『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第十部「ヴィア・ドロローサ」 作:城元太
立秋を過ぎた(※坂東は南半球)天慶三年卯月十四日。筑波峰を遠望する下総国猿島郡北山に於いて、巨大蜈蚣空母ディグを中心に総勢三千二百人、総ゾイド数五百機にも及ぶ押領使秀郷の大軍団が布陣した。
無差別爆撃を担う優美な白孔雀は、新たにアイアンロックから追加配備を受け航空甲板上に翼を寄せ犇めく。避来矢エナジーライガー、貞盛の小鴉丸ライガー零、千晴のジェットファルコン、平公雅兄弟のダークホーン、『川口村の戦い』で残った八大龍王の
対する小次郎の残存部隊は四百人弱。主力として戦えるのは、村雨ライガー、ソードウルフ、ジェットレイズタイガー、ランスタッグ八機。兵力差は圧倒的で、小次郎側に勝機は微塵もないと思われた。
だが、合戦に先立って開かれた軍議に於いて、藤原秀郷が渋面を崩すことはなかった。
「将門は必ず仕掛けてくる。最初から犬死覚悟の勝負を挑む程、奴は愚かではない」
小次郎の布陣が奇妙に西に寄っている。そこに仕組まれた意図を感じたが、真髄を見抜くには至らなかった。
地平の先に目を凝らす。青い稜線の麓に、太刀を背負った碧き獅子と翼を持つ青と丹色の虎、槍と楯を具えた白き鹿の群が現れた。
「
従類の小型ゾイドを合わせても、三十弱の機数である。秀郷と貞盛を除き、「衆寡敵せず」の感情が湧くのは必然であった。
「矢合わせと同時に発艦せよ」
応じたダークホーンのハイブリッドバルカンが螺旋状の曳光を天空に刻み、戦端は開かれた。
先鋒として出撃したジェットファルコンとホワイトジャークの
「疾風ライガーで中央突破を狙う魂胆か」
緋色の獅子の両翼を担い、翼を持つ二匹の虎が舞い上がる。爆撃直前の白孔雀数匹を纏めて叩き落とすと、湧き上がる爆煙に紛れ上昇した。二匹の虎を上辺に、疾風ライガーを下の頂点とした逆三角形の壁が築かれ、侵蝕する楯となって秀郷の陣に斬り込んで来る。
攻め込む楯を破らんと、濃紅の獅子の頭上を越えて荷電粒子の線条が宙空を貫く。
〝バーニング・ビッグ・バンを放ちます、暫しお下がりください〟
紅蓮の炎に覆われる標的に向かい、一斉に隔壁を開放する。零の操作盤には、硝煙を透過し複数の標的を捉える画像が表示されていた。貞盛にしても、この程度で宿敵小次郎が斃れる筈が無いと知っている故の攻撃である。全身の具足から誘導弾が放たれ、火の玉となって降り注ぐ。上辺二頂点の虎は
後落する零・パンツァーに代わり、エナジーライガーが陣頭に立つ。具足の排除と零・隼へのユニゾンまでの時間稼ぎが必要だった。先の戦では、究極態の真・叢雨ライガーには追い詰められたが、その前段階である将門ライガー形態であればエナジーライガーでも互角に戦えると判断した。
「勝負だ、将門ライガー」
2連装チャージャーキャノンとチャージャーガトリングが猛烈な弾幕を張るが、霰石色の獅子は射線より陽炎の如くに身を逸らす。身を逸らすばかりではなく、やがて七色の残像となって分身し、秀郷を幻惑する。
間合いが掴めない。怯んだ隙を衝き、巨大な鉄槌を下されたが如き激しい衝突がエナジーライガーを襲う。
古代ゾイド文字が刻まれた頭部エクスブレードに、同じく古代文字が刻まれたムゲンブレードが振り下ろされていた。エネルギー障壁を展開していなければ、確実に頭ごと切断されていたに違いない。
久しく忘れていた「死への恐怖」が秀郷の脳裏を過ぎる。
将門ライガーの双眸は、怒りに満ちていた。
金光明経の
背負う棺には、稼働肢によって菫色の孔雀が捕まえられている。眼光は狂気を帯び、左腕の封印武装シザーアームは既に剥き出しになっている。
搭乗席の桔梗の身体は、千切れんばかりに激しく揺さ振られていた。結束帯を手探りで結わえ付け、念入りに身体を固定したものの気休めに過ぎない。健常者でも嘔吐する程の振動だが、皮肉にも吐く胃液さえ枯渇した桔梗に怖れはなかった。
レインボージャークを自在に操った桔梗にとって、デッドリーコングを暴走状態に導くなど容易であった。あとは機械生命体自身の闘争本能が、殺意渦巻く戦場に只管に導いてくれる。
砲声が韻々と響き、鋼鉄の猛獣の慟哭が聞こえる。北山の合戦場は間近である。
その際桔梗は、戦場とは異なる方向、それも遥か上方を横切る轟音を耳にした。
