転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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11/愚挙の爪痕

 ――人に頼られる男になりなさい。

 

 早くに亡くなった母の言葉は、己が人生の指標となった。

 そしてそれは言葉以上に難しい事でもある。

 人に頼られる、というのは一言で言って信頼されているという事だ。

 信頼とは単純な文武の向上、一人よがりの自己研磨では得られないものであり、無愛想で口数の少ない自分は酷く苦戦した。

 

 ――一番親しい友に打ち明けた事がある。

 人に頼られるには、信頼されるには何が必要なのかと。

 

 友は答えた。まずは相手を信頼してみる事から始めると良いと。

 ただこれは盲目的に信仰するのではない。欠点があれば指摘し、間違いがあれば正す覚悟が必要だ。

 共に認め、共に高め合うのが理想的な信頼関係だと友は語った。

 

 ――そして三回目の人生、友となった人物は今までにない人間だった。

 

 その行いから誰にも理解されず、誰からも忌み嫌われる。

 ソイツは当然のように受け入れ、己の望むままに我が道を行く。

 他人の理解など最初から必要とせず、誰よりも傲慢に不遜を貫く――正義とは遠く掛け離れた男と信義を結んだのは偶然と言う他無い。

 

 ――気づけば、ソイツは街にとって必要不可欠の存在になっていた。

 

 悪行という悪行を重ね、誰からも隙あれば殺される立場にいて、均衡を担う支柱――性質の悪い冗談だった。

 この魔都は数多の勢力が蠢いているように見えて、最重要部分は全て彼が担っている。

 貧乏籤を進んで引き続ける狂人の思考など、誰が想像しようか。未だに誰もその事に気づかず、いつの間にかオレは彼の手助けをする有り様である。

 片棒を担がざるを得なくなったのは奴の策謀か。疑っても疑い切れないが、それも良いかと思う。

 

 ――誰一人信頼しない孤高を極めた男から頼られる、これ以上の遣り甲斐は他に見出せないだろう。

 

 

 11/愚挙の爪痕

 

 

 ――かーかーと、鴉の鳴き声が無数に響き渡る。

 

 小鳥の囀りにしては無粋な鳴き声であり、とても朝を感じさせるものではない。

 結局、あれから一睡も出来ず、時々額に乗せるタオルを濡らし直して眠れる高町なのはの看病をしながら早朝を迎えた。

 あれから携帯に連絡は無い。当然と言えば、当然だ。冬川雪緒の携帯は月村すずかの手に渡り、彼自身はもう――。

 

 最悪の想像が脳裏に過ぎった時、携帯が鳴る。

 非通知――即座に部屋の外に出て、通話ボタンを押す。

 

「……誰だ?」

『秋瀬直也、君の前任者と言えば解るか? 冬川の旦那との連絡が途絶えたままだ。昨晩、何が起こった?』

 

 それは冬川雪緒からではなく、彼の仲間――川田組のスタンド使いからだった。

 オレはありのまま起こった事を話す。バーサーカーのサーヴァントに遭遇し、冬川雪緒を囮にして逃げ延び、死なせてしまった可能性が大きい事を――。

 

『……まだ死亡が確定した訳じゃないッ! 冬川の旦那は存外しぶとい。怪我を負って連絡が出来ない状態の可能性も考えられる。その際に携帯を落とす事なんざ極稀にあるだろう! オレが直接確認しに行くから朗報を待っていろ』

 

 彼はそう自分に言い聞かせるように通話を切り、放心状態のオレは再び高町なのはが眠る部屋に戻る。

 責めてくれればどんなに楽だったか。お前のせいで死んだ、そう罵ってくれれば良かった。

 

(くそっ、くそくそくそ――!)

