光輝くんが過去のトータスに誘拐されました   作:夢見る小石

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無意識の迷い

 現在はオルクス大迷宮初挑戦の日の朝。大迷宮の正面入り口がある広場に全員集合している。

 

 ……昨日、宿場町のホルアドで一泊した時、ラストチャンスだと思って恵里のところに行こうとしたのだが、完全に不可能だった。

 

 まず、基本的に二人部屋という俺に何か恨みでもあるのかと言いたくなる仕様。俺が部屋から出るためには同室の龍太郎に理由を告げる必要があった。

 

 いや、それだけならば大して問題ではなかったのだ。脳みそ筋肉な龍太郎相手ならば、誤魔化すことなど簡単。

 

 だが、問題は恵里と同室であった鈴の存在である。こちらも頼めば恐らく恵里と二人きりにしてくれたのだろうが、そうした時の代償が怖すぎる。

 

 あの鈴のことだ。何かそれらしい理由を教えるまで興味津々で訊いてくるであろう。だが、その場合はどう答えれば良い。

 

 世間話だと鈴を追い出した理由にならないし、『恵里の家庭について』などの人生相談系にすると無闇に恵里を刺激しかねない。

 

 かと言って、告白だなんて匂わせた日には、あのおっさん女子高生こと鈴は暴走に暴走することだろう。そうなったら全く手をつけられない。しかも何が怖いかって、恵里が肯定しそう。

 

 とまあ、そういうわけで、結局オルクス初挑戦前に説得をすることは叶わなかった。

 

 とはいえ、これで終わりというわけではない。完全に落ち着いて話せる機会が少なくなるだけで、完全にゼロではないのだ。

 

 彼女が行動を始めたのは魔人族と接触してから。今回も同じ条件だとすると、かなり先になるだろう。そうであれば、まだ猶予はある。

 

 諦めるな、天之河光輝。恵里は俺に救いを求めた最たる人間。そして、かつて俺は彼女を助けることができなかった。だからこそ、今度こそ失敗するわけにはいかないのだ。

 

 気合いを入れたところで、この件は一旦置いておこう。

 

 今重要なのは大迷宮にどう挑むか、だ。

 

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天之河光輝 17歳 男 レベル:12

天職:勇者

筋力:220

体力:220

耐性:220

敏捷:220

魔力:220

魔耐:220

技能:全属性適性・全属性耐性・物理耐性・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解

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 これが現在の俺の表ステータス。過去のこの時期の俺と比べるといくらか上だが、恐らく体が効率的な訓練の仕方を覚えていたためだろう。

 

 だが、そこは関係ない。

 

 今の俺は表と裏で合わせて1720のステータスを持っているのだ。

 

 他の人に比べて十倍くらいの力の差がある。もし何も考えずにこのステータスで戦っていたら浮いてしまってしょうがない。

 

 さて、ここである一つの問題が浮上してくる。

 

 俺はこの力を皆に伝えるのか、それとも誰にも言わずに隠しておくのか。

 

 一考の余地すらなく、後者を選ぶべきだろう。

 

 前者を選択してしまうと、まず間違いなく皆のやる気は削がれる。

 

 自分では絶対に届かないような絶対強者の存在というのは、希望になり得ると同時に人の育成には邪魔なのである。自らが何もしなくとも解決してくれる人間がいるのであれば、努力する必要がなくなるからだ。

 

 更に、もし自分が失敗しても容易にカバーしてくれるだろうという、実戦での甘えの原因にもなる。

 

 いや、或いは南雲のような圧倒的過ぎる力を持っていれば、その選択肢を選んでもよかったのかもしれない。

 

 しかし、今の俺ではまだ弱い。弱すぎる。最強などとは口が裂けても言えない程度の実力しかないのだ。

 

 だからこそ、皆を育てて強くなってもらい、協力するしか道はない。

 

 前者を選んだ上に、皆を鍛えるということも考えたが、それも厳しいだろう。どんなに俺一人では戦力が足りないと訴えたところで、どこまで信じてくれるかは怪しい。

 

 賭けに出るにはリスクが高すぎるのだ。

 

 故に後者を選んで皆を強化する。

 

 もちろん、本当に戦いたくない人は訓練などしなくとも構わない。そういう人はどちらにしろすぐにリタイアするだろうからな。

 

 だが、中には人々のために力を尽くしたい、という者もいるはず。その戦力を得られないというのは痛手にすぎる。俺達は全員が規格外の力を持っている。鍛えれば絶対に強くなるのだ。

 

 さればこそ、育成のために絶対に俺の力をバラすわけにはいかない。

 

 しかし、手加減というのは案外と難しい。少しでも気を抜くと、すぐに加減は崩壊する。実戦ではそれが顕著だ。

 

 それなのに、俺は隠し通す必要がある。

 

 さて、どうするべきか。あまり戦闘に参加しなければどうとでもできるが、勇者がそんなことではいけないだろう。

 

 では、どうしようもないのか? 最悪はバレても仕方がないとは思うが、出来るだけ教えたくはない。

 

 とは言っても、ステータスを完全に抑えるなんて便利な方法などあるわけ……。

 

 …………。

 

 …………。

 

 そうだ。

 

 そういえば、技能は表と裏の両方とも自由にオンオフができた。それを純粋な能力値にも適用出来ないか?

