転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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14/更に戦う者達

 

 

 

 

「紳士淑女の皆様(レディース・エン・ジェントルマン)! お待たせしました、それでは始めましょう。在り得ざる『大根役者』によって覆った舞台の続きを、奇蹟の復活を遂げた『白の王』と戦うまでもなく世界から拒絶された『黒の王』の再起の物語を!」

 

 観客席に誰もいない無人の劇場にて、道化役の黒い女は高々と宣言する。

 

「僕としても驚いたものだよ? 絶望の海に沈んだ『アル・アジフ』に、僕の化身を与えて送り出したのに、帰ってきた彼女は再び『デモンベイン』をその手に取り戻していたのだからね」

 

 彼等の手の届かないほど遠い宇宙に『悪意の種子』を送り込んだのに、悲劇にして惨劇のヒロインたる彼女は『魔を断つ剣』を取り戻して、極上の悲劇と至上の惨劇を三文芝居の喜劇に変えてしまったのだ。

 

 

「――クロウ・タイタス君。僕は君の事を酷く侮っていたようだ」

 

 

 そう、唯一人のイレギュラーによって、彼女が永劫をかけた悲願は打ち砕かれてしまった。

 完全に状況を決した盤上が、在ろう事か、根本から覆ってしまった。これが『ご都合主義』でなくて何をそう評するだろうか。

 

「――其処からはまさにまさに『ご都合主義(デウス・エクス・マキナ)』の境地だった! 二つの『輝くトラペゾヘドロン』の正と負の極限の衝突によってこの宇宙から消滅させたのに、在ろう事か二つとも再構築して一つに統合するなんてね。彼等流に言うのなら、神ならぬ『人』の身だからこそ出来た事なのかな?」

 

 人の容(カタチ)を保っていた黒い女が揺らぐ。

 

「――『人』として戦い、『人』を超えて、『人』を捨てて神の領域に、邪悪を撃ち滅ぼす為に、私と同じものになって……!」

 

 それは燃ゆる闇黒であり、頭部に浮かぶ三つの焔の眼が憎悪の色に、嫉妬の色に、羨望の色に、忙しく歪む。完全なる神にあらざる、人間らしい揺らぎがあった。

 そして舞台の明かりが消えて、スポットライトが点灯する。

 照らされるは、外なる神が永劫の時を費やして作り上げた窮極の魔人『マスターテリオン』だった。

 

「――足りぬ。足りぬ、足りぬ、足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ……!」

「そう、足りない! 今のあの『大十字九郎』に肩を並べるには、かの『大導師』殿でも今のままでは絶望的なまでに足りない!」

 

 ――クロウ・タイタスによって歪んだ大十字九郎達の物語は、クロウ・タイタスの手によって正規のものへと辿り着き、致命的に違えてしまった。

 

「――だから、用意したとも。君の為に相応しき舞台を、相応しき道具を、相応しき演出を、相応しき贄を!」

 

 本当に奇跡の大逆転劇で最悪のバッドエンドに染まった宇宙を覆してしまったが、『彼』の宿敵『マスターテリオン』を正史通りに邪神の手から解放して『救う』事は無かったのだ。

 

 今もこの黄金の少年は邪神の奏でる脚本に狂い踊らせ続ける――。

 

「さぁ、物語を始めよう! 数奇な運命で魔都化した海鳴市での最終楽章を盛大に奏でよう! 『血の怪異(カラー・ミー・ブラッド・レッド)』から派生させた脚本『王の帰還(リターン・オブ・ザ・キング)』を篤とご覧あれ!」

 

 

 

 

(――体が軽い。まるで自分じゃないみたい)

 

 『例外の魔女』だった魔法少女、白は次々と『魔女』を駆逐していく。

 和服じみた白い羽衣を靡かせ、片手に握る杖から放たれる桃色の極光は嘗て『ワルプルギスの夜』を消し飛ばしたように、押し寄せる『魔女』達を一網打尽にしていく。

 

(……思えば、『魔法少女』として『魔女』を倒すのはこれが初めて――)

 

 白は『魔法少女』になって、程無くして『魔女』になった為、『魔法少女』時代は驚くほど少なく、そして『魔女』との交戦経験は驚くほど少なかった。

 『魔女』化した後は同類の『魔女』からは襲われず、逆に『魔法少女』に襲われる方が多かった程だ。

 

 ――目的の暁美ほむらと接触して協力した際も、裏方のサポートがメインだった。

 

