転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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13/神父と吸血鬼

 13/神父と吸血鬼

 

 

「――作戦を説明する」

 

 あれから高町なのはは何とか精神的に立ち直り、怪我もほぼ治癒した所で作戦会議となる。

 『魔術師』の屋敷の居間でこんな事をするとは、最初に訪れた時は想像だにしなかっただろう。

 

「依頼主はいつもの『GA』――じゃなく、この私、神咲悠陽だ。目標は月村すずかを無事生還させた上でバーサーカーの打倒する事」

 

 膝を組んで渋い日本茶を飲みながら『魔術師』は語る。

 こんな洋館の主なのに日本茶かよ、って突っ込むのは野暮というものか。

 

「単純な作戦だ。まずはランサーと高町恭也で正面から戦闘し、背後から忍び寄った秋瀬直也が月村すずかを取り押さえ、その隙に高町なのはが令呪を封印する」

 

 シンプル過ぎて涙が出る作戦説明である。

 まぁ作戦を練る段階では全て上手く行きそうな気がする。誰だって失敗する作戦は練らないだろうし。

 

「まずランサー、お前はあのサーヴァント相手に通常通り戦い、月村すずかから気付かれないように遠ざけろ。高町恭也、お前は真っ当に説得するだけで良い。失敗しても構わない、それだけで良い囮になる。周囲に注意が及ばないほど激昂させろ」

「おうよ、任せっとけ」

「……不本意だが、全力を尽くそう」

 

 ランサーは猛々しい戦意を顕にし、高町恭也は少々不満そうな顔だった。

 最初から説得の失敗が前提であり、自分の説得が火に油と言われれば仕方ないだろう。『魔術師』は相変わらず平常運転である。

 

「その隙に秋瀬直也は背後に忍び寄り、一定時間拘束しろ。その一定時間は高町なのはが三つの『ジュエルシード』を封印するまでだから――どの程度の時間が掛かる?」

「えと、自分のを封印した時は一つずつ封印したから――手早くやれば三十秒から四十秒で終わると思います」

「上出来だ。となると、秋瀬直也は月村すずかの意識を初撃で奪い、連れ去ってバーサーカーから距離を取れ。高町なのはが待機する場所を事前に取り決めておけ」

 

 ……意識を奪えだなんて簡単に言ってくれる。

 漫画やアニメのように首を叩いただけで人間の意識が飛んでくれれば苦労はしない。多少怪我を覚悟して絞め落とすしかないか。

 

「さて、秋瀬直也が奇襲に失敗し、バーサーカーが駆けつける事態になれば終わりだ。令呪で呼ばれた場合は対処法は無い、死を覚悟しろ」

「……オレ自身の失敗は死確定って訳ね。肝に銘じておくよ」

 

 笑いながら言う事じゃねぇよ、この愉悦部所属の『魔術師』!

 

「そうなったらもう手段は無いから、ランサーがバーサーカーの相手をしている間に二人共離脱しろ。離脱を確認したら、私も令呪をもって帰還させる」

「……チッ、しゃーねぇな」

 

 この作戦が成功するのも失敗するのも自分次第か。比重が大きすぎるのは怖いが、何とかするしかないだろう。

 逆に言えば、自分さえ上手く行けばこの作戦は成功間違い無しだなのだ。

 

「後の問題点は、月村すずかの状態だ。サーヴァントと契約した事で先祖還りじみた吸血鬼化を起こしているようだし、身体能力も人外の域まで向上している恐れがある。同年代の少女だと思って加減すると死ぬぞ? 秋瀬直也」

「……改めて分析すると、不確定要素だらけだな」

 

 確かに俺達のスタンドを肉眼で捉えていたようだし、身体能力の方にも何かしらの影響があるかもしれない。

 想定せず、実際に人外のものだったら呆気無く死んでいたぞ?

