転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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19/マテリアルズvs魔術師

 

 

 

「――これより第十三回『魔術師』対策定例会議を執り行うッ! 皆の者、忌憚無き意見を発言するが良い!」

 

 とある日の昼下がり、『魔術師』の屋敷の居間にて、自信満々に開催の宣言をするディアーチェに、シュテルの「わーぱちぱち」と相変わらず棒読みで特にやる気の感じられない声が響き渡る。

 

「……いや、ちょっと待て。勝手に進めんな! 人選、明らかに間違ってるだろこれぇ!?」

 

 いつの間にそんな回数も取り行われたか、突っ込み処しか無かったが、そんな事よりももっと重要な事をランサーが必死に突っ込む。

 今回、この会議に招集されたメンバーは『魔術師』を除いて全員。つまりは、彼のサーヴァントであるランサーも、微笑ましいものを見るような感じで暖かい視線を送る吸血鬼・エルヴィも加わっているのである。

 

「何を言う、ランサー。『魔術師』対策を行うに当たって、貴様等二人以上に『魔術師』に詳しい者などおるまいッ!」

「そうですよー、私達に聞かずして誰に聞くんですかー?」

 

 獅子身中の虫はにっこり微笑む。

 本末転倒、此処に極まりであるが、今のランサーに其処を詳しく突っ込む気力は欠片も湧かなかった。

 

「……あー、そうかい。話の腰を折って悪かったな……」

 

 疲れた表情をしたランサーは手振り身振りで先に進めろとジェスチャーする。

 どの道、この屋敷で話す時点で『魔術師』に全て筒抜けであるので、幾ら話し合った処で無意味どころか逆効果であるが――。

 

「はいはい、ディアーチェちゃん、何を聞きたいんですかー?」

「うむ、エルヴィ。我等の独自調査で判明した事実なのだが――」

 

 レヴィの方は話を無視してプリンを頬張って幸せそうにしており、主に小さく「えっへん」と胸を張るシュテルが調査したのだろう。

 

「『魔術師』には家族が――」

「あ、はいはい、駄目です。アウトです。それに触れちゃいけません」

「んな、藪から坊に何だそれはっ!?」

 

 言い切る前に、エルヴィは笑顔で話を遮断する。

 まぁ仕方ないと、ランサーは渋々同調しながら茶を啜る。それはあの『魔術師』の中でも特に触れていけない領域である。

 

 ――それは弱点ではなく、何が起こるか解らない透明な逆鱗のようなものだ。

 

「良いですか、ディアーチェちゃん。普段は極悪非道で他人を面白可笑しく破滅させる事しか考えていないロクでもないご主人様ですが、絶対に触れてはいけない事が二つあります!」

 

 ……中々に酷い言われようである。

 この従者あってあの主ありか、などと考え、自分のマスターでもあるかと心の中で大きな溜息を零した。

 

「一つは『眼』の事。視覚があるのに見れない苦痛は想像絶するものです。ご主人様の魔眼に耐えられる『DS』や『PSP』を自作するか、視覚を使わずに視覚情報を入手する手段を確立させてしまうか、心底思い悩んでましたしね。迂闊にその点を挑発したら後先考えずに『視』られてしまいますよー」

 

 これはランサーもいまいちぴんと来ない事である。

 彼が現世に召喚され、『魔術師』に令呪を奪われて主替えを無理矢理賛同されてから、実際にそうなった機会が無かった為である。

 

「良いですか、ご主人様の自制心と忍耐力が一発で吹っ飛びますから、冗談でも言わないで下さいねー」

「……それなら、魔眼対策をしてから挑発すりゃ良いんじゃねーか?」

 

 『魔術師』の秘蔵する魔眼が人の身に余る宝石級の代物である事しかランサーは知らないが、魔眼は魔眼、対策など幾らでも講じられよう。

 現にランサーならば、例えかの悪名高き堕ちたる女神・メデューサの『石化の魔眼』だろうとルーン魔術で対策を講じられたりする。

 

「……それ、原初のルーン持ちのアンタ以外、誰が出来るんですか? 神代の英雄基準で語ってんじゃねぇですよ、この駄犬」

「んだと、この年中盛り付いたちんちくりんの駄猫が……!」

「ぬぁんですってぇ!? 吸血鬼にとって姿形なんて無意味ですよ!」

 