 『祈り』によって人間としての理性を持つ『例外の魔女』だった彼女は、ソウルジェムに溜まった穢れを無尽蔵に吸える。

 呪いの想念じみたそれを大量摂取すると気分がネガティブな方向に悪くなるが、彼女が居る限り、彼女と協力する『魔法少女』はほぼ無尽蔵に魔力を使えるようになる。

 

(基本的に私に戦闘力と呼べるものは無かったから、それが最善だった筈……)

 

 ――サポートとしては、『例外の魔女』の存在はインキュベーター達の基本戦略を揺るがすほどの反則だった筈だ。

 

 ただ、彼女はその存在そのものが『魔法少女』にとってどうしようもないほど害悪だったからこそ、キュゥべぇに放置されていたのだが。

 

(……せめて、跡形も無いぐらい『魔女』然としていたら、違っていたのかな――?)

 

 『例外の魔女』の姿は、どうしようも無いほど『魔法少女』と同一であり――彼女と深く接するほど、『魔法少女』は『魔女』に成り果てる末路を自覚する事となる。

 だから、彼女は『魔法少女』にとって最高の魔力回復アイテムでありながら、無意識の内に破滅させる『魔女』であり、暁美ほむらと組んだ際も、他の『魔法少女』と同盟に至る確率を下げ続けた。

 

(……私の存在が、ほむらを殺した――いつかきっと救われる筈だった物語を、壊してしまった)

 

 鹿目まどかによって救われる暁美ほむらの物語を、彼女が壊してしまった。

 そして何一つ救えず、この世界にも超弩級の災厄を齎してしまった。

 

 ――嗚呼、何と救われない。愚かな害悪。無能の働き手。破滅の使者。

 

 そう、簡単な事だった。絶望の淵に沈んだ『魔女』が希望を紡ぐなんてチャンチャラ可笑しい話だ。

 希望を紡ぐのは『魔法少女』の役割であり、鹿目まどかをも救いたいと願ったのならば――絶望を乗り越えて『魔法少女』として戦うべきだったのだ。

 

 もう彼女の物語は最悪の結末を迎えて終わってしまったけれども、もしもやり直す機会が出来たのならば――。

 

「今度は、間違わない……!」

 

 自分の胸に輝くソウルジェムの様子を見届けながら、精一杯『魔女』と戦う。これ以上の僥倖など在り得ないと、彼女は笑う。

 例え、最後に出てくる相手が舞台装置の魔女『ワルプルギスの夜』でも、最悪の『魔女』を倒して魔女化した『救済の魔女』でも――打ち倒して見せると、心を熱く奮わせる。

 

 

 ――だが、白の最後の相手は、彼女にとってそれを超える最悪の『魔女』だった。

 

 

 突如、周囲に存在していた『魔女』の反応が消えて、乱立していた『魔女』の結界が歪んで崩れ、一つに統合される。

 変化した『魔女』の結界は現実世界と何一つ違いが解らないほど、瓜二つの夜の街となり、その景色を、彼女は良く知っていた。

 

「……え? 『見滝原市』?」

 

 長い放浪の果てに辿り着いた終わりの地、暁美ほむらと無数の周回を歩んだ舞台が其処であり――その無数の繰り返しの記憶は彼女の中にはないが、この『魔女』はどういう訳か『見滝原市』をそのまま模すという結界であり、余程『見滝原市』に執心のあった『魔女』らしいと分析する。

 

「……え?」

 

 この『見滝原市』を模した『結界』から『魔女』の使い魔が続々と現れる。

 まるでブリキの兵隊のように軍勢として姿を現す使い魔は、赤い下渕の眼鏡と三つ編みおさげの、紫のセーラー服を着ており、否応無しに『誰か』を連想させるものだった。

 

 ――そう、その姿は白が見た事無い筈の、最初期の『彼女』を模しているようで――。

 

「何の、冗談……?」

 

 そして『見滝原市』は赤い焔に包まれ、此岸の赤い華を咲かせる。

 さながら『彼女』の名前通りに――脳裏に過った確信に似た推測を、彼女は即座に首を振って否定する。

 

 ――『彼女』の面影を残したブリキの兵隊に混じって、『魔法少女』並に力有る使い魔達が闊歩する。

 

 今はその脅威にすら、目を配る余裕が無い。

 本体は、『魔女』は何処だと、白は全神経を尖らせて検索する。

 それこそが唯一、この身を侵す悪寒を拭い去る方法であり、同時に逃れようのない絶望への入り口だった。

 

