『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第十部「ヴィア・ドロローサ」   作:城元太

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第百弐拾四話

 ムラサメブレード一太刀のみで、零・隼とエナジーライガーの同時攻撃を防ぐのは成し難い。

 力の優位を頼みにする二匹の獅子は、決着を急ごうとはしなかった。激烈な攻撃を間断なく続け、生命体としてのゾイドの疲労を蓄積させれば自ずと相手に隙ができる。既にエヴォルトを強制解除した村雨ライガーは、チャージャーガトリング着弾への回避行動に精彩を欠き、バスタークローを受け止めるにも圧され気味となっている。混戦の中、鎌首を擡げ打ち込まれた三叉の錐を払い除けるが、村雨ライガーは不覚にも脇腹を濃紅の獅子正面に晒していた。

 グングニルホーンが村雨ライガーのコア目掛けて突入する。コアが死滅し活動を停止する瞬間を狙い、眼前で零・隼の前肢が振り翳されていた。

「俺はまだ逝けぬ、逝けぬのに……」

 やり残したことは幾らでもある。脳裏に猛烈な勢いで記憶が巡った。それが死の直前に訪れるという邂逅と悟り、小次郎はあまりに呆気ない一生の最期を悔やんだ。

 見開いた瞳に妻子と郎党と民の姿が重なる。

「……良子、すまぬ」

 瞬く刹那、小次郎は不可思議な浮揚感を覚えていた。

 

 標的を失ったグングニルホーンとザンスマッシャークローが互いの機体を削り相打ちとなる。激突し横転する獅子達を尻目に、小次郎は村雨ライガーごと宙を舞っていた。気付けば、翼を持つ青い虎に抱えられ空を飛んでいた。

〝遅れ申した将門殿。坂上遂高、只今参上仕った〟

「生きていたのか!」

 青い虎ジェットレイズタイガー。ソウルタイガーとほぼ同機種にありながら、萌葱色の集光板を持ち、広大な翼によって飛行能力を有する精強なゾイドである。下総と下野の国境で襲撃され、生死不明となっていた手練れの上兵が、強力なゾイドと共に舞い戻って来たのだ。

〝あの程度の攻撃で俘囚は死にませぬ。然れど愛機ソウルタイガーを失ったため、陸奥に帰り新たなゾイドを手配するのに多少猶予がいりました。その際出羽にて、舎弟の八郎将種殿と養父伴有梁殿には篤く世話になりました。舎弟殿は刃ライガーにて参じられ、今頃三郎殿たちに合流した頃です〟

「そうであったか」

 歓極まり、それ以上の言葉に詰まる。

 僅か二機のゾイドに過ぎない。だが今の小次郎にとって、百万の味方を得たに等しい援軍であった。

〝油断召さるな。後方より貞盛のゾイドが追撃して来ます〟

 衝突によって右脚の爪を欠いたものの、隼の能力を持つ零は宙駆けて浮上する。更には紅玉の翼を開いたエナジーライガーも猛烈な速度で追撃していた。遥か上空には、満載に爆装したホワイトジャークが無辜の百姓の育む大地を狙い乱舞する。

 ジェットレイズタイガー単機であっても到達できない高高度である。航空性能に特化したゾイドには、所詮陸戦用ゾイドに翼を持たせても敵う筈もない。

 小次郎は己の無力さが恨めしかった。

 この村雨ライガーが空を飛べれば。純友の誕生させたアーカディアという空飛ぶ巨大ゾイド(※現時点ではアーミラリア・ブルボーザ)が手元にあれば。

「甘えるな。俺は今持てる力を振り絞り、民を守らねばならぬ。これ以上坂東を荒らさぬためにも、俺が戦わなければならぬのだ」

 戯論(けろん)(かま)ける暇など無い。己の拘泥を払い除ける。その時小次郎は、坂東の空を駿河・相模方面へ向け飛行する赤い光輪をはっきりと見止めた。

「天啓か」

 小次郎は知らない。川口村での死闘のさなか、遠くダラス海より東方大陸北島に亘り、藤原純友の操る宇宙海賊戦艦アーカディアと、小野好古の座乗する天空龍ギルドラゴンも苛烈な空中戦を繰り広げていたことを。

 人の心は悪しくも良くも移ろい易い。アーカディアの放ったビームスマッシャーの出現を、八郎の刃ライガーと遂高のジェットレイズタイガーの合流に連なる吉兆と捉えた小次郎は、心身に気力が漲るのを感じていた。

