転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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17/再戦

 17/再戦

 

 

「――どういう事か、説明して貰おうか」

 

 屋敷に戻ったオレ達――というより、高町恭也はあのサーヴァントについて『魔術師』に問い詰める。

 あれから『魔術師』は考える素振りを見せて一言も喋っていない。不安そうに『魔術師』を見ている高町なのはに対しても一瞥もしないほど自身の思考に内没していた。

 高町恭也の苛立ちが頂点に達しようとした時、『魔術師』はエルヴィが用意したコーヒーを一口飲み、漸く此方に反応した。

 ……屋敷は洋式被れ、服装は和風被れ、飲み物はお茶やらコーヒーやら紅茶やら、節操無いんだなぁ。

 

「推測になるが、あれは平行世界の『高町なのは』の成れの果てだろう。どういう訳か私への弟子入りが成功し――私が早くに殺害された後の彼女だろうね」

 

 皮肉気に自嘲しながら『魔術師』は語る。

 何か思い当たる事が多数あったのか、あの会遇で得た『魔術師』の結論はオレ達の想像を超えるものであった。

 一体何を持って自身の死を察知したのか、疑問に思う点は皆も同じだった。

 

「――その根拠は?」

「あれに私を殺す気が無い事。その一点に尽きる」

 

 ……確かに、あの『高町なのは』――ああ、解り辛くてややこしい! アーチャーは敵対し、彼の持つ『聖杯』を奪う事を宣言したが、殺す意志は余り見られなかった。

 何方かというと、独占欲とかあるのでは無いだろうか? 高町恭也と本人の前では言い難いが。

 

「私は今まで一度だけ弟子を取った事がある。私より優秀な魔術師でな、神咲の魔術刻印を受け継ぐに相応しい人物だった。けれど、駄目だった。あれは最期にしくじりやがった」

 

 忌々しそうに口汚い口調で『魔術師』は吐き捨てる。

 神咲の魔術刻印を受け継ぐに相応しい人物? それはつまり、後継者、二回目の世界における彼の血族だろうか? それとこれがどう話に結び付くのだ……?

 

「私が弟子に与える最後の課題を、あの『高町なのは』は知らない。ならば、あれの生きた平行世界での私は不慮な事態で早死したと推測するのが妥当だろう」

 

 近い将来に『魔術師』が死去する。まるで現実味の無い話である。

 この誰よりも悪どく、しぶとそうな人物が誰かに殺される? 殺しても死にそうにないのにか?

 という事は、あのアーチャーはその未来から、何らかの強烈な動機を持って聖杯戦争のサーヴァントとして召喚されるという万が一にも等しい確率に賭けて此処に居るというのか……?

 

「あれの明確な目的までは流石の私も掴めていない。お陰で迂闊に動けなくなった」

 

 ……『魔術師』は若干苛立った口調で語る。

 迂闊に動けなくなった、それはその場に置ける最善手を打てば、間違い無くアーチャーに読まれて横合いから最高のタイミングで叩き込まれるという事か。

 

 ――ただ、問題としてはアーチャー陣営にある。

 

 『魔術工房』に篭った『魔術師』陣営に対しては幾ら彼女でも勝負にならないだろう。ならば『魔術工房』から出た瞬間を狙うのか?

 その場合でも『魔術師』に『使い魔』、ランサーを相手にする事になり、アーチャーの陣営ではフェイト・テスタロッサとアルフが協力しても天秤は傾かない。

 アーチャーにはその戦力差を覆す『一手』が必要となり、『魔術師』本人もその『一手』が何なのか、掴めないでいるという訳か。

 

(……ん?)

