転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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06/豊海柚葉

 

 ――『炎』、それは何もかも真っ黒に焼き尽くす破壊と破滅の権化。

 

 この魔都で最もそれを連想させる者が誰なのかと問われれば、満場一致で『魔術師』神咲悠陽と答えるだろう。

 その代名詞たる『発火魔術』と知られざる神域の『魔眼』は元より、汝が触れしモノを全て焼き尽くす苛烈な在り方はまさに『炎』という他あるまい。

 

 ――『彼女』にとって、『彼』は誰よりも『死』を体現する人物だった。

 それはまるで『前世』の死の光景をそのまま繰り抜いて出てきたような、性質の悪い冗談そのものだった。

 

 しかし、その属性が『悪』である限り、『彼女』には微塵の恐怖も無かった。

 自分以上の『悪』など存在しない。その自負は揺るぎ無く、むしろ乗り越えて淘汰する対象として――実に踏み潰し甲斐があると歓喜させる。

 

 

 ――だが、今はどうだろうか?

 

 

 何度も夢に見る。

 荒唐無稽で辻褄の合わない、不明瞭で秩序の無い混濁した泡沫の夢を。

 

 ――ある時は『彼女』の一回目における最期の光景。

 

 燃え盛る炎の中で『彼』は誰かを必死に探し続けて、結局見つけられずに焼死する夢。

 これは夢らしく、『彼女』にとってもどう解釈して良いのか解らないものだ。何故あの『魔術師』が無意味に死んでいるのだろうか?

 

 ――ある時は『彼女』と真夜中の学校で殺し合った時の光景。

 

 最期まで徹底的に殺し合って、互いの心臓を刺し貫いて相打ちとなる夢。

 本当に不本意だが、あの場に秋瀬直也が現れなければ、『彼』とこうなっていただろうという予知夢の一種なのだろうか?

 

 ――ある時は焔の雪が舞い散る異界の光景。

 

 在り得ない事だが、他の誰かの為に死闘を挑んだ『彼』によって殺される夢。

 これはもう最大級の悪夢でしかない。一体如何なる法則が働いてあの極大の『悪』が対極の属性の『正義』に変えてしまったのだろうか?

 

 ――そして、ある時はこの魔都の終末の光景。

 

 事の発端は『彼』の『■』、燃え移る炎のように伝播した大混乱は■■■■■によって■■■■■■■の手に■■■■■■■■■■■攫わ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――。

 

 

 

 

「……、」

 

 意識が覚醒し、不意に目覚める。

 言うまでもなく、最悪の目覚めである。

 精神的な疲労感が色強い、何とも気怠い朝だった。

 

「――今の、は……」

 

 ――あの日から、秋瀬直也に敗北したその日から、私は遥か先の未来を一切見れなくなった。

 

 自分と同質の能力者の存在、例えば真逆のフォースの使い手である『ジェダイ』が居るのなら、完全な状態でも先の未来を完全に見定める事は不可能になるが、それでも私には自身の勝利に繋がる道標を、完全なる方程式をいつまでも見失わずに見えていた。

 他に比類無き強大な自我が意に背く事を一切許さず、逆に歪めて自身の思うままに都合の良いように未来図を構築してしまうからだ。

 

「……けれど、今は、何も見えない――」

 

 それは何よりも歯痒く、重く伸し掛かる。

 自身の力が全盛期と比べて、著しく衰退化している。暗黒面のフォースを完全に掌握して支配する力が、今の自分には無い。

 もはや『暗黒卿』を名乗る事すら烏滸がましい有り様だ。弟子が居るなら即座に下克上されているだろう。

 未来視が完全に失われた今、無意識下に流れた予知夢が何を意味しているのか、今の私には何一つ『真』か『偽』か、判別付かなかった――。

 

 

 

 

 ――『正義の味方』は確かに此処に居た。私の『英雄殿』はこの世界にこそ居たのだ。

 

