転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

2 / 168
02/残り六人の転校生

 

 

 

 燃え盛る噴煙の渦の中、私は夜空に輝く満月を眺める。

 幾星霜の夜を越えて尚も不変の月は美しく、今際に見納めるには至高の景色だった。

 

 ――この世界は見るに耐えない。

 醜いのではない、自分にとって世界は余りにも脆すぎた。

 

 遠くから啜り声が聞こえる。泣き喚いてとうに枯れ果てた子供の声が。

 相も変わらず泣き虫の小娘が、どうしようもなく、泣いている。

 けれども、振り向かずに炎の中を突き進む。今世の別れは既に済ませた。今後、どのような道を歩むかはあれ次第であり、今から逝く自分には関係無い事だ。

 

 ――薄々予感していた。

 この死に様に至る事は前世から決定していたものだ。

 一度ならず、二度も同じ死に方をするのは御免だったが、今はそれでも良いかと思える。

 

 ――何せ、その御蔭か、あの『彼女』を自力で引き当てたんだ。

 我が業の深さは他とは比べ物にならぬほど格別というものだ。それだけは誇って良い。

 

 揺らめく陽炎に焦がされ、薄れる意識の中で『彼女』の姿を幻視する。

 今でも一片も色褪せずに思い浮かべられる。恐らくは地獄の底に落ちても鮮明に思い返せるだろう。

 

 ――その瞳を覚えている。その髪も顔も輪郭も、その身に纏う穢れ無き神聖さも、この胸の奥に刻み込んでいる。

 

 君と共に歩んだ『一週間』こそが我が人生最高の瞬間であり、君のいない人生は一寸の光無き暗闇だった。

 まるで夢のような『一週間』だった。君と一緒なら何でも出来た。不可能を可能に落とし、理不尽や不条理を二人の力を持って何度も覆せた。

 あの『一週間』を君と共に戦い抜き、『奇跡』という名の栄光を掴み取る事が出来た。

 

 ――そして君は消え去った。夢とはいつか覚める幻だと、それが現実だと言うように。

 

 彼女の姿を一目見た瞬間、私の心は永遠に捕らわれた。

 一目惚れなど都市伝説の類だと思っていたが、自分で体験すると中々笑い飛ばせない。

 生涯で唯一度のみ、それは燃え盛る灼熱の炎のような『恋』だった――。

 

 

 02/残り六人の転校生

 

 

「ハァ、ハァッ、畜生、一体全体どうなってやがる……!」

 

 息切れしながら誰もいない廊下を走り、階段を登り切って屋上に出る。

 人が居ない事を瞬時に確認する。当然ながら居る筈は無い。今の時間帯は一時限目の授業中であり、体調不良と偽って抜け出して来た自分以外、居る筈が無い。

 即座にアドレスを漁り、昨日登録したばかりの番号をコールする。二回鳴り、三回目でその相手は出て来た。

 

『――秋瀬直也か』

「……転校生四名が行方不明になっている。それについて詳しく聞きたい」

 

 そう、今日、学校に来てみれば、四人の転校生が行方不明であり、見かけたら連絡するようにという有り難い朝礼が伝えられた。

 これが転校生でなければ「思春期特有の突発的な家出か?」で済ました処だが、自分と同じ精神年齢が著しく狂っている転生者となれば話は変わるものだ。

 そんな此方の焦りとは裏腹に、電話の主の調子はいつも通り、平常運転といった無感情っぷりだった。

 

『ん? ああ、そうか。君は余所者だったな。その辺の感覚は俺達と異なるのか――この街では『行方不明=死亡扱い』なんだよ。死体は探しても絶対見つからないという意味の』

 

 此方が否定したかった事実を何気無く全否定しやがった。

 全身から力が抜け、尻餅付いてしまう。昨日の説明された段階でこの街は異常だと思っていたが、余りにも現実味が欠けていた。

 だが、昨日の今日で四人も行方不明、いや、死亡した事実を突き付けられ、背筋が凍り付く思いだ。正直、甘く見ていたと言わざるを得ない。

 

『何処の誰に殺されたか、それを完全に把握しているのは、当事者を除けば『魔術師』だけだろう。他の転校生にも対象問わず幾多の勢力から説明及び勧誘が行われた筈だから、その四人は此方の忠告を聞かずに夜を徘徊したのか、他の勢力の利害に衝突して消されたのだろう』

 

 現実逃避する間も無く、冬川雪緒は淡々と聞きたくもない事を述べる。

 

『――率直に言うならば、君達転校生の立場は非常に危うい。君達を通して原作介入への糸口にしようとする勢力もいるだろうし、それ故に邪魔者として一斉排除を企む勢力もいるだろう。組織の庇護下にない者を始末するなど容易い話だからな』

 

 昨日、彼が言っていた『時間は待ってくれない』とはまさにこの事だったか、と項垂れながら理解する。

 

『君達がどれほど優れた素養を持っていようが、それが完全に華開くのはあと数年の歳月が必要だ。今のお前達は小学三年生の無力な餓鬼に過ぎない。その世代に生まれたのはむしろ不運だったな』

 

