『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第十部「ヴィア・ドロローサ」 作:城元太
練度を上げた秀郷の兵の戦闘力は、小次郎の兵に比べて遜色はない。だが兵力差8倍にして、両軍は対等に戦っていた。「戦闘開始時に、敵対する両軍の兵力に差があり戦闘能力が同一であれば、戦闘終了時の勝者の残存兵力数は開始時の兵力の2乗の差の平方根の値に従う」。これは〝ランチェスターの二次法則〟によるもので、彼我の兵力差が4倍を超えれば、寡兵側は全滅に至るという計算結果が導かれる(※奇襲等を除く)。
法則に誤りはない。隕石落下の衝撃波によって秀郷側のゾイドがシステムフリーズを起こした影響もあるが、小次郎の背中には無数の民の想いが宿っていた。小次郎を慕う人々の心が〝無限なる力〟を発現させ、支えていた。兵力は実質、拮抗していたのだった。
ムゲンブレードとムラサメブレイカーの太刀筋は、グングニルホーンとバスタークローの攻撃を同時に受け止め、冷徹に二匹の獅子を追い詰めていく。支援攻撃を行うべき他の押領使のゾイド群も、桁違いの三匹の獅子の激闘を固唾を呑んで見守るしかない。唯一の支援攻撃は、虚無の空間より放たれる光弾だけであった。
繕覩。
嗢篅里。
莎訶。
目に見えないゾイドが次々と撃破された。
「員経か」
鬼神が戦場に仁王立ちした。飛び散った潤滑油に塗れた機体に、破砕された半透明の装甲がこびり付く。デッドリーコングは着実にメガレオンを葬って行く。
「……桔梗なのだな」
レインボージャークを背負った姿を見て全てを悟る。命を削り参じた乙女を、小次郎は拒まなかった。
「背中は預けた」
「はい」
聞こえた筈もないのに、答えていた。言葉は無用であった。獅子達の決闘へ干渉しようと攻め寄せる敵を迎え撃つべく、デッドリーコングが立ち塞がる。
「早く、早く来て、アーカディア號」
迎撃戦は、桔梗にとって潮時を待つ間でもあった。
隕石落下の混乱に勢いに乗じブロックスゾイドを蹴散らし、遂にランスタッグ部隊は、空母ディグの歩脚に接触した。
「俺に続け」
跳躍する白き鹿達は、歩脚の突起を足掛かりに垂直に登っていく。ランスタッグが取り付く歩脚を損傷させても敵が飛行甲板に達することを阻止するため、ディグの対空レーザー砲が一斉に降り注いだ。
跳躍中により回避行動が限られるランスタッグが、次々と焼き払われていく。攻撃力に於いて最強の藤原玄明の機体を庇うことが優先され、そそり立つ蜈蚣の巨木の如き歩脚から、レーザー光線に貫かれた白き鹿達が落下を続けた。
飛行甲板に達したのは、ローリングスパイクシールドを欠いたランスタッグブレイクのみであった。
「生き残ったのは俺だけか」
玄明の試練は続く。未出撃のホワイトジャークの一群が、飛行甲板に現れた異物を排除せんと一斉に躍りかかったのだ。
孔雀の鋭い嘴と爪は
ランスタッグの頭部装甲が破られ、玄明自身が露わとなった。頭上に白孔雀の嘴が迫る。生身の肉体にゾイドの武器は過剰に脅威であった。
「無念」
観念の言葉を思わず口にした時、集っていた白孔雀が纏めて吹き飛んだ。翼を持つ丹色の虎が、突入と同時にエレクトロンハイパースラッシャーを叩き込んでいた。渾身の一撃の末、虎は狼に姿を戻し、剥脱した装甲は甲板を滑り落下していく。ユニゾンの限界であった。
開放された操縦席で玄明は思い切り毒突く。
「何をしに来た三郎、貴様は小次郎を守っておれば良いものを」
「玄明殿だけでは心許ない故に。好立殿も居りますぞ」
鋭い眼光を放つ小型ブロックスが浮上する。ワイツタイガーイミテイトより剥脱した装甲を得て、ムササビ型ゾイドに形態を戻していた。空中から俯瞰するサビンガより文屋好立が告げる。
〝三郎殿、玄明殿、甲板中央に艦内に通ずると覚しき穴が空いております〟
サビンガのマルチアイは、巨大蜈蚣空母の急所である艦載機格納用の昇降機を捉えた。攻めるべきソードウルフもランスタッグブレイクも既に満身創痍である。内部からの破壊を行えば、ディグの撃沈も可能だろう。しかし、生還する可能性も限り無く低くなる。
激闘の狭間に三郎が溜息を漏らした。
「玄明殿、今だからこそ言うが、私も兄者のように、良子様の如き優しく美しき嫁が欲しかった」
「なんだ、女か。この戦を生き残れば、
「駄目だ。私を心底愛してくれて、刹那の快楽などではなく、健気で献身的で優しい
「……世迷言も大概にしろ。そんな女など居らぬわ、俺には面倒見切れん」
「然らば、理想の嫁を娶るまでは死ねませぬな。玄明殿、参りますぞ」
「主は俺に命令する癖を直さぬか」
残存する白孔雀を蹴散らし、鹿と狼は甲板中央に開いた奈落に消えた。
「二人とも、お頼み申しまするぞ」
文屋好立が呟く。直後、サビンガは対空レーザーの豪雨に撃ち抜かれ、空の藻屑となって散華した。