 ぎぎぎ、とランサーとエルヴィは互いに殺意を撒き散らして睨み合い、火花が散る。

 今にも朱い魔槍を抜き出して死闘を繰り広げそうなランサーと、肘から先が流体になって人外の猛威を存分に奮おうとするエルヴィ――二人は衝突の機を虎視眈々と待ち侘びる。

 

 昼下がりの居間が、神話の英霊と不死の吸血鬼の殺戮空間と化す直前――その間に入ったのは苦労性の王様だった。

 

「ば、馬鹿者ッ! 貴様等が言い争ってどうする!?」

 

 激しく威嚇しあう狗と猫を必死に宥めて――二人は渋々と矛先を下げる。

 

「……まぁ余りお勧め出来ませんね。以前、そういう対策を練って自身の魔眼で自滅させようという輩が居ましたけど、謀略・策略・陰謀という時点でご主人様に事前に看破されてしまいますね。それはご主人様の土俵ですから」

 

 血液入りの紅茶を啜りながら「策士、策を知るって事ですねー」とエルヴィは笑う。

 

「使われた際の対策なんて無意味ですから、使わせないようにするのが至上ですかねー」

 

 それは暗に、遊びの時に魔眼など使わないと言っているようなものであるが、彼女達、特にディアーチェは気づかなかった様子だ。

 

「さて、脱線しましたけど、もう一つは家族の事。具体的には今世で妹として生まれ、前世と前々世で実の娘として生まれた御息女、故・神咲神那様の話ですけど――」

「――ちょっと待て。死んでいるだと?」

「ええ、死んでますよ。今、この世界でのご主人様の御両親の処に住まう神咲神那様は『プロジェクト・F』の産物ですから」

 

 話に加わってなかったレヴィが「え? 僕の『オリジナル』と同じような?」と首を傾げ、「ええ、そうですねー」とエルヴィは少し気落ちしながら返答する。

 

「――その『プロジェクト・F』の産物はご主人様の監視の眼を欺く為に神那様が用意したものであり、神那様はご主人様の手によって殺されています」

 

 こればかりは語る口も重くなろう。沈黙するランサーは元より、エルヴィも方も余り語りたくはない事である。

 

「親が、子を殺したのか……!」

「……あー、待て。待ってやってくれ」

 

 激昂しそうになるディアーチェを前に、ランサーは口を出す。

 ……『その』経験は、彼もあるからだ。胸糞悪い事を思い出したと、ランサーは天を仰いだ。

 

「……エルヴィ、詳しくお聞かせ願っても?」

 

 只ならぬ様子を察知したシュテルが改めてそう聞き、エルヴィは血液入りの紅茶を味わずに飲み干してから、重たい口を開いた。

 

「……そうですね。最初に断っておきますが、私は神那様の話を彼女の視点で、私の主観からの推測を混じえて話す事しか出来ないです。だから偏ってますし、誤っているかもしれません」

 

 ランサーは元より、自分より先に仕えている彼女にとっても、『魔術師』の娘である神咲神那の事は詳しく知らない。

 今となっては、彼女を知る者は『魔術師』しかおらず――あの『魔術師』が絶望に打ちひしがれた姿を思い浮かぶ。

 あんな事になったのは、後にも先にもあれっきりしかない。

 

「――一回目の世界、まだ神咲神那様ではない神那様はご主人様の死後、そう遠くない時期に死去したと思われます。それが他殺か病死か自殺かは断定出来ませんけど、恐らくは自殺でしょうね」

 

 後追い自殺をされるほどまでに、『魔術師』は父親として愛されていたのだろう。恐らくは当人の望んだ方向性とは別方向であるが――。

 

「――二回目の世界、神那様はまたご主人様の御息女として生まれました。神那様は一目でご主人様が一回目での父親であると気づきましたけど、ご主人様は気づけなかった。……これは私の勝手な想像に過ぎないですけど、一目見れば、ご主人様も気づけた筈です……」

 

 しょんぼりと、猫耳を垂れ下げてエルヴィは語る。

 その一目すら叶わなかった事が、彼と彼の娘の運命の皮肉さを物語る。

 

「……神那様がそれに気づいていたかどうかは定かではありませんけど、それからの三十数年余りの逃走生活は、彼女にとっては至福の時だったでしょう。失った父親をその手に取り戻せたのですから――」

 

 『魔術師』にとっては、第二魔法に至って元の世界に帰還するという至上目的を自らの意思で挫折した後の、燃えカスの灰が吹き切れるまでの人生であったが、彼の娘にとっては、失った幸福をその手に取り戻せた唯一の期間だったのだろう。

 

