転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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 ――さて、闇統べる王、ロード・ディアーチェの中で『魔術師』神咲悠陽は如何なる存在であるか。

 

 最初は最大の障害である。漸く三基の『マテリアル』が出揃って、何も出来ずに敗北を喫した憎き相手である。

 邪悪に嘲笑う『魔術師』は人としての悪意の極限であり、彼の打倒こそ自分達の真の自由であると反骨心と闘志を滾らせた。

 虎視眈々と、『魔術師』を打倒する算段を三人で練り始める。

 

(そして事もあろうに、この我等を単なる小娘のように扱いおって……!)

 

 『魔術師』は彼女達三人の監視役として名乗りを上げ、その『屋敷』に住まわせる事となる。

 ある程度の自由は許されたが、彼女達に著しく欠けている一般常識や教養に呆れてか、暇あらば自ら指導するという熱心振りだった。

 もっとも、大抵「こんな事も出来ぬのか」「王たる者がこの様では臣下の程度も知れるというものよ」「レヴィすら出来ているぞ?」など壮絶なまでに毒のある挑発で踊らされた事が大半であったが。

 

(……確かに、この世界での出来事は全てが新鮮で、新発見の無い日の方が少なかったか――)

 

 転換期になったのはとある昼下がり、『魔術師』が百億相当の素材を用意して儀式に挑み、この世界から消失した時だった。

 時間的には十数秒に過ぎず、すぐさま何の予兆無く帰還したが、その瀕死の重体という有り様に一番動揺したのは実は彼女自身だった。

 あれほど強大な『悪』であった『魔術師』が、生と死の淵を彷徨っており――彼が不死身の化け物ではなく、単なる人間に過ぎない事を思い知り――事もあろうに、彼女は全力で『魔術師』の命を繋げる事に尽力してしまった。

 

(――違う。これは『王』としての、正しき選択だ……!)

 

 あの時ほど下克上が簡単だった日は無いのに――否、弱り切っている時に挑むなど、寝首を切り取るが如き卑しき行為に等しい。

 『王』としての誇りを十全に全うした上で、完全な状態の『魔術師』を打ち倒さなければ意味が無い。

 ディアーチェは自分の取った行為をそう解釈を付けて納得させる。

 

(――なのに『魔術師』! 貴様にとっては我等など塵芥に等しい存在なのか……!)

 

 

『――ロード・ディアーチェ。『砕け得ぬ闇』、いや、ユーリ・エーベルヴァインを解放したら、何処なりとも旅立つが良い。もうお前達を縛る鎖は何処にもない』

 

 

 先程『魔術師』の口から語られた言葉に、最終的に立ち塞がる最大の敵が『魔術師』ではないという安堵よりも失望と怒りが上回った。

 自分達の事を敵とすら認識していないのかと――それが、親に認めて貰えない、構って貰えない子供の癇癪のようだとは、彼女は気づけない。

 

「――はんっ、万が一にも家族のように思っているのなら、何故……!」

 

 ――自分達がこの屋敷から去る事を、何の未練も無く良しとするのだろうか。

 

 『魔術師』にとって家族という存在が如何に行動原理を縛っているかは、如何に想いで束縛されているか、彼の口から聞き届けた。だからこそ、納得行かない。

 ディアーチェの言葉にしなかった想いを察してか、エルヴィは苦笑しながら答える。

 

「それが『三回目』でのご主人様の結論だからです。本当に大切なものは自分の手から遠ざけるべきだと――誰一人、ご主人様と共には歩めないのですから」

 

 夢の世界に旅立った『魔術師』を介抱しながら、エルヴィは寂しげに笑う。

 それはいつものように自由気ままな猫のように飄々とした風ではなく、今にも消え逝きそうなぐらい儚いものだった。

 

「――だから、『三回目』での家族に生後間も無く御自身を捨てさせた。だから、ご主人様に依存してしまった『禁書目録』の下から去った。……それでも足りなかった。別の並行世界を経て召喚された高町なのはを殺し、再び御自身の手で召喚したサーヴァントを犠牲にして、御自身の本当の娘である神咲神那をその手で殺めた――」

 

 ――誰一人、例外無く焼き尽くしてしまった。

 神咲悠陽が大切に想う人ほど、神咲悠陽を大切に想う人ほど、その理から逃れられなかった。

 

「ご主人様は誰かを守れる『正義の味方』には絶対なれないのです。どんなに望んでも、どんなに足掻いても、その対極の、全てを焼き払う『悪』にしか到れない――」

 

 だからこそ、誰よりも『悪』足り得た『魔術師』は、秋瀬直也のような『正義の味方』を真に体現する奇跡のような存在に、クロウ・タイタスのような無力なれども『正義の味方』を目指せる心強き者に、妬みながらも憎しみながらも――羨ましいと憧れているのだ。

 

(……つまり、それは――!)

