『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第十部「ヴィア・ドロローサ」   作:城元太

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第百弐拾弐話

 ゾイド同士の戦闘――厳密には、未だ〝庭の澱み〟を迎えぬアーミラリア・ブルボーザゆえに『金属生命体』同士と呼ぶべきか――は、まるで地球上の歴史で近世と呼ぶ時期に繰り広げられた小型戦闘機の巴戦を彷彿とさせた。異なっていたのは、互いの機体が小型戦闘機の50倍以上であることだ。ベイパートレイルを曳く竜と龍は、赤と青のビームスマッシャーを武器にし、互いにブレイク・ターン及びローリング・シザース等の空中機動による追尾回避を繰り返していた。

「海賊どもめ。大人しく日振島に戻っておれば良いものを」

 追尾する先で蛇行を繰り返す黒い怪竜に、白い天空龍を指揮をする小野好古が嘲り漏らす。重力制御の効いたギルドラゴンの艦橋は、アーカディアと異なり慣性に引き摺られることはない。摂政忠平を乗せ軌道エレベーターのジオステーション及びペントハウスステーションまで容易に到達し、永年に亘り宇宙開発に貢献してきた天空龍にとって、加速による機体への負担軽減機能は完璧に備えてあった。性能差は歴然としており万に一つの敗北も考えられない。好古が懸念したのは、戦闘開始より間断なく撃ち続けられている赤い光輪の行方であった。

「温羅(ギルベイダー)は何処を狙って撃っているのだ」

 好古が告げる間にも、赤いビームスマッシャーはアクア海の先に広がる東方大陸の地平の稜線へ飛び去って行く。

「東方大陸方向、ほぼ水平発射しております。子高殿のグリアームドとも、また軌道エレベーターとも射線が全く被っておりませぬ。我らに命中せぬと判っていても、苦し紛れに撃たねば気が済まぬのでしょう。

 間もなく東方大陸上空に達します。海賊は瀬戸の内海に引き籠ろうと向かっているやもしれませぬ」

(いささ)か戯れ過ぎた。包貞(かねさだ)、ギルドラゴンのビームスマッシャー出力と精度を上げ、温羅の目障りなあの旗を毟り取れ。多少破壊しても構わぬ」

 アーカディアの謎のビームスマッシャー連続射出と、忌々しくはためく『南無八幡大菩薩』の文字に気を取られ、巨艦の繰り広げる戦闘空域は東方大陸に達しようとしていた。途端に好古の態度が厳しくなり、火器管制を担う藤原包貞は躊躇いをみせた。

「宜しいのですか。純友は従五位下の官位を授かった伊予掾でありまするが……」

「懸念は無用。所詮平将門の騒擾を収める間だけの仮の官位、今後海賊共を二度とソラに昇らせなくする為の威嚇だ。貴君が案ずることではない」

 好古の有無を言わせぬ口調に、包貞が抗うことはない。青いビームスマッシャーの照準の中心に、アーカディア頭部の旗が据えられていた。

 

「船長は何処を狙って撃っているのだ」

 奇しくも小野好古と同じ問いを、エアウルフを操る海賊衆の魁師、津時成が発していた。依然苦戦は続いている。無人機ザバットを数十から百数十撃墜したが、未だに無数の蝙蝠型ゾイドは押し寄せてくる。

〝時成、(ひつじさる)よりグリアームドが接近している〟

 機関砲を放ちつつ擦違(すれちが)い様に小野氏彦が告げた。焼夷剤を含んだ火球、ヘルファイアーが思いがけぬ方向から飛来する。ロースピード・ヨーヨーと呼ばれる機動(マニューバ)、光る骸骨竜は一度急降下し、死角を狙って直下から競り上がって来たのだ。

――ノウボウ タリツ ボリツ ハラボリツ シャキンメイ シャキンメイ タラサンダン オエンビ ソワカ――

 身を躱して同高度に着いたグリアームドは、薄紅色の翼を翻し脚部ヒートスパイクを振り翳す。咄嗟に回避行動をとったものの、エアウルフのジャイロリフターのフレームの一部が切り裂かれる。

