転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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29/とある第八位の風紀委員

 

 

 

 ――三十秒前。

 

 赤坂悠樹は『黒羽根の魔法少女(八神はやて)』から放たれた核爆発じみた桃色の光に飲み込まれ、その桁外れの衝撃から意識を失った。

 例え腕が千切れようが、眼を抉られようが、能力制御を一切手放さない『学園都市』きっての狂人だが、非殺傷設定を一応名目としている超弩級の一撃は彼の意識すら問答無用に刈り取った。

 『時間暴走(オーバークロック)』による能力負荷の処理中に意識を手放してしまえば、暴発して人体の内部に致命的な損傷を受け、十中八九の確率で即死する。

 万が一、即死せずに生存していたとしても超能力者として、否、人間として活動出来ないほど致命的な障害を負う事となる。

 負荷が軽い段階で、尚且つ『冥土帰し(ヘヴンキャンセラー)』みたいな医者でも居なければ、暴発した時点で生存は絶望的なのである。

 

 ――ならばこそ、今、再び目覚めて生きている自分自身が在り得ない『オカルト』に他ならない。

 

 更には、先程、能力負荷を解消する為に犠牲にして破裂させた左腕も綺麗に完治している。これは『時間暴走』による時間操作では在り得ない。

 苦手な分野であるが、時間の『逆行』は可能ではあるが、怪我した箇所を『逆行』させても結局は純粋な時間経過で負傷が元通りになる。

 『加速』による負傷完治までの時間を破滅的に短縮させる事は可能だが、死んでからの能力行使など理論的に不可能である。

 

「……――ッ!」

 

 生きている事がおかしい。死んでなければならない。

 そう思考した瞬間、赤坂悠樹は左手の握り拳をもって己が頭部を部分『停止』、部分『停滞』、部分『加速』をもって殴り、時間操作によって殺人的な威力なまでに蓄積した力場を一気に解放する。

 

 ――ぐちゃり、と。トマトを潰すような感触で、殴り抜けた頭部が原型を留めずに砕け散る。

 

「なっ!? クロ、さん……!?」

 

 臨戦態勢だった敵対者(夜天の書の主とその守護騎士御一行)が止める間も無い衝動的な自殺は――されども、砕け散った頭部が即座に巻き戻って元通りとなる。

 自分の手で消し飛ばした赤坂悠樹は、元通りになった自らの顔を震える左手で触り、顔を歪ませて絶叫する。

 

「……何だよ、何なんだよこれはぁッ!?」

 

 死なない、のではなく、死ねない。彼の『時間暴走』以外の、別の未知の法則によって生死を弄ばれている。

 これを『学園都市』の未知の技術、と思い込むには余りにも非現実的過ぎる。

 『学園都市』以外の、魔術という『オカルト』の領域からも外れている。

 出鱈目で未知の技術系統だったが、あれはあれで定められた独自の法則通りに動いているシステムの一種だ。此処まで馬鹿げていない。

 

 ――自分の気づかない内に未知の法則に縛られている。

 

 未知の法則に『支配』されている。そんな馬鹿な、と思い浮かぶよりも先に、赤坂悠樹は自分自身を『過去視』する。

 今思えば記憶すら曖昧だ。赤坂悠樹は9月30日に『学園都市』にてありとあらゆる反乱分子を蜂起させて、首謀者として一世一代の大博打に乗り出している最中だった。

 『学園都市』の外の勢力も乱入し、反乱は未曾有の大惨事となり、赤坂悠樹の目論見は十二分に達せられた。

 『学園都市』の力を極限まで削いで、第八位の『超能力者(レベル5)』が『学園都市』から脱走した際の追撃の余力を断ち切り、その空白に最期の野暮用を果たす。

 

 ――最後に御坂美琴と白井黒子が立ち塞がり、返り討ちにした処で、記憶が途切れている。

 

 其処まで場面を飛ばして、再生する。その後に何があったのかを知る為に。

 

