光輝くんが過去のトータスに誘拐されました   作:夢見る小石

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変わりゆく歴史

「天之河くん!? どうして……!」

 

「怪我に触るから、あまり喋らないほうがいい」

 

 表情を驚愕に染めながら、悲痛な色の声を出す南雲を黙らせる。

 

 ……『どうして』か。どうして自分を助けにきてしまったのだ、これでは二人とも助からない。そんな響きを持っている言葉だ。この局面に至っても誰かのことを心配する。

 

 南雲は、優しいな。そして強い。今ならば分かる。なぜ香織が南雲のことを好きになったのかを。

 

 きっと、本当に〝勇者〟となるべきなのは南雲だったのだ。正しさという間違いに囚われて、無知と勇気と履き違えていたあの頃の俺よりも、余程その名に相応しい。

 

 とはいえ、今そんなことを考えていても仕方がない。

 

 さて、ここからどうするべきか。

 

 もちろん普通に帰還するというのが正しい選択肢ではあると思うのだが、俺に一つの誘惑が襲ってくる。

 

 つまり、このまま南雲と一緒に落ちてはどうか、だ。

 

 今の俺は、単独でも大迷宮を攻略できる可能性があるくらいには強くなっているという自負がある。

 

 南雲も奈落に行けば強くなるかもしれないし、ユエさんを助ければその力も借りられるだろう。それに、オルクス深層にはとんでもない治癒力を持つ水があるらしい。それを考えると、大迷宮の制覇を進めるという目的においては、このまま二人で挑んだほうがいいように思える。

 

 だが、これを選択することはあり得ないな。

 

 まず、そのメンバーでも攻略できるという保証はどこにもない。

 

 更に、そもそもの話だ。ここで想い人である南雲と幼馴染である俺を一気になくした香織の精神状態はどうなる?

 

 片方だけならば、かつてそうしたように生存を信じて前に進もうとするかもしれない。

 

 だが、一度に二人を失ってしまったら? その時は本当に香織の精神は崩壊してしまうかもしれないだろう。

 

 なんて、俺が香織にとってそこまで重要な存在であると思い込むのは傲慢に過ぎるかもしれないが、とりあえず考慮はすべきだ。

 

 それに、勇者という精神的支柱を失ったクラスメイトがどんな行動に出るのかも心配だな。

 

 結論。すぐに帰ろう。

 

 南雲を左腕で抱えて、今度は上に向けて瓦礫を踏んで、上っていく。奈落の暗闇から逃れるように光を目指して。

 

 しかし、そんな行動を取ろうとした瞬間、邪魔をするものが現れた。

 

「危ない、天之河くんっ!」

 

 南雲が目を見張り警告してきた方向に視線を向けると、頭部を赤熱化させ、こちらに突撃して来くるベヒモスの姿が。

 

 せめてプライドにかけて道連れにしたい、そういうことなのだろうか。なけなしの力を振り絞っているようだ。

 

 まったく、ここに至ってまだ妨害して来るとは、忌々しいくらいの執念だな。

 

 ベヒモスの突進がこちらに届こうとする直前に、俺は右手に握った聖剣を奴に向ける。

 

「邪魔をッ、するなァ!!」

 

 至近距離から全力全開の〝神威〟を叩き込んだ。

 

 大いなる光の奔流に飲まれ、ベヒモスの体は跡形もなく消し飛んでいく。これで流石に倒し切っただろう。

 

「――ッ!?」

 

 体からガクリと力が抜けて行く感覚が。不味い、魔力を使いすぎた。

 

 上りきるまで持つか?

 

 いや、持たせるんだ!

 

 余計な重量をなくすため、持っていた聖剣から手を放す。相棒にこんな扱いをして申し訳ないが、呼べば戻って来るだろうし、ここは仕方がない。

 

「————ッ、うおぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 縮地! 縮地縮地縮地縮地!

 

 光はどんどんと大きくなり、遂にはもう少しで崖の上まで辿り着くというところまで来た。

 

「南雲くん! 光輝くん!」

 

 上に立っていた香織が、俺たちに向かって手を伸ばす。

 

 あと少し。あの香織の手を掴むだけでいいのだ。

 

 そう思い、最後の瓦礫を踏んだ瞬間——

 

 

 

 ——その瓦礫は崩れた。

 

 踏み込みの勢いが足りなかったため、俺と南雲も再び奈落の底へと落ちていく……。

 

 このままだと……奈落の底に逆戻り……。

 

「さ せ る かぁぁぁああああああ————ッ!!」

 

 最後の力を振り絞り、悲鳴をあげる体で無理矢理〝覇潰〟を発動した。

 