 

 ――開幕を知らせるブザーと共に、ビルが砕け落ちて、この『結界』の主である『魔女』は姿を現した。

 

 

「――あの、『魔女』は……!」

 

 

 嘗ての面影を色濃く残し、歯は零れ頭蓋はどろけ目玉も落ちて、約束の華だけが頭部に残っている。

 

 ――『くるみ割りの魔女』。その性質は自己完結。嘗て多くの『種』を打ち砕いたが、壊れた今はその勇姿は無い。

 

 

「――そう、この『魔女』は嘗て『暁美ほむら』と呼ばれた『魔法少女』の成れの果てさ」

 

 

 否定したい真実を残酷に告げるのは、白いネズミのような奇妙な小動物であり、白は驚愕しながらその因縁深き者の名を呟いた。

 

「キュゥべえ……!?」

「やぁ、また会ったね。とは言っても、今の此処に居る『僕』は末端の端末に過ぎないけど」

 

 その赤い瞳には一切の感情の色がなく、機械的に輝くのみ――初めて出遭った時と同じように、キュゥべぇ、いや、インキュベーターは大きい尻尾を揺らしていた。

 

「それにしてもこんなハチャメチャな宇宙があったなんてね。元の宇宙の僕達が知れば驚嘆しただろう」

 

 『くるみ割りの魔女』を遠目に眺めながら「実に残念だ。此処でなら『魔法少女』以外の、いや、それ以上に回収効率の良い方法が見つかるかもしれないのに」と心底残念そうに呟く。

 そんな事はどうでもいい。此処に至って白は、初めてこの眼の前の宇宙生命体に憎悪を向けた。

 

「……あれがほむらなんて在り得ない。ほむらは、私の目の前でソウルジェムを砕かれて――!」

「正確には君が終生大事に持ち歩いた『暁美ほむら』のソウルジェムの残骸を触媒にして、『魔女』に成り果てた可能性の一つを呼び寄せたようだね」

 

 咄嗟に自分の懐を手探り――無かった。捨てられずに最期まで持ち歩いていた筈の、暁美ほむらの砕かれたソウルジェムは、何処にも無かった。

 

「あの『魔女』に宿る呪いの想念から計測するに、此処に存在した全ての『魔女』だけではなく、呼ぶ気の無かった『魔女』の分まで注がれているようだね」

 

 『くるみ割りの魔女』は此方に構う事無く、永遠に渡る処刑台への行進を続ける。

 嘗ての『ワルプルギスの夜』と同じように、存在するだけで周囲に膨大な死の呪いを振りまきながら――。

 

「……ほむら……!」

 

 居ても立ってもいられず、白は『くるみ割りの魔女』に向かって飛び――キュゥべぇはいつもと同じように見届けた。

 

「――どの道、君の結末は変わらない。今の君の構成要素は嘗て『ワルプルギスの夜』だったもの。如何なる法則が働いて『魔女』から『魔法少女』に戻ったのか、実に興味深いけど――ともかく、それは即ち最悪の『魔女』すら打倒出来るほどの最高の『魔法少女』として存在しているという事だ」

 

 そう、今の『例外の魔女』、いや、白は、まるで幾つもの並行世界の可能性を束ねて因果の特異点となった『鹿目まどか』に匹敵するだろう。

 

 ――だからこそ、彼女は詰んでいるのだ。

 あの『魔女』に勝とうが、敗れようが、結末は同じだ。

 

「結局は同じ話、差し引きゼロ――いや、僕達にとっては喜ばしいほどプラスだ。君のソウルジェムが砕けた時、あの『ワルプルギスの夜』を超えた史上最悪の『魔女』が誕生する」

 

 恐らくは、彼女のソウルジェムから産み出される『魔女』は、十日で地球全てを自身の作る『結界』に導いた救済の魔女『クリームヒルト・グレートヒェン』に匹敵するだろう。

 

「――君の『祈り』は『魔女化しても人間としての理性を保てるようにして欲しい』という『魔法少女』のシステムに対するアンチローゼ。希望と呼ぶには烏滸がましい願いだ。だから、君のソウルジェムが砕けた際に回収したエネルギー量は歴代最小だった」

 

 祈る希望が小さかったからこそ、齎される絶望に難無く耐えられ、白は『魔女化』しても人間としての正気を保っていられたが、それが『ワルプルギスの夜』ほどの規模になれば呆気無く消し飛ぶ事は既に彼女の元の世界で証明されている。

