光輝くんが過去のトータスに誘拐されました   作:夢見る小石

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第一章
光輝くん誘拐されす……ん?


「またなのかぁああああああああああーーーッ!!」

 

 ふと不吉な気配を感じたと思ったら、俺の足元に白銀に光り輝く円環と幾何学模様が現れた。

 

 俺にとっての悪夢の象徴、もう見慣れてすらいるそれは恐らく〝異世界召喚の魔法陣〟だろう。

 何度も何度も、一体どんな恨みがあるんだと叫びたくなるような回数、これによって地球とは異なる異世界に誘拐されてきた。〝勇者〟として世界を救って欲しいと、懇願されてきたのだ。

 最悪なトラウマも、運命の出会いもあった。決して、一概に悲劇であったと否定することはできない。

 

 だけど。

 

 だけどッ!

 

 これは多すぎだろう!

 

 若干涙目になりながら、救いを懇願するように手を前に伸ばす。

 だが、その手は誰にも届くことはない。

 

 最近はいつも一緒にいる元女王と元女神は今日に限って留守番で、頼りになる幼馴染や親友は現在は日本にいる。もちろん、かつて共に異世界攻略をしたこともある魔王もここにはいないのだ。

 嗚呼、今度帰ってくるのは何日、何ヶ月、何年後になるのだろうか。

 

「もう嫌だ……」

 

 涙によって歪んだ視界を、暴力的なまでに真っ白な光が埋め尽くして――俺、天之河光輝は異世界〝トータス〟から消失したのだった。

 

 

   ◆◆◆◆

 

 

 光が収まって最初に目に飛び込んできたのは巨大な壁画だった。美しい草原や湖、山々をバックに微笑む金髪の中性的な人物。これは――

 

 慌てて周囲を見てみると、どうやら俺は大理石でできた巨大な広間にいるらしい。ここは、()()()()()()()聖教教会の大聖堂。

 どういうことだ? 何故俺は()()()()にいる。まさか、トータスからトータスに召喚されたとでも言うのだろうか。

 意味不明な事態に呆然としながらも、時間経過により少し冷えた頭で周りをもう一度見たのだが。

 

 なぜか、俺の近くによく見知った人たちがいた。高校時代のクラスメイトである。

 

 何で――まさか、皆も召喚されたのか?

 

 いや、待て。どこかがおかしい。記憶にある彼らよりも、受ける印象が幼い気がする。

 

 違う。違和感はそんなものじゃない。

 

 もっと決定的な。

 

 …………。

 

 何で。

 

 どうして。

 

 ここに、いるんだ。

 

 生きているんだ。

 

 愕然とする俺の視線の先には、トータスにて死亡したはずの――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――中村恵里や檜山大介らの姿があった。

 

 

 

 そして、更にありえない現実は続いていく。

 

 南雲が。あの南雲ハジメが。()()なのだ。

 いや、何をもって普通と表現するかは定義が難しいところではあるが、とにかく俺の知っている南雲ではなかったのだ。

 奈落から蘇り、圧倒的な力を手に入れて、美少女を侍らせ、最終的には〝神殺しの魔王〟と呼ばれるようになった、忌々しくも清々しい最強の姿は見る影もない。

 そこにいる南雲はどこにでもいる普通の、苦笑いを常に浮かべるオタクな男子高校生。そう、まるで召喚される以前のような。

 

 更に、俺たちが立っている台座の周りには、同じく亡くなったはずの教皇イシュタルたちが跪いている。

 

 それは、つまり。

 

 ありえない。ありえないが。

 

 俺は、俺たちのクラスがトータスに召喚されたその日その場所にいる、ということなのか?