 

 ディアーチェの瞳に暗い情念が灯る。

 その小さな異変に『理』のマテリアルであるシュテルは気づいたが、そういう機微に疎い『力』のマテリアルであるレヴィは違う質問をエルヴィとランサーにぶつけた。

 

「……それならエルヴィとランサーは?」

「私はご主人様の寿命が尽きるまでお仕え出来ますけど、最期はご主人様の手で殺される事になってます。それが、私とご主人様の主従関係ですから」

 

 その衝撃的な主従関係の内容に三人のマテリアルは驚く。

 吸血鬼エルヴィは最期の時まで『魔術師』と一緒の道を歩めるけれども、これまでの条理を覆せないとエルヴィは自嘲する。

 

「さて、オレの方はそんな先の事なんざ解らんが――アイツかオレ、何方かが死ねば契約満了だな。そう簡単に殺されてやるつもりもねぇし、アイツもそう簡単にくたばらねぇだろうが。それまではこの第二の生ってヤツを満喫するさ」

 

 ランサーの答えは単純明快であり、戦士としての死生観は揺るぎなかった。

 

 『魔術師』と共に歩むこの二人と、自分達三人、違いがあるとすれば――。

 

 この会話をもって、ディアーチェは決心する。

 夢の世界に旅立った『魔術師』を怒りをもって睨みつけながら、臣下たる二人のマテリアルに念話である通達を下したのだった――。

 

 

 

 

 ――酒盛りが終わり、屋敷の灯火が掻き消えた頃。

 

 ディアーチェとシュテルとレヴィの三人は、バリアジャケットを装着した状態で屋敷を遥か上空から見下ろしていた。

 

「……闇統べる王(ロード・ディアーチェ)。本当に――」

「――今夜、決行する。星光(シュテル)、雷刃(レヴィ)。あの『魔術師』が動けぬ今こそ千載一遇の機会、今は誰も邪魔が入らん」

 

 稼働してから一日も欠かさずに記憶の整理をし続けて、彼女達は全部ではないが、ある程度の記憶を取り戻していた。

 

 ――システムU-D『砕け得ぬ闇』は彼女達の失われた盟主たる存在であり、永遠の闇に沈む彼女を取り戻す為に今の彼女達がある。それこそが彼女達の全存在意義である。

 

 彼女達は四基で一つ、『闇の書』の闇に隔離され、永劫に渡って捕らわれ続けて――今、失われた最後のピースを漸く取り戻す日が訪れたのだ。

 『魔術師』側の事前情報から、『砕け得ぬ闇』が制御不能の暴走状態に至っており、だからこそ彼女は自身に繋がるあらゆる情報を削除・検閲し、二度と目覚めないように自分から闇に沈んだ事が判明している。

 

 ――その原因は『砕け得ぬ闇』自身に制御プログラムが一切存在しない事。

 

 『永遠結晶エグザミア』を核とする特定魔導力を無限に生み出し続ける『無限連環機構』のシステムがU-D『砕け得ぬ闇』である。

 際限無く生み出される魔力は出力暴走の誤作動を起こし、無秩序な破壊しか生まない。

 だが、実際の対処方法は『魔術師』が――正確には原作知識があるエルヴィだが――知っている為、何も問題無い筈だった。

 

「……うーん、王様がそういうなら従うけど――」

「余りお勧め出来ませんね。不測の事態の際、私達だけでは対処出来ない恐れがありますから――」

 

 『魔術師』の見立てでは、人の形をした『闇の書』の防衛システム級の脅威であり、今の海鳴市の全戦力を集めた上で初撃必殺による完封勝利、奇しくも『闇の書』の防衛システムと同じように何もさせずに対処する前提で準備を進めてきたが――。

