『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第十部「ヴィア・ドロローサ」 作:城元太
俄作りの軍勢は、精強な小次郎の従類の前に鍍金の地金が露呈した。整然と攻めていた寄せ手の波は、頑迷に抵抗を続ける石井勢の奮闘により次第に隊列を崩していく。楔となって敵を蹴散らす丹色の虎ワイツタイガーイミテイトと、若獅子レオゲーターに続き、従類のコマンドウルフが雪崩れ込む。セイスモサウルス
「うぬらの技など見切っている」
勢い付けた丹色の虎は、怒りを込めたエレクトロンハイパースラッシャーを骸骨竜の襟目掛けて叩き込んだ。強烈な刺激が、バイオゾイドを形成する流体金属装甲を活性化させる。醜い水膨れが粟立ち、二匹の骸骨竜は自己崩壊を起こし溶けて行った。
「これが四郎が言っていたヘイフリック限界の成れの果てか。
皆も見よ、バイオゾイド恐るるに足りん。敵陣左翼を突破にかかる、セイスモサウルスを車掛かりで沈めるぞ」
怒涛となって進撃する石井勢の上空に、白い機影の群れが舞う。
「白孔雀、今更になって」
石井勢の先頭に、ホワイトジャークの腹部に抱かれた白い円筒が投下される。無差別に黒煙を上げていく爆弾の豪雨と、超集束荷電粒子砲の閃光に、戦場となった川口村が包まれる。
「なんだあの光の輪は」
三郎は、ホワイトジャークの舞う空に過る、赤い荷電粒子の光輪を見上げていた。
零と無限のと戦いの火蓋は、零からの全力技より切られた。七本の電磁剣全てを前方に向け、展開した電磁障壁ごと零が迫る。ゾイドの基本性能に劣るを知る太郎貞盛は、シュナイダー具足の大技、セブンブレードアタックを繰り出したのだ。
躍動する漆黒の獅子に、霰石色の獅子は迷わず一振目の太刀ムゲンブレードを斬り下ろす。雷霆が奔り、電磁障壁が消滅する。
「脆い」
消滅した障壁の奥で突き立てた七本の電磁剣を、もう一振の太刀ムラサメブレイカーで切断する。切断の勢いによって前半身を下げられた零の頭部に、横払いのストライクレーザークローが叩き込まれた。
シュナイダーの具足を撒き散らし、漆黒の獅子は滑稽なまでに横転した。
小次郎は己自身の強さに圧倒されると同時に、無性に悲しくなった。「これが、俺が永年追い続けた相手なのか」と。
その悲しみは小次郎の願いが込められていたに違いない。自分と同等か、或いは自分以上に強力な相手に、太郎貞盛には成っていて欲しかったという願いである。
「立て、太郎。この程度で俺たちの決着を終える心算か」
宿世の敵にして竹馬の友である太郎貞盛に、小次郎は立ち上がる余裕を与える。
「小次郎……それがお前の弱さなんだ」
将門ライガーの眼前を一陣の突風が吹き抜け、錐状の爪が二本同時に襲い掛かる。咄嗟に太刀で受け止め、空からの襲撃を受け流す間に、瞬時に立ち上がり疾走する零の姿があった。
「Zi―ユニゾン、ライガー
飛来した白い隼型のゾイドが分離していく。イェーガーの残されていた具足全てを払い除け、零の素体が磁気旋風に舞い上がる。分離した隼が新たな具足となり、次々と零に纏い付いていく。
旋風が去り、小次郎の見据える先、背中に錐状の巨大な三叉の
小次郎は悟った。貞盛に下賜された最後の唐皮。これが遂高のソウルタイガーを葬り、経明のディバイソンを破壊したゾイドということを。
「零隼か。俺との勝負の相手に不足ない」
その時小次郎は、棟梁としての立場を、目先の戦闘に奪われるという愚を犯していた。
本来の目的であるディグ攻略作戦を忘却してしまうと共に、敵が正正堂堂と一騎打ちを行うと思い込んでいたことである。
飛来したホワイトジャークの攻撃目標は、石井勢のゾイド群ではなかった。
兵と百姓との区別なく出陣する小次郎の軍勢では、ゾイドに駆って戦場に駆け付けるのも、兵糧を支える田畑を育むのも、全ては麾下の民であった。下総を弱体化させるには、民が耕し、切り開いた耕地を根絶やしにすれば事足りる。
秀郷は小次郎を支える民の育む田畑目掛け、醜悪な爆弾を投下したのだ。
焼夷剤を含む炸薬が、初夏の風に靡く早苗を焔の舌で嘗め尽くす。燃え上がる耕地を前にして、軍役で出払い、手持ちのゾイドを残さぬ農民たちは、ただ黙って稲が燃えるのを見守る他なかった。
そして小次郎のもう一つ過ち。
ライガー零・隼のバスタークローが、将門ライガーの二振の太刀と火花を散らす。最強形態にユニゾンしたとはいえ、〝無限なる力〟を持つ将門ライガーには分が悪い。圧され気味となり、跳躍力を生かし飛び退いた真横より、強烈な曳光弾が将門ライガーに降り注いだ。
