オルクス大迷宮百層。
俺たちはメルドさんと別れ、転移魔法陣を経由して表層の最下層まで再びやってきていた。
今いる部屋を出るとミノタウロスが出現した広間に出て、そこを挟んだ反対側に下への階段がある部屋があるらしい。
そこを降りれば、すぐに大迷宮攻略開始となる。気の休まるときはないだろう。
気を引き締めて、広間へと入った。
一応警戒しながらまっすぐ進んでいくと、後ろの扉からガコンという音が。……これは、閉められたか。
引き返せない、ということなら元々そうするつもりはなかったのだが、俺たちの目の前にある金色の魔法陣を見るとそれだけでないことが大体わかってくる。
「こ、これ、まさか……」
いつもの苦笑いを引きつらせている南雲を嘲笑うかのように、魔法陣の光は急速に強くなっていく。
そして——
「ムゥォオオオオオオオッ!!」
巨体を雄叫びで震わせながら、牛頭人身の怪物が現れた。
「ミノタウロス……」
「もう一度やれ、ってことか……」
香織が唖然とした顔で怪物の名を呼び、清水は呆れ気味にため息をついている。
「これは……撤退も視野に入れるべきかしらね……」
雫も流石に対策なしでミノタウロスと戦うのは不味いと感じたようだ。とはいえ、閉じ込められている状況で撤退するには、大技を使って扉を壊す必要がある。
ミノタウロスがそんな暇を与えてはくれないだろう。全体に暗いムードが漂う。
ああ、もう、こうなればヤケだっ!
「〝限界突破〟!〝天翔剣〟!」
開幕から切り札使用で、一気に決着をつける!
今の俺は裏のステータスも開放しているので、合計で9000。これでダメならもう覇潰や限界突破二倍がけをするしかないだろう。
半ば諦め気味に放った斬撃は、何の抵抗もなくミノタウロスの肉を切り裂いていく。
「ブルモゥ!?」
そして、真っ二つにすることに成功した。
…………。
…………。
…………え?
「お、終わった……?」
少し信じられない状況に、思わず自分の目を疑った。
「倒せちゃったね」
拍子抜けしたように香織が呟く。
そんな俺たちに、雫が口を開いた。
「まぁ、こんなものでしょうね。ミノタウロスは固有魔法を使ってない状態で、光輝の高威力攻撃を受けたのだから、耐えられなくても不思議じゃないわ」
確かに、いくら俺の最高威力の神威に耐えたことがあるとはいえ、今の俺はその時のステータスの約二倍だ。こうなってもおかしくはないだろう。
だが、それにしても違和感が残る。手応えがなさすぎたような。
同じ魔物でも個体差があるのだろうか。
まぁ、楽に済んだのだから、それに越したことはないのだが。
「そ、それじゃあ、気を取り直して階段に……って、開いてない……」
下への階段がある部屋への通路があるはずの壁には、一切何もない。以前閉じ込められた状態のままだ。
後ろを見てみても、もちろんそちらも開いていない。
——パチ、パチ、パチ、パチ
「よくここまでたどり着いたな。ひとまずは賞賛するとしよう」
急に聞こえてきた音に慌てて見てみると、そこには黒衣の青年が。……まさか。
「はじめまして……かは分からないが、私はこの迷宮を創った者だ。ああ、質問は許してほしい。これは唯の記録映像でね、会話をできるわけではないんだよ」
…………。
……え? これもう一回聞くのか?