 

 あれこれ考えていると、高町恭也は鬼気迫った表情で『魔術師』を睨み、高町なのはの盾になるように一歩前に出る。

 『魔術師』は高町恭也の危惧に思い当たりがあったようだ。

 

「……言っておくが、此処に居る高町なのはとアーチャーの『高町なのは』は別人だ。君の妹を今殺した処であの『高町なのは』に影響は無い。起源を同じくして別の道を歩んだ者に過ぎないからな」

 

 衛宮士郎と第五次のアーチャーの関係がまさにそれだ。

 既に確定している未来がいる中、過去がどうなろうと未来の存在は変わらない。とうの本人が過去の自分を殺そうとすれば、夥しい矛盾が生じてどうにかなってしまうかもしれないが。

 まさかアーチャー、彼女自身がそんな破滅的な願望を抱いているとは考え辛いが――。

 

「……その最後の課題とは、何でしょうか……?」

「聞きたいのかい? そうだね、弟子にする予定の無い君になら聞かせても――」

 

 喜んで聞かせようとした『魔術師』の様子に、高町なのはは咄嗟に両耳を塞いで「あーあー!」と断固拒否の構えに出る。

 その様子に、高町恭也は未だに弟子になるという無謀な願望を諦めてないのかと深々と溜息を吐いたのだった。

 恐らく意固地になった彼女を説得出来るのは貴方だけなので、頑張って下さいなと心からの応援を送るのだった。

 「面倒事には断固関わらぬ!」という事でもあったが――。

 

 

 

 

『――で、どうしたん? 私達を呼び出すほどの厄介事とはワクワクするねぇ』

『まだ地球に到着していないのに問題発生したのか? 先行き不安だ……』

 

 此処はアースラにおいて私以外進入禁止の通信室、いつもの黒幕会議のメンバーと交信出来て秘匿性が保たれる最新鋭の設備を、彼らが用意した空間である。

 

 今日の欠席は大将閣下です。教皇猊下も引き続きお休みです。

 

 これとか特別な権力を握らされたお陰で船内の空気は最悪なんですけどねぇ。私の場違い感が物凄いです。皆、白い目で見て会話とか成り立たないし。

 

「えーとですね、地球に居る筈のユーノ・スクライアを保護しました」

 

 今日の本題はこれである。ちなみに怪我とか一切してなかったけど、SAN値が直葬したのか、錯乱状態でヤバいので強制的に眠って貰っています。

 

『は?』

 

 そのご反応は最もである。私だって「何で此処に居るの?」って最初驚いた。

 高町なのはにレイジングハートを渡したようだが、サポート役を放棄して何で此処に来たのやら。

 

『……何でまた? 『アースラ』が地球に到着するまで結構掛かるのに?』

「えとですね、何か酷く錯乱していて要領を得ないんですけど、要約すると地球の危険性が管理局の想定をはるかに上回るから早くて来てくれぇーって処ですかね?」

 

 彼が暴れ狂う度に鎮痛剤を消費し、落ち着いた次の日に事情聴取という具合である。

 

『なのは置いてきて私達に助け求めに来たの?』

「はい、現地で協力してくれた女の子は多分死んだとか。意味不明な供述をしてます」

『いやいや、幾ら何でもあの主人公様がそう簡単には死なないっしょ』

 

 幾ら『聖杯戦争』が始まっていても、彼女なら下手なサーヴァントより丈夫そうだから何やかんや言って生き残ってそうだが、ユーノがいなくなったせいで生存率が下がったのがかなり影響しそうである。

 

『……この事態をどう思う?』

『まずいっしょ。見捨てておいて私達に助けを求めた、なんて第一印象最悪でしょ? ぶっちゃけ今のユーノ・スクライアに利用価値なんて無いね』

 

 管理局は正義の使者でなければ意味が無い。

 ユーノが一緒ならば初対面での説得は容易いが、他の者の入れ知恵、特に『魔術師』だった場合は最悪だが、そういう勢力の介入があれば此方もやり辛くなる。

 高町なのはとフェイト・テスタロッサを管理局入りする道筋は、遥か彼方に消え去ってしまったような気がします。

 

『高町なのはが生存していて、尚且つジュエルシードも保持していなければ、我々との関係は完全に潰えるな。原作に介入しようが無い』

『お、珍しくまともな事を言うじゃん』

『何で儂がいつも的外れな事を言っているように思っとんじゃ貴様は!』

 

 珍しく太っちょの中将閣下がまともな事を仰っておられる。

 本当に珍しい事もあるものだと、私は感心します。

 