 

「我等だけでシステムU-D『砕け得ぬ闇』を掌握する。奴の手など借りん……!」

 

 その思惑は、ディアーチェの独断専行によって崩壊する事となる。

 

「……解りました。実を言うと、私も同じ気持ちでしたから。師匠に戦力外通告されるのは、嫌です」

「そうだね、シュテるん。ユウヒに僕達が強くて無敵でカッコ良い事を魅せつけてやらないとねっ!」

 

 ただ、一見して自分勝手な横暴による愚挙にも見えるディアーチェの選択も、臣下の二人には全てお見通しだった。

 

「な!? なななな何を言っておる! 我は我の手で真なる自由をこの手に取り戻さんとだな……!」

 

 慌てふためいてディアーチェは二人の臣下を前に建前を並べるが、その真っ赤な顔では説得力の欠片も無かった。

 

「あー、王様のこれって、確かエルヴィが前に言ってたけど『ツンデレ』ってヤツだよねー?」

「そうですね、ディアーチェは好意に対して素直じゃありませんから」

「きき、貴様等なぁー!? やっぱり我の事を尊敬しておらぬだろぉッ!?」

 

 激昂するディアーチェに「そんな事ありません、私は王の事を尊敬してますよ」とシュテルは棒読みで答えて火に油を注ぐ。

 一切り怒り終わって発散し「ぜぇぜぇ……!」とディアーチェは息切れした頃、シュテルは淡く笑う。

 

「後で皆で――『四人』で謝りましょう。私もお手伝いします」

「怒られるのは嫌だけど、王様一人に押し付けるのはもっと嫌だー!」

 

 レヴィも元気良く笑う。

 そんな二人の顔を見て、ディアーチェはどうしようもないほど愚かで愛しい臣下達に対して小さく溜息を吐いた。

 

「――すまぬな、二人共。力を貸せ、シュテル、レヴィ!」

 

 王の力強き命令に、二人は無言で頷く。

 

(――『魔術師』、貴様が我等を弱者と断じるなら証明してやるとも……!)

 

 紫天の書の盟主をその手に取り戻し、『紫天の書』を完成させる。

 万願を成就しつつも、『魔術師』の非業な運命など自分達は適応外だという力の証明に、これ以上の事は無いだろう――。

 

 

 

 

 ――『魔術師』が『砕け得ぬ闇』の対処を全て自分の予定通りに行いたかった本当の理由は、二次被害の規模が想像付かなかったからに他ならない。

 

 本来の歴史では管理局によって『闇の欠片事件』と名付けられる本件が『魔都』で発生する際、一番危惧しなければならないのはマテリアルの三人と『砕け得ぬ闇』の発生に伴って副産物的に発生する災厄、闇の書の欠片の『思念体』である。

 

 ――土地の記憶を元に構成し、千差万別の人物に象る『思念体』。

 

 魔法少女リリカルなのはA's PORTABLE-THE BATTLE OF ACES-においての『思念体』はプレシア・テスタロッサ事件から闇の書事件での登場人物の劣化品コピー市だったが、この『魔都』と化している海鳴市では、単なる取るに足らぬ劣化品でも非常にまずすぎる存在が過去幾多も存在しているからである。

 

「――エエエエエィィィィイイイイイイメンッ!」

 

 その一つが、吸血鬼の殲滅を至上使命とする『神父』が戦斧で粉微塵になるまで引き裂いている、不定形で蠢く亡者の軍勢『死の河』の成れの果てである。

 

「――『アーカード』の『残滓』の『残滓』とは、『ナチ』の『残党』の『残党』より笑えませんねぇ!」

 

 『代行者』は嘲笑いながら、何処からか出した複数の黒鍵を無造作に投擲し、串刺しにした吸血鬼未満の不定形生物を『火葬式典』にて焼き尽くしていく。

 『聖堂教会』の対死徒専門の異端審問部署『埋葬機関』の面目躍如である。

 

「まるで今夜は『ワラキアの夜』か『血の怪異』ですねぇ。『アナザーブラッド』の仕業なら彼女を片付けるだけで終わりなのですがねぇ!」

 

