転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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 天には『銀星号』が合当理ではなく、陰義である『重力操作』で静止して悠然と立っており、地にはバーサーカーが内在する無数の生命を蠢かせ、ランサーは正面遭う両者と正三角形になる位置に布陣して赤い魔槍を構えて対峙する。

 

(――『銀星号』、二世千子右衛門尉村正、あれが『武帝』の転生者……!)

 

 一体どういう経緯で湊斗家に奉納されていた呪われし妖甲と結縁し、三回目であるこの世界に持ち及んだのか――それは現段階において然程問題では無い。

 確実にサーヴァントに匹敵するであろう決戦戦力によって予期せぬ三つ巴が形成されているのが一番の問題である。

 

(――流石に湊斗光のような超越的な仕手ではないと信じたい。原作の『銀星号』よりも戦闘力が遥かに、格段に劣る筈だ)

 

 この史上最強級の劔冑を、あらゆる意味で一桁も二桁も突き抜けた仕手が駆った結果、『装甲悪鬼村正』での『銀星号』は白銀の魔王という仇名に相応しい災厄を『大和』に齎した。

 その湊斗光より優れた仕手など存在しようがない。この事から、原作の『銀星号』よりマシと言えばマシになるだろう。

 

(それでも、あの劔冑は抜き出てヤバい――)

 

 この拮抗状態は此方の陣営にとって最悪の結果だ。

 ただでさえバーサーカーによる魔力枯渇で月村すずかが自滅する前に決着を付けないと行けないのだが、一番に動けば残りの二勢力によって袋叩きにされて真っ先に退場する羽目になる。

 

(どうする? まだ高町恭也が到着していないが、『ステルス』で隠れ潜むオレが仕掛けて状況を打開するか? いや、そうなれば居場所が知れたオレが一刀両断されて死ねる)

 

 現状では『銀星号』に損害らしきものは見当たらず、月村すずかの方は膝を屈して苦痛に顔が歪んでいる。バーサーカーの方は変わらず健在であり、現在進行形で突然変異を起こしそうなぐらい蠢いている。

 ランサーの方も初見の『銀星号』が侮れない存在である事を見抜き、迂闊に仕掛ければ自身が討滅される事を悟ったのか、朱の槍の穂先がやや『銀星号』に向いている。

 

(単純な武力も脅威的でしかないが、此処で『精神汚染』なんかされたら――)

 

 最悪の場合、それだけで全滅しかねない。

 ランサーなら大丈夫かもしれないが、単なる人間に過ぎない自分達で『銀星号』の精神汚染波に対抗する手段は無い。

 

 ――早急に『銀星号』をこの舞台から退場させなければなるまい。

 そう思った矢先に『銀星号』が動いた。白い流星と化して夜空を疾駆し――この戦場から一目散に離脱した。

 

「チッ、見逃して高みの見物かよ。いけすかねぇ奴だ」

 

 如何なる理由で撤退を選んだのか――いや、彼等の戒律は『善悪相殺』、強大無比なる武力を誇っていても容易に敵を葬る訳にはいかないという訳か。

 天からの脅威は去り、ランサーはバーサーカーに槍を向けて――遅れて高町恭也が到着した。

 

「……あは、ははは。馬鹿みたい。もういない仇敵を求めて、堕ちる処まで堕ちて――救いようが無いよね」

 

 月村すずかは力無く、涙を流しながら自嘲する。

 様子がおかしい。自分と相対した時は狂気と憎悪に支配されていたような有り様だったが、今は正気に立ち戻っている?

 そして『もういない仇敵』だと? 何らかの理由で死んでいたのか? 神谷龍治を殺害した黒い武者とやらは――。 

 

「すずかちゃん……もう、やめるんだ。もう、帰ろう」

 

 高町恭也は壊れ物を扱うかのように、慎重に言葉を選んで告げる。

 今の月村すずかは崩壊寸前のダムのようだ。何かきっかけがあれば、一瞬にして崩れ去るほど脆いように思える。

 だが、今ならばもしかしたら説得出来るかもしれない。『魔術師』はあくまで失敗を前提としていたが、今は想定していた状況とはまるで異なる。

 

