戦争への参加を決意した俺達は、神山を下りハイリヒ王国に向かうこととなった。
聖教教会の正面門にある
空中回廊を渡り王宮の玉座の間へと案内される。扉をあけて中に入ると、懐かしい顔ぶれが立っていた。
国王のエリヒド・S・B・ハイリヒ陛下、ルルアリア王妃、王女のリリィに、同志王子のランデル殿下だ。
そして傍には、騎士団長であり、俺達の恩人であるメルドさんの姿が。
…………。
俺はメルドさんに会う資格があるのだろうか。最後まで俺達の師匠であり兄貴分であり、人類の未来を最期まで想っていた彼のことを、俺は裏切ってしまった。操られていただなんて言い訳は出来るはずがない。
いや、もうその考えはよそう。
例え許されなかろうと、俺は全てをかけて償っていくと決めたのだから。
その後、要人の自己紹介がなされ、晩餐会がスタートした。
……しきりに香織に話しかけているランデル殿下を見て、涙が出そうになったのはここだけの話だ。
親睦が目的の晩餐会も解散になり、自室に案内された。懐かしい部屋だ。
特に何かをするわけでもなく、意味不明なことが起きた今日のことを振り返りながらベッドに向かう。願わくば、次に起きた時にはモアナ達のいる日常に戻っているように……。
◆◆◆◆
しかしそんな俺の願望を嘲笑うかのように、起床した俺の視界に入ってきたのはよく見知った天井であった。間違いなく王宮のそれ。
これは、夢である確率はかなり減ったか。まあいい。なんにしろ、俺のなすべきことはただ一つ。皆を守ること、それだけだ。
生徒達は集合をかけられ、全員に手のひら大のプレートが渡された。
「よし、全員に配り終わったな? このプレートは、ステータスプレートと呼ばれている。文字通り、自分の客観的なステータスを数値化して示してくれるものだ。最も信頼のある身分証明書でもある。これがあれば迷子になっても平気だからな、失くすなよ?」
気安い口調で説明をするメルドさん。俺達との間に距離が開かないようにしているのだろう。そう、こういう人だった。
「プレートの一面に魔法陣が刻まれているだろう。そこに、一緒に渡した針で指に傷を作って魔法陣に血を一滴垂らしてくれ。それで所持者が登録される。ステータスオープンと言えば表に自分のステータスが表示されるはずだ。ああ、原理とか聞くなよ? そんなもん知らないからな。神代のアーティファクトの類だ」
アーティファクト。南雲あたりに聞けば原理も分かったのだろうか。いや、分かったところで大した意味を持たないのだが。
「アーティファクト、ですか?」
あまり聞きなれないであろう単語に、香織が質問する。
「アーティファクトっていうのはな、現代じゃ再現できない強力な力を持った魔法の道具のことだ。まだ神やその眷属達が地上にいた神代に創られたと言われている。そのステータスプレートもその一つでな、複製するアーティファクトと一緒に、昔からこの世界に普及しているものとしては唯一のアーティファクトだ。普通は、アーティファクトと言えば国宝になるもんなんだが、これは一般市民にも流通している。身分証に便利だからな」
なるほど、と頷きながら生徒達はステータスプレートへの登録を始めた。
俺もやるか、と思ったところでふと疑問が湧く。
数々に戦いや召喚をくぐり抜けて、上昇しまくった状態?
それとも過去に戻ったのだからかつての値に戻っているのか。そういえば、服装や身長は最初に召喚された当時のものになっていたな。それを考えると、この説が正しいのか?
