光輝くんが過去のトータスに誘拐されました   作:夢見る小石

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休息

 ベヒモス討伐後、その日のうちになんとか七十層まで到達した俺達は、迷宮攻略を一旦停止し、ホルアドの町に帰ってきていた。

 

 ちなみに、七十層と三十層を結ぶショートカットの転移魔法陣を発見したために、日をまたがずに帰ってくることができたのである。

 

 遠征でここに来てから丁度一週間、七日目の今日、久しぶりの休日を味わっている。

 

 龍太郎がどこかに行ってしまったので、一人自室で休んでいると、ドアをノックする音が聞こえてきた。

 

「天之河、話があるんだけど、入ってもいいか?」

 

 この声、清水か? ということは、あの件についてだろうか。

 

 ドアを開けて招き入れた。

 

「それで、話っていうのは、もしかして……?」

 

 早速本題に入る。かなり気になっていたことだからな。あの力があれば、攻略は格段に楽になるだろう。

 

「ああ、魔物の使役ができるようになったんだよ! 昨日、もしかしたらいけるかもしれないと思ってさ、帰り際に雑魚にやってみたんだ。そしたら案外、余裕で成功したぞ!」

 

「本当か!」

 

 得意げに語る清水。実行して、さらに成功したとはな。

 

 まさかこんなにも早く習得するとは思わなかった。前回とは違い、迷宮攻略にずっと参加しているため、ステータスもかなり高いのだろう。それにしても快挙であるが。

 

「だからさ、今度はもっと強い魔物を操りたいんだよ。ベヒモスみたいな、さ」

 

 今からその時が待ちきれない、といった様子の清水。ワクワクしていると表情が語っている。

 

 確か、話に聞くところでは、あのティオさんをも操ることに成功していたらしい。それも、二十層に行った時と大差ないステータスで、だ。

 

 それを考えると、六十層くらいの魔物であっても簡単に操作できる可能性は十二分にあるな。

 

 もしかすると、清水の才能は俺なんかよりよほど高いのかもしれない。本当に、裏切ってしまう前に味方になれて良かった。

 

「それじゃあ、早速明日試してみるか」

 

「ああ、よろしく頼む、天之河!」

 

 笑いあって、俺と清水は握手をした。

 

 その後、どこで試してみるかなどのことを話し合い、気がついた頃には十二時になろうとしていた。

 

 

   ◆◆◆◆

 

 

 昼食を食べて、休日は後半戦突入へ。

 

 さて、では今日こそ恵里と話すとするか。とはいえ、どこにいるか分からないな。

 

 とりあえず部屋に行ってみると、意外と普通に恵里に会うことができた。しかも鈴は現在おらず、恵里一人のよう。

 

 いや、どういうことだ。なんの妨害もなくここまで来れただと? そして更に鈴がいない?

 

 おかしい。都合が良すぎる。ありえないだろう、こんな展開。

 

 まさか、何者かの策略が……?

 

「どうしたの、光輝くん?」

 

 恵里が不審そうに俺の顔を覗き込んできた。そんなどうでもいいことを考えている場合ではなかったな。現実逃避だったような気もするが。

 

 ……ここは、何を話すべきなんだろうな。

 

 ふと、神域での戦いが終わって一度地球に帰ったときのことを思い出した。俺はすぐにトータスに戻ったのだが、日本にいる間に恵里の家を訪ねたことがあるのだ。

 

 結果から言えば、俺は恵里の家族に会うことは出来なかった。母親は、すでに引っ越した後だったらしい。父親は何年にも前に他界していて、結局恵里がなぜああなってしまったかの話を聞くことは出来なかったのだ。

 

 そう。

 

 俺は、恵里が狂気に飲まれた理由を知らない。

 

 親から聞けなくたって、知る方法はいくらでもあっただろうに。恵里の昔の知人を追っていけば、どんなに情報が少なくとも推察くらいはできたはずだ。

 

 だが、俺はそうしなかった。

 

 結局のところ、俺はまだ逃げていたのだ。恵里の過去という、見たくないものから目をそらしてしまっていた。

 

 そのせいで、今窮地に陥っている。

 

 ははっ。勇者、か。

 

 どこが勇気ある者なんだろうな。勇者召喚を繰り返して、いくつもの異世界を救って、答えらしきものを出したところで満足していた。いや、満足したと自分に言い聞かせていたのかもしれない。

 

 俺はまだ、変われていない。自分に都合のいい正しさの身を信じて、嫌な現実は認めない。そんなクズから変われていないのだ。

 

 ああ、駄目だな。こんな自己嫌悪を続けていたって、何も進まない。

 

 そんなことを考えている暇があったら、今この時をどうするかを思索するべきだろう。

 

 とりあえず、遠回しに裏切りをやめるように言ってみるか。

 

 ……遠回しってどうすればいいんだ? 怪しまれないようにとか、無理くないか?