 

 

 

『これでもビックリしてるんだぜ? 第八位と第三位、同じ『超能力者』なのにどうして此処まで差が開いたかねぇ? ――正直、此処まで雑魚いとは思わなかった』

 

 御坂美琴と白井黒子を無傷で返り討ちにした赤坂悠樹は地に横たわる二人をトドメを刺すか放置するか、今日の夕食を何にするかという軽い感触で悩んでいた。

 

 ――比較的関わり合いのある人物だったが、今となっては何の感慨も思い浮かばない。

 

 第一位『一方通行(アクセラレータ)』を下す前ならば良い勝負になっただろうが、AIM拡散力場を連結停止する事で三秒間の時間停止を可能となった今では余りにも無力過ぎた。

 

 

『――待てよ』

 

 

 そんな時だった。ボロボロの格好の男子学生が自分の前に立ち塞がったのは。

 赤坂悠樹は白けた表情でその人物を見る。ウニのような黒髪の男子高校生――確か一度だけ見た事がある。御坂美琴と面識がある自称『無能力者(レベル0)』で、名前は思い出せなかった。

 おそらくは最初から覚える気が欠片も無かった為、『学園都市』で八番以内に優秀な脳の何処にも収納されていなかったのだろう。

 

『テメェが、御坂と白井をこんな目に遭わせたのか……!』

『うん? そうだけど? 更に言うなら今夜の事件の首謀者かな? 全ての黒幕ってヤツ――まぁ外から来た連中の事は預かり知らんけど』

 

 ピアスだらけのオカルト女だけは完全な想定外の事態だったが、勝手に暴れてくれる分には有り難い存在だった。

 自供する犯人に対して、この『無能力者』は親の仇でも睨むかのような眼で此方を見据えた。

 

『ん? え? 何その反抗的な眼? まさかこのオレに歯向かう気ぃ? きゃははっ! 何それ、オレを笑い殺す気!? やっべぇ、今までで一番効果的な精神攻撃だわ! オレの能力でも防げねぇや!』

 

 赤坂悠樹は腹を抱えて大笑いする。

 余りにも可笑しすぎて呼吸困難で窒息死しそうになったと、心の底から目の前の『無能力者』を賞賛する。

 

『……逃げ、なさい……! 幾ら、アンタの――がおかしくても、ソイツは、第八位の……あぅっ!?』

『そそ、今此処で良い声で鳴く御坂ちゅぁんの言う通り、第八位の『超能力者』赤坂悠樹とはオレの事だ。命乞いでもしたら? 無様さ加減で見逃してやらん事もないぜ』

 

 倒れる御坂美琴の手をぐりぐりと踏み抜いて、ステレオな悪役っぷりを演出する。

 現時点での序列第八位は第一位を打ち破った事実上最強最悪の『超能力者』であり、『学園都市』中に知れ渡っていると自負する。

 喧嘩を売る相手を間違えた『無能力者』風情がどう反応するか、愉しんで見てみると――。

 

『御坂からその汚ねぇ足をどけやがれこの三下!』

『――あ?』

 

 言うに事欠いて最強の『超能力者』に向かって三下呼ばわりされるとは、赤坂悠樹は夢にも思っていなかっただろう。

 第一位を打倒して歯止めを完全に失った今の彼に、怒りの自制心が欠片も無い事など語るまでもない。

 御坂美琴への興味が一切合切無くなり、赤坂悠樹は初めてまともに目の前の『無能力者』を見据えた。

 

『死んだよ、お前。つーか、殺す。現代芸術風の素敵オブジェに仕上げてやんよ』

 

 心臓停止して即死させるのは芸が無い。能力を使ってでも出来る限り生き延びさせて人間アートにしてやろうと決意する。

 まずは腕の一本や二本でも千切って、足を両方そぎ落として達磨にした後、生きている状態で胸とか背中に生やしてやろう。

 