「――人並みの愛情はあったでしょうが、ご主人様には一人の魔術師として、次代の後継者を鍛造するという意味合いしか無かったのです。人生の全てを賭けた大望を自ら諦めざるを得なかったご主人様にとって、最後に残された義務は――神咲家の魔道に背いた御自身を殺害させる事で、家督と遺産を相続させる事でした」

 

 ――息を呑む音が聞こえる。

 こればかりは、この入り乱れた事情は、魔術師の家系故に、と言わざるを得ないだろう。

 

「……元来、魔術師という人種は不可能を目指して必ず挫折する、永遠に報われない群体。けれども、ご主人様は不可能を踏破する挑戦権を得た。百人中百人は戻ってこれないですけど、根源への到達の足掛かりを得てしまった」

 

 魔法を目指した動機が愛ならば、屈した理由もまた愛に他ならない。

 その為に『万能の願望機』を使い潰すなど、他の魔術師が許す筈もあるまい。

 

「……次の段階に進めるのに、志半ばで諦めた落伍者を、魔術師たる人種は許さない。その結果、ご主人様は二回目の人生において、父と妻たる妹を、その手で殺害しています……」

 

 沈黙しながら聞き続けるディアーチェの顔に、困惑の色が見られる。

 普段は見られない一面を語られ、戸惑いを隠せないのだろう。

 

「魔術師たる人種にとって、親兄妹で殺し合うのは日常茶飯事のようですけど――実際にその全てを殺した事のある魔術師は稀でしょうけどね」

 

 それを望むか望まずかは、完全に別次元の問題である。

 

「……神那様にとっては、青天の霹靂だったでしょうね。彼女にとっては死んでまで掴んだ幸福を、自らの手で壊せと言われたようなものですから――」

 

 他人からのまた聞きだというのに、胸糞の悪い話である。

 環境も悪ければ、巡り合わせも悪かった。これはそういう物語である。

 

「神那様は殺せなかった。だから、ご主人様は自分で決着を付けるしかなくなったのです――」

 

 エルヴィの悲しげな言葉に、ディアーチェの顔に嫌悪感に似た怒りが灯る。

 魔術師なる人種が親兄弟を殺す事を躊躇しないのであれば――。

 

「二回目においても、己が娘を、殺したのか……?」

「……いいえ、家督も遺産も全て持ち込んで自殺です。九代目に継承せず、神咲の魔道は八代目、御自身の代で終わらせたのです」

 

 勘違いから来る怒りが霧散し、複雑な表情になる。

 身に過ぎた遺産は身を滅ぼすだけ、そう判断した『魔術師』は自身の後継者に何一つ受け継がせなかった。

 神咲の家督も、神咲家の悲願も、魔術刻印も、『聖杯』も、その遺志さえも――何一つ残さず、遺せずに逝った。

 

「その後の神那様がどのように生きたのかは当人しか知り得ぬ事ですし、私達も想像すら出来ません。……端的に事実のみを語るのならば、この三回目の世界において妹として生まれ、ご主人様と無理心中しようとして失敗した、というだけです」

 

 それに至る経緯を想像するにも、判断材料が少なすぎるし、エルヴィとてそれを知る当人に聞くに聞けなかった事である。

 

「……どうして、こうなったのだ? 『魔術師』は、我が子を愛していなかったのか……?」

 

 ディアーチェの困惑した言葉に、エルヴィは自信を持って首を横に振る。

 

「いいえ、ご主人様は神那様を愛してましたし、神那様もご主人様を愛してました。それでも、人は時としてすれ違う事があるのです――」

 

 そう、この昔話は――この中の誰一人、神咲神那という人間を理解出来ていなかった、というだけの話。

 

 

 

 

 ――『固有結界』。

 

 それは『魔術師』の二回目で生きた世界での大魔術。術者の心象風景をカタチにして現実を浸食させる異界常識。

 無限の剣を複製する錬鉄の固有結界。絆を束ねて無敵の軍勢を再結集させる王の固有結界。焔の雪が舞う名無しの固有結界。いずれも大禁呪の名に相応しい神秘である。

 

 ――世界は温度無き炎の海に覆われ、漆黒の天にはオーロラが不気味に煌めく。

 

 地には花畑の幻が静かに咲き誇り、虚栄の華は温度無き炎に燃えもせず、踏み潰せもしない。ただ其処にあるだけの儚い幻想に過ぎない。

 これが、こんな何もかも滅びた黄昏の終末世界がこの術者の心象風景だと言うのならば――それは明らかに、人間として致命的なまでに欠落しており、尚且つ致命的なまでに壊れているだろう。

