『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第十部「ヴィア・ドロローサ」   作:城元太

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第百弐拾七話

【アセノスフェア内部にパイロバキュラム及びオーガノイド・モルフォゲンの発生を新たに確認。生体反応は不死山の死竜に酷似】

【パイロバキュラムのバイオリーチングにより、クリムゾンヘルアーマーの大量精製を確認。中央山脈、グランドパロス山脈、オリンポス山、イセリナ山、ニザム高地、イグドラシル山脈、グニタ高原、ゲフィオン山脈、他海洋底海嶺付近にもゾイドコア反応が発生】

【ゾイドコア、リソスフェアへ向け上昇。相互の距離はほぼ等間隔。バックミンスターフラーレン状の二十面体トポロジー形態形成】

【各ゾイドコア、面の重心点付近に移動。惑星Ziの意志は地表全てを死角無く覆う意図かと想定される】

【不死山の死竜が二十匹とは。ギルドラゴンは出撃可能か】

【現在修復状況四割、再出撃は未だ不能】

【ザバットのバインドコンテナも利用して地上との往来を集中させ、選民を早急にソラシティへ移送するよう通達。小惑星衝突と死竜の蹂躙により、惑星は弥勒下生の劫火に覆われる。せめて地表に残される者達が苦しむことなく成仏遂げることを祈る。南無阿弥陀仏】

【南無阿弥陀仏】

【南無阿弥陀仏】

【移送作業を続ける】

 

 

 ディグ艦内の艦載機格納庫の一角に、奇妙に仕切られた区画が設けられていた。ホワイトジャークに赴く土魂(つちだま)が内部より現れる為、搭乗員控室にも思えたが、入る者は無く出て来るのみであり、その区画に戻っていく姿を見た者はいない。進入を許されていたのは、例外としての藤原秀郷ただ一人だけであった。

 仄暗い隔壁の内部に数十基の素焼きの甕が列を成す。人が入れる程の大きさの甕には無数の管が張り巡らされ、何らかの液体を送り込むため、頻りに管に繋がった鞴が踏まれている。多々羅衆にも似た身形の人影が、隔壁を開いて現れた秀郷を一瞥するも無言で作業を続けていた。

「貴様らは桔梗の寿命は早々に尽きると申したであろう」

 一切反響のない空間で、抑揚の無い声が応じる。

「急激な肉体劣化の痛みに耐えてまで、生への執着を見せるとは想定外でございました。我ら土師(はじ)が桔梗の前の忍耐力を見(みくび)ったことは認めます。だがそれも持ってあと数日。将門は量子干渉などという小賢しい真似をしておりますが、桔梗が死して体組織が崩壊すれば自ずと諸元は入手できます。急くことはありません」

「将門は次こそ死に物狂いで挑んで来る。このディグでさえ轟沈させるほどの底力を有している奴だ。真正面から闘っては避来矢エナジーライガーとて太刀打ち出来ぬ。その為にもホワイトジャークの強化が必要と判らぬか」

「お戯れを申されるな。このディグが敗れるなど在り得ません。我らを守るのが侍の務めでございますれば、どうかこの後も精進なさいませ」

 幾分声を荒げるものの、人影からの返答に感情の起伏は覗えない。憤りを隠しきれず背を向けた弾みに鎧が甕に当たり、素焼きの表面を僅かに削った。

「培養槽を傷つけられては困ります。土魂の増殖が滞ればホワイトジャークの乗り手が減る事をお忘れなく」

 振り返らず隔壁の外に戻った秀郷は、露骨に舌打ちをし吐き捨てた。

「早く死ね桔梗」

 嘗て妹として過ごした者の命は、繰り返された死と再生によって悼む価値など微塵も無い代物と化していた。

 

 

 信太流海の漣の揺蕩(たゆた)いにさえ脊髄から内臓に激痛が奔る。プロジェリア症によって更に劣化が進行した身体には耐え難い責めである。桔梗の肉体はぼろぼろだった。壊疽により足の指先に感覚が無く、胸に抱えるタブレットの軽ささえ圧し潰すような痛みを伴う。

 この苦しみを断ち切るのは簡単である。

(死んでしまいたい) 

 自ら命を絶てば、痛みから解放されるだけでなく、新たな若々しい肉体を得ることが約束されている。但し全ての記憶と引き換えに。

(死にたくない)

 呻き声さえ上げられないほど衰弱していたのは救いと思った。

(苦しんでいても、これなら誰にも気に留められずに済む)

