅しちゃいますよ!?」

 

 ――『スターライトブレイカー』。

 彼女の持つ中で最大級の威力を誇り、正真正銘の奥の手と呼べる魔法の名がそれである。

 魔力収束という類稀な技能を持つ彼女だからこそ成し得る、一発逆転の奇跡の一撃である。

 アーチャーは遥か上空、『魔術師』達の手の届かぬ場所に陣取っており――それが命取りとなった。

 

「私の前でちゃらちゃら翔んでるんじゃねぇよ。『――蝿は天から堕ち、地に這い蹲る』」

 

 ――『魔術師』がリリカルなのはの世界において、一番熱心に開発した魔術系統は『対空』であった。

 空を飛ぶ事が困難な型月世界の魔術師だが、この世界の魔導師は楽々と飛行する。その対策を練って封殺するのは至極当然の理だった。

 

「――ッ!?」

 

 『魔術師』の足場から夥しい赤い光が走り、超巨大で複雑怪奇な魔術陣が姿を現す。積極的にアーチャーに攻撃魔術を放っていなかったのは『場作り』に夢中だったが故だ。

 此処まで場が整っているならば、限定的であれども魔法の真似事ぐらい出来る。決して『魔術師』をフリーにするべきではなかったのだ――。

 

「――大別は『火』と『虚』の二重属性、詳細は『焼却』と『歪曲』の複合属性。それが私が生まれ持った魂の形、即ち『起源』である」

 

 焼いて、歪める――それは彼の人生そのものであった。

 敵も味方も区別無く全てを焼き焦がして灰燼と帰し、その破滅の結果を異なる形に改竄して別の結果へと昇華させる。

 

 ――飛翔物限定の重力操作、彼女は超大な重力に捕らわれ、再び墜落した。白い流星とは流れ落ちるが定めと言わんばかりに――。

 

 

 

 

「夢から覚めたか、高町なのは」

「……ええ。貴方にとって、私は必要なかったのですね」

 

 墜落したアーチャーはバリアジャケットの維持すら出来ずに、今すぐ消え去りそうな自身の構成要素を気合だけで現界させていた。

 アーチャーのクラススキルである単独行動の恩恵か、或いは、常軌を逸するような執念がそれを成し得ているのか――。

 

「――敗因を指摘するとすれば、魂喰いをして魔力に余裕を持たせてなかった事だろうよ。万全の状態で挑まれていたら、此方も危うかった」

「……私だって、好きな人の前では綺麗で居たいです」

 

 憑き物が全部堕ちたかのように、彼女の表情は透明であり、その感情に不純物が無かった。

 

「お前は、殺し合うには優しすぎる」

 

 対する『魔術師』の表情は無く、感情を極力押し殺していた。

 

「『ワルプルギスの夜』は何日後だ?」

「……ちょうど一週間です。『ワルプルギスの夜』を乗り越えられても、貴方は近い内に死にます」

 

 未来から訪れた者の死刑宣告を聞き届け、『魔術師』は淡々と受け入れる。考える素振りも驚く素振りも見せずに――当然の如く。

 

「そうか」

「……驚かないのですね」

「それが私の日常だからな。殺しているんだ、殺されもする」

 

 それらは常に平等であり、等価値でなければならない。殺している者が絶対殺されないという理は無い。

 ――死に関わる者が死から遠ざかる事など出来ないのだ。

 

 

「――好きでした。貴方が死んでから、私には貴方しか居なくなった」

「――そうか」

 

 

 高町なのはは渾身の笑顔を浮かべ、『魔術師』は感情無く一言だけ返す。

 その言葉に、どれほどの想いで溢れているのか、『魔術師』は誰よりも思い知っている。その手の片思いは自分も六十年間思い煩っている。

 

 その苦しさも、

 その嬉しさも、

 その愛しさも、

 その切なさも、

 全て全て理解した上で、

 ――『魔術師』は返答しなかった。

 

「……やっぱり、答えてくれないのですね。嘘でも良いのに……」

 

 自分さえ騙せない嘘は他人も騙せない。『魔術師』は唇を僅かに噛んだ。 

 

「最期に一つ、お願いしても良いですか……?」

「……聞こう」

 

 

「私を、見てくれませんか――」

 

 

 頑なに瞑られていた眼を開き、神咲悠陽は高町なのはを見た。

 天から墜落した天使のようだと、その笑顔もその輪郭もその顔も全て全て見届けて、彼は初めて彼女の姿に魅入った――。

 

「綺麗な、瞳――」

 

 そして彼女は一片の悔い無く、光の粒子となって消え果てた――。

 暫く呆然と立ち尽くし、『魔術師』は天を見上げる。

 其処には百年前と変わらず、月が輝いていた。ただ今回はどうしてか、酷く歪んで見えた。

 

