転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

136 / 168


 星の開拓者:-(EX) 人類史においてターニングポイントになった英雄に与えられる特殊スキ
           ル。あらゆる難航、難行が『不可能なまま』『実現可能な出来事』にな
           る。
           先天的に持ち得ていたのか、それとも達成してしまったからこそ後天的に
           持ち得たのかは不明である。
           彼が特定の動機によって戦う際、発現・発動する隠しスキルであり、本編
           では出現しただけで惑星単位に無条件のゲームオーバー判定を吐き出す討
           滅不可能対象の『クリームヒルト・グレートヒェン』戦の一度しか発動し
           ていない。
           本来、勝者無き決着となる筈の『冬木での第二次聖杯戦争』の勝者とな
           り、世界を改変する可能性を得た彼の軌跡は同系列の並行世界全てに『正
           史』として刻まれる。……神咲悠陽の生きた世界と『代行者』の生きた世
           界は同系列の世界でありながら異なる並行世界の一つである。
           このスキルが発動中の彼は主人公補正持ちのラスボスであり、相手が真祖
           の王だろうが神霊級だろうが全能が少女の形になった何かだろうが、取り
           巻く環境すら改変して那由多の果てに彷徨う勝機を掴める。
           ただし、スキル発動中は理性が半分以上吹っ飛んで半暴走状態となり、無
           意識の内にそうなってる自分自身を自覚出来ないが故に最大のイレギュ
           ラー要素となり――全てを真っ黒に焼き尽くし、彼すら予想出来ない破滅
           の結末が確実に約束される。



40/黎明

 

 

 

 

「――全てを取り戻す為の『過去改変』を望まず、全てを失い続けるだけの『現状維持』を望むか。それがお前の選択なのか、『魔術師』神咲悠陽」

 

 此処は多元宇宙の果ての果て、全にして一、一にして全、全ての可能性の始発点にして終着駅、入り包む超次元の位相空間――其処に、在り得ない事に、一つの生命体として存在する『彼』は事の顛末を全て見届け、心底不思議そうに呟いた。

 

「随分と意外そうだね、『第二』の『魔法使い』。いえ、今回の事件の『本当』の黒幕さん。まさかあの『魔術師』が『無限転生者』の提案に乗ると思っていたのかな?」

「それこそが私の目論見であり、最初に想定した結末だ。その為だけにあの混沌極まる世界に『無限転生者』の残滓を送り込んだのだが、何処で読み違えたのかのう?」

「何処って、最初からでしょ? ……うん、そうだよね。『君』がそれすら解らないのは当然の事なのか」

 

 その在り得ない『部外者』に対応するは、豊海柚葉の姿形をした彼女の『補正』であり、彼女の隣にいる『蒼の亡霊』はその名の如く何も語らずに静かに佇んでいた。

 

「――謀略とは力無き人間に残された最後の足掻き。唯一人で全ての状況を打破出来る神域への到達者には最初から不要な要素、その『センス』が致命的なまでに欠如している『君』の謀略が失敗するのは至極当然の理じゃないかな?」

 

 『彼』は意外そうな顔をし、少し考え込むような素振りを見せた後、無言で続きを催促する。

 豊海柚葉の形をした『補正』は心底うんざりしたような表情を浮かべる。それは『蒼の亡霊』と接する時の彼女とは真逆の反応である事に誰が気づくだろうか。

 

 

「――『君』が絶対的なまでに万能・無敵なのは役者としてであり、舞台に登壇しない脚本家としては三流以下なんだよ。『君』の謀略は最初の一歩目から致命的なまでに破綻している。――『君』と違う選択をした君が、『君』の思惑の範疇にある訳無いじゃないか」

 

 

 『彼』の立派な顎鬚を生やした口元が歪む。

 亀裂の如き笑みから生まれる新たな印象はひたすら邪悪、人としての邪悪の極限が其処にあり、それはあの彼を即座に連想させるに足る仕草だった。

 

