転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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エピローグ

 

 

 

「……はぁ、ボスラッシュとか勘弁して貰いたいねぇ。どいつもコイツも再生怪人扱いなのに弱体化してないとか不具合過ぎるっしょ?」

「ミッドチルダでのトラウマが鮮やかに蘇りましたよ。今回のは本家本元の『死の河』ですし。……あれ? このやりとり、前にもしたような――?」

 

 いつぞやのオープンカフェで寛ぎながら、私は砂糖ありありのコーヒーを口にし、アリアさんは全身脱力しながらオレンジジュースを飲んでいます。

 以前にもこんなやりとりをしたなぁと既視感を覚えながらも、いつだったかなぁと思い出せず。

 まぁ思い出せないという事はさして大事な事でも無いという事ですね。

 

「前は二人だけのお茶会だったけど、今回は新入りがいるけどね。やったねティセちゃん家族が増えるよ!」

「それは駄目過ぎるフラグです!?」

 

 極一部の人にとって永遠のトラウマもののフラグを建てたアリアさんに私は「おい馬鹿やめろ」と突っ込みますが、私達二人と同席する『白い魔法少女』――『魔法少女まどか☆マギカ』式の魔法少女である白さんには元ネタが解っていない様子でした。

 

 ……しかし、私から見ても途方も無い魔力の持ち主――まさかの鹿目まどか級の魔法少女らしい――ですが、何処かこう、存在そのモノが幻想で今にも消えてしまいそうな少女という印象が強いです。

 

 明日には独りでに消えている系の薄幸の美少女、というのが第一印象でしょうか。

 

「……えーと、話が見えない、のですが?」

「あー、無理に敬語使う必要無いよ、白ちゃん。年齢不詳・経験不明の『転生者』に年功序列なんて無意味極まる概念だしー。どうせあの『魔術師』の事だ、何の説明無く指定の場所に行けって指示しただけでしょ? アーマードコア並に不親切なチュートリアルだねぇ」

 

 白さんが目を白黒させる中、アリアさんは遠い目をしながら「そーいやそれにこだわった器の小さい男もいたっけ、元気してっかなー?」と、生死不明な元同僚の太っちょの中将閣下に思いをほんの――多分一秒にも満たないぐらいの時間、馳せた。

 まぁ今の白さんが対面した状況は「騙して悪いが仕事なんでね!」という傭兵特有の気前の良い依頼なのでしょう。

 世間慣れしてなさそうな彼女には『魔術師』の悪意がどの方向から来るのか、解らないで困惑しているのでしょう。あの『魔術師』の悪意は彼女の元の世界の『魔女』よりも歪曲しているので非常にやり難いのです。

 

「まぁ私達にしても『資金援助してやるから世間知らずで時代遅れの魔法少女を世話しろ』としか聞いてないけど。根無し草には嬉しい提案だけど、君はぶっちゃけて言えば私達に対する『首輪』だろうね。『魔術師』の都合が悪くなったら『仲間』から『刺客』に早変わり。困った困った、これは切っ先が少しでも揺らぐように好感度稼いでおかないといけないねー」

 

 ……先の大事件で突如誕生した最強規模の魔法少女、白さんは『魔術師』神咲悠陽に殺生与奪を完全に握られているみたいです。

 その彼から受けた最初の命令はとあるオープンカフェで待つ私達と合流する事であり、後の指示は二人から聞けとしか説明されていない。

 一体全体どんな無理難題を押し付けられるか、一種の覚悟を決めてから訪れただけに、私達との空気の差に白さんはただひたすらに疑問符を浮かべるばかりなのでしょう。

 

「さて、とりあえず飲み終わったら生活必需品の買い出し行こうぜー。必要経費だし、精々『魔術師』殿の懐を痛めるとしましょうか」

「い、いや、私にはそういうのは必要無いんだけど――」

 

 元より白さんは『魔法少女まどか☆マギカ』式の魔法少女であり、魂を加工して作られた『ソウルジェム』が本体である事が当たり前になっている節があります。

 故に肉体はどうにでもなる付属品に過ぎず――二回目の世界で数百年間魔女として活動した経験は容易に人間としての営みを忘却させた為、魔力さえあれば幾らでも補える程度の認識しかないのでしょう。