 

 い、いや、そこをなんとかやってみよう。

 

「恵里はどうして戦うんだ?」

 

 ……不味い、遠回し過ぎて意味分からないことになった。

 

 え、何を言っているんだ、俺? 恵里が不思議そうな顔をしているじゃないか。誤魔化さなければ。

 

「いや、恵里って戦うとか、争うとか苦手だろう? もし皆に流されて無理してるんだったら……」

 

「大丈夫だよ、光輝くん。確かに怖いし辛いけど、この世界の人たちを助けるためだから。それに、ほら。鈴が無茶しないか心配じゃない?」

 

 ふふっ、と少し笑みを浮かべながら、何も心配するところは無いと告げる恵里。

 

 一見すれば穏やかで、人を安心させるような笑顔だが、今ではその表情の裏に見え隠れする狂気がどうしても気になってしまう。

 

「本当に大丈夫なのか?〝降霊術〟も使えないんだろう?」

 

 降霊術。相手の精神に影響を及ぼす効果のある闇魔法の一種で、死した生物に霊を降ろすことで死体を操るという技だ。

 

 恵里に最も才能のある魔法であるが、その原理からの嫌悪感で使用することができない。

 

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 本当は普通に使える上に、人知れず練習していたらしい。最終的には神代魔法の一つ、魂魄魔法の一端に手をかけていた。

 

 まぁ、とにかく、彼女は切り札として降霊術を隠しているのだ。裏切りの時にはかなりのキーになった魔法で、これさえなければどうにかなっていたかもしれない。

 

 だからこそ、ここで一度さりげなく訊いてみて、反応を見てみる。

 

「うん……ごめんね。降霊術を使えれば、攻略も楽になるのに」

 

 陰鬱な表情をしながら申し訳なさそうに言う恵里。

 

 ……前にこんなことを言ったときもこんな反応だったのだから、そんな新しいリアクションがくるわけもないか。

 

 一応もう少し踏み込んでみよう。

 

「それは別に良いんだ。たとえ降霊術がなくたって、先に進めるくらいの力は皆持ってる。俺は恵里の心が心配なんだよ」

 

「――っ!? う、うん、ありがとう。でも、大丈夫だよ。みんなが頑張ってるのに私だけが怠けるなんてしたくない、それだけは絶対に嫌なんだ」

 

 拳をギュッと握りしめ、力説する恵里。果たして眼鏡の奥の瞳はどんな感情を写しているのだろうか。

 

「わかった、それじゃあがんばろう、恵里!」

 

「うん!」

 

 ここら辺で話を切り上げておくか。まだ深追いできる段階ではないな。タイムリミットは迫ってきているが、まだギリギリではないのだ。

 

 最後に一つだけ聞いておこう。

 

「恵里、南雲に当たった火球が檜山のものだったって、よく見てたな。檜山を警戒していた俺でも見逃すところだったのに」

 

 そう言うと、恵里の顔色が少し変化した。……これは聞いたら不味かったパターンか?

 

「え、えっと、うん。私は檜山君の斜め後ろにいたから、たまたま見えたんだよ」

 

 これまでとあまり変わらない平静を装いつつも、少し焦っているように感じる。これは、檜山がやったのを見たというのは嘘だったということだろうか。そして、そういった嘘を嫌う俺にどう思われるか分からず、誤魔化したと。

 

 本格的にこれ以上は厳しいな。

 

「そうか、あの時は助かったよ。おかげで檜山の罪を暴くことができた」

 

 笑顔を意識して感謝の言葉を言う。安心したのか、恵里も笑顔になった。

 

「大したことはしてないよ」

 

 優しく微笑む姿を見ていると、胸が苦しくなる。本当になぜ恵里はあんなことをしたのだろうか。

 

 なぜ……!