 幾ら特異な能力があっても、本体が子供程度の身体能力しか持たないなら、他の成熟した転生者にとって格好の鴨でしかないだろう。

 どうにも二次小説では高町なのはと同年代の転生者ばかりの物語が多かったが、老化で耄碌しなければ先に生まれた方が有利なのは言うまでもない事である。

 道理で、その世代の転生者が完全に駆逐されている訳だ。

 

『さて、無駄話はこれぐらいにしておいて、建設的な話をしようか。このままでは遠からずに何者かの魔の手に掛かって享年九歳という事になる。だが、君が我々の組に入るのならば、我々は全力を持って君の生存を手助けしよう』

「……選択肢なんて、初めから無いじゃないか」

『選択する機会は与えた。理不尽な二択ではあるが、この街では有り触れた事だ。早めに慣れろ、じゃないと死ぬぞ』

 

 ったく、転校二日目にして早くも人生の分岐路に立つとは。

 だが、冬川雪緒との出遭いはむしろ幸運だったと言うべきか。コイツの正誤は正確に見極めてないが、最早一刻の猶予も無いだろう。

 

「……解った、お前達の組に入る。元より選択肢は無いみたいだしな。――で、オレは何をすれば良い?」

 

 

 

 

『――君の初仕事は簡単だが、同時に至難でもある。これを達成させて初めて俺達は君を信頼出来る仲間として迎えられる』

 

 まさかライターの火を一日中付けて守ってこいとか言うんじゃないだろうな、と脳裏に過る。

 いや、あれは刺せばスタンド能力が開花する『矢』によって『スタンド使い』を量産しようとする試みだ。元々『スタンド使い』であるオレの試金石には成り得ないし、そもそもこの世界に『矢』なんて無いだろう。

 

『指定されたコインロッカーから『ケース』を取り出し、丘の上の幽霊屋敷――『魔術師』に手渡して報酬を受け取る。それが君の記念すべき『初仕事(ファーストミッション)』だ』

「……は!? 待て待て、お前が散々要注意人物だと言っていた『魔術師』にか!?」

『確かにあの『魔術師』は恐るべき存在だが、ビジネスパートナーとしては破格の存在だ。――最も恐るべき勢力に我々の庇護下に入った事を知らせる。これ以上に君の生存率を上げる方策は他に無いのだが?』

 

 そう言われては反論のしようが無い。そして『ケース』の中身が激しく気になるが、迂闊な事を聞かない方が良いなぁと口を閉ざす。

 必要な事なら喋るだろうし、知る必要が無いなら喋らないだろう。この際、中身は自分にとって余り重要じゃないって事だ。

 

『幾つか注意事項がある。あの『魔術師』の前で絶対に隙を見せるな。弱味を握られたら最期だと思え。奴の屋敷の中で間違っても敵対行動を取るな。スタンドを出した日には瞬時に屋敷の魔術的な仕掛けで抹殺されるぞ。――奴の眼の事について、それに関する類の事を絶対に口を出すな』

「眼に関する事? 確か盲目だったけ?」

 

 『三回目』の転生者なのに先天的な障害があるなら、配慮しておいた方が良いだろう。

 だが、此方のその揺らいだ空気と、冬川雪緒との空気の温度差は致命的なまでに食い違っていた。

 

『――良いか? 勘違いしているようだからもう一度忠告するが、これは太陽が『東』から昇って『西』に沈むのと同じぐらいの決まり事だ。今一度確認するぞ、解っているのか?』

 

 感情を表に出さない彼が声を荒たげて深刻さを醸し出して念を押す様に、この物事の重大さを否応無しに察知する事となる。

 

「……ちょっと待ってくれ。それはジョジョでいう「この世」と「あの世」の境界にある『決して後ろを振り向いてはいけない』のと同じぐらい重要な事か? 型月でいうなら蒼崎橙子さんを『あの名』で呼ぶぐらいヤバい事なのか――?」

 

 敢えて『あの名』は言うまい。唱えただけで死亡確定になるような呼び名など、不吉過ぎて唱えたくもない。

 それと同レベルのヤバさとは、一体『魔術師』はどれほど恐ろしい化物なのだ? 背筋に氷柱を突き刺されたかのような感触を味わった。

 

『その認識で良い。わざわざ核弾頭並の地雷を踏み抜きたいような特殊な性癖は無いだろうな?』

「ねぇよォ――ッ! お前はオレを自殺志願者だと勘違いしてねぇか!?」

 

 思わず怒鳴り込んでしまったが、少しだけ反省する。

 尤も、冬川雪緒の方は大して気にしてなかったようだ。

 

『それと、ロッカーの中には『テープレコーダー』と『盗聴器』が入っている。『盗聴器』は自身の衣服の目立たない場所に仕込み、『テープレコーダー』は『魔術師』の屋敷に入ったと同時に録音ボタンを押せ』

「……やれやれ、全然信頼されてないって事か?」

『そういう意味でもあるし、別の意味もある。前者は『魔術師』と結託して我々を陥れられては非常に困る。後者はお前自身が『魔術師』に『暗示』を掛けられていないか、後で確かめる為だ』

 

 ……物騒な事を平然と付け加えやがったぞ、コイツ!?

