『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第十部「ヴィア・ドロローサ」   作:城元太

2 / 14
第百拾八話

 雷雲貫き、黒い怪竜が舞い上がる。

 翻る『南無八幡大菩薩』の幟が絡みつく雲を引き裂き、嵐に洗われた全身に、透けた羽衣の如き水煙を纏う。

「トライアングルダラス空域より離脱。クラスターコアの出力及び磁気振動装置への動力供給、安定」

 雄々しく逆火(バックファイア)を後肢付け根の集合排気管より噴出し、黒い海賊戦艦が再び浮上した。

「〝舟の澱み〟も終わったという事か」

 艦橋で推力計を睨んでいた佐伯是基が純友を振り返る。

「起工直後の〝獅子の澱み〟と、摂津須岐駅で羽化した〝鷹の澱み〟を経ましたので、これでビームスマッシャーも撃てます。忠平のギルドラゴンに後れを取ることもありません」

 純友は拱手したまま、艦橋の天蓋越しに広がる天空を見上げた。

「果たさねばならぬ務めを怠ったが為に、惑星の意志が齎した死竜を目覚めさせてしまった。俺たちの敵は最早、ギルドラゴンなどという卑小な存在などではない。

 死竜が完全なる覚醒に至る前に、俺たち海賊衆の手で飛来する全ての小惑星を打ち砕かねばならぬ。

 だがその前に一つ、俺の勝手を聞いてくれるか」

 純友の視線が東の水平線に向けられる。水平線の先には、中央大陸が広がっていた。

「トライアングルダラス界隈を飛び回っていた追捕海賊師のデカルトドラゴンどもが一斉に退いていった。ソラは俺に従五位下を寄越した。俺たちを懐柔し大人しくしている間に、役立たずの征東軍まで派遣し、討伐したい奴がいるのだ。

 ネオカイザーなどと名乗っているが、朴念仁な奴だ。大方取り巻きに煽てられて僭称したのだろうが、ソラが周章狼狽する姿は傑作だった。

 奴は帝の血をひいていると言うが、そんなことはどうでもいい。俺の野望を叶えるに欠かすことの出来ぬ男、真の剛毅を持つ漢だ。

 俺はその漢を同胞(はらから)として迎えたい」

 藤原三辰、小野氏彦、紀秋茂、津時成、佐伯是基、藤原文元、藤原文用、三善文公、海賊衆を纏める魁師達の目が一斉に藤原純友を振り返る。堪え切れずに津時成が告げた。

「船長、坂東の平将門のことだろう」

 純友の貌に豪胆な笑みが浮かぶ。

「傀儡によれば、いま奴は俵藤太の巨大蜈蚣と戦っていると聞く。(ホエールキング)一匹持たぬくせに、奴は俺を頼ろうともせずに。気に入らんとは思わぬか」

「気に入らぬ。海賊衆と合力するのを拒むというなら、無理やりにでも押しかけ戦に割り込んでやりましょうぞ」

 嘗て三郎将頼と刃を交えた紀秋茂は、舵輪を持ち直していた。

「皆、異存はないか」

 海賊衆は無言で応えた。「答える迄もない」を答えとして。紀秋茂が一際声高く告げる。

「巽方向へ回頭。船長、進路先を願います」

 拱手した両腕を解き、純友は見つめる東方の水平線に向け右手を差し伸ばした。

「目標、東方大陸南方、坂東下総。アーカディア號、全速前進」

 ダラス海を越えれば中央大陸に達する。中央山脈上空を飛越し、アクア海を経て東方大陸に到達するのである。国境も空域も無視し、怪竜は一路坂東に向け飛び去って行った。

 

 優美な白孔雀の投下する塊が、豪雨となって降り注ぐ。相馬御所の敷地はもとより、周辺域の家屋や耕地にも無差別に落下し、紅蓮の焔となり地上を焼き尽くしていく。

 対空装備に乏しい石井のゾイド群に抗う術はない。十七門突撃砲を有する、頼みの綱の多治経明のディバイソンとは、未だに連絡が取れない。

 だが無為に蹂躙され続ける程、小次郎たちは軟弱ではなかった。

 炸裂する火柱の間を縫い碧き獅子が緋色の繭を纏う。

「疾風ライガー!」

 出現した緋色の獅子は、ムラサメディバイダーとムラサメナイフを翳し、落下する火薬の塊に躍りかかる。信管部分と炸薬を分離すれば炸裂に至らないと判断した小次郎は、疾風ライガーの優速を活かし、落下直前の爆弾の切断を試みた。

 疾風迅雷の斬撃が火薬の塊を裁つ。切断された円筒が乾いた金属音を響かせる。

 信管より分離された炸薬は、(たたら)より流れ出る溶鉄然となり、激しい閃光を放ち炎の溜りを大地に残す。炸裂は寸前で阻まれた。しかし切断できる数にも限りがある。

(きり)がない」

 疾風ライガー同様に、三郎のワイツタイガーがエレクトロンハイパースラッシャーによって弾頭を切り裂き、七郎のディメトロプテラも空中迎撃に向かうが、焼け石に水である。激闘の最中、小次郎は車宿りの前に立ち塞がるエレファンダーを確認する。焦燥に駆られた良子がレインボージャークで出撃することを予測し、小次郎はスカウタータイプに換装し迎撃兵器を持たないエレファンダーを楯としレインボージャークの発進を阻んでいたのだった。但し妻の行動は予測できても、もう一人の女人の行動は掴み取れなかった。

「誰だ、バンブリアンを動かしているのは」

 特殊兵装のジャイアントホイールを利用した自走砲形態のバンブーランチャーと、背負ったままのランチャーにバンブーミサイルを満載した白と黒の熊型ゾイドが出撃する。自走砲の原型になったのは、嘗てたった一人で平良正率いるアイスブレーザーの軍勢と戦い、命を散らした丈部子春丸のバンブリアンが遺したものである。小次郎は直感した。