 咽返るような殺意を『味方』に向けながら、『代行者』は嬉々恐々と死地を踏破していく。

 新旧問わず、退場した役者をもご都合良く壇上に無理矢理上げる『舞台装置』を『代行者』は全力で皮肉る。

 その語り手の一人である彼女は、別の事で突き刺すような殺意と憎悪を返していた。

 

「――私を『違えた血』と呼ぶな『代行者』!」

「テメェはこんな状況でも相変わらず全方面に喧嘩売りやがるなぁ……!」

 

 小さなデフォルト状態になった鮮血魔嬢・大十字紅朔と、術衣形態――彼の意向で従来通りのデザイン――で双銃を連射するクロウ・タイタスの新ペアだった。

 

「クトゥグァ! イタクァ!」

 

 暴虐極まる灼熱の炸裂弾が無慈悲に『残骸』を蒸発させ、自由自在な軌道で舞う極低温の自動追尾弾が『残骸』を凍結・粉砕する。

 

「血刃を放つ、断て――!」

 

 その絶死の銃撃による僅かな取り零しも、紅朔の放つ血の刃によって両断され、残骸は原形を保てずに消え失せていく。

 

(ほうほう! これはこれは想像以上の組み合わせですねぇ。此処まで化けるとは――)

 

 大十字九郎とアル・アジフの血を分けた子供である彼女だからこそ、大十字九郎と同じように、炎の神性と氷の神性である二柱の旧支配者を制御出来る『暴君ネロ』の魔銃が召喚可能となり――主に紅朔の芳醇な魔力をもって焔の魔弾と氷の魔弾はアーカードの『残骸』を容赦無く蹂躙する。

 『半人半書』であり、自らも魔力を供給出来る『大十字紅朔』だからこそ可能となった状況である。それはクロウ・タイタスの魔力不足を補い余って足るものだった。

 

「さて、此処は『神父』とその他一同で大丈夫ですね。私は『私用』の方を優先させますのでそれでは――」

「おまっ、こういう時ぐらいまともに働けよっ!?」

 

 物凄い良い笑顔で『代行者』は戦線から影もなく離脱し、その穴埋めにクロウは四苦八苦する。

 

「しっかし『魔術師』の野郎め、事前に知らせるとかほざいてこんな後手後手に回る始末かよ……!」

「音に聞こえし稀代の謀略家『魔術師』殿にも想定外の事はあるって事ねぇ。噂ほどでも無いわぁ……!」

「同じ脚本書きの紅朔が言うと説得力ある、なぁっ! というか、完全に根に持ってねぇか!?」

 

 何やら殺意と怨念が全て『魔術師』に向けられている様子にクロウは冷や汗を流す。

 置き土産の『対介入術式(カウンタートラップ)』に引っ掛かった紅朔としては恨み骨頂なのだろうなぁと、実際にその二人が出遭わない事を祈るばかりである。

 

「クロウ兄ちゃん、紅朔ちゃん、『神父』さん下がって! デカいのかますでぇー!」

 

 空からのはやての言葉に、『神父』とクロウ・タイタスは即座に後退し、馬鹿みたいに巨大な闇の球体が地に炸裂して『残骸』を跡形も無く殲滅する。

 その取り零しを、彼女の守護騎士達が更に刈り取っていく――。

 

「……わぁお、すっげー……」

「……相変わらずの馬鹿魔力ねぇ。あの小狸ちゃんは本当に人類かしら?」

 

 何もかも一発で纏めて終わらせる極大の範囲攻撃に、それを繰り出してまだ余力を残している魔法少女姿のはやてを遠目に眺めながらクロウは身震いする。

 既に消化試合となっている戦闘だが気を引き締めて――懐かしい、禍々しく邪悪な魔力を察知する。

 

「――『大導師』ッ!」

 

 そう、その闇夜の漆黒より深い邪悪の化身たる男は、嘗て魔都海鳴市に存在した五大組織の一つ『這い寄る混沌』の教祖、ナコト写本の担ぎ手である『大導師』であり――此方に向ける眼には獣の如き獰猛な殺意と憎悪しか滾っておらず、理性の色は欠片も無かった。

 

「へっ、セラが言っていた『闇の欠片事件』の本番って事かい。だけどまぁ、再生怪人なんざに負けてたまるかっての!」

「それじゃ、クロウ。此処で『お母様(オリジナル)』との違いを見せつけてあげるわぁ……!」

 

