光輝くんが過去のトータスに誘拐されました   作:夢見る小石

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牽制

 訓練五日目終了!

 

 今日こそは恵里の説得を成功させよう。今のところはまだスタートラインに立ててすらいない。このままでは不味いだろう。

 

 今日は誰にも見つからず、誰も見つけないように……。

 

 と言ってるそばから誰かの足音が聞こえてきた。今度は一体何者だ!?

 

 音源を見てみると、そこには地味な印象の少年、清水幸利がいた。

 

 あまり印象が残らない人だったが、トータスで亡くなってしまった内の一人だ。とはいえ、親しいわけではなく、特に話しかける理由もないので、ここは会釈だけして恵理の部屋へ急ぐのが良いだろう。

 

 俺達を窮地に立たせる彼女の裏切りはなんとしても防がねばならない。

 

 皆の精神的な問題もある。昨日まで仲良くしていた友人が敵になった時のショックは大きいだろう。どうにか裏切りだけは……。

 

 裏切りは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……裏切り?

 

 待てよ、そういえば清水も人間を裏切って魔人族についてなかったか?

 

 南雲達が防いだからいいものの、尋常ではない数の魔物を従えて街へ攻め込んだという。

 

 完全にアウトだ。恵里と同等に放っておいてはいけない案件だろう。迅速な対処が必要だ。

 

 それに、言い方は悪いが恵里を説得するための練習台にもなるかもしれない。丁度すれ違ったことだ。話しかけよう。

 

「やあ、清水。少し話したいことがあるんだけど、時間はあるか?」

 

 素通りしようとした清水を呼び止める。なるべく深刻にはならないように、明るさを重視だ。

 

「お、俺……? まぁ、大丈夫だけど……」

 

 清水はボソボソとした聞き取りにくい声で返事をした。よし、とりあえず話を聞いてもらえる状況に持っていくという第一関門はクリアだな。

 

 次は説得を決行する場所を決めるか。

 

 俺の部屋はダメだな。余計な警戒心を煽る可能性がある上に、龍太郎が乱入してくる恐れもある。

 

 とすれば、清水の部屋がいいだろうか。

 

 彼の交友関係を完全に把握しているわけではないが、ノックもせずにズカズカと入り込んでくるような友人はいないと思う。

 

「立ち話もなんだし、どこかの部屋に入ろうか」

 

 さて、ここからどうやって彼の部屋に誘導するか……。数瞬の間、思考を巡らせる。

 

「あ……、な、なら、俺の部屋で話さないか? すぐそこだ」

 

 そう言って清水は右の扉を指差した。

 

 自分から言い出してくれるとは都合がいいな。

 

 俺の部屋に何か仕掛けられているのではないかと推測でもしたのだろうか。まぁ、何が理由でも構わないのだが。

 

 ドアを開けてもらい、部屋に入った。

 

「適当に座ってくれ」

 

 彼は椅子に腰掛けながら、そう言った。

 

 俺は軽く室内を見回して、近くにあった椅子に座る。

 

 さて、どうやって切り出そうか。世間話から始めてもいいのだが、俺と清水はさして親しくない。そんな間柄でだと、雑談は無意味に警戒させるだけかもしれない。

 

 ここはあえて、いきなり本題に入ろうか。

 

 …………。

 

 …………。

 

 ……本題って何だ?

 

 そもそも、清水が裏切るのを止めようとしている訳だが、現時点では彼にそんなつもりはないだろう。普通に人々のために戦おうと思っているはず。彼が裏切った原因は劣等感らしいが、今はまだそこまで強いものは芽生えていない。

 

 そんな状態の清水に『裏切りはダメだ! 頼む、魔人族の味方にならないでくれ!』とでも訴えるつもりだったのか、俺は?

 

 ただのヤバい奴じゃないか。

 

 危ない危ない。考えなしに奇行をするところだった。

 

 清水と恵里は似ているようで全く違う。その行動に至った理由もタイミングもまったくと言っていいほど異なっているのだ。対処法は全然別になるに決まっている。

 

 とすると、今すべきなのは劣等感の排除と連帯意識の強化だ。そのために必要なのは、彼の力の評価。

 

 魔人族の力添えがあったとはいえ、おびただしい数の魔物を従えたことは驚嘆に値する。そもそもが、彼は素晴らしい才能の持ち主だったのだ。それが理解されにくい形であっただけで。

 

 そのことをさりげなく伝えつつ、こちらに全面的にバックアップをしていくという意思があると教えるのが最適か。

 

 どうやら緊張しているような様子の清水に向けて口を開く。

 

「確か清水の天職は闇魔法が得意な〝闇術師〟だったよな?」

 

「あ、ああ。そうだが……」

 

 清水は突然の質問に戸惑ったような表情になった。

 

