光輝くんが過去のトータスに誘拐されました   作:夢見る小石

10 / 26
勇者一行の迷宮攻略

 不味い。これは非常に不味い。

 

 しまったな。あの時は生還するのに精一杯で、手加減する余裕なんて一切なかった。それがこんな形で自分に牙を剥いてくるとは……。

 

 どう答えるのが正解だ? いや、わざわざ理由をつけてしまうと、その時まで本気を出していなかったということになってしまう。それはできれば避けたい。

 

 ここは、自分にもわからないという体でいくか。

 

「あの時は無我夢中だったからよく覚えてないんだが、〝限界突破〟を前に使った時よりも、力の上昇率が遥かに高かった気がする。俺にも何故あそこまでの力が出せたか、分からないんだ」

 

 これは半分本音だ。本当に、あの時の限界突破は何かが異常であった。迷宮攻略中に上がったステータスのおかげだったのかもしれないが、それだけではない気がする。

 

 とはいえ、何もない時に限界突破を試してみることなどできないので、原因を追求する方法はないのだが。

 

「そうなんだ。それなら仕方ないか……」

 

 南雲は残念そうに苦笑いをした。騙しているようで少し申し訳ない気分になる。実際に騙しているのだが。

 

「そういえば、まだちゃんとお礼を言えてなかったね。ありがとう、天之河くん。君のおかげで僕の命は助かったよ」

 

 今度は苦笑いではなく、真剣な顔で感謝の意を述べた南雲。

 

 …………。そんなお礼を言われるようなことはしていないのだ。

 

 俺があそこで飛び込まなくとも、恐らく南雲は生き残っていただろう。それに、もしかしたらあのまま奈落へと落ちて、ユエさんと出会った方が幸せだったのかもしれない。

 

 俺がやったのはただの自己満足だ。世界を救う魔王の誕生を邪魔するという、場合によっては恨まれるかもしれない自己満足。

 

 ただ、目の前で起きる悲劇を見て見ぬふりをできなかった、それだけだ。

 

「大したことは、していない」

 

 心の底からそう思い、或いは何かから逃げるようにそう返す。

 

 その言葉を聞いた南雲の反応は――やはり見慣れたあの苦笑いであった。

 

 

   ◆◆◆◆

 

 

 翌日、オルクス大迷宮前の広場。

 

 二日目の攻略のために俺達は集合していた。

 

「これで全員か」

 

 少し寝坊してきた南雲が来たのを確認し、メルドさんはそう呟いた。……もちろん、檜山を除いた全員、という意味だが。

 

 檜山は現在軟禁状態となっており、騎士団の人から尋問を受けたりしているらしい。今のところ復帰の予定は無いようだ。

 

 昨日はあの後、特にそれ以上追求されることもなく、南雲の部屋から帰ってくることができた。見逃してくれただけかもしれないがな。

 

 ちなみにまだ恵里とは話していない。南雲と相談し、リアルタイムですぐに行ってしまうと、怪しまれてしまうだろうという結論を出したからだ。

 

 メルドさんはもう一度確認するように全体を見回してから、呆れたような、しかしとても愉快といった様子で笑い始めた。

 

「まったく、全員来てしまったか……。戦いたくない者は来なくていいと言ったはずなんだがな」

 

 そう。メルドさんは事前に、今日の攻略に参加したくない人は自室で待機しろと指示を通達していた。昨日の出来事で心が折れてしまった人のことを考えたのだろう。

 

 実際に、あそこで南雲が奈落に落ちていれば脱落する人がかなり出ていた。

 

 だが。

 

「おいおい、そんな奴いるはずねぇだろ? 光輝や南雲のあんな姿を見せられたんだ。昂ぶらねぇなら男じゃねぇ!」

 

 龍太郎が拳を握りながらそう叫ぶ。永山達も同じ思いのようだ。

 

 流石に近藤達、檜山以外の小悪党組はそこまでの元気はないようだが。友達がクラスメイトを殺そうとしたのだから当然だろう。

 

「それに、強くならなきゃ守ることもできないって分かったから。私たちが戦わなきゃ、昨日の南雲くんがそうなりかけたみたいに、死んじゃう人が大勢いるんですよね? だったら、私たちも戦いたいです!」

 

 香織もその優しさを十全に発揮し、決意を語った。女子勢はそれに同意して、うんうんと頷いている。特に昨日南雲に救われた園部あたりは、かなり気合が入っているようだ。

 

