光輝くんが過去のトータスに誘拐されました   作:夢見る小石

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最後の門番

 ついにここまで来た、と言うべきか。

 

 それとも、ようやく来れたと言うべきか。

 

 人間族の希望たる勇者としては前者で、自らの力では何も為すことができなかった愚かな裏切り者としては後者なのだろう。

 

 俺達は、オルクス大迷宮の表層が最深部、第百階層にこれから挑もうとしている。

 

 攻略再開から六日目。現在地は九十九層から下へと続く階段の前だ。昨日はそこまで来てからすぐに百層へは挑まずに、翌日に攻略ということで休息を取り、態勢を整えたのだ。

 

 ここまで完全に一人も欠けることなく来ることができた。宿で謹慎中の檜山を除き、クラスメイトの全員がこの場所にいる。

 

 かつてとは違い、完全に戦力がそろった状態の上に、今の俺達のレベルは全員が95以上、中には俺を含めて98レベルに到達している者もいる。

 

 以前、南雲に着いて大迷宮の攻略に参加した時よりも、主要メンバーの能力は上。人相手の実戦経験や、精神的な脆さはあるかもしれないが、オルクスのコンセプトは多種多様な能力を持つ魔物との戦闘。ならば、精神面での攻撃は恐らく無いだろう。

 

 だとすれば、攻略できる可能性は十二分にある。

 

 大丈夫、他の大迷宮でも戦えないことはなかったんだ。オルクス大迷宮とはいえ、ここはまだ入り口。

 

 今ならいける!

 

「皆、ここを乗り切れば迷宮での実戦訓練も終わり。これからは魔人族との戦いが本格的に始まっていくだろう」

 

 突入前、最後に皆に向かって演説をする。士気を高め、生還の確立を上げるとともに、決意を再確認するためだ。

 

 メンバーの一人一人の顔を見ていく。幼馴染の香織、雫、龍太郎。大切な友人である鈴、浩介、清水。俺が助けた少年、南雲。トータスに来てからの恩人であるメルドさん。そして、未だ解決策を見つけることもできていない恵里。

 

「ここはあくまで通過点、そう気負うことはない。今持てる力のすべてを出せば、普通に攻略できるはずだ。気を抜かずに、最後までやりきろう!」

 

 天に向かって拳を突き上げ、真剣な顔のまま大声で叫ぶ。

 

「「「「「「「おうっ!!」」」」」」」

 

 全員が俺と同じように、拳を突き上げた。

 

 皆の心が一つになったのを感じながら、階段へと一歩ずつ歩み始める。

 

 百層への階段はこれまでと少し印象が違い、横幅がとても広くなっている。途中には宙に浮かぶ光などの演出まであり、次が大きな節目であることを予感させる。

 

 罠などは当然のごとく一切なく、躊躇うことなく下りきることができた。

 

 そして、階段の一番下まで来た俺達の前にそびえ立つ、今までと比べて一際大きい扉。

 

 一軒家ほどある威風堂々とした巨大な両開きの扉は、あちらこちらに宝石などで華美な装飾がされていた。それは迷宮が人工的に造られたものであると確信させるもの。

 

 そして、この先に何かがあると、そう告げてきているようにも思える。

 

 一度大きく深呼吸をし、後ろにいる皆の方に向き直る。

 

「準備はいいか? これから百層の攻略開始だ。全員生きて帰ろうっ!」

 

 皆の反応を見ることなく、再び扉の方に体を向けて、手をかけ開け放った。

 

 全員が武器を構えて全力の警戒状態で中を覗くと、そこは学校の校庭ほどある広大な広間。

 

 恐る恐る入ってみると、中央に魔法陣があること以外は何も罠はないらしい。それどころか、奥へと続く道すらもない。ここが終着点だということなのだろうか。だとすれば、奈落とは一体……?

