転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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--/幕間の物語 『魔術師』の辿った聖杯戦争

「……私の辿った『聖杯戦争』の物語を聞きたいとな?」

 

 ――とある昼下がり、レヴィは満面な笑顔でそんな事を聞いた。

 それはこの魔都『海鳴市』で行われた『聖杯戦争』の事ではなく、『魔術師』が『二回目』で体験した、冬木における『第二次聖杯戦争』の事を示していた。

 

「うん! 時代の垣根を越えて召喚された数多の英雄達が覇を競う『聖杯戦争』! それをユウヒはどんな卑劣な手管で切り抜けたのかなって気になって。エルヴィもカンナも知らないようだし~!」

 

 ……自分も『娘様』も結果は知れども、至った過程は聞いた事が無い。

 それを聞くという事は、否応無しに『魔術師』神咲悠陽の最も深い部分を抉る事に等しく、その辺の配慮から聞いておらず――『娘様』に至っては『聖女』との逢瀬など絶対に聞きたくないからだろう。

 

 ――微妙な表情をする主人を眺めながら、エルヴィはこの場にいる自分を含めて7人、紫天の一家(ディアーチェ・シュテル・レヴィ・ユーリ)+ご主人様の使い魔その2の駄犬(ランサーのクー・フーリン)と主人の分の飲み物を用意する。氷を投入したグラスにかんかんに冷えた麦茶を次々と注いでいく。

 

 従来の主人ならば、手の内を明かす事になるので、自分の過去を秘匿しただろう。けれどもあの世界の魔術師なんて類は身内に対してはとことん甘く――。

 

「――冬木での『第二次聖杯戦争』、私が存在しない本来の歴史では勝者が決する事無く全滅し、本末転倒という形で終焉したという。……当然と言えば当然だ、あの『第二次聖杯戦争』には評価規格外の『対国宝具』持ちが少なくとも『2体』以上居たからな」

 

 冷えた麦茶を口にしながら、『魔術師』は嗤いながら話す。

 その邪悪さの矛先は敵対した者達への嘲笑であり、何も考えずに走り抜けた自分に対する自嘲でもあった。

 

「『対国宝具』……?」

「国を対象とする超大規模宝具だ。ランサーのゲイ・ボルクが対人宝具、全力で使って対軍宝具に分類される。……対国宝具となると控えめに言っても核兵器並だと思って良い。そんなのが真正面から衝突すれば『聖杯』諸共砕け散る事だろうよ」

 

 あの世界の宝具の代名詞である『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』すらも対城宝具の分類であり、それを遥かに超える規模の宝具など数少ないだろうし、その破壊規模の広さから使い処が困るどころの話ではないだろう。

 

「……しかもよりによってその『2体』が生前からの因縁持ちと来た。彼等の宿命の対決で冬木の地が完全に灰燼に帰さなかったのは、マスターの魔力が足りなくてその『2体』の霊格を完全に再現出来なかったからだろう。――まぁ土台無理な話だ。冬木の『大聖杯』のような、超抜級の魔力炉心でも無い限り本来の性能は発揮出来まい」

 

 『魔術師』は心底疲れた表情で言いつつ「そもそもそんなのを自前で用意出来るのなら『聖杯戦争』に参加する意味は皆無だがな」と補足する。

 

「――さて、その過程はともかく、その結果を大筋として知っていた私の最優先事項は『聖杯』の器の確保だった。戦略が必ず裏目に出る上に途中敗退が抑止力側から確定している『アインツベルン』なんぞに持たせておくには過ぎた宝だ」

「……うわぁ~、儀式の中核を担う『聖杯』の器を鍛造してくれるのに関わらず一参加者扱いになっている錬金術の名家に対して酷い言い草です!」

 

 どっちが酷い言い草だよ、という突っ込みを『魔術師』は敢えてしなかった。

 

「しかし、戦闘に向いていない魔術師の一族とは言え、流石は冬木の『御三家』の一角。召喚した英霊のクラスは三大騎士の一角のアーチャーであり――さっき言った評価規格外、EX判定の宝具持ちの『1人』だった」

 

 心底不思議そうに「召喚の媒介を入手する為に消費する規格外の資金力はどうやって調達してるのやら」と『魔術師』は疑問を抱く。

 ……はて、アーチャーでEX判定の宝具持ちなど、かの有名な『慢心王』だろうか。確かに彼ならば対国宝具ぐらい何個も所有してそうだが、それを凌駕する対界宝具持ちであり――それならば敢えて対国宝具と強調しないだろう。

 

「ああ、エルヴィ。白紙を何枚か持ってきてくれ」

「はいはいー。何に使うんですか?」

「これが無いと『聖杯戦争』って感じがしないだろうさ」

 

 咄嗟に自室に転移し、白紙を拾い上げて居間に帰還し、エルヴィは『魔術師』に白紙を手渡す。

 『魔術師』は手渡された白紙に魔力を籠めて、薄っすらと表面の一部だけ焼き上げて――現れたのは懐かしの『ステータス表』だった。

 

 

 クラス ランサー

 マスター 神咲悠陽

 真名 クー・フーリン

 性別 男性

 属性 秩序・中庸

 筋力■■■■□ B  魔力■■■■□ B

 敏捷■■■■■ A+ 幸運■■□□□ D

 耐久■■■□□ C  宝具■■■■□ B

 

 

「おー、これランサーの?」

「そうだとも、レヴィ。知名度補正無しで劣化しているのにこのステータスとは、流石はケルトの大英雄だ」

「よせやい、褒めたって何も出ねぇぞ?」

 

 ははは、と気分良く笑うランサーに対して、『魔術師』は邪悪にほくそ笑む。この時点でエルヴィは察した。これはおそらく――。

 

「そしてこれがアーチャーのステータスだ」

 

 

 クラス アーチャー

 マスター アインツベルン

 真名 ?????

