光輝くんが過去のトータスに誘拐されました   作:夢見る小石

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気づかれた方もいると思いますが、前話にて、遠藤の存在を忘れるという大失態をしでかしました。申し訳ございません。雫と一緒に警戒に当たっていたのが遠藤です。


手に入れた希望

「すまなかった、南雲!」

 

 あの後すぐに目を覚ました南雲に、俺は全力で謝っていた。

 

 南雲はそんな俺を、若干たくましくなった腕で制止する。

 

「そんな、大丈夫だよ。最終的には僕も合意してたし、こうしてちゃんと無事に生きてるんだから」

 

「いや、そうは言っても……」

 

 南雲にかけた負担は予期できるものであった。南雲ならなんとかなるだろうという意味不明な根拠で実行してしまったことは、謝っても謝りきれない。

 

「あの場では結局みんなそれに賛成だったんだ。謝るとしたら全員が全員に、だろ?」

 

「清水……」

 

 やれやれというような態度で窘めてくる清水。

 

「うん、押し切られちゃった僕の危機管理の甘さもあるからね。みんな悪かった、これでこの話は終わりにしよう」

 

 パンっと手を叩いて、他の話題に移ろうと提案する南雲。

 

 ……確かに終わったことはどうしようもないからな。今は甘えておくしかないか。

 

「その様子だと、もう終わったみたいね」

 

 こちらに向かって歩きながら確認する雫。俺たちは微妙な表情をしながらも頷いた。

 

「それで、結果はどうだったの?」

 

「……結論から言えば、ステータスは上がったよ。それでもまだクラスメイト中で最弱だけどね」

 

 苦笑する南雲。非戦系の職業としては最強クラスだろうが、まだ俺たちに追いつくには足りなさすぎる。

 

「でも、二回目からは普通に食べれるようになるんだよね? それなら、ここからもっと強くなることも……」

 

「……実は、それについては確証はない。未来の南雲が苦しむ様子もなく魔物を食べていた姿から推測しただけなんだ」

 

 聞いても教えてくれなさそうな雰囲気だったからな。香織や雫も詳しくは知らないみたいだったし。

 

「もちろんその可能性も高いから、さらに食べるという選択肢もあるけど——」

 

「絶対ヤダ」

 

 食い気味に否定する南雲。まあ、それはそうだろうな。

 

「でも、このままだと食料問題ってあんまり解決してなくないか?」

 

 と、浩介。……考えたくなかったから誰もその事実に触れようとしてなかったんだけどな。

 

 案の定、みんな俯いて黙ってしまい、全体的に暗いムードになった。解決不可能なのだ。本当にどうしようもない。

 

「…………。ねえ、ちょっと待って。未来の僕って、第一層で神水を見つけたから魔物の肉を食べても生き残れたんだよね」

 

「ああ、そのはずだけど」

 

 実際に神水がどの程度の効果を持っているのかは知らないが、同じシチュエーションで香織の回復魔法でもギリギリだったことを考えると、本当にとんでもないものなのだろう。

 

「それで、過去の文献によると、神水を摂取してさえいれば何も食べなくても生き延びることはできるんだよね?」

 

「そうらしいな」

 

 これは未確認の情報だが、そこまで間違っているとは思えない。むしろそのくらいの力はあって当然だ。

 

「その神水は神結晶っていう鉱石から出て、僕は〝鉱物系探査〟の技能を持ってるんだよね」

 

「…………」

 

 あっ。

 

「ねえ、みんな。僕が魔物の肉を食べる必要ってあったのかな?」

 

「「「「「すみませんでしたっ」」」」」

 

 ハイライトが消えた目で見つめてくる南雲に気圧され、一瞬でためらいなく頭を下げた。この圧力は、魔王をも上回っている……!?