 

 

 

 一方、其処は異世界の戦場と化していた。

 鋼鉄の武者が闇夜の空を舞い、双輪懸にて『猪突戦(ブルファイト)』を繰り広げて雌雄を決する、装甲悪鬼村正の世界での戦場が此処に顕現していた。

 

《――亡者共が此処まで威風堂々と出歩くか。今宵は百鬼夜行か何かか?》

『地獄に近しい場所というのならば、此処での日常も然程変わりはあるまい――』

 

 ――ただ、戦況はただただ一方的だった。

 銀色の軍勢が一方的に堕とし、劔冑姿の『思念体』を蹂躙する。ただそれだけだった。

 

《『魔術師』殿の不手際か。珍しいものだ》

『あれも人間だという事の証左だな。……言っておいて、これほど虚しくなる言葉は他に無いがな』

 

 海鳴市に残存する三大組織、その転生者に対する天敵たる『武帝』の首領、湊斗忠道が手を下すまでも無かった。

 『銀星号』による『精神汚染』にて、『善悪相殺』の理を無視して縦横無尽に戦場を駆け抜ける銀の軍勢によって、思念体は単なる雑念へと堕ちて消えるのみである。

 

《……しかし、中々に滅入るな。幾ら粗悪な『思念体』とは言え、嘗ての同胞達が相手だとはな――》

『これもまた我等の使命、我等の選択の結果なのだろう――一騎残らず刈り取るぞ、村正』

《諒解――御堂、っ!》

 

 そして、遥か空に仁王立ちする彼等の前に立ち塞がって同じように『静止』する機影は、赤い武者なりの劔冑だった。

 

《――冑が娘、か》

『――やはり、中身は無し、か』

 

 千子右衛門尉村正――『三世村正』、湊斗忠道の劔冑である銀星号『二世村正』とは切っても切れない縁にあり、されども他の『思念体』と同じく、仕手の無い不完全な代物だった。

 

《すまぬな、御堂。身内の恥を注ぎたい》

『構わぬさ、村正』

 

 多くを語らずに湊斗忠道は構える。心甲一致とは真逆の位置にある『三世村正』の残骸など技を競うまでもない。勝負は一瞬で終わる――。

 

 

 

 

「――ディバイン、バスター!」

 

 嘗て『魔女』と呼ばれた『思念体』の数々を、白い魔法少女は桃色の破滅の光にて葬っていく。

 

「結界の外を『魔女』どもがうようよとか、今日は『ワルプルギスの夜』かよ!?」

「やめてよね、言ったら実際に来るかもしれないわよ?」

 

 小柄で奇怪な声をあげて踊り狂う『魔女』をスタンドの拳にて穿ち貫き、高速移動で仕掛けてきた『魔女』を赤いライトセーバーが無情に引き裂く。

 想定外の事態を察知した高町なのは、秋瀬直也、豊海柚葉は途中で合流し、此処周辺に蔓延る『魔女』掃除に専念していた。

 

「まぁこんな有り様じゃ、例え出現してもハリボテだろうけどね。『思念体』の構成要素がまるで足りていない、だから『魔女』の能力すら再現出来ていない」

 

 結界の外に出ているのではなく、結界を張れる能力が無いが故の今の惨状である。

 大規模殲滅能力に秀でた高町なのはがいる以上、彼等の敗北の可能性は皆無に等しかった。

 

(――それなのに、どうしてこんなにも嫌な予感が……?)

 

 だが、豊海柚葉だけは、心の中で蝕むように広がる不安を前に危機感を募らせていた――。

 

 

 

 

「システムーD、S、L、退いて下さい。私は貴女達を、壊したくない……!」

 

 金髪の幼い少女が月を背に嘆き、闇色の炎たる『魄翼』を羽撃かせる。

 彼女こそはディアーチェ・シュテル・レヴィが長年求めて解き放とうとしたシステムU-D『砕け得ぬ闇』であり、地に膝を下ろすディアーチェは歯痒い思いで彼女を見上げる。

 

「っ、シュテル、レヴィ……!」

 

 ディアーチェの呼びかけに、二人は答えない。地に倒れ伏し、ぴくりとも動かない。

 