 性別 男性

 属性 秩序・中庸

 筋力■■■■■ A  魔力■■■■□ B

 敏捷■■■■□ B  幸運■■■■■ A++

 耐久■■■■□ B  宝具■■■■■ EX

 

 

「うわぁ、何これ? 敏捷と魔力以外、全部ランサーより上だね!?」

「……ケッ、持ち前の性能(ステータス)が全てって訳じゃねぇよ」

 

 「不自然に持ち上げておいてこの始末かよ!」とランサーは即座にやぐされる。

 やっぱり噛ませ犬扱いにエルヴィは内心げらげら笑う。……しかし、随分とふざけたステータスである。特に幸運が。其処の幸運Dランクの駄犬に分けてあげても良いだろうに。

 

「見ての通り、全てにおいて恵まれている。流石は『授かりの英雄』だ。嫉妬するのも馬鹿馬鹿しい境遇だが――アーチャーの癖に弓を使うとかどういう事だよ?」

 

 心底理解出来ない、と言わんばかりの『魔術師』に、エルヴィと神那は「うんうん」と全力で同意するが、ランサー含むディアーチェ・シュテル・レヴィ・ユーリはきょとんと首を傾げる。

 

「……いやいやいや、何言ってるんだ? アーチャーが弓使うのは当然だろ?」

「何言ってるんだ、ランサー。私の知っているアーチャーとは双剣振り回したり、無尽蔵の財宝を手当たり次第撃ち放ったり、桃色の魔力光で全てを薙ぎ払う連中の事だ」

 

 真顔で返されたランサーは困惑しながら「いや、そんなアーチャーは……あれ?」と、見た事が無い筈なのにキザに笑う赤い弓兵と傲岸不遜に馬鹿笑いする黄金の王の姿を幻視したような微妙極まる顔になった。

 

「――そのアーチャーの真名はアルジュナ、インド古代叙事詩『マハーバーラタ』においても中心格、最も綺羅びやかで何から何まで恵まれた大英雄様だ。……まぁ皮肉はさておき、かの『英雄王』に匹敵する超級のサーヴァントだった上に『宿敵』の存在を感知していて戦意向上までしてやがった」

 

 ……随分と凄い大英雄を持ってきたものである。流石はアインツベルン、戦略が全て裏目に出るが、その意味不明な資金力は脅威である。

 

「私のセイバーにとっては些か以上に厳しすぎる相手だった。神弓『ガーンディーヴァ』から放たれる神技じみた弓撃は此方の守護を易々と貫く――人並み外れた魔力貯蔵量を誇る『アインツベルン』のホムンクルスがマスターだからな、アルジュナが殺人的なまでに高燃費のサーヴァントと言えども、初戦では魔力切れなど望めない」

 

 その時の『魔術師』のサーヴァントは最優のクラスであるセイバーであるが――最高に甘く見積もったとしても10:0の相手。相性云々の問題ですらない不条理な戦力差だろう。

 

「……その時の私のサーヴァントがランサーだったのなら――『矢避けの加護』があるから、あの人外の弓撃にも難無く対処出来ただろうな」

 

 あの対国宝具を使わせなければ勝機があるあたり、流石はクー・フーリンだと『魔術師』は珍しく素直に称賛する。

 普段は表に出さないが、『魔術師』のクー・フーリンの評価は破格と言って良い。敵に回したら最悪であり――実際に最初は敵として現れたが故に『魔術工房』の最奥部で「マジかよ!?」と絶叫したほど――味方なら最高に使い勝手の良いサーヴァントという評価は後にも先にも彼だけのものである。

 

「……おいおい、マスターがオレを褒めちぎるたぁ明日の天気は矢雨か隕石か?」

「お前の往生際の悪さと燃費の良さは元から高く評価してるんだがな。草陰から『刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)』とか公式認定の最強戦術だろ?」

 

 「いやいや、正面から戦わせろよ!?」とランサーは心底から魂の咆哮を轟かす。勿論、マスターの『魔術師』にはその切実な叫びは欠片も届いてないが――。

 

「でも幸運のランクがA++ですから、ゲイ・ボルクを放っても明後日の方向に飛んで行っちゃいそうですね!」

「この駄猫、オレの槍舐めてるだろ? 放つからには基本的に必殺必中だぞ!?」

 

 必殺必中を謳うランサーに対し、エルヴィは「えぇ~、本当にぃ~?」とこの上無く腹立たしい笑顔でおちょくり、ガチギレしたランサーは「テメェ自身の心臓で試してみるか? あぁん!?」と威嚇する。

 『シュレディンガーの猫』である自身の心臓を刺し穿った処で、痛いだけである。……ただし、内臓という内臓を全て穿ち貫かれる為、相当痛そうである。死なない身としては地味に一番嫌な攻撃かもしれない。

 

「さて、どうだか。何せ相手はあの『授かりの英雄』だ、望まずとも勝利に至る道筋が勝手に齎される運命にある。かの英雄と対峙したからにはどんな不条理が起きても不思議ではあるまい。――ただし、それ故に真に望むモノは得られない。特に『宿敵』との対等な条件での決着など、この見果てぬ夢の舞台でも訪れまい」

 

 くく、と『魔術師』は愉悦まみれの邪悪な笑顔を浮かべる。

 ……ああ、あの大英雄に対して何か壮絶なまでにやらかしたんだろうなぁ、と自身の主人の歪みに歪んだ性根を実感する。

 

「『宿敵』?」

 

 小首を傾げて、レヴィは疑問符を浮かべる。

 

「後で説明する事になるが、アルジュナは生涯の『宿敵』を謀殺に近い形で討ち取った。何から何まで他人にお膳立てされて、まさに『授かりの英雄』の称号に相応しく。それが生涯に渡って最大の悔いになったのだろう」

 

 完全無欠の大英雄における唯一の汚点であり、それが発覚しているからには――自身の主人は容赦無く抉るだろう。

 

「その妄執がかの大英雄の最大の弱点だった。『聖杯戦争』に召喚されたからには如何なる状況からも確実に勝利し得る? はっ、笑わせる。『宿敵』が召喚されていた瞬間、『聖杯戦争』という儀式そのモノが崩壊する最大最悪のハズレ枠だというのに――その執着が故に、アルジュナは『聖杯戦争』においての大原則、基本の中の基本を見落としていた」

 

 この時点で、『魔術師』からのアルジュナの評価は極めて低く、尚且つ悪いと断定出来る。

 如何に優秀な駒でも使い勝手が悪ければ台無しだと言わんばかりに――。

 

「アルジュナにとって、その『宿敵』との対決以外の事は全て瑣末。取るに足らぬ些事であり――その結果、セイバーとの交戦中に、別室で観戦していた自身のマスターを私に討ち取られるという世紀の大失態を犯す事になる。アイツには自身がマスターの魔力で現界する稀人(サーヴァント)であるという自覚が欠片も無かったからな」