 誰よりも『悪』になった私は遂に、待ち望んだ『彼』と出遭った。『正義』は確かに此処に存在したのだ。

 後は、罪の清算である。誰よりも罪を犯し、誰よりも悪徳を積み重ねた私を殺す事でその英雄譚を完成させる。

 『悪』は『正義』によって討ち果たされなければならない。それが正しき物語である。

 

 ――でも、『彼』は私を殺さなかった。

 

 言葉にならない慟哭と嗚咽と聞き届け、縋る手を引っ張りあげて救い上げてしまった。

 死以外の贖罪を考えていなかった私は、此処に至って初めて、生きて償う方法を探す事になる。

 

 ――何で死ななかった。何で殺されなかった。

 

 名も無き死者達の怨嗟の声が、脳裏に反芻する。極限の『悪』でありながら『正義』に討ち果たされなかった私を、世界は許さない。

 それは正しき物語の流れではない。供物の生贄が捧げられず生を謳歌しては辻褄が合わない。世界は、残酷なまでに無慈悲に私の死を望んでいる。

 

 ――今の私は、何もかも見失って一寸の光無き暗闇の只中に居るようなものだ。

 

 何をしても上手くいかない。気休めの善行を積もうと思っても、必ず失敗して負の方向に進んでしまう。

 それはまるで一回目の時のように、自分の天性が『悪』であると悟る前の、奴隷時代の二回目の時のように、全て上手くいかない。

 

 ――果たして私は、夢の中の『魔術師』のように、『正義』を騙る事が出来るのだろうか?

 

 解らない。解らない。何もかも失敗して憂鬱に沈む終わり無き悪循環の中、私は苦しみ藻掻きながら苦悩する。

 今までの罪罰を償う方法はあるのだろうか。こんな自分でも、少しでも誰かの、愛する人の手助けをする事が出来るのだろうか――。

 暗黒面の使い手の私が縋るのも烏滸がましい事だが、フォースの導きは沈黙したままだった――。

 

 

 

 

 ――さて最初に、これは『魔法少女』の物語である。

 

 良くモノローグで「これは『魔法少女』の物語ではない」と繰り返し断じてきたが、今回ばかりは誰が何と言おうが『魔法少女』の物語である。

 そう、血の涙を流そうが、歯茎から血が滲み出るほど歯軋りしようが、掌の肉が食い破れるほど握り込もうが、生み出された最新の黒歴史に心の底から絶望して頭を抱えようが――これは、『魔法少女』の物語なのである……!

 

 事の顛末はいつも通りの、放課後の帰り道。

 オレと豊海柚葉と高町なのはが、一緒に帰り道を歩いていた時の事だ。

 何で今日に限っていつも通りの帰り道を選んだのか、そんな当たり前の選択肢すら理不尽ながらも後悔の対象になる。

 

 これから起こる事はとにかく、あらゆる意味でとんでもなかったのだ――!

 

 

 

 

 ――『魔術師』に柚葉の現状を相談してから数日、変わらず死に直結する偶然は日常的に起こり、流石の彼女も滅入っていた。

 

「……柚葉ちゃん、大丈夫?」

「大丈夫大丈夫、こんなのすぐ治るよ」

 

 なのはの心配そうな顔に、笑顔で答える柚葉は誰の目から見ても空元気であり、見ている此方が痛くなるような現状である。

 絆創膏まみれの両手はどれも血が滲んでおり、オレは眉を顰める。

 『魔術師』は柚葉の中で折り合いが付くまで守ってやれと言ったが、どうにも彼女の死に直結する不幸は早急な対応策を講じなければならないレベルまで来ている気がする。

 

「顰めっ面ね、直也君。そんなに翠屋のシュークリームを奢るのが嫌かしら?」

「いや、それについては別段構わないが。あれ、結構美味しかったし」

 