『ふざけんな、テメェの身勝手でどれほどの人が傷ついたと思ってやがる……!』

『踏み潰されるだけの名無しの弱者の事なんざ知るかよ。それにまだほんの序の口だぜ? これからもっと色々仕出かすから、事の次第によっては『学園都市』在住のニ三○万人も無事で済まないんじゃね?』

『何だって……!? テメェは何をする気だ……!』

 

 そういえば、黒幕として縦横無尽に活躍したは良いが、残念な事に観客が居ない。

 これからぶち殺す相手にぺらぺら喋っても無駄極まるが、生きる事とは無駄の積み重ねであるからには、その無駄を偶には愉しむのも一興だろう。

 

『――そうだな、何をするか、の前に何をやったかを洗い浚い白状するとしよう。オレがした事は『学園都市』に不満を持つ連中を焚き付けて一斉蜂起させた事ぐらいだ。連中の主義・主張にはまるで興味無かったから良く知らないけど、今の『学園都市』は些細な反乱分子の一致団結の反逆によって対処が遅れ、機能不全に陥っている。連中の本懐が遂げられるかどうかは問題じゃない。『学園都市』の対処能力を削ぐ事がオレの目的だった』

 

 話している内に、目の前の『無能力者』は怒りを堪えるかのように握り拳に力を入れる。

 今日日珍しいほど潔癖な正義感の持ち主だと、赤坂悠樹は内心嘲笑う。

 

『――そして何をするのか。まず一つ、十年前にオレの妹を殺した犯人を出来る限り凄惨な方法でぶち殺す。『学園都市』の外の刑務所でのうのうと生きていて罪を償ってます? ふざけんな、死ぬまで死なす。二つ目、オレをこんな糞ったれの『学園都市』に捨てた祖父母を気が済むまでぶち殺す。くたばり損ないだろうが、生きている限りは殺してやるさ。三つ目、これが本命で一つ目と二つ目は余興扱いなんだが、まぁ大筋には関係無いから省くか。――『学園都市』が産んだ科学の申し子たる『超能力者』が史上最悪の蛮行に及べば『学園都市』の存続そのモノが危ぶまれるだろうね。万が一、解体される事になったら『実験体(モルモット)』の学生は何処に引き取られてどう処分されるかな?』

 

 事の重大さに青褪めた『無能力者』に『海外の研究機関に引き取られるなら、生きたまま解体されてホルマリン漬けの標本になるだろうなぁ』と煽る。

 

『……テメェは自分の復讐の為に、『学園都市』の皆を犠牲にするつもりなのかよ……!』

『結果的にそうなるだけで、オレ自身は『学園都市』の連中がどうなろうが至極どうでも良い話だがね』

 

 それで『学園都市』の上層部の連中の首が吹っ飛ぶなら、晴れ晴れとした気分になるだろうが――。

 

『――お前の死んだ妹は、兄が罪を犯す事を望んでいるのか……!』

『は? そんなの望んでいる訳無いじゃん。何それ、オレの妹に対する侮辱? それとも新手の自殺志望?』

 

 説得か説教か新手の精神攻撃かは判断付かなかったが、『無能力者』からの世迷い事を鼻で笑った。

 

『ドラマかアニメの見過ぎじゃねぇの? 復讐に故人の意思が介入する要素なんてねぇんだよ。殺されたヤツが復讐を願ってないとか偽善者の寝言も良い処だ。――人の大切な妹を殺したんだから、殺し返す以外の選択肢なぞ無いだろうに?』

 

 貴方の大切な妹が殺されました。さぁどうしましょう?