 その人間らしからぬ者の反応を正確に見抜いてか、アリアさんは深々と溜息を吐きました。

 

「やぁれやれ、存在不適合者の社会復帰なんてきつい案件を押し付けられたものだ。――良いかい、白ちゃん。女の子には女の子として生まれたその日から美しく着飾る義務があるのだよ」

「そうですよぉ、経費が下りるんだから使える範囲で使い切ってしまわないと駄目なのです! 迂闊に残すと次の予算で削減されてしまいます!」

 

 ……実体験の篭った世知辛い官僚生活の告白を白さんは敢えてスルーしたようです。

 嗚呼、懐かしいなぁ、管理局での生活は。二度と戻りたくないですけど。

 

「私達は二回目の『転生者』だから、三回目の『転生者』の君が抱く葛藤なんて欠片も共感出来ない。でもね、これだけは断言出来るよ。人生は楽しまなきゃ損って事さ」

 

 

 

 

 ――白

 

 元管理局員のティセ・シュトロハイム、アリア・クロイツと共に奇妙な共同生活を送る事に。

 人間としての感性が戻りきっていない元魔女の魔法少女の社会復帰を、二回目の転生者である彼女達は二回目特有の空気の軽さで強引に推し進めていく事となる。

 週に一度の割合で『魔術師』の屋敷に訪れ、濁った『ソウルジェム』を浄化する作業と共に無理難題を押し付けられる。

 一応報酬は出るが、『ソウルジェム』の浄化作業で(『魔術師』が足元を見て、尚且つ彼の個人的な恨み+愉悦目的の為に)強制徴収されるので生かさず殺さず状態が続く。

 このブラック企業も真っ青な労働条件と最低賃金に「待った!」を掛けるべくアリア&ティセが何処かの暗黒卿の敵側の人達が得意とする『過激な交渉』に訪れるのは別の話である。

 

 ――『闇の書の欠片事件』改め『うちは一族の転生者事件』からの縁で、『教会』の禁書目録『シスター』&セラ・オルドレッジとは一定以上の友好を築いている。

 

 

 

 

「……あー、早く死にたい……」

 

 爽やかな朝、それに真っ向から反するどんよりとした暗闇の雰囲気を漂わす野郎の名は赤坂悠樹。先の事件の黒幕に『穢土転生』され、はやてに倒された『過剰速写(オーバークロッキー)』のオリジナルらしいが……。

 

「……なぁ、コイツ、『過剰速写』のオリジナルの癖に性格違いすぎねぇか?」

「……戦っている時は超テンション高かったんだけどなぁ……」

 

 テーブルに倒れ伏す完全無気力状態のダメ人間を見ながら、隣にいるヴィータは困惑した顔で「もっとこう、精神的にぶっ飛んだヤツだったんだけどなぁ」と首を傾げる。

 つまりこれは何処かの満足同盟のリーダーのような『満足時代(黒歴史)』、『ダークシグナー時代(黒歴史)』、『満足街時代(黒歴史)』みたいな変化だろうか? 全部黒歴史だが。

 

「死にたがり屋が『穢土転生体』になって成仏出来ずにいるとは、随分と愉快な状況ですねぇ」

 

 例え初対面で関わりが無い相手でも突っ掛かる姿勢はいつも通りと言わんばかりの『代行者』だが、いつものヤツの悪態を知っている身としてはキレがいまいち足りない。

 

 まぁ何故かと言えば――。

 

「……お前、絶対安静だろ? 嫌味を言う為だけに態々起き上がってきたのか?」

 

 この前の事件で最も重傷だったのは『代行者』に他ならず、冗談抜きにマジで瀕死の重体で現在進行形で死に掛けている。

 全身包帯姿の『代行者』は決してヤツの普段の素行からシスターやシャマルやシャルロットが回復させる事を拒否したのではなく……さ、流石に此処まで死に掛けていれば拒否しないよな? ――素肌が異常なほど黒く腫れており、長続きする回復阻害効果に苦しんでいる最中である。