「ところで、地球の情勢とかは何か入ってきてます?」

『えーとね、此方の最新情報は月村すずかがバーサーカーの主で、最初に脱落したって事ぐらいかな』

「あらら。原作でも二次創作でも目立たないすずかちゃんが、ですか?」

 

 アリサ・バニングスは何かと優遇されて目立っている印象だが、彼女の方は『夜の一族ぽ』(何故か出会って間もないのに吸血鬼である事をカミングアウト、オリ主は「そんなの気にしないよ」で速攻惚れる最速フラグ立てのテンプレ)でちょろくて出番少ないイメージですが。

 

『そうだね、小説にしたら一冊書けるような壮大なストーリーだったらしいよー。現地工作員が言うには。私はアリサ派だから興味無いけど』

『身も蓋も無いなぁこの小娘はっ!』

『ありゃ? まさかのすずか派?』

 

 何か上の人達は別の理由で派閥争いをしそうな勢いです。

 ちなみに私はなのは派です。今から出逢うのが楽しみで仕方ありません。でもスターライトブレイカーを食らってお友達になるフラグはいらないです。

 

『とりあえず、フェイトとか介入し出したらババーンと行こう。その頃には聖杯戦争も終わっているか落ち着いているっしょ』

 

 だと良いのですが、と私は大きな溜息を吐きます。

 ユーノ君が普通の状態ならば、情報源として大いに役立てたのに、残念でなりません。

 

 

 

 

「うむ、彼女の紹介通り『這い寄る混沌』の『大導師』だ。生憎と他に名乗れる名は持っておらぬのでな、適当に呼んでくれ」

 

 黒の魔人は教会の大聖堂にて冒涜的なまでの邪悪を撒き散らす。

 神聖不可侵の教会が、彼一人の存在で穢され、腐臭漂う闇の気配が充満する。

 

「さて、私の要求は一つだ。我等が神の計画の成就の為――『アル・アジフ』を頂戴しに参った」

「……お前は、まだ諦めてないのですか……!」

 

 シスターは叫ぶ。去年の十二月、互いに絶えず争う大勢力は総出で『這い寄る混沌』の殲滅の為に結託し、実行した。

 彼等は『外なる神』の脅威に晒されていないこの世界に、怖気の走る邪神どもを導こうとした。

 生贄の祭壇に生贄を添え、魂さえ汚染させる悍ましき儀式を執り行った。

 幹部と信者共々皆殺しにして全てを台無しにしてやったが――大導師である彼を取り逃がしてしまった。

 それが十二月の事件の顛末である。

 

「諦める訳が無いだろう。たかが一回二回の失敗如きで私の信仰心を打ち砕けるとも? 例え百万回阻止されようが私は成功するまで挑み続けるさ」

 

 この魔人は誇らしげに宣言する。それだけで彼が人の形をした何かである事を、クロウは悟った。

 これの主義主張など聞く余地も無い。これは紛れも無く、人類の怨敵であると――。

 

「正気か、テメェ……!」

「正気だとも。狂いたくても狂えない性質でな、此処が割りと悩み処なのだが」

 

 真顔でそんな事を言い、困った風な素振りを見せる。

 その直後、教会の椅子の影に隠れ潜んでいた信徒達が銃を構えて、総出で黒き魔人を一方的に射撃する。

 魔人は身動き一つすらしない。銃弾は彼の身体に届く前に無意識下で発動している防御陣に遮られ、床に転がっていく。

 

「クロウちゃん、その狂人の言葉など耳を傾けないでっ!」

 

 三条の光が走り、魔人の前に展開された幾千幾万の魔術文字と衝突し、火花を撒き散らして鬩ぎ合う。

 この間、狂信者に繰り出して無造作に生命を刈り取った『豊穣神の剣』は、魔人の守護を突破出来ずに光を散らす。

 

「無粋よのう『禁書目録(インデックス)』。我が宿敵達との語らいの最中だと言うのに邪魔立てするか」

「――『聖ジョージの聖域』を即時発動――!」

 