 ――目覚めたばかりの『砕け得ぬ闇』は、その全性能の数%も発揮出来ていなかった。

 されども、それだけで――なのは達に匹敵するポテンシャルを持つマテリアルの三人を、無傷で返り討ちにするに至る。

 

「くぅ……!」

 

 シュテルが用意した干渉制御ワクチンを撃ち込む事には成功した。

 その過程でシュテルとレヴィは致命的なダメージを受けたが――問題はその後。『闇の書』の防衛システムに匹敵するか、或いは凌駕する多重障壁をディアーチェ単体では突破出来ずにいた。

 

「……貴女を殺したくない。でも、さよならなのです――」

 

 まるで泣き崩れそうな表情で、『砕け得ぬ闇』は止めの一撃を繰り出す。

 逃れられぬ破滅を前に、ディアーチェは目を瞑り――。

 

 

「――やれやれ、酔っ払いに無茶させるな」

 

 

 破滅の一撃の軌道を寸前の処で撃ち落として逸らした『魔術師』は若干息切れしながらも、彼女達の下に辿り着いたのだった。

 

「『魔術師』!? 貴様、酔い潰れていただろうに……!?」

「酔っていられない状況にしておいて良く言う。余所見するな、死ぬぞ」

 

 彼の最も信頼する吸血鬼の従者と槍兵は其処にはおらず、当人にとっても無茶極まる強行軍で辿り着いた事は火を見るより明白だった。

 

「此方の準備を全部台無しにしてくれた文句は後で言うとして――」

 

 『魔術師』は天を見上げる。其処には戸惑いと絶望を色濃く現す『砕け得ぬ闇』が居た。

 そう、それは絶望だ。またもや彼女は壊してしまう。存在しない希望に引き寄せられた哀れな蛾を、握り潰してしまう――。

 

「――人間。貴方も私を救うつもりだと言う気ですか……?」

「いいや、私はお前を救わない。第一『悪』は他人を救いはしないし、元より『正義の味方』のように救う事も出来まい」

 

 本来の物語で『砕け得ぬ闇』と遭遇した際に呟かれた希望溢れる前口上の数々など『魔術師』には似合わない。

 『魔術師』は笑う。それは彼に似合う邪悪な嘲笑ではなく、彼に似合わない邪気無き勝利の笑みだった。

 

 

「――お前は勝手に救われるんだ、お前を想う『王』の手でな――」

 

 

 根拠無しに確信して、絶対的に信仰して、『魔術師』は自信満々に断言する。

 この男に其処まで言わせておいて――何故、いつまでも敗者のように膝を地に付けておけようか……!

 

「言っておくが、手は貸さないぞ。そんな事をしては『味方陣営』を態々弱体化させてしまうからな」

 

 彼は文字通り手を貸さない。自力で立ち上がれと、振り返らずに無言で――信じていた。

 

「……っ、当然だッ! 我を、誰だと思っているッ!」

 

 無理してまで援軍に来ておきながら『魔術師』は「……『ワルプルギスの夜』の時、高町なのはに強化魔術なんて慣れない真似をしたせいで、後に『クリームヒルト・グレートヒェン』が出て来られたからな」と、因果関係の無い事をぼそっと呟く。

 彼の両肩にある魔術刻印が赤く脈動し、次に海鳴の地の結界が大きく脈動する。

 それと同時に、『砕け得ぬ闇』に多重障壁を無視した殺人的な重圧が伸し掛かり――『魔術師』が、その秘めたる神域の魔眼を開眼して『砕け得ぬ闇』を視界に捉えていた。

 

「私に出来る事は敵対者に対する妨害だけだ。多重障壁は全て剥ぎ取るから後は自分で何とかしろ」

「――十分だ!」

 

 ディアーチェは空を駆け、『魔術師』はその場に佇んだまま背後の空間に三層からなる巨大な魔方陣を構築する。

 銃身、魔力圧縮機、砲塔、その三つの役割を分担された西洋系統の魔術であり、圧縮された高密度の焔は矢となり、瞬時に射出される。

 

「そんなの、通用しない――」

 