〝大事無いか〟

 問われたところで応じる余裕はない。制動をかけ無言の間合いで三機が空中集合する。

〝いつまでこれを繰り返せば良いのだ〟

 機関砲を放ち、矢継ぎ早にザバットを撃墜し続ける氏彦と、残り二人の魁師は同じ葛藤を抱いていた。

 機体の完成度が雲泥の差の状況にあって、アーカディアの船体は悲鳴を上げ続けている。

「船長、プロトタキシーテスの剛性が持ちません。竜骨髄内の神経節同調も不安定になっております」

 重力制御機能を有しない巨軀であるがゆえに、間接への負担は膨大となる。空中戦による遠心力が機体を軋ませ、黒い怪竜を粉微塵に引き裂かんと伸し掛かる。

「俺の指示する方向へビームスマッシャーの放出を続けろ、〝奴〟を刺激できさえすればいい」

 エアウルフによって出撃した魁師達に代わり、舵輪を握る純友が艦橋で下令する。ギルドラゴンとは対照的に必死の操艦が続く中、折り悪しくアーカディアの泉門が開口した。

「クラスターコアの臨界限界、磁気振動装置の出力低下、敵に追い付かれます」

 機関室より艦橋に就いていた佐伯是基も悲痛な声を上げた。急激に速度を落としていくアーカディアの後方に、ギルドラゴンがぴたりと追随する。

 屈辱であった。勝ち誇る天空龍は青いビームスマッシャーを直ぐに撃とうとはしない。

「小野好古より入電――」

「読む必要はない。大方〝日振島に戻れ〟とでもほざいているのだろう」

 沈黙した伝令を尻目に、屈辱に眉間に皺を寄せる。旋回するアーカディアの前方を睨む純友の視線は、何かを待ち望むように一点に注がれていた。

 小径の青いビームスマッシャーがアーカディアの頭上を通過した。円環を成した荷電粒子の大気摩擦が『南無八幡大菩薩』の海賊旗を激しく揺さ振る。

「俺たちの旗を引き裂くのが狙いだろうが、その侮りが、己の命取りになることを思い知れ」

 純友の眉間の皺が消えていた。俄に蒼穹が奇妙な光明を帯び、極光(オーロラ)にも似た光の神殿が空中に建立される。純友が叫ぶ。

「エアウルフ及びストームソーダージェット、至急アーカディアとギルドラゴンの居る空域から死ぬ気で離れろ。いいか、離れなければ死ぬぞ。是基、失速覚悟で急降下。磁気振動装置を含め動力全てをウィングバリアーへ接続し最大出力で障壁展開。海面突入の衝撃に備えよ」

 

 ギルドラゴンの艦橋では、天空に建ち上がった光の神殿に誰もが目を見張っていた。

「ライトピラー現象、なぜこのような状況で……」

 文武に長けた小野家出自の好古は、多分に漏れず豊富な知識を有し、光柱(ライトピラー)と呼ばれる希少な自然現象にさえ動揺することはない。だが書物に拠って得た知識は、海賊衆の粗野で粗暴な直感に僅かに及ばなかった。

 矢庭に東方大陸の地平線上に、雄大積乱雲――入道雲――の如き明確な輪郭を持つ茜雲が湧き上がる。

 雲が動いた。風に流されたのではない。意志を持つ生命体の様に動いている。

 雲が光る。意志を持つ生命体の放つ光にも見える。

 雲が(あぎと)を開放し、光の神殿を光背として空気中の荷電粒子吸収を開始する。もはやそれが雲などではない事は、誰の目にも明らかだった。

 雲に見えた破壊の魔獣は、噴火口然とした(おとがい)より、灼熱の火砕流を放っていた。

「東方大陸方向より膨大な熱量体接近。荷電粒子――いえ、これは先に不死山で観測されたバイオ荷電粒子砲です!」

 藤原包貞が告げると同時に、光背を負う魔獣の赤黒い光の奔流が迫っていた。光の速さより僅かに遅いバイオ荷電粒子は、破壊の脅威に恐怖を携え、標的となった竜と龍とに殺到した。

 熱波と衝撃波と轟音がギルドラゴンを呑み込む。

 粒子砲の中心軸線からは外れてはいたものの、完全に光の奔流に覆われた。ウィングバリアーに守られた天空龍の周囲に球殻状の防御壁が可視化される。グリアームドは辛うじて射線を回避したが、ギルドラゴンの周囲を群れ飛んでいたザバット部隊は一瞬にして蒸発した。

「馬鹿な。これが純友の、海賊戦法なのか……」

 最初から死竜の覚醒を図り、ビームスマッシャーを不死山目掛け放ち続けていたことを知り、好古は慄然とした。

 地獄の光輪と称される荷電粒子の塊が、海賊達は天空より降り注ぐ災厄にも似た特性を持つことを皮膚感覚で知っていた。アーカディアは、浅い眠りに就いていたバイオデスザウラーを覚醒するため、持ちうる限りの動力を注ぎ込み、ギルドラゴンもろともバイオ荷電粒子砲に巻き込ませる捨て身の策略を発動させたのだ。

 小惑星一つを消滅させる業火は、見る間にギルドラゴンのウィングバリアーを蝕んでいく。

「好古様、このままではギルドラゴンが持ちません」

 バリアの裂け目より雷霆が飛び交い、螺鈿色の装甲に無数の亀裂が生じている。摂政忠平より貸与された貴重な天空龍を破壊することは到底許容し難い。万全の防御を打ち破られた艦橋の中、好古は純友に手玉に取られた無念を噛み締めた。

「温羅は、確認できるか」

 光の奔流の中、黒い怪竜を目視することは既に不可能だった。

「バイオ荷電粒子砲に呑まれ蒸発したかと」

 好古の直感が「在り得ぬ」と告げた。吐き捨てるように、ギルドラゴンの変針を命ずる。

「メガラプトルグリアームドを収容の後、戦闘空域より即刻脱出せよ。ソラシティにて修繕せねばならぬ」

 バリアの球殻は半分以上蝕まれ、全身より焔を噴きつつ、ギルドラゴンは軌道エレベーターの末端、スカイフックへ向け飛び去って行った。

 程なくしてバイオ荷電粒子の奔流が収縮した。バイオデスザウラーは、新たに来襲する小惑群の接近を悟り、迎撃の為の力を温存するため再び眠りに就いたのである。

 赤黒い奔流の途切れた頃、ザバットの残骸に紛れた海面に波浪が生じた。海面を裂き金属生命体の巨体が現れる。翼竜と三機の餓狼、そして『南無八幡大菩薩』の海賊旗。旗の浮上に引き続き、満身創痍ながらも不敵な口角を上げる黒い怪竜が飛沫を散らし浮上した。

 餓狼の操縦席で立ち上がる魁師達と、怪竜の頭部で翻る海賊旗の下に立つ純友らが、互いに高らかな勝利の雄叫びを上げた。

「坂東に赴くには暫し時間が必要なようだ。それまで死ぬなよ、平将門」

 波間に浮かぶ東方大陸は、アーカディアにはまだ遠い場所であった。

 


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