光輝くんが過去のトータスに誘拐されました   作:夢見る小石

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更新再開です。


第二章
追求


「香織! よく帰った! 待ちわびたぞ!」

 

 主人の帰りに喜んでしっぽを振る子犬のように、全身で嬉しいと表現しながら駆け寄ってくるランデル王子。

 

「ランデル殿下、お久しぶりです」

 

 美少年の可愛らしい様子に、微笑みながら答える香織。弟のように思っているのだろう。恋愛感情こそないものの、香織の態度は愛を感じさせる。

 

 俺達勇者一行は、長いようで短かった迷宮への遠征を終え、ハイリヒ王国の王宮まで戻ってきたのだ。

 

 メンバーの疲労も激しい上に、オルクス深層は完全に未知数。下手に突入するのは避けたほうがいいという判断で、攻略を引き上げた。

 

 そして、第百層までの攻略を手土産に、全員揃って帰ってきたのである。

 

「ああ、本当に久しぶりだな。お前が迷宮に行ってる間は生きた心地がしなかったぞ。怪我はしてないか? 余がもっと強ければお前にこんなことさせないのに……」

 

 悔しそうに唇を噛みながら、それでも精一杯男らしい表情を作っているランデル王子。

 

 流石にこんな小さい子に守られるのはちょっと、というような顔を香織はしているが、悪くは思っていないのだろう。微笑ましい姿に頬を緩ませている。

 

「お気遣い下さりありがとうございます。ですが、私なら大丈夫ですよ? 自分で望んでやっていることですから」

 

「いや、香織に戦いは似合わない。そ、その、ほら、もっとこう安全な仕事もあるだろう?」

 

「安全な仕事ですか?」

 

 首をかしげる香織。必死に戦わせまいとしているようだが、無駄なんじゃないかな。ほら、香織って、あの南雲の嫁だから。

 

 ……いや、優しいとは思っているのだが、ユエさんとの小競り合いを見ていると戦いが似合わないとは思えないのだ。

 

 なんとかして香織を説得しようとしている殿下を、南雲や雫が苦笑いをしながら見ている。

 

「う、うむ。例えば、侍女とかどうだ? その、今なら余の専属にしてやってもいいぞ」

 

「侍女ですか? いえ、すみません。私は治癒師ですから……」

 

 ……自分は南雲に突撃し続ける割に、香織は自分に向けられる好意には鈍感だ。もう殿下が哀れにしか見えない。

 

「な、なら医療院に入ればいい。迷宮なんて危険な場所や前線なんて行く必要ないだろう?」

 

「いえ、前線でなければ直ぐに癒せませんから。心配して下さり有難うございます」

 

「うぅ」

 

 小さく唸る殿下。可哀想で見ていられないな。だが、ここで俺が何かを言っても藪蛇にしかならないのだろうし……。

 

 ここは彼女に任せるべきだろう。雫に向けてアイコンタクトを送る。

 

 こちらに気づいた雫はため息をつきながらも頷いた。

 

「ランデル殿下、香織は私の大切な幼馴染です。私がいる限り、絶対に守り抜きますよ」

 

「う、うぅ、そうか……」

 

 諭すような雫に従うほかない殿下。さすがに雫相手に対抗意識を燃やすことはないだろうからな。

 

「ランデル、いい加減にしなさい。香織が困っているでしょう?」

 

「あ、姉上ぇ……」

 

 リリィが殿下を叱り、涙目になった殿下は用事があると言ってどこかへ行ってしまった。

 

「弟が失礼しました……。改めて、お帰りなさいませ、皆様。無事のご帰還、心から嬉しく思います」

 

 頭がいたいとばかりにこめかみを揉みながらも、ふわりと微笑んだリリィ。

 

 ああ、帰ってきたのだ。皆もこの時ようやく実感が湧いたらしい。緩んだ顔を見せていた。

 

 

   ◆◆◆◆

 

 

 帰ってきてから一泊、今日は訓練はなく、完全な休養日だ。

 

 明後日には帝国からの使者が来るらしく、王国の重鎮はその対応に追われているよう。

 

 召喚された当初はあまり興味を示していなかった帝国だが、第百層まで攻略しきったという実績を見て、俺達を見極めに来るのだろう。……確か、前回は使者の護衛としてやってきた皇帝にボコボコにされたのだったか。

 

 正直、あまり来て欲しくはないな。そんなわがままは言ってられないが。

 

 少し憂鬱な気分になっていると、コンコンと俺の部屋のドアをノックする音が聞こえた。

 

 なんというか、トータスに来てから誰かに訪問されてばかりな気がするな。今日は一体誰だろうか。

 