 正面向かってお前を心配しているんだ、とは言えないので話題を合わせておく。元よりこの翠屋にシュークリームを食べに行こうと提案をしたのも自分である。

 事の経緯は単純明快、気晴らしに甘味でも食べればその場しのぎの気分転換になるだろう。

 此方の懐は若干痛むが、それぐらいで柚葉の笑顔が買えるなら安いものである。

 

「あれ、直也君は翠屋のシュークリーム食べた事あるの? 私を差し置いてっ!」

「え? 其処、怒る点なの!? つーか、その時って『魔術師』と管理局の執務官のティセとかいう人が翠屋で交渉の席についた時だよ(『25/交渉』参照)。アイツってお前の元部下だったんだろう? お土産の品買っていかなかったっけ?」

 

 その時一緒に居たなのはも「あー……」と遠い昔を思い出すような仕草をする。

 何かもう数ヶ月近く経っている気がするほど朧気にしか覚えていないが――其処を指摘すると、柚葉は目に見えるほど「ぐぬぬ」と悔しがる。

 

「……アリア以外、私が此処に居ると知っている人物なんて向こうには居なかったのよ」 

「あー、それが誰かは知らないが、どう考えても柚葉の自業自得じゃねぇか」

 

 何処ぞの銀河帝国皇帝陛下のように誰にも悟られずに二面生活を送っていた弊害がこれとは、余りにも可愛らしすぎてつい笑ってしまう。

 その様子を「むー」とご機嫌斜めになる我がお姫様に、オレは両手を上げて降参する。

 

「……解った解った、好きなだけ奢るから許してくれ」

「あら、後悔しても知らないよ?」

 

 途端、柚葉は不機嫌そうな顔からしたり顔に変わる。

 惚れた弱みと言うべきか、自分が彼女に口先で勝つ事は殆ど在り得ないのである。まぁそれでも良いやと思ってしまうし。

 

 ――さて、その時、何故か唐突にどうしようも無いほど嫌な予感が生じた。

 

 此処最近、自分のそういう勘が研ぎ澄まされているらしく、大抵当たって欲しくない時ほど的中する具合である。

 真っ先になのはの方に目を向けたが、彼女はその未知の脅威に勘付いた様子も無く――更に言うなら『レイジングハート』の感知外の出来事である証明であり、いつものような柚葉を狙った物理的な現象ではない事の示唆であり――柚葉の方は同じく自分に目線だけを送り、この迫り来る脅威の存在を共有していた。

 

「――『蒼の亡霊(ファントム・ブルー)』!」

 

 即座にスタンドを出して周辺一帯の空気の流れを感知しながら全周囲警戒し――遥か彼方から飛来する棒状の何かを察知する。

 やはりというべきか、柚葉目掛けて飛翔しており――そうはさせるかと、殴り飛ばそうとスタンドの拳を振るう。

 

「オラァッ! ――!?」

 

 確かにその未知の飛翔物をオレは、そして『蒼の亡霊』の人間とは比べ物にならない動体視力は的確に捉えていた。

 だが、それでいて拳を外した原因は、一直線の棒状と思われていた飛翔物が、ぐにゃりと、振り抜いた拳を避けるように奇妙なまでに曲がったからだ。

 無機物かと思ったら、予想外にも何かしらの意思がありやがる……!?

 

「柚葉避け――!?」

 

 そんな危険物を素通りしてしまうという一生物の不覚は、軽々と謎の飛翔物を掴み取った柚葉のお陰で事無きを得る。

 幾ら力が衰退していると言っても、彼女はシスの暗黒卿。数瞬先の未来予知と常軌を逸した反射神経は健在なのだ。

 しかし、此方の拳を回避するような謎の意思がある以上、余り触れて欲しいものでは無かったが――そう、それは本当に、絶対に彼女にだけは触れさせてはいけないものだったのだ……!