「……なるほど、確かにこれは私の落ち度か。『小聖杯』を使用して『大聖杯』を起動して根源に至った私には使わずに死蔵した『私』の思考を読めなんだのは当然であったか。これは盲点だった」

 

 童話に出てくる西欧の魔法使いのような出で立ちは崩れ去り、灰色にくすんだ髪は鮮血のように麗しい真紅に戻り、その吸血鬼特有の赤い瞳を瞑り――キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグを騙った『魔法使い』は元の和風の姿に戻ったのだった。

 

「――万物の『死』しか映さない盲目暗愚の神眼の持ち主が何を言っているのやら。本気で事を成就させる気があったのなら『君』自身が役者として登壇すれば済む話じゃないか。英霊の域を飛ばして神域さえ踏み躙る『君』なら赤子の手を捻るように簡単な話でしょ?」

「無粋の極みだな。そんなのは子供だけの劇に大人がしゃしゃり出るような行為だ、それこそ『大人気無い』だろうに」

 

 その途方も無い傲慢さは哀れな『人』を見下す超越的な『神』に似ており――事実、目の前の『魔法使い』は『人』の領域など疾うの昔に超えて、『秩序』と対峙する魔法使いの領域すら飛び越えて、前人未到の『神』の領域に足を踏み入れている。

 

 ――こうなって幾つの永劫を越えたかは知らないが、もう人としての視点など持ち得ていないのだろう。

 

「……選択を致命的なまでに違えたとは言え、大元は一緒。その性格の悪さと歪みっぷり、流石に同一人物だね」

 

 ――此処にある『魔法使い』は神咲悠陽という可能性の終焉。

 『第二次聖杯戦争』を勝ち抜いて『大聖杯』を起動させて根源に至り、第二の魔法使いを打破して魔法使いとなり、第二魔法では超えられない筈の『基幹世界』への帰還さえ果たした不可能無き異分子(イレギュラー)――『彼』の前ではあらゆる事象が『可能のまま』『実現不可能な出来事』になる。

 

「それで『君』の想定外の結末に至った訳だけど、どうするんだい?」

「どうするも何も、どうもしないさ。自らの敗北を受け入れる、それだけの事さ。やはり人の世はままならぬが故に面白いな。負けるなんていつ以来の快挙だか」

 

 一片の悔い無き笑顔で『彼』は敗北を受け入れ、その様子に豊海柚葉の形をした『補正』は酷く訝しんだ。

 

「……? 『君』は自分の物語の結末を覆す為に此処に来たんじゃないのかい?」

「ふむ、誤解があるようだから訂正するしよう――私は私とは違う選択をした『私』が自らの選択で破滅していく姿を見たかっただけだが?」

 

 仮に、『魔術師』神咲悠陽が『無限転生者』に賛同して多元宇宙の改変が成ったとしよう。意味の無い仮定だが、その改変後の『基幹世界』で神咲悠陽は転生によって未来永劫に失った『人としてのささやかな幸福』をその手に取り戻す事が出来るだろうか?

 

 ――否、否否否。己自身の今までの歩みを否定した者に輝かしい未来など無い。

 

 無かった事にした過去を自分自身だけは覚えているという事は、自分に対してのみ無くなっていないという事。その事実は未来永劫に渡って付き纏い、永遠に拭えぬ自責となって内側から責め立てるだろう。

 そう、此処に至っても『魔法使い』の本質は『魔術師』と何一つ変わらない。自らの選択で破滅させようとする悪鬼羅刹、否、悪神邪神の類なのである。

 

「私自身の物語は既に『大団円(グランド・フィナーレ)』を迎えているというのに、それを私自身が蒸し返すとは変な話だな。的外れの上に本末転倒だろうよ」

「……『君』はあの結末で満足しているの?」

「――終わり悪くとも全て良し。終わり方の良し悪しはともかく、終わるのは何も悪い事ではない。私が愛する『セイバー』もそうだったが、誰も彼も救われたいと思っていると思うなよ」