 確かにあの世界の魔術師の暗示は耐性の無い者にとって脅威以外何物でもなく、普通に死活問題になりかねない。

 例え『スタンド使い』であってもその類の耐性があるとは限らない、か。

 

『まぁそういう訳だ。健闘を祈る』

 

 こうして、前口上からして物騒極まる『初めてのお使い(ファーストミッション)』が始まったのだった。

 

 

 

 

「重くはない……? 予想に反して何ら変哲も無い『ケース』だが、何が入っているんだ、これ?」

 

 保健室に行って早々に体調不良の為に早退すると伝え、早足で指定されたコインロッカーから『ケース』を回収する。

 『ケース』そのものはこれといって特徴は無く、子供の自分でも軽々運べる程度のものだった。

 

(まぁともあれ、邪魔が入らない内に『魔術師』の屋敷を目指すか)

 

 最速で事を運んだのは、予期せぬ邪魔が入らないように授業中の時間帯を狙ったからに他ならない。

 幾ら同年代に転生者が十人、いや、もう六人か。それしかいなくても、他の年代にはまだまだ居る。

 その誰も彼もが学生とは思えないが、少なくとも遭遇率は下がっているだろう。

 

「……ん、あれ?」

 

 そしてこの時間帯は予想通り人通りは少ない。少なかったのだが――今は誰一人居ない。日常に零れる生活音さえ皆無である。

 まるで異世界に迷い込んだ違和感に苛まれる。嫌な予感がした。

 

(……へぇ。これが『人払い』の結界って奴? 魔術か魔法かは知らんけど便利なものだ)

 

 案の定、何者かが仕掛けてきたかという感じである。

 話の流れから『ただ物を届けてそれで終わり』にはならないだろうなぁと薄々思っていた処である。

 周囲を警戒して奇襲に備える最中、その『人払い』をやったと思われる張本人は堂々と前から現れた。

 

(ヘンテコなゴテゴテ服に無骨な機械の杖……『バリアジャケット』なのか? となるとリリカルなのは式の魔導師か)

 

 目の前に現れたのは黒と白を基調としたハイセンスな『バリアジャケット』を装備する十四歳ぐらいの金髪の細い男であり、どういう訳か、ヤク中かと疑いたくなるほど眼が血走っていた。

 

「……手荒な真似はしたくない。その『ケース』を渡して貰おうか……!」

 

 杖を此方に突き付け、『ケース』を要求する。

 疑う余地の無い、非常に解り易い『敵』である。騙し討ちや奇襲をして来なかったのは褒めて良いのだろうか?

 

「……? ン? ああ、オレに言っているのか?」

「貴様以外、誰が居る!」

 

 軽いジョークも怒号で返される。随分と余裕の無い襲撃者だ、いや、何故だか知らないが、目が異様に血走っている。既に精神が極限まで追い詰められているのか?

 

(うーん、囮かと思ったが、他にはいないな。マジで何しに来たんだ? コイツ)

 

 現状解っている事は自分の持つ『ケース』を強奪しに来たという事。つまりは此方の動きはある程度筒抜けであり、自分の事を『スタンド使い』だと知っている前提となる。

 にも関わらず、真正面から挑んだのは何故か? 此方の『スタンド』の全貌は未だ誰にも知られてないし、正攻法で勝てるという勝算があっての行動なのだろうか?

 

 ――もしかしたら、物凄く舐められているのだろうか?

 幾らこの身は小学生でも、前世から幾多の修羅場を乗り越えた『スタンド』は全盛期のままだ。正確に言うならば、成長している段階のままなのだ。

 

「オッケィオッケィ、落ち着こうぜ。まずは深呼吸して息を整えたらどうだ?」

「……テメェ、ふざけてんのか? 人払いの結界は張った。これからいつでも料理出来るんぞっ!?」

 

 

「ああ、それはどうでも良いんだが――お前『一人』か? 別の協力者がいたりとかはしたりする?」

 

 

「何を訳の解らん事を! 早く『ケース』を渡せッ! 非殺傷設定で死なないと思っているなら大間違いだ! 殺して奪っても良いんだぞ……!」

 

 良かった。人払いの結界を張った奴が別にいたらどうしようと思っていた処だ。十中八九、コイツは単独犯だろう。

 ――ならば、後腐れ無くブチのめすまでだ。

 

「だってなァ~……お前、見えてないっしょ? オレの『蒼の亡霊(ファントム・ブルー)』が」

 

 奴との間合いは既に十メートル、此方の『スタンド』の射程距離にぎりぎり入っていた。

 

「――っ!? ……っ、ィ!?」

 

 奴の無防備な顎をアッパーで打ち抜き、続いて足を全力で蹴り抜く。

 金髪の細男はくの字に折れて訳も解らず地面に尻餅付く。

 

「――っ!? な、何……!?」

「へぇ、足を叩き折るつもりで蹴ったんだが、存外に『バリアジャケット』というのは硬いもんだなぁ」

 

 まぁ近接型の脳筋と違って遠距離型はパワーが低いから、仕方無いと言えば仕方無いか。

 金髪の男は慌てて此方に杖を向けようとするが、その金属の棒切れを『スタンド』の手刀で即座に叩き斬る。

 此方の方の強度は全然無いようだ。だが、そんな光景を想像していなかったのか、自身の杖の鮮やかな切り口を男は唖然と眺めた。

 