 

 ……さて、突っ込みどころが多すぎて何処から突っ込んで良いのか、エルヴィは思い悩む。

 

「……え? アインツベルンの戦闘ホムンクルス達に守られているマスターを単独で討ち取ったんですか? あれって基本的に人外性能で結構優秀だったような?」

 

 サーヴァントと比べれば些細な戦力だが、さりとてその怪力は人外性能。文字通りの肉壁に阻まれるので、アインツベルンのマスターには令呪でアルジュナを呼ぶ猶予が十分過ぎるほどある気がするが――。

 

「心無く技も無い人形なんて案山子も同然だ。それに当時の私は肉体的に全盛期だったからな、令呪を使われる前に斬り殺す程度、容易い作業だった。アインツベルンの大結界は事前に魔眼で焼いてるしな」

 

 当人とその娘を除いて、「は?」と驚愕の声が溢れる。

 

「……全盛期?」

「あれれ、ディアーチェ、気づいてなかったの? お父様の現在の戦闘スタイルは老年期の――『シスター』に長年全介護なんてさせてたから全然戻り切ってないのに」

「んな!?」

 

 驚愕の新事実が発覚した瞬間である。

 ……長年、『シスター』に介護されていた為、2年程度の鍛錬では身体能力が戻らなかったのかと今更ながらエルヴィは気づく。

 

 ――という事は、真面目に主人は全盛期言峰綺礼並か、『埋葬機関』の『第七司教』並の、人間の身でありながらサーヴァントと防戦になるレベルのSAMURAIだったのでは……?

 

「……ただ、マスターを屠ってからが本番だった。アーチャーのクラスには『単独行動』というマスターからの魔力供給が途絶えても暫く自立出来るクラススキルがある。アルジュナは自身のマスターの死を察知した直後、自らの宝具を解放して逃走しようとしやがった」

 

 さしものこれは『魔術師』にとっても予想外の展開であり、忌々しげに表情が歪む。

 敵に対する評価はどれほど苦戦したかに尽きる。その点においてはアルジュナは合格点以上をあげたのだろう。

 

「――『破壊神の手翳(パーシュパタ)』、過去・現在・未来における全世界を悉く滅ぼす事の出来ると言われる神代の神造兵器。数少ない対神特攻の宝具で、マスター死去からの魔力不足を差し引いても城の内部を全て吹っ飛ばすには容易い一撃だった」

 

 物凄くげんなりした表情で「本気で使えば世界を7回滅ぼせるというトンデモ性能だからな、余波で死にかけるとか洒落にならない」と『魔術師』は嘗ての事ながら身震いする。

 

「これは此方のマスター殺しの戦果を無意味にされる最悪の行動だ。恥知らずにも主替えを躊躇無く選択する時点で感服すべき執念だがね」

 

 真っ当な英霊では選択肢にすら無いが、単独行動が出来るアーチャーのクラスに手段を選ばずに実行されるときついものである。

 

「何だ、まんまと逃げ遂せられた訳か?」

「――いいや、令呪でセイバーを空間転移させて、背後から仕留めさせて貰ったよ。マスターを殺した後に消費するとは思わなかったがね」

 

 ランサーの小馬鹿にしたような指摘に対し、『魔術師』は腹立たしく言い返す。初戦で3画しかない令呪の内の1画を使用する羽目になったのは流石に痛手である。

 

「何はともあれ、マスター不在での宝具解放だったが故に破壊規模は限定的だったから、『聖杯』の器を破壊されずに無事確保出来た訳だ」

 

 下手すると此処で『聖杯』が破壊されて儀式失敗する可能性があっただけに、『魔術師』は頗る忌々しそうに呟いた。

 

「首尾良く『聖杯』の器を確保出来たが、初戦にして『セイバー』は瀕死の重傷で魔力枯渇気味、貴重な令呪を1画消費した上に半分以上の魔力を浪費してしまった我等だが――」

「あ、飛ばして下さいね。聞きたくありません」

 

 真っ先に反応して遮ったのは『娘様』であり、不機嫌そうな顔でそっぽを向いた。

 

「……? いや、一体何で――」

「ディ~ア~チェ~! 『聖杯戦争』で異性のサーヴァントが魔力枯渇に陥ったらヤる事は1つしか無いんですよ! 絶対に、絶対に聞きたくありません!」

 

 両耳を塞ぎながら「あーあー!」と叫ぶ神那の蛮行にディアーチェ達は驚くが、エルヴィは「……あぁ~」と納得行ったような顔をする。

 『魔術師』としても語り難い――もとい、語るには気恥ずかしい事なので、これ幸いと意図的に飛ばす。

 

「……バトルロイヤルの鉄則は相性の悪い敵とは戦わず、他陣営を積極的に潰し合わせる事だ。他陣営同士の衝突を誘発させ、弱った処を漁夫の利で収穫するが最も効率が良い攻略法だが――当時の私は、その、何だ? 若気の至り処じゃないぐらい舞い上がっていて、無謀にも全勢力を自らの手で叩き潰すという正気の沙汰じゃない戦略を取っていた。……結果から言えば大正解だったとは言え、微妙極まる話だ」

 

 『魔術師』は眉を潜めながら「真面目に当時の自分の行動指針が理解出来ない始末だ」と当人さえ信じ難きもののように思い返す。

 何処ぞの人形師が自身のサーヴァントの事を語った時のように、得体の知れぬ『何か』に後押しされていたのだろうか?

 ……そういえば、この世界に召喚されたセイバーと一緒にいた時の『魔術師』神咲悠陽は誇張抜きで惑星すら飲み込む極大災厄を退けており――あの時の主人には秋瀬直也のような、あらゆる不可能を簡単に打破出来る理不尽な『補正』すら感じ取れたのは気のせいだろうか?

