光輝くんが過去のトータスに誘拐されました   作:夢見る小石

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失う決断

 橋の両サイドに出現した魔法陣。

 

 通路側の魔法陣からは強敵であるベヒモスが、階段側の魔法陣からは無数のトラウムソルジャーが湧いてきた。

 

 その光景は正に絶望。

 

 その場にいた誰もが、雫や南雲、それに騎士団の方々すらも唖然とし、言葉を失っている。

 

 本当に、やってくれたな檜山。

 

 大柄なトリケラトプスのような怪物ベヒモスは、大きく息を吸って咆哮を上げた。

 

「グルァァァァァアアアアア!!」

 

「——ッ!?」

 

 その凄まじい威圧感で、逆に正気に戻らざるを得なかったのか、メルド団長は現実に復帰した。

 

「アラン! 生徒達を率いて〝トラウムソルジャー〟を突破しろ! カイル、イヴァン、ベイル! 全力で障壁を張れ! ヤツを食い止めるぞ! 光輝、お前達は早く階段へ向かえ!」

 

 矢継ぎ早に指示を飛ばすメルドさん。その言葉を聞いて他の皆も我に返ったようだ。

 

 どうする。今の俺が全力を出せばこの程度の相手、難なく倒すことができるが、それでは力を隠すということが達成できなくなる。

 

 もちろん緊急時にはやむを得ないが、確かメルドさん達はベヒモス相手に時間を稼ぎ、撤退することが可能なくらいには強かったはず。ならば、ここは彼らに賭けよう。

 

「「「全ての敵意と悪意を拒絶する、神の子らに絶対の守りを、ここは聖域なりて、神敵を通さず、〝聖絶〟!!」」」

 

 騎士団員達が輝く半球状の障壁を張り、ベヒモスの突進を防いでいるのを横目に見ながら、後方に向けて駆け出す。

 

 雫と龍太郎に撤退をする旨のアイコンタクトを送ると、了承したように頷き、俺の後について走り出した。

 

 移動しながら戦況を確認すると、尋常じゃなくピンチであるようだ。

 

 そもそもトラウムソルジャーは三十八層に現れる、これまでよりずっと高位の魔物。その戦闘力はただでさえ脅威だというのに、それに加えてベヒモスの突進による振動で体勢を崩している生徒が何人もいる。転倒する者も多い。

 

 この状況は最悪に近いな。急に出てきた多数の強敵のせいで、完全にパニックになり、隊列や戦術など頭から吹き飛んでいるようだ。

 

 我先にと階段を目指してがむしゃらに進んでいるが、あれではうまく撤退することなど夢のまた夢だろう。

 

 俺達がもう少しで皆に追いつくというところで、一人の女子生徒に危機が訪れた。

 

 突き飛ばされて転んだところにトラウムソルジャーが剣を振りかぶったのだ。マズイな、縮地を使って助けるべきか。

 

 そう思った瞬間、しかしその状況は打破された。

 

 急にトラウムソルジャーの足元が隆起したのだ。それにより体制を大幅に崩し、攻撃は的外れの方向に向かった。

 

 更に、地面の隆起は何体かの敵を巻き込んで波打つように橋の端まで進み、遂には奈落の底へ落とすことに成功する。

 

 やったのは南雲か。流石だな。

 

 彼は魔力回復薬を飲みながら、倒れたままの女子生徒——園部優花に駆け寄り、手を引っ張って立ち上がらせた。

 

 未だに呆然としている園部に南雲は何やら声をかけて、背中を叩いて激励したようだ。次の瞬間には園部は笑顔になり、階段に向かって駆け出した。

 

 そんな観察をしているうちに、クラスメイト達の場所にまで下がってこれた。騎士のアランさんが必死にまとめようとしているが、パニックに陥っている生徒達は聞く耳を持っていないようである。

 

 ここは派手な演出で気を惹きつけてから指示を出すのがいいか。

 

 大量のトラウムソルジャーにより塞がってしまっている階段への通路をこじ開けるように、聖剣を使って魔法を放つ。

 

「〝天翔閃〟!! 皆、諦めるな! 道は俺が切り開く!」

 

 そう宣言するとともに、俺はもう一度聖剣を振るい、〝天翔閃〟を発動した。

 

 雫や龍太郎も大技を使用し、一気にトラウムソルジャー達を撃破していく。

 

「訓練を思い出すんだ。こんな奴ら、いつもの俺達なら簡単に倒せるだろう!」

 

 大声でそう呼びかけると、園部や永山を中心に比較的冷静な思考をしている者が隊列を組み直させた。

 

 傷ついた者は治癒魔法で治し、他の人は反撃のために態勢を整える。後衛は魔法の詠唱を開始し、前衛は壁となって攻撃を防ぎ始めた。

 

 良い流れだ。これなら大丈夫だろう。

 

 誰もがそんな希望を持った時、それを潰すように更なる絶望が襲いかかってきた。

 

「グルォォオオオオオオオ!!」

 