◆◆◆◆
「——私からは以上だ」
ドヤ顔でオスカーさんは消えていき、左右への通路が出現した。……結構抜けてるな、解放者。
「それじゃあ、みんな。今度こそ真の大迷宮突入だ。気を引き締めていこう!」
左側の通路を歩いていく。少し警戒気味に扉を開けたが、トラップの類はなく、階段があるだけであった。
深層への階段は、これまでのものとは比べ物にならないほど大きな螺旋階段であった。俺たち全員が横に並んでもなお余裕がある幅がある。
底を見てみると、暗く黒くて見通すことはできない。かなり長いな。
「……え、ちょっと待って。僕って二十層からこの下まで落ちて生きてたの?」
苦笑いの南雲は、少し愕然としながらそんなことを言う。確かに、魔王になったことはともかく、そこは不思議だな。
「この高さだと、私たちでも生きていられるか怪しいわね……」
「流石に試す気にはならないな」
雫と清水もクエスチョンマークを顔に貼り付けている。
ちなみに、今ここにいるメンバーには、前回召喚された時のことを全て話している。そのため、全員が南雲が奈落に落ちたことも知っているのだ。
「あ、でも、南雲くんは深層ですごい治癒力がある水を手に入れたんだよね? それのおかげじゃないかな?」
「落ちたら即死なのよ? そんなの意味ないでしょう」
「確かに……」
思いつきを否定され、落ち込む香織。
「それに、そもそも南雲が神水を手に入れたのは、落ちてからしばらくしてからだったはず。だから、それは関係ないな」
「そうなんだ……」
俺の追い討ちをくらい、香織は更にしょんぼりとした。
「よしよし、元気出しなさい」
「し、雫ちゃ〜ん!」
香織と雫が抱き合い、百合百合しい光景が繰り広げられた。というか、階段を下りながら抱き合うって器用だな。
しかし、本当にどういうことだ? あの時の南雲のステータスは一般人とさして変わらなかったはず。とても生き残れるようには……。
「うーん、錬成を使ったのかなぁ。僕にできることって、それくらいしかないし」
錬成とはいっても、そこまで万能ではないだろうからな。魔王になった後の南雲なら重力魔法でどうとでもなったのだろうが。
「そもそも、錬成ってできることはそんなに多くないからな」
「そうだな……」
清水の言葉に同意する。錬成であそこまで強くなれたのは、現代兵器を作り出したからだ。それは、この件には一切関係ないだろう。
壁を錬成して地面を作り出すにしても、錬成するには直接触れなければならない。落下中では不可能なはずだ。
「もしかして、地面を錬成して柔らかくしたんじゃないかな? そうしたら落下の衝撃を抑えられるし」
「なるほど! 確かにその可能性が高いな!」
南雲の考えが正しい気がする。というか、それ以外にはないだろうな。さすがは本人ということか。
みんなも納得したというように頷いている。
南雲は奈落での戦いの前から、かなりの危機に晒されていたんだな。それなのに俺は、たまたま落ちて強くなって調子に乗ってるとか意味のわからないことを……。
しかし、そんな距離を落ちていった南雲の生存を信じて疑わなかった香織はすごいな。俺は完全に死んだものだと思っていた。
今から考えれば、自分のミスを認めたくなかったのかもしれない。南雲と会ったら、救えなかったことを責められるかもしれないと思っていたから、無意識に意識から消していた。
まぁ、実際には南雲は俺のことなど気にも留めていなかったようだが。
どこまでもピエロであった。勇者なんて、おこがましい。
そんな風に話をしていると、そろそろ終わりが見えてきた。
階段の一番下には、少し多く開いた場所があり、奥に一つの扉がある。この扉の先に、大迷宮があるのだろう。
「ん? 扉に何か書かれてないか?」
「本当だ。文字が刻まれてるね」
浩介が指をさした先には、確かに文字があった。何と書いてあるのだろうか。
「えーと、どれどれ……」
流石に罠ではないだろうから、近づいて読んでみる。
〝今まで培った力を全て引き出し、望む未来を掴むことを願う。挑戦者に光あれ。〟