 

 ――ああ、やっぱり、と。

 起源を同じくする豊海柚葉の『補正』は自身の本体と同じように、この人物だけは理解に苦しむと苦々しい表情を浮かべる。

 

「――私は全てを見届ける為に帰ってきた。だから、自分の物語が終わった後は他の物語を見届けるさ。楽しみながら失望しながら貶しながら期待しながら――それが特等席に座る『一読者』としての特権だろう?」

 

 

 

 

 ――『魔術師』と最初に出遭った時、オレは何となしに奴の事を『必要悪』だと感じ取った事を不意に思い出した。

 

 自分の利益のみを追求する単純明快な『悪』ではなく、もっと複雑で歪曲した何か――この魔都において最も秀でた『悪』ではあるが、『悪』の一言だけでは語り尽くせない人物像。

 『うちは一族の転生者』が見誤るのも無理はない。恐らくは一番敵対した期間の長い柚葉さえ彼の本質を見抜けてはいなかっただろう。

 『悪』のみの視点で語るには『魔術師』神咲悠陽は甘すぎる。だが、その甘さは付け入る隙などではなく、弱点でもなく、彼の思考をより不明瞭で解り辛くする為の迷彩にしかなってないのは当人の『起源』故か。

 基本的に『魔術師』は完全に詰まずに選択の余地を与えて、自らの選択で破滅させる。彼の悪意で破滅する者は悉く自業自得であり――その悪辣な脚本を乗り越える事を切望しているのは他ならぬ彼自身ではないだろうか?

 

「――ほら、秋瀬直也。最期に、あの過去しか見えてない哀れな女に何か言ってやれ」

 

 とは言え、彼自身が敵でも味方でも油断ならぬ人物であるのは変わりない。

 ……ホント、性根が歪んでるというか、複雑なまでに性格が悪いというか。あれだけ言葉の暴力で叩きのめした相手にこれ以上何を言えって言うんだ。

 確かにあの『うちは一族の転生者』はこの事件の主犯であり、柚葉も攫いやがった奴だが――何かもう怒りどころか憐憫や同情心しか湧かない。

 

 それでも敢えて言うとすれば――。

 

「……テメェ等の話は自己完結し過ぎていて半分以上訳が解らねぇし、そっちの事情なんて一切知らないが――初めから方法が違うんじゃないか? 口車に乗せて扇動するにしろ、真摯に協力を取り付けるにしろ、最初から話し合うべきだったと思う。オレが言えるのはそれだけだ」

 

 何で最初から最終手段の強攻策を取ったか、その辺の事情は知らないが、まずは対話するべきだったと思う。

 ……そんなありきたりな真っ当な事を言ったのに、『魔術師』は両頬を限界まで釣り上げて嘲笑いながら「おやおや、私以上に辛辣な言葉じゃないか」と茶化し、『うちは一族の転生者』に至っては絶望に身を震わせながら顔を歪ませた。

 

「――ッッ、それが出来るなら、それが一度でも叶うなら……ッッ!」

 

 ……多分、この『少女』は柚葉や『魔術師』に匹敵し、或いは凌駕するほどの『悪』だが、その真価を自ら損ねていると思う。

 その感情の正体は判断材料の少ないオレには断言出来ないが、『彼女』がそれをもって事を起こす限り、『彼女』の敗北は不可避の結末となるのでは――無意味な感傷が刹那に過ぎる。

 

 ――もしも出遭い方が違えば、或いは『理解者』に恵まれていたのならば――。

 

 ……詮無き事だな。これ以上はやめよう。こうして相容れぬ敵として対峙した以上、そんな在り得ざる仮定に何の価値も無いし――それはオレの役目ではない。

 

「少しの間、柚葉を任せた」

「ああ、自ら志願したとは言え、個人的に不本意な役回りだが任されたとも。――終わらせて来い、お前ならそれが出来る筈だ」

 

 ……言う方は気楽で良いな、それ。

 

 未だに幻術の術中に嵌っている柚葉を『魔術師』に預けて、オレは『スタンド』と共に愚直に駆ける。

 この一夜の悪夢に終止符を打つ為に――あの『少女』の悪夢を終わらせる為に。

 

 

 

 

 ――来る。この世界で最も悍ましい『正義』の具現が……!