 

「まぁ、いいや。とりあえず神水を探すね」

 

 無表情から、すぐにいつもの苦笑に戻った南雲は、そう言って一度目を閉じた。そして目を開き、右方向に歩き始める。

 

「こっちだよ。ついてきて……っていうのは僕が危ないか。どこにあるか説明しながら歩くから、前はお願い」

 

「ええ、わかってるわ」

 

「任せてくれ」

 

 俺と雫が先頭といういつもの体形に戻り、迷宮内を探索していく。さらにその前を浩介が警戒しながら進んでいる……はずだ。姿は見えないが。

 

 しばらく歩いていると、斬撃で殺されたらしき二尾狼の死体が落ちていた。

 

「雫ちゃんがやったの?」

 

 首を傾げながら香織が問う。

 

「私達はここまでは来ていないから、下手人は別の魔物だと思うけれど……二尾狼を一方的に惨殺できる相手だとしたら、警戒が必要ね」

 

 本当に何があったのかは不明だが、少なくとも二尾狼を一撃で倒すことが出来る存在がいることは確かだろう。前回の南雲は爪熊という強敵に遭遇したのだったか。

 

「えっと……あ、ここだね。この壁の奥に神結晶があるよ」

 

 そう言って南雲は立ち止まり、壁に手を付けた。

 

 俺達も停止し、周囲に魔物がいないか更に警戒心を高める。魔物が神水を飲むとかなり強化されるようだし、そんな事態は全力で避けたい。

 

「それじゃあ〝錬成〟!」

 

 南雲はかなり広い範囲に錬成をし、一気に壁に穴を開けていった。

 

 前回の南雲ですら、ここまでの範囲を一度にするのは不可能だったはずだ。単純な戦闘力では当然下回っているが、その分補助的な能力は高まっている。

 

 錬成によって強制的にできた広間の中心には、青白く発光するバスケットボールくらいの大きさの鉱石が存在していた。

 

「綺麗、だね」

 

 うっとりとした表情で呟く香織。雫もそれに追従し、他のみんなも同意見のようだ。

 

 神結晶は少しずつ下方に水滴を滴らせている。その水すらも神秘的に発光しており、まさしく幻想のような光景であった。

 

 とはいえ、見惚れるのもそこそこに、しっかりと回収しなければ。

 

「南雲」

 

「うん、わかってるよ。錬成……って、魔力操作があるから無詠唱でもできるんだよね。なんか変な感覚だけど」

 

 地面に手をつけ、いつも通りに錬成をする南雲。地面のくぼみに溜まっている神水を包み込むように石製の容器をいくつか作成した。

 

 こうして見てみると、想像していたよりも量が結構多い。これは嬉しい誤算だな。

 

「よし、これはみんなで分散して持っておこう。一箇所に集めなければ、万が一魔物のせいで無くなってしまっても大丈夫なはずだ」

 

 一応、狙われる機会が少ないであろう後衛陣と浩介に多めに持ってもらい、俺と雫は最小限にしておいた。

 

「それで神結晶はどうするの? 持っていくとすると、結構かさばるでしょうし」

 

「もったいないけど、空間魔法が手に入るまではここに放置しておいたほうがいいだろうな。もし下手に持ち運ぼうとして壊れたりしたら最悪だ」

 

 あの神代魔法さえあれば行き来は簡単になるだろうから、それまでの辛抱である。

 

 みんなはそれに頷き、南雲がもう一度錬成して神結晶を壁の中に埋めた。外界には触れないように、石はかなり厚みを持たせたので、おそらくこの先も無事であるだろう。

 

「……それでも、食料問題が完全に解決したわけじゃないよな?」

 

 清水がみんなの上がったテンションを一瞬でぶち壊すように、現実に引き戻す発言をした。

 

「まぁ、そうよね。流石の神水も生き延びることができるだけで、お腹が膨れる効果はないでしょうし、そもそも私達も十分な量持ってるとは言い難いもの」

 

 悩ましげな顔で現状の分析をする雫。

 