 タブレットに量子暗号化された情報が滔々と流れ込む手応えを覚え、桔梗は自分の最期の務めを果たす機会を探っていた。

 御簾の向こう側に足音を聞く。

「お父様ですか」

「そうだ」

 御簾を上げずとも仄かな消毒薬の匂いが漂う。小次郎に最も近しい忠臣伊和員経は、『川口村の戦い』にて重傷を負い、以来意識を失い戦列を離れた。漸く目覚めた時にはグスタフの庵の中であり、良子と重房に狂ったように戦場に復帰する事を懇願したが、傷は癒えておらず戻る手立てもなかった。主君を守る術を失った老兵に残されていたのは、その妻子たちを守ることであり、桔梗もそこに含まれていたのだった。

「気分はどうだ」

「良くはありません。此処はどの辺りでしょうか」

 桔梗の言葉はこれまでになく弱気であった。

「利根を下り、間もなく鹿島灘に出る。揺れが大きくなるが耐えられるか」

「無理と思います。もうこの身体は持ちません」

 半身を起こし、見えない養父の姿を探る。痩せ細った桔梗の掌を、皺が寄った掌が受け止めた。

「私の命は間もなく尽きます」

 員経に返す言葉が無い。無言の間合いを己の鼓動で計り、桔梗が切り出した。

「お父様、いえ、伊和員経様。共に戦った兵として願います。小次郎様の元に参じ、俵藤太の軍と戦いましょう」

 唐突な懇願に、思わず員経は手を離す。

「馬鹿を言うな。その身体で何が出来る。――それにどうやって殿の元に参じるというのだ」

 手段を聞いた時点で、員経は桔梗の術中に嵌っていた。

「レインボージャークがあります。以前の私が京に上る際に使用した記憶により、良子様ではなくとも操縦できます。私の命は尽きますが、お父様はまだ戦えます。広河の江にはデッドリーコングが残っています。小次郎様をお守りするため、この願い、どうかお聞き届けください」

 

 桔梗の提案は、老兵の心を激しく揺り動かした。目が見えずとも員経の顔色が変わるのが感じ取れる。

「やれるのか」

「やれます。私の最期の務めとして、どうかレインボージャークにお連れください」

「――暫し待て。手筈が整い次第ここに戻る」

「お待ちしております」

 慌しく去って行く員経の足音を確認した後、桔梗は力を振り絞って立ち上がった。ふらつきながらも周囲から探りあて、痩せ細った身体に衣服を纏う。

 香りで判る。員経が孝子に贈った衵であった。

 支度を終えた員経が迎えに来る。手を牽いて移動しようとしたが、足の親指の壊疽のため、満足な足取りは望めない。

「そのまま身を倒せ」

「お願いします」

 傾けた身体の前に員経の背中があった。挂甲(かけよろい)を具しているらしく、幾分硬い感触がある。桔梗を背負って立ち上がった員経が、一瞬戸惑う。

「其方、こんなにも軽く……」

 支えた左手が桔梗の腰から離れる。員経は涙を拭っていたのかもしれない。

 

 

 レインボージャークは、湖賊大宅弾正重房の組んだ筏の最後部に繋がれていた。

「員経様、お怪我は宜しいのですか?」

 レインボージャーク同様に固定された(ブレード)ライガーの操縦席で、少しでもゾイドと過ごしたい少年、八郎将種が怪訝そうに尋ねる。

「孝子がゾイドを見たいと言うので連れてきてやったのです。八郎殿と同じです」

 純真な少年は、員経の言葉を疑う事はなかった。

 菫色の孔雀を繋ぎ止めているのは二本の索のみであり、縛めを解くのは容易である。頭部風防を開き、員経は背負っていた桔梗を操縦席に座らせる。

「縛めを解いて来る」

「はい、お待ちしています」

 レインボージャークの足元に降りた員経が、索を解く音が聞こえた。

 直後に員経は、頭部風防が閉じられていくのを目にする。ゾイドコアが活性化し、菫色の孔雀が背伸びして羽ばたく。

「孝子、其方、まさか!」

 気付いた時には手遅れであった。桔梗は員経を残し、レインボージャークで飛び去って行った。

「お許しください、お父様」

 そこに居ない養父の名を唱え、知らぬ間に涙が頬に流れるのを感じる。

「これより小次郎様の元に参ります、宇宙海賊戦艦アーカディア號と共に」

 桔梗の胸には、タブレットだけが握り締められていた。

 

 


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