 

「……というか、私に『魔女』の大軍を押し付けた癖に何で死に掛けてるんです?」

「おや、此方の怪我を気遣ってくれるんですか? これはこれは怪我をした甲斐があったもんですねぇ!」

 

 ……うん、ジト目のシスターに返す言葉にもいまいちキレがない。

 いつものヤツなら「人形が人の心配をするなんて烏滸がましいと思わないですか?」とかいう具合に更に腹立たしく煽る筈である。

 

 ゴキブリ並にしぶとい生命力で何とか寝たきりになっていないという状況で、一体何が『代行者』を駆り立てているのか、深く疑問に思うばかりである。

 アイツにとって、自分の安否よりも他人の悪態を突く方が優先順位高いのか……?

 

「あらあら、『代行者』さん。嫌味にいつもの切れが足りないわぁ、本格的に参ってるんじゃない?」

「いえいえ、前世での叶わぬ切望を果たして抜け殻となった『神父』ほどではありませんよ。このままぽっくり逝かないか心配ですよ」

 

 いつもの仕返しとばかりに嘲笑う紅朔に『代行者』は笑顔でこの場にいない『神父』をディスっていく。

 「まぁそれはそれで大往生になるんですかねぇ?」と付け足すが、お前は何を頑張っているんだ、額に脂汗滲んでいるぞ。

 

「……お前なぁ。全く、テメェはいつでも全方面に喧嘩売って――」

「――私なら大丈夫ですよ、クロウ」

 

 ……と、噂をすれば何とやら、居間に『神父』が現れた。

 あの事件で前世での宿敵、吸血鬼『アーカード』との決着をつけた『神父』は人生の目標を早々に達成した人のように覇気が無くなり、『教会』の皆を心配させたものだ。

 反面、何一つ心配されない『代行者』との違いは日頃の行いとしか言えないだろう。自業自得である。

 

「残念でしたねぇ『神父』。吸血鬼『アーカード』を仕留めて死ねたのならば、満足の内に――」

「ええ、私自身、それを望んでいた節がありましたが――夢を見ましてね」

 

 ……何やら『代行者』の嫌味が欠片も残さず吹っ飛ぶぐらい不穏な事を聞いた気がするのは気のせい、ではなかった。

 やはりというか、『神父』は刺し違えてでも吸血鬼『アーカード』を仕留められれば良かったと思っており――『魔術師』の『使い魔』の助けがなければただの真実になっていた事に寒気が走る。

 

「その夢には『アンデルセン先生』がいて、私は嬉々と証明出来た事を報告したんですよ。ですが、先生は首を横に振って後ろを指差して――其処には『君達』が居たのです」

 

 ……何とも反応が困る告白をされて、『代行者』は珍しく驚いたり歪んだり百面相をする。

 あの男にしては珍しく、気恥ずかしげにしているのか……!?

 

「……『置き去り』と似たような境遇だと聞いたが、天と地の差だな……」

「いじけない、いじけないっ。隣の芝生は青いってヤツや!」

 

 何でか知らないが、更なる悪循環に陥った赤坂悠樹を――シグナムとシャマル、そして犬状態のザフィーラを引き連れた、車椅子に座ったままのはやてが慰める。

 微妙に慰めの言葉になってない気がするが……。

 

「はいっ」

「……?」

 

 そんなヤツに、はやては手を差し伸べる。奴は不思議そうにその小さな手を見て――。

 

「歩く練習したいから、手ぇ貸して欲しいな――悠樹さん」

 

 はやての晴れやかな笑顔を見て、少し躊躇した後、ヤツは渋々と――性格的に在り得ないと思うが――恐る恐る生身の左手を差し出して、はやてはその震える手をしっかりと掴んだのだった。

 

 

 

 

 ――赤坂悠樹

 