 

 

『あはーっ、ナイスキャッチ♪ 血液によるマスター認証及び接触による使用契約を同時に確認っ! 乙女のラヴパゥワーも申し分無いですねー!』

「え? ……え?」

 

 

 絶句する。それは女性声を発するピンク色のステッキだった。

 今どきこんなベタな玩具なんて存在しないだろうというほどのちゃちな、六枚翼の中心に五芒星が鎮座する『杖』であり、理解より早く取り返しの付かない事になったという絶望感が先立った……!

 

『最後に、貴女の名前をお聞かしくださいましぃ~?』

「と、豊海柚葉……っ!?」

 

 本人の意に反して柚葉は自分の名前を呟いてしまい、此処に全ての準備が終わった、終わってしまったのだ……!

 

 

「鏡界回廊最大展開(コンタクトフルオープン)!」

 

 

 その掛け声はあろう事か、満面の笑顔を浮かべて『杖』を振るう柚葉からだった!

 それはもう昼間なのに関わらず眩しいぐらいの光の粒子であり、「……あー」とまるで通夜のような沈痛な面持ちでオレ達は眺めるしかなかった。

 

 ――七色の光にこれでもかと散りばめられた光の羽。取り繕っても誤魔化しようの無いほどの『魔法少女』の変身シーンである。

 

 全力で目を背けたくなったが、これはオレが至らなかったが為の罪の証。断首台に足をかけるような面持ちで全て見届ける。

 

 これでもかというぐらいフリルがついた赤色の手袋。

 いつものポニーテールに黒い大きなリボンによって可愛げに飾られ。

 露出面は全体的に少ないが、へそ部分だけ露出させた純白を基調としたゴスロリ風の赤い衣装は実に魔法少女的で。

 ゆるふわのミニスカートに絶対領域をチラつかせる白いニーソックスが何とも眩しい。

 

「愛と正義の魔法少女カレイドユズハ! 此処に爆誕っ! キラッ☆」

『きゃー! 柚葉さん超素敵ぃー! どんどんぱふぱふー! 『愛と正義(ラブ・アンド・パワー)』とか独善的な響きで最高ですねー! いえーい、私に都合の良い魔法少女ゲットだぜぇー!』

 

 ああ、何処かで見た事のあるような決めポーズを取って天使のような笑顔を浮かべる柚葉は、何処からどう見ても魔法少女である。

 しかも普段の彼女のイメージとはかけ離れた赤白の清純派。泣けるほど、俯きたくなるほど、あの柚葉が魔法少女だったッ!

 

「あわ、あわわわわわ!? ゆ、柚葉ちゃんが突然魔法少女に!?」

 

 本家本元の魔法少女であるなのはもびっくりという有り様である。というか、この唐突な異常事態にまるで着いて行けない……!

 オレもそれで思考が止まっていたらどんだけ幸せだったかなぁと自暴自棄になりたい!

 

「その琥珀(コハ)ッキーな声にぐにょぐにょ曲がる奇怪極まる『杖』は……!? ま、まさか貴様は『カレイドルビー』!? そんな馬鹿な、何故この世界に居るゥ――ッ!?」

 

 つーかこれ、あの『杖』に意識を乗っ取られて好き勝手色物枠にされた遠坂凛と全く同じ状況じゃねぇかよ!? 既にその時点で収集不可能で黒歴史確定済みだぞ畜生っ!?

 

『おやおや、流石は説明台詞を言わせたら作中ナンバーワンの『主人公(仮)』ですね! 知っているのか、雷電!』

「物凄いメタ発言だなおい!? あと男塾ネタとかもう誰も解んねぇよ!? というか、柚葉に何をするだァ――ッ!?」

 

 ぐにょぐにょと、気持ち悪いぐらい器用に曲がりながら、こんな事になった元凶である『杖』は不気味に笑う。

 というか、『杖』が好き勝手に動いて喋る時点で気持ち悪ぃよ!