 

 不審に思いつつも進んでいき、全員が広間に入った時——後ろの扉が大きな音を立てて閉まってしまった。

 

「なっ!? 開かない!!」

 

 慌てて最後尾にいた人が開けようとしたみたいだが、鍵がかかっているのか微動だにしないようだ。

 

「閉じ込められた、っていうことかな?」

 

 あくまで冷静に振る舞う南雲は、さして予想外でもないという風に扉を見ている。清水も似たような態度だ。

 

 これまでに突破してきたトラップの中にも似たようなものがあった。その時は確か。

 

「落ち着きなさい。おそらく、ここに出現する魔物を倒せば開くはずよ」

 

 そう。雫が言う通り、部屋の中に出てきた魔物を討伐すると、以前かかった似たような罠は攻略することができた。おそらく同じ仕組みだろう。

 

 ここ以外のルートは存在しなかった上に、解放者が絶対不可避の死亡確定トラップをわざわざ仕掛けてくるとも思えない。最後の敵を倒すまでは帰れないという演出だろう。

 

 最悪は俺が全力で神威を扉に撃って、破壊して出て行けば問題ないはずだ。

 

 雫の言葉に落ち着きを取り戻した生徒達は、俺も含めてある一点を見つめている。

 

 広間の中心に設置された、莫大な魔力を放出し続けている金色の魔法陣だ。脈打つように魔力光が放たれるたび、部屋全体が振動しているような威圧感を感じる。それはもはや物理的な力さえ持っていた。

 

 直径十五メートル程度の超巨大魔法陣より出てくる魔物。

 

 それはおそらく、あの強敵ベヒモスをも遥かに凌駕する化け物なのだろう。つまりは、そいつこそが——オルクス表層の〝ラスボス〟。

 

 緊張の高まりを感じながら構えていると、遂に魔法陣の輝きが最高潮に達した。

 

 爆発したような魔力とともに、体長十五メートルほどの巨大なシルエットが現れた。

 

「ムゥォオオオオオオオッ!!」

 

 俺の体よりも大きな斧を軽々と片手で持つ、人型の魔物。その顔は地球にいた頃何度も見たことがある、牛に似ていて。

 

 だが、牛の温厚なイメージからは遠く離れた、押し潰すようなプレッシャーは尋常でない力を証明していた。

 

 この姿は、あまり神話などに詳しくもない俺でも知っているくらいメジャーで、ゲームでもよく出てきた魔物。

 

「ミノタウロスね、テンプレだな」

 

 清水が冷や汗を流しながら小さく呟く。

 

 オルクス大迷宮表層の最後の敵は、牛頭人身の怪物、ミノタウロスであった。

 

「総員、各班に分かれて広間中に散らばれぇ!!」

 

 大声で指示を出す。塊でいるところに攻撃を仕掛けられると防戦一方になってしまうだろう。このレベルの敵相手にそれは致命的だ。

 

 俺の声を聞いた皆の行動は素早く、ミノタウロスを取り囲むような配置に動き出していった。

 

「ブルモォッ!」

 

 走り出している彼らを巨大な瞳に写したミノタウロスは、手に持った斧を大きく振りかぶってこちらに振り下ろしてきた。

 

「「〝聖絶〟!」」

 

 香織と鈴が二人掛かりで上級の防御魔法を発動する。二枚重ねに張られた障壁は、普通に考えれば片方しか効果を果たさず無駄になるのだが——

 

 重力も乗せたかなりの質量の攻撃に、香織が張った外側の障壁はまるで卵の殻のように軽く砕かれてしまった。

 

 そして、その勢いのまま鈴の聖絶にまで叩きつける。

 

「にゃめんなっ!」

 

 だが、香織の聖絶を打ち壊したことによって幾らか威力が減衰した一撃は、俺たちに届くことなく鈴によって防がれた。

 

「今だ、総攻撃ッ!」

 

 あの重すぎる一撃は全体重をかけて放ったもののようで、防がれたミノタウロスは大きく体勢を崩している。

 

 そして更に、後ろにいる者から見れば、完全にガラ空きなのである。

 

 いつでも最高威力の魔法を放てるように待機していた後衛組が、ミノタウロスに向かって一斉に全力攻撃をした。

 

 飛び交うあらゆる属性の攻撃魔法は、幻想的で壮観だ。これだけの攻撃を食らえば、たとえ本物の大迷宮の魔物であってもタダではすまないだろう。それどころか、倒しきることさえ可能なはずだ。

 

 先ほどの重い一撃には驚かされたが、所詮は表層の魔物。これだけの魔法ならすぐに沈むだろう。

 

 勝利ムードが流れたその時、皆が異変に気がつく。

 

 ミノタウロスが、断末魔を上げるどころか、一切よろめきすらしていないのだ。それはつまり——

 

「ブモォォォオオオオオ!!」

 

 ——無傷。いや、ある程度のダメージは受けたようだが、戦闘不能には程遠い。

 

 狂ったように雄叫びをあげ、金色の瞳を爛々と輝かせている。不味い、今ので怒ったか?