 『穢土転生』に縛られて成仏出来ず、消え去る事も出来ない彼は『教会』に居座る事に。

 今の彼は『穢土転生』の不死性によって能力をデメリット無しで使用可能だが、極度の精神的不調から能力使用が一切不可能になって『無能力者(レベル0)』になっている。

 ……とは言っても、彼自身、超能力なんて無くとも凶悪なテロリストの為、ヘタすると能力が無い方が厄介になる。

 今は八神はやてのリハビリに付き合っており――精神的に立て直して大往生するか、立て直せずに永遠に彷徨い続けるかは遠い未来の話、彼を取り巻く環境次第である。

 

 

 

 

 ――『闇の書の欠片事件』改め『うちは一族の転生者事件』。

 

 主犯がそのまま事件名になった今回の事件は奇跡的に死亡者0名、周囲の建物への甚大な被害もなのは式の結界魔法による修復という名の尊い犠牲(主に出番の無かったユーノ及びミッドチルダ式の魔導師&ベルカ式の騎士が魔力切れになるまで強制労働)によって事無きを得た。

 

 その中で唯一、代償を踏み倒し損ねた『魔術師』はというと――。

 

「それにしても傑作だったわねぇ、種明かしした後のディアーチェの反応。まさか本気で大泣きするとは、流石にそれだけはお父様も予想外だったんじゃないかしら?」

「ううううるさいっ! ああああああれはそう、目にゴミが入ったからだっ!」

 

 ……頭が鈍く痛むのは視界を封鎖していても薄っすらと視える赤い『死の線』だけのせいだろうか?

 今日も仲良く、神咲悠陽の実の娘、神咲神那は赤面しながら涙目になっているディアーチェをおちょくっていた。

 

 ――『うちは一族の転生者』によって殺害された『魔術師』が複製体である事を明かした直後、緊張感が解けたのか、ディアーチェは童女のように大泣きしてしまった。

 

 これには『魔術師』も非常に困った。冬川雪緒が消える前に派遣したいのに一向に泣き止まず、四苦八苦しながら宥める羽目になった。『魔術師』と言えども泣く子には敵わないのである。

 

「……よしよし。駄目ですよ、神那。ディアーチェをいじめちゃ」

「ごめんなさいね、ユーリ。ディアーチェが反応が可愛くてついつい苛めたくなるの」

「ディアーチェが可愛いのは同意ですが、駄目なものは駄目なのです」

 

 それを彼女等『紫天の書』の盟主(幼女)が精一杯背伸びしてぽんぽんとディアーチェの頭を撫でて――はてさて「ユ、ユーリ、何を……!?」と赤面しながら困惑する威厳皆無の『闇統べる王』の方が盟主(笑)だったか、元々『魔法少女リリカルなのはA's PORTABLE-THE GEARS OF DESTINY-』の予備知識を持たぬ『魔術師』には知り得ぬ事である。

 

(……ふーむ、ユーリの方とは話が通じている? 同レベルの『精神汚染』スキルなど無い筈なのに――?)

 

 そんな微笑ましい光景を「あ、王様照れてる~」とレヴィは水色のキャンディー舐めながら眺めており、シュテルの方は「よもや我等四基が揃って笑い合うその日が来ようとは――」と感激しているようである。

 

「……なるほど、瓜二つだ。その性根の悪さは遺伝か何かか?」

「あははランサー、そんなに褒めなくても」

「褒めてねぇよ。……何だろうな、この違和感というか既視感は。何処かで同じような体験をしたような……?」

 

 向かいのソファに寝転んでいるアロハシャツ姿のランサーは皮肉を言ったが素で流される。基本的に健常者との意思疎通は不可能のようである。

 そして思い悩むランサーの既視感は多分別の世界での出来事であり、エルヴィが「あー、外道麻婆神父とそのドSドM娘の事ですねー。パンツまるみえの」と彼の知り得ぬ世界の事を指摘していたりする。

 

 ――さて、一通り現実逃避し疲れた『魔術師』は目の前の問題にそろそろ目を背けずに取り掛かろうとする。

 

「……おい、神那」

「はいはい、何ですかお父様?」

 

 愛する父からの呼びかけに、神那は目に見えるほど歓喜して答える。

 その様子により一層頭が痛くなる思いをしながら、良く効く頭痛薬の処方でも考えながら『魔術師』はいつもより一段と低い口調で言葉を発する。

 