 

「そんな君が何の因果か、最高の『魔法少女』になって蘇って、僕達のエネルギー回収ノルマを達成させてくれようとしてるとはね。やはり君は不条理の極みだよ」

 

 自らの足で死地に乗り込む白を眺めながら「――でも、最後にはいつも役立つよね」と、聞く者がいればこの上無く腹立たしい事をキュゥべぇは語る。

 

 

「思う存分、因縁深き『親友』と殺し合うと良い。『希望』を抱いて戦い、『絶望』に砕け堕ちる。それが『魔法少女』としての正しい在り方さ――」

 

 

 

 

 

「……これは、話に聞く『アーカード』の残骸ではないようだな……!」

 

 隣町から異変を察知して援軍に駆けつけた『竜(ドラゴン)』の騎士、ブラッド・レイは地獄の釜から溢れ出た死の軍勢を斬り伏せながら前進する。

 『竜』の騎士として戦乱の前世を駆け抜けた竜鱗の鎧と、右眼に『竜の牙(ドラゴンファング)』、神々が作った至高の剣『真魔剛竜剣』という完全無欠の最強装備の状態で人外魔境の戦場を駆ける。

 

「……他にも、厄介な奴等が、ちらほらと……!」

 

 その彼に付かず離れず追随するは、『全魔法使い(ソーサラー)』のシャルロットである。

 ディープダンジョンで発掘した『賢者の杖』を片手に、ほぼ全ての状態異常を無効化する赤い『リボン』に、永久的に物理攻撃・魔法攻撃を軽減するプロテス・シェルの加護を持つ青い魔術師のローブ『ローブオブロード』を靡かせ、全属性強化・全属性吸収という規格外の『賢者の指輪』を装備する。

 

「波動に揺れる大気、その風の腕で傷つける命を癒せ! ケアルジャ!」

 

 アンデットである死の軍勢を大いに巻き込んで自分達に回復魔法をかけて、ブラッドと自身の体力を回復すると同時に生無き死者を容赦無く滅する。

 

 ……見る者が見れば、彼女と一緒に旅したFFTの主人公『ラムザ・ベオルブ』が攫われた妹アルマ・ベオルブを放っておいて、どんだけ寄り道してレアアイテム収集に執心していたのか、察するに余る装備状況である。

 

「まずは『アーカード』を倒さん事には身動き出来ないな。『神父』には悪いが――!」

 

 『神父』と『アーカード』の因縁を知りつつも、状況を一つずつ打開していくのは数の暴力で多くの転生者を足止めしている『死の河』の排除が最優先事項だとブラッド・レイは判断し――それが果たせない事を、目の前に現れた強大無比の敵を見て悟る。

 

 

「――ほう、現世に帰還して最初に遭遇するのが『竜』の騎士とはな」

 

 

 ――何だこれは、とブラッド・レイは慄く。

 彼には『竜』の騎士が代々蓄えた『戦闘の遺伝子』が受け継がれている。その記憶を顧みても、あの敵と釣り合う存在は一人足りても居なかった。

 

「……何者――!?」

 

 その銀髪の青年は比類無いほどの覇気と圧倒的な威圧感を纏った『魔族』だった。

 額にある第三の魔眼と、威風堂々と聳え立つ両角以外は人間に酷似しているが、その身に宿す超魔力は或いは――創造主たる『神』に匹敵する。

 

 ――ブラッドが『竜』の騎士に転生して以来、初めて、圧倒的なまでに格上の相手と対峙する――。

 

 

「――余はバーン、大魔王バーンなり」

 

 

 ――大魔王バーン。

 

 それはブラッド・レイが生まれた世界の未来において地上を滅ぼさんとした最強最悪の大魔王。魔界の神という異名は伊達ではなく、その身に蓄えた力をもって真実とする。

 

(……何という事か。ただでさえ、老体の状態で『竜』の騎士の最強戦闘形態(マックスバトルフォーム)である『竜魔人』を上回る敵――それが全盛期の肉体を取り戻した状態で現れるとはな……!)

