光輝くんが過去のトータスに誘拐されました   作:夢見る小石

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大迷宮の死闘

「光嵐となりて敵を刻め!〝天翔裂破〟!」

 

 聖剣を加速しながら、自らの周囲に向けて無茶苦茶に振り回す。そしてそこから放たれた無数の光の刃は、襲いかかろうとしてきた二十体以上の蝙蝠型の魔物を全て蹴散らした。

 

 抵抗もなく葬り去ることができたが、今倒した魔物はまだ一部にすぎない。部屋の横穴から溢れ出てくる魔物の数は凄まじく、かつてのトラウムソルジャーをもたやすく上回るほどだ。

 

 厄介な飛行型である蝙蝠の他にも、強靭な顎を持つ蟻型の魔物や、触手をうねらせるイソギンチャク型の魔物がいる。

 

 そんな気持ち悪い光景なのだが、もう既に怖がったりする者は一人もいない。全員が冷静に対処していく。

 

「鳴け、遍く風よ!〝風槌〟」

 

 メルドさんは圧縮した空気を一気に解放し、風の砲弾をぶつけて隙を生み出してから、イソギンチャクの魔物を何体も両断していく。

 

 八重樫流抜刀術——音刃流し。

 

 雫は流麗なフォームから、カウンター気味に剣を薙ぎ、蟻型の魔物を苦しむ間も与えずに切り裂いた。そして、一拍も挟まず次の技を繰り出していく。

 

 八十九層。後半も後半、九十層へリーチを書けたこの階層であっても、俺達の脅威になることはなかった。全員が簡単に対応できている。

 

「神敵を通さず、〝聖絶〟!!」

 

 鈴が半円状の障壁を張り、魔物の襲撃が一旦止んだ。その間に全員が詠唱などをし、大技のための力を溜めていく。

 

「三、二、一、零!」

 

 俺はカウントダウンをし、零になった瞬間に鈴は聖絶を解除。

 

 そして、各々から高威力の攻撃が飛び出していく。光の刃は全てを切り裂き、風の衝撃波は吹き飛ばして壁に押しつぶす。ダメージを受けて抵抗する体力もない魔物たちは地面に引きずり込まれて、二度と帰ってくることはない。

 

 俺達は全員が九十レベルを軽く超えているのだ。その総攻撃に耐えられるはずもなく、湧き出していた魔物達は惨憺な姿で全滅した。

 

「終わった、か……」

 

 少し疲れた様子でメルドさんは汗を拭う。さすがにこのレベルの激戦をくぐり抜けたとなると、皆も疲労が溜まっている。

 

 そんな俺達を元気づけるように、鈴は明るい声を発する。

 

「みんな、次で九十層だよぉ! この調子でどんどんいこう!」

 

「そうね、この階層での戦いも一切の危なげなく切り抜けられることだし、もっと先に進む頃合いでしょう」

 

 鈴の微笑ましい姿に和まされたのか、雫は少し笑みを浮かべた。

 

 現在は攻略再開から三日目。予定よりも早いペースで攻略することができている。というより、異常な速度である。全員の練度が前回の俺達よりも遥かに上がっているのだ。

 

 その証拠に、現在ここにいるメンバーは以前と比べて少ない。

 

 俺、龍太郎、香織、雫、鈴、恵里、南雲、メルドさんの八人だけだ。かつて十人以上で戦っていた時よりも人数は少ないのだが、あの時よりも簡単に敵を倒せている。

 

 あ、もちろん他のクラスメイトは迷宮にいないというわけではない。現在、クラスをいくつにも分けて攻略を進めているのだ。

 

 固まっていると動きづらく、実戦経験も積みづらい上に、マッピングも非効率的である。そのため、いくつかのグループごとに分かれているのだ。

 

 誰もダメージを受けておらず、回復の必要もないので、呼吸を整えてからすぐに探索を再開した。そして、進み始めてから十分くらいした後、九十層への階段を見つけた。

 

「えーと、僕たちが一番乗りみたいだね」

 

 辺りの様子を見回した南雲がそう呟いた。

 

 別々に探索する以上、どこかで他のパーティと合流する必要があるのだが、わざわざ探すのも面倒である。そのため、全員が必ず訪れる場所である階段を集合場所としているのだ。

 

 そして、その階段の前に誰もいないということは俺達が最初に来たということなのだろう。……前に一度、一番乗りかと思ったら浩介が既に来ていたことはあったが。ちなみにその浩介に気がついたのは階段を降りる直前。

 

「罠はないみたいだな。よし、交代で見回りながら休憩だ!」

 

 メルドさんは手を叩き、全員にそう伝えた。

 

 前衛組でローテーションを組み、どこかから魔物が襲ってこないか警戒しながら待っていると、話し声が聞こえてきた。

 

 どうやら他のパーティもたどり着いたようだ。

 

 姿が見えると、そこにいたのは永山のパーティ。安定感があり、バランスもいい、かなり上位のグループである。

 