 

 試してみよう。裏のステータスを完全に抑えて、表だけにする……。

 

 おぉ、体から力が抜けていく感覚が。これは成功だな。

 

 これで憂いは無くなった。ここからは普通に攻略に集中するとしよう。

 

「それじゃあ、お前ら行くぞ!」

 

 メルドさんの声が聞こえてきた。遂に突入の時間である。

 

 お祭り騒ぎのような露店を横目に、懐かしい博物館のような入場ゲートを通り、中に入っていく。

 

 緑光石のぼんやりとした明かりに照らされながら進んでいると、ドーム状の少し大きな広間に出た。確か、ここで初めての魔物討伐をしたのだったか。

 

 記憶通りに、物珍しげに皆が周囲を見渡していると、壁の隙間から無数の灰色の毛玉が湧いてきた。

 

 あれはこの世界におけるゴブリンやスライム的な立ち位置の雑魚魔物、ラットマンだ。

 

「よし、光輝達が前に出ろ。他は下がれ! 交代で前に出てもらうからな、準備しておけ! あれはラットマンという魔物だ。すばしっこいが、たいした敵じゃない。冷静に行け!」

 

 メルドさんの指示通りに動いた直後、ラットマン達が飛びかかってきた。

 

 二足歩行で上半身がムキムキという気持ち悪いネズミに雫が嫌悪感を示している。雫はああ見えてかなりの少女趣味だ。こういった類の生物は苦手なのだろう。

 

 とはいえ、かなり弱い魔物なので、特に苦労することもなく迎撃した。

 

 前衛三人で簡単に押さえ込み、その間に香織と恵里と鈴の三人が詠唱する。この程度の相手であればクラスの誰でも単独で余裕で殲滅できるが、基本的なチームワークに練習と、万が一の事態に備えるようにしているのだろう。

 

「「「暗き炎渦巻いて、敵の尽く焼き払わん、灰となりて大地へ帰れ、〝螺炎〟」」」

 

 彼女らは三人同時に火属性魔法を放った。

 

 その螺旋状に渦巻く炎は、残った全てのラットマンを巻き込み、燃やし尽くしていく。

 

 そう時間はかからずに、ラットマン達は断末魔をあげた。何の危なげもなくクリアだ。

 

「ああ~、うん、よくやったぞ! 次はお前等にもやってもらうからな、気を緩めるなよ!」

 

 メルドさんが苦笑しながら生徒達に言う。

 

 ……どうやら、この一戦で他の人全員に初の実戦をさせるつもりだったようだ。

 

 そういえば『交代で前に出てもらう』と言っていたな。あれはこの次の戦いは別の人間がやるという趣旨ではなく、この一戦の中で交代するという意味だったのか。いや、さすがにそれは俺達を侮りすぎじゃないか、メルドさん?

 

「それとな……今回は訓練だからいいが、魔石の回収も念頭に置いておけよ。明らかにオーバーキルだからな?」

 

 それはすみませんでした。いや、実際にやったのは後衛組だから、俺に非は無いのだが。

 

 その後は特に問題も無く、交代を繰り返しながら下の層へと進んでいった。

 

 そして到着したのは二十層。冒険者として一流となるかそうでないかの境界線にして、俺達のターニングポイントであった場所だ。

 

 ……ここに来てしまったか。

 

「よし、お前達。ここから先は一種類の魔物だけでなく複数種類の魔物が混在したり、連携を組んで襲ってくる。今までが楽勝だったからと言ってくれぐれも油断するなよ! 今日はこの二十層で訓練して終了だ! 気合入れろ!」

 

 メルドさんの声が鳴り響いた。

 

 俺達は今まで通りに特に苦戦することも無く、敵の魔物を倒していく。

 

 少し気になったので南雲の方を見てみると、魔物を土に埋めて動けなくしたところを倒すなど、錬成術を上手く使った戦い方をしている。あの一般人のようなステータスでも一流冒険者と同レベルにやれるのだ。やはり南雲は南雲だということなのだろう。

 

 小休憩を挟みながらも更に進んでいき、遂に最奥の部屋にたどり着いた。つらら状に壁が飛び出す鍾乳洞のような地形をしている。

 

 この先にある二十一層への階段にたどり着けば、今日の訓練は終了。そのせいか、安心したような弛緩した空気が流れる。

 

 だが、まだ油断してはいけない。メルドさん達騎士団や、雫など一部の生徒も気が付いているが、この周りには擬態した魔物が潜んでいる。

 

「擬態しているぞ! 周りをよ~く注意しておけ!」

 

 メルドさんの忠告が響き、その声に反応したのか隠れていた魔物が姿を現した。

 

 カメレオンのような擬態能力を持ったゴリラ、ロックマウントだ。

 