 

 折れかけた心を必死に奮わせ、あらん限りの憎悪と殺意を込めて睨む。

 当然の事だが、目の前の『スタンド使い』は一度足りとも視線を合わせない。

 足元だけを見て此方の動きを把握するこのやり方は木ノ葉隠れの上忍『マイト・ガイ』が実践した写輪眼対策の基本にして究極系であり、これを完璧にやられては写輪眼によって幻術に陥れる機会が皆無となってしまう。

 

 それを即興で行える目の前の『スタンド使い』は、九歳の子供という見た目に反して豊富な戦闘経験を積んでいるという事。――ありていに言って何を仕出かすか解らない。

 

 更に『矢』によって『レクイエム化』したスタンド能力は未知数そのモノ――『攻撃してくる相手の動作や意思の力を『ゼロ』に戻す』、『ジョジョの奇妙な冒険』第五部の主人公ジョルノ・ジョバァーナに発現した絶対無敵の『レクイエム』より有情である事を祈るしかない。

 

 ――最早、私に残された時間は僅かしかない。

 

 今のこの私は『闇の書の欠片事件』における残滓同然の存在。

 正規の方法で転生せず、この異世界に偶然迷い込んだ稀人たる私は力を振るう度に自らの存在を削っている状態――既に夜明けを超えれないのだから、後の無い私にこの場からの逃走は意味が無い。

 

 そして私の勝利条件は二つだけ。

 秋瀬直也を殺害して『矢』を奪って自らに突き刺すか、『魔術師』の持つ『聖杯』を強奪してこの世界を食い潰すか、その二つだけである。

 

 ……後者の方は最初から選べない。今此処にいる『魔術師』が本物である保証が何処にも無いからだ。全ての余力を使って偽物を引いては死んでも死に切れない。

 そう、この局面は最初から『レクイエム化』した『スタンド使い』を打破しろという究極の無理ゲーなのである。

 

 軽く絶望しながら――最後の最期まで抗う。

 可能性が僅かでもある限り、私は諦めない。例えその那由多の彼方に転がる可能性をいつも通り掴めずとも、相応の報いで打ちのめされても手酷く崩れ落ちても、私は手を伸ばし続ける。

 

 私が終わり無き地獄に突き落としてしまった『兄』を、私以外の誰が救えるのか……!

 

 チャクラを練り/存在を削り、印を刻む。

 発動させた術は基本中の基本、恐らくは最初に習得するであろう分身の術。

 実像の無い私の分身が九体――そして一体だけ、残りの稼働時間の半分を削った実体のある『影分身』を二重に変化させて仕込み、本体の私は動かず無造作に突撃させる。

 

「――へっ、どれが本物ってか!」

 

 秋瀬直也の表情は一瞬だけ動いたが、『スタンド』を装甲すらせず、一斉に飛び掛かった分身体を皆纏めてオラオラ/無駄無駄の超高速ラッシュで一気に殴り飛ばす。

 本物が解らないならとにかく全て殴り飛ばせば良い、脳筋極まるが古くからの伝統的戦闘発想法である。が、素直に破壊させてはやらない。

 

「……んな!?」

 

 一、二、三、四、五、六、七、八、九――あの『スタンド』に無造作に殴られて打ち消される分身、そして最後に残った本命の『影分身体』が殴られる寸前に変化の術を解除し、百の鳥に分裂させる。

 

「うちはイタチの鳥分身かッ!?」

 

 分裂して襲い掛かる鳥分身を秋瀬直也の『スタンド』は驚くほどの対応力で殴り消していき――速度だけならば最強のスタンド『星の白金(スタープラチナ)』に匹敵すると目測し――その鳥分身の中に仕込んだ鳥に変化した『影分身体』の『万華鏡写輪眼』が秋瀬直也の瞳と目が合った……!