 他のグループも時間が経たないうちに次々と集まってきた。残すところはあと一班である。

 

 体を休めながら待っていたのだが、そこそこの時間が経過しても一向に来る様子がない。どうしたのだろうか。

 

「来てないのって、園部さんのパーティだよね?」

 

 心配そうに香織が呟いた。園部のパーティは清水を擁しているため戦力的にはかなり高いはずなのだが……。何かあったのだろうか。

 

 レベル帯的によほどのことがない限り大丈夫なはずだが、万が一の事態はある。例えば二十層のトラップのような……。

 

 もし何か不足の出来事が起きているとしたら不味いな。

 

「浩介、悪いけど探しに行ってくれないか?」

 

 こういう時に頼りになるクラスメイトに声をかける。浩介ならば、魔物に一切見つからずに迷宮内を動き回ることも容易であるだろう。

 

 だが、それに対する答えを聞く前に、別方向から声が飛んできた。

 

「その必要はないわよ」

 

「「「園部(さん)!」」」

 

 どうやら園部一行も無事に帰って来たようだ。特に体のどこかが傷ついていたり、疲れ切って動くのも億劫という様子は全くない。少し遅れただけのようだな。

 

 しかし、それにしては妙に時間がかかっていたが、どうしたのだろうか。まさか道に迷って同じところをぐるぐると回り続けたというわけでもあるまいし。

 

「申し訳ないわね……。アイツのせいで時間がかかったのよ」

 

 そう言って、園部は自らの後方を指差した。その先にいたのは園部班の最高戦力、清水利幸であった。

 

「清水が何かしたのか?」

 

 まさか裏切ったということではないだろうな? いや、普通に顔を出している以上それはないだろうが。

 

「口で説明するよりも見た方が早いわね。……清水」

 

「あ、あぁ。ちょっとこっちに来てくれ」

 

 園部に命令され、少し慌て気味に手招きをした清水。そちらの方向に原因があるのだろうか。

 

 数人で行ってみると、そこには先程戦闘した蝙蝠、蟻の魔物が数十体ずつ蠢いていた。

 

「なっ……!? み、皆、臨戦態勢を——」

 

「あー、待ってくれ。大丈夫だからさ」

 

 驚き、武器を構えて警戒する俺達に、清水が申し訳なさそうな、だがどこか誇らしげな様子で話しかけてきた。

 

「こいつら全部、俺が操作してるんだよ」

 

 そして清水がしたのは驚きの告白。八十九層の魔物をこんな数、使役下に置いた?

 

 そうか、やけに時間がかかっていたのはこの数全てに魔法をかけていたから……。

 

「もう大体わかったでしょうけど、一応説明するわね」

 

 そう言って一つため息をついてから、園部はもう一度口を開いた。

 

「途中の部屋でそいつらが大量に襲ってきたんだけど、機動性もあって使いやすそうだからって、清水が欲しいって言い出したのよ。だから、殺さないように抑えつつの戦闘になって、結果無駄に時間がかかったってわけ」

 

 若干呆れつつも、『ここまでの成果があるとは思っていなかったけどね』と少し嬉しそうな表情で語る園部。

 

 皆は納得の表情を浮かべるとともに、清水の凄まじさに慄いた。

 

 九十層近い下層の魔物をこれだけの数操っているのだから、その驚愕も当然だろう。だが、清水の本領はまだまだこの程度ではないはず。

 

 かつての彼が使役したという数万の軍勢に比べればこのくらい、赤子の手を捻るように簡単だったことだろう。やはり清水の才能はとんでもないな。

 

 その後は清水を讃えながら休息を取り、遂に九十層に足を進める時間となった。

 

 今日の攻略は時間的に九十層が最後だろう。ようやく迷宮攻略の終わりが見えてきて、皆の表情も軽やかだ。

 

 罠などを警戒しながら慎重に進んでいくと、特に何事もなく階段を進み切ることができた。後からは清水の魔物たちがついてくる。

 

「皆、ここは節目の階層だ。何が起こるかわからない。ここは全員でひとかたまりになって行動しよう」

 

 皆に呼びかけ、注意を促す。

 

 この階層は俺にも予備知識がない。わかっているのは作りが八十層台と同じということだけ。

 

 なぜなら、かつての俺達がここに挑んだときは、全ての魔物がすでに殺されていたからだ。あの女魔人族の手によって。

 

 そう、俺はこの場所で初めて魔人族に出会ったのだ。そして、魔人族が人間と変わらない自我と理性を持つ種族だということも、初めて知った。

 

 その事実に動揺して、守るべきものを履き違えた俺は……。

 

 いや、後悔したって仕方がない。今は攻略に全力を注ぐのだ。

 

 まだ時期的に女魔人族がここを訪れていることはありえないため、魔物は普通に生存していることになる。それはつまり、俺にとっても未知の戦いになるということ。

 

 ここから先で、油断は許されない。

 

 これまでよりも一段階高く警戒しながら進んでいく。

 

 途中で魔物が出現してきたが、難なく倒すことができるレベルであり、大した障害にはならないかった。

 

 いや、違う。何かがおかしい。魔物の数が少ない上に、質も低いぞ?