 ドアを開けてみると、前には雫と南雲の二人が立っていた。……この二人か。あまりいい予感がしない。

 

「天之河くん、訊きたいことがあるんだけど、いいかな?」

 

「あ、ああ、構わないけど、雫も同じ要件なのか?」

 

「ええ、そうよ」

 

 部屋に招き入れながら聞いてみると、そういうことらしい。本当に不安なのだが、これもしかしてバレたのではないだろうか。

 

 いや、案外と大したことではない事を聞きに来たのかもしれない。決めつけるのは早計だ。

 

「それで、訊きたいことっていうのは?」

 

 この二人が共通して、か。すると、香織関係のことかもしれないな。

 

「天之河くん、ミノタウロスと戦った時、やたらと強くなってたよね? あれはどういうこと?」

 

 ……あっ。

 

 詰んだ。

 

「い、いや、それは限界突破をしていたから……」

 

「光輝、もう誤魔化すのはやめなさい。あなたが何を隠しているのかは知らないけど、一人で背負いこむ必要はないでしょう?」

 

 ぐ……雫の目を欺くのは不可能か。

 

 仕方がない、元々皆が強くなったら話すつもりではあったのだ。この二人相手であれば問題はないだろう。

 

「……実は——」

 

 観念して、俺は俺が未来から召喚されたこと、そのステータスを引き継いでいるために強いこと、その全てを話した。

 

 最初は半信半疑であった二人も、俺のステータスプレートの『▼』を見せると納得してくれたようだ。

 

「そんなことがあったのね……」

 

 何度もいろんな異世界に召喚された挙句に過去にまで召喚されたことを話すと、同情の視線で見られた。

 

 南雲、お前は人ごとじゃないからな! お前も何回か巻き込まれてるからな!

 

 話し終わったところで、俺は南雲に向き直って頭を下げる。

 

「すまない、南雲。俺があの時お前を助けたせいで、お前は本来手にするはずだった力を得られず、ユエさんとの出会いも無くなってしまった」

 

 ——そして、世界を助けるはずの魔王の誕生を止めてしまった。

 

 謝っても謝り切れることではなくて。俺のエゴのせいで失ったものは大きくて重い。

 

 南雲には、何をされたって文句は言えない。俺はそれだけのことをしたのだから。

 

「頭をあげてよ。僕は別に気にしてないから」

 

「だ、だが……」

 

 南雲は苦笑いをしながら再度口を開く。

 

「そんなすごい力が手に入るはずだったなんて言われても全然現実味がないし、そのユエさんっていう人もまだ会ってないんだから大切な人と会えないなんて実感がわかないよ」

 

 そう言って頭を掻く南雲。

 

「それに、ユエさんっていう人は大迷宮をさらに奥まで攻略していけば会えるんだよね?」

 

「ああ、オルクスの深層に封印されているはずだ」

 

「だったら、ちょっと遅くはなるけど会えるでしょ? 僕は天之河くんに助けられた恩こそあっても、謝られるようなことは全くないよ」

 

「南雲……」

 

 そう、そうだ。今の南雲にこんなことを言ったって仕方がないだろう。

 

 一体俺は、どうしてほしかったんだ?

 

 南雲に罰してほしかったのか? 自分が罪の意識から逃れるためだけに?

 

 ……ふざけているのか、天之河光輝。お前はそんな浅い覚悟で南雲を助けたのか?

 

 ふざけるな!

 

「変なことを言ってしまったな。すまない」

 

 改めて頭を下げる。

 

 南雲はあはは〜と苦笑いをした。

 

「それで、光輝。このことは皆にも話すのかしら?」

 

「いや、訊かれれば答えるしかないだろうけど、できるだけ後にしたい。エヒト関連の話は刺激が強いだろうから」

 

「それもそうね……。私達を呼んだ神様が敵だなんて……」

 

 憂鬱そうに遠くの空を見る仕草をする雫。俺も使徒ノイントに襲われた後でなければ信じられなかっただろう。

 

「でも、大迷宮を攻略したら分かっちゃうことだよね?」

 

 南雲が問うてくる。そう。魔人族やエヒトに勝利するには大迷宮の攻略が不可欠だが、それは真実を知ることと同義だ。

 

 ここで言わなくとも、真相を攻略すればすぐに知ることとなる。だが、それはあまり良いことではない。

 

 もし神代魔法という力のない今、そんなことを知って俺たちが表立って神に敵対しようとすれば、やってくるであろう使徒に太刀打ちできない。

 

 まだ、ダメなのだ。

 

 しかし、大迷宮の攻略は必要。その矛盾を解決するためには。

 