 

「ユーノ・スクライアがいれば、拘束魔法で成功率を底上げ出来るが、無い物強請りしても仕方あるまい」

 

 肝心な時に一体何処ほっつき歩いているんだ? あのフェレットは。

 高町なのはが少し沈んだ顔をしていたが、居なくなった事に対して心当たりがあるのだろう? いや、今は聞く事じゃない。

 

「あと、不安があるとすれば――戦う直後に令呪をもって帰還させる事か?」

「態々此処までお膳立てして台無しにする訳無いだろう、令呪が勿体無い。それと同じ結果は放置するだけで得られるんだぞ?」

 

 高町恭也が睨むように疑うが、今回は『魔術師』の言が正しいだろう。

 その思惑が何処に向かっているのかは今一不明瞭だが、今現在は利害と目的が一致している。

 その間だけはこれ以上に頼もしい味方は他に居ないだろう。

 

「お前達が心配しなきゃいけないのは、この私がランサーを呼び出す事態にならないかだ。小細工は弄したが、こればかりは天に祈るしかないぞ?」

 

 あ、そういえばそうだった。『魔術師』が生命の危機に瀕すれば、躊躇無く令呪を持ってランサーを帰還させるだろう。

 そうなったら、俺達では逃げ切る事も出来ないだろうから、三人仲良くお陀仏するだけか。まさに最悪の事態である。

 

「そういえばもうサーヴァントは出揃ったのか?」

「出揃ったと言えば出揃っているな。まずは其処のランサー。二騎目、未召喚。三騎目は『教会』陣営のライダー『アル・アジフ』、四騎目は『這い寄る混沌』の大導師、五騎目は月村すずかのバーサーカー。はい、以上」

 

 二騎目という処で自身の未使用の右腕の令呪を見せつける。

 『魔術師』自身はまだ自らのサーヴァントを召喚するという奥の手が残っているか――って、何で五騎で数え終わってんの!?

 

「……あれ? 残り二騎は?」

「高町なのははサーヴァントを召喚する前にマスターの資格を破棄。残り一人であろう人物は『ジュエルシード』が目当てだから未召喚で終わる可能性が大きい」

 

 残り一人のマスターは『フェイト・テスタロッサ』であり、サーヴァントを召喚する前に封印すると想定しているのか。

 確かに有り得そうだが、決めつけるのは結構危険ではないだろうか?

 

「その七人目のマスターは既に確定しているのか?」

「……不安要素と言えば、ある意味最大級だな。彼女はまだ『海鳴市』には来てない筈だが――まぁそれは私が祈る事じゃない」

 

 うーんと考えた後、『魔術師』は思考を投げ捨てやがった。

 『魔術師』の方は思考停止して令呪による帰還一択だから考える必要は無いが、オレ達の方は――いや、そんな最悪の事態になったら考えるまでもなく全滅か。

 ……始まる前から不安になる作戦会議だったが、後は天の采配に期待するしか無いだろう。

 

 ――こうして、冬川雪緒の弔い戦は幕を開けた。

 

「さて、最後にバーサーカーの情報開示だ。これは推測に過ぎないが――」

 

 

 

 

 ――一滴二滴、血の落ちる音が鳴り響く。

 

 もう動かなくなった成人男性の首筋に噛み付き、月村すずかは溢れる血をゆっくり飲み干していた。

 零れ落ちた血は背後に流れ、即座に消え果てる。衣服を穢した流血さえ、次の瞬間には吸い取られて染み一つ残さない。

 はしたないサーヴァントだ、と彼女は子供じみた行いをする理性無きバーサーカーを笑った。

 

 ――自分自身が吸血をしているこの瞬間だけ、あの地獄のような苦しみから解放される。

 

 全身から生じる激痛は血という甘美な快楽で打ち消してくれる。

 今まで以上に、自分自身が人間ではなく、吸血鬼である事を自覚する。

 これなら、まだ十全に活動出来る。思っていた以上に限界は遠い。これなら復讐を完遂させる事が出来るだろう。

 

