転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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15/亡霊の讃歌

 

「――ただいま戻りました。吸血鬼『エルヴィ』と『ランサー』の消滅、確かにこの『眼』で見届けましたよ」

 

 時は少しばかり遡り、この事件の黒幕が『魔術師』を穢土転生した直後の事。

 『うちは一族』の『転生者』が穢土転生した最も忠実な部下が音も無く帰還し、最重要項目を報告する。

 その様子を、穢土転生された中で最も忠実じゃない部下となっている神咲神那は意思無き『魔術師』に抱き寄せられながら興味無く聞いていた。

 

「……そう。案外往生際が良いのね。『ランサー』の方はもっと足掻くかと思ったけど」

「タイミングが悪かったですね。ああも殺到されている時にマスターとの契約が切れれば、話に聞くサーヴァントとて為す術が無かったようです」

 

 確かにあの『眼』で一部始終を見届けた以上、ほぼ真実に近しいのは彼等が一番良く知る事であり、その事についてとやかく言う事は神咲神那には無かった。

 彼女の今の興味は、自分以外の手駒にあった。揃いも揃って化物揃い、制御なんて不可能の怪物揃い。こんなのと同列扱いされるのは甚だ不本意な話である。

 

「ふーん、随分と豪華な化物共を用意したようね。穢土転生を使えるとは言え、驚きね」

「この世界が異常だから、としか言い様がないわ。これだけ因縁深き者達が揃っているのならば、私の『眼』で引っ張ってこれるわ」

 

 そう、この『うちは一族』の『左眼』は過去に関して全能を誇る『瞳術』を持つ。それ故に最新参者に関わらず、魔都に巣食う『転生者』の情報を知り尽くしている。

 情報アドバンテージについては、一歩も二歩も先を行き、自身の計画に支障を来たす『転生者』に対して、絶対に打倒出来ない『天敵』を確実にぶつけていく事だろう。

 そんなのは『魔術師』にサーヴァント召喚システムを掌握させて、常に適材適所の英霊を配置出来るような反則的な状況下に等しいだろう。

 

 ――その中で一つ、不可解な点があり、神咲神那は暇潰しに聞いてみる事にした。

 

「なら、あの大魔王バーンは? あれはこの世界の『転生者』とは縁もゆかりも無い筈だけど」

「ああ、それは私の縁よ。アイツ一回殺した事あるし」

 

 などと爆弾発言した後に「もっとも今回召喚するのは正史の大魔王殿だけど」と『うちは一族』の『転生者』は何気無く語る。

 

「え? どうやって? アンタが異常なのは解るけどさ、最後は絶対失敗するタイプでしょ?」

「……失礼な言い草ね。ええ、良いわ。ぶち殺して身の程を弁えさせたいけど聞き流してあげる。その時の私は周回数が少なくて、まだ比較的まともな人間だったわよ」

 

 怒りを堪えながら『うちは一族』の『転生者』は語り出し、神那は何処を突っ込んで良いのか解らなくて「ぇー?」と非常に微妙な表情の顔を浮かべた。

 その反応を見た『うちは一族』の『転生者』は絶対零度の殺意を漲らせた『万華鏡写輪眼』で睨みつけ、物理的に死にそうな視線を向ける始末。

 

 尤も、死んでも穢土転生の縛りで勝手に復活する身なので八つ当たりするだけチャクラの無駄だが――。

 

 自分からまともだの普通だの語る人間に、本当にまともで普通な人間は居ない。その点は突っ込むと時間が無駄に掛かりそうなので、神那は話半分に聞き流した。

 

「私のドラクエ世界で一番なりたい職業は何だと思う?」

「魔王? 凄くお似合いだと思うよ?」

「……なりたくなくてもなってしまう職業なんてなりたくないわ。答えは『モンスターマスター』よ」

 

 その答えに若干驚く。ドラクエシリーズの『モンスターマスター』とは、モンスターを使役して戦う『魔物使い』であり、スピンオフシリーズとして何作か出ている。

 勇者や賢者など多種多様の職がある中、完全に他人もといモンスター任せの地味な職業だと神那は他人事のように思う。

 