「……帰る場所なんて、もう無いですよ。こんな唾棄すべき汚物が、お姉ちゃん達と一緒に居れる訳、無い――」

 

 ……何とも痛々しい顔だった。

 こんな九歳に過ぎない少女が、此処まで絶望し、此処まで苦しみ、此処まで追い詰められている。

 この街の異常な環境が、彼女という犠牲者を作り出すに至ったのだろうか。それは、一体如何程の業だろうか。

 

「……恭也さん。私は殺したよ。バーサーカーを維持する為にね、無関係な人を沢山殺しちゃったよ。神谷君の仇を取る為に、それだけ願って、狂った振りして誤魔化して――でも、その仇敵はもう居なくて、私のやった事は無意味で、気づけば私だけが加害者になっていた――」

「……違う。そんなものが召喚されなければ、そもそも聖杯戦争が起こらなければ、こんな事にはならなかった!」

 

 何か一つでも条件が違えれば――例えば、召喚したサーヴァントが『アーカード』の残骸でなければ、もっと別な真っ当なサーヴァントであったなら、召喚する前に高町なのはによって令呪を封印されていれば、このような事態にはならなかった。

 ――冬川雪緒が彼女に殺される事も、無かっただろう。奥歯を食い縛る。歯軋り音が鳴らないよう、注意しながら――。

 

「……ごめんなさい、恭也さん。こんな事を私などが言うのも烏滸がましいけど、お姉ちゃんと幸せにね――」

「すずかちゃん、何を――!?」

 

 見る側が痛々しくなる笑顔を浮かべた月村すずかの視点が下に移り、自身の右手の甲に輝く令呪に――ヤバい!?

 ステルスを続行しながら、即座に駆ける。令呪を持って何を命じるか解らないが、間に合え――!

 

 

「――バーサーカー、私を殺して」

 

 

 馬鹿、何て事に令呪を使うんだ……!?

 前代未聞の令呪の命令に、内心叫ばずにはいられない。

 

 月村すずかの背後に蠢いていたバーサーカーは即座に命令を実行し――緊張の糸が途切れて意識を失って崩れそうになった彼女を間一髪の処で救出し、ランサーと高町恭也達の方へ必死に逃げ込む……!

 

「何だ何だァ!? 随分と予定が違うじゃねぇかッ!」

 

 令呪の命令を実行するべく、無秩序に殺到したバーサーカーを朱色の槍で打ち払いながらランサーは愚痴る。

 その点に関しては同意見だ畜生ッ! 何一つ思い通りに行って無いが、とりあえず月村すずかは確保した。

 一度も振り返らずに走る。此処はランサーと高町恭也に何とかして貰うしかない……!

 

「坊主、解ってるな!?」

「時間稼ぎしてくれ! なのはに残りの令呪を封印させる!」

 

 目指すは高町なのはが待機している遥か後方、令呪を全部剥ぎ取れば、バーサーカーは現代の依代を失って消え果てる――。

 

 

 

 

 ――無数の黒い腕が殺到する。

 

 それは一つ一つが人間を襤褸雑巾のように引き裂く暴力の塊であり、人間どころか同種の吸血鬼にとっても致死の猛攻である。

 青い槍兵はそれらを上回る速度をもって突き刺し、切り払い、両断し、擬似的な『死の河』を嬉々と迎撃していく。

 海鳴市に召喚されて初のサーヴァント戦となる今回、ランサーは自慢の朱槍を存分に振るっていた。

 

「へぇ! 一目見た時から出来るとは思っていたが、中々やるじゃねぇか!」

「そりゃどうも! 其方に比べれば大分見劣りするがな!」

 

 対する高町恭也は一撃離脱を繰り返し、圧倒的な暴力を一心に切磋琢磨した武術をもって対抗する。

 並大抵の者ならば瞬時に引き裂かれる人外魔境の戦地を、小太刀とその身に刻んだ技能で渡り切っていた。

 

「令呪で自分自身を殺せなんて命令した時は肝が冷えたが、追い風だったな!」

「それは、どういう事だ!?」

 

 押し寄せる黒い波に、二人で遅滞戦法を取りながら叫び合う。

 このサーヴァントがバーサーカーで良かったとは、ランサーのマスターである『魔術師』の言葉である。

 吸血鬼が恐るべき化物であるのは卓越した理性をもって人外の力を振るう暴君だからだ。理性を削り取って更に力を向上させた処で、総合的な戦闘力は遥かに下向するだろう。

 