 ――血を吸い切り、既に事切れた男を突き飛ばす。

 

 死体は黒い影に沈み、跡形も無く葬り去られる。

 ずきり、と一瞬だけ実体化しただけで生じた激痛に目に涙を滲ませる。

 

(……まだ頑張れる。神谷君の仇を、この手で取れる――)

 

 憎き怨敵を脳裏に思い描き、憎悪が激痛を凌駕する。

 どうやって殺してやろうか。絶対に楽には殺さない。殺してと懇願するまで壊して、思い知らせてやる。

 

(……神谷君が殺されてもう二年、貴方の顔を思い出す事さえ困難になっている――)

 

 ふとした拍子に正気に立ち戻ってしまう。

 魔力補給の為に幾人もの人間を犠牲にしてしまった。何の罪もない、赤の他人を。

 友達である高町なのはに瀕死の重傷を負わしてしまった。秋瀬直也が救出したので、無事だと思うが――。

 

(……駄目。迷っては、いけない。認めたら、もう立てなくなる――)

 

 脳裏に過ぎった感慨を振り払い、立ち上がる。

 既に日は落ちつつある。これからは自分達の時間だ。今日で何もかも終わらせる。

 殺して殺して殺し尽くして、月村すずかは復讐を遂げる。最期まで狂気を途切れさせずにやり遂げなければならない。

 

 ――さぁ、狩りの時間だ。夜の支配者である吸血鬼の、一方的な惨殺劇の始まりである。

 

 そうなる筈だった。物語通りの性能を誇る吸血鬼に敵などいない。

 全てが出鱈目で滅茶苦茶な強さ、理不尽の頂点に位置するのが吸血鬼という怪物なのだから。

 

 ――ただ、この魔都『海鳴市』で同じ事を言えるかと問われれば、否である。

 

 明かりさえない廃ビルに紙吹雪のように本のページが舞い、その悉くに釘が刺され、貼り付けられて次々と固定化される。

 

「な、何っ!? バーサーカー!」

 

 異常な光景を目の当たりにし、月村すずかは即座にバーサーカーを実体化させ、襲撃及び奇襲に備える。

 けれども、奇襲に備える必要など欠片も無かった。そもそも廃ビルという空間に隔離し、完全に閉じ込めた今、この襲撃者は奇襲する必要性すら無かった。

 

 ――かつん、かつん、と、甲高い靴音が等間隔に鳴り響いてく。

 それはまるで死神の足音のように、鼓膜の奥を反芻する。

 何一つ恐れず、一方的に恐怖を撒き散らす暴君だった筈の彼女は、この未知の存在に本能的な恐怖を抱いた。

 

 そして現れたのは一人の初老に差し掛かった眼鏡の神父だった。

 巨大な戦斧(ハルバード)を片手に軽々持った絶対の処刑人が、吸血鬼を前に悪鬼の如く笑っていた。

 

「お誂え向きの場所だな、吸血鬼」

 

 ――これは一体、何の悪夢だ?

 今のこの光景が現実であるのかと月村すずかは疑う。

 彼女の背後には人型ですらない怒涛の如き吸血鬼が控えている。狩るのは自分達で狩られるのはその他全員だ。それなのにあの神父は何故笑っていられる……?