エレファンダーとディバイソンは予想外の善戦を続けていた。ディメトロドン形態のディメトロプテラのジャミングが、ホワイトジャークの誘導爆弾攻撃を防いだことが功を奏し、敵を釘付けにしていた。飯沼を背にした文字通りの背水の陣により、水中戦用ゾイドの少ない押領使の軍勢の、背後からの襲撃を防ぐことができた。強引に飯沼を渡って攻撃を仕掛けようとする敵には、鰐型に変形したレオゲーターが水辺より襲撃し、大顎によって何機ものゾイドを悉く引き裂いた。だが、それ以上持ち堪えるのも限界であった。
密集する部隊の眼前に火線が奔り、
螺鈿色と溶岩色が
エレファンダーファイタータイプを強引に押し退け、五郎将文はディバイソンを前進させた。
〝此奴の相手は私に任せてください〟
「ディバイソンはバイオゾイドに分が悪いと聞くが、やれるのか」
〝策があります。興世王様たちは隙を見て離脱を願います〟
興世王が止める間もなく、鋼鉄の猛牛は突撃を強行した。猛烈な加速をつけ疾走し、十七門突撃砲を一門ずつ正確に放ち、斑のメガラプトルの接触を阻む。超硬角さえ切断する凶悪なヒートハッキングクローも、接近戦に持ち込めなければ効果はない。一斉射撃ばかりが目立つ十七門砲ではあるが、発射の間隔を調整すればダークホーンのハイブリッドバルカンにも匹敵する連射能力を発揮する。射撃によって骸骨竜の跳躍を許さぬまま、次第に突撃砲の射線を上体に集中し、斑のメガラプトルの胸を反らさせる。
弱点を晒した瞬間を逃さず、頭部に翳した超硬角が、メガラプトルのバイオゾイドコア貫いた。
流体金属装甲が急激に溶解し、斑のメガラプトルは留めを刺されたかに見えた。
刹那、ヒートハッキングクローが振り下ろされディバイソンの頭部を切断する。流体金属装甲に混入したクリムゾンヘルアーマーが、僅かに斑のメガラプトルの耐久性能を上げていたのだった。
白雲を曳き閃光と衝撃波が奔る。降り注ぐ隕石群の中、息つく暇なく獅子達の激闘が続いていた。依然戦線は膠着し、将門ライガーの勢いも衰えを見せず、零・隼とエナジーライガーを圧している。
貞盛は生涯究極の賭けに出ようとした。
――意表を突く戦法でなければ、小次郎は倒せない。
「奥の手を使う。千晴殿、隼とのユニゾンを解除する」
〝無理です、今解除など出来ませぬ〟
素体となった瞬間に攻撃を受ければ、零も隼も一溜りもない。鬼神と化した小次郎が手加減するとも思えない。
――下野の豪族藤原秀郷の助力と圧倒的兵力を得て、龍宮から入手したドラグーンネストやディグを擁してまでも小次郎は倒せないとは。
貞盛は己の非力さと星の巡りの不幸を呪う。
「最後まで私はお前に勝てないのか」
――憎みながらも、惹かれ合ってきた竹馬の友に止めを刺されるのであれば、本望かもしれない。
諦観が脳裏を過る。貞盛は己自身を憐み瞑目した。視界を閉ざしたことで鋭敏となった聴覚に、低い異音が捉えられた。
――隕石とは別の音。竜の唸り声、死竜?
格闘の最中、降り注ぐ隕石が地表近くで爆発する。それまでの隕石飛来に伴う衝撃波とは明らかに異なっていた。見開いた貞盛の視界に、赤黒い光の奔流が映る。ほぼ水平に伸びる閃光が地上物を巻き込み薙ぎ払い、その延長上にある隕石群を破砕していた。
惑星の意志を委ねられた死竜のバイオ荷電粒子砲は、地磁気によって偏向する通常の荷電粒子砲と異なり直進可能であった。惑星表面の浅い角度で飛来する隕石群迎撃のため、駿河・相模方向から放たれたバイオ荷電粒子砲の射線は、偶然にも下総・常陸の地が、直線と弧との接線となった。接点の地で小次郎と秀郷の戦が行われていることなど意に介せず、轟然と直進するバイオ荷電粒子砲が『神々の怒り』を迎え撃ったのだ。
バイオデスザウラーの砲撃は小次郎の斬撃を寸断させ、貞盛達に僅かな猶予を与えた。
「今度は我らに、神が天啓を授けてくれた!」
気まぐれな神の導きを受け、貞盛はすかさず
ホバーカーゴより真紅の鳳凰が飛来する。零・隼の具足が弾け飛び、エナジーライガーに吸い寄せられる。貞盛、そして秀郷も叫んだ。
「Zi―ユニゾン、ライガー
「Zi―ユニゾン、エナジー
零より離脱した隼の具足が、エナジーライガーに装着される。エナジーチャージャー伝導管が接続され、バスタークローが競り上がる。エナジーライガーは、三叉の刃を二振持つ濃紅のゾイド、エナジーファルコンへとユニゾンした。
素体となった零には、飛来した赤い鳳凰ファイヤーフェニックスの具足が覆い、ライガー零・鳳凰へとユニゾンを行う。
「小次郎よ、お前のような手強い敵には、最後まで伏兵を残しておくのが定石だ」
貞盛に与えられた鳳凰の具足『唐皮』は、黒と赤の二つがあったのだ。
二匹の新たな赤い獅子が、将門ライガーの前に出現した。
弥勒下生の先兵たる不死山の死竜は、隕石落下を受け完全なる覚醒に至り、将門ライガーの後方から、隕石全てを打ち砕くバイオ荷電粒子砲の奔流が迫る。
秀郷のエナジーファルコン。貞盛のライガーゼロ・ファイヤーフェニックスと巨大蜈蚣空母ディグ。不死山の死竜バイオデスザウラー。そして『神々の怒り』。
平将門は、幾つもの強大な敵と、同時に戦わねばならなかった。