転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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12/最悪の刺客(2)

 

 

 

「クロウ兄ちゃん? 皆もいない……?」

 

 世界が歪んだと思ったら、寒空に一人放り出され、事の異常さを察した八神はやては自身の騎士甲冑を纏って車椅子から立ち上がる。

 

『――はやて、無事かっ!?』

『騒がしいぞ、ヴィータ。主よ、どうやら空間転移によって各個分散させられたようです。今そちらに向かいますが故、周囲の警戒を怠らぬよう――』

『……意図的に分散したっちゅう事は、敵さんからの刺客が待ってるって事よね……?』

 

 恐らくは、あの『魔術師』を殺した相手の仕業だろう。どんな悪辣な事が待ち受けていても不思議ではあるまい。

 

 ――かつん、と。

 焦る八神はやての前に立ち塞がった敵は姿を隠さず堂々と、というよりも、敵を敵と認識していない不遜さで現れた。

 

「……何だぁその服は? 其処のガキ、数年後の自分が見たら自殺もんの恥ずかしい服装来てる自覚はある?」

 

 その傲岸不遜の赤髪の少年を、八神はやては知っている。

 右手のか細い機械製の義手も並行世界の彼のままであり、違いがあるとすれば、深く鎖された左眼と――殺意に爛れた右の凶眼に、誇らしげに付けていた『風紀委員(ジャッチメント)』の腕章を付けていない事。

 

「……クロさん!?」

「おいおい、学園都市最強の『超能力者(レベル5)』に向かって黒猫に付けるような名前呼ばわりかぁ? 自殺したいならそう言えよ」

 

 三度の再会。されども、この『彼』はオリジナルのクローンとして産み出された『過剰速写(オーバークロッキー)』でも、別の可能性を辿った『第八位の風紀委員』でもない。

 

(あの左眼……これが、クロさんが言っていた――)

 

 ――『彼』こそは『時間暴走(オーバークロック)』、双子の妹のクローンを縊り殺し、『一方通行(アクセラレータ)』を打倒して歯止めを完全に失った、最悪期の赤坂悠樹に他ならない――。

 

「全くもって訳が解んねぇな。此処は学園都市の外のようだが、AIM拡散力場は同じようにある。さながら誰かが用意した舞台のようだな」

 

 呼吸が止めかねないほどの狂気の殺意を常時ばら撒きながら、赤坂悠樹はぼやく。

 

(……え? このクロさんのオリジナルらしき人は今、何て言った……!?)

 

 今の此処が『学園都市と同じ環境下』――話し合いで何とか解決出来れば、と思っていたはやては即座にその思考を捨てて、飛翔して間合いを離す。

 空を舞った八神はやてを見て、赤坂悠樹は珍しいものを見たかのように感心する。

 

「学園都市産じゃない異能か。天然の『原石』ではないな。その格好といい、本物の『魔法少女』ってヤツか? これが噂の魔術とかいうオカルト?」

 

 心底感心したように観察しながら――赤坂悠樹は着々と目の前の正体不明の少女を無慈悲に即死させる演算を進める。

 

(……っ)

 

 はやては震える拳を握りしめ、自身のデバイスである騎士杖シュベルトクロイツを何度も握り直しながら――一箇所に留まり続けないように、赤坂悠樹の周囲を回るように移動し続ける。

 

「――へぇ」

 

 ――途端、『彼』の殺意しか灯っていない眼の色が変わった。

 絶対的な強者特有の油断と慢心に満ち溢れていたのに、今は強い警戒と疑念と猜疑の色に染まる。

 蛇に睨まれた蛙の心境を、はやては身を持って味わう事となる。

 

 

「――お前、オレの能力を知っているな? 不思議だな、オレの『時間暴走(オーバークロック)』の詳細を知っているのは第二位の糞野郎以外居ない筈だが、まぁどうでもいいや」

 

 

 その一瞬の行為で、『彼』の特定部位の時間停止による『心臓破り』対策の動きだと断じ、その動きに至る経緯を『彼』の頭脳は呆気無く見抜いてみせた。

 人の身に余る強大無比の超能力を持ちながらも、それを理知的に行使する――この『彼』は、掛け値無しの『暴君』だった。

 

「ま、待ってぇな! 私は貴方とは……!」

「とりあえず、殺してからあれこれ思考するとしよう。精々足掻いてオレを愉しませろよ、メスガキ」

 

 

 

 

 教会に居た皆とはぐれた高町なのはは、皆の居場所を探査するべく幾多のサーチャーを飛ばし――途方も無い反応の多さに唖然とした。

 

