『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第十部「ヴィア・ドロローサ」   作:城元太

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第百弐拾五話

 征東軍は未だに相模を発つことが出来ずにいた。

 バイオデスザウラーの再出現が、部隊の出撃を妨げたというのが表向きの理由ではある。だが、その実、坂東の覇者ネオカイザー将門との直接対決を先延ばしにしたいというのが本音であった。不死山の死竜の出現は、征東軍にとってもまさに天啓であったと言えよう。

 相模の村岡五郎良文の歓待に惰眠を貪り、日々を無為に過ごしていく征東軍の群れの中、只一人六孫王源経基だけが気炎を吐いていた。

「征東大将軍殿はいつになったら腰を上げるのだ」

 武蔵武芝、興世王、そして小次郎に受けた屈辱を晴らす絶好の機会を得られたにも拘わらず、藤原忠文は一歩たりとも動こうとはしない。

「虚仮威しの破邪の剣め」

 ゴジュラスギガに装着された二門のバスターキャノンが、無聊を託つが如き鈍い鉄の輝きを放っている。傍らのジェノリッターは、獰猛な本性を覆い隠す仮面を被り佇むだけである。

「これでは下野押領使の藤原秀郷に手柄を横取りされてしまうではないか。雪辱を晴らさずにはおけぬ。死ぬなよ将門、貴様の首は俺が必ず取ってやる」

 主の憤りを知ってか知らずか、格闘モードのギガの双眸に赤い光が点る。

 宇宙海賊藤原純友と相反する理由で、小次郎の生存を強く願う者が此処にいた。

 

 

 傷付くことのなかった濃紅の装甲に、刃傷が次々と刻まれていく。

 避来矢エナジーライガーのビーム偏光障壁さえも、荷電粒子を纏い燐光を放つムラサメブレードはたやすく貫いた。

 接近戦では分が悪いと判断した秀郷は、エナジーチャージャーの出力を上昇させると共に機体を浮揚させ、刀身の届かぬ距離まで滑走した。仮想粒子タキオンを操るエナジーチャージャーは、謂わば龍宮より与えられたロストテクノロジーである。陸戦用ゾイドに於いてエナジーライガーの速度を超える機体は無い。紅玉の翼エナジーウィングを展開し、後退りの姿勢でチャージャーガトリングと二連装チャージャーキャノンによる猛烈な行進間射撃を行った。幾多の蝦夷を掃討してきた強力な光学エネルギー弾道兵器は、確実に標的に命中している筈だった。

 

 銃撃によってたちこめた紫煙の奥、秀郷は己の視覚を疑う。そこには、無傷のままに悠然と立つ、輝く碧き獅子の姿があったのだ。

 

 機体の性能差が違い過ぎる。

 

 百戦錬磨の秀郷も、今の叢雨ライガーには到底敵わぬことを悟った。 

 

 

 小次郎にとって対決を望むのは、貞盛の乗るライガー零・隼である。だがジェットレイズタイガーと共闘する以上、より強力な機体エナジーライガーと組み合うのが真・叢雨ライガーの責務であり、飛翔能力を有する零・隼にはジェットレイズタイガーが対峙するのが適確と判断された。

 ユニゾンを成さぬ青い虎では、零・隼に劣勢を強いられるに違いない。だが、幾多の死地を潜り抜けてきた俘囚の上兵は、小次郎の意図を汲み零・隼へと挑んでいく。

「藤太を倒す。それまで耐えてくれ」

『叢雨』の文字が輝く操縦席の中、小次郎は冷徹に濃紅の標的を追った。

 

 

 紫煙の中に叢雨ライガーが消える。

「ぐっ」

 秀郷が言葉にならない呻き声を漏らす。

 黄金の鬣が轡の鼻先にまで接近している。グングニルホーン打突の間合いも取れない距離であり、驚異的瞬発力に悪寒が趨る。

 物理的打撃には、ビーム偏光障壁は意味をなさない。間髪入れぬ横殴りのストライクレーザークローに、濃紅の獅子は派手な横転に陥った。秀郷は反射的に奥歯を噛み締める。舌を噛むのは避けられたが下唇から出血した。

 チャージャーガトリングが取り付け基部より捻じ切られ脱落する。エネルギー伝導管に引き摺られた銃身は、地表と本体と衝突し甲高い金属音を響かせ落下した。崩された機体の体勢を戻そうとエナジーライガー前後右側の脚を縮めた刹那、大上段に振り翳したムラサメブレードが頭上に迫るを知る。

 凡庸な武士であれば、切先を躱さんと足掻く間に斬られていた筈だ。斬撃を避けられないと諦観した秀郷は、横転する機体を仰向けにし、ムラサメブレードの峰を蹴り上げ刃の重力加速度を減殺する。勢いを付けたまま半回転し、二連装チャージャーキャノンを楯に本体を庇う。

 目論見は半ば成功し半ば失敗した。切断され宙を舞ったのは、チャージャーキャノンを装備したままの前脚であった。三本脚となったエナジーライガーが翼を展開して立ち上がる。上空を舞うのは漆黒の獅子と青い虎のみ、空中支援を行うべきホワイトジャークの機影は一羽としていない。

「所詮は土魂、頼りにならぬ。愚図愚図すれば再び荷電粒子を帯びた刃が襲い掛かって来る」

 再び優速を活かし全力後退を行うエナジーチャージャー尾部コネクターより白煙が噴き上った。

〝退き際です〟

 狼煙としての白煙の合図を視認した藤原千晴が、ユニゾン中の貞盛と呼応する。空中戦でジェットレイズタイガーを圧していた零・隼にとって、矛を収め撤退するのは容易であった。後衛に聳えるディグへの方向へ進路を取ると、地上の碧き獅子に目も呉れず飛び去っていく。