「バーサーカーは『マスターを殺せ』という単純明快な命令を実行出来ずに、逆にペナルティを受けている。命令を最優先したいのにオレ達と戦っているからな! ほらよっと、要所要所で動きが鈍いだろ?」

「――っ、なる、ほどッ! 通常の状態なら十回は死んでいた処だ……!」

 

 そう、今のバーサーカーは絶対的な命令権である『令呪』によって、その圧倒的な性能も戦闘目的も縛られている。

 月村すずかの殺害を最優先にしている。その為に目の前の敵の排除を優先せず、月村すずかの下に馳せ参じようとしている。

 最速を誇る槍兵のサーヴァントと御神流の剣士を前にして、あるまじき隙であった。

 

 ――時間稼ぎは想像以上に上手く行っている。

 

 イレギュラーな事態かと思われた『銀星号』は、此方に利していたのだろうか。

 程無くして高町恭也のズボンのポケットに入っている携帯が喧しく鳴り響く。事前に番号を交換した秋瀬直也からの連絡だろう。

 

「……すまない! 一旦離脱する!」

「おうよ! まだ暫くは大丈夫だが、流石に三百万の生命のストックは伊達じゃねぇなぁ……!」

 

 流石の大英雄でも、三百万の生命を一人で殺し尽くすのは不可能である。

 高町恭也は一気に離脱し、バーサーカーから目を離さずに携帯を取る。

 

「秋瀬直也、令呪は!?」

『たった今、摘出完了だ。これでバーサーカーはこの世に留まるのに必要な依代を失った!』

 

 どうやら彼の妹は上手くやれたらしい。

 懸念が一つ解消され、反撃の狼煙を知らせる朗報に高町恭也は笑みを零す。

 

「ランサー、令呪を剥ぎ取ったぞ!」

「――何だって?」

 

 歓喜と共に叫んだ言葉は、最前線を舞う者の困惑によって打ち消される。

 ランサーも一先ず離脱し、一足で後方に跳躍して高町恭也と合流する。

 

「坊主ッ! 本当に令呪を摘出したのかッ!? 大して変わっとらんぞォ!」

 

 ランサーは携帯に向かって叫ぶ。

 

 ――本来ならば。令呪を剥ぎ取り、この世に定着させた依代を消せば、ただでさえ魔力消費の激しいバーサーカーのサーヴァントだ。その身体を維持出来ずに消え果てるだろう。

 魔力枯渇で完全に消え果てるには少しだけ時間が必要だが、それでも性能の劣化は必至だ。

 マスター不在時の第五次聖杯戦争の『アーチャー』は、とある新米魔術師のマスターと互角に打ち合えるまで自身の性能を落としに落とした。

 

 ――バーサーカーは黒い波として押し寄せる。

 その猛威は未だに陰りを見せず、この作戦の成否に暗雲が立ち昇るのだった。

 

 

 

 

(――何だって……!?)

 

 バーサーカーは未だに健在、能力値に劣化は見られず。

 その報告は秋瀬直也に驚愕を齎した。此処まで上手く行って、ぶち当たった壁が想定外のこれだ。

 鬼気迫る表情で摘出した後の月村すずかの腕を見直すが、シミ一つ無い、としか表現のしようが無い。

 

 令呪は完璧に摘出されている。バーサーカーが健在の原因は他にあると見るべきか。

 

 即座に対応策を取る。思考放棄に近いが、迷わず『魔術師』に電話を掛ける。待ち構えていたのか、一コールで彼は出た。

 

「令呪を封印したのにバーサーカーが消えない! どういう事だ!?」

『恐らくだが、月村すずかの命令が最後の拠り処になってしまっているのだろう。令呪の命令を果たすまでは消えないだろうし、最悪なのはこの世界の依代である『月村すずか』を取り込まれたら手に負えなくなる事だ。消えずに現界し続けてバーサーカーは自然消滅しなくなる』

 

 ランサーを通して近況を知っている『魔術師』は冷静に、的確に分析結果を述べる。

 

 ――それは、第四次聖杯戦争の『キャスター』が呼び寄せた海魔と同じぐらいまずい事態になっている事か……!?

