『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第十部「ヴィア・ドロローサ」   作:城元太

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第百弐拾壱話

 一つの村落を呑み込む程の巨軀が突風を巻き起こす。音速の数倍で蒼穹を行き交う衝撃波は局地的な気圧の低下を招き、直下の海面に鋭い三角波を屹立させる。低下した気圧により雷雲が生じ、澄み渡った空が一転、激しい風雨を伴った嵐を巻き起こす。

 赤い光輪と青い光輪が飛び交う。二重螺旋を描き空中格闘を繰り広げる黒い怪竜と白い天空龍の光景は、(さなが)ら闇と光、悪魔と神との最終戦争(ラグナレク)を想起させた。

 その驚異的な機動飛行を行う巨躯の周囲には、無数の機影が飛び交う。空征く餓狼エアウルフ、剣を持つ嵐の翼竜ストームソーダージェット、無人機なればこそ自滅を恐れぬザバット、そして燐光を放つ骸骨竜バイオメガラプトルグリアームドである。風雨に紛れ、陀羅尼の詠唱が響く。

 

 アシャアシャ ムニムニ マカムニムニ アウニキウキウ マカナカキウキウ

 トウカナチコ アカナチアタナチ アダアダ リウズ キウキウゾリウ キニキニキニ 

 イククマイククマ クマクマキリキリキリ キリニリニリ マカニリ ソワカ

 

 骸骨竜は詠唱に合わせ流体金属装甲の燐光を明滅させる。羽ばたく薄紅の翼より光の粒を撒き散らし、追い縋る翼竜を嘲笑い舞い踊る。

〝此奴、手足を振って勢いを殺し旋回半径を縮めておる。このような空中機動(マニューバ)を行うとは……。ザバット部隊がアーカディアに向かっている、迎撃を頼む〟

 無数の蝙蝠が黒い怪竜目掛け突入していく。餓狼(エアウルフ)が行く手を阻み横一列に割り込むと、一斉に砲門を開く。次々に銃弾に撃ち抜かれ、空の藻屑と消えて行く蝙蝠の群れは、しかし雲霞の如く湧き上がり尽きることがない。トップソード、ウィングソードを抜き身にした翼竜が骸骨竜へ斬り込む。

「三辰、深追い無用だ。グリアームドはビームスマッシャーでしか倒せぬ」

〝我が愛機のソードはリーオの刀身、バイオ装甲であれば断ち切ることもできるはず〟

 忠告も聞かず、右翼のウィングソードとヒートハッキングクローが交錯した。

 銀色の細片が飛び散る。光装甲に弾かれ、右翼の中程まで捥ぎ取られた翼竜が錐揉みとなって落下した。

「三辰!」

 三角波の波濤に呑まれる寸前、翼竜は辛うじて体勢を戻し緩やかに上昇に転じた。戦闘不能と判断し、戦闘空域の離脱を試みる。今まさに、ギルドラゴンとの激戦中であるアーカディアへの着艦はできない。翼を持つ骸骨竜は猛禽の如く傷付いた獲物目掛け襲い掛かる。弱者を狙うは野獣の常であった。

 衝撃波と共に、ベイパーコーンが骸骨竜を吹き飛ばす。超低空で過燃焼装置(ターボブースト)を起動させた津時成のエアウルフが音の壁を突破したのだ。失速するグリアームドの背中に、紀秋茂のエアウルフがストライククローを叩き込み墜落させる。

(かたじけな)い〟

「早く戦闘空域を離れろ。あの程度で倒せるような相手ではない」

 眼下の海面に発光器を持つ怪魚が蠢く如く、燐光が泳ぐ。

 

 リウムリウムリウム リウマリウマ キリキリ キリキリ キリキリ

 クナクナ クナクナクナ クトクト クトクト クルクル クルクル

 キウルキウル キリ ボキウボキウ ボキリボキリ ボキリホキリ

 キウムキウム キウムキウムキメイテイ マメイシマカテイカラメイト ソワカ

 

 陀羅尼の詠唱が高まり、水沫を上げて骸骨竜が浮上する。光装甲には傷一つ付かず、物理的攻撃は一切無意味であることを証明していた。

「これでは埒が開かぬ……。船長、坂東は遠過ぎるぞ」

 時茂が見上げる先の高高度、黒竜白龍が絡み合う二重螺旋を描き続けていた。

 

 

「疾風ライガー!」

 緋色の獅子はランスタッグ部隊が護る前衛を擦り抜け突出した。小次郎に呼応し、ユニゾンを成したワイツタイガーイミテイトと翼竜形態のディメトロプテラが随伴する。地上に群がる押領使秀郷のゾイド群は、烏合の衆と思えぬ程息の合った連係攻撃を仕掛けてきた。ブロックス部隊の波状攻撃の後方からハイブリッドバルカンの曳光弾が降り注ぐ。

「公雅殿、それでは義兄を倒せぬぞ」

 今は亡き良兼の嫡子にして義理の舎弟の平公雅の乗るダークホーンの砲撃である。疾風ライガーより大きく逸れた位置に着弾するが、硝煙の奥よりクナイの群れとビーストスレイヤーが出現し疾風ライガーに襲い掛かる。

「バイオケントロ、先刻のバルカン射撃は陽動か」

 一度破った敵とはいえ、ソードダンスは疾風ライガーの速攻を減殺するには充分であった。ビーストスレイヤーの切っ先を避け、剣竜の胴体を三つに切断し終えた時には、頭上に青く透き通る翼を翻すバイオプテラが飛来していた。爆装準備の為かホワイトジャークはまだ戦場に現れない。先頭を走る疾風ライガーに狙いを定め、バイオプテラがグラップフットを構え急降下する。