 

「――貴方、何者……!?」

「我等は神の代理人、神罰の地上代行者」

 

 眼鏡を片手でくいっと上げ、不気味な光を宿した『神父』は変わらぬ速度で前進する。

 

「我等が使命は我が神に逆らう愚者を、その肉の最後の一片までも絶滅する事――Amen.」

「っ、バーサーカー!」

 

 恐怖に駆られ、月村すずかは自らのサーヴァントに戦闘を命じる。

 黒い影は馬鹿げた速度で押し寄せ、『神父』の下に殺到する。巨大な大波が飛沫を打ち消すようなものであり、たかが人に過ぎない『神父』は何一つ抵抗出来ず――。

 

「え――?」

 

 黒い大波が真っ二つに割れた。それはモーゼの如く、否、四つに八つに十六つ三十二つに――身体を幾重に引き裂かれて舞い散る血飛沫さえ両断される。

 吸血鬼としての動体視力を持ってしても、あの巨大な戦斧が振るわれた瞬間を捉える事が出来なかった。

 

「――化、物……」

「化物は貴様だ、女吸血鬼(ドラキュリーナ)」

 

 目の前にいる『神父』が自分と同類、吸血鬼であるならば動揺などしなかった。

 人間の形すら取らない異端な吸血鬼のサーヴァントを従わせているのだ、それぐらいでは驚きもしないだろう。

 だが、これを人間と呼ぶ訳にはいかない。認める訳にはいかない。こんな化け物より化け物らしい人間など――!

 

 ――大波は引き裂かれ、それでも自身のサーヴァントは構わず進撃する。

 全身に走る激痛だけが現実味あって――あそこまで切り刻まれて死なない自身のサーヴァントは正真正銘の化物であり、目の前の『神父』と比べても劣ってないと悟る。

 

 再び戦斧を一閃し、『神父』は一方的にバーサーカーのサーヴァントを解体していく。

 

「クク、カカカ――ッ! そうだ、そうだともッ! 貴様がこの程度で死ぬ筈があるまいッ!」

 

 その悪鬼が如く笑みには狂気の色しかなく、『神父』は全身全霊を以って戦斧を縦横無尽に振るう。

 対する黒い不定形だった影は今度は明確な形を取っていく。それは幾百の蝙蝠であり、幾百の百足であり、幾百の人間らしき腕へと次々に変化していく。

 

「随分と見窄らしい姿じゃないかッ! ――吸血鬼(ヴァンパイア)! 吸血鬼(ドラキュラ)! 吸血鬼(ノスフェラトゥ)! 吸血鬼(ノーライフキング)!」

 

 切り刻み、押し潰し、突き殺し、何もかも粉砕し、風圧だけで幾百の個体を吹き飛ばし、地獄のような只中で『神父』は狂ったように笑う。

 長年待ち侘びた宿敵に出遭ったかのような、狂おしいほどの情動をもって、唯一人の『神父』は正面から堂々と挑む。

 

「良いだろう。我等の神罰の味をッ、再び噛み締めるが良いイイイイイィ――ッ!」

 

 

 

 

「がはぁっ、くぁ……バー、サーカー……!」

 

 あの『神父』が戦斧を地面に叩きつける度に激震が走り、ビル全体が揺れる。

 一体何方が理性無き狂戦士なのかは、傍目から見たら判別出来ないだろう。

 

「だ、め……これ、以上は、耐え切れない……!」

 

 ――バーサーカーは月村すずかから無尽蔵に魔力を摂取して、更なる暴力暴虐を振るい、『神父』は真正面から互角以上に渡り合っていた。

 

 あの馬鹿げた重量の戦斧を、羽の如く軽さで扱っている。

 怒涛の如く押し寄せる吸血鬼の猛攻を、それを上回る攻勢をもって殲滅して行っている――!?

 

(ま、ずい。このままじゃ――)

 

 まさかの事態だ。唯一人を相手にして此方の魔力枯渇による自滅の方が早い。

 あの『神父』も無傷という訳にはいかず、処々に負傷して血を流しているが、動きが鈍る処か、更に増すばかりだ。

 鬼神の如き猛攻は更に鋭く、更に力強く、一閃毎に加速し苛烈していく。

 

(……駄目、あれとこれ以上戦っちゃ、目的を果たせずに死に果てる……! 逃げないと……!)