 

 後ろに向けて半回転で振り向きながら、遠心力で斧を薙ぎ払った。

 

「キャァァァァァァァァ!!」

 

「うわぁぁぁああああああ!!」

 

 咄嗟に防御魔法を使ったり盾を構えた生徒達だったが、そんな抵抗をあざ笑うように軽々と障害をぶち破っていく斧。

 

 それを食らい、余波だけで吹き飛んでいくクラスメイト。壁に叩きつけられ、地面に倒れ込んでいる。

 

 無事に立っているのは、攻撃範囲に入っていなかった俺のパーティや、ギリギリで避けた浩介、そして魔物を肉壁にすることで耐えきった清水のみである。

 

 永山パーティなどの上位陣はそれでも立ち上がって戦おうとしているようだが、体に力が入っておらず、すぐに倒れ伏してしまう。

 

 たったの一撃で、壊滅状態に追いやられた。

 

「難易度が、高すぎるだろう……!」

 

 とても大迷宮の入り口とは思えない、圧倒的な暴力。あるいはここは既に奈落の一部なのかもしれない、そうとすら思えてくる理不尽。

 

 だが、諦めるわけにはいかない。

 

「〝限界突破〟! 龍太郎、雫、抑えるぞ! 皆は弱点を探ったり、威力の高い魔法を撃ってくれ!」

 

 切り札を使い、全身から真白き光を放ちながら、ミノタウロスに向かって突っ込んだ。

 

 巨体故に動きが鈍いミノタウロスの足首を切りつけると、肉が避けて血が一気に飛び出す。

 

 よし、限界突破を使っている俺ならダメージを与えることもできるようだ。朗報に希望を見出しながら、攻撃を避けるように縦横無尽に駆け回りって敵の注意を引いていく。

 

 龍太郎と雫も同じように、ミノタウロスに攻撃を少しずつ与えて自らに注意が集まるよう立ち回る。

 

 その間に香織や鈴は皆に回復魔法をかけていくが、思った以上にダメージが大きかったようで、ほとんどの人が失神してしまっているようだ。これでは戦線復帰は厳しいか。

 

 恵里や清水、メルドさんは魔法で攻撃を続けているが、結果はあまり芳しくないらしい。ミノタウロスは弱っているようには見えない。

 

 その事実に心が折れそうになるが、俺が諦める訳にはいかないと力を振り絞って攻撃を続ける。

 

 聖剣でいくら切りつけようと、浅く傷つけるばかりであまり効いてはいないようだが、かといって大技を使うために力を溜めようと足を止めると、捕捉されてあの超威力の攻撃の標的になってしまうだろう。このまま弱点を誰かが見つけるまで耐えるしかない。

 

 何分もそうしていると、極限状態の中集中力が途切れそうになったのか、龍太郎が躓いて転倒してしまった。

 

 そして無防備な龍太郎に斧での攻撃を仕掛けるミノタウロス。不味い、金剛を使って耐えようとしているようだが、それでも防ぎきれるかは分からない——

 

「〝錬成〟!!」

 

 龍太郎の離脱も覚悟したその時、ミノタウロスの右足元の地面が突然隆起した。そのせいで体勢を崩したミノタウロスは、踏ん張るのに精いっぱいで攻撃を停止せざるを得なくなり、龍太郎は危機一髪で生き延びる。

 

 南雲の錬成には何度命を救われたことか。直接的な戦闘力は低いが、それでも欠かせない戦力になっている。南雲はやはり魔王でなくとも南雲なのだろう。

 

 少しの間が空いた隙に、魔法が三つ一気に放たれた。

 

「ムォォォオオオオオオ!?」

 

 そのうちの一つ、メルドさんの放った極大の火球が顔面にヒットすると、ミノタウロスが悲鳴をあげて痛みを堪えるように暴れ出した。

 

 これは、頭部が弱点か?