 

『うっふっふ、私は別に何も強制してませんよー。ただちょっと花を恥じらう乙女の背中を後押ししているだけなのです! 主に私が愉快痛快に楽しめるように!』

「うっわぁー、堂々と清々しいほど邪悪な本音ぶちまけやがったぞこの駄杖……!」

 

 手の施しようの無い邪悪さに戦きつつも、一途の望みを賭けて柚葉の方に視線を送る。

 此方の必死の視線に対し、柚葉は両頬を赤く染めて、はにかむように笑った。

 既に手遅れであり、一途の望みすら無く、神が既に千年前ぐらいに死んでいた事をオレに突きつけたのだった……!

 

「さぁ、直やん! 一緒に『正義』を執り行うわよ! 『悪』の『魔術師』に今日こそ引導を渡して、海鳴市の平和を守るの!」

「直やん!? え? えぇ!? 何その取ってつけた愛称!? い、いやちょっと待って下さい柚葉さん、『魔術師』ってあの『魔術師』の事なのか!? シリアス一辺倒の住民にギャグ時空の空気なんざ読める訳ねぇだろ!?」

 

 ツ、ツッコミが追いつかない!? 訳が解らないよ! おかしいですよ柚葉さん!? あ、頭がどうにかなりそうだ。もうやめて、オレのSAN値はとっくにゼロよ!?

 

「だ、駄目だよ神咲さんに引導渡しちゃ……! 柚葉ちゃん正気に戻って!」

 

 意味の解らない状況で戸惑っていたなのはだが、その『魔術師』に危害を加える一文にてただならぬ事態であると理解し、自身もまた『レイジングハート』によってバリアジャケットを展開して対峙する。

 

『やわー、柚葉さんだけでは飽き足らず、魔法少女力(MSりょく)53万の魔法少女を侍らせているとは出番が無くても『主人公』恐るべし~。でもぉ、今の柚葉さんは負けちゃいないですよー! 魔法少女としても、恋する乙女としても!』

「え? 何それ怖い」

 

 さて、此処で問題。この状況でオレを守るように立つ高町なのはの事を洗脳100%の柚葉はどういう眼で見るでしょうか?

 

 ①「――泥棒猫。殺しておけば良かった」

 ②「――直やん其処どいて。ソイツ殺せない!」

 ③「――直やんは騙されているの。私がその女殺して解決してあげるから、ね? 直やん直やん直やん直やn」

 

 うわぁー、どれでも眼からハイライト消えて何処ぞの主人公のように『鮮血の結末』一直線だぁー。

 柚葉のヤンデレとかマジ笑えない。どうしてこうなった。どうしてこうなった……!

 

「ゆ、柚葉……?」

 

 オレが戦慄しながら恐る恐る柚葉を見ると、不安そうにオレとなのはに眼を配って、更には涙目を浮かべて、それでも何かを決意した表情になっていらっしゃった。

 

「直やん……ううん、私、頑張る! なのはに負けないから!」

「うぇえぇぇ!? ヤンデレとかそういう最近流行りの在り来たりのじゃなくて数世代前の健気な正統派ヒロイン風!? 幾ら何でもおかしいだろ! 本来の属性が全て反転してないか!?」

 

 誰よりも腹黒い少女が、誰よりも真っ白になってる!?

 魔法少女になる事での千変変化とかそういう次元じゃないぞ……!

 

『さっすが直也さんですねー! 其処にお気づきになるとは鼻が高い!』

「……え? 直也君、どういう事……?」

『其処からは私が説明しますよ、なのはさん』

 

 妙に馴れ馴れしい口調で、災厄の元凶たるカレイドルビーはくくくと邪悪な笑みを浮かべながら説明に入る。

 

『直也さんは既にご存知だと思いますけど、改めて自己紹介をっ。私はゼルレッチの糞爺が作った愉快型魔術礼装『カレイドステッキ』に宿るキュートでセクシーな人工天然精霊『カレイドルビー』、ルビーちゃんって呼んで下さいね! 魔法少女に必須なマスコット兼杖みたいな感じです。そちらでいうユーノさんとレイジングハートさんですね!』

「は、はぁ……?」

『まぁあの『魔術師』さんの世界の代物と言えば解りやすいですかねー? 彼と私は切っても切れない関係にあるんですよー?』

 

 は? このギャグ世界の住民たるあの『杖』と『魔術師』に因縁?