「でもまぁ関係無いよな。その無防備に露出している顔を愉快爽快に整形すれば良いんだから――」

「ま、待て。まいっ――!?」

 

 顔に一発右拳を叩き込み、続けて左拳も叩き込む。

 勿論、それだけじゃ終わらない。同じ動作を再起不能になるまで繰り返す――所謂『オラオラ』『無駄無駄』のラッシュである。

 

 ――これと言って、原作のような掛け声が思い浮かばなかったのは残念な話である。

 

 いや、いきなり『オラオラ』や『無駄無駄』や『WRYYYY』やら『アリアリ』やら『ボラボラ』と言っても格好が付かないでしょ? 他人のパクリだし。

 

「――これが我がスタンド『ファントム・ブルー』だ。と、格好付けたが、お前には姿形も最初から見えないようだけどな」

 

 凄絶にボコってぶっ飛ばした後、改めて我がスタンドをまじまじと眺める。

 蒼を主体とした比較的細い肉体の人間型のスタンド、左眼模様が上下に何個も並んだ独眼の仮面に蒼のローブを纏っている。

 亡霊の名に相応しい出で立ちだが、開いている右眼は不気味なほど紅く輝いている。両手の甲には扇風機のようなプロペラが内蔵されている。

 

「それにしても、これは良い収穫だ。なのは式の魔導師に『スタンド』は見えない……『スタンド』は生命力の像、発展しすぎた『魔法』みたいな『科学』とは逆方向のベクトルなのか?」

 

 なのは達ぐらい馬鹿げた魔力の持ち主でも、幾らでも奇襲出来るという事だ。

 二回目の転生者は必然的になのは式の魔導師だと考えて良いなら、簡単に駆逐されても仕方ないなぁと思わざるを得ない。正攻法では強いが、搦め手が全く無い印象だし。

 とりあえず、この再起『可能』の魔導師をこのまま放置しておくのは危険過ぎる。携帯で冬川の指示を仰ごう。

 

「『ケース』を奪いに来たミッドチルダ式の魔導師と戦闘になって気絶させたが、この『ケース』って結構重要なものなのか?」

『いや、大して重要なものでもない。能力が不明の『スタンド使い』を敵に回すリスクに比べれば微々たるものだ』

 

 そのリスクをろくに考えなかった奴に襲われた矢先に、簡単に言ってくれるものだとため息付く。

 こんな奴でも奇襲されたり、相手が戦い慣れていれば苦戦は必至だろうに。というか、何で飛んで攻撃して来なかったんだろう? もしかして飛べなかったのか?

 

『其処に気絶している魔導師は我々が回収しよう。色々尋ねないといけないしな。道中、何があるか解らんが、初めてのお使いを見事果たしてくれ』

 

 

 

 

 ――丘の上の幽霊屋敷。その格式ある洋館の第一印象は『DIOの館』だった。

 

(実際に元吸血鬼の館だったんだから、的を射ていると思うが――まさか『ペットショップ』のような番鳥はいないだろうな? 『不死の使い魔』を飼っているそうだが……)

 

 庭の手入れはある程度されており、色々とカラフルな花が植えられているが、ラスボスが住まう館に相応しい風格というか威圧感をこの屋敷は漂わせている。

 何というか、先ほどの茶番が遥か彼方に忘れ去られるほど、濃密な死の気配を感じるのだ。

 

(本当にこの屋敷に足を踏み入れて生還出来るのか……?)

 

 生きて無事に帰れるビジョンがまるで見えない。なるほど、誰も彼も此処に来る事を躊躇する筈だ。

 重い足取りで恐る恐る近寄り、永遠に辿り着けない事を願ったが、不運な事に玄関前に辿り着いてしまう。

 厳つい扉の前には呼び鈴らしき文明の利器は無く、明らかに来る者を全力で拒んでいた。来訪者を拒んでおいて、去るのは許さないのが何ともあの世界の魔術師らしい処だろう。

 

(……落ち着け。今回は取引相手として来たんだ。この『ケース』を渡して報酬を受け取るだけの簡単な仕事だ。何も恐れる事は無い)

 

 一・二回深呼吸し、意を決して扉を開く。気分はレベル1で魔王の城に殴り込みに逝く感じであり、遊び人ソロとか正気の沙汰じゃねぇ。

 

「す、すみませーん! 誰か居ませんかぁー?」

 

 思わず声が上擦る。

 館の中は予想以上に明るく、玄関後の広間には如何にも高そうな壺やら絵画が飾っており、どう見ても罠にしか見えず、警戒心を更に強める。

 

(近寄ったらクレイモア地雷が発動して鉄球数百発が飛んでくるに違いない……って、それは『魔術師殺し』の衛宮切嗣限定か?)