いや、だが、それにしてはおかしい。こちらに来てから特に弱体化したとは感じないのだ。それどころか、体が少し軽くなっているようにすら思える。
過去の俺に精神だけが受け継がれたのかと思っていたが、どうなんだろう。
まあ、考えていてもしょうがない。試してみるのが一番早いか。
俺は指先に針を刺し、プクッと浮き上がるように出て来た血を魔法陣になすりつけた。
そして、その結果は……。
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天之河光輝 17歳 男 レベル:1
天職:勇者
筋力:100
体力:100
耐性:100
敏捷:100
魔力:100
魔耐:100
技能:全属性適性・全属性耐性・物理耐性・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解
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なんだ、以前のものか。記憶にあるものよりも遥かに下のステータス。強さをそのままで過去逆行というほど都合がよくはないのか。
そう結論づけようとした時に、違和感に気がついた。
何かが、違う気がする。
よくよく見てみると、プレートに謎の『▼』という記号が書かれていた。何だろうこれは。
気になって触ってみると、その瞬間――文字が一気に変化した。
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天之河光輝 18歳 男 レベル:100
天職:勇者
筋力:1500
体力:1500
耐性:1500
敏捷:1500
魔力:1500
魔耐:1500
技能:全属性適性[+光属性効果上昇][+発動速度上昇]・全属性耐性[+光属性効果上昇][+闇属性効果上昇]・物理耐性[+治癒力上昇][+衝撃緩和][+不屈]・複合魔法・剣術[+無念無想][+無念有想]・剛力・縮地[+爆縮地][+真縮地]・先読・高速魔力回復[+瞑想]・気配感知[+効果範囲拡大]・魔力感知[+効果範囲拡大]・限界突破[+覇潰][+戦鬼]・言語理解
▼
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これは……こちらに来る直前のステータス!?
ということは、こちらが俺の本当のステータスで、先程のは表向きのもの?
いや、でも、表向きのが存在している理由って何だ? 要らなくないか? やけに高いレベルを隠すことができそうだから俺には都合がいいが、別にステータスプレートが俺の願いを反映したというわけではないだろう。
謎だ。
考えても分かることではなさそうだし、放置でいいか。
原理はよく分からないが、自分の努力の結晶がなくなっていないと判明し、結構嬉しい。少しニヤニヤしながらプレートを見つめていると、メルドさんが口を開いた。
「全員見れたか? 説明するぞ? まず、最初にレベルがあるだろう? それは各ステータスの上昇と共に上がる。上限は100でそれがその人間の限界を示す。つまりレベルは、その人間が到達できる領域の現在値を示していると思ってくれ。レベル100ということは、人間としての潜在能力を全て発揮した極地ということだからな。そんな奴はそうそういない」
……そんな奴がここにいるな。
右上の数字を見つめながらそんなことを思った。
そう、俺はレベル100に、人間の限界に至ったのだ。潜在能力の全てを引き出すことに成功したはずなのだ。
それでも浩介に勝てないけどな。
浩介にすら勝てないけどなッ!
仮にも勇者という最強職業の到達地なのだ。素のステータスは俺の方が遥かに高い。負けているのは精々が敏捷だけで、他の値は500以上の差をつけている。
なのに、
いや、〝覇潰〟や〝戦鬼〟をフル使用で戦ったら勝てるかもしれないが、さすがにそれは違うだろう。やるにしても通常の〝限界突破〟までだ。
いくらあいつに神代魔法を持っているというアドバンテージがあるとしても、それはないじゃないか。
もう本当に人族の希望とは何だったのか。勇者が最強職業と誰が言ったのだろう……。
いや、止めよう。そんなことを考えていても仕方ない。
「ステータスは日々の鍛錬で当然上昇するし、魔法や魔法具で上昇させることもできる。また、魔力の高い者は自然と他のステータスも高くなる。詳しいことはわかっていないが、魔力が身体のスペックを無意識に補助しているのではないかと考えられている。それと、後で、お前等用に装備を選んでもらうから楽しみにしておけ。何せ救国の勇者御一行だからな。国の宝物庫大解放だぞ!」