 

 答え①殺す

 答え②殺す

 答え③殺す

 

 力が無いなら、己の無力を呪いながら諦めるしか無いだろう。

 だが、今の赤坂悠樹は名実共に最強の『超能力者』であり、彼を閉じ込めていた『学園都市』が止めれないのならば、復讐は確実に果たされる確定事項である。

 そう答えた時、『無能力者』の顔は理解出来ない存在を見るような、そんな顔だった。今更だと嘲笑う。こんな事を仕出かす人間に一般常識やまともな道徳概念がある筈もあるまい。

 

『ああ、この説得のパターンだと次は復讐すれば今度は自分が復讐される立場になるぞって処かな? 復讐の連鎖理論。これ前から思っていたけどさ、凄っげぇくだらねぇよな? だってこれ、大切な人を殺されたけど復讐せずに我慢しましょうって事だろ? 何で最初の加害者を手厚く擁護してるの? 被害者は何もせず泣き寝入りしろって事か? 馬鹿じゃねぇの死ねよ、つーか、そんな与太話を最初に吐いた糞野郎は八つ裂きにされて殺されるべきじゃね?』

『……っ、じゃあテメェは復讐を果たしていつか自分が復讐の対象になった時、どうする気だ!』

『どうもこうも、やれば良いんじゃないかな。遠慮無く殺すけど。ほら、己の無力さを呪いながら諦めれば復讐の連鎖とやらは簡単に解消されるぞ?』

 

 『無能力者』は信じられないという表情になる。

 とは言え、これは言葉遊びの面が強い。前提が違う。赤坂悠樹は残念ながら其処まで長生きしない。

 目的を全て果たす頃には寿命が尽きるだろう。初めからそういう計算である。

 

『お次に来るのは復讐は虚しい、とかか? 別にどうでも良い。そんな個人の主観は実際にしてみないと解らない事だ。多分、長年の憎悪を張らせて気分爽快、スカッとするんじゃないかな? もしくは殺しても殺しても殺し足りないってなると思うけど――』

 

 小馬鹿にしながら『ああ、くっだらねぇ問答に貴重な時間を潰しちまったや』と論ずるまでも無いと断じる。

 

『――テメェがオレを止めたいなら、その小賢しい口で綺麗事の御題目を並べるんじゃなく、力尽くで有無言わさずに殺せば良いんだよ』

 

 無言で『来い』と、無駄な話は終わりだと殺意を撒き散らす。

 

 

『……良いぜ。テメェが言葉は不要って言うなら――まずはそのふざけた幻想をぶち殺す!』

 

 

 その『無能力者』は右手を力一杯握り締め、愚直なまでに真っ直ぐ走って右腕を振り被り――まずは放たれた右手を掴んでそのまま握り潰そうと、反射神経を倍速状態にした赤坂悠樹は『無能力者』の右拳を容易く掴み取ってしまった。

 

 

『――え?』

 

 

 ――果たしてその声は何方の声だったか。

 

 『無能力者』は赤坂悠樹に掴まれた右手を瞬時に振り払い、もう一度、全身全霊を込めて殴りかかり、見事に空振りとなる。

 それは赤坂悠樹に避けられたのではなく、殴り抜かれるより先に糸の切れた人形のように地面に倒れたからである。

 

 

 ――この『無能力者』上条当麻は第八位の超能力者『時間暴走(オーバークロック)』赤坂悠樹にとって絶対に出遭ってはいけない、最悪の初見殺しである。

 

 

『……は? ……何、だ。その、右、手は――』

『――『幻想殺し(イマジンブレイカー)』。この手で触ったモノは、原子爆級の火炎の塊だろうが、戦略級の『超電磁砲(レールガン)』だろうが、神様の奇跡だって打ち消せる……テメェが嘲笑った、最弱の『無能力(レベル0)』だ』

 

 ――『超能力』を呆気無く打ち消しておいて、何が『無能力』か。

 

 上条当麻の右手に触れた瞬間、赤坂悠樹の自身に施していた能力制御が全て打ち消された。

 その結果、能力によって処理中だった負荷が一瞬にして解放されてしまい、致命的な暴発となった。

 既に視界は十六分割されたかの如く割れて縮まり、数え切れない内部破裂の致命傷を受け、脳に致命的な損傷を与えられて思考力も秒単位で枯渇して消失していく。

 