 

 程無くしてぱたぱたと軽い足音を立てながら――何と、猫耳メイドの、自分と背が同じぐらいの、九~十歳程度の少女が現れたのだった。

 どうやらこの屋敷に日本国の労働基準法は適用されてないらしい。思わず彼女を雇う『ロリコン』魔術師に殺意が芽生えたのだった。

 

「はいはーい、何方様でしょうか? 昼前に関わらず屋敷に侵入した自殺志願者は『教会』に逝って懺悔して下さいなー」

 

 言っている事はかなり酷いが、赤色寄りの紫髪でツインテール、鮮血の如く色鮮やかな真紅の瞳の、漫画の世界から出て来たような可愛らしい美少女だった。

 黒色の猫の耳みたいな頭飾りを付け、黒色のメイド服を着こなしている。フリフリのミニスカートは太股半分隠す程度の短さで、これまたフリフリのニーソックスの絶対領域が何ともけしからん。

 

「子供……?」

「うわぁーい、子供に子供扱いされましたー。超ショックです。新手の『スタンド使い』の精神攻撃は斯くも強大です!」

 

 えーんえーんと少女は泣く素振りを演じながらからかってくる。というか、『スタンド使い』だと解っている? 明らかに見逃してはいけない文面があったぞ……!

 

「あ、いや、えと、此方の要件はご存知で……?」

 

 見目麗しい外見に騙される処だった。此処が人外魔境の『魔術工房』である事を片時も忘れてはいけないのに。

 オレは恐る恐る猫耳メイドの少女に尋ねる。

 

「はいはい、承っておりますよ。それではご主人様の下にご案内しますが、私が歩いた箇所以外は危険ですので、絶対に踏み込まないで下さいね。接触式で発動する罠とかもありますので不用意に屋敷の物を触るのも超危険です」

「……え? もしかして、正式な来訪者とかが来ても、屋敷の魔術的な仕掛けを一旦解除とかはしてないの?」

「勿論、年中無休で発動中ですよ? ですから、私の案内中に死亡するのだけはよして下さいね。それだと私がご主人様に責められてしまいますっ!」

 

 ああ、オレの生死は最初から度外視なのね。やっぱり人でなしの『魔術師』の飼う猫耳メイド娘は人でなしの性格だったようだ。実に残念である。

 

(……あの猫耳、本当に頭飾りか? 何か揺れているし、動いているし、オマケに尻尾まである……? パタパタ揺れているという事は結構ご機嫌なのかな? やはり犬より猫だなぁ……!)

 

 そしてオレは彼女の後ろ姿をまじまじと和みながら眺め、彼女の歩む道を寸分も狂わずに辿って屋敷の奥に進んでいく。

 

(……とは言え、屋敷そのものは異常だな。空気が完全に淀んでやがる。まるで千年間煮詰めたような地獄の釜みたいだ)

 

 何というか、屋敷の中は豪華絢爛で、予想以上に陽の光が差し込んでいるのに関わらず、何処か息苦しい。

 何事もない廊下なのに魔的な雰囲気を漂わせているぐらいだ、どんな凶悪な即死トラップが仕込まれているのか想像すら出来ない。

 地雷原だらけの敵地を恐る恐る行軍する兵士の如く、警戒心を最大にして歩いていく。

 

「それにしてもスタンド使いは酷い人ばっかですねぇ」

「……と、言うと?」

「新人に最もやりたくない危険な仕事を押し付けるなんて最低です。でもまぁ次の新人が来るまでの辛抱です。どうか挫けずに頑張って下さいな」

 

 咄嗟に振り向いて見せる、その穢れ無き純真無垢な笑顔に癒されるが、何気無い世間話でも言っている事は相変わらず酷い。

 危うくその笑顔に流される処だった。恐るべし、猫耳メイド……! 破壊力ありすぎじゃね? というか『魔術師』爆ぜろ。

 

「何で『ケース』を届けるだけでそんなに危険なんだよ!?」

「だってうちのご主人様、超ドSですし、愉悦研究会入り間違い無しの性格破綻者ですし、無事で済む方がおかしいと思いません?」

「可愛く小首傾げておいて、こっちに聞くなよそんな事ッ!?」

 

 あれこれそんな馬鹿話をする間に緊張感が皆無になってしまったが――そういえば、『魔術師』が飼う『不死の使い魔』ってまさか彼女の事なのか……?

 

(ははは、そんな馬鹿な。どうせ他に化物じみた奴が居るんだろう。そうに違いない)

 

 人、それをフラグというが、知らんと言ったら知らん。

 

 

 

 

「――初めまして。私の名前は神咲悠陽だ。短い付き合いか長い付き合いになるかは君次第だが、以後宜しく」

 

 そして幽霊屋敷の居間にて、噂の『魔術師』と対峙する事となる。

 

 ――薄影の中でも尚煌めく長髪は、豪炎の如くというよりも鮮血の如く麗しき真紅。

 両眼は頑なに瞑られており、その作り物めいた容姿端麗な顔立ちは恐ろしいほど無表情のまま微動だにしない。

 

(年齢は十八歳ぐらいか……にしても、威圧感パネェ……)

 

 洋館の主でありながら、その身に纏うのは不似合いなまでの和風の着物であり、喪服を思わせるような漆黒に赤い浅葱模様が強烈に浮かんでいる。

 ただ靴は洋風のブーツであり、その無国籍の和洋折衷振りは『両儀式』を連想させる。

 確かに彼の整った顔立ちもまた中性的だが、彼の纏う気質と風格は絶対零度の冷徹さと太陽の如き苛烈さを束ね合わせ、他を認めぬ唯我性を悠然と見せつけ――率直に言うなれば、極めて排他的だった。