装備と聞いて、ゲームが好きな生徒が騒ぎ始めた。俺もこの時はワクワクしていたな。
本来は楽しみべきではなかったのだろうが。装備というのは何かと戦うためのものだ。それを手にしてしまっては、命をかけて戦うほかないのである。
自分には、その覚悟が一切なかった。そう自嘲していると、メルドさんが説明を続ける。
「次に天職ってのがあるだろう? それは言うなれば才能だ。末尾にある技能と連動していて、その天職の領分においては無類の才能を発揮する。天職持ちは少ない。戦闘系天職と非戦系天職に分類されるんだが、戦闘系は千人に一人、ものによっちゃあ万人に一人の割合だ。非戦系も少ないと言えば少ないが……百人に一人はいるな。十人に一人という珍しくないものも結構ある。生産職は持っている奴が多いな」
戦闘系と非戦系か。錬成師の某魔王のことを見ていると、非戦系って何だ、という気がしてくるがな。
そういえば、南雲のハーレムの一人であるシアさんも〝占術師〟という戦闘からは程遠そうな天職を持っていた。
南雲ハジメ 天職:錬成師 戦闘方法:ドパンッ
シア・ハウリア 天職:占術師 戦闘方法:撲殺
……天職って何だろう。
自分の目からハイライトが消えていくのを感じながら、上の方を見上げていると、メルドさんの説明がそろそろ終わりに近づいてきた。
「後は……各ステータスは見たままだ。大体レベル1の平均は10くらいだな。まぁ、お前達ならその数倍から数十倍は高いだろうがな! 全く羨ましい限りだ! あ、ステータスプレートの内容は報告してくれ。訓練内容の参考にしなきゃならんからな」
数倍から数十倍か。今の俺のステータスはその数百倍あるが、あの南雲は更に数十倍の力を持っている。そう考えると、今俺達が持っている程度の力など、大したものではないのだ。
「おーい、光輝。お前はどうだったんだ?」
笑顔の龍太郎が話しかけてきた。
慌てて『▼』に触り、元の状態に戻してからプレートを見せた。
「うわ、すげぇな。全ステータス100って、もう人間じゃねぇだろ!」
そう言いながら見せてきた龍太郎のステータスも相当なものなのだが。
とりあえず、メルドさんに報告をする。
「ほお~、流石勇者様だな。レベル1で既に三桁か……技能も普通は二つ三つなんだがな……規格外な奴め! 頼もしい限りだ!」
「いや~、あはは……」
この程度で規格外とか言ってられませんよ。某撲殺ウサギはアイテムなどを使わなくても自力だけで3万超えるらしいですし。
まさかそれを素直に口に出すわけにもいかないので、苦笑いをしながら頭を掻くだけにしたが。
そういえば、メルドさんの平均ステータスは300前後だったはず。今の俺の五分の一だ。それを考えると、俺の力も大概なのだろうが。
後に続くように皆も報告していく。次々と目に入ってくる高ステータスにメルドさんの頬が緩んできた。
そして、遂に南雲が自分のプレートを見せると……それまでホクホク顔だったメルドさんが固まった。見間違いかと思ったのか、プレートをコツコツ叩いたり光にかざしたりした。
じっと凝視した後、微妙な表情で南雲に返す。
「ああ、その、何だ。錬成師というのは、まぁ、言ってみれば鍛治職のことだ。鍛冶するときに便利だとか……」
その慰めのような言葉を聞いて、南雲はどんどん顔を引きつらせていく。
ウィークポイントを見つけたとばかりに、檜山がニヤニヤとしながら話しかけていった。
「おいおい、南雲。もしかしてお前、非戦系か? 鍛治職でどうやって戦うんだよ? メルドさん、その錬成師って珍しいんっすか?」
「……いや、鍛治職の十人に一人は持っている。国お抱えの職人は全員持っているな」
「おいおい、南雲~。お前、そんなんで戦えるわけ?」
戦えるぞ。むしろ神すら倒せる。
そんな言葉が危うくでかかった。
「さぁ、やってみないと分からないかな」
「じゃあさ、ちょっとステータス見せてみろよ。天職がショボイ分ステータスは高いんだよなぁ~?」
受け流そうとした南雲に対し、檜山は執拗に質問する。周りの生徒達も同じように嫌な笑みを浮かべて囃し立てている。
南雲は投げやり気味にプレートを見せた。
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南雲ハジメ 17歳 男 レベル:1
天職:錬成師
筋力:10
体力:10
耐性:10
敏捷:10
魔力:10
魔耐:10
技能:錬成・言語理解
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