『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第十部「ヴィア・ドロローサ」   作:城元太

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第百弐拾参話

 俄作りの軍勢は、精強な小次郎の従類の前に鍍金の地金が露呈した。整然と攻めていた寄せ手の波は、頑迷に抵抗を続ける石井勢の奮闘により次第に隊列を崩していく。楔となって敵を蹴散らす丹色の虎ワイツタイガーイミテイトと、若獅子レオゲーターに続き、従類のコマンドウルフが雪崩れ込む。セイスモサウルス和修吉(わしゅきつ)を瞬く間に粉砕すると、並進するバイオトリケラが蛇腹剣を振るった。

「うぬらの技など見切っている」

 勢い付けた丹色の虎は、怒りを込めたエレクトロンハイパースラッシャーを骸骨竜の襟目掛けて叩き込んだ。強烈な刺激が、バイオゾイドを形成する流体金属装甲を活性化させる。醜い水膨れが粟立ち、二匹の骸骨竜は自己崩壊を起こし溶けて行った。

「これが四郎が言っていたヘイフリック限界の成れの果てか。

 皆も見よ、バイオゾイド恐るるに足りん。敵陣左翼を突破にかかる、セイスモサウルスを車掛かりで沈めるぞ」

 怒涛となって進撃する石井勢の上空に、白い機影の群れが舞う。

「白孔雀、今更になって」

 石井勢の先頭に、ホワイトジャークの腹部に抱かれた白い円筒が投下される。無差別に黒煙を上げていく爆弾の豪雨と、超集束荷電粒子砲の閃光に、戦場となった川口村が包まれる。

「なんだあの光の輪は」

 三郎は、ホワイトジャークの舞う空に過る、赤い荷電粒子の光輪を見上げていた。

 

 零と無限のと戦いの火蓋は、零からの全力技より切られた。七本の電磁剣全てを前方に向け、展開した電磁障壁ごと零が迫る。ゾイドの基本性能に劣るを知る太郎貞盛は、シュナイダー具足の大技、セブンブレードアタックを繰り出したのだ。

 躍動する漆黒の獅子に、霰石色の獅子は迷わず一振目の太刀ムゲンブレードを斬り下ろす。雷霆が奔り、電磁障壁が消滅する。

「脆い」

 消滅した障壁の奥で突き立てた七本の電磁剣を、もう一振の太刀ムラサメブレイカーで切断する。切断の勢いによって前半身を下げられた零の頭部に、横払いのストライクレーザークローが叩き込まれた。

 シュナイダーの具足を撒き散らし、漆黒の獅子は滑稽なまでに横転した。

 小次郎は己自身の強さに圧倒されると同時に、無性に悲しくなった。「これが、俺が永年追い続けた相手なのか」と。

 その悲しみは小次郎の願いが込められていたに違いない。自分と同等か、或いは自分以上に強力な相手に、太郎貞盛には成っていて欲しかったという願いである。

「立て、太郎。この程度で俺たちの決着を終える心算か」

 宿世の敵にして竹馬の友である太郎貞盛に、小次郎は立ち上がる余裕を与える。

「小次郎……それがお前の弱さなんだ」

 将門ライガーの眼前を一陣の突風が吹き抜け、錐状の爪が二本同時に襲い掛かる。咄嗟に太刀で受け止め、空からの襲撃を受け流す間に、瞬時に立ち上がり疾走する零の姿があった。

「Zi―ユニゾン、ライガー零・隼(ゼロファルコン)

 飛来した白い隼型のゾイドが分離していく。イェーガーの残されていた具足全てを払い除け、零の素体が磁気旋風に舞い上がる。分離した隼が新たな具足となり、次々と零に纏い付いていく。