 ――余りにも呆気無く訪れた死に、文句の言葉も恨み事の一つも出て来ない。

 

 所詮は死に損ないの悪党一匹、惨めに果てるが定め。

 殺しているのだから、殺されるのも不思議じゃない。元より生に執着していない。生きようと執着しては寿命を削る能力など怖くて使えまい。

 命を賭けて敗れたのならば、潔く死ぬだけであるし、生きたまま鹵獲されて『学園都市』の実験体になるよりは数百倍マシな結末である。

 

 ――それに、初めから生きる目的が希薄の赤坂悠樹にとって生とは苦痛そのモノであり、死こそ唯一の救済だった。

 

 双子の妹が殺されたその時から、彼は精神的に死んでいた。

 そんな死人の自分を取り繕って生きている真似事を繰り返したが、生きる目的を見いだせずに今此処に至る。

 何とも無意味で無価値な人生。だからこそ、生き地獄の終わりたる死は尊いモノであり、自身の能力で寿命を消費し続けた彼の、心の底からの本望でもあった。

 

 

『――あーあ、妹の墓参り。遂に行けなかったなぁ……』

 

 

 ただ、それでいて一つだけ、最期に遺った未練を言葉にした。

 妹を殺されたその日からあらゆるものが燃えていき、全てを焼き尽くす憎悪に変わり、最後の最期に燃え残ったのがその想いだけだった。

 

『……そんなの、何処に居たって出来るだろう! 祈る気持ちさえあれば何処に居たって届くだろう! お前の自殺願望に他の皆を巻き込むなっ!』

 

 自分を打ち倒した誰かの言葉が届き、意味を噛み砕く前に――赤坂悠樹は『超能力者』としての、否、人間としての思考能力を全て喪い、程無く生命活動を完全に停止する。

 

 ――これが後に『0930事件』と呼ばれる未曾有の大事件の、その首謀者の呆気無い最期だった。

 

 

 

 

(……おいおい、どういう冗談だ? 死ねないだけじゃなく、もう既に死んでるだと?)

 

 ――理解が追いつかない。

 

 完全なメタ能力を持つ『無能力者』の存在をあの時まで認識出来なかった事もそうだが、最後の最期に遭遇した『偶然』も出来過ぎている。

 既に死んでいるというのならば、此処は何だ? あの世か、地獄か?

 目の前が真っ黒になるような目眩と同時に――精神操作系の能力の干渉を受けたような強烈な不快感を抱く。

 

(……っ! ざけんなッ!)

 

 ――自由意志を根刮ぎ奪って殺戮人形にせんとする絶対命令権を、即座に逆探知して時間停止し、発生源を特定する。

 

(……うぜぇ、イライラする――!)

 

 自身の左手の五指を時間停止させて、頭の中に直接突っ込み、ぐちゃりと色々掻き回して弄り、自身の頭の中にあった札付きの『異物(クナイ)』を外に摘出し、迷わず握り潰す。

 不愉快極まる精神操作は綺麗さっぱり消えたが、脳内を穿って掻き回した致命傷は秒単位で治癒され――現状は何一つ変わっていなかった。

 

(クソがッ、原因らしき異物を排除した処で、訳の解らない『不死』はそのままってか……!)

 

 未だ姿の見えない元凶に憎悪を滾らせ、絶対の報復を決意すると同時に――探し出す手間が必要無い事に気づく。

 今の赤坂悠樹が真に幾ら自傷しても死なない『不死』の状態ならば、それは己の能力の制限が全て外れているという事に他ならない。

 

 ――それは即ち無限に『加速』させられる事でもあり、無限に『停滞』させられる事でもあり、無限に『停止』させられる事でもあり、無限に『逆行』させられる事である。

 

 今、この瞬間にも赤坂悠樹は世界の終末を演算出来るのだ。

 46億年前の原初の地獄を地球全土に『再生(リプレイ)』する事も可能であるし、引力と斥力の時間を色々弄って月を地球上に落とす事も可能であり、地球の自転・公転運動を無限に『加速』させて太陽系から脱出させる事も可能であり、それらを無限の思考加速によってタイムラグ無しで即座に実現可能であり――お望みの『世界最後の日』を演出する事が出来る。

 

(――はっ、これが『学園都市』が求めた『絶対能力(レベル6)』の境地って処か? ああ、最高に最悪にくっだらねぇ……!)