「初めてのドラクエ世界で浮かれていてね、それにスタート地点がモンスターだらけの島だったからはしゃいじゃったの」

「え? デルムリン島? という事はダイの双子の妹か姉で、『竜』の騎士と人間の混血児だったんじゃ?」

「何言っているの? 『モンスターマスター』なんだから自分で戦う訳無いじゃない」

 

 ――宝の持ち腐れ、此処に極まりな発言である。

 

 『竜』の騎士の飛び抜けた戦闘力はブラッド・レイを見れば明々白々だが、その超越的な素質を持ちながら使役するモンスターに指示だけ出す魔物使いをやるとは余りにも勿体無さ過ぎる。

 

「……恵まれた才能をゴミ箱に捨てたって事は解ったけどさ、かの大魔王殿にはどうやって打倒したの?」

「ドラクエ世界の歴代魔王全てを使役して、真・大魔王になる前にフルボッコにしたけど? 常時『闇の衣』状態の大魔王ゾーマとかまじ強かったわー」

「うっわぁー、まじ身も蓋もねぇ話ですねー」

 

 デルムリン島で星降りの祠を作って配合しまくり、本物のゴールデンスライムやら神竜、果てには歴代の魔王系を次々に配合して無邪気にはしゃぐ『ダイの大冒険』世界の彼女を思い浮かべる。

 果たしてそんな彼女を、ダイとブラス老はどんな眼で見ていた事やら……。

 

「……ミストバーンとかキルバーンどうしたの?」

「凍てつく波動で『凍れる時の秘法』を解除してマダンテでふっ飛ばし、本体の使い魔を最優先で潰したわ」

 

 数百年に一度の皆既月食の度に『凍れる時の秘法』で全盛期の肉体を封印していたバーン涙目であり、『黒の結晶(コア)』搭載の不死身の人形を操っていたキルバーンの本体涙目である。

 

「結局、歴代の魔王を従わせている私がいつの間にか『大魔王』扱いになったけどねー」

 

 そりゃ『モンスターマスター』を究極なまでに煮詰めれば、新生魔王軍構築にでもなるだろう。

 頭の良い馬鹿ほど厄介なものはないと、神那は呆れた眼で『うちは一族』の『転生者』を見た。

 

「……ソイツ等を呼び寄せれば良かったんじゃ?」

「あの世界での出来事なんて、因果が薄すぎてもう辿れないわ。存在したかの証明なんて、私の記憶の中にしか無いし」

 

 こんな馬鹿話を聞きながら、神咲神那はこの『うちは一族』の『転生者』が『悪』である限りは限り無く『無敵』に近い存在であり、自身の不運による不慮の事態も持ち前の能力で力尽くで排除する事が可能であり――逆に、彼女が本来の目的の為に戦う時、その理不尽で不条理な無敵性を全て失っている皮肉さが何とも可笑しかった。

 

 

 

 

(……あーあ、ヤバイって解っているのに――)

 

 ――この街では生と死が一歩先の出来事である事を、彼女は、アリサ・バニングスは体感として知っている。

 

 いや、彼女だけではない。この海鳴市に生きる全ての世代の者に、無意識の内に刷り込まされている。

 事が公にならないのは、『魔術師』の構築した『大結界』による隠蔽工作が大多数の者に自覚させないのに効果を発揮しているからに他ならない。

 ……尤も、管理者の『魔術師』の死により、今の『大結界』は大多数の機能が沈黙するに至るが――。

 

(……本当に夜は別世界ね、昼とは何もかもが違う)

 

 それが生まれ故郷での話というのは何とも悲しい事だが、事実、一度行方不明になった者で再び発見された者はいないし、彼女自身もまた行方不明者の一人になりかけた事もある。

 一年以上前の白昼堂々行われた誘拐事件、夜でなければ安心という無根拠の驕りが招いた結果がそれであり、その時ばかりは自分も行方不明者の一人になると諦めかけたものだ。

 

(……あの格好付けの馬鹿っ、名乗りもせずにいなくなって、それじゃお礼を言う事も出来ないじゃない……!)