 

「今から全力で神威を使う。時間を稼いでくれ!」

 

 いける、そう確信を持って、縮地で後ろに下がってから皆に大声で知らせる。

 

 全員がこちらを向いて頷き、最終ステージが始まった。

 

「神意よ!」

 

 最高の攻撃を使うため、詠唱をスタートする。すると、俺の魔力の高まりを見て危険と判断したのか、ミノタウロスは俺に視線を向けて斧で叩き潰しにきた。

 

 身を守るすべのない俺は、詠唱をやめて逃げるのが本来なら正解なのだろうが、そういうわけにはいかない。神威を成功させなければ勝つことはできないのだ。

 

 皆ならば、ここまで共に来た彼らならば、きっと俺を守りきってくれるはず——そんな信頼と覚悟を持って、俺は逃げずに詠唱を続ける。

 

「全ての邪悪を滅ぼし光をもたらしたまえ!」

 

 第一節を終えると、すぐそこまで斧が迫っていた。だが、心配はない。

 

「はぁああああああ!!」

 

 八重樫流奥義〝断空〟。無拍子で一瞬のうちに俺の前に飛び出した雫は、彼女が扱える最高の剣技で大斧を迎え撃った。

 

 銀色の残像がそこに残り、斧は後ろに打ち返される。

 

「神の息吹よ!」

 

 顔色一つ変えずに詠唱を続ける俺を邪魔しようと、ミノタウロスは足で踏みつけようとしてくる。

 

「えりゃあッ!!」

 

 だが、その足に龍太郎が〝剛力〟で強化した渾身のキックをぶつけ、さらに押し返した。ミノタウロスは倒れそうになったが、ギリギリで踏ん張ったようだ。

 

「全ての暗雲を吹き払い、この世を聖浄で満たしたまえ!」

 

 第二節。まだ最高威力には足りない。

 

 ミノタウロスは体制を完全に立て直し、再び俺に仕掛けようとしてくる。怒気を撒き散らしながら、斧を振りかぶった。

 

「〝堕識〟!」

 

「〝錬成〟!」

 

 清水が闇魔法でミノタウロスの動きを一瞬止めた隙に、南雲が錬成で右腕を地面に縛り付けた。すぐに突破されたが、稼がれた時間の価値は計り知れない。

 

「神の慈悲よ!」

 

 詠唱がもう少しで終了する、だがその前に俺に向かう斧が届くのが先だろう。

 

 だが、重力を乗せて落下し始めた斧に、狼や蝙蝠などの魔物達が一斉に飛びつき、少しだけ動きを止めた。

 

 清水の魔物か? いや、既に全滅していたはず。であれば、可能性は一つ。俺の後ろに立つ恵里が〝降霊術〟で死亡した魔物を動かしたのだ。

 

「この一撃を以て全ての罪科を許したまえ!」

 

 最後の詠唱を終えるとともに、群がった魔物の死体は蹴散らされた。そして今まさに、最後の魔法を放とうとする俺に攻撃が当たりそうになるが、問題はない。

 

「「「〝聖絶〟!!」」」

 

 香織、鈴、メルドさんの三人での上級防御魔法。それすらも斧は叩き割って進んでいくが、勢いは削がれた。

 

 そのわずかな時間で充分——

 

「いっけぇぇええええっ!〝神威〟!!

 

 ——皆に託された希望である、絶対的な一撃は、確かにミノタウロスの頭部を包み込んだ。

 

 聖剣から放たれた純白の光に飲み込まれるミノタウロス。動きは完全に止まり、俺の目の前で斧は勢いを失う。

 

 その光景は、まるで神の裁きを受けている大罪を犯した怪物のようで、神話を見ている気分であった。

 

 やがて光の奔流は止まり、俺は魔力を使い果たして地面に崩れ落ちた。だが、そんな大きな隙を見せてもミノタウロスが動くことはない。

 

 勝った。そう確信し、皆の顔に気色が浮かぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ブルムォォォオオオオオオッ!!」

 

 

 

 ————それでも戦いは、終わらない。


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