 村雨ライガーを着地させ、四肢を踏みしめる。滑空後のジェットレイズタイガーが傍らに立つ。

 小次郎も村雨も疲れ果てていた筈だ。疲れていた筈なのに、憑き物が落ちたかの如く回復している。

 これが人の持つ強さ、真なる〝無限なる力〟なのか。

 小次郎は告げた。

「叢雨ライガー」

 碧き獅子が燐光を纏い、静寂のうちにエヴォルトを成した。

 外見上の変化は無いが、黄金の鬣が鮮烈な輝きを放つ。空気中の荷電粒子を吸収し、背負う一太刀のムラサメブレードに集束させていく。

 究極形態、真・叢雨ライガーの顕現であった。

「行くぞ遂高」

〝承知〟

 叢雨ライガーとジェットレイズタイガーが、ライガー零ファルコンとエナジーライガーとの命運をかけた決戦に挑んだ。

 

 若芽の息吹く深緑の畝が燃える。

 優雅に編隊を組み、遥か上空を征く白孔雀の翼下から放たれた焼夷弾は、見る間に下総の大地を火の海と化した。

 先の相馬御所空襲の際は低空侵入であったため、桔梗が命を削って放ったバンブーミサイルによって多数撃墜することができた。だが無差別爆撃が目的の今回の出撃では、手の届かない高々度を悠々と飛行し、レインボージャークを除く小次郎の軍勢には、全くを以て迎え撃つ術がなかった。

 既にユニゾンの限界時間を超え、ワイツタイガーより形態を戻したソードウルフの中、三郎は兄同様惜涙に噎び空を見上げていた。黒煙が蒼穹を閉ざし、隣接する屋敷森や鎮守森にも延焼していく。

 立ち昇る黒煙を追う先に、唐突に光の神殿が現れた。坂東からも目視された、ライトピラー現象である。

「不死山の異形が、再び目覚めたか」

 黒煙と霞によって、地平の果ての不死の峰を臨む事は叶わない。しかし相模・駿河の方角より建ち上がる光柱が、その源に巣喰う死竜の存在を三郎達に悟らせた。

 惑星の球体表面の描く弧により、人の背の高さから見渡せる水平線までの距離は凡そ一里(約4km)程と言われる(単調な水平線と異なり、陸上より遠望できる地平線は立つ者の海抜水準によって異なるのは自明であるが)。

 下総川口村は不死山の頂を辛うじて望める位置であった。全身のクリムゾンヘルアーマーの輻射熱は水蒸気を払い視界を切り拓き、末法の世の浄化を司る劫火の主の所在を察知させた。坂東各地には〝不死見〟の地名が多く残るが、藤原純友の陽動によって再び不死の麓に姿を現したバイオデスザウラーの威容は、幾つかの偶然も重なり、川口村からも微かに視認することができたのだ。

 不死山の方角より、赤黒い閃光が迸る。ギルドラゴンを仕留めたバイオデスザウラーの一撃である。直接坂東に被害を及ぼすことはなかったが、影響は意外な形で現れた。

 何かが風を切り、直上より接近する音を聞こえた。見上げれば、先程まで優雅な爆撃編隊を組んでいたホワイトジャークが、乱雑な螺旋を描き落下している。爆弾を抱いたまま墜落し、機体諸共誘爆する機体も幾つもある。

「奇瑞の顕れなのか」

 三郎は、暫し目の前の光景を唖然として見つめた。

 純友が行ったバイオデスザウラーへの陽動は、図らずも下野勢の軍略にとって大きな誤算となり、小次郎にとってはその言葉通り天啓となった。桁違いの威力を持つバイオ荷電粒子が、惑星の磁界に著しい磁気異常を発生させ、マグネッサ―システムによって飛行するホワイトジャークの浮揚力を奪い次々と落下させたのだ。

 ソードウルフの横に、満身創痍のランスタッグブレイクが駆け寄る。バイオプテラ頭部骨格がトウィンクルブレーカーに突き刺さったままであった。

「何やら知らぬが、この機を逃す手はない」

「爆弾の炸裂に巻き込まれぬよう警告を発した上で討ち取りましょう。玄明殿、行きますぞ」

 三郎はソードウルフのダブルハッキングブレードを展開させる。

「誰に向かってものを言う。先駆けは俺達に譲れ」

 藤原玄明率いるランスタッグ部隊が堰を切って突入する。飛行能力を失ったホワイトジャークに、下総のゾイド群が一斉に襲い掛かった。

 目指す先には、傲然と巨大蜈蚣空母ディグが聳えている。

 将門軍の反撃が開始された。

 


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