 

「……秋瀬直也です。宜しくお願いします」

 

 一応、失礼の無いように細心の注意を払いながら挨拶する。

 とりあえず、世間話をするような仲でもあるまい。早速本題に入る事とする。

 まるで生きた心地がしない。地に足がついてない、というよりも、首に巻き付いたロープ一本で吊らされているような感覚、一秒足りても長く此処に居たくないのが本音だ。

 

「これがオレが預かった『ケース』です。お受け取り下さい」

「へぇ、随分と頑張ったようだね」

 

 運んできた『ケース』をテーブルに置き、少しだけ前に押す。

 盲目の筈の『魔術師』は淀みない動作で『ケース』を自分の下に引き寄せ、目の不自由さを全く感じさせずに平然と『ケース』を開いた。

 

(本当に盲目なのか? 別の手段で外界を認識する術でもあるんかねぇ? まぁあの世界の魔術師だし、それぐらい当然か?)

 

 何て考えながら、気になっていた『ケース』の中身を確認する。

 其処には十個の、小さな黒い球体状の何かが納められていた。球体の中心には針のような突起物が上下の両端に伸びており、よくよく見れば一つ一つ微妙に模様が違っていた。

 一瞬、これが何なのか解らなかったが、瞬時に思い至った。

 

「……なっ、『魔女の卵(グリーフシード)』だとォ!? し、しかも十個も……!?」

「何だ、彼等から説明されてないのか? 新人教育がなっていないなぁ」

 

 やれやれ、と言った感じの素振りを見せ、『魔術師』は『ケース』を閉めて猫耳メイドに運ばせる。

 一体全体、何がどうなっているのか、混乱して思考が定まらない。此方の混乱を察してか、『魔術師』は口元を嬉々と歪めた。

 

「最近の海鳴市では『魔女』が多数目撃されている。放置するには危険過ぎる災害だが、生憎と此方は忙しくて手が回らない。それ故に私の処では『魔女の卵』一つ二百万円で取引している」

 

 となると、あの道中襲ってきた魔導師は金目当てだったという事か?

 そう考えると、納得出来る話である。あの追い詰められっぷり、金銭に大層困っていたに違いない。

 

「尤も、これは『魔女』討伐の報酬であって――『魔女』を養殖した愚者の結末は聞きたいかね?」

「全力で遠慮させて貰います、はい!」

 

 全力で怖がる此方の反応を見て(?)か、『魔術師』は「そうか、残念だ」とくつくつ笑う。性格の悪さが処々で滲み出ているなぁ。早く帰りたい。

 

(にしても、魔女討伐させるだけが目的じゃないだろうなぁ。どうせえげつない事に再利用するに違いない)

 

 本当にコイツに渡して良いのだろうかと思うが、もう今回のは持っていかれたからどうしようも無いか。

 程無くして帰ってきた猫耳メイドの少女はある物を両手に抱えて運んで来て、自分の目の前に丁寧に置いた。

 それは聳え立つ長方形の塊が二つ、一瞬、それが何か判別出来ずに頭を傾げたが――表面に諭吉さんが輝いており、想像出来ないほど束ねられた万札のブロックだった。

 一生を費やしても入手出来るか、否かの大金が今、自分の目の前にあった。

 

「――『二千万』だ。一応確認しておいてくれ、数え間違えから無用なトラブルに発展するなど、双方にとって不利益だろう?」

 

 ……うわぁ、やべぇ。こんな大金をぽんぽんと出せるほど財力も持っているのか。

 最初から底知れぬ『魔術師』にびくびくしながら札束の勘定を始める。金を数える指先の震えが止まらない。一応百万単位でも小分けにされているので数えやすい配慮はされているようだ。

 数えながら、オレは私用を果たす事にした。此処に来た理由の半分はそれである。

 

「……一つ、聞いていいか? 行方不明になった四人の転校生の事だ。アンタなら知っているのだろう?」

「勿論、知っているとも。その内の一人に関しての情報料は無料だ。聞くかね?」

 

 世界を裏から支配する大魔王の如く『魔術師』は愉快気に嘲笑う。

 それを聞いては後戻り出来ない、そのある種の予感はひしひしとしていた。けれども、躊躇せずに首を縦に頷く。

 真相を知らずに暮らすなんて、そんな事は我慢ならない。例えそれが地獄への招待状だろうが構うものか。

 

「うちをテーマーパークか何かと勘違いしたのか、昨晩未明に訪れた。来訪理由を丁寧に尋ねたのだが、同学年のクラスメイトに『街に蔓延る悪の魔術師を倒して』と唆されたそうだ」

 

 ソイツの生死は最早聞くまでもないな。ご愁傷様として言い様が無い。楽に死ねた事を祈るばかりだ。

 しかし、同学年のクラスメイトだと……? おかしい。『転生者』は転校生十人だけの筈。転校した直後に関わらず『魔術師』の存在を知っている者がいるのだろうか?

 いや、そもそも前提からおかしいのでは無いだろうか?

