――英霊とは何なのか。
「神話や伝説の中の『英雄』が死後祀られて『英霊』となる。一騎当千の武勇を持つ者、神算鬼謀の軍師、国を救済した聖女、民を騙した扇動者などが該当するか」
――どうやったら、英霊は生まれるの?
「偉業を成し遂げて人々から信仰されれば自然と祀り上げられるものさ。近代の戦争で『英霊』が生まれないのはその為だ。……『スツーカの悪魔』とか、そういう人外は知らない。知らないったら知らない」
――偉業を成し遂げる?
「何でも良いさ。それこそ類を見ない善行でも度し難いほど醜い悪行でもな。本来死すべき人々の生命を救うとか、竜退治をするとか――百万人虐殺すれば此方の意志とは関係無しに死後『英霊』として祀られるだろうよ」
――悪行でも『英霊』になれるの?
「反英霊と呼ばれる種類の『英雄』にだがな。度し難い悪行でも後世には悲劇の美談として語り継がれるものだ、人間という生き物はね」
――何故、こんな事を聞いたかって? ……。
「言いたくないならそれで良いさ。ロストロギア如きで次元世界が滅びるほどだ。此方側には『抑止力』が無いだろう。死後を代価に先払いの契約をする事は出来ないだろうし、『掃除人』に成り果てる事は無いだろう」
――また新しい専門用語……?
「興が向いたら説明するさ。今は必要あるまい。――英雄など自分から望んでなるものではない。勝手に成り果てるものさ。栄光と破滅は等しく約束されたもの。英雄が必要とされていない世界が正しいのさ」
16/愛の唄
「――私から『聖杯』を奪うとな」
……それは、地獄の釜底から轟いたような末恐ろしい声だった。
両肩の魔術刻印が赤く脈動し、『魔術師』を中心に二重の陣が地面に走る。
今の『魔術師』は眼を瞑っているものの、激怒の貌を浮かべ、心臓を鷲掴みにされたかのような殺意を撒き散らしている。
近くにいるだけで息苦しいのに、空中に魔法陣を展開して静止している『高町なのは』らしき少女は平然と受け流す。
(いや、何なんだこれは?)
それどころか、頬を赤く染めて、うっとりと恍惚感みたいなものを浮かべている……!?
一体どんな経緯を辿って、彼女は此処まで壊れているのだ――?
「この聖杯戦争は他のサーヴァントと交戦する価値は基本的に無いですから。貴方の持つ『聖杯』にのみ価値がある」
そしてまた『聖杯』である。
……『魔術師』が持っていたのか、いや、それに対する『魔術師』の執着が異常極まりない。逆鱗に触れたかの如く勢いである。
(万能の願望機は彼の言では使い潰す者の手にしか渡らない。という事は彼は『聖杯』だろうと無意味に使い潰す――だが、この反応はおかしい。万能の願望機など欠片も必要としてないが、『聖杯』には彼が重要視する何らかの要素が含まれている?)
其処まで推測したが、その正体が何であるのかはまるで解らない。
しかし、この『高町なのは』の成れ果てである彼女は全て知っているようだ。彼女の言葉を全面的に信じるなら、信じられない事に未来において彼と師弟関係になったらしいし……?
「――理解して言っているよな『アーチャー』」
「ええ、その『聖杯』が貴方にとってどんな意味を持っているか、私は良く知っている」
「ふむ。よもや現在のマスターに配慮した結果ではあるまい?」
マスター、彼女のマスターは恐らく『フェイト・テスタロッサ』しか在り得ない。
聖杯戦争の事情を説明したのならば、プレシア・テスタロッサは『ジュエルシード』なんてあやふやなものよりも万能の願望機である『聖杯』を求めるだろう。
(となると、此処から更に『フェイト・テスタロッサ』と『アルフ』という戦力が投入される可能性があるのか……!?)
一応周囲の風の流れを観測してみるが、居なさそうである。ただ、二人共空戦適正があるので、感知外の距離から強襲される可能性も視野に入れて置かなければならない。
「あら、もしかしたら私のマスターは『彼女』じゃないかもしれませんよ?」
「それこそまさかだ。『交換したリボン』が触媒か、いや、それでは若干縁が薄い。或いは――彼女が持っていた『ジュエルシード』三個か?」
にやり、と高町なのはは笑った。
(……待て。このやり取りは何だ……!? 自身が召喚される可能性を高める為に、フェイトに配布された三つの『ジュエルシード』を死ぬまで持ち歩いたという事なのか……!?)