 

 ――少なくとも、いや、限界まで楽観視しても、二つの『竜の紋章』を宿さない限り太刀打ちすら敵わぬほどの相手。

 

 そんな奇跡のような存在の勇者は、この世界には生憎と居ない。

 

「……これは驚いた。天下の大魔王が、単なる足止め役か? 随分と豪華な配役だな」

「――余を呼び寄せた人間の方針など最初から知らぬし、余自身も何ら縛られてはおらぬ」

「は? 何だと……!?」

 

 そんな馬鹿な、と言いかける口すら止まってしまう。

 こんな未曾有の強さを誇る大魔王を、何の制限無く野放しにする術者の精神がまず信じられなかった。

 

「――嘗ての余は人間達に、神の遺産に、『竜』の騎士に完膚無きまで敗れ去った。だが、こうして再び自由となる肉体を得た以上、もう一度、一からやり直すまでだ」

「……己の世界に帰還して、再び地上を消し飛ばす気か。一度死んだぐらいでは懲りないか」

 

 その人間の短い生涯では考えられないほどの遠大過ぎる構想に毒づきながら、ブラッドは大魔王バーンを睨みつける。

 

「だからこそ、一応聞いておこう。――余の部下になる気は無いか? その力を、余の片腕として振るう気は無いか?」

 

 ――悠然と、身構える事無く大魔王は悪魔の囁きをする。

 何という魅力的な提案だろうか。あんな絶対に敵いっこない大魔王からの最高の提案だ。此処で殺されずに済む、唯一の生存策を向こうから提示してきたのだ。

 

「竜騎将バランが『YES』と答え、勇者ダイが『NO』と答えた問いか」

「貴様ほどの男ならば、余との実力差など見抜けぬ筈があるまい? 故に惜しい。その力を無為に摘み取るのは堪らなく惜しいのだ」

 

 あの大魔王が構えすら取っていないのは、圧倒的なまでに戦力差が開きすぎているからであり、真実、互角の者が生命を散らす『戦闘』になどならず、ただただ一方的な『虐殺』にしかならないだろう。

 

 ――それを解った上で、ブラッド・レイは笑った。腹の底から笑った。獰猛に嘲笑った。

 

 

「――答えは『NO』だ。大魔王バーン、現世に戻ってはしゃいでいる処を悪いが、貴様は此処でもう一度死ね」

 

 

 同時にブラッドは全身全霊を籠めて感謝する。

 今、此処で、自分の前に現れてくれた事を心の底から――。

 

 大魔王バーンの目元が鋭くなる。不愉快なものを見るような眼で失望する。

 

「何とも愚かしい選択だ。『竜』の騎士ともあろう者が人間との混血児のダイと同じように、其処まで肩入れするか」

「むしろ本望だと言わせて貰おう。大魔王、オレは人間がではなく、それ以外が世を乱す時代に生まれたかった。それならばオレは『竜』の騎士の使命とやらを迷う事無く完遂出来たのだからな」

 

 それこそがブラッド・レイの『二回目』の悔い。

 人が世を乱した時代に生まれたからこそ、人を粛清せざるを得なかった。

 彼の名の『レイ』は嘗て愛する者と交わった証。婚姻した妻を、最終的にその手に掛ける事になったが――。

 

「これは驚いたな。竜と魔と人、三界を統べる調停者たる『竜』の騎士に其処まで利己的に人間贔屓する思想の持ち主が居るとはな!」

 

 竜騎将バランとも勇者ダイとも異なる『竜』の騎士を、愚劣極まる男を大魔王は心底から嘲笑する。

 

 ――そう、彼はいつも待ち望んでいた。

 自分の前に強大な『敵』が現れる事を。それが世に仇なす『敵』であるなら尚更だ。何の憂いなく殺す事が出来ると――。

 

「――勘違いするなよ、大魔王。確かにオレでは『竜魔人』になったとしても貴様に到底敵うまい」

「ほう、絶対に打倒出来ぬと知りつつ余に抗うのか? つくづく愚かしいな、人間じみた『竜』の騎士よ」

 

 此処で嘲りを見せながらも、大魔王バーンは一瞬だけ警戒心を露わにする。

 嘗ての自分はその人間を侮り、奇跡のような可能性を掴み取られて敗れ去った。

 単なる、いや、従来通りの『竜』の騎士など恐れるに足らぬが、その『竜』の騎士があの人間達のように抗うのならば――。

 

「――愚かなのは貴方の方よ」

 

 何処からか、女性の声が響き渡る。

 目に見えない『魂』如きでは自身に届かないと、嘗ての大魔王は言った。だが、それに敗れ去った大魔王は今、何を想うか――。

 

「貴方の相手をするのは『私達』よ、大魔王……!」

 

 大魔王バーンの相手は『竜』の騎士ではなく、ブラッド・レイとシャルロットの、世界の境界を超えた最強コンビである。

 

 

 

 

 


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