 

 此処は廃ビルの三階だが、今の自分なら飛び降りても多少の負傷程度で済む。

 サーヴァントは令呪で呼び戻せば良い。気付かれないように背後に下がりながら、窓辺に手を掛けて――弾かれる。火傷じみた痛みが掌に生じ、貼り付けられた本のページは風圧に当てられてバサバサと揺らめく。

 

 ――外に出れない。心の底から絶望が鎌首を上げる。

 

 バーサーカーではあの『神父』は殺せない。

 『神父』ではバーサーカーを殺し切れないが、マスターである月村すずかは『神父』が力尽きるより遥かに先に枯渇死する。

 数順先に逃れられぬ死が見え隠れする。一体どうすれば、どうすれば――その時、すぐ隣にバーサーカーが刎ね飛ばされ、元々丈夫じゃなかったビルが丸ごと倒壊した。

 

「きゃっ――バーサーカーッ!」

 

 月村すずかは幾多の破片と共に墜落していき、バーサーカーは彼女を守護せんと殺到する。

 その光景を『神父』は冷めた眼で、ビルの上から見下していた。

 

「――違う。まるで違う」

 

 それは狂気に違いなかったが、今までとは別種類の感情であった。

 失望、落胆、激怒、消沈、幻滅、激昂、数多の感情が揺らめき、残らず消えていく。

 

「こんな出来損ないの紛い物が、死に損ないの抜け殻がァッ! ――あの『アーカード』である筈が無いッッッ!」

 

 やり場のない感情が迸り、その『神父』の殺意の咆哮はビル全体を震撼せしめる。

 

「貴様とて『マスター』を選ぶ権利があるか。あのような半端者では従う価値もあるまいか。傲岸な不死王よ――」

 

 頬から流れる血を白い手袋着用の手で拭い、何の未練無く『神父』は踵を返した。

 半人前の半端者の相手は、他に幾らでもいる。もうあれがどうなろうが『神父』には知った事では無かった。

 

 やはり、と廃ビルから抜け出した『神父』は空を見上げる。

 夜空に輝く満月を、『神父』は憎たらしげに睨む。いや、月など最初から見てなかったのかもしれない。意中の相手を投影して、忌々しげに睨んでいるに過ぎない。

 

 かの吸血鬼との宿命の対決は、直系の吸血鬼によって果たされなければなるまい――。

 

 

 

 

「――っ、ぁ……あぁっ、がっ……」

 

 ――血が、足りない。

 

 魔力が足りない。身体の感覚が徐々に無くなって来ている。

 ぼろぼろの身体では歩く事すらままならず、その歩みを牛歩の如く遅める。痛覚に異常を来たしたのか、自分の存在が不明瞭なまでに浮いている。

 

 ――バーサーカーは健在なれども、マスターの自分は唯の一回の戦闘で壊れようとしている。

 

 まだ倒れる訳にはいかない。

 此処で立ち止まれば、怨敵まで届かない。歩く。ひたすら進んでいく。

 辿り着いてしまえば大丈夫だ。後は残りの生命を燃やし尽くすのみ。

 それで月村すずかの復讐は果たされる。

 

(豊海柚葉に、感謝しないと――)

 

 もし、自分が彼女の助言を聞かずに『聖杯』を求めていれば、自分は復讐を果たせずに自滅しただろう。

 分不相応、自分には一つの事を成すので精一杯だ。

 二つを追って二つとも成せる道理は無い。

 片方さえ満足に熟せないでいるのだ。

 最初から一つに絞って、正解だっただろう。

 

 もうじき、自分から神谷龍治を奪った者の居場所に辿り着く――。

 

 

 ――月夜の下、その黒尽くめの青年はまるで待ち侘びていたかのように立っていた。

 

 

 太刀を堂々と帯刀し、背後には銀色の鋼鉄を纏った巨大な女王蟻が静かに待機している。

 今まで出遭った中で最も濃厚な血の香りを漂わせた悪鬼羅刹は無表情に佇んでいた。

 遂に辿り着いた。この武者こそは彼女から彼を奪った者の組織の長、彼女の求める答えを知る者である。

 