 

 神に匹敵する万能感はそれを上回る絶望感に押し潰されて虚無感となり――何の未練無く世界を自分ごと握り潰すその前に、確かめておかなければならない事が一つあった。

 この似ているようでかけ離れた世界での唯一の接点、唯一自分を知る存在があの少女であり、それだけは問わなければならない事だった。

 

「……お前は、オレの何を知ってやがる……!」

 

 再び産まれ落ちた憎悪と怨念、殺されても死ねない絶望と焦燥、ありとあらゆる負の感情を籠めて、赤坂悠樹は八神はやてに責め問う。

 この歪ながらも訪れた唯一無二の対話の機会は、八神はやてが赤坂悠樹を一度打倒してからこそ、無視出来ない相手だと認められたからこそ得られたものである。

 それが無ければ、赤坂悠樹は八神はやてを無視して世界の終焉を演算していただろう。

 

 ――ただ、これから八神はやてから開示される真実を思えば、赤坂悠樹は話を聞かずに世界ごと屠った方が良かったかもしれない。

 

 術者を屠っても『穢土転生』は解けず、永遠に彷徨う事になるが、その結末の方が遥かにましだった――。

 

 

「……私は貴方の、貴方のクローン『過剰速写(オーバークロッキー)』――クロさんと、三日間だけ友達だった……」

 

 

 八神はやての悲しげな告白が最後の扉の鍵となり、興味・関心を抱いた赤坂悠樹は迷わず『過去視』で彼女の過去を閲覧してしまった。

 その『パンドラの匣』には真の絶望しか無いのに――。

 

 

 ――その『可能性』だけは、絶対に見るべきではなかった――。

 

 

 

 

 ――彼女の言う自身の偽の能力名を名乗る『過剰速写』は、信じ難い事に『赤坂悠樹(オリジナル)』に匹敵する能力規模と『赤坂悠樹』と同じ記憶を持つ特異個体だった。

 

 第三位『超電磁砲』の複製体を生み出した『量産能力者(レディオノイズ)計画』での『妹達(シスターズ)』は大元の1%程度の力しか受け継がなかった事を考慮すれば、この狂った世界に産み落とされた『過剰速写』の性能は破格と言って良い。

 

 ――だが、その精神性が『赤坂悠樹』と同一のモノかと問われれば疑問視せざるを得ない。

 

 『過剰速写』は自身の最期を明確に覚えていて、尚且つ自身の事を何者かの欲望によって産み落とされた複製体であると自覚している。

 死より先に進んだ『過剰速写』は産まれながら『赤坂悠樹』とは異なる個体であると言えよう。

 

 ――『赤坂悠樹』と『過剰速写』の最大の差異は、憑き物が落ちたかのように冷静な自制心を取り戻している事に他ならない。

 

 最弱の『無能力者』に敗北した事から、何者にも憚る事の無い『最強』じゃなくなった反動なのだろうか。

 もしもそうならば『最強』という呪いは、どれほど『赤坂悠樹』の本質を蝕んでいたか、解ったモノじゃない。

 

 ――話を戻して、『過剰速写』とあの黒羽の少女の出遭いは誘拐犯と人質の関係だった。

 

 あの人間核兵器が車椅子が無ければ移動すらままならない障害者とは驚きだが、あの『過剰速写』と奇妙な友情関係を築いていた事は認められる。

 

 

『――自分の双子の妹の複製体が作られた時、これがオレの人生の最大の分岐になったのだと思う』

 

 