 

 

   ◆◆◆◆

 

 

「――あなた方には是非その力を発揮し、〝エヒト様〟の御意志の下、魔人族を打倒し我ら人間族を救って頂きたい」

 

 驚愕によって思考が停止状態になっているうちに、どうやらイシュタルさんが説明を終えたようだ。

 

 本当に、何が起きているんだ。

 いつも通りに魔物退治をしていたら、こんなことになるなんて。

 一応、何でこんな状況になったか考えてみるか。現実逃避に近い気もするけど、何もしないよりはまだ良いだろう。

 

 俺が思いつく原因は三つ。

 

 一つ目は、これは夢であるということ。これが一番可能性も高いと思う。

 なんらかの異世界に召喚された後、俺は気絶するか眠るかして、こんな夢を見ている。これまで召喚されてきた中で、似たようなことはあったし、ありそうだ。

 

 二つ目は、幻覚。何者かによって幻覚を見せられている状態。これも決してなくはない話である。

 

 三つ目は、最も現実味が薄く、信じたくない可能性。

 俺が、過去にタイムスリップをしたということ。

 

 以前ならば、そんな非科学的なことは起こりえないと一考の余地すらなく切り捨てたかもしれないが、今は違う。

 異世界の存在を知り、おとぎ話の中にしかないと思っていた魔法も身につけてしまった。それならば、過去逆行があってもおかしくはないと思えてくる。

 とはいえ、恐らく南雲であっても時間移動などという滅茶苦茶なことは出来ないはずだ。それを考えるとやはり、このパターンである確率は相当低いだろう。

 

 原因は考えた。問題は、これからどういった行動をしていくべきか、だ。

 

 まず一つ目の場合、特には何もする必要はない。ただ、目が覚めるまで、この夢を適当に楽しんでいればいい。

 

 二つ目だと、かなり厳しいことになる。

 まず、敵が幻覚を見せてきているのであれば、何とかして抜け出すために解除法を見つけ出さなければいけない。ただ、もしその場合であったら、自力での脱出はほぼ不可能に等しい。情けない話だけど、誰かが助けてくれるのを待つしかないだろう。

 敵ではなく、大迷宮のように試練として幻覚を見せられているとしたら。もしそうだったら、俺が試練を達成すれば幻覚は解けるはずだ。この場合、俺に求められているのは勇者としての責務の全う、過去と向き合い完全にトラウマから抜け出すこと、だろうか。ならば、全力で挑むしかない。

 

 最後に三つ目。もしも本当に過去に来てしまっているのなら。

 そうであれば、俺はどうする?

 簡単だ。今度こそ皆を守りきる。トータスを救い、クラス全員で地球に帰るんだ。

 

 結局どのケースであっても、俺がとっていくべき行動は一つだけ。出来るだけ犠牲が少なくなるように、全力で生きていく。

 たとえこれが夢であっても、前と同じにはしたくない。その選択に意味がなかったとしても、俺は誰かを見捨てたくはないんだ。

 とはいえ、もしかしたら案外、簡単に元の世界に戻れるかもしれないのだが。

 

「ふざけないで下さい! 結局、この子達に戦争させようってことでしょ! そんなの許しません! ええ、先生は絶対に許しませんよ! 私達を早く帰して下さい! きっと、ご家族も心配しているはずです! あなた達のしていることはただの誘拐ですよ!」

 

 愛子先生の必死な抗議が聞こえてくる。

 あの時は庇護するべき小動物を見るような眼を向けていたけど、今であればそんな感想は抱けない。

 

 俺は知った。現実は辛く厳しいという、本来は至極当然なことを、全てが終わった後にようやく知ったのだ。

 だからこそ、今ならばわかる。この時の先生がどれだけの怒りを持っていたか。どれだけの覚悟を持って言ったか。

 きっと不安だったはずだ。きっと恐怖していたはずだ。きっと責任に押しつぶされそうになっていたはずだ。

 それでも先生は、たとえ虚勢だろうと何だろうと、俺達生徒のためを思って全力で立ち向かっていた。

 

 それなのに、俺は……。

 

 安易な考えで皆を悲劇に巻き込み、死者も出してしまった。できることなら、もう二度とあんな無力を味わいたくはない

 