「大迷宮には選抜メンバーで挑もうと思う。信用がおける少数で、だ」

 

「真実を知る人を少なくするため、ね」

 

 そうすればリスクは避けられるだろう。言わなければ皆も分からないのだから、神に反抗意識は持たないはずだ。

 

「それに、ミノタウロスのせいで戦いに恐怖している人がいると思うんだ。だから全員で深層に行くというのは選択肢としてあり得ない」

 

 流石に南雲が奈落に落ちた時ほどのトラウマにはなっていないだろうが、それでも何もできずに蹂躙されたというのは辛い記憶として残っているはず。そんな状態でどこまで戦えるかは怪しい。

 

 もちろん、そんな恐怖など乗り越えられる人はいるだろうが、そこまで心が強い者ばかりではないということも事実だ。

 

「そのメンバーはもう決めてるの?」

 

 南雲が尋ねてくる。

 

「ある程度の候補は考えているけど、最終的にはメルドさんと相談して決める。俺だけじゃ判断できないことも多いだろうし」

 

 あまり大人数にはできないが、絶対に欠かせない人物も存在する。難しい問題だな。

 

 そう答えると、二人は納得したように頷いた。

 

「そういえば、この辺りのことについて知っている人は他にいるのかな?」

 

「いや、メルドさんには話そうと思っているけど、まだ南雲と雫だけだよ」

 

 この二人に言ったのなら香織や龍太郎には話してもいい気はするが、訊かれない限りは答えないようにしよう。

 

「それよりも、問題は恵里について、ね。神のことも衝撃的だったけど、そっちはその比じゃないわ」

 

 友人としていい関係を築いている雫は、いまだに信じ切れていないようだ。だが、恵里に関しては南雲も警戒するべきという答えを出しており、疑わざるを得ないよう。

 

「恵里はどうすればいいか分からないというのが現状だ。何かをしなければいけないとは理解しているんだけど、下手に刺激するわけにも……」

 

 中途半端に説得が失敗して離反されるというのは不味い。戦力ダウンや裏切って欲しくないという気持ちもある上に、そんなことがあれば皆の戦意もかなり削がれてしまうだろう。鈴のショックも計り知れない。

 

「谷口さんには伝えるっていうのはどうかな?」

 

 南雲が意見を言った。それも考えたのだが、そう簡単にはいかないだろうな。

 

「その場合、どのくらい教えるかというのが問題になるんだ。あまり情報を明かさずに恵里が危ないと言うと、なぜそう思うのかと問い詰められるだろうし……」

 

 それで全てを話すのでは本末転倒だ。

 

 それに、恵里が危険だということを鈴が信じるかはかなり怪しい。俺だって、もし龍太郎が裏切るかもしれないと言われても、意味がわからず否定するだけだろう。

 

 彼女たちは確かな絆によって結ばれている親友だ。

 

 裏切られたという一面だけを切り取れば、彼女たちの関係は一見脆くもあるが、俺は知っている。その友情は決して偽物ではなかったということを。

 

 最後には、最期には分かり合えたということを。

 

「とりあえず鈴には、恵里を気にかけておいてほしいくらい言っておくことにしよう」

 

「確かに、それが賢明ね」

 

 同意する雫。

 

 だが、鈴が使えないとなるとかなり厳しいのも事実だ。何をすれば恵里が闇に堕ちないのか、皆目見当がつかない。

 

 むしろ、いまの彼女の普通な様子を見ていると、このままにしておいたって何も起こらないのではないかとさえ思えてくる。

 

 それが演技だということはわかっているのだが。

 

「香織にも、恵里を警戒するようにそれとなく言っておくわ」

 

「ありがとう。頼む」

 

 雫からであれば、俺が言うよりも香織の反発は少ないだろう。

 

「先生には話しておいた方がいいかもしれないね」

 

 ふと思いついたように南雲はそんなことを言った。……盲点だった。

 

「いい考えだな。それは確かに話しておくべきだろう」

 

 信じてくれるかは微妙だが、生徒からの話を無闇に切り捨てたりはしないはず。

 

 愛子先生は王国の各地に行っていて今この場にはいないが、会い次第伝えるべきか。

 

「うん、こんなところかな。それじゃあ、天之河くん、八重樫さん、また明日」

 

 南雲は椅子から立ち、会釈してから部屋を出ていった。

 

「私もそろそろ帰るわね。それでは、また」

 

「ああ、じゃあな」




最近リアルが忙しくなってきておりまして、これからは以前のような投稿ペースは維持できません。ご了承ください。……一週間は空けませんよ?

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