 

「――!?」

 

 即座に発動させるは『万華鏡写輪眼』の中で最強の精神支配系の幻術『月読』――あの秋瀬直也を空間・時間さえも支配する精神世界に引き摺り込む。

 如何に『レクイエム』と化した『スタンド』だろうが、此処では無力同然。精神的に死ぬまで殺し抜けば――そんな私の思惑は、招待していないのに彼と共にやってきた『蒼の亡霊・鎮魂歌』によって呆気無く打ち砕かれた。

 

『――ッッッ、オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァッ! 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァッッ! ドララララララララララララララララララララアアアアアアアアァッッッ!』

 

 なっ、あの『スタンド』、私の支配する精神世界なのに勝手に動いて、所構わず殴って殴って殴って殴り抜いて、万華鏡写輪眼の瞳術『月読』の支配する精神世界は鏡を割るようにぱりんと割れた……!?

 

「……ッ、なんてデタラメ……!」

 

 一切のタイムラグ無く現実世界に帰還させられた私は内心舌打ちする。これじゃ『月読』を発動させた分のチャクラ/存在時間が無意味に消し飛んだだけだ……!

 咄嗟に退く私に対し、全ての鳥分身を殴り消した秋瀬直也は『スタンド』と共に突撃してくる。――写輪眼による幻術は通用しない。最上位の『月読』が半自動型じみたあの『スタンド』に敗れた以上、秋瀬直也には何も通用しない。これでは何一つ阻害出来ない処か、止められない上に此方の浪費にしかならない。

 そしてこのまま近寄られるのはまずい。非常にまずい! 『星の白金』に匹敵する超速度(スピード)だが、この『万華鏡写輪眼』なら確かに捉えられる。捉えられるが、実際に捌き切れるかは別問題だ――!

 

(――『万華鏡写輪眼』の瞳術の一つ『神威』で丸ごと消し飛ばす? 否、恐らく空間の歪みを感知すると同時に殴られて無力化される。――『天照』で焼滅させる? 否、あの未知の能力で殴り消される以前に風操作能力で吹き飛ばされる。――『須佐能乎』で防御を固める? 否、あの程度の守護、あの『レクイエム』の前には気休めにすらならない。同様に『十拳剣』による封印術も、万が一突き刺して封印に成功したとしても幻術世界を突き破って出てくるだろう。――私の『万華鏡写輪眼』の瞳術で時間逆行させて……そんなあやふやな概念的なものがあれに通じるか! ――あと、何? 何か、何か何か……『万華鏡写輪眼』の瞳術が何一つ通用しない……?)

 

 ……うちは一族に生まれた私を全否定された気分である。

 だが、まだ打つ手はある。残されている。あれが絶対無敵の『スタンド』だとしても、本体は人間だ。切れば血が出て死ぬ程度の脆弱な人間に過ぎない。石仮面を被ったDIOのような驚異的な耐久力・再生能力は有していない。

 

 ――あの拳が間合いに入る前に、ありったけのクナイ・手裏剣を投げる。

 

 雨雪崩の如く飛来するそれらを、秋瀬直也は立ち止まりもせず、的確に『スタンド』で殴り払って突き進んでくる。精密動作も高い水準かと舌打ちする。

 勿論、この程度の弾幕で傷一つ刻めない事は百も承知である。秋瀬直也も同様の確信を抱いているだろうし、私も本命を切るタイミングを見計らっている。

 

 ――と、まずは即死級の小手調べ。

 秋瀬直也の動きがぴたりと停止する。彼の驚愕の瞳は瞬時に下の地面、月夜に照らされた私の影と融合している自身の影を映し――奈良一族から盗み取った『影縛りの術』、とりあえず成功。