「……死者の分際でいつまで現世に留まる気だ?」

「さぁ? いつまででしょうね?」

 

 はぐらかすように質問に質問で返す神那に対し、神咲悠陽の表情が無くなる。

 死者が現世に留まり続ける矛盾を許容する気など欠片も無い。出来れば自主的に成仏してくれれば良いのだが――。

 

「――私は私自身の固有結界で魂魄が消滅していますから、今のこの私は世界の記憶から再現されている泡沫の存在。その死者の存在が完全に消え去る時が来るとしたら、それは生者全てに忘れ去られた時でしょうね」

 

 ……そう、此処にある神咲神那は土地もとい世界の記憶から再現された一夜の幻。

 術者から解き放たれた彼女は即座に消え去る筈の亡霊未満の何かに過ぎないが、その理を覆しているのは彼女自身の望外な存在理念――だけではなく、現世において数多の事象を歪ませるほどの『力ある観測者』の存在あっての事だろう。

 

 ――つまりは、彼女がこの世界で最期に立ち会った人間、殺害者にして最愛の父親である『魔術師』自身が娘の事を忘れない限り、その記憶が依代となって存在が確立されてしまっているのだ。

 

「別に死んでるとか生きてるとか、0と1程度の違いしかないです。私は今度こそお父様の娘として最後まで一緒に添い遂げて見せます!」

「いや、死活問題だから。あとそれは娘の役割じゃねぇよ……」

 

 勝手に蘇ってくる系の実娘、字面にするとただのホラーである。

 とは言え、死者が現世に留まってはならないという理論武装を『魔術師』が語るには致命的な穴が幾つもある。

 そもそも『転生者』の存在そのモノが死を経由している結果であるし、死後英霊として信仰された存在を『サーヴァント』として現世に留めさせている身としては説得力も欠片も無い。

 更には最上級の『死者(アンデット)』さえ使役している。……そんな事よりも、何よりも一番の問題は――。

 

 

「……それとも、お父様は、神那が、居ない方がっ、良いのですか……?」

 

 

 神那は泣き崩れる一歩手前の状態でそんな事を問う。

 彼女にはある一つの例外を除いて如何なる言葉も届かない。如何なる言葉でも揺るがないし、惑わない。だが、父の言葉と、それに関連するものだけは例外なのである。

 その父が死ねというのならば迷わず自害するだろうし、成仏しろと言うのならば迷わず消え去るだろう。……この時点で、『魔術師』は大きく溜息を吐いて投了する。

 

「――この馬鹿娘。子を想わぬ親など存在しないわ」

 

 自らの敗北を認めた上で、普段は絶対に口にしない本音を言う。

 「言わせんなよ恥ずかしい」と普段ならそっぽをむいて吐き捨てるような言葉を、今一度だけ語る事にしよう。

 

「私達は愚かしいほど不器用で、最後の最期でしか理解し合えなかったが――今はその最期の先であろう? 『転生者』なら良くある事だ、何も問題あるまい」

 

 死が分かつとも紡がれる奇異な物語。

 なるほど、ならばこそ――この奇跡と偶然の上で成立した父と娘の再会の一幕はまさしく『転生者』の物語に他ならない。

 

 

 

 

 ――神咲神那

 

 神咲悠陽の頭痛の種その2。

 まさかの現世居座りであり、父である神咲悠陽の屋敷に住まう事に。

 魔術の才は父以上なので、その内、いつの間にか素知らぬ顔で『穢土転生体』から生身の肉体に復活しているかもしれない。

 父の魔眼に『死の線』が視えるようになってしまった事を薄々悟っており――目を瞑っていても『死の線』が視えてしまう、常時脳を酷使して寿命がガリガリ削れる末期状態である事が発覚した時、恐らく次に起こる大々的な事件は彼女が主犯で起こすものになる模様。

 

 ――ユーリ・エーベルヴァイン

 