とあると、彼女がフェイトに召喚されたのは単なる偶然ではなく、意図的に仕組まれた必然となる。
明確で揺るぎない目的を持って、未来の『高町なのは』は此処に居る……?
「――解せぬな。此処で戦う限り、お前の勝機は無いぞ? 此処は我が領域、此方には『使い魔』もランサーも布陣している。何が目的だ?」
「愛すべき師と睦言を語らいに来た。それじゃ駄目ですか?」
「素晴らしい。最近の睦言とは対城級の砲撃魔法をぶち込んでから語らうものらしいな」
皮肉の応酬――だが、自分には『魔術師』がこの場で戦端を開く事を躊躇しているように見える。
彼女が自分の弟子ならば、手の内は全部見抜かれている事になる。手札が全部解っているのならば、勝機無くして彼女から仕掛けて来る事は絶対に在り得ない。
(ランサーの『刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)』ならば、幾ら堅牢な要塞じみた防御性能を誇る『高町なのは』でも容易に殺害出来る。それを知らぬ訳があるまい)
更には地の利が『魔術師』にある以上、此処での戦闘行為はまさに無謀とも言える。
ならばそれ以外の目的があるのか、本人の意志に反する何らかの縛り――『令呪』による強制力が働いているのか?
「……ご主人様、未来で『高町なのは』に何をしたんですか? 滅茶苦茶恨まれてません? つーか、純度100%のヤンデレですか?」
「さてな。あれがどんな未来を歩んでこうなったかは興味が尽きないが――現状では『敵』でしかないな」
痺れを切らしたのは『魔術師』が先であり、領地に魔力の光が生じ、屋敷の方も何やら聞き慣れない音が鼓動する。
屋敷の中に入らずとも、仕掛けは大量に設置されているようだ。対する『高町なのは』は――悲しげに顔を沈めた。
「――私を、見てくれないのですか?」
――空気が、変わる。
燃え滾るような熱気が『魔術師』から生じ、周囲の空間を歪ませる陽炎が揺らめく。
それは以前に冬川雪緒が忠告した、絶対に触れてはいけない事だったが――『魔術師』の戦闘者としての冷徹さは想像以上に強固だった。
「お前が見るに能うかは私が決める事だ」
「……そう、ですか」
『高町なのは』は寂しそうに顔を曇らせる。
何なんだろう、このやりとりは。アーカードの残骸を焼き尽くした『魔術師』の『魔眼』は見た対象を焼却死させるものと推測出来るが――『魔眼』の対抗策を持っている、とはどうも違う感じがするが……。
とりあえず、どう動くか。そろそろ『ステルス』の持続に限界が――『高町なのは』は振り向きもせず、見えてない筈の此方を指差し、桃色の魔力光を容赦無く放った。
「――ッ!?」
自分の一歩前に炸裂し、風圧だけで十数メートルはふっ飛ばして屋敷の壁に激突する。
集中力が途切れて、『ステルス』が解けてしまった。
「――邪魔しないでね、秋瀬君。こういう無粋な行動は、馬に蹴られて地獄に落ちるんだっけ?」
「ぶ、物理的な意味で落ちかけたわ……!」
……此方の手の内を完全に把握されているというのは、こうもやり辛い事なのか。
何らかの方法で把握されたのは間違い無い。サーチャーか何か撒かれていたのか?
問題は、その精度。完全に把握されて手加減されたのか、殺す気で外れたのか。
後者の確率が濃厚なのは気のせいだろうか? 背筋が凍り付く。彼らの戦いに介入する気力を失う。
――今の一撃は、間違い無く非殺傷設定だとか都合の良いものにはなってなかった。
「……え? わた、し?」
玄関先から、声がする。高町なのはは見上げ、『高町なのは』は見下ろす。
その時の『高町なのは』の表情は余りにも複雑であり、察し切れない。過去の自分に思う事は沢山あるだろうが――それも一瞬の事だった。
「――それじゃ、師匠。また今度逢いましょう。今度は邪魔の入らない場所でゆっくりと愛し合いましょう」
『高町なのは』は『魔術師』に投げキッスをして、遥か彼方に飛翔する。この場で勝負を付けずに撤退した、のか?