「孝子……桔梗か。無理だ、そんな身体では」

〝やれます、聴音機能を最高にすれば、敵機の飛来方向は見当がつきます。耳を澄ますので、暫し御容赦を〟

 通信が途切れた。バンブリアンは、下総の黄土には目立ち過ぎる。恰好の目標を発見した白孔雀の群れが、バンブリアン目掛け火薬の詰まった塊を一斉投下した。

 敵を惹き付けるのも謀であった。敵弾の投下より一瞬早く、背中と自走砲に装備された二基合計二十二のバンブーミサイルが弾道を放射状に花開く。それぞれの筒内に詰められたリーオの刃が散開し、落下直前の爆弾と、その上空を飛び去ろうとする白孔雀の群れに突き刺さった。

 翼を切り刻まれた機体、首を捥ぎ取られた機体、胴体中央に風穴を開けた白孔雀が次々と落下する。放物線の延長上にぽっかりと空隙が開き、ホワイトジャークの編隊が陣形を崩した。

 バンブリアンの開けた空隙の中央に割り込んだ菫色のゾイドが翼を広げる。

「良子! まさかお前、いつの間に」

〝面目ない将門殿、儂が僅かに油断した隙に……〟

 見ればエレファンダーが車宿りから押し出されていた。良子はやはり堪え切れず、興世王を振り切り出撃したのだ。

 操縦者たる良子は同種の白孔雀を一瞥しただけで、量産機故にレインボービームテイルが装備されていないことを看破した。

〝みなさん、できればお下がりください〟

 言葉に裏に「できなければ巻き込みます」の意味が隠れている。一際高く舞い上がり、レインボージャークが尾羽を展開させた。

 虹色のパラクライズが周囲一面に注がれる。空を飛ぶ白孔雀の多くが、ゾイドの機能を麻痺させる輝きに巻き込まれ失速し、ばたばたと地上に落下を始めた。

〝義姉上、やられました〟

 地上で回避が叶わなかったレオゲーターが硬直し、六郎将武が泣き言を漏らす。妻の奮闘に負けじと、疾風ライガーは更なるエヴォオルトを為していた。

「将門ライガー!」

 再び空に舞い戻ろうとする白孔雀目掛け、霰石色の獅子の太刀二振が斬り掛かった。縦に横に斜めに、白孔雀が翼や首を吹き飛ばされ、白い金属の塊となって落下する。デッドリーコングもヘルズボックスから四本の稼働肢を伸ばし、アイアンハンマーナックルを翳しホワイトジャークを叩き落としていく。

「員経、あれをやるぞ」

〝承知〟

 デッドリーコングが将門ライガーに背を向けた。全力疾走で死の猩々に向かう獅子が、ヘルズボックスを足場に跳躍した。虹色の旋風となり七つに分離した将門ライガーが、残るホワイトジャークの群れを薙ぎ払う。

 宙を舞った獅子が地上に再び降り立った時、あらかたの敵は滅していた。生き残った白孔雀が飛び去るのを確かめる頃、将門ライガーとデッドリーコングの間に菫色の孔雀が舞い降りた。

「馬鹿者が。あれほど出るなと申したではないか」

〝あなた、それより孝子様を〟

 妻の言葉に我に返り、風防を開けバンブリアンの姿を探す。白黒の熊型ゾイドは、パラクライズの閃光を浴びたのか、自走砲を押す二足歩行形態のまま硬直している。傍らには既に、いつの間にか駆け寄ったデッドリーコングが横付けし、跳び移った伊和員経が操縦席内の桔梗を抱きかかえていた。かかえられた桔梗は、力なく四肢を投げ出したままである。

「員経、孝子は如何に」

 バンブリアンの操縦席に立つ老兵は、腰を屈め両膝を支えに桔梗を横たえ、穏やかに手を振った。「無事ナリ」の意を汲み取った小次郎は、深い安堵の溜息をつく。

 将門ライガーが四肢を踏み締め勝鬨の咆哮をすると、エヴォルトを解き碧い獅子へと姿を戻していた。

 辛うじて、ホワイトジャーク第一陣の攻撃を凌いだものの、既に相馬御所は拠点と為すことは出来なくなった。見渡せば、館は無残に破壊され、畑の作物に野火が燃え広がり続けている。掩体壕から這い出した郎党や家人たちが、呆然と惨状を見詰めていた。

 民を救うために戦ってきたが、白孔雀の無差別爆撃によって裏目に出てしまった。小次郎は激しい自責の念に駆られていた。

 ユニゾンを解いたソードウルフが接近する。

「思ったほど怪我人は少ないが、このままではレッゲルの補給も儘ならぬ。兄者、陣形を整え敵襲を迎え撃とう。何処かに適した地を探さねばなるまい」

「まずは栗栖院常羽御厩に行き、多治経明の無事を確認したい。それと坂上遂高と藤原玄茂の無事もだ。御厩であれば補給も出来よう。俺が先行する、三郎は良子たちのグスタフを護衛してくれ。至急鹿島の玄明に増援を要請、編成を練り直す」

 野火を鎮火させようと、七郎のディメトロプテラが懸命に炎を踏み付けていた。程なくして、黒煙が燻る上空に梟型のブロックスゾイドが飛来する。

「ナイトワイズ、四郎か」

 除目の件で兄小次郎と袂を分けた学者肌の舎弟が、前触れもなく現れた。己の決意を曲げてまで飛来した四郎の真意を、小次郎は図りかねた。

 村雨ライガーの直上を、ナイトワイズが輪を描いていた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。