 

「とりあえず『アインツベルン』のマスターから令呪を略奪し、1画目は自分の魔力に還元、2画目は『セイバー』の魔力に還元という贅沢な使い方をし――2日目、次の目標を御三家の1つであるマキリ、『間桐』に定めた」

 

 次も『御三家』の一角である――慎重過ぎて動かずに機を逸してしまう事に定評のある『間桐』を、どのような手管で攻略していくのだろうか。

 

「絶賛没落している最中とは言え、冬木の地に根を下ろした魔術師の一族。更には初日で『アインツベルン』が脱落した事により、自身の領域である『魔術工房』に引き篭もって静観の構えに出ていた。己が秘術を存分に尽くした『魔術工房』に侵入して戦闘を行うのはサーヴァントという決戦戦力を以ってしても余りにも無謀だ」

 

 サーヴァントがあれば人間程度の神秘など取るに足らぬが、それでも『魔術工房』は何があるか解らず――。

 

「……そうですねー」

「……ああ、そうだな」

「……この『屋敷』の惨状を見れば自ずと、な」

「……文字通りの無理ゲーですね」

「……嫌だよこんな惨殺空間で戦うの」

「……? その『魔術工房』ごと破壊すればOKなのでは?」

 

 上からエルヴィ、ランサー、ディアーチェ、シュテル、レヴィ、ユーリの順で率直な感想を述べる。

 此処に居て『魔術工房』の脅威を実感していない者はいないだろう。……最近は『娘様』も混ざって『魔術工房』の即死級罠を一日一個単位で量産しており、対エインズワース(並行世界の正義の味方)用に連中の使う置換魔術を逆利用して強制介入(ハッキング)し、『クラスカード』を媒介にしてその英霊を狂戦士(バーサーカー)付与で強制召喚、一画のみ配布される令呪を強制発動させてマスターと殺し合わせるというえげつない完全メタが出来たとか。

 

(――あのふざけた『クラスカード』の原理が『自身の肉体を媒介とし、その本質を座に居る英霊と置換する』というエインズワースのお家芸たる置換魔術であり、その置換魔術の効果を阻害せずに最大強化してやる事でサーヴァントの対魔力に引っ掛からずに全戦力を剥奪、同時に現界する限り術者の魔力を馬鹿消費して術者を殺しに来る英霊で事後処理するとか、よっぽど人間の身で英霊の力を扱える反則が気に食わなかったのですねー)

 

 もしも『Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ』に準じる世界からの転生者、または並行世界からの来訪者が現れたら容赦無く自滅させよう、とくつくつ嘲笑していたっけ。

 

「ところでお父様、少し話を遡りますが――『アインツベルン』と交戦する以前に何人、マスターとサーヴァントの正体が判明していたのですか?」

 

 話を遮り、『娘様』はそんな変な事を聞いた。皆が首を傾げる中、『魔術師』だけは意を得たが如く邪悪に笑う。

 

 

「――5人2騎だよ、神那。『アインツベルン』と『遠坂』のサーヴァントの正体は事前に判明済みだ」

 

 

 7人7騎の『聖杯戦争』において、自分達の陣営を除いて半数以上の情報が既に発覚している事に、一同騒然とする。

 

「はぁ!? ど、どういう事だ?」

「どうもこうも、私はこの『聖杯戦争』に文字通り全投資していたからね。十年掛けで自前の諜報機関を冬木の地に潜伏させて蔓延らせるぐらいするさ」

 

 ディアーチェの驚愕に対し、『魔術師』はさも当然のように答える。

 この『聖杯戦争』中の『魔術師』の行動はセイバーと一緒にいるせいで良く言って千変万化、悪く言って脳筋まっしぐらの行き当たりばったりになっているが、それ以前の『魔術師』の行動理念は既に勝っている場を作る事に終始していたのだろう。

 

「んー? あんな人外魔境で諜報活動して生存出来る稀有な人材なんて居たんですか?」

「諜報活動に魔術的素養は必要無いからな、案外誰にでも務まるものさ」

 

 エルヴィの当然過ぎる疑問は「スパイが目立ってどうするんだよ?」という一言によって解消される。

 魔術師が魔術的な痕跡に敏感かつ警戒するのは当然であるが、一般人など警戒に値しない。……其処が盲点となり、7人7騎の聖杯戦争に組織力を持ち込んで圧倒的なまでの情報アドバンテージを取得するに至る。

 

「――『間桐』のサーヴァント、ライダーのクラスで2騎まで絞れたが、いまいち確定しなくてな。何で『無敵艦隊を打ち破った艦隊司令官』と『古代エジプトの太陽王』の情報が錯綜していたのかが今でも解らないが、其処まで内部情報が筒抜けなのは此方の間者が堂々と諜報活動行っていたからであり――『間桐』のマスターを居間で物理的に爆殺(テロ)って終了だ」

 

 物凄く退屈そうな語り草で「程無くして『聖杯』に脱落した正体不明のままのライダーの魂が注がれたとさ」と『魔術師』は『間桐』について語り終えた。

 

「あ、遂に交戦すらせずにサーヴァント脱落させましたよ!? 『星の開拓者』持ちの最強の格上殺しか大英雄3騎相手取っても勝ってしまうような神王様が台無しです!」

 

 図らずして、此度でも『間桐』は動くべき時に動かずに機を逃し、敗退する事となる。自陣にて静観ではなく、『アインツベルン』陣営を下した直後に仕掛ければ勝機はあっただろうに――。

 

「自ら手を下さずに一組脱落させるという結果は上々だが、この段階で他のマスター達に内部工作員の存在を露呈させてしまうのはかなりの痛手だ。その点では初戦のアルジュナ戦を引き摺っているとも言える」

 

 これによって『遠坂』は自陣に引き篭もるという選択肢を失い、生きているであろう間桐臓硯は内部工作員の特定に全ての余力を費やす羽目となって暗躍出来ずに退場する。

 

「――そして3日目の相手は『遠坂』のサーヴァント。既に正体が判明しているのに後回しにせざるを得なかったのは、このランサーがまたもや『英雄王』に匹敵する超級のサーヴァントであり、私にとって最悪なまでに相性の悪い英霊だったからだ」

 

 アルジュナの事を語った時以上のどんよりとした怨念を以って、『魔術師』は忌々しげに語る。

 

「さっきも出たけど、その『英雄王』って?」

「人類最古の物語である『ギルガメシュ叙事詩』の主人公。人類の黎明期に、後に伝説として語り継がれる全ての宝具の原型をその蔵に納めた半人半神の『英雄王』ギルガメッシュの事だ。傲岸不遜で唯我独尊、おまけに傍若無人の暴君だが、まともに活用出来るなら参戦した瞬間に勝利が確定してしまうような反則(チート)だ」