「……もう、何だったのですかねぇご主人様。……?」
緊張感を解いたエルヴィの一言に『魔術師』は相槌すら打たずに自らの思考に集中し、高町なのはは呆然と空を見上げる。
数々の謎を残し、五騎目のサーヴァントである『アーチャー』との顔見合わせは終わり――混迷の聖杯戦争に一石を投じたのだった。
「フェイトちゃん、大丈夫?」
「アーチャー、アンタ……!」
主の下に馳せ参じた『アーチャー』はのっけから彼女の使い魔に胸ぐらを掴まれ――『アーチャー』は家畜を見るような眼で見下す。
「そう怒らないでよ、アルフ。これでも魔力節約しているんだよ? 貯蔵量も全然足りないし。一発でガス欠になるのは流石に不便よねぇ」
「これ以上フェイトから魔力を吸い取ったらフェイトが死んじゃうよ!」
此処は彼女等が隠れ潜むマンション、彼女のマスターであるフェイト・テスタロッサはベッドの上に眠っていた。
それは安眠などとは程遠く、熱苦しく息切れし、酷く弱々しい有り様だった。
――魔力枯渇による意識不明、それが現在のフェイト・テスタロッサの正しい容態であった。
『アーチャー』は必要以上にマスターから魔力を奪い取り、生かさず殺さずの状態まで絞り取り、彼女を行動不能に陥れていた。
本家本元の魔術師ならばサーヴァントに配給する魔力程度は調整出来るだろうが、別系統の魔導師には酷な話である。
「そうだね、そうなったら私も現界に支障が出るから困るわね。予備のマスターは居ないし。やっぱり現地調達した方が手っ取り早いかな?」
配給元が立たれて弱体化しているアルフの腕を振り払い、『アーチャー』はソファに腰掛けた。
「げ、現地調達って……!?」
「そのままの意味だけど? 十人ぐらい見繕って喰らえばフェイトちゃんも大分楽になると思うよ?」
「馬鹿言わないで! フェイトを人殺しにする気かい!?」
アルフは今にも殴りかかりそうなぐらい激怒するも、『アーチャー』は余りにも普通過ぎる反応に逆に呆れ果てていた。
この聖杯戦争に挑むに当たって、彼女達とは温度差がある。意識がまるで違うのだ。
「私が殺害した分もフェイトちゃんに加算されちゃうから、遅かれ早かれ人殺しの仲間入りだよ? むしろ無意味に散らすより、有効に使った方が有意義じゃない?」
「――ッ。鬼ババアも鬼ババアだけど、アンタはそれを上回る悪魔だよッ!」
――悪魔、悪鬼羅刹、魔王、虐殺者、鬼畜外道、残虐非道。
どうしてこう自分に飛ぶ罵声はいつも在り来りなのだろうか? もっと気の利いた言葉は無いのか、『アーチャー』は残念に思う。
「今更だね。もう聞き飽きたわ、その陳腐な謳い文句」
――眼下に広がるのは無数の墓場、彼女と契約を結んだ歴代の主の墓標である。
それらを前に、彼女は何を想っているだろうか。
それは自分には解らない。自分もまた、この墓場に納まった一人であるし、最終的に彼女は永遠の伴侶である大十字九郎によって報われる事を知っている。
この時点でこれが夢であり、此処が彼女の記憶である事を自然に気づく。
サーヴァントとの契約下にある自分達には精神的にも繋がっており、記憶の流動があるとか無いとか。
確かに目新しいと思えば目新しい。歴代の彼女の主の結末を垣間見るのは初めての体験である。
……まぁ、その度に自分と比較して落ち込む訳だが。あれ、オレ弱すぎじゃね……?
そして最新の記憶に辿り着き、彼女は遂に大十字九郎に出逢う。
感慨深い。一時は自分のせいで大十字九郎と必ず出逢う未来そのものが見えなかっただけに、謎の感動さえある始末だ。
自分のせいで感動のフィナーレを迎える物語が瓦解してしまっては何に詫びたら良いだろうか? 神か? 仏か? あの世界の邪神にだけは勘弁だが。
大十字九郎と契約を結び、ブラックロッジと戦い、一時は死んだが邪神の策略で復活し、彼と愛を育み――おっと、此処は十八歳未満禁止だ。というか、スキップモードは無いのか!? 次、アル・アジフと会った時、気まずいぞこれ……!