「え? 何これ……!?」

 

 その反応は十、百、千、万を超えて尚増え続けており、複数の思考行動・魔法処理を並列で行う彼女にも計測不能の域に達していた。

 そして途方も無いほど大きな魔力反応が四つ、その内の一つはすぐさま彼女の前に現れた。

 

「……全く、亡霊をまた呼び寄せて再利用するなんて酷い魔都ね。そう思わない?」

 

 その魔力反応を、高町なのはは知っている。

 嘗てこの海鳴市で執り行われた『聖杯戦争』で『アーチャー』の座に召喚されたサーヴァント、英霊の域に到達した高町なのはの未来の可能性の一つ――。

 

「――『私』」

「――こんばんは、嘗ての『私』。いえ、違う未来を歩む『私』というべきかしら。結局、同じ境遇になったようだけど」

 

 なのはの顔が、酷く歪む。

 この『アーチャー』は『魔術師』が早期に死に絶えた世界の自分の末路。失った人を取り戻すべく、己の全てを賭けて破滅した未だ生まれ得ぬ白き魔王――。

 

(……未だに、信じられない――)

 

 『魔術師』の死を、高町なのはは一切受け入れられず、何一つ実感を持てずに居た。

 実は死んでませんでしたと、何処かで飄々と現れるのではないかと、淡い幻想を抱いて――。

 

 ――けれども、目の前の『彼女』こそ、その先の自分に他ならない。

 憧れの人を亡くして、全てを失った果てにそれしか望めなくなった――。

 

「……っ、どいて下さい、貴女と戦う理由は――」

「私にはあるわ。逆恨みのようなものだけど」

 

 恐ろしく冷たい視線で、『アーチャー』は幼き己を射抜いて見下す。

 自分である筈なのに、高町なのはは何一つ『彼女』の事が解らなかった。どうして自分に意も関さなかった『彼女』が、此処まで執着しているのか、何一つ見えない――。

 

「他の人達を助けたければ、私を殺して征くしかないわ。そういう役目だもの」

 

 『魔術師』を殺した謎の転生者の刺客、それが今の『彼女』に課せられた『強制』なのだろうか?

 戦いは不可避、そして考えるまでもなく、高町なのはにとって最悪の相手だった。未来の自分が相手では、万が一にも億が一にも勝機はあるまい。

 それでも、此処で屈する訳にはいかない。自分の前に最悪の敵が現れているのならば、他の皆も同じような状況に至っているだろう。

 

(私では出来なくても、直也君なら、柚葉ちゃんなら、はやてちゃんなら――)

 

 誰か一人でも切り抜ければ、解決の糸口になり、突破口を見い出せる。可能とか不可能とかいう次元ではなく、最期まで足掻くか否かの話である。

 

 ――自らと殺し合う前に、高町なのはは聞くべきじゃない事を口にした。

 

「……一つ、聞かせて下さい。何故、どうして――神咲さんと、殺し合う事しか出来なかったの……? もっと、別の方法が――」

「――、それを今更聞くの? 結局、このろくでもない魔都で死んでしまったのに……!」

 

 地獄の奥底から発せられたような声で、『彼女』は有り余る憎悪で身を震わせた。

 

「最初に言っておくけど、私達はあの『女』に多種多様な方法で呼び寄せられたけど、完全な支配下には入っていない。いえ、むしろあの『女』は最初から制御を完全に放り投げている」

 

 その発言はあらゆる意味で衝撃的であり――あの途方も無い魔力反応の持ち主全てが、黒幕たる『転生者』の支配下に入っていない? 性質の悪すぎる冗談だった。

 だが、希望ではある。支配下に入っていないのならば、この『彼女』と戦う必要は――。

 

 

「――だから、私も縛られる事無く『私怨』で動ける」

 

 

 そんな儚い希望は、呆気無く打ち消される。

 『自分』から放たれる掛け値無しの憎悪を無防備の心に受けて、なのはは心底恐怖する。

 

 

「……どうして、どうして貴女だけ、この世界の『私』だけ……! 私は、私は、置いて行かれたのに……!」

 

 その憎悪は、届かなかった嘆きは、一体何処に投げられたものだろうか?