「――神谷龍治君を殺した人は誰?」

 

 バーサーカーを実体化させ、溢れんばかりの憎悪を籠めて問い掛けた。

 長年の疑問に解答を得て、私は遂に復讐相手の下に辿り着く――。

 

「神谷龍治を殺害した者は既に自刃している」

 

 

「……え?」

 

 

 返って来た言葉は余りにも予想外であり、思わず思考を停止させてしまった。

 

「我等の掟は『善悪相殺』――悪を殺せば善も殺す。敵を一人殺せば味方も一人殺さねばならぬ。怨敵を殺して復讐を成就すれば、返る刃は己を貫くのみ」

 

 彼は変わらず、淡々と喋った。

 

 ――『善悪相殺』? 敵を一人殺せば味方も一人殺す? 一体何を……?

 

 

「――意味が、解らない」

「村正の掟は『独善』を許さない。仇敵には当然の如く報いがあり、復讐者にも当然の如く報いがある。『正義』も『悪』も撲滅し、争いが無意味である事を世に知らしめなければならない」

 

 遠い彼方を見据えるように、彼は語らい続ける。

 まるで異世界の未知の法則を説明されている気分であり、何一つ納得出来ないし、理解したくもない。

 

 神谷龍治を殺害し、返す刃で自刃した? もし、それが真実ならば――。

 

「――狂っている」

「皮肉な巡り合わせだ。強大無比な『転生者』への唯一の復讐手段である我々が、無力な『一般人』の復讐の刃に喉仏を掻っ切られようとしている。因果応報とはこの事だな」

《それで、どうするのだ? 御堂》

 

 後ろの女王蟻から女の人の声が鳴り響く。

 その悪鬼は無表情のまま、右腕を眼下に上げた。

 

「どうもこうもない。我が眼下に立ち塞がるのであれば、それは誰であろうが『敵』だ。殺す他はあるまい――村正」

 

 ――銘を呼び、銀色の鋼鉄が無数に分解されて宙に舞う。

 

「鬼に逢うては鬼を斬る。仏に逢うては仏を斬る。ツルギの理ここに在り」

 

 独特の音を立てて装甲し、銀色の武者は姿を現した。

 あの黒い武者と似通った出で立ち、されども、絶望的なまでに隔絶した完成形が其処にある。

 

「……それじゃ、私の復讐は、どうやって果たせば良いの……!?」

『あらゆる殺害に正義は無い。……個人的に、復讐者の悲哀は理解出来なくもないが――』

 

 月村すずかの心からの悲鳴、荒がる感情と共にバーサーカーは疾駆して突進し、銀色の武者に蹴り上げられ、宙を舞う。

 あの大質量の黒い影が、反応すら出来ずに天高く打ち上げられた――!?

 

『人を殺すは悪鬼羅刹の所業。お前もオレも、いずれ報いを『刃』で受けなければならない――』

 

 慣性も何もかも無視して銀の化物は飛翔し、一瞬にしてバーサーカーの上空に辿り着き、踵落としを決めて叩き落とした。

 地面に叩きつけられ、クレーターが如くコンクリートが陥没した。

 

 ――体全体が軋む感覚が生じ、バーサーカーに劇的な変化が生じる。

 

 無数の人の手が生えていく。

 その手の中で、トランプを持った者が馬鹿げた破壊力をもって銀色の化物に投げ、マスケット銃を持った手が一発限りの銃弾をあらぬ方向に撃ち放ち、鉛の銃弾は魔弾となりてその弾道を歪曲させ、獲物を喰らわんと疾駆する――!