 

 オレは項垂れる。奴に関しては転校して以来の縁だったか。

 最初は敵のスタンド使いかと思って警戒心を抱いていたが、彼からの接触が無ければ自分は他の九人と同じように行方不明になっていただろう。

 

 こんこん、と小さめのノックの後、部屋の扉が開き、欠伸しながら眠たそうに目を擦る猫耳メイド――エルヴィが入ってきた。

 

「あらあら、一晩中看病していたのですか。高町なのはが負傷した事に貴方は何ら過失も無いのに。ふあぁ~っと、失礼」

 

 オレの前で大きく欠伸をし、エルヴィは忌々しそうに外の光を睨む。

 そういえば彼女は吸血鬼だったか。昼間に堂々と歩いていたからすっかり忘れていたが。

 そんな彼女は高町なのはの看病をするのではなく、此方側に近寄り、最寄りのテーブルの上に木の籠に入ったパンを差し出した。

 

「朝が大好きな吸血鬼なんていませんよ。――はい、出来るだけ簡素な食事をお持ちしました。食べないと行動すら出来ませんよ? 良く寝て良く食べて良く悪巧みするのが長生きの秘訣です!」

「……いや、悪巧みは違うだろ。それに吸血鬼が人間の長生きの秘訣語ってどうすんのよ?」

 

 正直言って食欲が湧かないが、腹は減っているという矛盾状態。

 少しだけ躊躇うも、パンに手をつけて噛み付く。エルヴィは一緒に持ってきたティーカップに紅茶を注いでいた。

 

「逆ですよ、吸血鬼ほど人間が大好きな化物は他にいませんよ? 私達の唯一の天敵ですから」

 

 その理論は相変わらず良く解らない。吸血鬼なんてものは不死身で強くて人間など血袋以外何物でも無いと自信満々に思っていそうなものだが――。

 

「冬川雪緒の事で悔いているのですか? 彼は最善の決断を下し、最善の結果を齎した。貴方がとやかく思うのは問屋違いというものです」

「っ、だが、オレも残っていれば――!」

「貴方も高町なのはも巻き添えで死んで全滅してましたよ? それは冬川雪緒の挺身を無為にする最高の愚挙です」

 

 言われて、反論の余地無く口を閉ざす。

 ……彼の死を、未だに受け入れる事が出来ないのは直接見ていない事と、その死の原因が自分にある事から、だろう。

 此処で足踏みしていても、彼は何も喜ばないだろう。パンに食いつき、紅茶で流し込む。行動に必要な活力を取り込み、そして必要な情報を聞き出す。

 この舞台に自分の役割など見出せないが、まずはやれる事をする――!

 

「……月村すずかの言う、神谷龍治とはどういう奴だったんだ?」

「うーん、私でも覚えてないほど空気な人だったと思いますけど、第一次吸血鬼事件前に殺害された癖に、こんな短期間でフラグ立てていたなんて驚きです。その結果、救いのない状況になってますけど」

 

 此処が他の二次小説と同じような舞台なら、問題無かっただろうが、飛んだ突然変異が生じたものである。

 復讐の為にバーサーカーを駆る、か。それにしてもあれは一体何だったのだろうか?

 

(豊海柚葉の説が正しいとすれば、あれは吸血鬼になるのか。だが、人の形もしてないし、幾千種類の何かをごちゃ混ぜにしたかのような不定形だった)

 

 ――つまり、あれにも何らかの不条理が発生し、原型から遠く離れた形をしているのだろうか?

 

「なぁ、エルヴィ。バーサーカー、いや、あの吸血鬼に心当たりは――」

 

 その時だった。一瞬影が射し――ふと窓を振り返れば、誰かが蹴り破ってダイナミックに侵入し、軽やかに着地していた。

 

「なのはッッ!」

 

 咄嗟にスタンドを出し――侵入者が叫んだその名前に硬直する。

 その青年は躊躇無くエルヴィに小太刀を一閃し、ぎりぎり避け切ったエルヴィは大層不機嫌そうに口を尖らせた。

 

「あのぉ~、高町さん? 正面玄関から入ってくれませんか? 毎回毎回窓をぶち破ってご来館するのは勘弁して貰いたいんですが」

 

 高町? ……やはり、この青年は高町なのはの兄、高町恭也その人なのか!?

 スタンドの眼で見ていたのに関わらず、その小太刀の一閃は霞むような速度だった。本当に人間なのかコイツ!?

 

「なのはを返して貰う……!」

「……妹さんをお引き取りに来て下さいって連絡したの、うちらなんですけど? 何か致命的なまでに勘違いしてません?」

 

 高町恭也とエルヴィとの温度差は激しい。

 片や背水の陣で人質の妹を死守する構え、片や全力で脱力して呆れ返っている。

 一体全体、エルヴィは、いや、何があって『魔術師』は高町恭也に此処までの敵対心を抱かれているのだ?