 ベヒモスの再びの突進。先程よりも遥かに高い威力のそれは、容易に〝聖絶〟を打ち破ったのだ。

 

 そして、その奥にいたメルドさん達に向かって牙を剥く。

 

 もう少しで激突し、俺達を守った騎士団の人々が死んでしまう。誰もが最悪の結末を予想した時、一つの声が響き渡った。

 

「〝錬成〟!!」

 

 その力強い叫びとともに、ベヒモスの足元の少し前方の地面が隆起した。そのせいでベヒモスは盛大に転倒する。

 

 メルドさん達はその光景に驚きながらも、慌てて倒れ込んでくる巨大質量を回避した。

 

 彼等の救世主である錬成師——南雲は、倒れた衝撃で地面にめり込ませたベヒモスの頭部を、錬成で変形させた石を使い、動けなくなるように固定する。

 

 ベヒモスは何度も脱出しようと暴れるが、その度に南雲が新たに錬成で固定するという、無限ループが完成した。

 

「メルド団長、ここは僕に任せてください!」

 

 地面に手を当てながら宣言する南雲を見てメルドさんは逡巡したが、この状況で自分ができることはないと判断したのだろう。南雲に問いかける。

 

「……やれるんだな?」

 

 その問いに、南雲は決然とした眼差しで返答した。

 

「やれます!」

 

 その言葉を聞いたメルドさんは男らしい笑みを浮かべた。

 

「まさか、お前さんに命を預けることになるとはな。……必ず助けてやる。だから……頼んだぞ!」

 

 そう言って、メルドさん達は俺達の方に向かって走り出した。

 

「お前ら、後もう少しだ! 踏ん張れ、乗り切るぞ!」

 

 喝を入れるようなその言葉に、ようやく生徒達は正気に返り、再び戦い始める。

 

 トラウムソルジャーは依然として増加を続けているが、倒すスピードの方が遥かに早い。

 

 メルドさんと俺を中心に、トラウムソルジャーの群れを突破し、ついに全員が包囲網から抜け出すことに成功した。

 

 その直後、再び魔物の体で橋への通路が塞がれようとしたので、天翔閃連発で蹴散していく。

 

 そんな俺の行動を見て、クラスメイト達は攻撃の態勢を整え始めた。

 

 前衛組は階段前の空間を死守し、後衛組は各々が持ちうる最高の魔法の詠唱を始める。

 

 俺達のために、決して強くない体を酷使している英雄、南雲を救うためだ。

 

 誰かが指示したわけではない。だが、誰もがそうしなければならないと理解していた。

 

 そして、南雲がこちらの準備が整ったことに気がつき、最後の錬成を使ってから直ぐに全力でこちらに向かい始めた。

 

 次の瞬間、あらゆる属性の攻撃魔法がベヒモスに向かって流星群のように降り注ぐ。ダメージはあまり与えられていないようだが、完全に動きを抑えられていた。

 

 これならば、確実に倒せる。そう思った時、()()()一つの火球が南雲に向かって急に方向転換し、そのまま直撃した。

 

 つまり。

 

 やりやがったな檜山ァ!

 

 南雲は咄嗟に踏ん張ろうとしたようだが、所詮は低ステータス。なすすべもなく後方に吹っ飛んでしまった。

 

 なんとか立ち上がり、フラフラとしながらもこちらに向けて歩き始めたが、それを妨害する者が一体。

 

 ベヒモスが頭部を赤熱化させ、南雲に突進したのだ。

 

 南雲はギリギリで回避したが、いくつもの攻撃にさらされ続けた橋の耐久力は尽きてしまったようで、あっけなく崩壊を始めてしまった。

 

 瓦礫と共に落ちていくベヒモスと南雲。

 

「南雲くんっ!」

 

 それを見た香織が夢中で駆け出そうとしたので、俺と雫で羽交い締めにし、押さえ込んだ。

 

「離して! 南雲くんの所に行かないと! 約束したのに! 私がぁ、私が守るって! 離してぇ!」

 

 悲痛な顔をして叫ぶ香織。この細い体のどこにそんな力があるのかと疑問に思うほどの、あり得ないくらいな力で拘束を引き剥がそうとする。

 

 ダメなんだ。ダメなんだよ、香織。

 

 ……俺はずっと、過去に来たとわかった時からこの時のことを考えていた。

 

 即ち、南雲を助けるか、それとも見殺しにするか、だ。

 

 結果、俺は見捨てるという選択肢を選んでいた。

 

 助けようと思えば助けられるポイントはいくつも存在した。そもそも、この悲劇を起こしたくないのなら、俺が本気を出せばよかっただけの話なのである。

 

 だが、俺が動くことはなかった。

 

 何故なら、ここで南雲に落ちてもらわなければ、世界を救うことができないからだ。

 

 南雲は奈落に落ち、魔王に覚醒する。そして紆余曲折あり、諸悪の根源であるエヒトルジュエを討ち倒すのだ。

 

 これは南雲でなければできない。

 

 あの圧倒的な力を持つ、最強たる南雲でなければ。

 