 

「……貴様ッ、巫山戯るなぁっ! 実の父を殺され、傀儡にまでされたというのに――!」

 

 ディアーチェの感情の赴くままの叫びは、されどもこの敵手には何一つ届かない。響かない。介さない。

 

「そうねぇ、『穢土転生』で呼び寄せられて、自由意志を奪われて、哀れにもお父様を殺した憎き仇敵の女に良いように使役されて戦わされている――そう答えれば満足かしら?」

 

 何も語れない『魔術師』に抱きつきながらそう断言する神咲神那は、心底幸せそうに微笑んだ。

 余りにも理解に苦しむ、否、理解を隔絶した光景だった。まるで意思疎通が成り立っていなかった。

 

(……何なのだ。何なのだ、此奴はっ!)

 

 その反面、此方に向けてくる絶対零度の殺意は底無しの闇を孕んでおり――くすりと、十二歳の少女の形をした何かは邪悪に嘲笑った。

 

「半分はそうだけど、半分は違うわ。――貴女達が居なければ、お父様があの女如きに殺されるような事態にならなかったもの。ええ、二重の意味で許せないわ。お父様を殺して良いのは私だけなのに――」

 

 ――その深き愛情と昏き殺意は矛盾せずに同居している。

 

 目の前の神咲神那という人間を理解出来ないのは、彼女達の人生経験が少ないからか、それとも非人間であるプラグラム故の限界か――または神咲神那自身が理外の存在だからか?

 

(……っ!)

 

 そして、それとは別に――神咲神那の言葉の刃がディアーチェの胸に突き刺さる。

 今、『魔術師』が殺されてあのような無様を晒している原因は他ならぬ自分であり、自分の選んだ行動の結果であり、言い逃れの出来ない失態であると、自責と自己憎悪で彼女の心がズダズダに引き裂かれる。

 ディアーチェの悲痛に歪む顔を見て、神咲神那は心底不思議そうに眺め、途端破顔して哄笑する。

 

「あら、あれれ? 人形の分際で一丁前に責任感でも覚えているの? お父様を殺す結果になって後悔しているの? まるで『実の娘』みたいな反応ね!」

「……っ」

 

 言い返す言葉を、ディアーチェは持たない。

 彼女は笑う。哂う。嗤う。狂ったように嘲笑い続けて、ぴたりと停止する。

 無表情を通り越して虚無と化した顔を見て、ディアーチェは無意識の内に一歩退いて恐怖する。

 

「その席は私だけのものなのに、厚顔無恥な泥棒猫達に何食わぬ顔で座られるなんて――思わず殺したくなる」

 

 世界が大きく脈動する。憎悪が、嫉妬が、殺意が、悪意が、怨念が、呪念が、遍く全ての感情が温度無き炎と化して狂々と蠢く。

 

 

「――あはっ、簡単には死なないでよ? 私の気が晴れないもの」

 

 

 『魔術師』から名残惜しく離れた神咲神那は彼の前に躍り出て、大合奏の指揮者の如くその両腕を大きく振るう。

 それだけで温度無き虚ろな炎の渦が巻き起こり、精神的動揺でディアーチェの反応が遅れて動けない中、一人眼前に躍り出たシュテルが防御魔法を展開して防ぎ切る。

 

「なっ、シュテル、無茶な真似を――!」

「……っ、いえ、これがこの場における最善の選択です。此処での私は、盾の役割しか果たせません」

 

 温度無き炎はされども防御結界を容易く焼き尽くすが、シュテルは魔力の許す限り多重結界を構築して完全に防御していく。

 それは明らかに湯水の如く魔力を使い果たす行為だった。そんな愚行を『理』のマテリアルである彼女が必要と断じて実行する理由――この時点で、この温度無き炎が想像を超えるほどの悪辣さを秘めているという疑いは明々白々だった。

 

『――此処では、私の『炎』は無力化されるようです。外とは世界の法則が違うのでしょう』

 

 無表情で防御術式を紡ぎながらも、ディアーチェとレヴィに『念話』を送るシュテルは止め処無く冷や汗を流す。

 

『――良いですか、二人共。あの者の『炎』には絶対に触れないように。嫌な予感がします。私達は多少の損傷では活動停止しませんが、あの『炎』は――』

「ご明察通り、私の『炎』は第二要素たる魂を跡形も無く焼き尽くすわ。プログラムに過ぎない貴女達に魂なんて上等な代物があるかは知らないけど、物体の記録である設計図を焼き払われたら修復不可能になるんじゃないかな?」

