転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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20/ブラッドvsリベル・レギス

 

 

 

 

 

「――クロウ・タイタス。前々から思ってましたが、貴方は馬鹿ですか?」

「……はは、直球だなシスター。痛てっ! もうちょっと優しくしてくれ!」

 

 上半身裸のクロウの負傷箇所に乱雑に包帯を巻きながら、ジト目のシスターは大きな溜息を吐いた。

 

 ――今より一年前の十二月の出来事である。

 

 海鳴市から『二回目』の転生者がほぼ全滅した頃、あの『魔術師』からも「あ、駄目だこいつら。一秒でも早く何とかしないと」と言わしめ、現存するほぼ全ての勢力と共同して魔術結社『這い寄る混沌』を一斉に袋叩きにした。

 大多数の狂信者を有無を言わさず撲滅したものの、トップである『大導師』に見事逃げ遂せられ、確実に後の災いになると『魔術師』はさぞ壮絶なまでに舌打ちしていた事だろう。

 

(……はぁ、悠陽の方は元気そうね。それに比べて私は――)

 

 ――シスターもまた『教会』の戦力として参戦し、最後の最後に不覚を取った。

 

 彼女の『禁書目録』の知識にもない、クトゥルフ神話由来の魔術を回避し損ない――『教会』から袂を分かれて無所属の『転生者』として参戦していたクロウ・タイタスに庇われ、今に至る。

 

「良いですか、貴方のした事は究極的なまでに愚かしい自己満足で、尚且つ無意味な行動に過ぎません。完全な状態の『歩く教会』を装備している私を、生身同然の貴方が庇ってどうするんですか?」

「……いやまぁ、反射的に、ってヤツ?」

「貴方は反射的に自殺行為を犯すのですか? 朝日が差しただけで窒息死するマンボウですか、貴方は」

 

 何言ってるんだ、という表情で、シスターはこのろくに喋った事の無い、へらへら笑っている男に文句を言う。

 

 ――クロウ・タイタス。『這い寄る混沌』の『大導師』と同じ世界出身の『三回目』の『転生者』。

 

 つまりはあの戦力バランスが(主に『鬼械神』のせいで)崩壊している『デモンベイン』の世界に生まれた魔術師の筈なのだが、本当にあの世界出身なのか疑いたくなるほど当人は弱い。脆弱と言っても過言じゃない。

 『教会』の孤児院から出てから、探偵業の真似事をしていると同僚の『代行者』から聞いたが――探偵を真似しているのではなく、とある人物の真似事をしているのでは、と彼女は訝しんだ。

 もしそうならばこの無謀な暴挙にも納得が行き、だからこそ、そんな思い違いをしているのならば正さなければならなかった。

 無意味であったとは言え、助けられた恩はある。それを義務的に果たす為に、シスターは重い口を開いた。

 

 

「この際、はっきりと言いましょう。――クロウ・タイタス。貴方は大十字九郎には絶対なれない。その真似事すら、貴方では荷が重いでしょう」

 

 

 驚くクロウ・タイタスを見据えながら、シスターは感情無く告げる。

 大十字九郎とは『デモンベイン』世界の主人公。お人好しで熱血漢で、誰かを助ける為に危険を顧みずに戦える、この混沌とした世界には存在しない、正真正銘の『正義の味方』である。

 

 そう、この世界には――否、この世界にも居ない存在である。未来永劫、過去永劫に渡って不在の席である。

 

「――身を弁えなさい。貴方は貴方一人守る事すら精一杯で不十分なんです。そんな貴方が他人を庇うなど烏滸がましいと思いませんか?」

 

 大十字九郎ならば、どんな悲劇も喜劇に変えれる。神の脚本すら撃ち砕く最高最悪の大根役者、真の『ご都合主義の寵児(デウス・エクス・マキナ)』――だが、力無き者が彼の行動を真似た処で、彼になれる筈が無い。

 彼が、クロウ・タイタスが『魔術師』神咲悠陽と同じように本性と本領を徹底的に秘匿していたのならば、話は別だが――クロウは、乾いた笑みを浮かべていた。

 

「……言われてみれば、そっか。はは……」

「……何故、其処で笑うのです?」

「いやまぁ、腑に落ちたってヤツかな……? それに口は悪いけど、心配してくれるのはこそばゆいけど有り難いさ」

 