 一体どんな事がと疑問な尽きないが『その話はまた後程に――』と意味深に締める。

 

『様々な多機能が搭載された超高性能で素ん晴らしい礼装な私なのですが、そのメインたる機能は『数多の並行世界に存在するマスターからスキルをダウンロードする』という『第二魔法』を限定的に行使するものです! つまり――』

 

 例えば、その術者に紅茶を美味しく淹れる技能がなくても、何処かの並行世界に存在する紅茶を上手く淹れる術者から技能をダウンロードし、自在に使いこなす事が出来るという聞くだけなら万能極まりない礼装の機能。

 その杖に宿る人工天然精霊がまともな性格なら使い勝手の良い最上級の礼装になるのだが、これらの機能を遥かに上回るほど人工天然精霊の性格は破綻している。作成者たるかの宝石翁も匙を投げたほどだ。そして今回は――。

 

『今の柚葉さんは心の底で望んだ通り、完全無欠なまでの『正義の魔法少女』なのですっ! 歴代最悪の『シスの暗黒卿』ではなく歴代最高の『ジェダイの騎士』なのです!』

「――私はこの力で皆を守るっ! フォースは私と共にあり!」

 

 ――今、絶対に聞き逃しちゃいけない事をさらりと言いやがったよな……?

 

 それを理解して考えて行動するよりも早く、六枚翼の星形杖だったルビーが形を変えて、いつも見慣れたライトセーバーの柄となる。

 展開された刃の色は、いつもの禍々しい『赤』ではなく、嘗ての彼女の敵の象徴たる『青』だった。

 そして柚葉はあろう事か、容赦無くなのはに斬りかかった!?

 

『――Protection!』

 

 余りの唐突さにオレもなのはも反応出来ず、唯一反応出来た『レイジングハート』は三重の防御障壁を即座に展開する。

 引き裂かれる事を前提とした、神速にして不可避の斬撃を遅滞させて脱出時間を作る為の、万物を引き裂くライトセーバー用の最高の防御策だった。

 

「え? きゃっ!?」

「同じ魔法少女だけど、今は貴女と戦う運命! なぁのはぁあああぁ!」

「そ、そんなの絶対おかしいよっ!? 柚葉ちゃん!」

 

 昼の道端で魔法少女と魔法少女、対峙したからには勝負以外在り得ないのだろうか?

 飛翔しながらひたすら後退するなのはと、同じく飛翔してひたすら前進制圧しようとする柚葉。そうだよね、魔法少女なんだから空飛んで当然だよね。

 おっと、錯乱していた。今はそんな現実逃避をしている事態ではない……!

 

「――っ、今すぐ距離を離せなのは! 魔法少女相手に近接戦闘は危険だっ!?」

「な、何言ってるの直也君!? 私もその魔法少女の一人だよぉ!?」

『Divine Shooter.』

 

 このままでは逃げ切れないと判断したなのはは複数の魔法弾をばらまく事で相手の侵攻を阻害しようとする。

 幾ら変身時に無尽蔵の魔力配給、Aランク相当の魔術障壁、物理保護、治療促進、身体能力強化が施されているとは言え、なのはからの魔法弾は流石の彼女も無視出来ず、魔法少女と化した柚葉は無造作に魔法弾をライトセーバーで次々と切り伏せていく。

 通用するとは欠片も思っていなかったが、その魔法弾の処理の為になのはとの距離は開いた。

 これならディバインバスターを始めとする超長距離砲撃魔法で間合い外から一撃の下に沈めれる……!