 

「それじゃあ、また後で」

 

「うん、ばいばい」

 

 あまり収穫は得られなかったが、急いだって仕方がない。

 

 俺は恵里の部屋から退室したのであった。

 

 

   ◆◆◆◆

 

 

 夕食後。気晴らしにと庭を歩いていると、後ろの方から足音が聞こえてきた。振り返ってみると、そこには幼馴染の姿が。

 

「奇遇だな、雫」

 

「ええ、そうね」

 

 お互いに少し驚きつつも、会釈をした。

 

 特に話もないので立ち去ろうかとも思ったが、どうしようか。そういえば最近落ち着いて話せる機会がなかったな。

 

「丁度良かった。話したいことがあるのよ」

 

 そんな風に切り出してきたので、離れる理由もないだろう。しばらく一緒に散歩しながら話をすることにした。

 

「どんなことだ?」

 

 大したことではないだろうと思いつつも、少し不安になってくる。

 

「光輝、あなた何か隠してない?」

 

 鋭い視線で問いかけてくる雫。

 

「っ! い、いや、別にそんなことはないけど……。どうしてそう思ったんだ?」

 

 南雲に俺の強さを疑われた時のことを思い出す。また何かやらかしたか?

 

 思い返してみれば、うっかり裏ステータスを解放してしまった場面が何度もあったような……。

 

「そうね、確信しているというわけではないのだけど、光輝が少し変わったような気がしたのよ」

 

「変わった……?」

 

 ま、不味い。バレてる? これバレてるんじゃないか?

 

 よく考えてみれば、いくら洞察力が高いとはいえ知り合い程度の間柄の南雲より、幼馴染の雫の方が俺のことを見ているはずだ。奈落に落ちていくときの俺の出す速度があまりに早すぎた等、疑問に思っている可能性はある。

 

「日本からトータスに来て、雰囲気が変わったように見えるのよ。どこか危うさがなくなったというか……」

 

 雫はそう言うが……。これはまだ大丈夫か? 肝心なところに気がついているわけではないようだ。

 

 ただ単に、雰囲気の変化を感じ取っただけ。それならば問題はない。

 

「ここでは守ってくれる大人はいないからな。メルドさん達はよくしてくれるけど、自分達でしっかりしなきゃすぐに危機に陥ってしまう。変わったように見えるとしたら、きっとそのことを意識しているおかげかな」

 

 適当に誤魔化しにいく。実際のかつての俺は、そこまでの責任感を持つことはできていなかったが。

 

 自分の命を投げ出す覚悟くらいはあった。だが、クラスメイトが傷つくこと責任からは逃げてしまっていたのだ。

 

 それなのに、こんな誤魔化し方をするとは、俺も偉くなったものだな。

 

「そうね、それもあるのでしょうけど、それでもやっぱり何かがあったと思うのよ。あの光輝がその程度のことで変わるとは思えない。……ごめんなさい、失言だったわね」

 

 その通りだから謝る必要はない。というか、やっぱり俺ってそんな認識なんだな。

 

 しかし、そこから『何か隠していることがある』ことに結びつくとは、鋭すぎるだろう。

 

 もういっそ、雫には話しておくべきか? 俺が未来からタイムスリップしてきたことや、その副産物で高い実力を有していることを。

 

 このままいったとしても、雫にはいつかバレてしまうような気がする。いや、実際に近い将来そうなるだろう。そんな確信を持てるほどに、雫はすごい。

 

 と、そこまで考えて、あることに気がついた。

 

 いつのまにか、俺はこの世界が夢や幻覚であると思わなくなっていたようだ。本当に過去にやってきたのだと、そう感じている。

 

 ああ、それなら尚更失敗は許されないな。

 

 今のトータスには、どんな理不尽だろうが力尽くで跳ね除ける、理不尽の塊のような魔王はいないのだ。

 

 俺が、誕生を邪魔したのだ。

 

 だったら、その分は俺が対処しなければ。

 

 この場で雫に全て話すのは簡単だ。だが、それはきっと今ではない方がいい。

 

 最低でも、本物の大迷宮に挑んでからでなければ。あの地獄を体験してからでなければ、俺の力を知ってしまうとだらけてしまうかもしれない。

 

 雫に限ってそんなことはないと思うが、それでもリスクは避けたいのだ。

 

 ……これも、ただの『逃げ』なのかもしれないけれど。

 

「隠してることなんて無いよ。少し疲れてるんじゃないか?」

 

 そして俺は誤魔化し続ける。

 

「そうかも……しれないわね。ごめんなさい、変なことを言って」

 

 苦笑いをしながら謝罪をする雫。

 

 その後は、徐々に登っていく月に照らされながら、お互いに一言も発さず散歩を続けていくのであった。

 

 ……俺は一体、どうしたいんだろうな。


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