 この魔都の夜景を一望出来る天空にて『過剰複写』が吐露した言葉に、やはり複製体は複製体かと『赤坂悠樹』は鼻で笑う。

 自らの手で殺害した双子の妹の複製体『第九模写(ナインオーバー)』の事を顧みた事など彼の人生で一度も無い。

 正直言えば今の今まで忘れていたぐらいだ。それほどまでに、あの複製体は『赤坂悠樹』の人生において取るに足らぬ要素なのである。

 

『今更気づくなんて救いが無い。永遠に気づかなければ良かった。けれども、気づけて良かった。――劣化品だろうと贋作だろうと、あれはもう一人の妹である事に、変わりなかったのにな……』

 

 そう告白する『過剰速写』を『赤坂悠樹』は冷めた目で見届ける。

 それは自身が複製体だからこそ生じた世迷い事であり、『過剰速写』の事を完全に劣化した別物の何かだと断定する。

 あんな劣悪な複製体を一分一秒でも生存させる事こそ屈辱の極みであり、抹殺する以外の選択肢など無いと断言する。

 

 ――急速に興味を失った『赤坂悠樹』は少女と『過剰速写』の物語を早回しに見届ける。

 

 結果から言えば、自身を生み出した組織を鏖殺し、別の復讐者に殺されたという無様な結末だった。

 悪党に相応しい惨めさで少女の前で朽ち果てた。所詮は複製体と言った処か。ただ、その死を悼んで泣いてくれる者が一人居るだけで若干羨ましかった。

 

 『過剰速写』については完全に興醒めという結果に終わったが、今さっきの少女と復讐に身を焦がす少女は不思議なほど一致しない。

 

 少女は復讐を決意し、『魔術師』と名乗る男の甘言に乗ってその力を手に入れた。

 先程の変な格好の四人組も合流した処を見る限り、この復讐は間違いなく果たされるであろう。

 少女の凶行を止める者が一人居たが、無力な正義は飾り物にも劣る。止めれずに返り討ちになる。

 

 ――実に皮肉な巡り合わせだと『赤坂悠樹』は感じずにはいられない。

 

 己の復讐を果たせなかった者が復讐され、この少女に復讐を決意させた。復讐が途切れて尚、連鎖している。

 この少女の規格外の力なら、この復讐は間違いなく完遂されるだろう。

 その時に、この少女は何を想うのか。死した『過剰速写』を想って泣くのか、憎き仇敵への恨みを晴らせて狂々と笑うのか――復讐を果たせなかった『赤坂悠樹』の興味は其処に絞られた。

 

 ――だからこそ、その結末に驚く。

 

『『――約束を果たせずに寿命死する『赤坂悠樹』の贋物を許してくれ』、それがアイツの遺言だ』

 

 ――殺したと思っていた仇敵は実は『過剰速写』を殺してなかった。

 

 自身の名を使った符号の遺言は先程打ち倒された情けない男から伝わり、それでも信じられない少女は復讐の刃を振り下ろし――それを止めたのは、時間を超越して行使された『過剰速写』の時間操作だった。

 拍子抜けと言えば拍子抜けだが、滑稽な運命の巡り合わせに頭を抱えるしか出来ない。自身の復讐を果たせなかった半端者だが、他人の復讐を止める事は出来るようだ。

 

 ――それから三ヶ月後、精神的に塞ぎ込んでいた少女は『過剰速写』の墓の前で、突如現れた赤坂悠樹と対面する。

 

(――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――、は?)

 

 右腕と左眼が損失している事は『赤坂悠樹』と同じだが、義手の右腕部分の袖に付けてあるのは今や懐かしい『風紀委員(ジャッチメント)』の腕章であり――その時点でおかしい。

 右腕と左眼の損失は『一方通行』との戦闘が原因だ。それを経験して尚、何故捨て去った『風紀委員』の腕章をこの赤坂悠樹は付けている?