「そうか……。じゃあ、お前等、気合い入れていくぞ! 目標は今日中に四十層到達だ!」

 

「「「「「「「はい!」」」」」」」

 

 戦意喪失どころか、むしろ昨日よりも上がっている士気をそのまま、オルクス大迷宮へと突入したのだった。

 

 ベヒモスやトラウムソルジャーとの死闘を乗り越えた俺達は、前日に比べてかなり強くなっており、もう既に経験している二十層までは速やかに進むことができた。

 

 そこからは未知の階層であったが、トラウムソルジャーの大群に比べれば温い魔物ばかり。苦戦などするはずもなく、快進撃を続けていく。

 

 以前とは違い、クラスの全員が揃った状態なので疲れが少なく済み、攻略速度が格段に上がっているのだ。

 

 人数が多いと一人一人の強さはあまり上がらないように思えるが、実際にはむしろ逆であった。余裕を持って行動できるために、必要最小限ではなく殲滅する勢いで魔物と戦うので、かつて三パーティでここを攻略していた時よりも一回りほど強くなっている。

 

 現時点で俺のレベルは31。表のステータスだけでも400を超えているのだ。他の皆もそこまでとはいかずとも、かなりの戦力である。

 

 そのままの勢いで、午前中の間に三十層まで到達することに成功した。

 

「よし、ここで昼休憩だ。続きの探索は一時間後だ、準備はしておけよ!」

 

 魔物を全て排除した部屋で、メルドさんが休憩を指示した。

 

 

   ◆◆◆

 

 

 迷宮攻略三日目の午後。

 

 現在地は五十九層で、六十層への階段を発見すれば、今日の訓練は終了ということになっている。

 

 脱落者は一人も出ておらず、好調なペースを維持できているため、かつての二倍くらいの速度でここまで来ることができた。

 

 ちなみに、南雲は現在俺のパーティに加わっている。〝錬成〟での行動妨害が評価された形だ。錬成の効果範囲も広がっており、大きな戦力の一人となった。

 

「もう少しだね、南雲くんっ!」

 

「あはは、そうだね……」

 

 花のような笑顔で南雲に話しかける香織。昔ここに来た時は切羽詰まっていたのだが、あの時に比べれば香織の感じているプレッシャーは大したことなどないのだろう。

 

 しかしまだ攻略の途中なのだから気を抜くな、と言いたいところなのだが、生憎それは必要ない。

 

 緊張感のない声を出しつつも、香織は一切警戒を怠っていないのだ。

 

 かつての香織があそこまで強くなったのは、南雲を救出するという目的があったからだ。それがない今回は幾分か弱体化するかもしれないという覚悟をしていたのだが、全くそんなことはなかった。

 

 むしろ、非戦系職業であるというのに日に日に強くなっていく南雲を守れるくらいに、と前回よりも訓練をしているまである。

 

 それに触発されたのか、他の皆も以前より研鑽を積んでいるのだ。

 

 この程度の階層では苦戦することなどあり得ないだろう。

 

 和やかでありつつも、ピリピリとした空気の中進んでいくと、前方から魔物の群れがやってきた。

 

「目標確認、アースリザード六体!」

 

 アースリザード、この階層で出てくる主な敵であり、土魔法を行使してくるトカゲのような魔物だ。

 

 開戦初手から固有魔法である岩石の砲弾を放ってきた。

 

「香織、鈴!」

 

「「守護の光は重なりて、意思ある限り蘇る、〝天絶〟!」」

 

 指示を出すと、二人はよどみなく防御魔法を発動。もともと適正レベルよりも上の実力を持つ二人の障壁を貫けるはずもなく、砲弾は天絶に当たって落下する。

 

 そして、アースリザード達が固有魔法の反動で固まっているわずかな隙に、南雲が地面に手をついた。

 

「〝錬成〟!!」

 

 その掛け声とともに、アースリザードは変形した地面に捕らわれる。南雲の錬成は二日前とは比べ物にならないほど洗練され、かなり遠距離からでも届くようになっていた。

 

 後は仕上げだ。

 

「灰となりて大地へ帰れ、〝螺炎〟!」

 

 俺が放った螺旋状に渦巻く火魔法は、六体全てのアースリザードをあっけなく焼き尽くした。感知に引っかかる敵はもういないので、これで戦闘終了だ。

 