 それは固有結界の炎に消えた『魔術師』に対してか、それとも――並行世界で救われて、別離せざるを得なかった事に対してか――。

 

「――嗚呼、憎い。憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い、私は『私』が堪らなく憎い……!」

 

 憎悪の炎が『彼女』の眸に灯り、膨大無比の魔力が胎動する。

 今の高町なのはを遥かに超越する魔力が、嘗ての自分を殺さんと一気に放たれる。最悪の呪言と共に、殺意を以って放たれる――。

 

「――貴女は何一つ、大切な者を守れない。他ならぬ未来の私が保障してあげる……!」

 

 

 

 

 ――そして、豊海柚葉の場合は最初から詰んでいた。

 

 固有結界の瞬間解除による配置移動が終えた瞬間、身動き一つ出来ない拘束感が彼女の全身を縛る。

 一体何が――思考より早く、柚葉の直感は自身の影に覆い重なる異形の影に気づいた。

 

(……っ、奈良一族の『影真似の術』!? 本命が直々に相手って訳――!)

 

 それは『NARUTO』に登場するとある一族の秘伝の術、影を自在に操り、接触した対象の動きを術者と同一にする忍術であり、目の前に居るのは『NARUTO』出身の転生者となれば、『魔術師』を殺害した『万華鏡写輪眼』持ちである可能性はまず間違いないだろう。

 

 ――だが、動きを止めるだけでは豊海柚葉は、『シスの暗黒卿』は止められない。

 

 彼女は生来の強力なフォースをもって、無謀にも挑んだ『転生者』を無造作に縊り殺そうとし――フォースを操れない事に驚愕する。

 影真似の術は術者と同じ動きを取らせる術、それ故にフォースの使い方を知らない『NARUTO』出身の転生者が、その能力行使を止められる道理は無い。

 だが、もしも、その『転生者』がフォースの扱い方を知っているとすれば――。

 

(この『転生者』は、『三回目』どころの『転生者』じゃない……!?)

 

 ――くい、と、無理矢理頭を上げさせられ、豊海柚葉は敵対者の『万華鏡写輪眼』を直視してしまい、幻術の術中に嵌って意識を奪われる。

 

(直也、君――)

 

 力無く倒れた豊海柚葉を見下ろし、この事件の黒幕である『彼女』は安堵の溜息を吐く。

 あの異常極まる『転生者』の中で、最も放置しておけない彼女を被害無く無力化に成功し、手中に収める事が出来た。

 

 ――そう、この場では殺さない。彼女には別の使い道がある。

 

 いや、恐らく別の使い道を使わざるを得ないだろう。あの『転生者』達の中で唯一、『彼女』の天敵となる『転生者』は秋瀬直也に他ならない。

 だからこそ、自分の右腕たる腹心を使ったが、それでも安心など一切出来ない。悍ましいほどの希望を抱く『彼等』は間違いなく『彼女』の前に現れる。

 どんな困難も乗り越えて、どんな障害も排除して、必ず『彼女』の前に立ち塞がるだろう。

 その時、この豊海柚葉は切り札となる。意識の無い彼女を手早く縄で拘束し、肩に担ぎ――『彼女』は音も無く飛翔してきた『黒鍵』をクナイで弾いた。

 

「――意外と早いわね。貴方には『魔女』の大群を仕向けた筈だけど?」

「えぇ、途中に居たシスターが全部快く引き受けてくれましたね」

 

 そして目の前に現れたカソック姿の『代行者』に内心舌打ちする。

 とことん自分の企ては自分の思い通りに進まないものだと、いつもの事ながら腹を立てる。

 

「――我が主を返して貰いましょうか」

「へぇ、もう『悪』でなくなった豊海柚葉にまだ忠誠を誓ってるんだ? らしくないわね、『代行者』さん」

「いえいえ、忠臣は二君に仕えずですよ」

 

 此方の皮肉を『代行者』は笑顔で答えながら、決して眼を合わせる事無く、虎視眈々と豊海柚葉の奪還機会を覗っている。

 ただでさえ制御不能の駒を幾つも配置している状況下、此処での足止めは致命的なものに成り兼ねない。

 

「忠臣ねぇ、貴方が? 中々冗談が上手いのね。奸臣の間違いじゃないかしら? 貴方は誰も彼も足を引っ張る事しか出来ない。今も、昔も、これからも――」

「ええ、ですから今、貴女の足を盛大に引っ張ってるじゃないですか」

 

 満面の笑顔で『代行者』は答え、その揺るぎない意思に『彼女』は不愉快極まると舌打ちする。

 無拍子で投げられた『黒鍵』をクナイで切り払い、本命の上空に打ち上げて『影縫い』を狙った一刀を振り向かずにクナイを投げて撃ち落とす。

 

「残念だけど、貴方と遊んでいる時間は無いわ」

 