 神咲悠陽の頭痛の種その3。

 正史通り、破壊の因果から解放され、ディアーチェ達と共に『魔術師』の屋敷に住まう事に。

 丁寧語喋り・真面目でド真っ直ぐ・割と天然なのは変わりないが、『魔術師』の事を強く強くライバル視し――ディアーチェのハートを撃ち抜くべく(誤字にあらず)、日夜周囲の人に色々影響受けながら色々と努力し、この小さな紫天の盟主は『魔術師』にとって完全に予想外かつ未曾有のトラブルを量産する事となる。

 何故かは不明だが、大凡大部分の人と会話のドッチボールになる神咲神那とまともに会話出来る数少ない人物であり、何故か波長が合う模様。

 

 ……尚、時間軸的に今回がPSP版の無印にあたり、次回作にあたる彼女達の本来の物語での未消化フラグ(未来及び別の世界線からの来訪者一同)は依然健在したままであり、原作より混沌とした大事件になるのは今から明々白々である。

 

 

 

 

「……結局『魔術師』が生存していた事で街の均衡は元通り。いえ、自分の複製体の『穢土転生』を堂々と確保した分、余計性質が悪いわね」

 

 馴染みの喫茶店で新作パフェを一緒に食べながら、オレと柚葉は疲労感を漂わせながら平和な一時を満喫していた。

 

「……しっかし、あれだけ大暴れされたのに犠牲者無しってのはびっくりだが、一番驚いたのはアリサの事だ。此方の事情の諸々が発覚するとはなぁ」

 

 あの『うちは一族の転生者』が起こした大事件の翌日、アリサ・バニングスがオレと柚葉、そしてなのはを呼んで、どうして自分に月村すずかに関する諸々の事情を説明してくれなかったのか、マジ切れ状態で問い詰めに来た時は焦ったもんだ。

 

 ――問い詰められた高町なのはは混乱状態。オレも何処から説明したら良いのか、というか、何処まで説明して良いのか、てんやわんやである。

 

 その時ばかりは「とんだ置き土産だぜ、冬川……」と思わずにはいられなかったが、その後、月村すずかの復学という予想外のイベントも起こって何が何だかと困惑したものだ。

 

「……私としては、放った矢が戻って来るとは思わなかったけど」

「?」

 

 柚葉が何か微妙そうな顔で言っているが、何はともあれ良い方向に進んでいる、と喜ぶべきなのだろうか?

 月村すずかとの過去に遺恨が無いと言えば嘘になるが、それを支援したのが他ならぬ冬川雪緒ならば――いや、それ以前の問題か。

 やり直す機会を潰すなど、あってはならない。立ち直るのは本人次第だし、今後も様々な問題が立ち塞がるだろうが、微力なれども協力する事は出来よう。

 一番の友人のなのはやアリサが最初から全面的に協力するんだから、オレの出番なんて最初から無いかもしれないが――。

 

「……そういえば。柚葉、あれから不慮な不幸に見舞われてない?」

 

 そうだ、今気づいたが、あの大事件から数日だが、柚葉の手から絆創膏や包帯が完全に消え去っている。

 今まで立て続けに不幸に見舞われて治癒する間も無かったが――そう言った途端、柚葉の表情は更に微妙なものになり、此処に居ない誰かに対する理不尽な怒りを露わにした。

 

「……本当に、ほんっっとうに不本意だけどねっ!」

「? 理由は解らないが、良かったじゃないか。此処最近ずっと心配だったぞ?」

 

 どうやら本人の中で折り合いが付いたようでほっと一息だ。

 ……まぁ何故かは知らないが、誰かに対するヘイトが更に向上しているようだが。一体誰なんだろうなぁー?