そして迎える運命の一戦。世界を破壊しながら大十字九郎とアル・アジフが駆る『デモンベイン』とマスターテリオンとナコト写本が駆る『リベル・レギス』は死闘を繰り広げる。
恐らくは億単位に渡って繰り返し、同じ数だけ敗れ去った螺旋迷路の最終地点、遂に『デモンベイン』は『リベル・レギス』と同じ境地まで辿り着き、彼等の鬼械神の死闘は永遠に決着が付かない千日手となる。――唯一つの手段を除いて。
――神話が具現化する。最早オレ程度の魔導師では理解の及ばぬ光景が繰り広げられる。
全てはこの一瞬の為に繰り返された『クラインの壺』だった。
あらゆる旧支配者、外なる神を宇宙ごと封印した窮極呪法兵葬『シャイニング・トラペゾヘドロン』を打ち砕く為にナイアルラトホテップが繰り返した千の永劫――。
――そして、世界に外なる神は解き放たれた。
瞬く間に彼等は地球を蹂躙し、壊された、狂わされた、弄ばれた……!?
……検閲された記憶を取り戻せず、ナイアルラトホテップの策略に気づけなかった……!?
ちょっと待て。これはアル・アジフの記憶の筈。このアル・アジフは――救いの無いバッドエンドを辿った彼女だと言うのか!?
――『魔を断つ剣』は砕かれ、大十字九郎とアル・アジフは魂ごと邪神に陵辱され――彼の主はひたすら『書』を探し歩いていた。
それを、彼女は此処で見届けていた。
無数の墓場で、何も出来ずに壊れ行く大十字九郎を見続けていた。
彼はひたすら探し続けた。最早探し物が何であるのか、それすら判別出来ないぐらい壊され、精神的に狂い、記憶が全て摩耗しても探し続けて――いつも彼女の死を再体験して魂の底から絶叫する。
それでも彼は探し続けた。既に終わった結末、彼の魂が朽ち果てるまで永劫に終わらない悪夢を、彼女は見続けていた――。
「ああああああああああああああああああああああ――っ!?」
絶叫する。無限の絶望が喉元まで駆け上がり、オレの精神を呆気無く蹂躙する。
何だ、今のは。何だ、あの結末は! これがアル・アジフの末路だと言うのか。あれがオレが齎した最悪の未来だと言うのか!?
あんな陵辱され尽くした世界が、全てが狂い果てて壊された世界が、狂ったフルートの音色が鳴り響く悍ましき世界が――!
「クロウ!? どうしたと言うのだ……!?」
いつの間にか、誰かが、駆け寄って何かを喋っている。
人、そうだ、普通の人――自分自身の顔を全力で殴り、その痛みで何とか我を取り戻す。
今の自分の見える世界は汚濁されたものではない。何一つ穢されていない世界だと心底安堵する。
「はぁ、はぁっ、はあぁっ……!」
「クロウ、大丈夫か……?」
アル・アジフは心配そうに此方の顔を伺う。
いや、今、オレの心境を察しられるのは不味い。時間が欲しい、少しでも取り繕う時間が――。
「す、すまない、寝惚けた……水、水を、持ってきて来れねぇか?」
「お、おう、すぐ持って来よう」
いつも傲岸不遜の彼女は今回ばかりは素直に従い――彼女を見送って大きな溜息を吐いた。
此処に至って、シスターが何で武装の質問をさせたのか、図らずも解ってしまった。
彼女は疑っていたのだ。あのアル・アジフがどんな末路を辿った彼女なのかを。
オレは何も考えずにハッピーエンドに至った彼女だと思っていた。
旧神ルートの彼女は本当に神なる存在になってしまうので、聖杯戦争の召喚の枠組みから外れてしまう。召喚出来るのは英霊級であって、神霊級は不可能というルールに。
――邪神の策略に気づき、無限螺旋を突破し、何もかも無かった事になった新世界で再び大十字九郎と巡り合った彼女だと勘違いしていた。いや、疑いもしなかった。
程無くしてアル・アジフは水を淹れたコップを持ってくる。酷く慌てた様子が見て取れた。
「ああ、すまない。ありがとう……」
彼女から受け取り、一気に喉に流し込む。
冷たい水が身体中に広がり、少しだけ落ち着きを取り戻せたような気がする。
「どうしたのだ? クロウ」