 

「うん、懸命な判断と言いたい処だけど――」

 

 柚葉はライトセーバーの刃を消し、柄を握っていない手を彼方に逃げ切ったなのはに向けて、握り込む。あ、まずい……!

 声を出すより早く、飛翔するなのははぴたりと宙に停止する。当人の意図とは別の停止である事は、彼女の驚愕と動揺の表情を見れば解る。

 

「え? ――っ!? ぁっ!?」

 

 柚葉は握り込んだ手を大きく右に振り払い、それと連動するようになのはもまたその方向に急に吹き飛ばされ、指揮者の如く勢い良く左に振り戻し、同じ方向に飛ぶ。

 そして最後に下に振り下ろし――まずい! なのははろくに抵抗出来ずに一直線に下に墜落する――オレはスタンドを纏って全力で疾駆し、墜落地点間際でなのはをキャッチし、地面への激突から彼女を庇う。

 

「……っ、痛ってぇ~?!」

 

 代わりに背中からもろに地面に激突して苦しみ悶える。

 数瞬、呼吸が出来なかったが――抱えるなのはは「きゅ~……」と、負傷は無いが、どうやら意識を失っている模様だった。

 

「な、直やん大丈夫!?」

 

 それをやった張本人は此方を心配しそうに眺めて――うん、それで確信する。

 

「それ、ライトセーバーを『ジェダイの武器だ』と断じた『シスの暗黒卿』そのものの戦い方じゃないか」

「――っ、違う、私は……!」

 

 柚葉は酷く狼狽する。ルビーによって洗脳されてあの『杖』の意のままに操られている筈の彼女が、である。

 本来、ルビーの完全な支配下で踊らされているのならば、疑問すら抱けない筈だ。

 そして今の状況を裏付けるもう一要素は、これが、この姿が彼女が心の底から望んだものであるという事だ。

 

 ――遠坂凛が幼少期にルビーと契約した際、歌が下手な事を思い悩んでおり、平行世界の自分からダウンロードする事でアイドルになれるほどの歌声を披露した。

 ……その結果がどんな災難になったかは、語る口がひたすら重くなる思いだが。

 

(そうだよなぁ、色物枠の遠坂凛ならともかく、あの柚葉がルビー如きに乗っ取られる筈が無い。それこそ、自らの意思でなければこんな風にはならなかっただろう)

 

 今のこの――他の人に見られたら自殺物の恥ずかしい魔法少女の衣装はともかく――正義の魔法少女、つまりは『シスの暗黒卿』の真逆の存在である『ジェダイの騎士』を装うのならば、これが『悪』でなくなった彼女の葛藤に対するある意味一つの答えなのだろう。

 

「そうじゃないだろ。それが単なる逃げだって事ぐらい、オレなんかより遥かに頭の良いお前は理解してるだろ?」

「っ、直也、君……」

 

 柚葉の表情が暗く沈み、無理して拵えた愛称も元の呼び名に戻る。

 柚葉は力無く着地し、その場に尻餅突いてしまう。いつも無理して装っていた空元気も、今は欠片も纏えてなかった。

 

「確かに並行世界の中にはその可能性があるのだろうが、それは今の柚葉じゃない」

 

 そう、『シスの暗黒卿』ではない『ジェダイの騎士』の豊海柚葉も、この無限に連なる並行世界には存在している。

 確かに『ジェダイの騎士』である彼女の可能性をダウンロードすれば、万事が上手く行くかもしれない。

 だが、それは今の彼女ではない。どう装うが『シスの暗黒卿』として生きた彼女ではない。そんな安易な逃避方法では自分さえ騙し切れず、彼女自身をより一層傷つけるだけである。

 

「……じゃあ、私はどうすれば良いの? 解らない、解らないよぉ……!」

 