 

 ――その時は、血塗れになりながらも、此方の無事を知って安堵の笑みを浮かべてたお人好しの、名乗りもしなかった自称探偵の少年に助けられた訳だが。

 

(……ああ、怖い。今度は、助けてくれる人なんて居ないんだろうなぁ……)

 

 閑話休題。現在、アリサ・バニングスはあろう事か、夜の海鳴市を無謀にも一人で出歩いていた。当然それには深い理由がある。

 

 ――事の発端は彼女の親友の一人、月村すずか。

 此処最近、彼女は学校を休みがちであり、お見舞いに行っても会えない日々が続いている。

 それは疑う余地の無いほど明確な形で会う事を拒絶されていた。

 

(……『何か』があったなんて、馬鹿にでも解るわよ……!)

 

 彼女のもう一人の親友である高町なのはは何らかの事情を知っているようだが、頑なに口を閉ざし――此処最近に転校してきた秋瀬直也も何か知っている素振りを見せたが、上手く躱されて事態の糸口すら掴めない。

 

 ――そう、我が身を危険に晒さない事には、何一つ踏み込めないのである。

 

 ポケットから携帯電話を取り出して、アリサはアドレス帳から発信する。

 コールは五回、限界まで引き伸ばす当たり、電話に出る事すらも躊躇っているのは明々白々だった。

 

「こんばんは、すずか。夜分遅くにごめんなさい」

『……アリサちゃん。えと、何の――』

「今、貴女の家の前に居るの」

 

 我ながら素っ頓狂な台詞だとアリサは苦笑し、屋敷の一角の部屋のカーテンが勢い良く開かれ――程無くして必死の形相の月村すずかが玄関から現れ、久しぶりの対面が叶った。

 

「や、久しぶり」

「――っ、アリサちゃん、何でこんな危険な真似を……!」

「私だってかなり怖かったけど、こうでもしないとアンタ出てこないじゃない」

 

 自分でもかなり的外れだなぁと思いつつも、自信満々に胸を張って見せる。

 久々に会った友人は――少し、やつれていた。元気というよりも、在り得ない蛮行に驚愕して我が身のように怒り、途端、申し訳無さそうに暗く沈んだ。

 

「……ごめんなさい、私なんかの、せいで……」

「……卑屈になりすぎ。これは私の自分勝手な行動なんだから、すずかが謝る事じゃないよ」

 

 そう、自分の無謀な行動はすずかのせいではない。自分自身の選択である。

 其処に彼女の落ち度は無いし、むしろ迷惑を掛けているのは自分の方だろうなぁと苦笑する。

 

「世間話をする為にこんな危険を犯した訳じゃないから、単刀直入に聞くわ。……何があったの?」

 

 

 

 

 ――その親友の言葉に、月村すずかは凍りついた。

 

 言える筈が無い。的外れの復讐の為に罪も無い人をサーヴァントを維持する為だけに殺し、復讐する相手が既に死んでましたなど、口が裂けても言えない。

 それは自分の償えない罪罰を陽の光に浴びせる事への忌諱か、それとも親友のアリサに失望されて幻滅される事への畏怖か、結果として、すずかはアリサの眼も見れずに震えながら沈黙し――アリサは煮え切らないすずかに、感情的に憤りもせず、静かに尋ねた。

 

「それはなのはや秋瀬は知っていて、私には知られたくない事……?」

 

 目を見開いて、すずかは震えながらアリサを見る。

 

 ――いっその事、自分の罪を告解してしまうのはどうだろうか?

 罪深き自分には憐憫や同情を抱かれる価値すら無いと、最低最悪の人間だと理解して貰えれば、どんなに気が楽か――。

 

「……アリサちゃん、私は――」

 

 言いかけて、説明出来ない違和感が過ぎり――世界は瞬く間に一変していた。

 気づいた時には既に、すずかとアリサしかいなかった玄関口に、無数の人影が立っていた。

 

「え? な、何よアンタら!?」

 

 突如音も無く出現した、身体の損傷の激しいアンデット。

 アリサの視点ではそうとしか見えない、性質の悪い悪夢だったが、すずかの視点ではまた違っていた。正真正銘の、悪夢だった。

 

「あ、あ、あ……!?」

 

 損傷の激しさには個体差があるが、どれも共通して首筋に二つの穿たられた傷痕があり――すずかは顔を蒼白させ、恐怖する。

 

『……よ、くも――』

『……殺し、たな。血を、啜ったな――!』

『……折られ、た。砕か、かれた。飲みこま、れた――!』

 