 

 事もあろうか、令呪が魔力源となっていて消滅せず、令呪の命令通り果たして月村すずかを殺害されたら、あの大喰らいのサーヴァントは彼女そのものを喰らい尽くし、この世界に根付いてしまうというのか……!

 三百万もの生命のストックを持っている恐るべき吸血鬼の残骸が、マスターも無しに自立するだと――!

 

「どうすれば良いッ!?」

『どうもこうも、もう答えを言ってしまっているようなものだがな』

 

 答え? 答えだと? 今の何処に対応策があったというのだ!

 テンパリながら『魔術師』の次の言葉を催促する。

 

 ――にやり、と、『魔術師』が誰よりも邪悪に嘲笑う姿を克明に幻視出来た。

 

 

『――簡単だよ、秋瀬直也。月村すずかをその手で縊り殺せば良い。それで万事解決だ。欠片も残らず消滅させるのが理想だ、一滴すら血を飲ませないようにな』

 

 

 バーサーカーをこの世界に固定する依代を消去し、令呪の命令も果たせて魔力枯渇させる。それが一挙に叶う理想的な手段を『魔術師』は平然と言ってのけた。

 

「は……? 正気、か?」

『何を迷う必要がある? 躊躇う必要が何処にある? それは冬川雪緒を殺した少女で、海鳴市を死都と化す災禍の化身だ。――小娘一人の生命と街一つの人間全て、何方を優先するべきかは考えるまでも無いだろう?』

 

 高町なのはが心配そうに此方を見る。

 今のオレの顔色は、間違い無く真っ青になっているだろう。

 

 ――考えるまでもない。此処でバーサーカーに月村すずかを取り込ませてしまったのならば、もやは殺害手段は無くなる。

 街一つで済めば良いかもしれない。海鳴市が死都となって、死者が侵攻し続け、未曽有の災厄を齎すだろう。

 

『その少女を殺して、君は英雄になるんだ――』

 

 まるで悪魔の甘言のように『魔術師』の言葉は脳裏に響き渡る。

 

 此処で殺さなければ、街一つが死都と化す。

 月村すずかの生命で、全員が救われる。

 コイツは冬川雪緒を殺した。それは許される事ではない。

 奴とは一週間足らずの付き合いだったが、この街で生きる術を教えてくれた。

 返しきれないほどの大恩のある男を、だ。

 

(この場においては、オレしか出来ない……)

 

 スタンドを出し、手刀を月村すずかの喉元に定める。

 相手は気を失っており、避けられる心配はまず無い。

 高町なのはにはスタンドは見えていない。

 阻止は間違い無くされない。速やかに事は成し遂げられるだろう。

 

(迷うな、殺すんだ……)

 

 道の一角が爆発したように吹き飛び、ランサーと高町恭也が後退しながら此方に視線を送る。

 その直後にバーサーカーは現れ、幾千の眼は令呪によって殺害対象になっている己のマスターに注がれた。

 

 そしてオレは選択を――。

 

 

「――決断出来なかったのか。それとも最善の結果を意図せずに引き寄せたのか? 興味深い考察だな」

 

 

 それは携帯電話からではなく、背後からの肉声だった。

 バーサーカーに幾十の爆撃が加えられ、侵攻が中断されたと同時にランサーと高町恭也が離脱して此方に合流する。

 

「『魔術師』……!?」

 

 此処には居ない筈の『魔術師』が、『使い魔』であるエルヴィをその背中に従わせ、悠然と立っていた。

 両腕の黒い着物の部分は赤く爛れたように発光しており、彼が受け継いだ『魔術刻印』が両腕から両肩に至るまで脈動していた。

 

「ランサー、高町恭也、さっさと下がれ。邪魔で仕方ない」

「あぁ!? 今下がったらバーサーカーに飲み込まれて死ぬぞマスター!?」

 

 何を寝言を吐いているんだ、とランサーは一喝し――『魔術師』は自身の両眼に右手を添えて、一歩、前衛組である彼等より前に歩んだ。

 

 

「――この私の『視界』に絶対入るな、と言ってるんだ」

 

 

 その瞬間、この空間の何もかもが死に絶えたような、そんな奇妙な感触を味わった。

 ――そして、その感想は、性質の悪い事に間違ってなかった。

 

「――な、」

 

 バーサーカーの身体が発火し、燃えている。

 あれは三百万に及ぶ生命の集合体だ。単なる発火魔術など、その身に蓄えた血潮で瞬時に消え果ててしまうだろう。

 

(――違う。これ、は、世界が燃えている? 『アーカード』の世界が……!?)