「藤太、太郎、また逃げるのか」

 追撃を試みる小次郎の前に、無数の伴類のゾイドが立ち塞がった。ジャミングが継続されていたため撤退情報は追討軍内に共有されず、後退するエナジーライガーにも気付かず闇雲に叢雨ライガーに突入してきた。烏合の兵とはいえ、膨大な追討軍のゾイドを果てることなく薙ぎ払い続け、二匹の獅子との距離も見る間に広がっていく。ブロックスゾイドを掃討し、ディグ追撃への移行を試みた時であった。

 横合いから黒いゾイド二機が叢雨ライガーの進路上に侵入し、小次郎の行く手を塞いだ。体節の隙間よりディオハリコンの燐光を放つ角竜型ゾイドである。高々と屹立させたハイブリッドバルカンを互いに交差させ、跳び越すことも妨げようとしている。疾走していた叢雨ライガーが脚を留めた。回避することも、斬り捨てることも出来たにも関わらずに。その機体に乗る者達を、小次郎は良く知っていた。

「公雅、公連、そこをどけ」

 回線は閉じられており、小次郎の声が伝わる筈もないが、叫ばずにはいられなかった。妻の実弟にして亡き平良兼の後嗣。嘗て捕らえられた良子を多岐共々に解放し、存命だった良兼に逆らい道理を通し、小次郎との真正面からの対決を望んだ従弟達が乗るダークホーンである。

 またこれも、秀郷の策略であった。万が一にも秀郷達が窮地に陥った際の、小次郎を食い止めよという命令を与えられていた。

 ダークホーンと叢雨ライガーでは、戦力的に雲泥の差があり到底太刀打ちできるものではない。だが妻子を解放した義理の弟達を無情に斬り捨てることはできないばかりか、必ずや小次郎の心は揺れ動くと予測した上で伏兵としたのだ。貞盛という、小次郎の特性をよく知る智将を得た秀郷の謀略は悉く有効に機能し、そして謀略は更に二重三重に張られていた。

 

 青々と茂っていた畝が爆裂し、炎の海原に巨大蜈蚣の艦体が紅蓮の陽炎を纏い揺らぐ。

 民が拓き育てた田畑と、細やかな幸せと団欒を育んだ家屋が燃えて逝く。

 巨大空母ディグの装備する対空兵装を全て地表に向け、艦の全周囲を火の海と化していた。発艦叶わなかったホワイトジャークの焼夷弾も簡易な射出装置によって無差別に放出された。合成樹脂を混入させた粘着質の炎の波に民家は呑まれ、黒々とした消し炭となっていく。炎に巻かれ取り残された者達は、家族全員焼き殺される惨禍が相次いで表出した。 

 名も無き多くの民を楯にすることこそが、小次郎の最大の弱点と知る秀郷の容赦なき謀略であった。

 惨状を前に、唇を震わせ小次郎が呟く。

「やめろ」

 怒りが沸騰し、冷静な感情が消滅していく。

「やめろ、民に何の罪がある」

 激情は〝無限なる力〟の顕現を揺り動かし、究極体の叢雨ライガーを変化させていく。

 延焼を食い止めたいという一念。小次郎が叫んだ。

「疾風ライガー!」

 炎の如き緋色の獅子が出現し、目の前のダークホーンと組み合うことなくに吹き飛ばす。火焔逆巻く大地に向かい、疾風ライガーは突風を巻き起こし疾駆した。

 より強烈な炎によって野火を薙ぎ払った伝説の宝剣の如く、疾風ライガーは両の前肢に装備したムラサメディバイダーとムラサメナイフによって、燃え盛る炎を切り裂いていく。

 咄嗟に取った行動だった。疾風ライガーにそんな能力があることなど知らなかったが、小次郎の想いに、村雨ライガーはエヴォルトによって応えたのだ。

 燃上する大地を縦横無尽に走り抜け、緋色の獅子が装甲の彼方此方を煤に染めた。

 緋色が碧に戻る頃、火勢はかなりの範囲で削がれていた。既に秀郷の軍は去り、ディグも止めを刺されることもなく悠々と戦場を後にしていった。

 残存していた小次郎のゾイド群も、必死の消火活動に参加するが、消火機能を持たない戦闘ゾイドでは、精々残り火を踏み潰し延焼を防ぐのがやっとである。

 期せずして水流が迸り、残り火の上に飛沫が舞い蒸気の白煙を上げる。川口村に面する飯沼より、鋼鉄の鰐が群れを成して上陸して来た。

〝将門様、あとは我ら湖賊衆にお任せくだされ〟

 貞盛の率いたドラグーンネストによって信太流海に閉じ込められていた霞ケ浦湖賊、大江弾正が到着したのだ。

〝水を扱うのであればバリゲーターが適任、どうか敵を追ってくだされ〟

「重房、お前達も生きていてくれたか。有り難い……」

 弾正の到着が、張り詰め続けた緊張の糸を弛めた。愛機に抱かれたまま小次郎は意識を失う。

 限界までの酷使を耐え抜いた村雨ライガーも、主と同じく力尽き、その場で頽れ横臥した。

 

 

『川口村の戦い』は、辛うじて秀郷軍を撃退した形で終息するが、下総から常陸の地は焦土と化し、小次郎の軍勢は正しく満身創痍であった。

 

 


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