 戯言など聞かぬ、と、両の瞳に血の魔法陣を浮かべたシスターは自身の持つ十万三千冊の知識の結晶であり、最大火力である『竜王の殺息(ドラゴンブレス)』を発動させる。

 宇宙まで優に届く破滅の光を前に、さしもの魔人もその場に踏み留まれず、防御魔術を展開しながら教会の外まで押し出される。だが、それだけだった。

 

「――っ!?」

「何を驚いている。我が『魔導書』が我が手の内に戻ったのだ。これぐらいの魔術、防げて当然であろう。『背徳の獣』殿よりは弱いと自負するがな、それでもこの身は一介の魔導師以上なのは確かだ」

 

 事もあろうに、この黒き魔人は単なる基本魔術、自身の眼下に障壁を張る防御魔術で『竜王の殺息』を防ぎ切っている。

 以前の彼ならば、十分殺傷出来る規模だった。やはりこの魔人は、かつて自身が保有していた『魔導書』をサーヴァントとして呼び戻している――!

 

「とは言え、流石に『禁書目録』に好き勝手されるのは面倒だ。早々に退場して貰おう」

 

 そして黒い魔人が何もない空間から取り出したのは十字架じみた黄金の剣であり――明らかに二十数メートルはあるであろう間合いから振り抜き、生じた斬撃は『竜王の殺息』による破滅の光を両断して術式を展開中のシスターをも切り裂いて――聖堂の奥深くまで吹き飛ばした。

 

「シスター!?」

 

 シスターからの反応は無い。すぐに駆け寄りたい衝動に駆られ、即座に押し留める。

 

(シスターの服は絶対の防御力を備えた『歩く教会』だ。あれで致命打になったとは考え辛い。それよりもコイツから目を離す方が数万倍もヤバい……!)

 

 今、あれから眼を離せば間違い無く殺される。そんな予感がクロウの脳裏を支配していた。その予感は確信の域となり――クロウは教会を出て、わざわざ待ち侘びる魔人を迎撃しに行く。

 

「お待たせしたな、クロウ・タイタス。アル・アジフ。さあ我が神の供物になる前に見せてくれ。最強の魔導書よ。無限螺旋を突破した力の片鱗を、『聖書の獣』、『マスターテリオン』を超えたその力を――!」

 

 神を冒涜する十字架の剣を片手に持つ魔人は「――来い」と静かに嘲笑った。

 

「ムーアの無敵の印において、力を与えよ! バルザイの偃月刀ッ!」

 

 剣には剣を、クロウは魔術師の杖でもある異形の大剣を鍛造し、魔力を通して灼熱の刃とし、翼にありったけの魔力を注ぎ込んで――爆発的に飛翔する。

 最速で魔人の間合いに侵略し、その一刀を全身全霊を籠めて叩き込む。

 

「……ぐっ!?」

「ふむ?」

 

 ――迎え撃つは魔人の十字架の剣。

 二つの剣が衝突する度に、斬撃の衝撃波がクロウの肉体を無情に引き裂く。

 ただ打ち合うだけで、斬撃の余波がクロウを切り刻む。――まるで勝負にすらなってなかった。

 

「クロウ!?」

「そんなものか? 斬撃の余波すら相殺出来ないとは。幾らマスターが酷くても、この程度に過ぎないのか? アル・アジフ」

 

 魔人は困惑しながら、失望の表情を浮かべる。

 こんなものでは無かった筈だと、目の前の相手を顧みずに訝しむ。

 その油断しきった隙に、クロウはバルザイの偃月刀で斬り込むが、受け止められただけで此方の肉が逆に切り裂かれる。

 

「……っ!?」

 

 剣戟では此方が切り刻まれるだけだとクロウは瞬時に悟り、距離を離してバルザイの偃月刀を投擲する。

 回転する刃は飛翔し、獰猛に疾駆する。魔人は溜息吐いて十字架の剣を片手上段に構え、一息をもって真っ二つに斬り捨てた。

 自分のすぐ脇を衝撃波が通り、教会に凄まじい切り口が生じた。

 