前世の記憶が蘇る。『下野国府の戦い』の顛末を巡り、都の検非違使庁に召喚された小次郎と共に都に昇る際、操るレインボージャークの近傍を掠め飛んで行った隕石の落下音である。
盲いてなければ、大気との断熱圧縮で熱せられ蒸発し、即座に大気中の水蒸気によって冷却凝固する航跡を目にしていた筈である。
「また『神々の怒り』なの」
集束荷電粒子砲を上回る閃光を放ち、白い隕石雲を延々と曳く落下物が天空より飛来する。音速の数十倍で大気圏に進入した物体の衝撃波が坂東一帯に轟き渡った。進入角度が浅く、地表面への直接落下こそなかったが、坂東全域を騒然とさせるに殊足りた。
「別の隕石、今度はもっと大きい」
二度目の衝撃波が、デッドリーコングの詠唱さえも掻き消し天地を揺るがす。惑星重力によって衛星軌道上に捉えられた小惑星がロッシュ限界を越え崩壊し、隕石群を無数に生み出す病巣となっていたのだ。
三度、四度。それ以上桔梗が数えることはなかった。
「アーカディア號は必ず来る。それまでこの肉体が持ちさえすればいい」
タブレットは素肌に抱かれていた。
小次郎と秀郷の一騎打ちが続く最中、秀郷麾下の兵が遭遇したのは、小次郎軍が背にする筑波峰の奥より降り注ぐ灼熱の閃光と膨大な隕石雲、そして衝撃波であった。
隕石の降下は惑星の自転によるコリオリの力に牽かれ従う。丁度筑波から北山方向、つまり小次郎の進撃する背後から、秀郷軍を追い落とす形で降り注いだのだ。
秀郷の懸念が的中した。飛来した隕石の衝撃波は、押領使のゾイドの殆どにシステムフリーズを発生させ、活動を停止させた。対照的に、あらかじめ隕石の飛来を予測していた小次郎の少数精鋭のゾイド群は、衝撃波への防御装備を施していたのだ。
天空を漂う岩塊が、いつ何時落下するかを予測するのは極めて困難である。それでも落下軌道や重力加速度など、気の遠くなる計測と計算を重ねれば不可能ではない。人智の及ぶ限りの離れ業を成し遂げたのは、他でもない小次郎の舎弟、平四郎将平の頭脳であった。
小次郎と袂を別ち、恩師菅原景行の元に隠遁した四郎ではあったが、決して兄を見捨てたわけではない。兄の危急を知り、飛来する天空からの災厄を利用し、圧倒的な押領使の軍団への対抗策を提言していたのだ。
棒立ちとなった四匹のアルティメットセイスモが、為す術無く二匹の虎の爪と牙に切り刻まれ、追って到来した白い鹿の群れに針山の武装ごと破壊された。未開拓の樹林地帯を切り拓くが如く、活動を停止した押領使のゾイド群を薙ぎ倒し、ランスタッグ部隊、及びエレファンダーが旗艦ディグへと猛進する。稼動可能な秀郷軍のゾイドと小次郎軍のゾイドの数は、この時点では拮抗していた。
将門ライガーとの一騎打ちの途中、戦場を覆った衝撃波によって一時の間を得られた秀郷は、硬直した味方のゾイド部隊が無残に破壊されていく光景に愕然とした。形勢は予想に反し、押領使側が守勢に回っている。
息継ぐ暇なく二振の太刀が濃紅の獅子に振り下ろされた。真・叢雨ライガーの荷電粒子の太刀程の威力は無いが、エネルギー偏光障壁に微細な稲光が奔る。避来矢さえ、将門ライガーの太刀を防ぐことはできなかった。
唐突に空間が揺らぎ、虚無から高密度の光弾が撃ち込まれた。将門ライガーの霰石色の機体表面で弾かれるが、僅かにエナジーライガーへの攻撃の手が緩む。直後に三叉の錐が二機の間に楔となって打ち込まれた。
〝父上、御無事で〟
〝ここは我らが引き受ける。秀郷殿は一旦退き、部隊の立て直しを願う〟
隼の具足を纏いユニゾンを終えた貞盛の零が割り込んだ。一騎打ちへの干渉ばかりではなく、痺れを切らした龍宮直属のメガレオンによる援護射撃まで受けたのは屈辱であった。
武者として、秀郷は小次郎に敗北していた。
「必ず将門を仕留めよ、全軍の攻撃目標を将門ライガーに集中、メガレオン部隊も我らと共に攻撃を開始せよ」
だが、将としての駆け引きは残っている。最早
未だ以て駿河に足止めを食らう征東軍の陣営の中、源経基はゴジュラスギガの直上を飛ぶ黒い怪竜を見た。
「温羅……」
怪竜の飛び去って行く方向から、閃光と白い航跡を曳く隕石群が飛来する。
経基は、自分が時代の傍観者に成り果てている虚無感に襲われた。証として名乗りを上げるが如く、背後に魔獣の咆哮が起こる。振り返った経基が呟く。
「……末法の世の、弥勒下生が始まる」
隕石落下は、不死山の浅い地底に眠っていた死竜まで覚醒させた。バイオデスザウラーの咆吼は、惑星各所に眠る同種個体のコアと共鳴し、胎動と降誕を導いていく。
惑星の破滅は着実に近づいている。