 シスターが「別に貴方の心配など――」と言いかけた処で止まる。その予想外の、在り得ない言葉に遮られて。

 

「――でも、多分、同じような状況になったら、オレは同じ選択肢を取ると思う」

「……話を聞いてなかったのですか? それとも、聞いて理解して尚そんな発言をするほど愚劣なのですか?」

 

 ぴきり、と、シスターは怒りを籠めてクロウを睨む。

 彼女自身、何に対して怒りを抱いているのかも気付かずに――。

 

「猿ですか貴方は? いえ、類人猿の方が学習能力が高いですから、猿以下の人類を何と評すれば良いですか?」

「うわ、ひでぇ言われよう……」

 

 ヘコたれながら笑うクロウだが、其処に自身の言葉を覆す様子はまるで無かった。

 

「オレに出来る事なんてたかが知れてる。この生命を使っても出来る事なんて、それは小さな事だ。……逆に言うならさ、オレにはそれしか出来ない。その出来る事に全力を尽くすのは当然じゃないか?」

 

 なるほど、言葉にしてみればもっともらしく聞こえる。

 そして聞き届けたシスターは自分の中でぷつんと、理性だとか堪忍袋の緒だとか、多分そんなものがぶち切れた音を客観的に聞いた。

 

「……貴方は馬鹿なのではなく、大馬鹿者のようですね。そんなのは当然じゃありません。異常ですよ。その打算に、其処に、貴方自身の生命の勘定が入っていない……!」

 

 ――冗談じゃない、とシスターは烈火の如く怒る。

 

 コイツは、目の前のこの男は、自分と同じく『三回目』の『転生者』ながら、そんな綺麗事ですらない世迷い言を吐くのかと――実際に二回死んでいるのにそんな馬鹿げた事を本気で語るのかと憤る。

 身の程を知りながら弁えずに突っ走って限界を超えるなど、ただの自殺でしかない。

 

「私達がこうして『三回目』の人生を歩めているというのは本当に奇跡に等しい出来事。まさか『四回目』もあるなんて安直な事を考えてるの?」

「そんな楽観視なんて出来ねぇよ、ただ――」

 

 ぽりぽりと頬を掻きながら苦笑し、一転、クロウ・タイタスは真剣な表情になる。

 

「――次があるなら、もっと上手くやろうって、一回目死んだ時に決めていたからさ」

「……何を?」

「自分の生命の使い方を」

 

 ――此処に至ってシスターは漸く、クロウ・タイタスという人間があの世界に相応しいイカれた転生者であると、計らずも思い知る事となる。

 

 

 

 

 数百万の軍勢へと成り果てた『死の河』が蠢き、『白い流星』と『黒い渦』が舞い、『くるみ割りの魔女』が世の最果てまで行進する。

 

 ――そして『赤い巨星』が二つ。

 

 数多の強大無比なる存在が闊歩する中、最も逸脱した力の具現は海鳴市の遥か上空で激突を果たしていた。

 

「断鎖術式『ティマイオス』『クリティアス』解放ッ!」

「アトランティス・ストライクゥッ!」

 

 一つはクロウ・タイタスと大十字紅朔が駆る『デモンベイン・ブラッド』。

 血色に統一されて禍々しい雰囲気を漂わすも、その双眸に宿る斬魔の意思は『オリジナル』のものと何一つ遜色無い。

 両脚部シールドに搭載された断鎖術式を解放し、桁外れの時空間歪曲を瞬間的に発生、その世界からの強烈な修正力による反作用で飛翔し――その圧倒的な質量を持って飛び膝蹴りを撃ち放つ。

 

 直撃すれば、如何に鬼械神とて大破は免れぬ必殺の近接粉砕呪法。

 ――されども、もう一つの鬼械神は微動だにせず、その左手を眼下に付き出して、静かに受け入れる。

 

「っっ!?」

 

 もう一つの鬼械神、最悪の魔人『マスターテリオン』と最古の魔導書『ナコト写本』が駆る『リベル・レギス』。

 嘗てこの海鳴市でかの鬼械神と死闘を繰り広げた経験はあるが、今の『リベル・レギス』は嘗ての術者の時とは比べ物にならないほど強大で理不尽だった。

 

「この、紅朔っ!」

「っっ、解ってるわよ! 壱号弐号、緊急解放ッ!」

 