「まさか記述が欠け落ちているのか? 不完全な状態で召喚されたのか?」

「――いえ、あれは『マスター』を破ったという『アル・アジフ』ではない」

 

 突如、魔人とは別の、女性の声が鳴り響いた。

 

「おや、君から話しかけてくるとは珍しい。しかし、それはどういう事だ?」

「あの『アル・アジフ』は『マスター』に敗れ――己のマスターを地獄に落とし、運命に敗れた負け犬よ」

 

 不可解の一言に尽きた。

 探せども女性の姿は無く、されども、己のページを術者であるクロウの全強化に当て、肩でミニマムサイズになっていたアル・アジフは驚愕の眼をもって魔人を睨んだ。

 彼女にはその声に聞き覚えがあった。言い様の無い恐怖と共に、最強の魔導書は慄く。

 

「……『ナコト写本』――?」

「ええ、やっぱりあの『アル・アジフ』なのね。――無様ね」

 

 勝ち誇るようにその声の主は嘲笑い――アル・アジフは肩でかたかた震える。

 

「馬鹿な、何故汝がその男の手に……!?」

 

 ナコト写本――それは人類最古の魔導書であり、彼女達の怨敵であるマスターテリオンの魔導書の精霊である。

 それがこの魔人が召喚したサーヴァント。だが、それでは矛盾する。

 あの魔人は自身の魔導書を取り戻したと言った。それがマスターテリオンの魔導書である『ナコト写本』では矛盾するが――。

 

「――囀るか、アル・アジフ。私の『マスター』はこの宇宙に唯一人のみ。あの御方以外在り得ない」

「やれやれ、『マスター』に此処まで尽くすとは何処までも健気だな、君も。いや、もう狂気の領域だよ」

 

 魔人は呆れたような顔を浮かべる。

 そして呆然とする此方に対して一つ注釈を加えた。

 

「何て事も無い。我が神が千の永劫を費やして『マスターテリオン』を完成させる以前は私の所有物だった、というだけの事だ」

 

 空間を歪ませるような殺意が生じる。

 それは紛れもなく、この場に姿さえ現していない『ナコト写本』であり、彼女は己のマスターに殺意を撒き散らしていた。

 

「全く君は強情だな。令呪を三画費やして私の命令を聞くようにお願いしたのに、まだ逆らえるなんて」

 

 

 

 

(――勝てない)

 

 斬り掛かった自分が勝手に傷付いて大打撃という始末。

 強さの次元がまるで違う。敵は未だに本気になっておらず、此方は全力でその有り様――勝機など万が一も無かった。

 

(鬼械神なら一矢報いられるか……?)

 

 それを使う事はクロウにとって確実な死を意味する。

 最高位の鬼械神は最高の性能を誇るが故に魔力を多分に喰らう術者殺しであり、クロウ程度の魔術師では動かすだけでも常に生命を削るしかあるまい。

 今更自身の死など厭わないが、例え鬼械神での戦闘になっても力の差は縮まらない処か、開く一方ではという懸念が胸の内に絶望を撒き散らす。

 『ナコト写本』の鬼械神は、間違い無く『リベル・レギス』だ。あの最強の赤い鬼神が相手で、自分は一体何秒持つだろうかという次元だろう。

 

(マスターとサーヴァントの仲は幸いな事に最悪だろうが、ナコト写本にとって明確な怨敵であるアル・アジフの存在が彼女を容赦無く本気にさせるだろう)

 

 突破口を見出せない。このままでは成す術も無く確実に敗北する。

 

(どうする? どうするどうするどうする……! このままでは――)

 

 ――脳裏に八神はやての顔が過ぎる。

 自分がこのまま敗北すれば、教会の者も皆殺しにされるだろう。そうなった場合、はやてが見逃される可能性は……?

 

(……っ、何が何でも此処でコイツを仕留めるしかねぇ! でも、何か手段は!? 策は!? ああ、くそ、全然思いつかねぇ……!)