 幾ら原因不明の重圧によって動きを阻害されていようとも、その程度の雑多な火力では多重障壁の一層すら貫けない――『砕け得ぬ闇』の当然過ぎる見立ては、『魔術師』の撃ち放った一条の破壊槌で穿つ貫かれ、障壁の一層が末端まで侵食されて焼かれ、硝子細工のように崩壊させた事で覆る。

 

「……!?」

 

 『魔術師』の右眼だけ、血が涙のように流れ落ちる。

 

 ――彼は二つの無謀をもってこの奇跡を成立させる。

 一つは左眼を通常通り『砕け得ぬ闇』を眼下に入れて魔眼による重圧(バッドステータス)を入れ、一つは右眼を究極なまでに一点だけに視界を振り絞って破戒の槍の着弾地点を捉える事である。

 

 斯くして高町なのはの『スターライトブレイカー』すら一層の犠牲で完全に防いでしまうような堅牢極まりない障壁も、彼の魔眼の前では紙細工同然以下に堕としめる。

 

 理由はさておき、この場において最も危険な存在が『魔術師』であると『砕け得ぬ闇』に確信させるには十分過ぎる事例であり、その全殲滅力を『魔術師』に注ぐ。

 

「『魔術師』――!?」

 

 ディアーチェの悲鳴は当然の事。当然、これは『魔術師』に防ぐ術は無い。

 彼とて魔術的な障壁を構築出来るが、単体で闇の書の防衛システムに匹敵する『砕け得ぬ闇』の猛攻など一秒足りても防げまい。

 一発一発が致死の闇の焔の魔力弾が無数に降り注ぎ――着弾前に『魔術師』の姿が消える。

 

「……? ――ッ!?」

 

 完全に捉えていたにも関わらず見失い――背後から飛翔した破壊槌によって更に障壁を剥ぎ取られ、『砕け得ぬ闇』は理解出来ずに振り向く。

 

「何処を見てるんだ?」

 

 五十数メートル地点に、『魔術師』は悠然と見上げていた。

 結果的に見れば『空間転移』よる回避であるが、そんな魔法の真似事を『魔術工房』以外の場所で実行すれば唯一度で魔力が尽きるだろう。

 それなのに『魔術師』が余力を残せているのは、自分だけを覆える程度の最小限度での固有結界を展開し、即座に出現位置を空間指定して半径百メートルなら何処にでも移動出来るという反則的な行為を行っているからに他ならない。

 

 ――この方式なら魔力の消耗は最小限に抑えれるだろう。だが、それ以外の、肉体・魔術回路・精神・魂魄については何一つ保証出来ない。

 常に限界を超えて更に更に回転数を上げていく彼の魔術回路は、一秒毎に致命的な損傷を広げて、破滅に至っていく――。

 

 一回行う度に死に歩み寄るような、十三階段を登っていくような自殺行為である。神秘の行使に限界は無いが、その支払う代償には限りがあるというのに――。

 それ無くして唯一人で闇の書の防衛システムに匹敵する多重障壁を剥ぎ取る事など不可能であり、まさに血肉の削り合いが始まる――。

 

「――あああああああああああああぁっ!」

 

 『砕け得ぬ闇』から発せられたのはそのような事を平然と行う未知の人間に対する恐怖であり、『魔術師』は邪悪に嘲笑いながら凄絶なまでに分の悪い削り合いを行う。

 砕いて、消えて、砕いて、消えて、被弾し、砕いて砕いて、消えて、被弾し被弾し被弾し倒れて立ち上がって歯を食い縛り、砕いて砕いて砕いて――遂に全ての障壁を宣言通り焼き払う。

 

「――っ、私は宣言通り役目を果たしたぞッ! 後は、王、お前次第だ……!」

「――大義であるッ!」

 

 全ての魔力を使い切って多重障壁を焼き払い――『魔術師』は闇統べる王に全てを託す。

 所詮は自分はこの場に至っても末端の脇役。最後に締めるのは主人公の役目だと咲き誇るように笑いながら――。

 

「うぅ、ああ、ああああああああああぁ――!」

「もう泣くなッ! 貴様の絶望など、我が『闇』で打ち砕いてくれるわァッ!」

 

 ――此処に、闇の揺り籠の中で一人孤独に泣き崩れる少女の絶望を、偉大なる王様が打ち砕き、彼女達を取り巻く物語は大団円を迎えたのだった。

 

 

 

 