 此方の疑問は余所に、『魔術師』は構わず話を続けた。

 

「――『豊海柚葉』。事前調査では『転生者』では無かった筈だが、今現在では『眼』と『耳』を送っても即座に潰される始末だ。実にきな臭い、年不相応の少女だと思わないか?」

 

 その『魔術師』の口振りから、豊海柚葉なる人物が『転生者』なのではと疑っているのは間違い無いだろう。

 というよりも、全てを把握している『魔術師』が発見出来てなかったイレギュラーだと? きな臭い処の話じゃない。見えている核地雷じゃないだろうか?

 

 ……あ、やられた。これは聞いてはならない話だった、と今更ながら猛烈に後悔する。

 

 背筋に冷や汗が止め処無く流れ落ちる。そして『魔術師』の顔を改めて恐る恐る窺う。

 

 ――『魔術師』は愉しげに笑っていた。袋小路に迷い込んだ哀れな獲物に最後の一撃を加えようとする狩人のように。

 目が見えない癖に、まるで此方の心理状況を全て見透かされているかのような錯覚すら感じる。嫌な感覚だった。精神的な圧迫に気負されてか、掌から滲み出る汗が気持ち悪い。

 

「彼女に関する情報を高く買おう。どんな些細な事でも良い。彼女について調べて欲しい。――君には期待しているよ、秋瀬直也」

 

 

 

 

「無料ほど高く付く買い物は無い。今後の教訓にする事だな」

 

 昨日の店で待ち合わせ、冬川雪緒に全部包み隠さず報告する。飛び切り厄介事を押し付けられた事も含めてだ。

 二千万の札束を渡し、手早く数え終わった後、冬川雪緒は札束を一つ抜き取ってオレの前にぽんと置いた。

 

「この百万は君の取り分だ。受け取れ」

「子供のお使い如きでそんなに貰って良いのか?」

「誰もやりたがらないからな。好き好んで『魔術師』と相対したい奴はいない。……正確に説明すると、50%が組織の取り分で上納、『魔女の卵』を入手した者に45%、配達人に5%だ」

 

 ……まぁあの『魔術師』に二度と遭いたくない気持ちは同意する。

 けれど、自分はあの『魔術師』と何度も遭う事になるんだろうなぁ、と今から憂鬱な気分になる。

 それもその回数を自分で増やしたのだ。自業自得とは言え、中々に笑えない。

 

「……さて『魔術師』の新たな依頼だが、相変わらず厄介極まるぞ」

 

 オレンジジュースを飲みながら、冬川雪緒は真剣に語る。

 にしても、アルコールの類は飲めないのだろうか? オレンジジュースじゃ今一格好が付かないと思いながら砂糖ありありのコーヒーを飲む。

 

「あの『魔術師』はどうやって街の状況を把握していると思う?」

「……『眼』と『耳』になる使い魔を大量にばら撒いているのか?」

 

 原作の魔術師でも動物型の簡易使い魔とかで偵察とかやっていたよなぁ、と思いながら冬川雪緒が頼んだ枝豆を摘む。結構美味しい。

 

「恐らくな。そしてそれは手段の一つに過ぎない。我々の想像すら付かない方法で、この何気ない会話も奴には全て筒抜けという可能性がある」

 

 情報を制する者が世界を制する。誰よりも苦心しているのはあの『魔術師』なのだろう。厄介な奴に眼を付けられたものである。

 

「『豊海柚葉』はその情報網を掻い潜る能力の持ち主であり、擬態能力に長けた人物だろう。今の今まで『転生者』だと発覚しなかった高町なのは世代、最大級のイレギュラーの内情を探るんだ。覚悟しろ」

「言われなくても、今回のがどれだけヤバいヤマなのか実感しているさ」

 

 自分から首を突っ込んだから、もう覚悟完了済みだ。それに自分の身近に潜む巨悪を無視するなんて、自分にはどう頑張っても出来ないだろう。

 前々世からの性分とは言え、我ながら度し難いものである。

 

 ……『魔術師』? あれは巨悪どころの話じゃない。隠れボスとか負け確定イベント用ボスとかそういう類の無理ゲーである。

 

 それにあれはこの街にとって『必要悪』だろう。何となくだが、そんな気がする。

 意図しているかしてないかは別だが、『魔術師』の利益は基本的に海鳴市にとっても利益となる。と、不確かな目測を付けておく。

 

「生憎と我等の組織に小学生は君一人だ。校内でのバックアップは期待するなよ。――ターゲットと二人になる状況を間違っても作るなよ。戦闘に自信があるのなら、別だがな」

「……おいおい、小学生を直接嬲って情報聞き出せって言うのかよ」

「逆にその立場になる可能性があると言っている。正真正銘の規格外だ、ミス一つで死にかねないぞ」

「……解っているよ。同じ小学生なんていう甘い認識で言ったら即座に死にそうな事ぐらい、さ」

 

 表情には欠片も出さないが、本気で心配してくれている冬川雪緒の親切さが身に染みる。これが仁義って奴なのかねぇ? ならオレも近い将来、親分とか言って慕った方が良いのだろうか?