 

 死者達の腕が火達磨になって一方的に燃えていく。燃え堕ちていく。

 千の眼は焼き焦げて、一つ残らず瞑られていく。泡沫の夢は終わったのだと、終わらぬ悪夢は覚めて朝が来たのだと、彼等の世界を燃やし尽くす――。

 

 

「城主無き死徒の領民、夢の残骸か。よもや此処まで醜いとはな。あの吸血鬼殲滅狂の『神父』が吸血鬼を前に戦闘を放棄する訳だ――これは、見るに能わない」

 

 

 ……この場にいる誰もが、誰一人、動けずに見届けた。

 バーサーカーが燃え尽きる様を、光の粒子になって消滅するその瞬間を――。

 エルヴィは寂しそうに目を瞑って、吸血鬼でありながら神に祈る言葉である「Amen.」と呟いて十字を切った。

 

 

 

 

「――へぇ、それが君の隠し玉なの。絶対何か隠し持っていると思ったけど、随分と凶悪な『魔眼』をお持ちのようで。制御不能だから『邪眼』の類かしら? 流石は流石は、本来は勝者無き第二次聖杯戦争で『聖杯』を入手した勝利者ねぇ」

 

 燃え尽きるバーサーカーを見ながら、唯一つの観客席で観戦した『豊海柚葉』は艶やかに微笑んだ。

 赤く燃え滾る炎はそれだけで芸術だった。あれほどまでに激しく、荒々しく、澄んだ炎は見た事が無い。

 

「本当に、綺麗な虹色。赤味が少し強いのは『起源』に引き摺られているからかな? 効果は単純な『発火』や『発熱』じゃないようね。強烈で無慈悲な『運命干渉』かな?」

 

 誰も見る事が叶わなかった『魔術師』の魔眼は、最上級の宝石の如く綺羅びやかだった。

 人体蒐集みたいな趣味は持ち合わせていないが、とある世界で七大美色と言われる『緋の眼』に匹敵する輝きには、官能的で熱く火照った。

 

「万華鏡の如く七色が混同した『虹』――とは呼べないか。あれは月の王様とやらの証だって言われているし? 『宝石』の時点で最高位の『ノウブルカラー』だったけ? 唯一つの例外が多い世界よね、ホント」

 

 くすくす笑いながら席を立つ。

 中々愉しい前哨戦だった。聖杯戦争の第一回戦にしては上出来だろう。

 ただでさえ欠場者がいる中、貴重な一戦一戦を愉しまなければ損である。

 

「それにしても『月村すずか』は間違い無く此処で死ぬと思ったのになぁ。本当に私も君の事が興味深いよ、秋瀬直也」

 

 ――死せる運命を覆す。これが如何に困難かは最早語るまでもない。

 

 秋瀬直也は英雄になる道を選択せず、自らの手を血で穢す選択を下さなかった。

 一見してこれは単なる選択放棄に見えるが、結果として時間内に選択しない事が最良の未来を引き寄せた。

 その事には何かしらの意味があるのではないだろうか?

 

「彼は本当に『正義の味方』なのかなぁ?」 

 

 まるで恋焦がれる乙女のように、豊海柚葉は素肌を赤く染める。

 この聖杯戦争において限り無く無力に等しい彼の活躍が何故こんなにも愛おしいのか、その理由は彼女自身も正確には掴めてなかった。

 

「さて、次は『教会』勢力に踊って貰おうかしら? 彼は主役足り得るかしら?」

 

 力不足の『正義の味方』、愛に狂った『魔導書』、自殺志願者の『禁書目録』、次の物語のキーパーソンである『闇の書の主』――その空中分解しそうなほどごちゃごちゃな陣営に対するは、狂うほど一途で不屈な『大導師』殿である。

 

 

 

 

 


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