 

「私が、どうなろうとも、構わない。けれども、殺された彼は、何を持ってして報われる――!」

 

 銀色の化物は超速度をもって飛翔し、トランプを一枚残らず回避し、追跡した魔弾を片手で掴み取り、砕き捨てる。

 まだだ、まだ足りない。こんなものではない筈だ。自分のバーサーカーは、まだその真価を発揮していない筈――!

 

「彼は、殺されるに足るだけの悪行を重ねたの? 違うッ! ただ一方的に殺された! 無意味に殺された! 『悪』に報いはあれども『善』に救いは無い! それじゃ採算が取れないじゃない……!」

 

 幾千の手が生え揃う黒い影に銀色の化物は空から強襲し、トランプを持つ手とマスケット銃を持つ手を木っ端微塵に蹴り砕く。

 その着地を狙って幾十に折り重なった暴力の塊である黒い腕が疾風の如く駆けたが、銀色の化物は無手で引き裂く。まるで相手になっていない……!?

 

「――一体、何をすれば彼に報いれるの……?」

『逆に問おう。お前が殺してきた人間は殺して良い人間だったのか?』

「……え?」

 

 ――即座に会話を拒否する。

 これを聞いては、今まで誤魔化してきた全てを正視する事になる――!

 

『お前が魔力供給の為に食い殺させた人間は、死ぬに足る人間だったのか? お前の復讐という大義名分で殺して良い人間だったのか?』

 

 既に復讐の相手はこの世におらず、罪科だけが残る。

 既に自分は復讐者ではなく、単なる加害者でしかない――。

 心が砕ける音が、自分の中で鳴り響いたような気がした。

 

『――最早お前は加害者であるが、犠牲者である事は変わるまい。『悪』と断ずるには哀れすぎる少女だった』

《辰気収斂》

 

 銀色の化物から巨大な何かが発せられる。

 ――来る。今までとは比較にならない、文字通り必殺の一撃が――!

 

 

「――んで、訳解らんほど混沌とした状況になっているが、配役はどうする?」

 

 

 決着する寸前の場に割り込むのは、本人としても不本意であるが――青い槍兵は遅めの出陣を経て、漸く舞台に上がったのだった。

 

 

 




 クラス バーサーカー
 マスター 月村すずか
 真名 アーカード(ヴラド・ツェペシュ)
 性別 男性
 属性 混沌・狂
 筋力■■■■■ A+ 魔力■■■■■ A
 敏捷■■■■■ A  幸運■□□□□ E
 耐久■■■■■ A++ 宝具□□□□□ ー

 クラス別能力 狂化:C 狂戦士のクラス能力。理性と引き換えに驚異的な暴力を所持者に宿す
             スキル。
             本来ならば脆弱な英霊を補強する為のクラスだが、理性や技術・思考
             能力・言語機能の喪失、魔力消費の増大など、強大な英霊を弱体化さ
             せるデメリットにしかなっていない。
 魔眼:ー(C)     魅了の魔眼を持っているが、狂化の為、上手く機能しない。
 拘束制御術式:ー(EX)クロムウェル。彼を縛る封印術式。三号二号一号まで常時解放されてい
            るが、0号は彼の主の許可が必要な為、全ての死者を放つ『死の河』発
            動不可。
            生命のストックはそのままであり、不死性は健在しているが、その分、
            魔力消費が激しい為、マスターの魔力枯渇による自滅は必須である。
 信仰の加護:ー(A+++)一つの宗教に殉じた者のみが持つスキル。加護とはいっても最高存在
            からの恩恵ではなく、自己の信心から生まれる精神・肉体の絶対性。
            彼が吸血鬼化した折にこのスキルは永遠に失われている。

 かつて『アーカード』だったもの。彼が主の下に帰還を果たす為に殺し続けた三百四十二万四千八百六十六の生命の成り果て。
 真名が彼のものでありながら、本体不在。
 シュレティンガー准尉の生命の性質と同化し、自身を認識出来なくなった生命が『バーサーカー』というクラスに収まる事で形を得た。

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