 

 『念話』を遮り、術者本人からの有り難い解説があった。

 

「……まぁ本来なら、魂が欠片も残らず消滅した私を呼び寄せるなんて不可能なんだけどね。あの女の『穢土転生』、絶対何か変だしー」

 

 戦いの場に不似合いな愚痴は、絶対的な強者故の余裕・油断・慢心。されども致死の炎の脅威に晒されているマテリアルの三機からすれば悪夢でしかない。

 

『――シュテルん、一瞬でも良いからこの『炎』を払える?』

『――可能です、レヴィ。仕留めるなら一撃でお願いします』

 

 絶対的な有利の状況下、慢心して『魔術師』を使う事無く挑んでいる内に――『念話』での瞬時の打ち合わせに異を唱えたのは、他ならぬ彼女達の王だった。

 

『……っ、待てお前等! あれは、アイツは……!』

『それは別問題です『闇統べる王(ロード・ディアーチェ)』。現状では単なる敵でしかありません』

 

 シュテルとレヴィとて、目の前の敵に想う処は多々ある。

 だからこそ、彼女達の王であるディアーチェが一番動揺しているからこそ、『理』のマテリアルである彼女が感情を殺して非情に徹さなければならない。

 

『――師匠の事について考えるのは、後で良いのです。行きますよ、レヴィ』

『あいよ、どんと来いっ!』

 

 合図と共に防御結界を自壊させ――温度無き『炎』を纏めて吹き飛ばし、この『固有結界』の術者との道標が一瞬だけ開かれる。

 彼女にとってはその一瞬で十分だった。『雷刃の襲撃者(レヴィ・ザ・スラッシャー)』はその名の通り一迅の雷となりて疾駆し、ぼさっと突っ立っている神咲神那の左肩から斜めに掛けて『バルニフィカス』の大鎌形態で呆気無く両断する。

 

 

『――え?』

 

 

 その動揺は『斬った者』と『斬られた者』、両者からだった。

 斬ったレヴィは余りの呆気無さからであり、斬られた神那は理解に苦しむと言った具合で――人差し指をレヴィの平坦な胸に向けて、最たる呪いとなった『フィンの一撃』がゼロ距離で炸裂する。

 

「っっ、ああああああぁ――?!」

「あら、良い声で鳴くのね」

 

 物理的な破壊力さえ伴う規格外の呪いの一撃を浴びたレヴィは地に転がり落ちて壮絶な激痛に苦悶し、逆に『非殺傷設定』の無い魔力の大鎌で両断された神那の負傷は瞬く間に元通りとなる。

 余りの想定外の事に、ディアーチェとシュテルは声も無く、その反面、神那は不思議そうに首を傾げた。

 

「? 『穢土転生』について何も聞いてないの? 柚葉も色呆けして腑抜けたのかなー? まぁ転生者の常識は非転生者の非常識だし、急場だったから仕方ないかな」

 

 地獄の責め苦にのたうち回るレヴィを一眼さえせず、神那は「んー? お父様の頸動脈を切り裂いた時に実演してたじゃない」と批難がましい視線を送る。

 

「元々この身は死者だから、幾ら身体を傷つけても致命傷にはならず、自動的に修復する。不死身且つ無限のチャクラ、いや、私の場合は無限の魔力を持つという認識で良いかな」

 

 平然と笑いながら「痛い事には変わりないけどねー」と締める。

 

「――『穢土転生』された者は相討ちで勝利を拾える訳。とは言っても、本来に近い仕様で『穢土転生』されている奴は私と『蛇マント』だけのようだけどねー」

 

 そう、三対一という数の上で圧倒的な不利な状況下、神咲神那が安心して慢心していられるのは、彼女が自身の生命を賭けていないからである。

 

「こっちはずるして最初からチートモードなんだよ。貴女達のような馬鹿げた相手に正々堂々と挑む訳無いじゃない」

 

 その悪どい笑顔は良くも悪くも生前の『魔術師』のそれそのモノであり――。

 

「お父様も口を酸っぱくして言っていたでしょ? 確実に勝利出来る場を作ってから挑めってさ。此処は私の『固有結界』の中で私は『穢土転生体』、これじゃ負ける要素を見つける方が難しいわ」

 

 その悪意の具現は彼女達にとって最悪の敵として立ち塞がっていた――。

 

 

 

 

 


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