 

 レヴィの質問に対し、『魔術師』は物凄く嫌そうな顔で答える。事前に情報を熟知していても対処出来ないサーヴァント筆頭であるからだ。

 

「私では到底扱えないな、あの『慢心王』様は。召喚した瞬間に令呪3画消費で自害させる以外の対処法が無い。尤も、あれほどの神格ともなると令呪が通用するかどうか激しく疑問だ。……敵として現れた日には、全てを捨てて逃げ出すしかないな」

 

 ごほん、と咳払いし、『魔術師』は脱線した話を元に戻す。

 

「『遠坂』のサーヴァントの正体はカルナ、インド古代叙事詩『マハーバーラタ』の主人公たるアルジュナの『宿敵』、『授かりの英雄』の対極に位置する『施しの英雄』だ」

 

 

 クラス ランサー

 マスター 遠坂

 真名 カルナ

 性別 男性

 属性 秩序・善

 筋力■■■■□ B  魔力■■■■□ B

 敏捷■■■■■ A  幸運■□□□□ E

 耐久■■■■■ A  宝具■■■■■ EX

 

 

「おー、さっきのアルジュナに匹敵するぐらいすっごいねー。でも幸運低すぎない?」

「ランサーたる者、幸運Eは基本中の基本だ」

「ひでぇ言い掛かりだなおい!?」

 

 ランサーの反応に対し「大体テメェは何で勝手に幸運Dになってるんだよ!?」「そんなのオレが知るかよ!?」といつものやり取りをする。

 この通り、ランサーのクラスとは自害クラスと言われるほど幸運に見放されたクラスである。独断と偏見は認める。

 

「……というか、逸話的にEで済むのかってレベルの悲運さだがな。文字通り数多の呪いによって雁字搦めにされて身動き一つ取れなくなってから仕留められたというのに」

 

 そう語る『魔術師』に嘲笑の色はなく、その貌に鬼気迫る怒気が色濃く浮かぶ。

 

「このステータスを見る限り、マスターがアインツベルン並の魔力貯蔵量を持ってない限り在り得ないのだが、当代の三代目『遠坂』当主は其処まで優秀な魔術師ではなかった。突出した才覚の持ち主である二代目当主と比べて余りにも凡骨、それこそ三代目相当でしかなかった。……魔術の世界における三代目の血の積み重ねなど取るに足らぬ些細な歴史だ」

 

 適度に敵マスターの事を取るに足らぬ凡才とディスるが――。

 

「本来ならば最高なまでに燃費の悪いサーヴァント故に、全力を出せない。出せたとしても一瞬程度の魔力放出でマスター側の魔力が枯渇してしまうほどだ」

 

 元々強大であるが故に全力を出せない代表例であるカルナを、『魔術師』は畏怖を以って最大限に評価する。

 

「ただ、このステータスを見る限り――その霊格がほぼ万全に再現されている事から、ただの魔力を籠めた通常斬撃で大山を跡形無く焼き尽くす太陽神の如き暴威も可能と見るべきだろう。令呪による補助があれば尚更だ」

 

 そんな神々の王の威光を体現する大英雄と一騎打ちなどしては幾ら生命があっても足りないだろう。……主人からまともに戦うという選択肢が最初から消え去っている気がする。

 

「おまけにコイツは神々すら破壊出来ない防御型宝具である『黄金の鎧』を生来より纏っている。破壊不能の上にダメージ9割削減、致命傷に近い傷も瞬時に回復する高い自己治癒能力も備えて厄介極まる。――呪いによって性能が削がれてないカルナはアルジュナの万全を凌駕している。流石は『不死身の英雄』だと言えよう」

 

 もうこの時点でカルナの事をアルジュナ以上に評価している事は明白であり、『魔術師』はげんなりした表情で「インドマジぱねぇ」と締めくくる。

 

「……まぁ抜け道はある。内側からの攻撃だけは防御の対象外だから、ランサーの『刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)』ならカルナすらも一撃で仕留められるだろう。――尤も、贓物という贓物を穿ち貫いても即死せず、意思だけで行動するだろうがな。全く『槍使い』の生き汚さには驚嘆すら覚える」

 

 必殺必中を謳うランサーが「はぁ?」と困惑する最中、『魔術師』は麦茶を一気飲みし、無言で空の器にお代わりを要求する。

 エルヴィによって注ぎ終わったグラスをまた掴み、喉を潤す。……色濃い疲労感が滲む顰めっ面は、カルナによって飲まされた苦渋が滲み出るかの如くだった。

 

「良いか? ランサーのクラスのサーヴァントを令呪で自害させる時はただ『自害せよ』だけでは簡単に死んでくれない。自ら心臓を穿った後に此方の心臓を穿ちに来るだろう。なので『全身全霊を尽くして消えるまで自害し続けろ』と命じて完全に消滅するまで油断しない事だ」

「何の講釈だよそれェ!?」

 

 ……確かに。このランサー、クー・フーリンもあの有名な「――令呪を以って命令する。自害せよ、ランサー」で自身の心臓を問答無用にゲイ・ボルクで穿ち貫いて倒れた後、その命令を下した元マスターの心臓を穿ち貫いている実績がある。

 カルナのクラスもまたそのランサーであるからには――。

 

「あっ、オチ解っちゃいましたよ。カルナさんを何とかして自害させたんですね? ランサーのクラスの伝統です!」

「いやいや何だよその嫌な伝統はァ!?」

 

 何処ぞの光り輝く貌の美丈夫は『自己強制証明』を発動させる代償に自害させられ、エルヴィの親吸血鬼の串刺し公は月の聖杯戦争で自分から自害し、何処かの聖杯大戦では自害どころじゃない悲惨な結末となったり、ランサーのクラスと自害は切っても離せない関係であるのは明々白々である!