 見覚えがあった。いや、忘れる筈があるまい。彼等は無作為に選ばれ、摘み取られた哀れな犠牲者――彼女がサーヴァント『バーサーカー』を維持する際に襲って血を吸って原型残らず食わせた、月村すずかが殺した者達だった。

 

「何ぼさっとしてるのよ!? 家に逃げ込むわよ! ――え?」

 

 放心して立ち止まるすずかの手を握って、駄目元で家の中に逃げ込もうとし、立ち塞がった少年にアリサは絶句する。

 

『……痛い、痛いよぉ……』

 

 ――その自分達と同年代と思える少年には首が付いていなかった。

 

『……どうして、どうして……』

「……嘘――」

 

 ――頭無き首から止め処無く血を流し、血の涙を流しながら呪言を吐き散らす頭を片手に携えて。

 

『……すずか。どうして僕の仇を取ってくれないんだい……?』

「……神谷、君……?」

 

 殺されたままの姿で、神谷龍治は月村すずかの罪の証として、其処に立っていた。

 

「あ、はは……」

「すずか!?」

 

 ――ぺたんと、すずかは地面に尻餅突き、恐怖の臨界の余りに乾いた笑みが零れた。

 これ以上の因果応報は無いだろう。出来過ぎているぐらいの罪の形が、そのまま現れていた。

 

 ――ああ、自分は此処で死ぬのだな、と。月村すずかは確信する。

 

 お似合いの結末だ。嘗ての犠牲者達に嬲られて殺される。其処に、月村すずかが抵抗する道理は無い。

 抗う選択肢すら現れず、月村すずかは諦めて、目の前の罪を受け入れる事にした。

 だって、これはもうどうしようもない。殺された恨みで彼等が現れたのなら、何も出来ない自分は殺されてやる事ぐらいしか償う方法は無い。

 

「ちょっと、何座り込んでるの!? すずかっ!」

 

 けれども、全てを諦めて意識を手放す寸前に、親友の声が届く。

 アリサ・バニングスは関係無い。これら全ては自分の罪科であり、それは認めるが、彼女は関係無い筈だ。

 

「逃げ、て。アリサちゃん。彼等は、私が目的だから――」

「馬鹿言わないで!? アンタを置いて逃げれる訳無いでしょ!?」

 

 迫り来る復讐の亡者達に目もくれず、アリサは座り込んだすずかの手を引っ張って一緒に逃げようとする。

 この緊急事態において、余りにも、余りにも正し過ぎて愚かな行動だった。アリサは逃げて生存する機会を、ほぼ完全に失った。

 

 ――最悪の悪夢だった。

 自分一人が自分の罪科で押し潰れて相応の果て方をするのならともかく、この親友を巻き込んでしまうなど死んでも死にきれない出来事だった。

 

(私はどうなってもいい、でも、アリサちゃんは、アリサちゃんだけは……!)

 

 それがどれほど自分勝手な言い分なのかは、すずか自身が理解している。

 彼女が殺した者達にも家族は居ただろうし、そんなのを一切考慮せずに彼女は殺した。一方的に奪った。

 それが回り巡って自身に訪れただけに過ぎず、喚く権利も助けを乞う権利も止める権利もあるまい。

 

(……誰か、誰か――!)

 

 それに、罪人たる自分は、一体誰に祈れば良いだろうか?

 

 ――『神』に?

 こんな血塗れた手の的外れの復讐者に、忌むべき吸血鬼に答える『神』など吐き気を催すような『邪神』ぐらいだろう。

 

 ――『正義の味方』に?

 そんなものが例え存在したとしても、自分は彼等に裁かれる側。『悪』に答える『正義の味方』など月村すずかは知らない。

 

 ――『悪』に?

 一体どんな利益があって救いという名目の魔の手を差し出すだろうか。相応の惨めさで果てよ、とあの盲目の『悪』なら容赦無く見捨てるだろう。

 

 

(……助けて――!)