 

「全く、相変わらず無礼者だね。高町恭也」

 

 此処に居ない筈の『魔術師』の声が響き渡る。

 背後の壁から透き通って『魔術師』は悠々と現れた。一体何処の吸血鬼の真似してるんだ……って、一応(かなり際どい部類だが)一般人の前で魔術使って良いのか!?

 

「ッッ、神咲悠陽……!」

「本当に無礼な奴だ、妹の命の恩人に向ける殺意ではないな。異母兄妹だから愛情が薄いのか?」

 

 『魔術師』はからかうように嘲笑い、高町恭也は更に激発し――一触即発の空気になる。

 二人が睨み合う中、突き破ったガラス窓が自然に復元されていき、散らかした破片すら綺麗に戻る。

 唾を飲み込む。もう此処からは何が開戦合図になるか解らない。

 迂闊に動けない――この時「っ、ぁ……」と高町なのはから声が発せられ、緊張感が一斉に霧散する。

 

「なのは!」

 

 怨敵よりも妹の安否を優先するシスコンの鏡で良かった、と安堵する。

 今まで展開していたスタンドを消す。そういえば、冬川雪緒の忠告に『魔術師』の屋敷でスタンドを出すな、と言われていたような気がしたが、これはノーカンだよな?

 

「おはよう、高町なのは。世界の裏側を垣間見た感想は如何だったかな?」

 

 高町恭也とは裏腹に、『魔術師』は悪意に満ちた笑顔を浮かべて尋ねる。隣で高町恭也が殺意を撒き散らしているが、何処吹く風である。

 

「……私、は……何で、此処に、っ! すずかちゃんは!? あぐっ……!」

「落ち着け、怪我はまだ完治していない。迂闊に動くと折角塞いだ傷が開くぞ」

 

 生死に関わる重傷がこの程度に済んだ事は僥倖と言うべきか。いや、今の言葉は激発しそうな高町恭也に対する当て付けか?

 

「私は神咲悠陽、この屋敷の主だ。君は月村すずかのサーヴァントと交戦し、敗北した。殺される寸前に奇跡的に通り掛かった秋瀬直也に助けられ、我が屋敷まで運び込まれたという訳だ。此処までは良いかな?」

「……すずかちゃん、は――」

「さて、彼女の行方は私にも解らないな」

 

 自分が此処まで酷い目に遭っているのに、最初に出てくるのは他人の心配か。

 そういえば忘れていたが、ユーノ・スクライアの姿が見当たらない。レイジングハートが彼女の手にある以上、渡した本人が居ないのはおかしな話だが――一体何処に行ったんだ?

 

「一体何が起きている? サーヴァント? それに昨日から居なくなっていたすずかの行方も知っているのか!?」

「月村忍経由で聞いていたのか。彼女の行方については本当に解らんよ。――『教会』に宣戦布告されてな、此方の監視網はズタズタに引き裂かれたままだ」

 

 高町恭也はある程度、此方の事情に通じているのか?

 『魔術師』に対する殺意は只ならぬものだったし、絶対に何かやらかしたのだろう。

 

「それじゃ順を追って説明しよう。高町なのはが巻き込まれ、月村すずかが参加した『聖杯戦争』についてな」

 

 まるで『魔術師』は何処ぞの麻婆神父のように嫌らしく笑う。

 

「――『聖杯戦争』とは万能の願望機である『聖杯』を巡って、七人の魔術師・七騎のサーヴァントが殺し合う戦争だ。その七人の魔術師というのは既に形骸化しているがな――」

 

 『魔術師』は嘆かわしそうに「参加者の中で正統派の魔術師は自分一人だろう」と仰々しい身振りで左腕の一画欠けた令呪を見せつける。

 そういう『魔術師』にしても、本来は立派な外様扱いであり、始まりの御三家からは大層疎まれている事、間違い無しだろう。

 

「何処の誰に入れ知恵されたのかは知らないが、月村すずかは自らの意思で『聖杯戦争』に参加しているようだ」

「……っ、すずかちゃん……! 止めなきゃ……!」

「どうやってだい?」

 

 『魔術師』は優しげに、そして残酷に尋ねる。

 笑っているように見えて、普段とは比較にならないほど攻撃的で刺々しい――? 

