『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第十部「ヴィア・ドロローサ」   作:城元太

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第百拾九話

 小次郎たちが到着した時、既に葦原に囲まれた美しい牧場(まきば)は無残に焼かれ、爛れた牧の中央に残骸となったディバイソンが横臥していた。

 常羽御厩の別当であった多治経明は、小次郎のネオカイザー宣言にて上野守の除目を授かったとはいえ、依然御厩を拠点としてゾイドの繁殖飼育に励み続けていた。湿地帯に囲まれた牧場(まきば)は天然の垣として良質ゾイドの育成には最適であったからだ。実直な官牧の別当は、職責を全うすることに努めたが為、孤立してしまったのだ。

「この破壊痕は、爆撃によるものではございませぬ」

 踞った伊和員経が、切断されたディバイソンの装甲を検分し呟く。

「かなり強力なレーザークローによる打撃、それも左右から破壊されています。敵は二匹以上で、ディバイソンに同時攻撃を掛けたに相違ありません」

 開放された装甲式操縦席に人影はなく、搭乗者は戦功の(しるし)として引き摺り出されたとも思われた。上兵として、常に相馬御所に詰めていれば難を逃れられたかもしれない。

「すまぬ、経明」

 小次郎は指を揃えた左掌を額の前に立て、鎮魂の祈りを捧げた。

 補給を成すことを目的と兼ねて、漸く辿り着いた御厩であったが、併設されていた屋敷は焼き払われ廃墟となっていた。秀郷の焦土作戦の一環である。

「興世王殿、敵の動きは探れるか」

「ジャミングの到達範囲から察するに、恐らくディグの位置は武蔵と下総の境付近であろう。ドラグーンネストと共に坂東の流通の重要拠点を押さえ、我らへの増援部隊の合流を妨げる魂胆やも知れぬ。邪知深い事よ」

 弾正重房のバリゲーター部隊以外にも、小次郎を支援する漂泊の家舟の民は多い。従って石井勢への水運による補給路をも寸断し、完全に孤立させようとしたのだ。

「已むを得ぬ、鎌輪に向かうぞ。あの場所ならばレッゲルの補給もできるであろう。ディバイソンを破壊した敵を警戒しつつ回頭せよ」

 小次郎は隊列を転回させ、嘗て営所を置いた地へと変針した。バイオゾイドによって蹂躙されて以降規模は縮小し、相馬御所ほどの賑わいはなくなった。奇しくも常陸国衙陥落より元国司藤原維幾と為憲を逗留させるため整備し直したので、最低限度の物資補充は可能である。

 追い立てられる様に転々と移動する間にも、エレファンダースカウタータイプを通して悲痛な報が伝えられる。

「大国玉の真樹殿の館も爆撃されたそうです」

 小次郎の母、犬養氏に繋がる平真樹は、文屋好立が元来仕えていた筑波の麓の地方豪族である。嘗て源家三兄弟とも対立し、小次郎との関係性が取り糺されたことにより、機先を制しホワイトジャークの爆撃を受けたに違いない。

 次第に狭まっていく包囲網に、率いられる伴類達は焦燥感を募らせていく。先の戦闘の如く、例え空飛ぶゾイドと謂えど決して敵わぬ相手ではないのだが、補給が尽き空腹を堪えて行軍する兵のなかには勝手に隊列を離れる者も現れていた。

 引き留めることはしなかった。引き留めても当てにならないからだ。

 夕刻鎌輪に到着した時、兵力の凡そ三割が脱落していた。変わらぬ山野の風景の中、鎌輪の営所だけが小次郎たちを温かく迎え入れるのであった。

 鎌輪が空襲を免れていたのは僥倖だったが、理由はあった。元常陸介藤原維幾とその嫡子為憲を軟禁しているため、押領使秀郷達は元国司を巻き添えに迂闊に爆撃を行うことはできない。小次郎にとって屈辱的ではあったが、家臣を休息させるには致し方ない選択であった。

 問題は、意識を失っている桔梗が目覚めれば量子転送によって小次郎の軍勢の様子が秀郷の元に伝達されてしまうことである。病床に就いてからは同伴することはなく、行軍の情報に触れることなく済んで来たが、今回桔梗は共に移動しているので筒抜けになる。

 だがそれを防ぐための手掛かりを、四郎将平が齎していた。

 

 疲弊し切った兵とゾイドが入居するが、密集状態への被害を避けるため、村雨ライガーとソードウルフは鎌輪の門前での警護を行っていた。

 棟梁として真っ先に休むか、それとも兵の休息を優先するか。

 小次郎が選ぶのは後者であった。

 操縦席にもたれつつ、小次郎は村雨ライガーの座席脇の一角を見つめる。そこにあったタブレットが、四郎の進言によって桔梗の元へと移されていた。

〝殿、三郎殿、只今戻りました。どうかお休みになってくだされ〟

「員経こそ早すぎはせぬか。身体が持たぬぞ」

 屋敷からデッドリーコングが現れ、伊和員経が立哨の交替を申し出る。三郎のソードウルフを先に下げさせ、小次郎は下がり際に、村雨ライガーの頭部をデッドリーコングの間近に寄せた。

「桔梗の容体は」

 員経は俯きがちに首を横に振る。

「嚥下するのが辛くなったと言っておりました」

 食事が喉を通らない、と、素気なく答える口調には「持ってあと数日」という意味が取れた。返す言葉もなくいると、主君の当惑を察し員経は巧みに話題を逸らした。

「四郎殿が言われるように、あのタブレット板を孝子に預けることで記憶の転送を妨げることなどできるのでしょうか」

 