「その手は喰わぬ。村雨ライガー!」

 瞬時にエヴォルトを解除し、碧き獅子が四肢を溜めて跳躍した。大刀ムラサメブレードを大上段に振り上げ、空飛ぶバイオゾイドを真っ向両断(からたけ)竹割(わり)にする。バイオゾイドコアを破壊された翼竜は、撒き散らす流体金属より黄色い鬼火を上げて崩壊した。碧き獅子は瞬時に緋色の獅子にエヴォルトし、再び敵陣に斬り込んで行く。進む先には禍々しく歩脚を蠕動(ぜんどう)させる巨大蜈蚣空母の船体が聳える。

 飛行甲板を征すれば勝機を見出せる。

 跳躍力に優れた疾風ライガーとワイツタイガーによって甲板上の白孔雀を破壊、同時に発艦装置を破壊し、動く鉄屑と化すのが小次郎の狙いである。HYTブースターを全開にし、緋色の獅子が駆け抜ける。行く手を阻むのはウネンラギアとジーニアスウルフ、レブラプター等の小型ゾイドのみ。濃紅の獅子、強敵エナジーライガーの機影はない。

 やれる。

 下唇を軽く嘗めた瞬間、小次郎は背後から迫る凶悪な殺意を感じた。咄嗟にブースター噴進口を下向きにした直後、頭上を幾つもの閃光が突き抜け、数機の小型ゾイドを巻き込み薙ぎ倒していった。

「超長距離集束荷電粒子砲、またもセイスモサウルスか」

 疾風ライガーの進路の左右に四匹ずつの地震竜が出現し、八条の光芒が見境無く乱れ飛ぶ。

 予測外の強力な伏兵に、小次郎は進撃を留めざるを得ない。味方の犠牲も厭わぬ、俵藤太らしい戦い方であった。

「三郎、七郎、進路右翼のセイスモサウルスの群れに溶け込む。俺に続け」

 漸く敵の前衛を突破したデッドリーコングとランスタッグブレイクが合流するが、合流と同時に再度分散し、小次郎達は右翼へ、員経達は左翼のセイスモ群に向かう。相対する地震竜同士であれば撃ち合いはできない。長距離攻撃兵器攻略の定石である。小次郎が叫ぶ。

「将門ライガー!」

 最強形態となった霰石色の獅子は七色の残像で幻惑し、全身からレーザー機銃を撃ち放つ地震竜の懐に潜り込むと一閃の刃風を吹かせた。

 頚部を付け根から切断され、一体のセイスモサウルスが横臥した。

「ひとぉーつ」

 左側、二匹目のセイスモサウルスまでの距離は凡そ二町(≒200m)。ワイツタイガーイミテイトのエレクトロンハイパースラッシャーが地震竜の側面装甲版を圧し折っていたが止めを刺すには至らない。備えられた無数の火器が行く手を阻む。

 このゾイド、この愛機将門ライガーであれば、やれる。

 ムゲンブレードとムラサメブレイカーを両脇に広げ、刃の翼を二匹目の地震竜に叩き付けようとした時であった。

 斃れたセイスモサウルスの屍に乗り上げ、全身から七本の電磁剣を逆立てた漆黒の獅子が現れた。輝く刀身が微細な振動を纏う。

「太郎――」

 踵を返した霰石色の獅子が、漆黒の獅子と睨み合う。

「――貞盛、今度こそ決着をつける」

 咆吼する獅子と獅子。七色の影を操る将門ライガーと、七本の剣を持つライガー零シュナイダーとが激突した。

 

 濃紅の獅子はディグ上にあった。艦橋からではなく、飛行甲板の淵に立つ秀郷は、眼下の地上で繰り広げられる死闘を見下ろす。

難陀(なんだ)が将門ライガーに斃されました。父上は八大龍王さえも捨て石にされるつもりですか」

「ネオカイザーを僭称する逆賊を討つのだ、龍宮に血を流させるには良い口実であろう」

 秀郷が鼻で息をつく。

「貞盛の零シュナイダーも将門ライガーと接触した。跋難陀(ばつなんだ)に貞盛の援護は可能か」

「ワイツタイガーとディメトロプテラが跋難陀と格闘中です。沙羯羅(しゃがら)を向かわせます」

「構わずともよい。これで将門に敗れるようであればそれまでの武士に過ぎぬということだ。沙羯羅は和修吉(わしゅきつ)と共に砲撃を継続、左翼に向かったデッドリーコングとランスタッグブレイクへの精密射撃を行わせよ。

 遠保殿のアイアンコングPKに伝達、右翼の徳叉迦(とくしゃか)阿那婆達(あなばった)の防御、コングにはコングだ。摩那斯(まなし)優鉢羅(うはつら)は砲撃をしつつ後退し、ディグよりの発艦航路を確保させろ。

 我らも頃合いだ。千晴、ホワイトジャークを率いて出陣せよ」

 秀郷の号令に応え、着陸脚を立て駐機していた背後の大型飛行ブロックスに藤原千晴が搭乗する。甲板上にひしめく爆装した白孔雀が一斉に射出装置へと移動する。

「ジェットファルコン及びホワイトジャーク爆撃部隊、出陣」

 白い隼を追って、白孔雀が重々しく発艦する。坂東の空を白い影が覆う中、地上には濃紅の獅子エナジーライガーの紅玉の翼が閃く。

 

 西と東。純友と将門の絆は、桔梗の放つ量子暗号を除き分断されたままである。

 

 人の意志とは無関係に、不死山の噴煙が靡き、再び天空より凶星が接近していた。

 


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