霰石色の装甲に黒い弾痕が刻まれ、ゾイドの感覚を介し小次郎にも痛みが伝わる。同様の閃光が二条飛来し、小次郎は直撃を避けライガー零・隼との間合いを取って閃光の方角へ身構えた。
紅玉の翼を広げた、黄金の角と濃紅の装甲を持つ獅子が現れる。
「おのれ藤太、一騎打ちに割り込むとは卑劣なり!」
叫んだところで応えは無い。将門ライガーの前に、貞盛のライガー隼と、秀郷のエナジーライガーが立ち塞がった。零の操縦席の中、貞盛が呟いていた。
「そろそろエヴォルトも限界だろう。将門ライガー形態を解除して、この
上空に白孔雀が舞う中、二匹の強敵に挟まれた将門ライガーのエヴォルト継続時間は着実に削られていた。空を過る赤い光輪など、気に掛ける事もなく。
老兵に似付かわぬ狂気が戦場を駆け巡っていた。
赤と黒との豪腕が激突し、鋼の巨体が弾け飛ぶ。構えた連装電磁砲より放たれる磁気の塊を遣り過ごし、死の名を有する猩々は左腕を軸に身を翻した。騎士を称する猩々の左腕の銃身を握り潰すと、掴んだ右腕を強引に捻じ込み、パイルバンカーの杭頭を赤い胸元の装甲に突き付ける。
「覚悟」
打撃用炸薬の紫煙を漂わせ、撃ち出された鋒が赤き猩々を穿つ。胸部装甲が拉げたが、赤き猩々は二三歩退き下がっただけで踏み留まった。
咄嗟にデッドリーコングの機体を
飛来した閃光が、背負う棺桶の端の彫金細工の一部を溶解させ掠めていく。八大龍王
「――!」
文字に表せぬ叫び声を上げ、員経は愛機を敵の懐に飛び込ませる。絶叫と照射は同時であった。猛烈な勢いで俯角の取れない距離にまで接近を試みたが、照射されたビームキャノンの光芒は、棺桶に巣喰うもう一つの生命体を苛む。
ヘルズボックスより六本の稼働肢が生える。隻眼からレッゲルを血の涙の如く流し、組付いた射撃直後のPKを高々と掴みあげた。
五本の稼働肢に持ち上げられ、抵抗の出来ないPKを、残り一本の稼働肢が代わる代わるに切り刻む。鉄の爪・斧・鋼鉄球が、砲を、腕を、脚を、そして首を。
切断された赤い肢体が散乱し、残った胴体を精密射撃を続ける地震竜に向け放り投げる。死の猩々は身体を横滑りさせ、次なる獲物に八大龍王沙羯羅を定めた。
「ネオカイザーへの不敬、この伊和員経が断じて許さぬ」
沙羯羅の首を捩じ切り、振り返って主君の行方を追う。
員経は、濃紅の獅子と、翼を得た獅子とに圧される霰石色の獅子の姿を捉える。
「エヴォルトが」
将門ライガーが、碧い獅子へと変化した。活動限界を越えたのだ。主君の危機を救おうと身を翻した時であった。
視界が真っ赤に染まった。衝撃が操縦席を直撃する。僅かな隙を見せたデッドリーコングを、セイスモサウルス
主君を救えぬ悔しさに、員経は男泣きに血の涙を流した。
「殿、あなたは私の夢です。坂東を開放し、新たな時代を作らねばならぬ方。それをこんな戦でむざむざと……」
指の一本さえ満足に動かない。絶叫しようにも声が出ない。前方より摩那斯が迫って来る。自分が死ぬことより、主君を失い、そして桔梗の最期を看取れぬ悔悟に歯噛みした。
「これまでの命か」
摩那斯の胴体が上下に切断され、発射直前の荷電粒子が体内より放散された。
爆炎を上げる地震竜の残骸の中から、青い獅子が現れる。
「村雨ライガー……否、別のゾイドか」
両脇に輝く刃を翳す青い獅子が、切断したセイスモサウルスの骸を背にして立つ。
〝平八郎将種、出羽の地より唯今見参〟
少年の声、それも最年少の七郎将為よりも更に幼い声であった。
〝同じく外戚父なる伴有梁、征東大将軍平良持様のゾイド、
少年の声に続き、老兵の声が響く。少年が操る青い獅子は、残るセイスモサウルス目掛け刃を閃かせた。
〝八郎、八郎将種なのか。それに亡き父上の
ユニゾン解除直前のワイツタイガーイミテイトより、三郎将頼の驚嘆の声が響く。通信を聞きつけ、全てを納得した員経は、臥したデッドリーコングの操縦席より、残る力を振り絞り叫んだ。
「陸奥へと移られた殿の末弟、平将種殿とお見受けする。我に構わず、殿に御助力くだされ」
必死で叫ぶものの、か細い声しか出てこない。だが往信には、少年の鋭気に満ちた答えが返って来た。
〝伊和員経様、御懸念は無用です。自分よりも遥かに精強な援軍が、小次郎兄上の元に向かっています。員経様も良く知る方です〟
「それは僥倖。では我は少々、ここで休ませて頂きます」
意識を失う直前、青い虎が見えた。員経の意識はそこで途絶えていた。