 そして、今度は昔やったことのあるゲームの壁打ちキックの要領で、再び一気に駆け上がる。

 

 そして崖の上に向かって差し出した右手は………………今度こそ、香織に届いた。

 

 

   ◆◆◆◆

 

 

 その後、香織によって引っ張り上げられた俺と南雲は、崖の上にて万全の態勢で治癒魔法をかけられていた。

 

 やたらと張り切っている香織を筆頭に、治癒魔法を使える者たちが総出で対応してくれてたのだ。南雲は火球を食らったときの怪我、俺は限界突破の代償でボロボロになった体を回復してもらった。

 

 ちなみに、トラウムソルジャーの魔法陣は俺達が治されている間に完全に破壊された。現在のこの場所は安全地帯だ。

 

「はぁ、無茶しやがって。俺達がどれだけ心配したと思っている!」

 

「「申し訳ございませんでした!」」

 

 復活した俺達は、現在正座でメルドさんの説教を受けている。

 

 まぁ、当然の報いだろう。俺は王国にとって希望の光、絶対に失ってはならない存在だったのだから、それが自ら危険に飛び込むなど、騎士達は肝を冷やしただろうな。

 

 南雲も南雲で、いくらメルドさん達を助けるという目的があったとはいえ、いつ死んでもおかしくない状況にその身をさらしたのだ。反論の余地はなく、縮こまって正座をしている。

 

 メルドさんを唯一止めてくれそうな香織は、魔力を使い果たして疲れたのか、安心したようでぐっすりと眠ってしまっていた。

 

 雫に懇願するような視線を送ると、『私もメルド団長と同じ気持ちよ』と一蹴される。

 

 説教は小一時間ほど続き、終わりが来るのかと若干不安になったところで、メルドさんが溜息を吐きながら解放してくれた。

 

 痺れる足を引きずりながら立ち上がると、今度は何故かメルドさんが地面に手をつき、俺達に向かって土下座の態勢をとる。

 

「お前達、本当に済まなかった!」

 

 信念のこもった謝罪に、俺たちは気圧される。

 

「な……メ、メルド団長、そんな……」

 

 南雲はそんな行動に驚き、慌てて止めようとしたが、メルドさんはその言葉を遮った。

 

「ハジメ……済まない。『絶対助けてやる』と言っておきながら、俺には何もできなかった。俺は……私は、お前達を預かる者として完全に失格だ」

 

 その強い気迫を感じる言葉に、南雲は黙ってしまう。『元々は自分の無茶のせいなのに……』などと思っているのかもしれない。だが、それは違うぞ、南雲。

 

 お前は、お前の行動は皆を守ったのだ。お前が救ったのだ。

 

「光輝、ありがとう! お前が飛び込んで助けに行ってくれなければ、きっとハジメの命はなかっただろう。俺の代わりに救ってくれた。そして、不甲斐ない俺のせいで命をかけた救出に向かわせることになってしまい、本当に済まなかった……」

 

「メルドさん……」

 

 頭をあげてくれ、などとは口が裂けても言えない。言ってはいけないだろう。

 

 メルドさんは自分の信念に従っているのだ。あの場でメルドさんにできることはなかった。メルドさんの問題ではないのである。

 

 だが、それでも、自分のせいだと責めているのだ。それを俺達が汚すのはお門違いである。

 

 とはいえ、これをそのまま放置しておくわけにはいかない。それに、この場でしておかなければならないこともある。

 

「メルドさん、貴方のせいではありません。南雲が落ちてしまったのも、俺が助けにいかなくてはならなくなったのも、メルドさんのせいではないんです」

 

 そう諭すようになだめながら、俺は聖剣を奈落から呼び戻す。

 

 崖の下から一直線に飛んできた相棒を右手で掴み、そのままある方向に歩いていった。

 

「それは、南雲に魔法を当てた奴の責任だ」

 

 本物の殺気を剣に乗せ、一人の男に突きつける。

 

「そうだよな、檜山!」

 

 怒り狂う俺と、青ざめて震える檜山に、その場にいた全員が注目した。

 

 あれだけ南雲に何かをしたら承知しないと忠告していたというのに、性懲りも無く攻撃したのだ。もう許してはおけない。ここで問い詰めるべきだろう。

 

「南雲に当たった魔法を撃ったのはお前だよな、檜山?」

 

 俺の言葉を聞き、顔面が青を通り越して白へと変化していく檜山。全身から冷や汗が湧き出て、両手両足は震えている。

 

「ち、違う、俺じゃない! そ、そもそも証拠も何も——」

 

「私も見たよ……檜山君が使った火魔法が南雲君に当たったところ……」

 

 見苦しく弁解しようとする檜山に、恵里が追い打ちをかけた。

 