 

「あぁ、そうそう。君の前任者から『絶対に死ぬなよ。死んだらオレがまたあの『魔術師』の処にいかなきゃいけないじゃないか!』と、有り難い応援メッセージが届いている」

「何処も有り難くねぇ!?」

 

 内心で褒めた傍からこれである。空気が読めるのだか、読めないのだか。

 

「にしても今回は『魔術師』にまんまとやられた感が強いなぁ。何かアイツの弱味とか握ってないの?」

「……聞きたいか?」

 

 物凄く微妙な表情しながら尋ねやがった。多分参考にならないだろうが、一応頷いて聞いてみる事にする。

 

「――『魔術師』は生後間もなく捨てられた孤児だ。生まれた直後に医師を一人焼き払ってな、両親からは忌み子扱いで『教会』に投げ捨てられたそうだ」

「医師を? 何でまたそんな事を……?」

「恐らくは正当防衛だろう。その産婦人科の医師の来歴を調べたが、妙なほど生後間もない赤子が不審死している。これは推測の域が出ないが、その医師は転生者で、転生者らしき赤ん坊を片っ端から間引いていたんだろうな」

 

 ……うわ、其処までするのかよ、と思えるような悪魔の所業だ。

 実際にその時『魔術師』が焼き殺してなければ今尚間引きが続けられたという訳か。ぞっとしない話である。

 そしてこの話で重要なのは『魔術師』が『教会』の孤児だったという事か。表立って対立していないのはそれが最大の理由なのだろうか?

 

「……? それが何で弱味なんだ?」

「まぁ焦るな、話はこれからだ。その数年後『魔術師』を捨てた夫婦の間に女児が産まれてな、この少女は大切に育てているそうだ。――その家庭に直接訪ねる事は無いが、その家だけ『魔術師』の監視は目に見えるほど異様に厳重なんだよ」

 

 意外な事実である。捨てたのだから恨みこそしても、逆に厳重に保護しようとする気になるとは、あの『魔術師』らしくない。

 意外な一面、という奴なのか?

 

「へぇ? 捨てられたのに関わらず、意外と家族思いなのか? それとも自身に関わる事で巻き込まれないようにする最低限の配慮か?」

「オレはそうとは思えないな。その監視は『外敵』を警戒したというよりも、むしろ『中』を警戒しているように思えたしな」

 

 ……ん? 『中』だと? それは両親というよりも、その後に生まれた『妹』を警戒しているという事なのか?

 

「……おいおい、一気にきな臭くなったな。その女児ってのは転生者なのか?」

「さぁな。今の処、そういう素振りは皆無だがな。高町なのは世代にも誰からの眼も欺いていた化物が居たんだ。そういうのがもう一人居ても然程不思議ではあるまい」

 

 一人いるなら他にもいるという考えには納得だが、そんな化け物じみた奴が何人もいるとは精神衛生上考えたくもない。

 

「つーか、それ弱味か? どう見ても見える地雷にしか思えないんだが」

「踏み抜いてみるまでは存外解らぬものさ、実物なんてものは。まぁ自分で試してみる気が起こったらいつでも言ってくれ。骨を拾う準備ぐらいはしてやる」

「だーかーらー! いつからオレはそんな自殺志願者になったんだよォ――!?」

 

 結局、その話はまるで為にならなかったのだが、不思議と脳裏の片隅にこびり付くように残ったのだった。

 その後の会話で、本当に脳裏の片隅に放り投げられる事となるが――。

 

 

「――本当に弱味を握りたいのならば、その者の前世の『死因』を突き止めれば良い。此処まで言えば『三回目』のお前には解るだろう?」

 

 

 今までのが全て冗談だったと思えるぐらい暗く沈んだ口調で、冬川雪緒は此方の眼を射抜いた。

 弛緩していた空気が明らかに張り詰めた。心当たりがある、などという話ではない。心臓が引き裂かれそうになるほど重要な事項だった。

 

「……その様子ではお前も覆せなかったようだな。我々転生者の死因は『一回目』でほぼ決定する。一度辿った結末だ、生半可な行動では変えれない。第三者の、より強い方向性に歪められたのならば別だがな」

 

 帰り支度をしながら、冬川雪緒は淡々と述べる。無表情が板に付いているこの男にしても、この話題は触れたくないものだったらしい。

 

「――『結末』は変えれない、か」

 

 彼が帰った後も、暫く何か行動する気にもなれなかった。今まで必死に蓋を締めて、考えないようにしていた。

 『一回目』に至った結末は、形を変えて『二回目』の結末となった。細部は違えども、同じ結末だったのは確かだ。

 

 ならばこそ、これは他の転生者にとっても不可避の条理。同じ条件、同じ結末を用意してやれば、如何なる転生者も呆気無く破滅するに違いない。

 

「……迂闊な事を言ったのはオレか」

 

 つまり、これは冬川雪緒からの得難い諫言。他の転生者の弱味を探るという事は正真正銘の『宣戦布告』に他ならない。

 それを履き違えたまま、勘違いしたまま、魑魅魍魎の化物どもとぶち当たって何も解らずに破滅する処だったという訳か。笑うに笑えない状況である。

 

(――『一回目』も『二回目』も同じ破滅だった。ならば『三回目』も同じなのかな……?)

 

 非常に憂鬱だと項垂れながら、冷たかった筈のアイスコーヒーを口にする。

 温くなって微妙な温度になったコーヒーは死ぬほど不味かった――。

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。