 これから南雲が受けるであろう理不尽な暴力や、彼を喪った時の香織の様子を思うと、尋常ではなく辛い。

 

 俺だって、できることならば助けたいのだ。

 

 だが、それは不可能。人々を助けるためには犠牲になってもらうほかない。

 

 俺はできるだけ多くを救いたい。多くの人々と、一人のクラスメイトのどちらかを選択しなければならないのなら、躊躇せずに前者を選び取る。

 

 それが〝勇者〟だ。それが天之河光輝という男だ。

 

 それに、どうせ南雲は生き延びるのだ。生き延び、力を手に入れ、沢山の大切な人もできる。

 

 だったら良いじゃないか。彼は死にはしないのだ。

 

 誰も死なず、最高の結果を導ける。夢物語のような奇跡だ。

 

 確かに、この直後は苦しいかもしれない。だけど、きっと後には幸せに変わる。それならば、何も問題はないはずだ。

 

 済まない、南雲。済まない、香織。済まない、皆。

 

 これが最善なんだ。これしかないんだ。

 

 どこまでも俺は無力で、南雲の力を借りるしかない。罵ってくれたって良い。

 

 これが俺の、決断だ。

 

 これで、良かったんだ。

 

 これで——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 良いわけないだろッ!!

 

 何を言っているんだ、俺は!

 

 そんなことが許されるわけないだろう!

 

 忘れたのか、南雲が奈落でどんな目にあったかを。どんなに全てに絶望したかを。如何にしても壊れてしまったかを。

 

 忘れたのか、香織の悲しみを。どんな思いで南雲が必ず生きていると信じ続けたのかを。

 

 忘れたのか、今度こそ悲劇は起こさせないと誓ったのを!

 

 選択肢はそれしかない?

 

 何をバカなことを!

 

 あるだろうが、全てを救う可能性が!

 

 どんなに小さくても、そこに可能性がある限り、俺は理想を追い続けるんだろう!?

 

 簡単な話だ。南雲を救い、ユエさんを救い、シアさんを救い、ティオさんを救い、ミュウちゃんを救い、恵理を救い、魔王アルヴや神エヒトを倒す。

 

 それだけでいい。何も悩むことなんてないんだ。

 

 たとえどんなに難しくても、全てを救える可能性があるなら、それを必ず掴みとる!

 

 それが、〝勇者〟なのだから。

 

 南雲が、香織が、皆が辛い目に会うしか世界を救う方法はない?

 

 そんなこと、あるものか。

 

 あるわけないだろッ!!

 

「香織はここで待っていてくれ。南雲は俺が助ける!」

 

 そう言って彼女から手を離し、剣に手を当て構えた。

 

「光輝、くん……?」

 

 その俺に行動に香織は驚いたのか呆然としている。大丈夫だ、今度こそ俺は、南雲を助けるから。

 

 かつて死んだいった仲間達のことを思い浮かべた。清水、近藤、檜山、恵里、メルド団長。

 

 もう俺は後悔しない。

 

「こ、光輝!? 貴方、何をするつも——」

 

 慌てて俺を止めようとする雫を遮るように、俺の体から純白の光が溢れ出す。

 

 躊躇はしない。そんなもの、ここに至っては無意味だ。

 

 裏のステータスを解放し、切り札たる技能を使う。

 

「〝限 界 突 破〟!!」

 

 その瞬間、暴力的なまでの力の奔流が俺の体を包み込んだ。

 

 堰を切ったように立ち上る幻想的な白き光に、その場にいた誰もが一瞬見惚れる。

 

 力の上昇率はかつての〝限界突破〟の比ではない。いや、〝覇潰〟すらも超えているかもしれない。これは一体……?

 

 違う、考えるのは後だ。今はただ都合がいいと思っていればいい。

 

 まずは道を切り開く。

 

「〝神威〟!!」

 

 純白の閃光が前方の障害物、全てを消しとばした。

 

 そして作られた道を、全速力で駆け抜ける。

 

 裏のステータスを使ったことにより皆が感じるであろう、俺の走る速度が妙に高いという違和感を、〝限界突破〟が誤魔化してくれるように祈りながら。

 

「待て、光輝ッ!」

 

 メルドさんの制止の声も振り切って、崖から奈落に向けて翔び立った。

 

 縮地! 縮地! 縮地! 縮地!

 

 超高速移動を可能にする技能、縮地の二倍がけ。

 

 派生である〝真縮地〟と表のステータスの新たに手に入った〝縮地〟を掛け合わせたその速度は、最終派生たる〝無拍子〟にすら匹敵するだろう。

 

 無茶な使い方をしたことにより悲鳴をあげる体を、〝戦鬼〟で無理矢理動かす。俺はどうなってもいい、南雲を助けるんだ!

 

 共に落ちていく瓦礫を踏み台に、下へ下へと駆けていく。

 

「間ぁぁぁぁにぃぃぃぃ合ぁぁぁぁえぇぇぇぇ!!!」

 

 そして、差し伸べたその手は————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「天之河くん!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ————確かに、届いた。


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