 ――俺はどうすればいい。俺はどうするんだ。

 今度は皆を戦わせないように動く? いや、きっとそれも不可能だ。

 この異世界は、力なくして生き残れるほど優しくはできていない。襲い来る脅威から身を守るには、戦い、力をつけるしかないのだ。それに、もし戦うことを拒否したとしたら、教会の人間に何をされるか分かったものではない。

 とりあえず、俺は戦士となろう。曲がりなりにも勇者である俺は、召喚により力を手に入れた皆と比べても大きな戦力となる。最悪でも俺さえ協力すれば、教会も許してくれるはずだ。

 他の皆は……、できれば平和に生きてほしいが、そういうわけにもいかないんだろうな。異世界に生きる他人だとはいえ、無実の人々を自己保身のために見捨てることができるような、器用な者ばかりじゃない。きっと……。 

 

「お気持ちはお察しします。しかし……あなた方の帰還は現状では不可能です」

「ふ、不可能って……ど、どういうことですか!? 喚べたのなら帰せるでしょう!?」

「先ほど言ったように、あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんのでな、あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意志次第ということですな」

「そ、そんな……」

 

 容赦なく現実を突きつけるイシュタルさんに、力なくへたり込む先生。

 

 厳しいことを言われたようだが、確かにそれは真実だ。異世界間での移動はそう簡単にできることではない。それも、特定の世界への移動など、基本的には不可能なのだ。

 あの南雲でさえ、それを可能とするために必要な二つの魔法を手に入れるまでにはかなりの時間を要した。

 まず、最低条件として全ての大迷宮を攻略し、神代魔法を修得しなければならないのだ。俺が一つも達成できなかったそれを。

 

「うそだろ? 帰れないってなんだよ!」

「いやよ! 何でもいいから帰してよ!」

「戦争なんて冗談じゃねぇ! ふざけんなよ!」

「なんで、なんで、なんで……」

 

 先生が黙り込むと同時に、堰を切ったように騒ぎ始める生徒達。見苦しいだなんて、とても言えない。見知らぬ世界の危機などよりも自らの身が大切だというのは()()なのだから。

 

 いつもは冷静沈着な雫でさえも、この時ばかりは冷や汗を流して動揺していた。

 ふと南雲の方を見てみると、特に狼狽える様子もなく平静を保ったまま。更に状況を観察する余裕すらあるようだ。どうやら、彼は変わってしまう以前から既にある種の化け物だったらしい。

 帰れないという事実を知った上で、大して反抗心も抱かず、誘拐犯であるところの彼らを救おうとすら思った俺は、それ以上に()()()だったのだろうが。だが、それでも、俺という人間は救いを求める手を無視することはできないんだろうな。

 

 イシュタルさんの目の奥には、少しの疑念と大きな侮蔑が渦巻いている。『エヒト様に選ばれておいて何故喜べないのか』とでも思っているのだろうか。

 やはり、彼は、彼らは危険だ。信頼していると確実に痛い目にあうことになる。そもそもが、俺達のことを、〝自分達のために誘拐されてきた少年少女〟ではなく〝エヒト様に遣わされた使徒〟としか見ていないのだ。

 個人としての人格を見ず、俺達を通してエヒトルジュエを眺めているに過ぎない。

 恩もあるが、それを考慮したとしてもあまりに危険。いつかは脱出するべきかもしれない。

 だけど、今はまだその時じゃない。この世界で暮らしていくための基盤がゼロなのだから。しばらくは王国で力をつけていく必要があるだろう。

 

 とりあえずは、皆を落ち着かせようか。

 パニックは一向に収まる気配はなく、むしろ時間とともに酷くなってすらいる。

 そうなっても仕方がない状況であるのは確かだろうが、それでは何も進展しない。ここは少し強引でも皆の意思をまとめるべきだろう。――ただし、前回程は煽りすぎないように。

 

 皆の注目を集めるために、俺は立ち上がってテーブルをバンッと叩いた。急な轟音に驚いたようで、その場にいた全員の視線がこちらに向かう。

 そして、ほぼ完全に静かになった時を見計らい、俺は話を始めた。

 

「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がないよ。彼にだってどうしようもないんだから」

 