 そう、全て失った南雲もさることながら、俺達も必要最低限しか持ってきていない。そして、その最低限の基準は、かなり楽観的な予測に基づくものだったりする。

 

「餓死で死ぬのは嫌だね……。もちろん、死ぬこと自体嫌だけど」

 

「とはいえ今更どうしようもないし、多少無茶をしてでも全力で踏破する、くらいしか対策は立てられないな」

 

 南雲のぼやきに返答した。正直これ以外には有効な手立ては思いつかない。

 

 神水も手に入れたことだし、みんなで魔物の肉を食べてみようというアイディアも一瞬考えたが、あの南雲の苦しみようを見ると、そもそも神水があっても生き残れるか怪しく思えてくる。

 

 よって、それは却下するしかないだろう。

 

「結局はその結論になるのね。まぁ、望むところよ。最速で王国に帰りましょう」

 

 決意も新たに、俺達は再び探索を開始した。

 

 何が起きるかわからないのが大迷宮だ。若干慣れた感じはあるが、油断は禁物である。気がついた時には手遅れ、という事態も容易に発生しそうだからな。

 

「前方にウサギっぽい魔物が単独でいるぞ。多分蹴りウサギって奴だろ?」

 

 少し先まで行っていた浩介が戻ってきて、敵の存在を告げた。俺の気配感知にも引っかかっている。

 

「なら、今度は俺に任せてもらってもいいか? このレベルの相手にも通用するか試しておきたい」

 

 そう、清水が提案した。確かに相手が一体なのであれば、ちょうどいい実験台になるだろう。

 

 少し進むと、中型犬くらいの大きさの後ろ足がやたらと発達しているウサギがピョンピョン跳ねていた。体中に走っている赤黒い線が脈打っており、愛らしさとはかけ離れた不気味さを持っている。

 

「跪け、我が前に。〝奪魂〟!」

 

 未だ近づかないうちに、洗脳用の闇魔法を唱える清水。

 

 さすがにこの段階では厳しいのではないだろうか。効いていないことを前提に警戒を続ける。

 

 だが、暗闇のような靄に一瞬包まれた蹴りウサギは動くことなく、その場で固まっている。そしてそのまま一向に襲ってくる気配はない。

 

「成功、だ……」

 

 清水は、自分でも信じられないという風に、己の両手を瞬きしながら見つめる。

 

 ……呆気ないな。そんな感想が出てきそうになったが、それは違う。

 

 本物の大迷宮の魔物なのである。そんなに簡単にいくわけがないのだ。これは絶対におかしくて、とんでもなく異常で。

 

 清水という男が持つ、ありえないくらいの才能を象徴していた。

 

「戦わないで終わっちゃったね。この勢いなら意外と簡単に攻略できるかな?」

 

 微笑みながら言う香織。

 

 そんなことがあっていいはずはないのだが、本当に実現してしまいそうでもある。完全に異常事態だろう。

 

 実は清水の力って、まっすぐに育てば南雲やそのハーレムにも負けないくらいだったんじゃないのか? これほどの闇魔法は、いくら解放者といえども想定外なのではないか、そう思ってしまうほどに、自分の常識を覆される衝撃を感じた。

 

 今までも相当だとは思っていたが、深層の魔物でさえも簡単に使役可能なのか。まだ第一層であるとはいえ、この分ならもっと強い魔物も操ることもできるだろう。

 

 計算外の高難易度に絶望しかけていたが、清水がいれば、戦う回数を減らした上で仲間を増やせる。

 

 本当に、尋常じゃない。そして、なによりも頼もしい。

 

 改めて実感した。俺が助けた、今度こそ救うことができた男は、全てをひっくり返すかもしれない可能性を秘めている。或いは、魔王となった南雲が欠けてしまった穴を埋められるかもしれないほどに。

 

 俺がしてきたことは、無駄ではなかったのだ。


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