 旋風が去り、小次郎の見据える先、背中に錐状の巨大な三叉の(はさみ)を二丁持ち、前肢には猛禽の爪を、四肢の付け根には隼の翼を持つ零が構えていた。

 小次郎は悟った。貞盛に下賜された最後の唐皮。これが遂高のソウルタイガーを葬り、経明のディバイソンを破壊したゾイドということを。

「零隼か。俺との勝負の相手に不足ない」

 その時小次郎は、棟梁としての立場を、目先の戦闘に奪われるという愚を犯していた。

 本来の目的であるディグ攻略作戦を忘却してしまうと共に、敵が正正堂堂と一騎打ちを行うと思い込んでいたことである。

 飛来したホワイトジャークの攻撃目標は、石井勢のゾイド群ではなかった。

 兵と百姓との区別なく出陣する小次郎の軍勢では、ゾイドに駆って戦場に駆け付けるのも、兵糧を支える田畑を育むのも、全ては麾下の民であった。下総を弱体化させるには、民が耕し、切り開いた耕地を根絶やしにすれば事足りる。

 秀郷は小次郎を支える民の育む田畑目掛け、醜悪な爆弾を投下したのだ。

 焼夷剤を含む炸薬が、初夏の風に靡く早苗を焔の舌で嘗め尽くす。燃え上がる耕地を前にして、軍役で出払い、手持ちのゾイドを残さぬ農民たちは、ただ黙って稲が燃えるのを見守る他なかった。

 そして小次郎のもう一つ過ち。

 ライガー零・隼のバスタークローが、将門ライガーの二振の太刀と火花を散らす。最強形態にユニゾンしたとはいえ、〝無限なる力〟を持つ将門ライガーには分が悪い。圧され気味となり、跳躍力を生かし飛び退いた真横より、強烈な曳光弾が将門ライガーに降り注いだ。

 霰石色の装甲に黒い弾痕が刻まれ、ゾイドの感覚を介し小次郎にも痛みが伝わる。同様の閃光が二条飛来し、小次郎は直撃を避けライガー零・隼との間合いを取って閃光の方角へ身構えた。

 紅玉の翼を広げた、黄金の角と濃紅の装甲を持つ獅子が現れる。

「おのれ藤太、一騎打ちに割り込むとは卑劣なり!」

 叫んだところで応えは無い。将門ライガーの前に、貞盛のライガー隼と、秀郷のエナジーライガーが立ち塞がった。零の操縦席の中、貞盛が呟いていた。

「そろそろエヴォルトも限界だろう。将門ライガー形態を解除して、この零・隼(ゼロファルコン)とエナジーライガーを同時に相手はできまい。小次郎よ、これがお前の最期の戦だ」

 上空に白孔雀が舞う中、二匹の強敵に挟まれた将門ライガーのエヴォルト継続時間は着実に削られていた。空を過る赤い光輪など、気に掛ける事もなく。

 

 老兵に似付かわぬ狂気が戦場を駆け巡っていた。

 赤と黒との豪腕が激突し、鋼の巨体が弾け飛ぶ。構えた連装電磁砲より放たれる磁気の塊を遣り過ごし、死の名を有する猩々は左腕を軸に身を翻した。騎士を称する猩々の左腕の銃身を握り潰すと、掴んだ右腕を強引に捻じ込み、パイルバンカーの杭頭を赤い胸元の装甲に突き付ける。

「覚悟」

 打撃用炸薬の紫煙を漂わせ、撃ち出された鋒が赤き猩々を穿つ。胸部装甲が拉げたが、赤き猩々は二三歩退き下がっただけで踏み留まった。

 咄嗟にデッドリーコングの機体を(うずくま)らせる。ゾイドの持つ野生の勘と、古武士とも言える伊和員経の積み重ねられた戦の経験が殺気を察知したのだ。

 飛来した閃光が、背負う棺桶の端の彫金細工の一部を溶解させ掠めていく。八大龍王沙羯羅(しゃがら)が放ったゼネバス砲である。姿勢を崩したデッドリーコングの隙を狙い、赤い猩々が長大なビームキャノンを構えていた。

