EX/『物語』に残った最後の謎
「――レディースエーンジェントルメーン! お待たせしました紳士淑女の諸君! さぁ『物語』を語ろう、お駄賃は見てのお楽しみさ!」
何処ぞ知れぬ位相空間の果ての果ての果て、完全に呆れ果てる『補正』と沈黙する『蒼の亡霊』という二人だけの奇妙な観客の前で『魔法使い』は仰々しい振る舞いで挨拶する。
「……うっざ。『エクゾディア』で焼き尽くされたのに今度は『エンタメ』に目覚めたの?」
「『君』は最近辛辣だね、もう少し言葉を飾り給え。私とて泣きたくなるよ。最初の『基幹世界』では一緒に仲良く焼死した仲だったじゃないか」
それは神咲悠陽の一回目と豊海柚葉の一回目であり、此処にある『補正』の自分は関係無いと言いたげにするも、口を閉ざす。
言葉にしても嬉々と調子に乗らせるだけである。『補正』は心底げんなりしながら面倒な『魔法使い』の話を聞く事にした。……聞いてやらないと後で余計面倒だと判断して。
「……それで。今度は何をやらかしたの? 僕は『君』の事に興味無いんだけど」
「ああ、それは二人の『世界』を邪魔するなという事かな? お熱い事で――まぁ至極どうでも良いから無視するとして、今回の私は単なる語り手さ。私にしか語れない『物語』のね」
……はて、これは異な事をほざく。此処にある『補正』と『亡霊』は正真正銘規格外の存在であり、物語の外側の存在、舞台裏の住民が故に知り得ぬ物語など存在しない。
『魔法使い』の顛末だって『補正』と『亡霊』は全知しているのに、これ以上語り草となる話があるのだろうか――?
「――私達を『基幹世界』から放逐した『元凶』、あの『うちは一族の転生者』の本来の『兄』であり、哀れな『吸血鬼』の物語さ。こればかりは君達でも観測出来ないから興味深いだろう?」
確かに、こればかりは実際に『基幹世界』に帰還果たした『魔法使い』にしか語れない物語である。
『魔法使い』は全てを犠牲にして『基幹世界』に帰還したが、其処は既に『彼』が恋焦がれていた望郷では無かった。めでたしめでたしの喜劇で幕引き。それからどう紡がれるのか、『補正』は不覚ながら興味を抱いた。
何の反応も返さない『亡霊』とは違って『補正』の興味を引けたと確信した『魔法使い』は邪悪に嘲笑い、勿体付けながら語り始めた。
――読者の心を一々逆撫でする当たり、やはり『魔法使い』は語り手としても失格であるらしい。
「――私が『基幹世界』に帰還した後、最初に行ったのはその『元凶』の抹殺だ。殺して殺して殺し尽くしたんだが、厄介な事に殺した都度に『基幹世界』の時間が巻き戻る。『直死の魔眼』による死点穿ちすら無意味とは『うちは一族の転生者』の次元さえ超越する宇宙規模の呪いには困ったものだ」
『うちは一族の転生者』が遺した呪いは斯くも強大なモノであり、桁外れの殺傷力を持った『魔法使い』でも殺害不可能と銘打つとは驚きである。
だが、それは個人に及ぶものであり、環境を改変してしまえば――。
「――魂魄を焼き尽くしても無駄、時間遡行しようにも『奴』が吸血鬼に噛まれた直後までしか遡れず、宇宙そのモノを破壊しても平然と巻き戻り、『吸血鬼』を『基幹世界』から放逐した瞬間に宇宙が巻き戻る。全く、哀れな『親友』の置かれた現状には同情するよ――」
読者の疑問を先読みして潰してご満悦の『魔法使い』に、『補正』からの顰蹙を買うが、苛立ちや鬱憤を一先ず置いておいて、それ以上に気になるキーワードがあった。
「『親友』?」
「あ、気になった? そうだろそうだろ、気になっただろう! 聞きたい? そうだねそうだね、聞きたいよねぇ!」
「うっさい」
物凄くうざかったので『補正』は一言で切り伏せる。その予想外な一言に『魔法使い』はしょんぼりとする。
「……君さ、元の豊海柚葉成分が最近強く出てないかい?」
『魔法使い』が何か遣る瀬無い表情になっているが、『補正』は無視する。『亡霊』は沈黙したまま、そんな二人を静かに眺めていた。
「まぁ聞きたくないのなら省くが、私は『彼』が何度も何度も破滅していく姿を見届けて無聊を慰めていた訳だ。永劫回帰で徐々に壊れていく『彼』の姿は格別だった――」
「ずっとそっち見ていれば良いのに」
掛け値無しの本音を『補正』は言い放ち、その言葉に『魔法使い』は嬉々狂々と嘲笑う。……はて、『彼』を喜ばせる言葉を放ったつもりは欠片も無いが――。
「――そう、それだよ。最近の『彼』は『外側』から見ても数十億年規模で変化無し、退屈極まるから此処にいるんだよ」
返って来た言葉は不可解な言葉であり――。
「逆転の発想に至ったようだけど、絶対失敗すると思うがね。――今の『基幹世界』は『彼』であり、『彼』は『基幹世界』そのモノであり、永劫に目覚めぬ夢の中なのさ」
と、此処で『魔法使い』は仰々しい演技っぽく礼で「めでたしめでたし」と締めてしまう。
余りの物足りなさに『補正』はきょとんとしてしまう。
物語の語り手を自称した癖に中途半端にしか語らないとは何たる仕打ちだと文句言いたげに不満顔になり――。
「……其処で終わり?」
「うむ、此処で終わりさ。後は『中の人』の物語だからね、他に相応しい語り手がいるだろうよ――」
――それは最後を超えた先にある最新の物語、あの『娘』の『兄』の物語。
ある日、何の予告も予兆も無く、1万人のプレイヤーが遊んでいた『ネットゲーム』に酷似した『仮想世界』に自分の作ったキャラで放り込まれた時、主人公・アリカは別の種類の絶望に打ちのめされていた。
『彼』のリア友、カイエは腹を抱えながら大笑いする。
「――ネットゲーで自分好みの女キャラ作って悦に浸っていたけどさ、ねぇ今どんな気持ち!」
その日、男でなくなり、赤髪おさげの少女となってしまったアリカは涙ぐみながら『現実世界』への帰還を切実なまでに誓ったのだった。
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