 

「サーヴァントに対抗出来るのは基本的にサーヴァントのみだ。そして君は既にマスターの資格を失っている。自ら『令呪』を封印して『ジュエルシード』に戻してしまっているだろう?」

 

 高町なのはの視線は自らの右腕に注がれ――包帯が巻かさっておらず、そして痣も無かった。

 本来の主役と言えども、この舞台に上がる資格は無い、と『魔術師』は厳しめに断言する。

 

「今夜の事は全て忘れると良い。それで君は日常に戻れる」

「っ、それじゃすずかちゃんは……!」

「あれは自らの意思で此方側に足を踏み入れ、サーヴァントを従わせて宣戦布告した。もう後戻りは出来ない。別に珍しい事では無かっただろう? お友達の一人や十人が行方不明になる事ぐらいは」

 

 『魔術師』は皮肉気に笑い、高町なのはは知らぬ内にその瞳から涙を一滴流した。

 その反応が大層気に入ったのか、『魔術師』はくつくつ笑い――反面、高町恭也の荒れっぷりは天井知らずだった。

 

「――神咲悠陽。お前は月村すずかに対して、どうする気だ?」

「どうもこうも、何もしないよ」

「何だと?」

 

 それは危害を加えない、という意味の宣言ではなく、もうどうしようも無いという類の死刑宣告だった。

 

「手を下すまでもなく近日中に自滅すると言ってるんだ。月村すずかは魔力枯渇して『死』ぬだけだ。そうなる前にバーサーカーを打倒すれば生命だけは助かるだろうが、生憎とそれは不可能だろうね」

 

 冷然と戦力分析を述べ――その言葉に、高町恭也ではなく、何もない背後からぴくりと反応した。

 

「――待てよ。そいつは聞き捨てならねぇな。オレがバーサーカーと戦って負けるって事か?」

「負けはしないが、絶対に勝てないよ。ランサー、君の魔槍が『月村すずか』の心臓を貫くならば話は別だがな。あのバーサーカーとは最悪の相性と言って良い」

 

 腕を組みながら不機嫌さを曝け出したランサーが実体化して文句を言い、『魔術師』は変わらない表情で受け流す。

 ただ、高町恭也の反応は劇的であり、一目でランサーを只ならぬ存在と見抜いたのか、間合いを一歩退く。

 突如現れた事については余り驚いていないようだ。『使い魔』のエルヴィで慣れているのか? 視線を送ると、彼女は「?」と疑問符を浮かべて首を可愛く傾げた。

 

「……で、でも、それでも私はすずかちゃんを助けないと――」

「――それにね、高町なのは。君が勝機を用意せずに月村すずかと無謀に交戦した結果、一人囮になって死亡した者が居る。そうだろう? 秋瀬直也」

 

 まさか『魔術師』の苛立ちの原因はそれ、なのか――?

 此処で此方にその話を振ってくるとは予想出来ず、沈黙してしまい――それは高町なのはにとって、無言の肯定と同意語であった。

 確かに自分も高町なのはの無謀な言動には頭に来ていた。それが頂点に達して表に出なかったのは、自分以上に怒れる者が居て、冷静に振り返ってしまったからだ。

 

「……え?」

「――『魔術師』!」

 

 それでも駄目だ。幼いこの少女にはその事実の重さを受け止められない。

 怒りを込めて睨むも、盲目の『魔術師』にとってはそんな視線など無いも同然だった。

 

「解り辛かったかな? 君にも理解出来るように単純な文章に直すと――お前のせいで一人死んだ。瀕死の負傷で足手纏いの君なんか背負わなければ、冬川雪緒は秋瀬直也と共闘して生き延びられただろうに。惜しい男を亡くしたものだ」

 

 心の底から哀悼するように、『魔術師』は責め問う高町なのはから視線を外し、彼方を見上げた。

 

「アイツはっ、冬川はまだ死んでねェ――! 絶対に生きている……!」

「それは本気で言っているのかな? 秋瀬直也。自分さえ騙せない嘘は滑稽なものだよ。確かに私自身も彼が殺された瞬間に立ち会ってないから100%死亡しているとは断言出来ないとも。だがサーヴァント、それもバーサーカーを相手にして生き残れる可能性は一体幾ら程かな?」