「お、あれ階段じゃねぇか?」

 

 俺の螺炎が発生させた煙が消えると、通路の奥にある下の層への階段らしきものを発見できた。

 

 メルド団長はその階段が罠による偽物ではないことを確認し、全員に号令をかける。

 

「今日の訓練はここまでだ。ここに拠点を作るぞ!」

 

「「「「「「「はい!」」」」」」」

 

 

   ◆◆◆◆

 

 

 訓練四日目の午後。俺達は遂に因縁のある六十五層へと足を進めていた。

 

 ここまでも特に苦戦はなく来れたのだが、それで弛むこともなく、皆の緊張感は過去最高に達していた。

 

 なにせ、今から突入する六十五層は唯一俺達を命の危機になるまで脅かした魔物、ベヒモスが本来出現する場所なのである。

 

 しかも、ここは歴代最高到達階層。ロクなマッピングがされているわけでもなく、ほとんど未知の領域である。もちろん、俺を除いてだが。

 

「気を引き締めろ! ここのマップは不完全だ。何が起こるかわからんからな!」

 

 メルドさんの注意を喚起する声が響く。皆は生唾を飲み込み、引き締まった表情になった。

 

 適度に緊張した状態で六十五層の攻略がスタートする。

 

 今までよりも慎重に、一歩一歩確かめるように進んでいくと、大きな広間に出た。嫌な予感を感じている人が大勢いるようだ。

 

 そう。ここはベヒモスが出現する場所。六十五層の中で最も危険な地帯なのである。

 

 武器を構え、戦闘の準備をしながら広間に入ると、部屋の中心に魔法陣が浮かび上がった。

 

 禍々しさを感じる赤黒い色合いで、まるで生き物のように脈動する直径10メートル程の大きさの魔法陣。それはとても見覚えのある……。

 

「ま、まさか……ベヒモス……!?」

 

 顔を強張らせながら、南雲が呟いた。それに反応するように、龍太郎も大声で叫ぶ。

 

「マジかよ、アイツは死んだんじゃなかったのかよ!」

 

 他の生徒たちも口々に『何でだよ』やら『嘘だろ』などと焦った表情で叫んでいる。

 

 メルドさんは冷静な声色で、動揺する生徒達に呼びかけた。

 

「迷宮の魔物の発生原因は解明されていない。一度倒した魔物と何度も遭遇することも普通にある。気を引き締めろ! 退路の確保を忘れるな!」

 

 その言葉を聞き、考えるよりも先に行動するよう訓練された生徒達は動き始めた。

 

 比較的弱い者達は退路の確認。後方に注意を向け、逃げる時のために邪魔な障害物をどけに行った。

 

 上位の実力を持っている、俺のパーティ、永山のパーティ、園部のパーティ、そしてメルドさん達騎士団は魔法陣の四方を取り囲むような配置に移動する。

 

 緊張の中、遂に魔法陣が爆発したように輝き、再び俺達の前に悪夢(ベヒモス)が現れた。

 

「グゥガァアアア!!!」

 

 咆哮を上げ、地を踏み鳴らす異形。ベヒモスが俺達を壮絶な殺意を宿らせた眼光で睨んでくる。

 

 そして、最初からいきなり固有魔法を使用し、頭部を赤熱化させ突進——

 

「〝錬成〟!!」

 

「「「〝縛光刃〟!!〝縛煌鎖〟!!」」」

 

「「「〝堕識〟!!〝邪纏〟!!」」」

 

 ——して来るかと思った瞬間、幾重もの行動阻害魔法により、一切の身動きが取れなくなった。

 

「ガァ!? グラッ! グルァッ!!」

 

 必死に抜け出そうとしているようだが、体の自由を奪還する様子はない。ということは。

 

 ただの的である。

 

「この一撃を以って全ての罪科を許したまえ、〝神威〟!!」

 

 聖剣が光り輝くとともに、俺から放たれた光系最上級魔法がベヒモスに直撃した。

 

 その他の生徒も思い思いの攻撃魔法をぶつけていく。

 

 そして全ての魔法を放ち終わり、それによって生じた煙が晴れた時、ベヒモスは無残な姿で倒れていた。

 

 哀れベヒモス。満を持して、宿敵というような登場をしたというのに、見せ場はゼロで開戦十五秒で沈んだのだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。