「あ、はは。情けねぇ事に――『二回目』の死を夢見ちまってな。年甲斐も無く取り乱しちまった」
咄嗟の誤魔化しの為にそんな嘘を言ってしまい、その場面を思い出して憂鬱になる。オレとしても二度と思い返したくない出来事だ。
――オレには『邪悪』に対抗出来ない。
才能無きオレはアル・アジフの次のマスターを必死に探した。
そして遂に探し当てて、彼女にアル・アジフを託し――奴等に捕まってしまった。
奴等は新たなマスターを誘き寄せる為に、オレを公開処刑した。足の爪先から少しずつ捕食される最期を迎えるなんて、その時までは想像だに出来なかった。
(……全く、そんなのマブラヴの世界だけにしてくれよな)
奴等は少しずつオレを壊しながら「命乞いをしろ、今すぐ新たなマスターに助けを求めるんだ」と嘲笑いながら脅迫した。
苦しかった。痛かった。今すぐ楽になりたかった。だが、そんな願いは聞けなかった。最後までオレは「オレを無視してさっさと此処から逃げろ」と叫び続け、長い拷問の末に息絶えた。
「――すまぬ。妾はお前を、見捨てた」
アル・アジフは今にも泣き崩れそうな顔になった。
あの、傲岸不遜の彼女が、今ではそんな素振りさえ見当たらない。
彼女がどんな思いでオレが壊れる様を見ていたのか、彼女の記憶を見る事で知る事が出来た。
助けに行こうとする新たなマスターを、必死に止めてくれた。血を吐くような想いで、オレの託した想いを無駄にせずに遂げてくれた。
「何言ってんだ。辛気臭い事は無しだ。あそこで二人共喰われたら何もかもがおしまいだった。逆にあの場面で戻ってきたら、オレはお前を絶対に許さなかった」
ぽんぽん、と泣き出しそうな彼女の頭を撫でる。それ以外に、慰める術をオレは知らない。
――オレ、なのだろうか?
彼女を弱くし、大団円まで辿り着けなかった最大の原因はオレなのか……?
もしも、そうならば、オレの存在は、喩えようのないほど害悪だった。
これでは誰よりも邪神に利する存在だ。存在するべきでは無かったのだ、オレみたいな忌むべき異物は――。
「なぁ、アル・アジフ。これは最初に聞くべきだったんだが――お前が聖杯に託す祈り、まだ聞いてなかったな」
――びくり、と、アル・アジフは震える。
彼女は泣き出しそうな童女のように、涙を堪え、同時に目の前のオレなんかに恐怖した。
「妾は、わら、わは……!」
――ああ、今すぐ自分自身を殺してやりたい衝動に駆られる。
がらがらと、自分の中で何もかもが崩れ去る音が聞こえた。
オレが、取り返しの付かない失敗を、完璧な彼女にさせてしまった。オレがいなければ彼女は間違わずに最良の未来に辿り着けた筈だ。
一際甲高い破壊音が生じ、教会を激震させる。
よりによって、こんな時に敵襲だと……!?
「話は後だ! 行くぞアル・アジフッ!」
「あ、あぁ!」
中断し、オレ達は音の鳴った方へ走る。
階段を三段ぐらい飛ばして走り、大聖堂に辿り着く。
――入り口は木っ端微塵に破壊され、それを行ったであろう魔人は悠々と待ち構えていた。
それは深淵の闇より昏い、真っ黒尽くめの青年だった。
人外の美麗さに瞳は狂ったように爛々と赤く輝いており、服には冒涜的な意匠がこれでもかと仕込まれている。何より特徴的なのは――。
(闇に浮かぶ、三つの燃え上がる眼――!? )
身に纏う悍ましき魔性さは他に比類する者は無く、一瞬にして敵との力量差を思い知ってしまう。
これはまずい。桁外れだ。過去に出遭ったどんな魔導師と比較しても、比較対象に成り得ない。
「こうして遭うのは初めてかな? クロウ・タイタス」
まるで詠うように青年は口にし、礼儀正しく一礼する。
寒気が走る。心が萎縮する。敵う訳が無いと、戦う前から解ってしまった。
背後から誰かが駆けつけ、この侵入者を目撃する。
シスターだ。彼女は忌々しげに睨みながら、あらん限りの敵意を込めて叫んだ。
「『這い寄る混沌』の『大導師』――!」