 

「……何でさん付けなんだ? まぁ結論から言えばそうだとも。アルジュナと同じく、インドの大英雄と真正面から戦うなんて馬鹿らしい――アルジュナとは違って、何が何でもマスターを絶対に護り抜くカルナは私にとって天敵たる存在だ」

 

 此処でやっと『魔術師』は邪悪に嘲笑う。

 

「『聖杯戦争』に参加するなら、大事な身内は海外に避難させておくんだね。『遠坂』の跡取り娘を拉致して人質にし、令呪を使用して自身のサーヴァントを自害させる事を条件に遠坂の血縁に対して永久的に殺害・傷害行為が出来ないという内容の『自己強制証明(セルフ・ギアス・スクロール)』を渡したのさ」

 

 何処ぞの『魔術師殺し』の100年以上早くリスペクトするなんて、流石は我が主人、極悪だなぁとエルヴィが感心した直後、「あれ?」と疑問符が浮かぶ。

 

「……? あれれ、ユウヒ。それじゃ『遠坂』に令呪が2画も残る上に『自己強制証明』が成立後、『遠坂』に対して何一つ抵抗出来ずに殺されるんじゃ?」

 

 そう、レヴィすら気づくほどその『自己強制証明』には穴が多い。『魔術師』には似合わぬ不手際さは逆に――。

 

「……はっ、違うぞレヴィ。これは見え透いた落とし穴だ、奈落にまで一直線に続く、な。――性根の腐った貴様の事だ。最初から契約破棄の手段を用意した上で、この見え見えの欠陥を指摘しなければ容赦無く謀殺するつもりだったのだろう?」

「その通りさ、ディアーチェ。君も私の流儀を理解してきたか」

 

 いつぞやに『自己強制証明』に対してボロクソに言っていた事があったからだとドヤ顔で答えようとした矢先、ユーリが「も、もはや以心伝心の域なのですか!?」と泣き出しそうな顔で勘違いしてしまい、ディアーチェは「ち、違うわユーリ!?」と激しく動揺しながら釈明する事となる。

 

「魔術師達にとって『自己強制証明』での取り決めは絶対だが、魔術師の手管など所詮は人間レベルの飯事。――我が魔眼『バロール』は最初から神域の大神秘、その程度の呪いを焼き尽くして破棄するぐらい朝飯前なのさ」

 

 さらりと人間の身で神代の魔術師が持つ『破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)』じみた事をやってのけるあたり、例外尽くめの型月世界の中でも例外じみた代物である。

 

「――この『自己強制証明』での穴を敢えて指摘するのならば、生存する形で調整してやろうと思ったのだが、裏の裏を考えずにうっかり自害させたね、当代の『遠坂』は」

 

 結局、『遠坂』は遺伝レベルのうっかりで敗退する未来が確定しているようである。

 

「カルナを令呪によって戦わずに自害させ、一人娘を解放して安堵させた瞬間に今代の『遠坂』の素っ首を斬り落とし――此処からが『施しの英雄』の本領発揮だ、嗚呼、忌々しい……!」

 

 自身の外道極まる悪逆非道の行いを棚に上げ、『魔術師』は全身全霊で吐き捨てる。

 

「カルナを召喚したのは今代の『遠坂』ではなく、実はその一人娘の方であり――言うなれば今代の『遠坂』は娘から令呪を譲り受けた仮のマスターに過ぎない」

 

 ああ、だからマスター絶対護るマンからこんなにも簡単に騙し討ちされたのかとエルヴィは納得する。

 

「後の禍根を断つ為に残った一人娘の方を殺そうとして出来なかった。精神的な問題ではない。物理的な問題でだ」

 

 カルナがサーヴァントとして大当たりなのは、その超級の性能だけでなく――どの聖杯戦争においても、如何なる状況に陥っても、自身のマスターを必ず生還させる事にある。

 

「――2つの要因。それは令呪を以って自らの心臓を貫いて自害したカルナが立ち塞がった事。霊核が打ち砕かれ、既に致命傷を負って一秒足りとも現界出来ない身で、全ての不条理を自らの意思で退けて、な」

 

 殺して蘇る程度なら何処ぞの狂戦士でも出来るが、本当に殺しても死なない不死身っぷりにはお手上げである。

 

「――そしてもう1つは、カルナは自らの『黄金の鎧』をあろう事か、その一人娘に施しやがった。この私が魔眼を使用しても殺し切れない人間が誕生した瞬間だ」

 

 嘗ての出来事ながら、『魔術師』は表情を歪ませて激怒する。

 

「未熟なマスターと致命傷を負ったサーヴァント、されども戦えば勝利どころか逆に敗退すると確信した。屈辱的だが、カルナの要求を全面的に飲んだとも。その一人娘を殺さずに生存させる道筋を確約させられた訳だ」

 

 絶対的な勝者が敗者の意を全面的に汲むなど敗北以上に無惨な事だ。『魔術師』はグラスを傾け、未だに溶けずに残る氷を八つ当たり気味にガリガリと噛み砕く。

 

「? 一時的な虚言を弄したの?」

「いいや、レヴィ。カルナ相手に偽証や虚偽は不可能だ。奴は事の真贋を一目で見抜き、隠された真実を白日に晒す。だからこそ『自己強制証明』でも騙し抜ける私が制約・戒律無しの空約束を死ぬまで護る羽目になった」

 

 疲労感を漂わせながら『魔術師』は深い溜息を吐いた。

 

「……まぁ一人娘の方には新たな『自己強制証明』で縛りに縛ったがね。遠坂家は末代まで私個人に対して絶対服従・敵対行為及び利敵行為の永久禁則が施されてる」

 

 『自己強制証明』に意図的に用意した欠落の意味に気づけず、うっかり失敗してしまった遠坂家は末代まで負債を背負う事になるが、その唯一の対象である当人は死去している為、この世界では関係無い話である。

 

「……ちなみにカルナの消滅が確認されたのはこの聖杯戦争の最終日である7日目、最後の敵対サーヴァントを葬った直後の事だ」

 

 致命傷を負いながら、あらゆる摂理に逆らって現界し続けた驚異的な意思の強さに、誰もが驚愕する。

 『魔術師』がカルナをアルジュナ以上の難敵と評価するには十分過ぎる成果だった。

 

 

 ……さて、此処で語らないが、このタイミングで大事件が生じた。

 宝石剣の設計図を拝見している時、セイバーが誤って愉快型魔術礼装に触れて契約してしまい、非常にあざとい神風魔法少女になってしまう大事故があったが、記憶の底に沈めようと『魔術師』は固く決意する。

 

 

「――4日目、御三家を打ち破って残り3組となった。そろそろ我々を打ち倒す為だけの大連合でも組まれそうな気がしたが、捕捉していた2人のマスター、外来の魔術師で『時計塔』有数の名家出身とかだったが、それらの死が確認された。ご丁寧に令呪が奪われてな」

 

 『魔術師』は心底残念そうに「……マスターが『時計塔』の魔術師のままならちょろかったのに」と恨みがましく吐き捨てる。

 

「そして、その直後に襲来してきたのはキャスターとバーサーカーの2騎だ。キャスターの腕にはご丁寧にも令呪が6画刻まれていた」

 

 

 クラス キャスター?