 ぽろぽろと、大粒の涙を流しながら柚葉は嗚咽する。

 これが、『悪』でなくなった彼女の今。今にも壊れそうで何よりも脆い、オレ自身が招いた罪の具現。オレが、あの彼女を此処まで弱くしてしまった――。

 

「うん、それは残念だが、オレにも解らない。だから――」

 

 オレは歩み寄って、触れただけで壊れそうな彼女を優しく抱き締める。

 

「その、二人でさ、手探りでも良いから探して行こう。頼むから一人で抱えないでくれ。こんな紛い物の解決策じゃなくて、もっと良い手段はある筈だから――」

 

 柚葉はオレの胸の中に顔を埋めたまま泣き忍び、オレはただ静かにあやす。

 『悪』でなくなった柚葉は何なのか、今はその答えすら満足に言えないけれども、オレは彼女を支えて守ろうと思う。

 

 尚、これは後日談だが――見事にこの魔法少女姿は柚葉の黒歴史となり、絶対に二度と思い出さぬよう恥ずかしがりながら激昂する彼女に詰め寄られたとさ。

 確かにあの姿は普段とのギャップが激しくて正直どうかと思うが――でも、可愛かったぞって言ったら顔を真っ赤にして俯いたっけ。

 

 

 

 

『いやぁ、雨降って地固まるでめでたしめでたし。良い事をした後は気持ちが良いですねぇー』

「――良い話だった、と締め括る気か? 散々引っ掻き回すだけ引っ掻き回して逃走した『杖(ヤツ)』の吐く言葉は格別だね」

 

 がしりと、人知れずに逃走しようとしたルビーを積年の怨念を籠めて掴み上げた者が居た。

 これが女性ならば無理矢理でも契約して難を逃れる処だが、残念ながらその復讐者(アヴェンジャー)は男性である。

 

「何十年振りかねぇ。ああ、これは私の主観時間での事だが。二度と遭うまいと思っていたのだがな……!」

 

 途方も無い怒りを滾らせた盲目の悪鬼が、其処に居た。

 白昼堂々と出歩き、復讐者達からの襲撃を受ける危険性を完全無視して、『魔術師』神咲悠陽は誰も見た事の無いほどの激怒の形相を浮かべて仁王立ちしていた。

 

『あ、あっるぇー。ゆ、悠陽さんじゃありませんかー。こんな処で出遭うなんて奇遇ですねぇー!』

「奇遇ではあるまい。この私に意趣返しする為に『アバター』を差し向けておいて、よりによって豊海柚葉を刺客に仕立てあげようとするとはな。貴様の危険度を私とした事が見誤っていたらしい……!」

 

 この忌まわしき『杖』と彼の因縁は冗談抜きに前世まで遡る。

 『魔術師』が参陣した第二次聖杯戦争で、彼のサーヴァント『セイバー』がうっかりこの『杖』に触れて契約してしまい、危うく聖杯戦争から脱落しかけた、二度と思い出したくない黒歴史である。

 

『や、やだなぁ、軽いジョークですよ、ジョーク。そんなに怒っちゃ大人気無いですよ? ほら、笑って笑って? 笑っている貴方が一番素敵ですよー?』

「ははは、糞も面白くねぇ。うん、残念ながら色物枠と戯れるキャラじゃないんだよね、私は。自分で言うのもなんだが、面白味も欠片も無いと思うよ」

 

 ぶんぶんと素振りの如く振り回す。

 傍目から見れば痛い魔法のステッキを振り回す奇妙な和風青年という謎の構造だが、事前に人払いの結界を張った今、目撃者は当然の如くゼロである。

 

「最初から問答無用だ――死にさらせクソ杖があああああぁーーーー!」

『あ~~~れぇ~~~~!?』

 

 こうして、『悪』はより強大な『悪』によって踏み躙られて滅びたとか、滅びなかったとか――。

 

 

 

 

 


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