 空いた親指を噛み切り、その掌を地面に当てる。

 複雑怪奇なる術式が広がり、契約に従い、『彼女』はとある獣を口寄せた。

 

 ――それは、大型の虎ほどの大きさの、黒狗だった。

 『NARUTO』の世界の忍が扱う口寄せ生物、されどもそれは、『NARUTO』世界において重要な意味を持つ、『六尾』の獣だった。

 

「……六尾、『尾獣』……!? 些か形状が違うようですが――」

 

 『代行者』の知る『NARUTO』世界に九匹存在する巨大な魔獣『尾獣』、その『六尾』は白い皮膚にどろどろの粘液で覆われた短足のナメクジのような姿だったと記憶しているが、目の前の赤い魔眼の黒狗は似ても似つかない。

 だが、その強大無比の存在規模は明らかな脅威であり、闇に乗じて消え行く『彼女』を歯軋り立てながら見届けざるを得なかった。

 

「真っ当な『転生者』では無いとは思ってましたが、想像以上のようですね……!」

 

 

 

 

 ――瞬きより疾く、『神父』は目前に現れた『残骸』を戦斧にて切り伏せる。

 

 そう、切り伏せたのは『残骸』の筈であり、もう幾十幾百も引き裂いている。

 にも関わらず、『残骸』は無尽蔵に湧き出て――果てには、『残骸』の筈の『残骸』は嘗ての人のカタチを取り戻していく。

 

「……っ、戦鍋旗(カザン)ッ!?」

 

 ――『彼』の絶対の敵対者であるオスマン帝国が誇るイェニ=チェリ軍団、『彼』の家臣、領民であるワラキア公国軍が次々と這い出てくる。

 

 この地獄の底に勝る光景を、『神父』は知っている。実際にその眼で見た。その場に居た。その場で斬り伏せ続けた――。

 

「邪魔をするなアアアアアアアアアアアァ――!」

 

 死者の軍勢が次々と馳せ参じ、『神父』は一歩も引かずに斬り伏せながら、ただひたすら前へ前へ前へ前を目指す。

 

 ――死者は溢れ出し、最新の重火器で武装した白い法衣を纏う狂気の軍勢と、第三帝国親衛隊の軍服を纏う狂気の軍勢が、新たに現れる。

 

「第九次空中機動『十字軍(クルセイド)』ッッ! 吸血鬼化装甲擲弾兵戦闘団『最後の大隊(ラスト・バタリオン)』ッッッ!」

 

 嘗ての同胞、嘗ての敵まで現れ、『神父』は確信する。

 もうあの『残骸』は『残骸』に非ず、彼等死者の『城主』が、あの恐るべき『吸血鬼』が、この世界に現れたのだ――!

 

 亡者の軍勢が戦列を成す最奥に、その『悪魔(ドラクル)』は立っていた。

 

 

「――久しいな『少年』」

 

 

 その『吸血鬼』は何一つ変わらず、傲岸に不遜に笑っていた。

 英国国教騎士団『HELLSING』の長、インテグラル・ファルブルケ・ウィンゲーツ・ヘルシングに使役されている吸血鬼、対化物の切り札、不死王、ドラキュラ伯爵、串刺し公――。

 

「――『アーカード』ォォッ!」

 

 万感の想いを籠めて、『神父』は宿敵の名を叫ぶ。

 

「――お前は『狗』か? 『人』か? それとも『化け物』か?」

 

 最後の部分だけ、溢れんばかりの憎悪を籠めて、吸血鬼アーカードは嘗ての敵対者の一人に問う。

 

「我等は熱心党(イスカリオテ)のユダ。神の代理人、神罰の地上代行者。第九次十字軍遠征の最後の敗残兵――」

 

 違う。違う違う違う違う。そんな陳腐な答えでは『神父』自身が納得行かない。

 『神父』は懐から『銃剣』を取り出し、戦斧と重ね合わせて十字架を模す。

 

 

「――アンデルセン神父の『銃剣(バヨネット)』が貴様の心臓に届き得た事を、此処で証明する」

 

 

 奇跡の残り香、エレナの聖釘を使わなかったアンデルセンは、果たしてアーカードの心臓に届き得たのだろうか――。

 今、その長年の疑問の答えを我が身で証明してみせる。

 

 ――アーカードが亀裂が裂けたかのように笑った。

 心から待ち望んでいたものを、目の前にしたかのような顔だった。

 

「――来い、愛しき怨敵よ。見事証明して魅せよ。幾千幾万の死の河を乗り越え、我が心臓にその『銃剣』を突き立てて魅せよッッ!」

 

 

 

 

 

 


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