「これは……解放者の言葉みたいね……」
……これを書いた解放者は、一体どんなことを思っていたのだろうか。
敗北を認め、次につなぐための大迷宮。
最後の希望は、俺たちが引き継がなければ。
「みんな、絶対に攻略して、生きて帰ろう!」
「「「「「オーっ!」」」」」
気合いを入れて、勢いよく扉を開けた。
感知系の技能を全開にし、慎重に警戒しながら突入する。目に入ってきた景色は、とんでもなく広い洞窟であった。
今までの表層とは違う、人の手が入っていないような自然のもの。
「っ! 気配感知に反応があった。前方の岩陰に獣型の魔物が四体!」
いきなりか。気を抜けないな。
みんなが構えた瞬間に、白い何かが飛び出してきた。
「グルゥア!!」
現れたのは、大型犬ほどの白い狼。大きな尻尾を二本持っており、赤黒い線が体に走って波打っている。
その突進の先には雫が。武器を抜いておらず、少女のために脅威ではないと判断したのだろうか。
「グギャァ!?」
一閃。
神速の抜刀術により、二尾狼は一瞬でその命を散らした。痛みを感じる間もなかったであろう早業。雫の八重樫流は、ここでも十全に通じるようだ。
「今度は三体同時に来るぞ!」
残りの魔物の気配が一斉に動いた。雫相手は不利だと判断したのか、今度は俺の方に向かって来る。
「〝天絶〟」
香織が俺の周りに障壁を張り、二尾狼も突進は阻まれた。
そして、怯んでいるうちに俺と雫で斬り殺す。
三体とも、無事に倒すことができた。初戦にしてはうまくできた——
「グルゥア!!」
「なっ!? しまったッ」
突如後ろから呻り声が上がった。
慌てて目を向けると、そこには五体目の二尾狼が。四体に集中しすぎて注意を怠っていた。
すでに二尾狼の固有魔法は使用されており、尻尾がバチバチと放電を始めている。
そして、すぐ後に電撃が南雲に向かって放たれた。
「うわっ!?」
南雲は咄嗟に横に飛び、少し掠ったが直撃は免れたようだ。
「〝光刃〟!」
慌てて踏み込み、袈裟斬りにする。そこまでの抵抗はなく、あっさりと両断できた。
今度は油断せずに、感知を巡らせて安全を確認する。もう近くには魔物はいないようだ。
とはいえ、今の戦闘音を聞きつけて来る可能性があるため、警戒を緩めることはできない。
「南雲くん、大丈夫!?」
香織は南雲に駆け寄って、治癒魔法をかけた。その後、南雲の体をペタペタと触り、傷が残っていないか確認している。
「だ、大丈夫だよ。ありがとう、白崎さん」
苦笑いをして、なだめるように言う南雲。
しかし、香織は手を止めない。……あれ、暴走してないか?
微妙な顔で、雫とアイコンタクトで止めるか止めないかを話していると、ついに香織の手が南雲の局部に——
……って、おい!
「ちょ、白崎さんっ!?」
慌てて南雲は叫んで制止した。
その言葉で、香織の手はピタと止まり、直後に顔が真っ赤になっていく。
「あ、いや、その、これは違うのっ! 治療に必要で……」
「だから、本当に大丈夫だから!」
お互いに真っ赤になりながら、香織と南雲はあたふたとしている。
俺が、二人が恋人になった未来を伝えてから、過剰に意識しているように感じるな。雫の方はそこまで動揺していなかったが。
少し経ってから、南雲は再確認というように自分の全身を触って調べていったが、腰に来た時に急に青ざめた。何かあったのだろうか。
「携帯食料が、ない……」
青を通り越して真っ白になった顔で、そう告げる南雲。
それを聞いて、慌てて探すと、少し離れたところにそれらしき燃えカスが。
「あの時の電撃で燃えたのね……」
少し引きつらせた顔で、推測を述べる雫。
「ど、どうする!?」
冷や汗を流している清水。
不味いな。機動性を重視して、食料は本当に必要最低限しか持ってこなかった。そのため、誰かの分を南雲にあげると、その人が飢えてしまうことになる。
かくなる上は……。
全員の視線が二尾狼に向かった後、南雲に集中する。
「えっ? まさか、え!? えぇぇえええ!?」
良いお年を!