 

 余裕を扱いて無駄に自身の魔導書と言い争っている内に何か――教会の方から何か光が生じ、言い争う魔人とナコト写本を炎の業火に包まれた。

 

「クロウちゃん、アイオーンを招喚して! 私もバックアップに回るから!」

 

 復帰した直後に、シスターは必死に叫ぶ。傷らしい傷もなく、『歩く教会』が上手く衝撃を散らしたと見える。

 そのバックアップという意味を理解出来なかったが、オレと違って彼女は聡明だ。自分自身の力量は信じられないが、シスターを信じて誓いの聖句を唱える。

 

「――永劫(アイオーン)! 時の歯車、断罪の刃、久遠の果てより来たる虚無」

 

 これは自分にとって死のトリガー、破滅を約束された聖句は辞世の句と同じようなものだ。毎度ながら気が滅入る。

 前の世界では奇跡的に生き延びられたが、今回は自滅するまでもなく討ち取られる可能性が大きい。

 だが、構うものか。オレは守りたい者の為にこの力を振るう。その代償が死ならば、まだ安いものだ――!

 

「――永劫(アイオーン)! 汝より逃れ得るものはなく、汝が触れしものは死すらも死せん!」

 

 生命を燃やして、アル・アジフが誇る最高位の鬼械神(デウスマキナ)を招喚する。

 50メートルの機械の神が、この世界に顕現する。自分の身体がページのように崩れ、鬼械神の中に転移される。

 

 ――歯を喰い縛って、覚悟する。

 アイオーンは魔力が足りなければ容赦無く術者から生命力を削り取って出力を捻り出す鬼械神だ。今の自分では何処まで持つやら――。

 

「あれ? 負担が、妙に軽い……?」

「私がいるからだよ、クロウちゃん」

 

 操縦席の下を見下ろせば、いつの間にかシスターが其処に座っていた。アル・アジフの席の他にもう一ついつの間にか増設されている……!?

 バックアップするというのはそういう事だったのか……!?

 

「な、シスター大丈夫なのか!?」

「平気平気、作品系統は違っても魔力配給出来るようで助かったわ」

 

 シスターは少し疲労感を漂わせて、されども笑顔で答えた。

 自分自身が情けなくなるが、今は戦闘にのみ集中しよう。連中もまた自分の鬼械神を招喚した処だ。

 赤い鬼械神――予想通り、最高位の鬼械神であるアイオーンに匹敵する処か、凌駕しかねない『リベル・レギス』である。

 

「アル・アジフ、私の魔術を対鬼械神用に最演算して放つ事は可能ですか? 不可能とは言わせませんが」

「……業腹だが、仕方あるまい。アレンジする毎に少しだけ時間を必要とする」

 

 なるほど。その手があったか。シスターの繰り出す魔術を鬼械神用に再構築して放てば――リベル・レギスの打倒さえ不可能では無いかもしれない。

 希望が見えた。一筋に過ぎない光明だが、それで十分だ。其処目掛けて突っ走るのみである――!

 

 

 

 

「くく、あはははは――!」

「これはこれは、随分とご機嫌だな、ナコト写本。しかし『アイオーン』か。『デモンベイン』が相手だと思っていたが――」

 

 ナコト写本は狂ったように嘲笑い、魔人は少しだけ拍子抜けする。

 確かにアイオーンは最高位の鬼械神だが、あの才能不足の術者が存分に操れるとはとても思えない。

 これなら最弱無敵の鬼械神である『デモンベイン』の方がまだマシに戦えるだろう。大半が科学技術で出来ている神の模造品である鬼械神の更に模造品のジャンクは基本性能が低いが、その分、魔力消費が少なく、術者に優しい。

 人間の為の鬼械神と称するに相応しい機体性能だと魔人自身も認めるが――。

 

「アル・アジフの鬼械神は『マスター』が完全破壊している。その『機械仕掛けの神(デウス・エキス・マキナ)』は一体何なのかしら?」

 

 

 ――永遠に消失した鬼械神を、彼女は如何なる法則をもって取り戻したのだろうか。

 破滅の足音は、静かにその瞬間を待ち侘びていた。

 

 

「――アル・アジフ、貴女は最高の道化よ」

 

 

 

 

 


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