――ナイトワイズより降り立った四郎は、桔梗の容体を確認し、タブレットを桔梗に持たせることを提言した。

「孝子様の記憶が量子化され、俵藤太の元に転送されているとすれば、同じ量子暗号を発する装置によって干渉し、情報の転送を阻むことができるはずです。暫しの間、孝子様の傍に置くことを願います。その時が、来るまでは」

 嗚咽を殺して語る四郎は、まだ袂を分かつ前の頃、病床で語られた桔梗の言葉を兄小次郎に伝えた。

「二度と蘇らぬことが、桔梗殿の願いなのです。全ての記憶を消し去り、宿業(しゅくごう)(まみ)れた輪廻(リーンカーネーション)より解放されたいのだと仰っていました」――

 

「俺も量子暗号に関してはよく判らぬ。四郎の言葉を信じよう」

 丁度、六郎のレオゲーターも交替に到着し、小次郎は素直に休息を得ることにした。

 棟梁として、今は鋭気を養わねばならない。

 相馬御所を破壊され、多治経明を失い、坂上遂高、藤原玄茂は行方不明。更には桔梗の命まで尽きようとしている。

 それでも守らねばならぬものは無数にある。

 嘗てない強大な敵を前に、小次郎は気力を奮い立たせた。

 同時刻、鹿島よりランスタッグブレイクを率いた藤原玄明の大軍団が合流し、小次郎の軍は増強される。

 

「メガレオンの報告では、小次郎は鎌輪に逃げ込んだという。叔父上(※藤原維幾)や為憲がいる手前、空襲はできません。秀郷殿、夜襲をかけますか」

「村雨ライガーを筆頭に、将門軍にはまだワイツタイガーとデッドリーコングが無傷のまま残っておる。特にデッドリーコングの封印武装を解かれれば、零やエナジーライガーとて無傷では済むまい。

 将門のことだ、牒(※宣戦の通達書)を送れば必ず営所を離れ出陣する。出陣後にホワイトジャークの地上攻撃で弱体化させた後、我らが直々に手を下せばよい。将門にとって今宵の憩いが現世(うつしよ)での最後の宴となろう。

 時に、征東軍の位置はどうなっているか」

「案じた通り、未だ相模の辺りで燻っております。死竜の出現は最良の逃げ口上になったようです」

 幾分皮肉めいた貞盛の口調通り、駿河から相模に入った征東軍は、武蔵の境を越えられずにいた。最初から戦意も低く、村岡五郎良文の巧みな引き留めも手伝い、戦功だけを望む烏合の集団であっては当然の帰結とも云える。唯一気炎を吐いていたのは、小次郎と興世王への雪辱に燃えるゴジュラスギガの源経基のみであり、征東大将軍藤原忠文に「これでは、将門が討たれてしまう」とどれほど進言してみても、ジェノリッターが出陣することはなかったのだった。

 

 藤原玄明は、所領より集められるだけのゾイドを掻き集めて参陣していた。

「小次郎、俺に兄貴の仇を取らせくれ」

 爆撃前、相馬御所へ伝令として生き残った玄茂麾下唯一のランスタッグより、玄明は兄玄茂の討ち死にを知らされた。

 粗野で豪胆な鹿島の土豪も、兄の戦死に猛然と怒り狂い、復讐の炎を燃え滾らせていた。

「斥候に確認させた。ムカデの化け物は今、武蔵と下総の境にある。夜間に利根を渡河し一気に下総に侵入するつもりだろう。俺たちは対岸の川口村に陣を張り、白孔雀が飛び立つ前に迎え撃つ。川沿いであれば、弾正重房達が合流すればバリゲーター部隊の活躍も期待できる。どうだ、小次郎」

 地形図と陣形配置を見比べても、玄明の戦略に異存はない。

「わざわざ陸上空母に搭載して運用しているということは、爆装したあの白孔雀の航続距離はさほど長くはないということだ。空戦性能もレインボージャークとは比較にならないと良子も言っていた」

「殿、ディグ単艦での作戦行動は考えられないので、地上部隊の護衛は必ずいます。経明殿のディバイソンを斃し、遂高殿のソウルタイガーの件にも関わる敵がいるはず。予想されるのは、秀郷のエナジーライガーと貞盛の零ですが、零のストライクレーザークローはあれほどまでに強力ではなかったはず。となれば、別の強力なるゾイドかも」

「いや、恐らくは新たな具足(チェインジングアーマー)であろう。太郎は俺が討った父国香の遺したあの零で戦い抜くつもりなのだ」

 他ならぬ貞盛のことである。竹馬の友として心通わせた記憶が、敵の心を悔しい程に察知させてしまうのだ。どちらかが斃れるまで続く鬩ぎ合いの円環は、もはや断ち切ることはできなくなっていた。

 矢倉門の方から突然喧噪が起こる。七郎将為が評定の場に慌ただしく駆け込んだ。

「小次郎兄上、たった今、メガレオンが姿を現し、牒を置いて去っていきました!」

 騒然となる評定の場で、七郎より差し出された牒の文面を確認する。

「玄明、俵藤太もお前と同じことを考えたようだ」

 小次郎から手渡された書面には、利根の乱流逆巻く川口村の一角が合戦場所として示されていた。

「これまでで最大の戦となろう。矢合わせ(※開戦)まであと一日半だ。引き続き機体の整備を行うと共に、休める者は休め。食い物は出し惜しみするな。但し動けなくなるほど食い過ぎるなと付け加えよ」

 評定の座に笑いが起こる。小次郎にとっての精一杯の諧謔である。

 己と、己の郎党、家人全ての行く先を担う大戦(おおいくさ)を前に、小次郎は早まる鼓動に胸が圧される感覚であった。幾つもの絡み合う人々の意識が集中する。

 天慶三年卯月。『川口村の戦い』の二日前の夜であった。

 


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