 

 ここまでの難易度は七十層台後半とさして変わらない。どういうことだろうか。

 

 皆も違和感に気付き始め、険しい顔になってきている。おそらくこの先に、何かがある。

 

 そしてさらに進んでいくと、かなり大きな広間に出た。かつて女魔人族と最初に対峙した場所だ。

 

 警戒を強めて、総員戦闘態勢を整えながら入ると瞬間——広間中のいたるところに魔法陣が浮かび上がった。

 

 しかもそれは見覚えがあり、忌々しい記憶を刺激してくる。

 

 これは——

 

「「「「「「「グルァォオオオオオオオ!!」」」」」」」

 

 ——ベヒモスの、軍勢だ。

 

 いや、ただのベヒモスではない? 全体的に赤色のカラーリングに一新されており、漂う威圧感はかつて感じた時の比ではない。つまり、ベヒモスの亜種!

 

「前衛、全力で抑えろ! 後衛まで突破されるな!」

 

 大声で叫んでから、聖剣を構えてベヒモスに突っ込んでいく。

 

 そこから始まったのは、大乱戦であった。

 

 あちらこちらから聞こえる悲鳴に、特大の攻撃がぶつかった爆音。裂帛の声とベヒモスの雄叫びが鼓膜を揺さぶってくる。

 

 一体一体は倒せない強さではない。だが、その数が多すぎる。今後のことは考えずにリソースを消費して全力で戦っているのだが、戦況は互角。

 

「〝天翔閃〟! うぅおおおおおおお!!」

 

 ベヒモスが二体重なったところに十八番の高威力魔法、天翔閃を放ち、一気に切り裂く。なすすべなく力尽きたベヒモス達は、そも巨大な質量を揺らしながら、ゆっくりと崩れ落ちていった。

 

 疲労を感じ、肩で息をしていると、後ろから熱気が……。

 

 慌てて振り向くと、固有魔法を発動し、こちらに突進してくるベヒモスの姿が。しまった、油断した——

 

「〝錬成〟!」

 

 直後に、なぜか陥没した地面の底に、落とし穴に落ちるようにベヒモスが消えていった。そして、入口となった地面の穴はすぐに塞がれ、ベヒモスは生き埋め状態になる。

 

「南雲、助かった!」

 

 とっさに俺を救ってくれた南雲に、一言感謝の意を述べる。

 

 危ないところだった。他の人を見てみると、同じようにギリギリの場面が多い。清水の魔物達が踏ん張っているおかげでなんとか拮抗しているが、このままではまずい事態になる。

 

 仕方がない。流石に裏ステータスを使うわけにはいかないが、表の全力を出すべきだろう。

 

「〝限界突破〟!!」

 

 奥の手たる技能を使い、体から白き光を立ち上らせる。

 

 溢れ出る力。湧き上がる全能感。

 

 今の俺のステータスは、4000を超えている!

 

「〝天翔剣四翼〟!!」

 

 聖剣を振ると、四つの光の斬撃が飛翔し、的確にベヒモスを四体両断した。さらに、そこで止まることなく尚も刃は進み、多くのベヒモスを傷つけていく。

 

 もちろんそれをただ見ているわけではない。天翔剣が飛んでいく最中にも縮地で移動し、ベヒモスを二体ほど切り捨てていた。

 

「皆、ベヒモスを広間の中心に集めてくれっ!〝神威〟で一網打尽にする!」

 

「「「「「「「了解!」」」」」」」

 

 ベヒモスの死体をいくつも積み上げていく俺の姿を見て、士気が復活した生徒達は一気にベヒモスを追い詰めていく。

 

 前衛がベヒモスの動きを食い止めている間に、後衛が魔法を発動し中心に向けて吹き飛ばす。そんな作業を繰り返していき、しばらくして。

 

 遂に全てのベヒモスが一箇所に集まった。

 

「皆、下がれっ!」

 

 取り残しがないか確認してから、攻撃に巻き込まないように生徒達に指示を出す。全員が下がり、防御魔法が張られたのをしっかりと見てから、俺は詠唱を始めた。

 

「神意よ! 全ての邪悪を滅ぼし光をもたらしたまえ。神の息吹よ! 全ての暗雲を吹き払い、 この世を聖浄で満たしたまえ。神の慈悲よ! この一撃を以て全ての罪科を許したまえ」

 

 聖剣に純白の光が迸る。光属性最上級攻撃魔法、大いなる光はいかなる敵をも消しとばすのだ。

 

「うぉぉおおおおおおっ!〝神威〟!!」

 

 部屋全体を白き光が埋め尽くした。何人も、抗うことなどできはしない。暴力的なまでに眩しい白さが、網膜に焼きつく。

 

 そして、それが収まった時には——

 

 ——悪夢(ベヒモス)の姿はどこにもなかった。


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