「――!」

 文字に表せぬ叫び声を上げ、員経は愛機を敵の懐に飛び込ませる。絶叫と照射は同時であった。猛烈な勢いで俯角の取れない距離にまで接近を試みたが、照射されたビームキャノンの光芒は、棺桶に巣喰うもう一つの生命体を苛む。

 ヘルズボックスより六本の稼働肢が生える。隻眼からレッゲルを血の涙の如く流し、組付いた射撃直後のPKを高々と掴みあげた。

 五本の稼働肢に持ち上げられ、抵抗の出来ないPKを、残り一本の稼働肢が代わる代わるに切り刻む。鉄の爪・斧・鋼鉄球が、砲を、腕を、脚を、そして首を。

 切断された赤い肢体が散乱し、残った胴体を精密射撃を続ける地震竜に向け放り投げる。死の猩々は身体を横滑りさせ、次なる獲物に八大龍王沙羯羅を定めた。

「ネオカイザーへの不敬、この伊和員経が断じて許さぬ」

 沙羯羅の首を捩じ切り、振り返って主君の行方を追う。

 員経は、濃紅の獅子と、翼を得た獅子とに圧される霰石色の獅子の姿を捉える。

「エヴォルトが」

 将門ライガーが、碧い獅子へと変化した。活動限界を越えたのだ。主君の危機を救おうと身を翻した時であった。

 視界が真っ赤に染まった。衝撃が操縦席を直撃する。僅かな隙を見せたデッドリーコングを、セイスモサウルス摩那斯(まなし)の放ったゼネバス砲が襲った。頭部ヘルズアーマーを吹き飛ばし、前のめりに倒れ込む。意識が朦朧とし、立ち上がる操作さえできない。

 主君を救えぬ悔しさに、員経は男泣きに血の涙を流した。

「殿、あなたは私の夢です。坂東を開放し、新たな時代を作らねばならぬ方。それをこんな戦でむざむざと……」

 指の一本さえ満足に動かない。絶叫しようにも声が出ない。前方より摩那斯が迫って来る。自分が死ぬことより、主君を失い、そして桔梗の最期を看取れぬ悔悟に歯噛みした。

「これまでの命か」

 

 摩那斯の胴体が上下に切断され、発射直前の荷電粒子が体内より放散された。

 爆炎を上げる地震竜の残骸の中から、青い獅子が現れる。

「村雨ライガー……否、別のゾイドか」

 両脇に輝く刃を翳す青い獅子が、切断したセイスモサウルスの骸を背にして立つ。

〝平八郎将種、出羽の地より唯今見参〟

 少年の声、それも最年少の七郎将為よりも更に幼い声であった。

〝同じく外戚父なる伴有梁、征東大将軍平良持様のゾイド、(ブレード)ライガーと共に推参し、下総勢に加勢する〟

 少年の声に続き、老兵の声が響く。少年が操る青い獅子は、残るセイスモサウルス目掛け刃を閃かせた。

〝八郎、八郎将種なのか。それに亡き父上の(ブレード)ライガーではないか!〟

 ユニゾン解除直前のワイツタイガーイミテイトより、三郎将頼の驚嘆の声が響く。通信を聞きつけ、全てを納得した員経は、臥したデッドリーコングの操縦席より、残る力を振り絞り叫んだ。

「陸奥へと移られた殿の末弟、平将種殿とお見受けする。我に構わず、殿に御助力くだされ」

 必死で叫ぶものの、か細い声しか出てこない。だが往信には、少年の鋭気に満ちた答えが返って来た。

〝伊和員経様、御懸念は無用です。自分よりも遥かに精強な援軍が、小次郎兄上の元に向かっています。員経様も良く知る方です〟

「それは僥倖。では我は少々、ここで休ませて頂きます」

 意識を失う直前、青い虎が見えた。員経の意識はそこで途絶えていた。

 

 


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