 疑問に思うのとその赤坂悠樹から膨大な情報が逆流したのはほぼ同時であり、流出された情報の渦から『赤坂悠樹』はこの赤坂悠樹がどういう道筋を辿ったのか、一瞬で理解してしまった。

 

 ――その赤坂悠樹と『赤坂悠樹』の決定的な差異は唯一つ。

 この赤坂悠樹は『赤坂悠樹』と同じように『第九模写』を殺しに行って、温い事にその手で殺せなかった。

 

 『第九模写』の製造目的は表向きには正体不明の第八位の能力解明の為の複製体だったが、何の間違いが生じたか、在り得ない第九位の超能力者の複製体になったというもの。

 その実情はオリジナルが生存して尚且つ開発を受けていれば九人目の超能力者になったかもしれない、赤坂悠樹の双子の妹の複製体。

 その真の製造目的は何の制限無く活動する第八位の超能力者に対する『首輪』である。確かにこれは赤坂悠樹にとって無視するには余りにも困難な代物だった。

 

 ――『赤坂悠樹』には双子の妹の死が人生最大のトラウマとなって、無力な女子供を殺せないという致命的な弱点があったが、『第九模写』を自らの手で殺害する事で克服してしまっている。

 

 だが、赤坂悠樹は甘い事に『第九模写』を自らの手で殺す事が出来ず――出来なかったが、双子の妹の複製体という存在が一秒でも存在している事を許せなかった。その結論は同じである。

 

 ――それ故に、回りくどい手順を踏む事にした。一時的に保護するが、最終的には他人に殺させる。

 

 後は『第九模写』を殺害した他人を意図的に生かして帰せば、『学園都市』の上層部は双子の妹の複製体に何の価値も無かったと判断するだろう。

 その大立ち回りは上手く行った。未だ『一方通行』との戦闘を経ずにAIM拡散力場の連結凍結による『時間停止』に至っていないが、『学園都市』の刺客を退け、処刑役の選定も終えた。その役に第四位を選ぶ当たり、我ながら良い性格をしている。

 

 一時的な保護者役に御坂美琴と白井黒子を選んだせいで始末させる魂胆を見抜かれ、戦闘になるも返り討ちにし――挑発に挑発を重ねた第四位『原子崩し(メルトダウナー)』麦野沈利の登場で舞台は整った。後は『第九模写』を見殺すだけである。

 

 ――それなのに、赤坂悠樹は『第九模写』を見捨てられなかった。

 

(……馬鹿か? コイツは。何を血迷ってんだ?)

 

 第四位の『原子崩し』は赤坂悠樹にとって組み易い相手であるが、一発でも命中すればそれがそのまま致命打になる事には変わりない。

 その破滅の光を前に庇うなど馬鹿馬鹿しいにも程があるし、始末させる為にこの場を用意したのに本末転倒も良い処である。

 

『――なん、で。どうして。紛い物の私を、何故?』

 

 『第九模写』の疑問は当然のモノである。

 その右腕一本を犠牲にしてまで助けるなど在り得ないし、其処に見合う価値など何処にも無い……!

 

『……いい加減、自分の馬鹿さ加減には飽き飽きしてくる』

 

 赤坂悠樹は振り向かずに、されども、その声には今までに無い暖かみがあり――それはまるで、何かのようだと一瞬脳裏に過って、即座に否定しようとして、

 

 

『――兄が、妹を助けるのに、理由なんざいらねぇんだよ』

 

 

 それは、妹が死んでから永遠に失われた『赤坂悠樹』の根底の行動原理であり――。

 

 ぴしり、と。何かに罅が入った。罅は秒単位で亀裂となり、何の対処すら出来ず、全てが木っ端微塵に砕け散った。

 

 

(……あ。ああ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁ――!)

 

 

 ――世界の果てまで轟き渡る絶望の断末魔は止まらない。

 この時、『赤坂悠樹』は生まれて初めて、心を完膚無きまでへし折った絶望で能力の制御を手放してしまった――。

 

 

 

 

 

 

 


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