「闇系統の魔法は、極めれば魔物を操ることが出来るようになるらしいんだ」

 

「魔物を……!?」

 

 大きな力を手に入れられるかもしれない情報を渡し、話に興味を持たせる。清水は英雄願望が強かったらしいので、この手は有効だろう。

 

 思った通りにギラギラとした目で食いついてきたので、興奮が冷めないうちに続けていく。

 

「ああ。さすがに五日間訓練しただけじゃまだ無理だろうけど、修練を続けていけばきっと出来るようになると思う。もし魔物を自在に使役することが可能になれば、それは大きな戦力になるだろう」

 

「そ、そうだな……。俺にそんな力が……!」

 

 段々と笑顔になっていく清水。きっとこれだけでも味方になってくれるだろうが、ダメ押しだ。

 

「それが出来るレベルにまで闇魔法を扱えるようになったら教えてほしい。その時は俺が適当な魔物を抑えるから、その隙に試してみてくれ」

 

 爽やかな笑みを浮かべながら、双方にとってwin‐winの提案をする。その言葉に清水の興奮は最高潮に達したようで、顔を上気させている。

 

「ああ、頑張って早く闇魔法をものにしてみせる。その時はよろしく頼む、天之河!!」

 

 よし、これで裏切りの心配はないだろう。しかも大きな戦力アップ。予期せぬ吉事だ。

 

 結局どのくらい鍛錬すればその魔法が使えるか、タイミングはどうするかなどの詳細を詰めていくために一日を潰してしまったが、それに見合う成果だと言えるだろう。

 

 

   ◆◆◆◆

 

 

 訓練十日目終了。

 

 流石にそろそろ焦ってきた。なんやかんやで一度も一対一で話す機会を作れなかったのである。

 

 オルクス表層に初挑戦するまであと五日くらいの猶予しかない。今日から説得を始めないと間に合わ——

 

「よぉ、光輝。話てぇことがあるんだけどよ、今空いてるか?」

 

 空気読め龍太郎ッ!!

 

 せめてノックしてから入れよ……。あぁ、今日も恵里のところに行くのは無理か……。

 

 

   ◆◆◆◆

 

 

 訓練十五日目。

 

 明日からは遠征に行くことを考えると、落ち着いて話ができるのはここを逃すとかなり後になってしまうだろう。

 

 焦燥を感じながら訓練施設に行く。

 

 入ってみると、すぐに一緒に来ていた香織が何かに反応した。

 

「あっ、南雲くん!」

 

 香織が指差した方を見てみると、人目のつかない場所で檜山、中野、斎藤、近藤の四人が南雲を取り囲み、殴る蹴るなどの暴行を加えていた。

 

 挙げ句の果てには攻撃魔法を使い始める。流石にあそこまで行くと、特訓なんて名目では収まらない。

 

 しかし、ここまで一方的にやられながらも抵抗をしない南雲というのは、どこか新鮮さを通り越して気持ち悪ささえ感じるな。

 

 香織は般若のような形相をしながら、南雲の方に駆け寄っていく。

 

「何やってるの!?」

 

 施設中に怒りの声が響き、暴力に熱中していた檜山達も香織に気がついたようで、しまったというような顔を浮かべた。

 

 まったく、こうなることは少し考えれば分かるだろうに、何故馬鹿なことを繰り返すのだろうか。香織に惚れているようだが、この分だと例え天地がひっくり返ろうが好感度が上がることはないな。

 

「いや、誤解しないで欲しいんだけど、俺達、南雲の特訓に付き合ってただけで……」

 

 彼らは何やら弁明を始めたが、傷ついた南雲を見た瞬間に香織の興味はそちらに向かったので、その言葉は彼女に届いていないようだ。

 

 香織は『南雲くん!』と叫びながら即座に治癒魔法を唱え始めた。

 

「特訓ね。それにしては随分と一方的みたいだけど?」

 

 雫は呆れとも蔑みとも取れるような表情で、檜山達を問い詰める。

 

 檜山達はそれでも弁解しようとするが、俺と龍太郎で言い募る。

 

「言い訳はいい。いくら南雲が戦闘に向かないからって、同じクラスの仲間だ。二度とこういうことはするべきじゃない」

 

「くっだらねぇことする暇があるなら、自分を鍛えろっての」

 

 俺達に叩かれて、形勢が不利と判断したのか、檜山達は誤魔化し笑いを浮かべながら退散していった。

 

 このままでは彼らは不和の原因となる。どこかで矯正しておかなければならないだろう。恵里の裏切りにばかり目がいっていたが、檜山も同時に裏切っていたはず。そもそも、香織を殺害したのは檜山なのだ。

 

 恵里のように計画を立てるのではなく、衝動的な動きが目立つ檜山は、或いは恵里よりも危険な人物かもしれない。

 