 

 

 その声は天上の『神』ではなく、地に這い蹲る『正義の味方』でもなく、幕の彼方で嘲笑う『悪』でもなく――。

 

 

「――それらはお前の罪悪感が元になった思念体、夢の欠片。だが、それは悪夢だけではないようだ」

 

 

 亡霊の只中でその声無き叫びに答えるのは、当然の如く『亡霊』だった――。

 

 襲い来る全ての亡者が凍り付き、木っ端微塵に砕かれる。

 最後に残ったのはすずかとアリサを庇うように背を向ける、二メートル大の巨躯であり――厚手の純白外套を羽織り、白豹の毛皮のマフラーを首に巻いて悠々と靡かせるその男を、月村すずかは知っている。

 

「……あ、なた、は――」

「久しぶりというのは少し変か、月村すずか」

 

 サングラスを胸のポケットに仕舞い、解けていた髪を後ろに纏めて乱雑に縛り、それから振り向いた男の厳つい顔は、あの時と何一つ変わらない。

 嘗て月村すずかが従わせた『バーサーカー』によってその生命を散らせた者の一人、『スタンド使い』冬川雪緒は威圧感を漂わせて二人を見下ろしていた。

 

「た、助けてくれてありがと。……アンタは、すずかの知り合い?」

「知り合いといえば知り合いか。ただ、本質的には先程の奴等とそう変わらない」

 

 ――だからこそ、この光景は在り得ないものだ。

 彼があの亡者達のように化けて出たのならば、殺した相手である月村すずかに憎悪や怨念を抱くのが当然の事である。

 

「……貴方は私の事を、恨まないのですか? 私に殺された貴方には、私に復讐する権利があります――」

 

 はっきりと呟かれた言葉に、アリサは驚愕し、少ない判断材料から的確に状況を理解し――理解して尚、アリサは冬川雪緒の前に庇うように立ち塞がった。

 その幼き瞳から涙が滲み出るほど怖くても、全身の震えが止まらなくても、親友の前に立ち――その美しいほど正しい姿が、すずかにとって一番堪えた。

 

「アリサちゃん、どいて。私は、貴女に庇って貰えるような人間じゃない。――本当に、人間ですらない……」

「……ああもう、アンタが何も言ってくれないから私だって訳が解らないよっ! でも、此処で退くなら私は最初から此処に居ないっ!」

 

 その様子を見ていた冬川雪緒は気まずそうに頬を掻く。

 

「殺されたのはオレの力不足だったからだ。其処に想う処は多少なりしかないし、そんな事よりも今はするべき事がある」

 

 死者があれこれ迷い出て、現世で何かを成すなど言語道断だが、今宵は別だ。

 自分自身にだけ働いた何らかの法則性は解らず終いだが、あの亡霊達と同じようにならず、人間としての理性有りで行動出来る当たり、こんな小細工を死後成し遂げる相手の心当たりなど『一人』しかあるまい。

 

「……今のオレはサーヴァント以下の亡霊、一夜限りの幻に過ぎん。だから月村すずか、オレに想う処があるのならば、少しだけ協力して欲しい」

 

 だが、元を辿れば今の冬川雪緒は月村すずかの罪悪感が実体化した思念体に過ぎない事には変わらず、その存在意義を反している事から秒単位で存在感が薄れていく。

 その理に逆らって存在するには、実体化させている張本人の協力が必要不可欠だった。

 

「……私には、何も、出来ないです。いえ、何もしない方が――」

 

 ――月村すずかは泣きながら絶望する。

 

 光無き瞳は何も映さず、涙を止め処無く零れ流すのみであり、初めて冬川雪緒の氷のように冷たい瞳に怒りの炎が灯った。

 

「愛で人を殺せるのならば、愛で人を救う事も出来る筈だ。ようは一枚のコインだ、裏か表かは知らんがな。――今のお前は、そのコインを投げる事すらしていない」

 

 死者が生者に説教するなど世も末だが、冬川雪緒は自分自身に呆れつつ静かに怒る。

 それは殺された事に対する『恨み』や『嫌悪』から来る怒りではなく、人を『侮辱』するような怒りでもなく――何の得も無い筈の、自分を殺した『彼女』の行く末を案じたが故の怒りだった。

 

「――甘ったれるな。もう一度、ゼロから始めろ。自分で立ち上がって、自分で歩け。生きている限り、お前の物語は続いていくのだからな。――こんな事、死んだ者に言わせるな馬鹿者」

 

 

 

 

 


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