 ……以前の恵里は檜山のせいだとは知らない様子だったが、黙っていたということなのだろうか。

 

 まぁ、何にせよ、ここでの援護はありがたい。俺と恵里というクラスの中でも信頼されている人間が言ったのだ。説得力は充分で、他の皆も檜山がやったのかと鋭い視線で問い詰めはじめた。

 

「い、いや……その……。そうだ、俺の魔法が当たったんだとしても、誤射だろ!? 俺は当てる気はなかったんだ!」

 

 この期に及んで責任逃れするつもりか。つくづく外道だな。

 

「嘘をつくな。南雲を狙っていたのでなければあんな軌道になるはずがないだろう。なぁ、南雲?」

 

 更に込める殺気を強くしながら、南雲の方を見て、同意を求める。南雲は首を縦に振り、肯定した。

 

「う、うん。途中までベヒモスに向かっていた火球が、急に僕の方に向かって誘導されたんだ」

 

 その言葉を聞き、生徒達の檜山への視線が更に厳しくなる。檜山と親しい近藤、斎藤、中野の三人も同じように睨みつけていた。

 

 全身を震わせ『う……あ……』と呻く檜山。尚も言い訳を続けようとしたようだが、メルドさんに遮られる。

 

「大介、少し聞きたいことがある」

 

 メルドさんの怒気を孕んだ勧告に、檜山は遂に観念したのか、震えを止めて俯いた。

 

 檜山を捕縛しようとメルドさんは近づいてくる。すぐ近くまで来たところで、俺は聖剣を降ろし、皆のところに下がった。

 

 そして、メルドさんが檜山の方を掴もうとしたところで、檜山は急に奇声をあげて暴れ出した。

 

「うおぉぉぉおああああああああああ!! 死ねぇぇえええ……ガ……ハッ……」

 

「……アラン、こいつを運べ」

 

 メルドさんに殴りかかろうとしたところで綺麗な手刀を浴び、一撃で気絶し沈黙した。

 

 地面に崩れ落ちる檜山を一瞥した後、メルドさんは部下に指示し、抱えさせた。

 

「お前等、準備はいいな? 帰るぞ……」

 

 少し影の落ちている表情のメルドさんが指示し、俺達は脱出を始めた。

 

 帰りの道では特に不測の事態も起きず、順調に進むことができ、一階の正面門にまで戻ってくることができたのだった。

 

 やっと死地から帰ってこれた実感が湧いたのか、皆は安心したようでその場にへたり込んだ。

 

「帰って……来れたわね」

 

「ああ、そうだな……」

 

 不穏な色を残しつつも、最終的には全員で戻ってくることができた。雫は未だに眠っている香織を見ながら安堵のため息をつき、背伸びをする。

 

 こうして俺達のオルクス表層初突入は終わったのだった。

 

 

   ◆◆◆◆

 

 

 遠足は帰るまでが遠足。訓練は帰るまでが訓練。

 

 そんなある意味不吉な言葉もあるが、運命の女神様はそこまで鬼畜ではないようで、特に何事もなく宿にたどり着いた。

 

 もしここで〝神の使徒〟襲来とかがあったら、怒りで〝神殺し〟の概念魔法に目覚めていたかもしれないな。

 

 疲れ切った頭でそんな馬鹿なことを考えながら、俺は部屋のベッドにダイブする。

 

 龍太郎の元気も流石に尽きていたようで、彼も同様にベッドに飛び込んだ。

 

「なぁ、光輝……」

 

 掛布団を頭まで被りながら、龍太郎はくぐもった声で話しかけてきた。

 

「どうかしたのか?」

 

 何か大事な用でもあるのだろうか。あまり働かない頭で思考する。

 

「……いや、やっぱ何でもねぇ。もう寝ようぜ」

 

 龍太郎は誤魔化すようにそう言ってから、本当にすぐに寝息を立てて夢の世界に飛び立ってしまった。

 

 寝つき良いな。のび太君か。

 

 俺も襲いかかってくる睡魔に身を任せ、眠りについていく……。

 

 

——コンコン

 

 

 もう少しで意識が落ちようとしていた俺の耳に、ドアをノックする音が聞こえてきた。こんなタイミングで一体誰だろうか。

 

 もしかすると、メルドさんか? 檜山の件で事情聴取ということもあり得る。

 

 そんなことを考えながら部屋の電気をつけ、入室の許可を出すと、入ってきたのは意外な人間。

 

「少し話があるんだけど、いいかな、天之河くん?」

 

「南雲……?」

 

 俺の眠りを妨げたのは、魔王になるはずの運命から逃れた南雲ハジメ、その人であった。


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