 もし仮にどうにかする方法があったとしても、〝神の使徒〟である俺達をそうそう手放すことはないのだろうが。

 

「……俺は、戦おうと思う。確かに俺達は理不尽に誘拐された。だけど、この世界の人達が滅亡の危機に瀕しているのは事実なんだ。それを知って、見て見ぬ振りをすることは俺にはできない。……いや、できるできないじゃなく、してはいけないんだと思う。それに、人間を救うために召喚されたのなら、役目さえ終われば返してくれるかもしれない。……イシュタルさん、どう思いますか?」

「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無碍にはしますまい」

 

 実際は、あのエヒトルジュエはそんなまともな感性を持ってはいないだろうが、ここでそれを言う必要はない。余計な混乱を招くだけだろう。

 

「それに、俺達には大きな力があるんですよね? ここに来てから妙に力が漲っている感じがします」

「ええ、そうです。ざっと、この世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょうな」

「うん、だったらきっと大丈夫だ。皆、俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救ってみせる!!」

 

 あの時の俺の無責任なこの言葉が、クラスメイト達を辛い戦いに引きずり込んだ。何度も後悔したし、いくら謝っても足りないだろう。

 だからこそ。以前と同じように、だがかつてとは違い、軽い気持ちではなく本当の覚悟を持って。俺の力が及ばず、死なせてしまったり悲しい思いをさせてしまった人を救うと、誓った。

 

「もちろん、皆は俺と同じ道を選ぶ必要はない。無理だと思ったら、戦いに参加なんてしなくていい」

 

 この発言を聞いた教会の人がほんの少しだけ睨んできた。せっかくの戦力なのだから邪魔をするな、ということだろうか。

 だが、何と言われようとも撤回するつもりはない。それを望まない者に無理矢理やらせたりはしたくないのだ。

 それに、ここで全員が戦わなくてはいけない、というような空気を作り出すのは危険だ。半端な心構えは、時に取り返しのつかない失敗を巻き起こす。

 

 そう。例えば――南雲が奈落の底に落ちたように。

 

「はっ! お前一人じゃ心配だからな。俺もやってやるぜ」

 

 立ち上がって拳を握りしめながら宣言する龍太郎。

 

「仕方ないわね。気に食わないところはあるけれど、今のところそれが最善でしょうし……。私も戦うわ」

 

 静かに溜息をつきながら、諦めたように、しかし決して折れない強い信念を持ちながら、雫も同意した。

 

「え、えっと、雫ちゃんもやるなら私も頑張るよ!」

 

 怯えを隠し切れずに震えながらも、香織は親友と共に在るために決意をする。

 

 クラスの中でも影響力の強い三人が俺に賛同したことにより、他の皆も段々と戦う意思を表明していった。先生はオロオロとしながらも止めようとしていたが、この流れの前では無力である。

 ……これは、俺のミスか。戦わせたくないのなら、俺は前向きにではなく嫌々協力を表明するべきだった……? でも、それは……。…………。

 結局は危惧していた全員参加となってしまった。イシュタルさんは満足そうな笑みを浮かべている。

 

 

 恐らく、この時に本当の意味で戦争をするとはどういうことか理解している生徒は一人もいなかったのだろう。そのせいで安易な方向に行ってしまった。その中でも雫や南雲は比較的冷静な視線で見ていたようだが。

 ただ、これは一種の現実逃避だ。崩れそうになっている精神を、僅かな希望にすがることによって辛うじて守っているのだろうから、簡単に否定できるものでもない。

 あまり良くない状況ではあるが、こうなってしまっては致し方ない。きっと、実際に戦闘に触れていけば、想像以上の厳しさに脱落する人が出てくるはずだ。

 言葉で言うよりも経験してみる方が分かりやすいだろうし、訓練も最初の頃は命の危険はほとんどない。であれば、比較的難易度の低い序盤のうちに離脱してくれる人も多いはず。とりあえずはこのままやっていくことにしよう。

 

「それじゃあ、皆。力を合わせてこの難局を乗り切ろう!」


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