 

 未だに認められない自分を嘲笑うかのように『魔術師』は目を瞑った状態で威圧し――途端に無表情に戻り、くるりと踵を返した。

 

「完治するまでは面倒を見るが、此処も安全とは言えない。退去するなら早めに退去しろ」

 

 それは放心する高町なのはに言った言葉であったが、今はその耳に届きすらしないだろう。

 この年頃の少女に人の死を背負うなど不可能だ。今、この自分さえ、醜く動揺して否定しようと藻掻いているというのに――。

 

「そうそう、高町恭也。月村すずかは自らのサーヴァントを維持する為に魂喰いをしている」

「……魂食い?」

「サーヴァントが霊的な存在である事は説明していなかったね。彼等が行動するには魔力が必要であり、本来ならばマスターから配給されるが、生憎と月村すずかは魔術師ではない」

 

 言われてみて、そんな単純な事にさえ気づけなかった自分を呪いたい。

 つまり、あの月村すずかを放置して野放しにする事は――。

 

「だからサーヴァントに一般人を殺させ、その者の魂を喰わせる事で現界を維持している。放置しておけば犠牲者はまだまだ増えるだろうね」

 

 この瞬間、月村すずかは何が何でも排除するべき怨敵となった。自分にとっても街の人々にとっても、そのままにしておく訳にはいかない。

 

「――『魔術師』! この海鳴市の管理者として、それは許されざる行為じゃないのか!?」

 

 感情的に叫んでしまい、オレは即座に後悔する。

 この『魔術師』がどう答えるかなんて、最初から決まっていた。

 

「この街の管理者としては神秘が隠蔽されている限り、何も問題無いよ。死体すら残らず丸ごと喰らい尽くすから行方不明扱いで楽だわ」

 

 そして『魔術師』は来た通りの道を進み、壁の中に消えた。

 ランサーも反吐が出るような顔付きをして実体化を解いて消えていき、エルヴィは粛々と高町なのはと高町恭也の分の紅茶を淹れた。

 

 

 

 

「新たにマスターが判明したよ。月村すずかでバーサーカーだね。サーヴァントの正体は不明だけど、吸血鬼である事は間違い無いみたい。可哀想に」

 

 教会での朝食中、送り届けられた資料を読み解くシスターは同情を籠めて十字を刻む。

 

「月村すずか?」

「なんや、知っている人を語られるように言われてるけど……?」

 

 元々オレは原作知識が無いし、はやてにしても疑問符を浮かべている。

 何か微妙な行き違いが感じられ、それに気づいたシスターは「あー」と納得したように頷いた。

 

「クロウちゃんは当然の如く知らなくて、八神はやてはまだ面識がありませんでしたね。忘れて問題無いですよ、一度も遭わない事になりそうですし」

 

 無情に斬り捨てて、シスターは資料を横に放り投げて朝食を優先する。

 朝は軽めのサンドイッチが用意され、ハムやキュウリ、卵やら新鮮なトマトなど多種多様である。

 

「? 一応敵なんだから、出遭うかもしれねぇだろう?」

「この報告を真っ先に聞いたのは『神父』だよ」

「……げっ、まじかよ……」

 

 吸血鬼、そしてよりによって『神父』――この二つが掛け合わさったらもう結末は一つしかない。

 オレも心の中で十字を刻む、アーメン、せめて安らかに眠れるように祈ろう。顔も知らぬマスターよ。

 

「どういう事だ? 小娘のその言い様、まるでその『神父』とやらにバーサーカーのサーヴァントが狩られるかのようだが? サーヴァントという存在を舐めてないか?」

「生前優れた活躍をした人物が英霊として座に召され、クラスという枠組みで制限されたのがサーヴァント。それなら、何ら制限の無い生前の方が強いのは当然じゃないですか」

 

 アル・アジフのサーヴァントとしての当然な反応は我々の異常な常識によって一刀両断される。

 よもや人間でありながら英霊の領域に軽く足を踏み入れている超武闘派の神父など、想定外も良い処だろう。

 

「この『教会』での最強戦力は『必要悪の教会』の私ではなく、『埋葬機関』の『代行者』でもなく、『十三課』の『神父』だと言ってるんですよ」

 

 

 

 


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