 同じ鬼械神とて撃破するに足る威力を秘めた『アトランティス・ストライク』は、『リベル・レギス』の防御結界に阻まれる。

 あらゆる城壁を撃ち砕く必殺の蹴撃が、いとも容易く阻害され――『デモンベイン・ブラッド』は背部飛行ユニットの『シャンタク』を爆裂させ、渾身の次空間歪曲を炸裂させると同時に戦域から大きく離脱する。

 

「……まぁ、最初から解ってはいたが――」

「……大した化け物っぷりね、大導師『マスターテリオン』殿は……!」

 

 結果としては、かの魔人が織り成す防御結界の呪力が霧散しただけに終わり、『リベル・レギス』は無傷で佇んでいる。

 何の冗談か、機体の前方を覆う背部装甲の竜の翼を解放しないまま――そう、この目の前の『世界の怨敵』は、本気すら出していない。

 

「……今のオレとアイツとの戦力差が大十字九郎とアル・アジフが一回目に戦った時じゃなく、もう一人の大十字九朔程度の時と同じぐらいだと良いんだがな」

「……団栗の背比べよね? それ。あと、もしそうだとしても絶対に敵わないって言っているようじゃない」

 

 喉元から絶望が這い出てくるのを、クロウ・タイタスは苦々しく実感する。

 どういう訳か今の『リベル・レギス』は何かを試すように確かめるように、反撃も迎撃行動にも出ないが、その魔人の気まぐれたる戯れが終われば――無慈悲に瞬殺される未来しかない。

 

(……当然か。オレは、大十字九郎にはなれない――)

 

 あの窮極の魔人と互角に渡り合えるのはこの宇宙で唯一人、大十字九郎に他ならない。

 けれど、此処には皆の愛する『正義の味方』はいない。救ってくれる優しい神様もいない。

 今、奴と同じ土俵に立てるのは同じく鬼械神を持つ自分だけであり――不可能が十・百・千・万・億・兆以上重なろうが、あの『リベル・レギス』を打倒しなければ、この世界に未来は無い。

 

 ――絶対に勝てない。それを誰よりも痛感した上で、絶対に退かさなければならない。

 

 その矛盾したロジックを乗り越えるのに自分の中で使えるのは自分の生命だけであり――クロウ・タイタスが決死の覚悟をした時、『リベル・レギス』に搭乗する『マスターテリオン』の顔には失望が色濃く浮かんでいた。

 

(――弱い。弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い、弱すぎる!)

 

 余りにも程遠い。『マスターテリオン』の、彼の不倶戴天の怨敵には遠く及ばない。

 今の魔人に欠けたる要素は何一つ無い。最悪の魔人のまま、誰に憚る事無くこの世界に存在している。

 穢土転生の縛りや法則、幾度破損しても自然復元する特性すら無視して完全無欠の魔人として存在している。

 

(……足りぬ、足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ! こんな紛い物では我が飢餓は癒やされぬ!)

 

 なればこそ、『彼』に何一つ欠損が無いからこそ、目の前の不出来な役者に憤りを隠せずにいる。

 こんな紛い物を討ち滅ぼした処で、何一つ満たせない。何一つ達せられない。己より遥か先の領域に行ってしまったあの怨敵達に届かない……!

 

 

『――おやおや、大層不満そうだね。大導師殿』

 

 

 その異形の者の聲(こえ)は『リベル・レギス』の堅牢な魔術防壁を完全素通りして、内部に響き渡る。

 無感情だったナコト写本に憎悪と殺意が灯り、『マスターテリオン』もまた眼下の敵を無視して気怠げに虚空を睨みつける。

 

「――これは貴公の見込み違いか?」

『ふふ、果たしてそうかな? でも、確かに『今』のその『彼』では不足だね。これでは君の望みは達せられまいだろう』

 

 幾多の次元を超越して語りかける聲は、大層愉しそうに弾んでいる。

 

「ふむ――」

 

 その意味深な言葉を咀嚼し――今と似たような状況を思い起こす。

 あの最後の回での大十字九郎との初対面を思い出し、『マスターテリオン』は即座に試してみる事にした。

 

 

 

 

「……はぁ、何で今、そんな事を思い出すのやら」

(? 『もう一人の私』、どうしたの?)