 

「大丈夫、次に同じような事があったら縊り殺してやるから!」

 

 ……物騒な物言いをしながら、覇気を纏って柚葉は邪悪に笑う。柚葉のそんな顔、久々に見た気がする。

 

「……うん、その言葉に何処も大丈夫な要素が見当たらないが、安心した。いつもの柚葉の調子に戻ってきたじゃないか」

「……うっ、でも、それって、元の私――『シスの暗黒卿』だった頃の私に戻っているって事でしょ? それは、その……」

 

 のだが、オレの余計な一言でもじもじと、此方の顔色を伺うような弱気な一面を見せてしまう。

 ……そっか、そんな勘違いをさせてしまっていたのか。なら、ちゃんと答えないといけない。

 

 

「――そんな『邪悪』な柚葉を好きになったんだぜ、オレは」

 

 

 そう、元々オレはコイツの性格が最悪なまでに『邪悪』だと解っていながらも惹かれて、いつの間にかどうしようもないぐらい好きになっていた。

 だから、柚葉が抱いている葛藤はオレには最初から無縁のモノであり――ああ、また我ながら恥ずかしい事言ったなぁ、と顔が真っ赤になる思いをしながら同じく茹で上がった柚葉の顔を眺めた。

 

 ――と、唐突にオレの携帯の着信音が鳴り響く。あ、この着メロは……。

 

 いつぞやのように即座に携帯を奪われ、柚葉は怒りと共に叫んだ。

 

「――空気読め!」

『――知らんがな』

 

 この不気味な着メロに登録している人物は唯一人、『魔術師』に他ならない……。

 

『デート中、申し訳無いがね――豊海柚葉、君はよりによってこの私に負債が二つある事を忘れてないか? 一つは人質に取られていた君を無傷で救出した事、もう一つは君の愛する秋瀬直也を死なせずに済ませた事だ』

 

 ……あれ、それってオレに至っては二つ三つどころの負債じゃ『ああ、秋瀬直也に関しての貸し借りは『うちは一族の転生者』を屠ってくれたから±0だ』……え? 何それ逆に気前が良すぎて怖い。

 

「――っ、恩の押し売り? なら前提から間違っているわ。恩という負債はなすりつけられた人が恩だと実感しない限り成り立たないっ!」

 

 おー、平然と恩義を踏み倒す姿勢は正しき邪悪な少女の姿、調子が戻ってきたなぁと笑みを零さずにはいられない。

 だが、相手が些か以上に悪い。何せ相手は――。

 

 

『――へぇ、ふぅん、ほぉぅ、そうなんだぁ。君は随分と薄情な女だね。君にとって秋瀬直也という存在はそれほどまでに軽い存在だったとは知らなんだわ。うん、そういう事なら仕方ないな』

 

 

 ……うん、知ってた。柚葉にとって絶対に許容出来ない札を切ってくるだろうなぁと思ってた。

 オレは小声で「オレの事は気にしなくていいぞ……?」と助言しておいたが、うん、やっぱり彼女自身の矜持が許さなかったようだ。

 

「……貸し一つ」

『何か言ったか? 不毛な会話をする時間も無いし、そろそろ通話を切ろうと思ったのだが――』

「貸し一つ! 私を偶然一度助けた程度で思い上がらないでよねっ!」

 

 ……電話越しから『魔術師』の笑い声が聞こえる。相当笑ってる、メチャクチャ声に出して笑ってやがる……! それに比例して目の前の柚葉の殺意が膨れ上がってますよ!?

 

『あー、腹痛い、片腹大激痛だ……! ……おっと、これ以上からかっては馬に蹴られて地獄に落ちかねないな。貸し一つを消化する機会は別に設けてやるさ』

 

 ……ああ、字面にするなら「片ww腹www大wwww激wwwww痛wwwwww」といった具合に、愉悦ワインを飲みながら物凄く草生やしている状態で『魔術師』は呆気無く通話を切った。

 今回は柚葉の完全敗北である。最初から敗色濃厚だったけど、あの『魔術師』相手にいつでも発行出来る『貸し一つ(絶対命令権)』を温存されるという最悪の事態だ。柚葉は屈辱と怒りに身を震わし――。

 

「~~~っ、決めた。アイツ、いつか絶対ぎゃふんと言わせるぅ!」

「あー、うん。頑張って?」

 

 ……とまぁ、この時はこれがあんな大事件に繋がるとは思いもしなかったが、オレ達『転生者』の日常は騒がしくもいつも通り進んでいくのである――。

 

 

 

 転生者の魔都『海鳴市』――完。

 

 

 

 

 


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