「二本の腕に注意しろ! 剛腕だぞ!」

 

 そんな注意が聞こえてくる。とりあえずは俺のパーティで相手をしよう。

 

 龍太郎が動きを抑え、その隙に俺と雫で取り囲む。動きにくい地形のため、雫は若干苦戦したようだったが、すぐに包囲できた。

 

 ロックマウントが自慢の剛腕で右ストレートを繰り出してきたが、ステータスで秀でている龍太郎がカウンター気味に殴り返し、逆にダメージを負わせることに成功した。

 

 ロックマウントが怯みを見せたので、俺と雫で一気に斬りかかる。だが――その攻撃が敵に当たることは無かった。

 

「グゥガガガァァァァアアアアーーーー!!」

 

 部屋全体を振動させるような咆哮。無防備な状態であった俺達は、完全に直撃で食らう。

 

「しまったっ!」

 

「ぐっ!?」

 

「きゃあ!?」

 

 痛みこそないものの、体に強い衝撃が走り、少しの時間硬直してしまう。これは確かロックマウントの固有技能だったはず。

 

 迂闊だった。いつもの俺であればこの程度、防ぐまでもなく無効化できるのだが、今の弱体化したステータスではかなり厳しい。

 

 非常に不味い、このままだと防御力のない後衛組に攻撃が――

 

 ロックマウントは、岩に擬態したロックマウントを香織達に向かって放り投げた。砲丸のように一直線に飛んでいったロックマウントは、途中で見事な一回転を披露すると、両腕を一杯に広げて抱き着くような形で香織達に突撃する。

 

 その様子に驚いたのか、後衛組は小さな悲鳴を上げながら防御魔法を中断してしまった。

 

 本格的にピンチであったが、近くに待機していたメルドさんが慌ててロックマウントを斬り捨てる。

 

「こらこら、戦闘中に何やってる!」

 

 本気の怒声を浴びせられた香織達は『す、すみません!』と謝った。

 

 危ない所だった。残りのロックマウントも被害が出ないうちにさっさと片付けてしまおう。

 

 俺は敵に向けて火魔法を放つ。

 

「ここに焼撃を望む、〝火球〟」

 

 倒し切りはしないものの、ある程度のダメージを与えると思われたそれは、しかし予想よりもはるかに威力が高く——

 

 ——ロックマウントを焼き尽くしながら、奥の壁を全壊させた。

 

 …………。

 

 …………。

 

 いや、威力高過ぎるだろ!? 何だ今の。天翔閃くらいの破壊力じゃないか。下位の火魔法ごときでなんでこんな……。

 

 どうやら先程の前衛を突破されてしまった一件で焦っていたらしく、裏のステータスを解放してしまったようだ。完全な失態である。

 

「おいおい、どんだけ魔力を込めたんだよ、光輝……」

 

 龍太郎が少し呆れ気味に声をかけてきた。

 

 弁解の余地は無い。やってしまったと思いつつ頬を掻いていると、近寄ってきたメルドさんに思いっきり殴られた。

 

「この馬鹿者が! こんな狭い所で馬鹿みたいな威力の魔法を使いやがって、崩落でもしたらどうするんだ!」

 

 笑顔なのに妙に威圧感のあるメルドさんに気圧されつつ、俺は力なく謝罪する。

 

 その時、ふと香織が壊された壁の向こう側に目を向けた。

 

「……あれ、何かな? キラキラしてる……」

 

 香織が指差したところにあったのは、青白く発光するグランツ鉱石だった。その涼やかで煌びやかな輝きが、貴族のご婦人ご令嬢方に大人気である宝石だ。

 

 女性陣はその輝きを見ながらうっとりとしている。

 

 あれは、そう。俺達のトラウマの原因となったトラップの……!

 

「俺らで回収しようぜ!」

 

 そう叫びながら檜山がグランツ鉱石に向けて走り出した。何をやっているんだ、どう見ても怪しいだろ!

 

「こら! 勝手なことをするな! 安全確認もまだなんだぞ!」

 

 メルドさんは慌てて注意したが、間に合わなかったのか聞こえないふりをしたのか、檜山はそのまま鉱石にたどり着いてしまった。

 

「団長、トラップです!」

 

 鉱石の周囲を確認した団員が叫ぶがもう遅い。

 

 檜山は鉱石に触れてしまい――その瞬間、一気に魔法陣が部屋全体に広がった。

 

 そして、どんどん輝きを増していき、視界を真っ白に染めていく。

 

「撤退だ! 早くこの部屋から出ろ!」

 

 メルドさんの絶叫も空しく、魔法陣の輝きはすぐに最高潮に達してしまう。

 

 そして次の瞬間、俺達は巨大な石造りの橋の上に転移してしまった。

 

 四方八方どこを見渡しても真っ暗闇の中であり、その様子は根源的な恐怖を呼び覚ます。

 

 そして何よりの絶望は、新しく出現した魔法陣から浮かび上がったシルエット。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悪夢(ベヒモス)が、そこにいた。


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