 

 一方、『魔女』を白に任せたシスターは夜の無人の街を軽快に走っていた。

 

「何故かは知りませんが、クロウちゃんとの馴れ初めが脳裏に過りました」

(え? クロウとの? ……どんなのだったの? 私の方は初対面最悪だったけど……)

 

 シスターの主人格であるセラのやや不貞腐れた声が脳裏に響く。

 解り易く意訳すれば「この身体は私のもんだオラァ!」という自棄糞気味の宣戦布告だった為、セラは今なお気恥ずかしげに顔を伏せる。

 

「安心して下さい、こっちも似たようなものです。『歩く教会』装備の私を無謀にも庇って……私の知識に無いクトゥルフ系の邪な魔術でしたから、無傷で防げた保障は無かったですけど」

(……んー? あれれ、『もう一人の私』、それは新手の惚気なのかなー?)

「違います。最悪なのはその後です。素直にお礼を言えば良かったのに、私は『余計な事をするな』と痛烈に言ってしまったのです……」

 

 これも全て神咲悠陽のせいだ、とシスターは責任を押し付ける。

 彼の裏切りで、彼女は完全に人間不信となり、一切の交流を断ち、人間関係の成立を病的なまでに拒絶した。

 

 ――そんな自分の殻に引き篭もった彼女に手を差し伸べた者が、自分以上に色々と駄目な人間だったとは誰が思おうか。

 

 ドラゴンに追われた状態で捕らわれのお姫様に「君を助けに来た!」なんて言っているようなものだ。

 これでは否応無しに、不貞腐れてないで頑張るしか無いではないか――。

 

「……さて、現実逃避はこれぐらいにして――」

(……そうだね、どうしようか?)

 

 立ち止まって、遥か上空を見上げれば――最弱無敵の鬼械神『デモンベイン』と、最強最悪の鬼械神『リベル・レギス』が神話級の激闘を繰り広げていた。

 

 ――『リベル・レギス』が十一発のブラックホール弾を生成・射出し、『デモンベイン・ブラッド』は死に物狂いで回避運動を取りながら二丁拳銃の魔銃で反撃する。

 

 クトゥグァの灼熱の魔弾の大半はン・カイの闇に飲み込まれて消失するも、イタクァの極低温の追尾弾が在り得ざる軌道で駆け巡り、次々と『リベル・レギス』に直撃するも、展開する防御結界によって全て掻き消されて無意味に終わる。

 

「あの超甲を貫く以前の問題ですか……!」

 

 ――恐らくは、誰の目から見ても明白である。

 この場における絶対的強者たる『マスターテリオン』は、クロウ達を一瞬で討ち取る事が出来るのに、それをせずに弄んでいる、と――。

 

 ぎりっと、無意識の内に歯軋り音が鳴る。この最悪の敵の存在は忌々しい限りだった。

 

(あんな上空で闘われたら、合流する術なんて無いよ!)

「地上で闘われたら、海鳴市が跡形も無く消滅しますけどね」

 

 このままでは、遠からずに敗北する。クロウ・タイタスは為す術無く殺されるだろう。

 かと言って、此処から援護するとしても何が出来るだろうか。

 攻撃手段は無い訳ではない。『禁書目録』たるシスターの行使する魔術の射程距離は、この地上からも『リベル・レギス』に届き得るだろう。

 ただ問題は、通用する魔術が無いだけである。彼女の持ち得る最大火力である、衛星すら撃ち落とせる『竜王の殺息(ドラゴンブレス)』でも『マスターテリオン』の気を逸らす事しか出来ないだろう。

 

(……それでは意味が無い。生身の『大導師』さえ仕留めれないのなら、完全上位互換の『マスターテリオン』には到底届かない……!)

 

 だが、シスター自身が『デモンベイン』に搭乗するのならば、彼女自身の十万三千冊の禁断の魔導書の知識を鬼械神を通して翻訳して拡大解釈して行使するのならば――機械仕掛けの神の領域に手が届く。

 それ自体は『大導師』との戦闘の際に証明されている。それで『マスターテリオン』を相手に勝機を見いだせるかは完全に別問題であるが――。

 

「……どうすれば――」

(ッ!? 『もう一人の私』避けてッ!)

 

 急に発せられたセラの悲鳴。意識を現実に戻したシスターが見た光景は、赤い巨大な塊が殺人的な速度で落下する光景であり――それが『デモンベイン・ブラッド』である事を遅れながら悟ったのだった。

 

 

 

 


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