 

「っっ!?」

『オラァッ!』

 

 したのも一瞬、あの『スタンド』はお構い無しに動いて繋がった影を拳で地面ごと穿ち貫き、『影縛りの術』による拘束は一瞬で解除され、飛翔するクナイ・手裏剣の嵐を必死に殴り払う。

 そのタイミングを見計らって、秋瀬直也の顔に『万華鏡写輪眼』のピントを合わせ、彼の眼前に『天照』の黒炎を顕現させる。

 

「――?!」

 

 瞬時に圧縮された空気を炸裂させ、クナイ・手裏剣ごと一気に吹き飛ばし――その一瞬、『天照』の黒炎で視界を奪われた瞬間を見計らって『とある特別製のクナイ』を自身の背中側から上空に放り投げる。――ちゃんと秋瀬直也の停止している地点に落ちるように。

 

 ――そのクナイの持ち手部分には特別なマーキングが施されている。

 四代目火影が使った反則的な時空間忍術『飛雷神の術』によって瞬間移動する為の触媒である。

 

 そして此方の予想通り、秋瀬直也は上空から頭部目掛けて落下する本命の『飛雷神の術』のマーキングがされたクナイを察知し、その場から動かずに『スタンド』で取ろうとする。

 掴む一瞬前に『飛雷神の術』で彼の背後に空間転移し、一切の行動すらさせずに一撃の下で絶命させる――!

 

 

「――ああ、それは通さない」

 

 

 それはまるで、伏せていた罠カードを意気揚々とオープンするような気軽さで、『魔術師』神咲悠陽の魔眼はクナイに施された『飛雷神の術』のマーキングをクナイごと焼き払った。

 多くのチャクラ/存在を費やして用意した必勝の策は、戦線離脱していた黒幕のただの一手で呆気無く潰えたのだった。

 

「~~ッッ、貴様ァッ! 『魔術師』ィィ!」

 

 反逆の一手を潰されて激昂した私は怒りに身を任せ、刀身が伸縮自在の『草薙の剣』を最大限に伸ばしながら横振りに薙ぎ払う。

 

「――ッ、避けろ『魔術師』ィッ!」

 

 秋瀬直也ごと一閃せんとした一太刀を彼は咄嗟に飛び越えて回避するも、未だに幻術の支配下で動けない豊海柚葉を抱える『魔術師』神咲悠陽に避ける手段は無く――在り得ない事に、寸前の処で受け止められる。

 火花を散らせて『草薙の剣』を受け止めたのは、膨大な呪いが籠められた朱色の魔槍だった。

 

 

「――遅いぞ、ランサー」

「……やれやれ。手厳しいな、マスター」

 

 

 ……そんな理不尽な文句を、絶対の信頼感を持って『魔術師』は口にした。

 

 霊体化から即座に実体化したのは青い槍兵、この地で行われた『聖杯戦争』の最後の生き残りにして彼のサーヴァントであるランサーであり、『魔術師』は鍔迫り合いにすらなってないほど停止した『草薙の剣』の刀身に触れ――魔力を流されて一瞬で破砕される。

 それは強化魔術の失敗、脆い箇所に過剰に流し込んで物質破壊するという、強化を成功させる気が最初から欠片も無い使い方であり――『蒼い亡霊』の影は、すぐ其処まで忍び寄っていた。

 

「――秋瀬、直也ぁッ!」

 

 蒼い疾風となりて駆け抜けた彼とその『スタンド』は既にその拳を大きく振りかぶっており――最早、接近戦は避けられない。絶対に敵わないと悟りつつも、私の右掌には多重に乱回転したチャクラの球体である『螺旋丸』を形成する。

 

 

 ――そして終わりは一瞬、長い長い悪夢の決着は、やっぱり呆気無くついたのだった。

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。