 マスター キャスター?

 真名 ????

 性別 男性

 属性 ??・?

 筋力■□□□□ E  魔力■■■■■ A++

 敏捷■■■■□ B  幸運■■■■■ A++

 耐久■□□□□ E  宝具■■■■■ A++

 

 クラス バーサーカー

 マスター キャスター?

 真名 ???????

 性別 男性

 属性 混沌・狂

 筋力■■■■■ A  魔力■■■□□ C

 敏捷■■■■■ A+ 幸運■■□□□ D

 耐久■■■■□ B+ 宝具■■■■■ A

 

 

「うわぁ、何かもうステータスだけでも物凄いね!? てか、どうしてキャスターに念を押すように『?』が?」

 

 これまでの表記とは違い、キャスターにだけ『?』が付属しており、不思議に思ったレヴィが尋ねると――。

 

「あれは絶対何か、いや、何もかもおかしかった。明らかに通常のサーヴァントとは格が違った。クラスという器に押し込められて劣化しているのが常だが、一切劣化せずに全盛期以上の状態というか――神霊級というのは得てしてああいう理不尽の権化なのだろうな」

 

 遠い記憶を語るように「本来ならば神霊級の存在など召喚出来ない筈なのにな」と『魔術師』はぼやく。

 アルジュナやカルナと比べて反応が若干薄く、どうも強い印象を抱いてない様子である。

 

「……それに、バーサーカーのクラスというものは元々、弱い英霊を理性を犠牲にする事で補強するクラスなんだが、正体は解らずとも大英雄級の英霊だったのでな――色々と規格外なバーサーカーにセイバーが完全に抑えられ、私は1人であのキャスターと対峙する事になる」

 

 淡々と説明する『魔術師』から負の感情が一切滲んでおらず、此処に居る全員が首を傾げた。

 

「これは聖杯戦争において絶対に遭遇してはならぬ事態だ。人間では英霊に太刀打ち出来ない。人類の尊き幻想である英霊は、最初から人間の扱う魔術より上の存在なのだから」

 

 そう、言っての通り、絶対に遭遇してはならない詰み状況であるのだが――その語り草に危機感は皆無、あくまでも『魔術師』は他人事のように語る。

 

「――ただし、キャスターは配役を違えた。私にバーサーカーを仕向けて、セイバーの足止めに専念すれば完全勝利出来たのにね。キャスターが使役する奇妙な『使い魔』達ならば十分可能だっただろうに」

 

 軽い口調で「未だに正体は解らないが、喋る柱とか笑えるぐらい奇抜だったぞ」と『魔術師』は笑う。

 

「……え? あれ? 話の流れ、何かおかしくありません? あのセイバーさんがご主人様が殺害されるより早くバーサーカーを仕留められるとは思えないのですが?」

 

 どういう訳か、苦戦すらせずに打開してしまったような、そんな軽い調子が見え隠れしていて「流石にそれは在り得ないですよねぇー」とエルヴィが尋ねると――。

 

「? 私があのキャスター?を斬り伏せるのが先だったぞ」

「何平然と人間の身でサーヴァント殺しの偉業を成し遂げているんですか!? 先程自分の言った言葉を思い出してくださいまし!」

 

 ……ああ、やっぱり、我が主人の全盛期は正真正銘の人外だった……!

 

「例外だらけの型月世界出身の私に言う事か? キャスターのクラスに魔術で対抗するなど馬鹿らしいにも程がある。なればこそ武芸で斬り伏せるのは真っ当な勝ち筋じゃないか。例えそれが全判定で万に1つの確率を潜り抜け続けなければ到達出来ない勝機だとしてもな」

 

 ……何だか、全ての幸運判定でスーパークリティカルを出す勢いであり――当人が天元突破するぐらいはっちゃけてしまうから、『魔術師』神咲悠陽における最強のサーヴァントはジャンヌ・ダルクに他ならないのでは、という疑惑が脳裏を過ぎる。

 

「幾千幾億の死線を潜り抜けて、その場で開眼し命名した魔剣『死の眼』によってキャスターを斬り伏せたとさ。……印象が薄いのは仕方ない。セイバーが言うには見る者を映す鏡のような性質だったらしいが――」

「ああ、それじゃご主人様のように邪悪な印象でも抱いたんですか?」

「いいや、あれに対して何も。そもそも見てもいないし」

 

 ……つまりこれは、その時の主人は敵サーヴァントすら眼中に無く、狂える愛の衝動を以って全てを蹂躙し踏破したに過ぎず、精神的に『狂戦士(バーサーカー)』状態だったのでは無いだろうか……?

 

「まぁキャスターを脱落させたは良いが、死に際に6画の令呪を以って――我等との交戦状態に限ってバーサーカーが『受肉』するように仕向けられてな、マスターの魔力枯渇という弱点が無い状態のバーサーカーと耐久戦に突入する事となる」

 

 むしろ置き土産のバーサーカーの方が苦戦したと言いたげであり、余計正体不明のキャスター?に対する哀れさを強める。

 

「……正体は最期まで解らなかったが、あのバーサーカーはさぞかし名高い大英雄だったのだろうな。潔さの対極に位置する生き汚さが気に食わなかったが。――2日間に渡って何度も仕切り直しながら延々と削り合う羽目になった。狂戦士特有の我が身を省みぬ即死級の猛攻を何度も防ぎながらな」

 

 狂化して生前の業は喪失していただろうが、時として圧倒的な暴力は技を凌駕する。……当人感覚で簡単に斬り伏せたキャスター?より評価が高いのは余りにも皮肉じみていた。

 何処ぞの生き汚い事に定評のあるランサーは「ソイツは災難だったな」と軽く受け流す。

 

「最終的に『間桐』と『遠坂』から奪い取った令呪5画を消費し、漸くバーサーカーを討ち取った。――真の悪夢の始まりは此処からだった」

 

 途端、『魔術師』の表情が鬼気迫るほど険しくなる。今日一番の険悪っぷりに全員が驚く。

 

「え? あとはアサシンのサーヴァントだけっしょ? 暗殺者なんて正面から挑めないただの雑魚でしょ」

「そうですね。師匠の陣容から言えば、既に消化試合では?」

「甘いな、レヴィ、シュテル。アサシンのサーヴァントに他のサーヴァントをぶつける事が出来たのならば、一方的に打ち勝てるだろうよ。アサシンはその名の通りマスターしか狙わないがな。――これを見れば、この『聖杯戦争』におけるアサシンがどういう存在だったか、否応無しに解るだろう」

 

 

 クラス アサシン

 マスター ?