「全く、最後まで手間かけさせおって」

「わ、悪かったなっ! それよりも、貴様は大丈夫なのか……?」

「誰に物言ってるんだ。『悪』は理不尽で強いからこそ『悪』なんだよ」

 

 立っているのが不思議なぐらいのボロボロな状態で、『魔術師』はいつもと同じように傍若無人に虚勢を張って強がる。

 右眼の流血は既に乾き切っており、処々穿たれた魔力弾痕は生々しく――よくまぁ生きていたと互いに笑い合った。

 

「これで君達は『闇の書』から解き放たれて、真の自由を手にした訳だ」

 

 ディアーチェの腕の中には安らかに眠る『砕け得ぬ闇』――いや、ユーリ・エーベルヴァインがいる。

 シュテルとレヴィは負傷激しいが、命に関わるほどの損傷ではないので数日足らずで復帰するだろう。

 これで、彼女達に対する『魔術師』の仕事は終わった、と暗に言う。お別れの時間だと名残惜しく――。

 

「ふんっ、こんないたいけな幼女四人を路頭に迷わす気か!? 貴様に相応しい鬼畜外道の所業だなっ!」

「? 戦闘能力で言えば一勢力築けそうなぐらいのオーバースペックだろうに?」

 

 だが、ディアーチェは急にらしくない事を言い、『魔術師』は首を傾げる。

 全くもって通じていない様子に、ディアーチェは信じられないと我が眼を疑い、猛烈に憤慨する。

 

「ああ、もうっ、普段はあれこれ即座に見抜いて先手打つ癖に、何でこんな時に鈍いのだっ!」

 

 そう、『魔術師』は憎たらしいほどに此方の魂胆を見抜く癖に、何故今のこの時の自分の心中を察せないのか、怒りに怒る。

 そんな様子にぽかーんとし、くっと、『魔術師』は笑いを精一杯堪えたが、僅かながら溢れてしまった。

 

「……なるほど。確かに君達のような生活基盤の無い幼女四人を無情にも追い出したとなれば、ただでさえ最悪に等しい風聞がもっと悪くなるな」

「であろう! ……その、だから――!」

 

 その最後の一言が、言えない。視線を伏せて、気恥ずかしすぎて、拒否される事を恐れて震えて――。

 だから、その最後の一押しは、此処まで勇気を振り絞った彼女に対する敢闘賞として『魔術師』からだった。

 

「全く、仕方ないな。まぁ三人の居候が四人になるだけだ。私は構わないさ。居たいだけ居れば良い――」

 

 ぱぁと、曇っていた顔を飛びきりの笑顔に変えて――ぱしゃっと、生温い液体がディアーチェの顔に掛かった。

 

「――、」

「……え?」

 

 それが一体何なのか、ディアーチェには理解出来なかった。

 いや、理解するのを拒否したというべきか――自身の顔に掛かった液体を、震える手で拭う。それは赤い液体で、鉄錆びた匂いが鼻に付く。血だった。誰の? 

 

「――やっと隙を見せたわね、『魔術師』殿」

 

 それは自分以外の女性の声であり、何故それが『魔術師』の背後から――何故、魔術師の胸の心臓部から誰かの掌によって、穿ち貫いているのだ?

 奇怪なのは、何故その女の掌は血塗れていないのだろうか――?

 

「――っ!」

 

 致命傷を受けて死相が浮かぶ『魔術師』は最後の力を振り絞って一目視ようと悪足掻きし――その神域の魔眼をもって焼き殺そうと振り向こうとし、それより先にクナイによって両眼を引き裂かれ、更に鮮血が舞う。

 

「あ、ああ、『魔術師』ィ――!?」

 

 ディアーチェの叫びは虚しく鳴り響き、それで力尽きた『魔術師』は、その殺害者の腕の中に納まる。

 

 ――それは十六歳程度の少女だった。

 

 黒髪を奇しくも『魔術師』と同じように一本の三つ編みおさげに編んだ、和風ベースの着物を羽織る小柄な少女であり、何より特徴的なのは――五芒星を模った桔梗の中心に極点が鎮座する赤い魔眼と、この世の悪意を極限まで煮詰めたような邪悪な嘲笑みだった――。

 

 

 08/『魔術師』、還らず

 

 


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