 すぐにでも対処すべきだな。

 

「あ、ありがとう。白崎さん。助かったよ」

 

 檜山達が去った方向をにらんでいるうちに、南雲の治癒が終わったらしい。苦笑いをしながら香織に礼を言った。

 

 香織は未だ泣きそうな表情のまま、首を物凄い勢いで横に振る。

 

「な、南雲くん。いつもあんな事されてたの? それなら、私が……」

 

 まるで嫁〜ズを傷つけられた南雲のような、殺意を通り越した憤怒の形相で檜山達の行った方を見つめる香織を、南雲は慌てて止める。

 

「いや、そんないつもってわけじゃないから! 大丈夫だから、ホント気にしないで!」

 

 必死に制止をかける南雲を納得できないという風な顔で見る香織だったが、度重なる大丈夫という言葉でようやく引き下がったようだ。

 

「南雲君、何かあれば遠慮なく言ってちょうだい。香織もその方が納得するわ」

 

 ホッとしたような表情の南雲に、苦笑いをしながら雫は言った。それに南雲は感謝を告げたが、本当に頼るつもりはなさそうである。

 

「南雲、本当に困ったことがあったら言ってくれ。ああいうことを見過ごしていると、増長してとんでもない事態を引き起こすかもしれない」

 

 雫に追従する俺の言葉に、南雲は一瞬意外そうな顔をしながらも、苦笑いで頷いた。

 

 その後も少し話していると、訓練が始まる時間になったようで、集合がかかった。

 

 

   ◆◆◆◆

 

 

 明日からオルクス大迷宮に遠征に行くことを告げられ、訓練は終了した。

 

 さて、これから恵里や檜山の説得をするわけだが、時間的にどちらか片方しか話すことはできないだろう。

 

 とすれば、優先するべきなのはどちらか?

 

 恵里はしっかりと計画を立て、時期も見ながらやっていくタイプだ。すぐに迂闊な行動に走ることはしないだろう。

 

 対して、檜山は衝動的。何か気に食わないことがあれば、それだけで南雲を殺しかねない危うさを孕んでいる。

 

 つまり、先に対処すべきなのは檜山だ。

 

 自室に帰ってから、檜山の部屋を訪ねてみると、都合よく一人だったようだ。恵里の時は必ず妨害が入るというのに、何だろうかこの簡単さは。

 

「話って何だよ、天之河」

 

 清水とは違い、警戒心を露わにしながら訊いてくる檜山。

 

 この場合はストレートに忠告するのがいいか。遠回しに言うだけだと無視してしまうかもしれない。もう少し理性的な人間であれば楽なのだが。

 

「檜山、もう南雲を虐めるのはやめろ。これ以上続けるつもりなら、俺達も厳しく対応していく」

 

 微量の殺気を込めて言うと、檜山は怯えたようで体を縮こまらせたが、すぐに反論してくる。

 

「べ、別に虐めてなんかねぇよ。ただ稽古つけてやってるだけだし」

 

 少し目を逸らしながらの言い訳。

 

 反省する気はゼロ、か。そもそもこの程度で止まるなら、あんなことになるはずもないのだろうが。頭の中に、彼が俺達を裏切った時の光景が浮かんできた。

 

 目的のために、友達だったはずの近藤を恵里が殺したことにも動じていないようだった。

 

「なぁ、檜山。お前だって本当は分かっているんだろう? こんなことをしていても、香織には嫌われるだけで何のメリットもないんだ」

 

「だ、だからそんなことはしてねぇって!」

 

 尚も認めようとしない檜山。

 

 その頑なさと表情に宿った危険な色を見ると、言葉でどうにかなるとは思えない。これは予想以上に既に狂っているのかもしれない。

 

 そもそもの価値観すら異なっているような様子に、かつて戦った〝暗き者〟を思い出す。結局彼らと分かり合うすべを見つけることはできなかった。

 

 その後もずっと説得を続けたが、完全に水掛け論になってしまっている。

 

 どうしてここまで現実と向き合おうとしないのだろうか。同じ人間なのだ、分かり合えないなんてことは決して無いはず。

 

 しかし、言葉での忠告はあまりに効果が薄い。こうなったら多少力に訴えてでも何とかするべきか。

 

「檜山。もしお前が反省せずに繰り返すと言うのなら、俺ももう容赦はしない。力尽くでも、全力で止める」

 

 先ほどとは違い、本気の殺気を込めながら告げた。

 

 流石の彼も今度こそ完全に萎縮して、『うっ』と呻き声をあげたまま、黙った。

 

 ハァ、これで済めばいいんだが……。

 

 時計を見ると、もう既に夕食の時間に近い。自由時間は終わりである。

 

 若干の不安を覚えながら、俺は退室したのだった。


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