 真名 ?

 性別 ?

 属性 ??・?

 筋力□□□□□ 不明  魔力□□□□□ 不明

 敏捷□□□□□ 不明  幸運□□□□□ 不明

 耐久□□□□□ 不明  宝具□□□□□ 不明

 

 

 そして『魔術師』が最後に開示したアサシンの情報欄は、全て不明であった。

 

「……あれれ? 全ステータスが不明だけど?」

「そりゃそうだ。このアサシンは唯一度も知覚出来ず、最初から最期まで正体不明の暗殺者だったからな」

 

 「えぇ!?」とレヴィは驚嘆する。

 

「基本的にアサシンのサーヴァントの持つ気配遮断スキルは攻撃態勢に移行すれば低下する。初撃の暗殺さえ凌げば勝利は貰ったようなものだが――あのアサシンは攻撃態勢に入っても発見出来なかった。私の知覚どころか、セイバーの啓示すら引っ掛からなかったほどだ」

 

 物凄く思い悩んだ顔で「おそらくは何処ぞの『神槍』の『圏境』のような、世界と一体化する類のスキルでも持っていたのだろう」と『魔術師』は推測を立てる。

 

「感知不可能の初撃を回避出来た事が奇跡なら、続くニ撃三撃を回避するのも奇跡が必要だろう。躊躇無く令呪を使用し、セイバーごと空間転移して離脱した。一旦仕切り直さなければ間違いなく暗殺されていたからな」

 

 あの『魔術師』にしても「次に聖杯戦争に参戦する機会があるなら、真っ先に全陣営と同盟してアサシンとそのマスターの陣営を容赦無く袋叩きにするとも」と言わしめるほど最悪の敵だと認定する。

 

「僅かな猶予が得られたが、最後のマスターに関する情報はほぼ皆無。正規の魔術師ではない、予期せぬイレギュラーだと断定出来るが――この正体不明のマスターを探し出すのは不可能と判断し、正体不明のアサシンに対する処刑場の構築を優先した」

 

 「……あ、またサーヴァント殺しやろうとしてますよ」とエルヴィは呆れながら言う。

 

「言葉にすれば簡単だ。奇襲される寸前に神咲家が代々伝える決着術式、完全版『原初の炎』を自身を中心にぶち込むだけの作業だ。アサシンを知覚する方法が無いから、そのタイミングは勘頼みだがな」

 

 それは一回限りの殺害手段であり、失敗すれば次は無いという類の初見殺しだった。

 

「マスターにしては偉く大雑把というか、不確定要素が強すぎる大博打だな?」

「あれ、それだと自分諸共焼け死ぬんじゃ?」

 

 レヴィの単純な疑問に、『魔術師』は笑って答える。

 

「其処はセイバーの宝具で自分の身は護るさ。そして私は唯一の安全地帯である私の背後目掛けて魔剣『死の眼』を放った。……魔術も魔剣も手応え無く、何方で仕留めたかは解らないが、『聖杯』にその魂が注がれた事で初めて存在確認という始末だ」

 

 深い安堵の息を零し、『魔術師』は話を締め括る。

 

「――以上が私の辿った『聖杯戦争』の顛末だ。6騎の贄を以って、私とセイバーが最強である事を証明したとさ。めでたしめでたし」

 

 後の顛末は酒に酔った時に話した通りなので『魔術師』は意図的に省く。素面で語るには余りにも苦痛過ぎるのだろう。

 

「……ところでご主人様、どうしてセイバー、ジャンヌ・ダルクは召喚に応じたのです? 本来、かの聖女には『聖杯』に託す望みは無く、だからこそ本来のクラスは『裁定者(ルーラー)』だというのに」

 

 さて、全部聞き届けた後、最後に胸に蟠った疑問をエルヴィはぶつけてみる。

 

「……確かに、セイバーには現世に何の望みも持たない。けれども、遥か過去に捨て去った未練はあった。――それは、私の最初の願いと奇しくも一致していたのさ」

 

 ……それは、結局生涯帰れなかった故郷に対する未練であり――。

 

「だからこそ、彼女は私の召喚に応じたのだろう。けれども、それは自身の未練を晴らす為ではなく――」

 

 ――同じ苦しみを胸に抱き、帰れぬ故郷への帰還を目指して地獄の如き炎の中で狂い踊る『魔術師』に手を差し伸べた。

 その一念を抱いたからこそ、召喚された聖女はルーラーではなく、願いを果たす為にセイバーのクラスで現界したのだろう。

 

「……ホント、馬鹿なヤツ。何が聖女じゃないだ。――うん、私はセイバーの愚かさを二桁以上見誤っていたとも」

 

 懐かしむ声には多種多様の、複雑なまでの感情が籠められており――。

 

「奇跡的な確率を再び掴み取って、セイバーと再会する機会に恵まれたなら――」

「恵まれたのなら……?」

「――其処から先は内緒だ。妄念を堂々と口にするほど若くないからな」

 

 レヴィは不満そうな膨れ面で「えー! 此処まで話しておいてお預けぇ!?」と文句を言うが、『魔術師』は邪悪に笑って無言で受け流す。

 

 

 ――もしも、その在り得ざる千載一遇の奇跡に恵まれたのならば。

 最果ての愚者として振る舞うのも良し。彼女の意思を無視して強引に事を進めるのも良し。

 ただし今度は、悲しみの涙流して見送る結末以外の喜劇を、切に望むだろう――。

 

 

 


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