「ランサー。これで私はお前を律する令呪を全て失った訳だが、どうする?」

「そうだな。最初は令呪を全部使い切ったらどうしてやろうか、色々考えていたがよぉ――」

 

 背を向けたまま、『魔術師』はランサーに問う。

 そもそも彼等の主従関係は他のマスターから略奪し、令呪による強制で納得させたものであり、最後の令呪を使い果たした彼にランサーが従う道理は何処にも無い。

 マスターが自身より強大無比なサーヴァントを従わせられるのは『令呪』があってこそだ。

 その縛りが全て無くなった今、先送りにしていた決断の時が来たのだ――。

 

「最後まで付き合ってやるよ。お前と一緒なら戦う相手には困らないだろうしな」

「――そうか、感謝する」

 

 ――此処に、魔術師とサーヴァントは『令呪』を超えた協力関係を築き上げる。

 ランサーにとっては、今の彼が知る由も無いが、漸くまともに得られた正統なマスターだった――。

 

「水臭ぇな。令呪が無くなったら即裏切るような尻軽に見えたか?」

「いや、令呪を無駄に消耗する手間が省けただけだ」

 

 『魔術師』のおかしな言葉に首を傾げる。

 確かに彼は未召喚の令呪を温存しているが、あれは自分とは繋がっていない。あの三画の令呪は自分には使用出来ない筈だが――『魔術師』は右の袖を捲る。

 

 ――其処には未使用の令呪の他に、腕に二画の令呪が刻まれていた。

 

「第二次聖杯戦争で私が使い残した本家本元の二画だ。此方の方はいつでも使えるしな」

 

 今、此処で反旗を翻したら令呪によって自害させる気満々だったと、ランサーは「うわぁ」とこの上無く嫌な顔をした。

 何処までも油断ならぬ野郎だと、溜息を吐きながら毒吐いた。

 

「……エルヴィ。私はいつ死んで良いと思っていたが、それは単なる逃避だったようだ」

「ご主人様……」

 

 ――事に当たっていつでも死ぬ準備が出来ている。

 準備を覚悟と言い換えた方がもっと聞こえが良いだろうか? だが、それが単なる欺瞞であると『魔術師』は気づかされた。

 

「其処に何が何でも生き延びるという意志は無かった。単なる惰性だ。生きる目的が無く、朽ち果てるその時を待ち侘びている。それでは生きているのに死んでいるのも同然だ」

 

 だから、自身の死すらも受け入れていた。

 死した後など知った事では無いと、思考停止していた。

 

 ――こんな自分でも、その死を悼む者が居る事を、彼は初めて知った。

 

「私の死があの『高町なのは』に至る原因ならば、簡単には死ねないな」

 

 踵を返して彼等に見せた『魔術師』の表情はいつもと同じく泰然自若としており――ランサーとエルヴィは笑顔で迎える。

 

 ――地下から地響きが生じている。地下の『敵』は未だに健在のようである。

 

 

 

 

 




 クラス セイバー
 マスター 『高町なのは』
 真名 アルトリア・ペンドラゴン
 性別 女性
 属性 混沌・悪
 筋力■■■■■ A 魔力■■■■□ B
 敏捷■■■■□ B 幸運■■□□□ D
 耐久■■■■■ A 宝具■■■■■ A++

 クラス別能力 対魔力:B 魔術詠唱が三節以下のものを無効化する。
              大魔術・儀礼呪法などを以ってしても、傷付けるのは困難。
              黒化している為か、一段階劣化している。
        騎乗:ー 黒化により、騎乗スキルは失われている。
 直感:B 戦闘時、常に自身にとって最適な展開を『感じ取る』能力。常に凶暴性を抑えている
     為、直感が鈍っている。
 魔力放出:A 膨大な魔力はセイバーが意識せずとも、濃霧となって体を覆う。
 カリスマ:E 軍団を指揮する天性の才能。統率力こそ上がるものの、兵の士気は極度に減少す
       る。


 クラス アーチャー
 マスター フェイト・テスタロッサ
 真名 高町なのは
 性別 女性
 属性 秩序・善
 筋力■■□□□ D 魔力■■■■■ A+
 敏捷■■■□□ C 幸運■■■■□ B
 耐久■■■■■ A 宝具■■■■■ A++

 クラス別能力 対魔力:E 魔術に対する守り。無効化は出来ず、ダメージ数値を多少削減する。
        単独行動:A マスター不在でも行動出来る。
              ただし、宝具の使用など膨大な魔力を必要とする場合はマスターの
              バックアップが必要となる。
 魔法:A++ ミッドチルダ式の魔法技術。最終的な魔導師ランクは『SSS』
 



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